8月28日 句会報告と特選句

令和元年 8月28日 樸句会報【第75号】
 
8月2回目の句会。夏の終わりの豪雨をついて連衆が集いました。なかには神奈川県から1年半ぶりに馳せ参じた方も。
兼題は、「夜食」と「盆」です。
 
特選句、入選句及び原石賞のうち2句を紹介します。

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                     photo by 侑布子

 

◎特選
 
   みな死んでをはる戯曲や夜食喰ふ
 
                山本正幸

 登場人物がことごとく死んで終わる戯曲は、ギリシャ悲劇やシェークスピアなど、純文学に多い。人類最古の文学ギルガメシュ叙事詩も、英雄の不死への希求は叶わず、死を以て終る。作者は秋の夜長、重厚な戯曲に引きずり込まれ、こころを騒がせ共感する。はるかまで旅した劇のおわり、主人公のみならず全員が死んでしまった。なぜかいつもは食べない夜食を食べたくなるのである。
 するどい感性の句である。理屈上の関係はない「みな死んでをはる戯曲」と「夜食」に、詩のゆたかな橋が架かった。みな死ぬのは戯曲ばかりじゃない。ここにいるものは一人残らず死ぬのだ。死の入れ子ともいうべきマトリョーシカが夜の闇に広がりだす。おれは元気だ。寝腹を肥やそう。熱 々のカップ麺をすすったにちがいない。「喰ふ」という身体性に着地したそこはかとない滑稽がいい。
         (選 ・鑑賞   恩田侑布子)

 

 
 
○入選
 夜食とるまだ読点の心地して
               猪狩みき
 
 やりかけの仕事がまだまだ残っている。でもひとまずここで小休憩をかねた夜食としよう。サンドイッチなどの軽食をつまみながら、こころは落ち着かない。それを「読点の心地」と表現した巧みさ。壮年期のしなやかな働きぶりが伺われる。      (恩田侑布子)

 合評では
「作者の自分の仕事への誠実さを感じます」
「勉強なのか仕事なのか、やり残しがある。その中途半端な気持ち悪さが“読点の心地”という措辞に出ている」
「“読点の心地”が素晴らしいと思います。まだまだ仕事が終わらず気がかりだったとき、上司がピザを取ってくれて、軽くササっと食べたことを思い出しました」
「“読点”をどう評価するか。クサいような気も・・・」
「何かが中断されたことのメタファーじゃないんですか?」
 など様々な感想・意見が飛び交いました。  (山本正幸) 
 
 
 
【原】晩夏光機影ひとつを残しをり
               田村千春

【改】晩夏光機影一つを地に残し

 原句では、飛行機の機体が晩夏の空中にとどまっているようで、心に浮かんだ幻想にすぎなくなる。ひとつを「一つ」と漢字表記にし、「地」という措辞一字を新たに入れるだけで、機体の影はくっきりと黒く、大地のみならず胸にも刻印される。   (恩田侑布子)
 
 合評では
「夏の終わりのものさびしさがよく出ています」
「ロシアかどこかの軍用機が領空侵犯して飛び去ったとか…」
などの感想が述べられました。
   (山本正幸)

 
 
【原】荷台より足垂らしてやいざ夜食
               島田 淳

【改】荷台より足を垂らしていざ夜食

 
原句では、中七の「や」の切字と、下五の「いざ」というさそいかけの感動詞とが混線している。トラックの荷台に足を垂らして夜食を摂る働く仲間同士の労働歌なので、「いざ」だけにしてすっきりさせれば、やっと夜食と休憩にありつけたつつましやかな安堵とよろこびがにじむ自然ないい句になる。(恩田侑布子)
 
 
 
投句の合評に入る前に芭蕉の『野ざらし紀行』を少し読みすすめました。
取りあげられた三句と恩田の解説の要点は次のとおりです。
 
 
 市人いちびとよこの笠うらう雪の傘
 
 客気かっきの句。昂揚感があらわれている。風狂精神あり。
 
 
 馬をさへながむる雪のあしたかな
 
 古典の中でうまれたのではなく、眼前の句。茶色の馬体と雪の朝とが釣りあっている。省略がよく効いており、暗誦性に富む。
 
 
 海くれて鴨の聲ほのかに白し
 
 余白に富んだ名句。波間から鴨の声が聞こえてくる。「ほのかに白し」にいのちのほの白さが宿る。芭蕉の中の「白」のイメージには清浄たるものへの憧れがある。「淡いかなしみの安堵感」と捉えた高橋庄次説も紹介して、連衆それぞれの感受を問うた。聴覚(声)が視覚(白)として捉えられているところに時代を超えた新しみがある。(「共感覚」に関するテキストとして中村雄二郎『共通感覚論』(岩波現代文庫)が恩田から紹介されました)
 
  
 
合評・講評の後は、最近出版された
 行方克巳句集『晩緑』(2019年8月)
から恩田が抽出した句を鑑賞しました。
連衆の共感を集めたのは次の句です。
 
 冬空のその一碧を嵌め殺す

 地下モールにも木枯の出入口

 尋ね当てたれば障子を貼つてをる

 雪螢しんそこ好きになればいい
  
  行方克巳『晩緑』のページへ

 
[後記]
 本日の特選句について、「西鶴の女みな死ぬ夜の秋」(長谷川かな女)の等類ではないかとの指摘がありました。恩田は、「かな女の句は浮世草子のなかの女の人生に終始しますが、正幸さんの句は、最後に自身の身体性に引きつけて終るのがいいです。詠まれている世界が異なるので、類句とは言えないでしょう」とこれを退けましたが、講師の評価に対しても疑義を呈し、闊達に議論できる樸俳句会の自由さ、風通しの良さをあらためて実感した次第です。
筆者としてはかな女の句をそもそも知らなかったおのれの不勉強が身に沁みましたが・・。
 
次回の兼題は「月」「爽やか」です。     (山本正幸)

今回は、特選1句、入選1句、原石3句、△2句、 ゝシルシ4句、・8句でした。
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)
 
  

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                     photo by 侑布子

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