2023年6月4日 樸句会報 【第129号】 九州から東海地方では、例年より1週間以上早い5月29日ごろに梅雨入りしたとみられると、気象庁が発表した直後の6月第1週。早くも台風2号が日本列島に接近、梅雨前線を刺激して、各地に甚大な被害をもたらしました。樸でも、代表の恩田先生が避難所で不安な数時間を過ごされ、会員の中にも菜園の片付けを余儀なくされる方がいらっしゃいました。一方、句会は4月1日の吟行以降、豊作が続き、今回も特選3句・入選2句が生まれました。以下、紹介いたします。 兼題は「五月雨」「草取」「萍」です。 ◎ 特選 人類に忘却の銅羅水海月 田中泥炭 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「海月」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ◎ 特選 隠沼こもりぬにあすを誘ふ栗の花 田中泥炭 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「栗の花」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ◎ 特選 空蟬はゆびきり拳万の記憶 益田隆久 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「空蝉」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ○入選 五月雨や猫の遺ししアルミ皿 活洲みな子 【恩田侑布子評】 少しも止む気配のない五月雨。長梅雨です。ついこの間まで一緒にいた愛猫が、いまはもう、影も形もなくなってしまいました。ただ部屋の片隅に、いつも餌をよそっていたお皿がそのままになっています。改めて気づくと、ペラペラの銀色のアルミ皿でした。そうか、みゃーちゃんは一生この薄い銀色のお皿で食事をしたんだなぁと胸に迫ります。五月雨はただ家を包んで降り続くだけ。さ行音が内容にふさわしいやさしいリズムを醸す可憐な愛に満ちた作品です。 ○入選 五月雨の垂直に落つ摩天楼 岸裕之 【恩田侑布子評】 ふつう雨はまっ直ぐ落ちます。しかし、五月雨が摩天楼の壁面スレスレを垂直に落ちる、それだけを改めて提示されると、日常空間が変容し出すから不思議です。高層ビルの千余の窓を擦過することもない無数の雨筋が、無機質の永遠を暗示し、非日常の静寂を幻出しています。省略の効いたミニマルアートを思わせます。 【後記】 樸の句会の楽しみ、奥深さは、特選や入選に選ばれる句を作れるようになるかということとともに、優秀な句を挙げる選句眼を養うことにもあります。初心者はまず作句よりも選句の力を身につけることが大切であるとの指導が毎回繰り返しなされています。作句の基礎をたたきこまれながら、選句にも真剣に臨み、先輩姉兄についていきたいと考えています。 (鈴置昌裕) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 6月18日 樸俳句会 兼題は「誘蛾灯」「河鹿」「南天の花」です。 特選3句、入選1句、原石賞1句を紹介します。 ◎ 特選 寝袋の中の寝返り河鹿鳴く 活洲みな子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「河鹿」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ◎ 特選 待ち人にもはや貌無し誘蛾灯 見原万智子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「誘蛾灯」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ◎ 特選 花南天兄にないしょの素甘かな 島田淳 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「南天の花」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ○入選 梅雨鯰南海トラフ揺さぶるや 林彰 【恩田侑布子評】 ひとたび南海トラフ地震が起これば、静岡以西に震度7、関東以西に大津波をもたらし、被害甚大な巨大地震となるそうだ。その原因が、あの太くて長い髭を持つ、もっさりおじさんのような「梅雨鯰」の動きにあるというから愉快だ。いや、震源近くになるかもしれないのに、面白いなんて言っていられない。恐ろしい。「揺さぶるや」という下五の問いかけが、梅雨鯰にも、日本全体にも向かっていて、結論を出さず、反響し続けるところがいい。 【原石賞】奔流は日を抱きこめり揚羽蝶 古田秀 【恩田侑布子評・添削】 言わんとするところにポエジーがあるが、やや隔靴掻痒の感。原句を読み下すと、座五のリズムがもったりし、「奔流」の勢いが死んでしまう。また「揚羽蝶」は黄色が目立つので、奔流と日にまぎれ、ぼやける。奔流の勢いを生かし、真夏の蝶の狂おしさを出すには、白波と対比的な「烏蝶」がいいのでは。 【添削例】烏蝶奔流は日を抱きこめり
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あらき歳時記 南天の花
あらき歳時記 誘蛾灯
あらき歳時記 河鹿
あらき歳時記 空蝉
2023年6月4日 樸句会特選句 空蟬はゆびきり拳万の記憶 益田隆久 川崎展宏の〈夕焼けて指切りの指のみ残り〉が面影として浮かびます。展宏の句は、滅びてしまった片恋の思い出です。こちらは、一句の構造がもう少し複雑です。たぶん蟬殻を樹肌からそっと引き剥がしたのでしょう。なぜか、痛い、と感じた刹那、作者の初恋は蘇りました。針のように細い足が意外にもしっかりと幹を抱いていたからでしょうか。わたしもあの時、あなたと痛いほどゆびきり拳万を交わしたのです。蟬がすき透る殻を残して大空に飛び立ったように、わたしたちも離れ離れになりました。手のひらの上の軽さを嗤うような、精巧に刻まれた眼、胸、腹、そして足爪。詩的飛躍が素晴らしい、忘れられなくなる俳句です。 (選 ・鑑賞 恩田侑布子)
あらき歳時記 栗の花
あらき歳時記 海月
2023年6月4日 樸句会特選句 人類に忘却の銅羅水海月 田中泥炭 中七に、深い切れのある俳句です。近代の百年は戦争につぐ戦争をし続けた反省のない時代でした。忘れっぽい人類に銅羅が鳴り響きます。それは海の沖に上りたての赤い望月かもしれません。めぐる月日はすべてを忘却の彼方に押しさり流し去ります。埠頭に立つ作者の足下、岸壁の近くへ水海月が押し寄せています。太古からいのちを育んでくれた海には透明な月の光のような水海月が、花のようにひしめき泳いでいます。腹まで透き通る透明で美しい生き物と一緒に、母なる海に身を浸せば、果たして罪深いわたしたち人類にも、なまなまとした記憶が蘇るでしょうか。 (選 ・鑑賞 恩田侑布子)