2023年6月4日 樸句会特選句
人類に忘却の銅羅水海月
田中泥炭
中七に、深い切れのある俳句です。近代の百年は戦争につぐ戦争をし続けた反省のない時代でした。忘れっぽい人類に銅羅が鳴り響きます。それは海の沖に上りたての赤い望月かもしれません。めぐる月日はすべてを忘却の彼方に押しさり流し去ります。埠頭に立つ作者の足下、岸壁の近くへ水海月が押し寄せています。太古からいのちを育んでくれた海には透明な月の光のような水海月が、花のようにひしめき泳いでいます。腹まで透き通る透明で美しい生き物と一緒に、母なる海に身を浸せば、果たして罪深いわたしたち人類にも、なまなまとした記憶が蘇るでしょうか。
(選 ・鑑賞 恩田侑布子)
(選 ・鑑賞 恩田侑布子)