11月1日 句会報告

令和2年11月1日 樸句会報【第98号】

“ニューノーマル”な暮らしを余儀なくされつつも、徐々に市民の文化活動がもとに戻りつつあります。本日のみ、会場をアイセル21から静岡市民文化会館に変更しての句会でした。冬が近づく澄んだ風通しのいい部屋で、新しいメンバーも加わり一同新鮮な気持ちで句会に臨みました。
兼題は「刈田」「そぞろ寒」です。
入選2句を紹介します。

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photo by 侑布子

 


○入選
 そぞろ寒有休残し職を退く
              見原万智子

理屈がなく、実感のある句です。パンデミックの二〇二〇年は、途方も無い失業者を世界中で激増させています。作者もなんらかの理由で退社することになりました。「職を退く」の措辞に志半ばのさびしさがにじみます。どうせ辞めるなら有給休暇を目一杯取ればよかったと思うものの、現実は甘くなく、言い出せる雰囲気ではなかったのです。男性は二割強、女性は六割近くが非正規が、現在のわが国の労働環境の実態です。早期退職に応ずれば数千万もの退職金が出る会社もありますが、とてもとても。その薄ら寒い心象と、冬に向かう気持ちが季語に自然に籠もっています。この句の良さは一身上の事情がすなわち、現代社会の写し絵になっている重層性にあります。

(恩田侑布子)

【合評】

  • 今はむしろ会社から有休を取らされるものではないか。
  • 若干説明的かもしれないが、現代の雇用状況の厳しさと「そぞろ寒」の実感の取り合わせが良い。

 

○入選
 マネキンの顔に穴なしそぞろ寒
               古田秀

人間は穴の空いた管です。『荘子』でいえば七竅しちきょう(両目、両耳、両鼻孔、口)が、ものを見聞きし、匂いを嗅ぎ、食べ、喋っているのです。マネキンにはうらやましいほど大きな瞳があり、すっきりと高い鼻があります。ところが、よく見るとどうでしょう。穴がありません。ふさがっています。当たり前のことに改めてゾッとした瞬間です。一句はわたしたちが穴の空いた管であることを振り返らせ、同時に、いつもきれいと思っているものの非人間的なそぞろ寒さを突きつけて来ます。同じ秋季でも、やや寒・冷ややか・肌寒はより体性感覚に、そぞろ寒はより心象にふれる季語です。感覚の鋭い「そぞろ寒」の句です。ただし、最近のマネキンはのっぺらぼうや、頭部がそもそもないものが多いようです。都会詠、人事句の古びやすさはその辺にあるのかもしれません。

(恩田侑布子)

【合評】

  • 些事に追われ何かに違和感をおぼえても深く考えないようにしている、そんな私の毎日に釘を刺されたように思った。
  • 思い浮かぶマネキンの様子によって大分印象の変わる句。

 

披講・選評に入る前に今回の兼題の例句が板書されました。

 刈田昏れ角力放送持ちあるく
              秋元不死男

 鶏むしる男に見られ刈田ゆく
              大野林火

 ぴつたりと居る蛾の白しそぞろ寒
              角田竹冷
 
 口笛を吹くや唇そぞろ寒
              寺田寅彦

 

[後記]
私自身も樸に入会してまだ半年ほどですが、新しい方が加わって句会が活性化するのはいつでも良いことのように思います。一方で、俳句を始めよう、学んでみようと思った人に対して俳人・結社側の姿勢は十分に応えられていると言えるでしょうか。俳壇の高齢化が言われ続けて久しい昨今ですが、当然ながら若年層を多く取り込んでいく組織ほど“寿命が伸びる”でしょう。科学の世界では、研究者は自身の専門分野に関して、世間への啓蒙活動に研究の10%程度の時間を割くべきだと言われています。SNS・インターネットや出版物での適切な情報発信はこれからも重要な仕事だと思います。私も30歳になったばかりです。2,30代の若者よ、ぜひ樸に来たれ!

(古田秀)

 
今回は、○入選2句、△3句、ゝシルシ7句、・5句でした。
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)
 

11月25日 樸俳句会 兼題「短日」「帰り花」
入選句を紹介します。

○入選
 短日や匂ひ持たざる電子辞書
               山本正幸
 
金属の辞書はモノとして古くはなっても、紙の辞書のような色つや匂いはありません。ましてや長年の手擦れによる角のまるみや紙のヤケなど、味のあるやつれた表情など望むべくもありません。金属の電子辞書のいつまで経っても怜悧な佇まいに、使い古したつもりでいた自分が、逆にほころぶように老いてゆくことに気づき愕然としたのです。「短日や」の季語に自身の老いが重なり、「匂ひ持たざる電子辞書」が再び「短日や」に返ってゆきます。芭蕉の名言、「発句の事は行きて帰るこころの味はひなり」(「三冊子」)を思い出させる優れた俳句です。

(恩田侑布子)

次回の兼題は「木の葉」「紅葉散る」です。

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photo by 侑布子

 

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