令和2年4月5日 樸句会報【第88号】
令和2年度最初の句会は、新型コロナの影響を受けて、樸はじまって以来のネット句会でした。
今回は若手大型俳人の生駒大祐さんが参加して新風を吹き込んでくださいました。
兼題は「鶯」と「風光る」です。
入選2句、原石賞3句および最高点句を紹介します。
photo by 侑布子
○入選
千鳥ヶ淵桜かくしとなりにけり
前島裕子
桜の花に雪が降りこめてゆく美しさを、千鳥ヶ淵という固有名詞がいっそう引き立てています。
ら行の回転音四音も効果的です。完成度の高い俳句です。
(恩田侑布子)
【合評】
- 類想はあるように思うが、「桜かくし」という表現がよく効いている。「花」ではなく「桜」という言葉を用いることで、ベタベタの情緒ではなく現実に顔を出す異界の乾いた不気味さを詠み込むことに成功している。
○入選
赤べこの揺るる頭や風光る
金森三夢
風光るの兼題に、会津の郷土玩具の赤べこをもってきた技量に脱帽です。しかもいたって自然の作行。「赤べこ」は紅白のボディに黒い首輪のシンプルな造型のあたたかみのあるおもちゃです。
素朴で可愛い赤い牛の頭が上下に揺れるたびに春風が光ります。ここは「あたま」でなく「かうべ」としたことで、K音の五音が軽やかなリズムを刻み、牛のかれんさを実感させます。
福島の原発禍からの再生の祈りも力強く感じさせ、さっそく歳時記の例句にしたい俳句。
(恩田侑布子)
【合評】
- お土産にもらった赤べこは多分どの家にもあったと思うが、その赤べこの頭の動きが「風光る」と組み合わさることで春らしいささやかな幸せを感じさせる句になっている。東北のふるさとのことを思っているのかとも想像される。
【原】青葉風鍾馗様似の子の泣けり
天野智美
たいへん面白い句になるダイヤモンド原石です。
句の下半身「の子の泣けり」が、上句十二音を受け止めきれず、よろめいてしまうのが惜しまれます。
【改】青葉風鍾馗様似のややこ泣く
のほうが青葉風が生きてきませんか。
(恩田侑布子)
【原】鱗粉をつけて春昼夢を覚める
村松なつを
内容に詩があります。半ば蝶の気分で春昼の夢から覚めるとはゴージャスです。アンニュイとエロスも匂います。
残念なことに表現技法が内容を活かしきれていません。なにがなにしてどうなった、というまさに因果関係の叙述形態になってしまっています。
また、「つけて」という措辞はやや雑な感じ。
そこで添削例です。
華麗にしたければ、
【改1】鱗粉をまとひて覚むる春昼夢
抑えたければ、
【改2】鱗粉をまとひて覚めし春昼夢
など、いかがでしょうか。
(恩田侑布子)
【合評】
- 現実に体のどこかに鱗粉がついているのか、鱗粉がついてしまう夢を見ていたのか判然としない。「鱗粉をつけて」「覚める」と言い切ることによって、昼の夢から覚める瞬間のぼんやり感へ読み手を連れて行く。そうか、春のきらめきを鱗粉に例えたのだな、と考えるとますます散文に翻訳不能になり紛れもなく「詩」なので、特選で採らせていただきました。
- 「胡蝶の夢」の故事を踏まえた句だろうが、つきすぎや嫌みではないと感じた。それは「春昼夢」という造語めいた言葉が句の重心になっているからで、機知よりも虚構の構築に向けて言葉が機能している。
- 夢の中で蝶と戯れていた。いや自らが蝶になって自在に遊んでいたのでしょう。まさしく「胡蝶の夢」。春昼の夢から目覚めたら、おのれの体だけでなく心も鱗粉にまみれていたという驚き。官能性も感じられる句です。現実に還ればそこはコロナウイルスがじわりと侵攻している世界でした。
【原】花の雨火傷の痕のまた疼き
芹沢雄太郎
詩があり、情感がよく伝わってきます。
ただこのままですと表現がくどいです。
添削案として一例を示します。
【改】花の雨およびの火傷また疼き
(恩田侑布子)
photo by 侑布子
※ 本日の最高点句
【・】風光るバイク降り立つ調律師
見原万智子
風光る と、調律師 の取り合わせは面白いですが、「降り立つ」でいいのでしょうか。
(恩田侑布子)
【合評】
- 「バイクを降り立つ」のが「調律師」であるという展開に、意外性が良いと思いつつ納得もしました。確かに家々を回る調律師の仕事にバイクはよく似合います。季語「風光る」が、バイクのエンジン音までリズミカルに、楽しげに聞こえさせているとともに、これから調律されるピアノの期待感を増幅しているように思います。
- 調律師がバイクで現れる意外性、その調律師の様子が「風光る」に表されている。
- 繊細な職業の方が颯爽とバイクから降り立つとは・・正に風が光りました。
- 言葉の選び方が素敵、「風光る」にふさわしい! 宮下奈都さんの『羊と鋼の森』を読んで、涙が出るほどの感動を覚えたのを、鮮やかに思い出しました。「ピアノを食べて生きていく」と決めた人を支える、調律師という仕事を選んだ若者の成長を描いた小説です。
- 風を切って疾走し、コンサートホールの前で停まるナナハン。調律するピアノの調べが春のイメージを乗せて聞こえてくるような句。ヘルメットを外すベテラン調律師のしゃんとした背筋が光る。
- 繊細な神経と技術を持つ調律師がバイクから降り立つ様が「風光る」によっていっそうきりっと浮かび上がる。しいて言うと、かっこよすぎて戯画調になっているきらいも。
[後記]
ネット句会をはじめて体験しました。このワクワクドキドキ感はなかなか味わえません。恩田代表や連衆の講評・感想、作者の自句自解が一覧でき、何度でもじっくり読み返すことができる大きなメリットがあります。とはいうものの、フェイス・トゥ・フェイスで口角泡を飛ばしての白熱した議論(今は泡をとばすとコロナ感染の恐れがありますが)こそが句会の醍醐味ではないでしょうか。新型コロナウイルスの収束を只管祈ります。
次回兼題は、「筍」と「浅蜊」です。
(山本正幸)
今回は、○入選2句、原石賞3句、△2句、ゝシルシ9句、・7句でした。
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)
なお、3月25日の句会報は、特選、入選がなくお休みしました。
photo by 侑布子