令和2年12月6日 樸句会報【第99号】
師走一回目の句会。マスクを着けている鬱憤を晴らすかのように、侃侃諤諤の議論が繰り広げられました。
兼題は「木の葉」「紅葉散る」です。
入選2句を紹介します。
○入選
「おもかげ」は羊羹の銘漱石忌
前島裕子
【恩田侑布子評】
十二月九日が漱石の命日です。漱石は甘党で「草枕」にもみどり色の羊羹が出て来ます。「おもかげ」の銘といえば虎屋の黒砂糖羊羹です。その黒い表面に漱石が小説で造形したさまざまな人物の面影が映ると見たのでしょう。いろんな人間のおもかげを追い求め、自己を投影した書斎のひと漱石にふさわしい忌日の句です。ふと、「俳句」十二月号の拙文「不可能の恋、その成就」の想い人を「おもかげ」とした唱和かしら、とも思いましたが、たんなるうぬぼれであったようです。
【合評】
- 漱石は甘いものに目がなかったようで、奥さんが隠すんですよ。そのエピソードと「漱石忌」が響きます。
- 季語の斡旋が効いている。
- 下手をすると安っぽくなる句だが、漱石の背景をかぶせて読むととてもいい。「おもかげ」がぴったり。
- 菓子の名前に頼ってしまうのはいかがなものか。
- 「おもかげ」の名が作者の琴線に触れたのではないか。一連の心の動きを想像すると味わい深い。
○入選
灯されてひとりの湯船冬紅葉
古田秀
【恩田侑布子評】
「灯されて」に旅館の露天湯を思います。鬱蒼とした裏山が迫るひとけのない温泉。真っ暗な闇に冬紅葉の黒ずんだ紅が白っぽい灯を浴び、孤独感が迫ります。調べも落ち着いた大人の句の作者が三〇になったばかりの古田秀さんの作品とは驚きました。
【合評】
- 自分の家ではなく、温泉宿の檜風呂でしょうか。屋内にいる作者から外の冬紅葉が見えて心がほぐれていく。
- 「灯されて」という受動態がいいですね。一人ということが際立ちます。心象と実際に見えているものが一致している。
- 寂寥感がある。
- 強羅温泉に行ったときちょうどこのような感じでした。
「枯葉」「紅葉散る」の例句が恩田によって板書されました。
一ひらの枯葉に雪のくぼみをり
高野素十
枯葉のため小鳥のために石の椅子
西東三鬼
こやし積む夕山畠や散る紅葉
一茶
散るのみの紅葉となりぬ嵐山
日野草城
注目の句集として、宮坂静生 第十三句集 『草魂』(20200901角川書店刊)から恩田が抽出した十二句を読みました。
連衆の共感をあつめたのは次の句です。
冬林檎窓へ子どもの張りつきて
あたたかや半人半蛙土器の貌
中村のをじさんわつさわつさと大根葉
草を擂りつぶし草魂沖縄忌
わが縄文月下にあそぶ貫頭衣
[後記]
コロナに明け、コロナに暮れていく2020年。この疫病は俳句という詩の世界にどんな影響を及ぼすのでしょうか。虚子は「俳句はこの戦争(第二次大戦)に何の影響も受けなかった」と言い放ったそうですが、これはアイロニーではないでしょうか。我らみな「時代の子」たることを免れることはできません。「何の影響も受けな」ければ、それはもはや「詩」ではあり得ないと筆者は思います。
本年、WEBでの投句システムを併用しながら樸俳句会が継続できたのは連衆の熱心な取り組みのおかげです。今年の成果をアンソロジーとしてHPに掲載しました。
「2020・樸・珠玉集」はこちらです
(山本正幸)
今回は、○入選2句、△2句、ゝシルシ9句、・6句でした。
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)