2022年11月6日 樸句会報 【第122号】
ZOOM句会も3回目。参加者もこの形にだいぶ慣れてスムーズに句会が進むようになりました。兼題は「露霜」「文化の日」「唐辛子」。合評を交わすうちに、晩秋の空気をより感じられるようになった時間でした。
入選2句(2句とも同作者!)、原石賞5句を紹介します。

俤をゆらりとわすれ貴船菊 俳句photo by 侑布子
○入選
露霜を掠めて速きジョガーかな
小松浩
【恩田侑布子評】
ゆっくりと朝の散歩道を歩いていると、背後からザッザッザッとジョギングの人に追い抜かれた。道端の草に置いた露霜など、意に介さない軽快なフットワーク。なんという速さ。たちまち取り残される。夜毎の露霜に磨かれた蓼の葉は色づき、芒はそそけてわら色だ。走る人には見えないものを、これからはじっくりと味わっていこうと思う作者である。
○入選
古書市の裸電球文化の日
小松浩
【恩田侑布子評】
神保町では文化の日を挟む旬日、古書市が開かれる。毎年楽しみにしている作者は、収まらぬコロナ禍をついて出かけた。永年馴染んだ書肆から書肆を回っていると、あっという間に日が暮れた。店前からあふれた露店に裸電球が点りはじめる。まだまだ見たいものがある。
調べものもニュースも、あらゆる情報を電子画面から得る時代にあって、昭和の紙の文化への哀惜は深い。仮設の電線に宙吊りになった裸電球が、失われてゆくアナログ文化を象徴し、2022年の文化の日を確かに17音に定着させた。地味だが手堅い句である。
【原石賞】天を突く小さな大志鷹の爪
活洲みな子
【恩田侑布子評・添削】
畑の鷹の爪をよく見て、そこから掴んだ詩の弾丸は素晴らしい。表現上の瑕疵は「小さな大志」という中七にある。また「天」を目にみえる晩秋の高空にできれば、さらに句柄が大きくなる。
【添削例】蒼天を突くこころざし鷹の爪
【原石賞】露霜を摘まんで今朝は始まれり
望月克郎
【恩田侑布子評・添削】
露霜といえば、見るものであったり、踏んだり、歩くものであったりと相場が決まっている。この句がユニークなのは、かがみ込んで摘まんで、しかもそこから今日を始めたこと。「今朝は始まれり」ではやや他人事っぽいので、さらに主体的にしてみたい。
【添削例】露霜を摘まんで今日を始めたり
【原石賞】小さき露となりても消えぬ母心
海野二美
【恩田侑布子評・添削】
目の前の露となって、母の心が語りかけてくるとする感受が素晴らしい。でも、露といえば小さいものだし、「なりても」少しくどい。そこで、それらを省略し、「消えぬ」という否定形を「います」と顕在化してみたい。
【添削例】露となりそこに坐すや母ごゝろ
【原石賞】爪先で大地を掴み秋の雨
芹沢雄太郎
【恩田侑布子評・添削】
一読、インドの大地に降る秋の雨を想像した。そこに裸足同然に立つ人の姿も。「爪先」は女性的なので「足指」と力強くしたい。「大地を掴み」はひっくり返すと切れがはっきりする。
【添削例】足指で掴む大地や秋の雨
【原石賞】秋風や掌の色みな同じ
芹沢雄太郎
【恩田侑布子評・添削】
白、黄色、黒という皮膚の色の差はてのひらにはないという発見が出色。そこに斡旋した「秋風」をさらに一句全体に響かせるためには季語以外をひらがなにしたい。そうすると、地球上に隈なく秋風が吹き渡り、人類の手のひらや身体がひとしなみに草のようにそよぎ出すのでは。
【添削例】秋風やてのひらのいろみなおなじ
【後記】
「文化の日」という兼題は、とても難しい題でした。「文化」という語の抽象性のせいでしょうか。合評中に「文化、福祉、愛というような言葉には”はりぼて感“を感じてしまう」という発言があったのがとても印象に残っています。その語に”はりぼて感”を感じさせないような、実のある、実感のある使い方を見つけることが必要なのですね。抽象語を好み、使いたがる私には大きな宿題です。
(猪狩みき)
今回は、○入選2句、原石賞5句、△2句、✓3句、・13句でした。
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

