2023年6月4日 樸句会特選句
隠沼にあすを誘ふ栗の花
田中泥炭
栗の花がひとけのない忘れられた隠沼へ明日を誘っているとは異様な光景です。明日は、とうぜん、明るい希望に満ちたものではないでしょう。中七の「いざなふ」の濁音がいつまでもざらざらと胸にのこります、いったん嵌まりこんだら、二度と出られないずぶずぶとした泥の沼沢地でしょう。私は即座に、夢幻能の「通小町」の「煩悩の犬となって打たるると離れじ」が胸に甦りました。恋の妄執のはげしさを吐露したこれ以上のものはないという詞章です。一句はさらに隠微に、物狂おしい栗の花の香を燻らせています。
(選 ・鑑賞 恩田侑布子)
(選 ・鑑賞 恩田侑布子)