2023年2月5日 樸句会報 【第125号】
新暦3月にあたる如月という和風月名の由来は「衣更着」厳しい寒さに備え重ね着をする季節という説、陽気が更に来る月だからという「気更来」説、春に向け草木が生え始めるからという「生更木」説などがある様です。俳句に親しみ歳時記と睨めっこしていると色々、面白い発見があります。2月1回目の句会の兼題は「牡蠣」「早梅」「蒲団」です。全国各地から豪雪の便りが届く中、今回も丁々発止の熱いZOOM句会となりました。
入選2句、原石賞3句を紹介します。
足音のあるはずもなし雪しづり photo&俳句 by 侑布子
○入選
ぽつてりと月を宿せる真牡蠣かな
古田秀
【恩田侑布子評】
大粒の生牡蠣。その透明感のある乳白色の腹に「月」をみたのは素晴らしい発見です。一物仕立ての俳句ならではの印象の鮮明さも魅力です。ただ私ならば、やわらかな生牡蠣の量感がより伝わるように、「ぽつてりと月やどしたる真牡蠣かな」としそうです。
○入選
牡蠣フライ妻と一男一女居て
都築しづ子
【恩田侑布子評】
一見「ただごと俳句」ですが、案外そうでもありません。「牡蠣フライ」に「妻と一男一女」を取り合わせた境涯俳句です。これは自祝の俳句。幸福感の吐露です。あとほんの少しでスノビズムに陥りそうな土俵際にかろうじて踏みとどまったのは、季語の「牡蠣フライ」が衣の中にふくよかなエロティシズムを湛えているからです。そこがじつにユニーク。男性の俳句とばかり思っていましたので、作者を知って驚きました。天晴れです、都築しづ子さん。
【原石賞】転居の日蒲団最後に包みけり
島田淳
【恩田侑布子評・添削】
引越しの荷物をトラックに積みこむとき、最後に「蒲団」を包んだことだよ、というところに実直な詩情があります。今まで何年か過ごしてきた家で、馴染んできたもろもろの日常の肌合いがまるごと季語の「蒲団」に託されると素晴らしい俳句になります。座五を季語+切字の「かな」で詠嘆し、「転居の日」という状況説明を端的に「引越」にしてみましょう。
【添削例】引越の最後に包む布団かな
【原石賞】相応しく冷え早梅に触染めぬ
田中泥炭
【恩田侑布子評・添削】
しっかりと早梅を見て、そのいのちを感受している作者の真摯な努力に感心しました。そこから「相応しく冷え」という物我一如の感に至ったのは見事というほかありません。自分自身が早梅と同じように冷えて似つかわしい存在になったとは、非凡な感性です。ただ「染めぬ」はしつこくないですか。上五をひらき、下五を「初めぬ」とし、早梅の精と息を交わすようにしたいです。
【添削例】ふさはしく冷え早梅にふれ初めり
【原石賞】一望の君住む街や冬の梅
活洲みな子
【恩田侑布子評・添削】
小高い丘の上から初恋の人の住む町並みを眺めているのでしょうか。言葉の順序を逆にするだけで、自然で奥ゆかしい恋の思いがひそむいい俳句になります。近景の「冬の梅」が切なく香ります。
【添削例】冬の梅君住む街を一望に
【後記】
今回の句会では俳句は「凝縮」の美、「抑制の詩」という事が再確認できました。一番大切なものは言わぬが花です。愚生は毎回、季題に振り回されておりますが、4月に予定されている吟行句会では、何とか自分だけの春を見つけたいと念じております。
(金森三夢)
今回は、◎特選0句、○入選2句、原石賞3句、△4句、✓シルシ4句、・9句でした。
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)
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2月22日 樸俳句会
兼題は「余寒」「春雷」「椿」です。
入選1句、原石賞2句を紹介します。
○入選
シャンデリア真下の席の余寒かな
古田秀
【恩田侑布子評】
洋館でしょうか。ホテルでしょうか。何かの集まりで大きな部屋の中央とおぼしきシャンデリアの真下へ案内されました。瓔珞のように垂れ下がるガラスの一片一片がキラキラと頭上にかがやいています。瞬時、身に刺さるような寒さ。初春の「余寒」は、「冴え返る」や「春寒」に近い季語ですが、微妙に違います。わけもなく瞬時に身に迫る寒さです。「席」まで焦点を絞ったことで、白い卓布までありありと見え、余寒の身体感覚が緊張感をもって伝わります。きっと会話も建前だけがゆき交ったことでしょう。
【原石賞】大津波あとに一山椿あり
小松浩
【恩田侑布子評・添削】
三・一一の凄まじい津波です。原句は「大津波あとに一山/椿あり」と、中七に切れがあります。一山と椿が寸断され、目の前には一輪の紅椿しかないように感じられます。助詞一字を入れ替えるだけで情景は一変します。
【添削例】大津波あと一山の椿かな
「津波がくるぞー」「津波だー」無我夢中でかけ上り、眼下を押し揺るがした大津波が退いてふと我にかえると、山肌に無数の椿が咲き揺らいでいます。藪椿は照葉樹林文化帯を象徴する花木で日本原産。父祖たちが縄文時代から親しんできた椿が、命からがらここまで上った人を見守っていました。静もりのあとの椿の慟哭。
【原石賞】春寒やモノクロームへ終列車
益田隆久
【恩田侑布子評・添削】
作者は大切な人を見送った情景を描きたかったそうです。それで「モノクロームへ終列車」とし、闇「へ」の方向性を持たせたとのこと。物語を五七五に込めすぎると、季語のはたらきが弱まります。助詞一字を変え、色彩感のない終電車がホームにすっと入ってきた刹那の「春寒」にすれば、余韻が深まります。
【添削例】春寒やモノクロームの終列車
何の色ならん春愁うらがへす photo&俳句 by 侑布子