かげふみの影や冬日にぬくもれる 俳句photo by 侑布子
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11月23日 樸俳句会 特選句・原石賞紹介
◎ 特選
成田屋のにらみきまりし神の留守
前島裕子
特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「神の留守」をご覧ください。
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【原石賞】箒目の靴跡辿り神の旅
益田隆久
【恩田侑布子評・添削】
よく掃き清められた庭に残る箒目と靴跡から、目に見えない神の旅を連想したユニークな面白然。素直だが、「靴跡」ではせっかくの箒目の美しさが台無しになる。ここは自宅の庭でももちろんいいが、日本庭園や、社寺の庭までを含みとして匂わせ、その箒目の清らかさを浮き立たせたい。そのためには「靴跡」を「白砂」などに変えたい。さらに白をひらいてやわらか味を出そう。
【添削例】箒目のしら砂辿り神の旅
【原石賞】柚子を擂る夜の秒針のなめらかさ
古田秀
【恩田侑布子評・添削】
まもなく終わる一年を思いつつ細やかに柚子を擂る。「夜の秒針」の繊細な金属質が闇に煌めく感性が素晴らしい。柚子は千切りにして暖かい椀ものの天盛りにもするが、こうして細かく擂り下ろしたものを、紅葉下ろしに散らすのも最高。戸外の深い闇と、室内の灯りに無垢の太陽のようにかがやく柚子の黄の対比が効いている。「なめらかに」コクのある液体のような時の流れを闇に刻み、柚子を擂り続ける冬隣のリリシズム。
【添削例】なめらかな秒針の夜や柚子を擂る
【原石賞】貝塚の層の波うつ枯野かな
古田秀
【恩田侑布子評・添削】
原石賞の中の本日の最高句である。枯野と貝塚と取り合わせた景に奥行きがある。海浜での古代人の営々たる営みの証はいま、目の前の貝塚の地層として堆積する。史跡として保存されてはいるが、観光客もなく、一帯は蕭条たる枯野となっていまにも貝塚を覆いそう。作者はふとそこに、枯野をもたげるように「波うつ」貝塚の層を発見した。まるで歴史の風化に抗うように、生命の痕跡を、暮らしの生々しい飲食の喜びを訴えかけているような層。このままでも悪くはないが、中七の「の」を取って「層波うてる」と物象感を出せば、読み手の心に貝塚がさらに波打ち続けるであろう。
【添削例】貝塚の層波うてる枯野かな
◇田中泥炭さんからの貴重な問題提起がありました。(抜粋)
今回、砲音や塹壕など戦争を強く想起する俳句がみられましたが、今の時期にそういった俳句を読むことがどういう行為なのか。少なくとも『現在進行形で既に起きている惨劇』に対して、あるいはそれを想起せざるをえない内容に『季語をつける』ということは、ある種の特権的振る舞いになりえること。そこを踏まえているべきではないでしょうか。戦地にいない吾々は『深々とした切実さ』を持ってその題材を扱うべきなのではないでしょうか。
──田中泥炭
◇恩田の回答
泥炭さんから傾聴に値する疑義が提出されました。戦争で命の危機に直面し、命そのものを脅かされている人々を遠巻きに、自分は暖衣飽食しながら、日本の四季の巡りの季語を呑気に「斡旋」していいのだろうか、という人間として本質的な問題提起です。表層の平和を貪る国民の「特権的振る舞いになりえる」は、たいへん重い言葉です。第二次世界大戦中は三橋敏雄の戦火想望俳句が指弾され、平和を望む声が特高の標的となり、橋本夢道を始め、少なからぬ俳人が弾圧され投獄された経緯もあります。「深々とした切実さ」は詩の志、「持」です。俳句をことば遊びという消閑の具にしないためにも日々考え努力してゆく問題です。リアルタイムな問題を提起していただいた田中泥炭さん、ありがとうございます。日々、緊張感を持って社会と自然の事象を見つめ、俳句において微力であっても、民主主義を支える表現をしてゆきたいです。
──恩田侑布子

手から手へ渡す小銭や冬ぬくし 俳句photo by 侑布子
恩田代表の回答に賛同いたします。泥炭さんの『深々とした切実さ』を持って題材を扱うべきというご指摘は心に刻んで句作するべきですね。季語を呑気に斡旋して良いとも思いません。
ただウクライナの惨劇に無関心になるのが、戦禍に身を置く方々にとって最も辛いことであろうとも苦慮しています。句作に身を置く愚者としても何らかの形でかかわりを持ち続けたいと念じております。厳冬のウクライナを憂慮しつつ。無責任と無関心は違います。ウクライナに心を寄せた名句があればご教授願いたいと思います。