平成31年3月31日 樸句会報【第67号】
駿府城址公園の花が四分咲きの弥生尽。静岡にはめずらしい春疾風に「自転車を漕いで来るのたーいへん」といいながら集まったら、ちょっとドラマチックな句会になりました。
兼題は「花」と‟色名‟を入れた句でした。
◎特選1句、○入選2句、原石賞1句を紹介します。
花の世へ公衆電話が鳴つてゐる
村松なつを
一読、凶々しい句です。「花の世へ」という大胆で巨視的な掴みにインパクトがあります。対比的に「公衆電話が鳴つてゐる」という小さな個人的な緊急事態の逼迫感は切実です。「悲鳴が上がつてゐる」と書かれるよりずっとナマナマしい存在感です。警察からの電話でしょうか。それとも消防署からの折返しなのか。いずれにしろ直面したくない非日常の事態が、血を噴くように、花の世と対置されています。事実だけを投げ出している口語調が効果的です。無表情の恐ろしさといっていいでしょう。わたしたちが安閑と過ごしているこの俗世間の日常の危うさ、脆さをけたたましくあぶり出しています。心ここに切なるものがあり、表現技法上も間然するところのない一句です。
(選 ・鑑賞 恩田侑布子)
○入選
色抜きのジーンズ洗ふ花の昼
萩倉 誠
合評では、「‟色抜きのジーンズ‟と‟花の昼‟がとてもよく合っている」「色の組み合わせにさわやかさを感じる」「若さを感じる気持ちのいい句」などの感想がありました。
恩田侑布子は
「ブリーチアウトジーンズを、“色抜きのジーンズ”と言い換えただけで、見違えるような含蓄と含羞が生まれたことに驚かされます。いろはうたに始まって、色どり、色好み、色気、色欲などなど、“色”の一文字がひろげる連想はかぎりないものがあります。日本語に熏習されたそれこそいろつやでしょう。灰味がかったうすい水色のジーンズの向こうに、かがやかしい薄桃色の花の枝が見えて来ます」
と評しました。
○入選
花予報線量数値一画面
猪狩みき
恩田だけが採った句でした。
「桜の開花情報と地域別の放射線量の数値が、同じ画面に並んでいます。福島県のテレビは、今も天気予報の時に放射線量の数値を知らせるのでしょう。極めて現代的な日常風景を情緒のつけ入る隙なく、すべて漢字で表現しています。除染水も汚染袋も累々と遺跡を築きつつある重苦しく、行き詰まった状況のそばで生活をしていかなければならない現実の重みがあります」
と評しました。
【原】茶色の斑浮きて安堵も白木蓮
天野智美
恩田は
「無傷のはくれんの清らかさ、美しさを謳う俳句はたくさんありますが、茶色の斑に安堵するはくれんの句は初めて見ました。着眼に詩があります。ただ、このままではリズムが悪いですし、“も”がネバリます。せっかくの作者の独自な感受性を活かしてみましょう」
と評し、次のように添削しました。
【改】安堵せりはくれんに斑の浮き立ちて
今回の兼題の例句として、恩田が以下の句を紹介しました。
<花>
火を仕舞ひ水を仕舞ひし夜の桜
山尾玉藻
古稀といふ発心のとき花あらし
野沢節子
さくらさくらわが不知火はひかり凪
石牟礼道子
西行忌花と死の文字相似たり
中嶋鬼谷
紙の桜黒人悲歌は地に沈む
西東三鬼
老眼や埃のごとく桜ちる
西東三鬼
<色を使った句>
赤き火事哄笑せしが今日黒し
西東三鬼
元日を白く寒しと昼寝たり
西東三鬼
合評の後は、現代詩で色をテーマとした作品として、石牟礼道子の『紅葉 』を読みました。さらに、石牟礼道子の研究家でもある岩岡中正氏(「阿蘇」主宰)の「心の種をのこすことの葉」という題のエッセイと近詠句を皆で味わいました。
次回は、駿府城公園や浅間神社、谷津山など、市内中心地の緑ゆたかな場所で自由に俳句をつくる吟行句会です。静岡駅から徒歩十分の「もくせい会館」(静岡県職員会館)が句会場です。
(恩田侑布子・猪狩みき)
[後記]
「花」と「色」という大きなお題の今回。それぞれの視点のおもしろさを感じることができた句会でした。「色」からイメージできることの大きさ、広さ、深みを表現に活かしていくようなことを意識して句を作りたいと思わされました。(猪狩みき)
今回は、◎特選1句、○入選2句、原石賞1句、△2句、ゝシルシ9句、でした。
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)
なお、3月8日の句会報は、特選、入選がなくお休みしました。