あらき歳時記 空蝉

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photo by 侑布子

 

2023年6月4日 樸句会特選句


 空蟬はゆびきり拳万の記憶

                    益田隆久

 川崎展宏の〈夕焼けて指切りの指のみ残り〉が面影として浮かびます。展宏の句は、滅びてしまった片恋の思い出です。こちらは、一句の構造がもう少し複雑です。たぶん蟬殻を樹肌からそっと引き剥がしたのでしょう。なぜか、痛い、と感じた刹那、作者の初恋は蘇りました。針のように細い足が意外にもしっかりと幹を抱いていたからでしょうか。わたしもあの時、あなたと痛いほどゆびきり拳万を交わしたのです。蟬がすき透る殻を残して大空に飛び立ったように、わたしたちも離れ離れになりました。手のひらの上の軽さを嗤うような、精巧に刻まれた眼、胸、腹、そして足爪。詩的飛躍が素晴らしい、忘れられなくなる俳句です。
                        (選 ・鑑賞   恩田侑布子)

「あらき歳時記 空蝉」への1件のフィードバック

  1.  小学2年の夏休み。東京の小平市に住んでいた同じ年のいとこが祖母の家に泊まりに来ていた。裏庭にあった大きな夏蜜柑の樹の下の初恋の記憶が蘇る。モノクロームとして記憶されたイメージ。恩田先生は、まるで過去にタイムトリップしてその場に立ち会っているかの如く鑑賞して下さり、作者としてこれほど嬉しいことはない。
     折角降りてきたイメージを推敲に推敲を重ねて台無しにしてしまったことが何度もある。山を削ってきれいな都市公園に作り変えるかのように。その中にいればなんときれいなんだろうと自己満足。しかしそこから「詩」は逃げていく。
     この句、投句締め切り数分前に急に映像が蘇り、同時に完全な形での17文字が降りてきた。既に入力済の夏燕の句を削除して差し替えた。差し替えた時には13時半になっていた。推敲の間すらなく。2020年11月25日最初の投句から数えて184句。この間、今回と同じことが3回あった。その内の2回は特選、1回は原石賞を戴いた。不思議なことだと思った。
     同時に恩田先生の選句眼に絶大の信頼を感じた瞬間でもあった。

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