令和元年 6月2日 樸句会報【第72号】
6月最初の句会。
兼題は、「五月・皐月」と「“手”という字を使って」です。
特選2句、△2句、ゝシルシ3句を紹介します。
メーデーや白髪禿頭鬨の声
島田 淳
日本の労働者は正規社員と非正規社員に分断され、メーデーにもかつての勢いはない。その退潮ぎみの令和元年のメーデーを内側から捉えた歴史の証人たる俳句である。「見渡せば、しらが頭にハゲ頭、もう闘いの似合う若さじゃねえよ」という自嘲めいた諧謔が効いている。それを、「鬨の声」という鎌倉時代以来の戦乱の世の措辞で締めたところがニクイ。一句はたんなるヤワな俳味で終わらなくなった。「オオッー!!」と拳を振り上げる声、団結の高揚感は、労働者の生活と権利を自分たちで守り抜くのだ、という真率の息吹になった。ハゲオヤジの横顔に、古武士の面影がにわかに重なってくるのである。
(選 ・鑑賞 恩田侑布子)
さつき雨猿の掌光る屋久の森
林 彰
季語を本題の「五月雨(さみだれ)」にするか、傍題の「さつき雨」にするかで迷われたのではないか。最終的に林彰さんの言語感覚が「さつき雨」を選びとったことに敬服する。
〈五月雨や猿の掌光る屋久の森〉だったら、この句は定式化し、気がぬけた。調べの上でも鮮度の上でも天地の差がある。さつき雨としたことで、五月雨にはない日の光と雨筋が臨場感ゆたかに混じり合うのである。猿の、そこだけ毛の生えていないぬめっとした手のひらが、屋久島の茂り枝を背後からとび移って消えた。瞬間の原生林の匂いまで、ムッと迫って来る。
(選 ・鑑賞 恩田侑布子)
△ 一舟のごとき焙炉や新茶揉む
村松なつを
合評では
「“一舟のごとき”がうまいですね。香りが立ちあがってきます」
「焙炉の中で新茶を揉んでいる手が見えてくるようだ」との感想がありました。
「“一舟のごとき”に孤独感を感じます。手揉み茶の保存会があって、年配者を中心に頑張ってくださっていますね。若い世代が継承してくれるといいですね」と恩田が述べました。
△ 地を進むやうに蜥蜴の落ちにけり
芹沢雄太郎
恩田だけが採り、
「蜥蜴は敏捷なのに崖か塀の上から落ちてしまったという面白い句です。斬新でこれまで見たことがありません」と評しました。
ゝ 麦笛や土の男を荼毘に付す
松井誠司
本日の最高点句でした。
恩田は、
「“荼毘に付す”まで言ってしまわず、“付す”を取ってもうひとつ表現するといい。また“土の男”がどこまで普遍性を持つかが少し疑問」と講評しました。
ゝ 酔ざめの水ごくごくと五月富士
萩倉 誠
「静岡人の二日酔いの句ですか?」と県外からの参加者の声。
「夏のくっきりとした富士との取り合わせが面白い。ただし、水は“ごくごくと”飲むものなので、作者ならではのオノマトペになるとさらにいい句になるのでは?」と恩田が評しました。
ゝ 病む人にこの囀りを届けたし
樋口千鶴子
「病気で臥せっている人を元気づけたいという作者のやさしさを感じました」との共感の声がありました。
恩田も「素直でやさしい千鶴子さんならではの良さが出ています。病院のベッドは無機的ですものね」と評しました。
今回の兼題の例句が恩田によって板書されました。
古寺に狐狸の噂や五月雨
江戸川乱歩
彼の岸も斯くの如きか五月闇
相生垣瓜人
やはらかきものはくちびる五月闇
日野草城
手花火に妹がかひなの照らさるる
山口誓子
手品師の指いきいきと地下の街
西東三鬼
手花火の柳が好きでそれつきり
恩田侑布子
生きて死ぬ素手素足なり雲の峰
恩田侑布子
歳月やここに捺されし守宮の手
恩田侑布子
樸俳句会の幹事を長年務めてくださっていた久保田利昭さんが、本日をもって勇退されることになり、恩田から感謝を込めて、これまでの久保田さんの代表句73句(◎と〇)が配布されました。
そのなかで特に連衆の熱い共感を呼んだのは次の句です。
母のごとでんと座したり鏡餅
オンザロック揺らしほのかに涼を嗅ぐ
父の日や花もなければ風もなき
音沙汰の無き子に新茶送りけり
青田風新幹線の断ち切りぬ
久保田さんの今後のますますのご健勝をお祈りいたします。
[後記]
句会の前に、連衆のひとりから自家製の新茶を頂きました。川根(静岡県の中部、大井川沿の茶所)のお茶とのことです。帰宅後、賞味させていただきました。
本日の句会では、特選二句にはほとんど連衆の点が入らず、恩田の選と重なりませんでした。最高点句を恩田はシルシで採りました。連衆の選句眼が問われます。「選といふことは一つの創作であると思ふ」という虚子の言葉を噛みしめたいと思います。
次回の兼題は「青蛙・雨蛙」「薔薇」です。(山本正幸)
今回は、特選2句、△2句、ゝシルシ9句、・10句でした。
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)