九月のプロムナード

樸の九月の佳句を恩田侑布子が鑑賞していきます。
それぞれの心にある実りの秋をお楽しみください。(山田とも恵)

kakashi

≪選句・鑑賞 恩田侑布子≫

磔刑を見てきたやうな蜻蛉の眼
            山本正幸

 この眼は鬼やんまに違いない。透きとおる碧の不必要なほど大きなあのガラス玉。その眼がイエス・キリストのはりつけをたった今見て来たとはおだやかではない。人類の原罪を一人であがなってくれたと聴いても、アジアの民は痛ましく思うばかり。蜻蛉はさてどう思ったのか。まっすぐやって来て小枝の先に止まった。その眼は蒼穹(そうきゅう)を隈(くま)なくうつして静まる。泉のような金のひかりを奥に嵌(はら)めて、また明るい野道をついーとまっすぐ行ってしまった。

※ 磔刑=たっけい

kyuuri

カフェテラスただ居座つて星月夜
           久保田利昭

 一読、ゴッホの名作『夜のカフェ・テラス』を思い出す。インディゴブルーの夜空に花のよう降る星屑。裏通りのやわらかそうな甃(しきがわら)に漏れるカフェの鮮黄色のひかり。画面の一角に孤独を愉しむ男がいたらそれが作者。中七の「ただ居座って」の口語調が新鮮で、男気と存在感がある。もしかしたら絵の中に紛れ込んだのではなくて、本当に駿河湾にそそり立つ大崩海岸の白亜のカフェにいるのかもしれない。だとしたら、星明りは深海にまで降りそそぎ、このテラスは宇宙の中心になるだろう。

akinoumi

きちきちは海へとジャンプ捕まらず
            原木栖苑

 ばった、螇蚚、はたはた、精霊ばった。季語の傍題はいろいろあるが、この「きちきち」は選び抜かれて動かない。イ音の鋭い連続から乾いた叢(くさむら)の茂みと砂地が浮かぶ。目の前には青い海しかない。この世のどんなものも手が出せない。ジャンプあるのみ。秋の爽やかな大きな海原の空間が充満している。

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