2月19日 句会報告

令和2年2月19日 樸句会報【第86号】 
 
如月2回目の句会です。句会場に近い駿府城公園の日差しはすでに春のもの。
兼題は「猫の子」と「椿」です。
 
入選2句、原石賞1句、△の中から1句を紹介します。

20200219 犬ふぐり

photo by 侑布子  

○入選
 泥残る洪水跡のいぬふぐり
               松井誠司

茶色のおびただしい泥がまだあちこちに残っています。洪水で決壊した土手の泥。河川が上流から運んできた泥。その無残な堆積に近づくと、おや、もういちめんに犬ふぐりが咲いています。青空のしずくたちが天を見上げているのです。地面から生え出るいのちの鮮烈さが胸を打つ簡明な力のある句です。

(恩田侑布子)

 
合評では、
「“いぬふぐり”が災害から立ち直ろうという気持ちによく合っています」
「シンプルだけど心に残る句。昨秋洪水があったところに、春になって鮮やかなブルーの犬ふぐりが咲いている」
「“いぬふぐり”にも泥が残っていると、わたしは読んでしまいました」
「“泥残る”と“洪水跡”がくどいような気が…」
などの感想、意見がありました。

  
○入選
 女湯に桶音しきり椿の夜
              村松なつを

「椿の夜」がなんとも匂いやか。壁を隔てた女湯から桶をつかう音が聞こえてきます。男はすでに湯から上がって所在なくくつろいでいます。桶の音だけが聞こえてくる山の湯の静けさ。もうもうと立ち込めているに違いない湯けむりのなかの女体。外には真紅の椿が垂れ込め、春の闇を一層深くしています。エロティシズムの匂う句です。

(恩田侑布子)

合評では、
「聴覚に訴える妖しい感じがいい。女湯の湯煙と“椿の夜”がリンクしている」
「あやしげな“隠れ宿”の感じ。女湯を出るとそこには男が待っていて」
「私の行っているトレーニングジムは温泉付きです。女にはそれぞれルーチンがあって、すごく賑やか。その様子を思い浮かべました」
「“しきり”でなければ特選になったかも」と恩田。
「しきりに耳を聳てているのでは?」
など連衆の妄想?も広がりました。
五感から詠んだ句はアタマではなく直に体に訴える力があります。

(山本正幸)

  
【原】ぽつくりの行き惑へるや落椿
               田村千春
 
原句は「ぽつくり」の足元にだけ焦点をあてたところが素晴らしいです。ただ、「行き惑へるや」の切れ字は、いささか勇ましすぎるでしょう。幼女ではなく高下駄の年増女を連想してしまいます。「や」を、動作が反復される状態を表す「ては」に置き換えましょう。さらに中七まですべてひらがなにしてやわらかみを表しましょう。
 
【改】ぽつくりのゆきまどひては落椿

いかがでしょう。かわいい赤いぽっくりの童女が、地に散り敷いた椿の花の迷宮に戸惑い、着物のたもとまで揺れているようすが浮かびませんか。

(恩田侑布子)

合評では
「女の子のぽっくりですね。散歩の途中、椿の花が落ちていてそれを踏みそうになっている姿が浮かんできます」
「赤い鼻緒のぽっくりでしょう。落椿が沢山あって足の踏み場に困っている。椿の赤と鼻緒の赤の対比がいいです」
「 “ぽつくり”だけで女の子が表現されている。散文的な説明はいりませんね」
などの感想や意見がありました。

 

  
△ 名をもらひあくびをかへす仔猫かな
               林 彰

本日の高点句のひとつ。
「俳味がありますね。名前を付けてもらったら欠伸を返したなんてたいした子猫です」
「子猫の愛らしさが出ている」
「人間の眼から猫を描写する句が多い中で、この句は猫の視点から詠んでいます」
「子は何でも可愛い。しぐさがいっそう可愛い。いい句です」
などの共感の声がありました
 
恩田は、「発想が素晴らしい。詩的発見のある句です。これは名古屋からの欠席投句で投句用紙は「あくびを」ですが、あとから見ると控え用紙には“あくびでかへす”と記されています。作者の表記ミスですね。
 名をもらひあくびでかへす仔猫かな 
なら口語の飾り気のなさが春日ののんびりしたくつろぎそのもの。猫の目線になった文人の余裕まで感じられ、特選◎でした。惜しい!わたしは「名を」「あくびを」という「を」重なりの瑕(きず)のために△にしたのです。一字の助詞の違いは句を決します」と評しました。
 
この句は筆者が「を」の緩みに気づかず、特選で頂いた句です。心のなごむ一瞬の情景が切り取られていると思いました。

(山本正幸)

 
 
合評の前に本日の兼題の例句が恩田により板書されました。
 
 椿童子椿童女ら隠れんぼ
             阿波野青畝

 
 椿落ちてきのふの雨をこぼしけり
             蕪村

 
 口ぢうを金粉にして落椿
             長谷川 櫂

 
 わが影をいくつはみ出し落椿
             恩田侑布子

 
 黒猫の子のぞろぞろと月夜かな
             飯田龍太

 
 西もひがしもわからぬ猫の子なりけり
             久保田万太郎

 
 
投句の合評・講評のあと、恩田が『俳句』2月号から連載を始めた「偏愛俳人館」の「第一回飯田蛇笏」に抄出された蛇笏の句を読みました。句会の時間が押したため、鑑賞を述べ合うことはできませんでした。

連衆の共感を集めたのは次の句です
 
 雪山を匐ひまはりゐる谺かな
                   『霊芝』

 年暮るる野に忘られしもの満てり
                 『家郷の霧』  

 春めきてものの果てなる空の色
                 『家郷の霧』  

 炎天を槍のごとくに涼気すぐ
                 『家郷の霧』
 
   
[後記]
本日の句会で恩田が力説したのは季語へのリスペクトです。有季定型で詠む以上、句における季語は「添えもの」であってはならない。詠むときの感動の初発から離れてしまうとどうしても季語に「付け足し感」が出てしまう。推敲を重ねることの大切さを改めて学んだ句会でした。

次回兼題は、「春の水(水温む)」と「石鹼玉」です。

(山本正幸)

今回は、○入選2句、原石賞1句、△7句、ゝシルシ12句、・3句でした。
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)
 

20200219 句会報下

photo by 侑布子  


 

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