2024年5月5日 樸句会報 【第140号】 大型連休中の句会で「果たして参加人数は?」と気をもみましたが、初夏の躍動感が俳句心を刺激したのか、63句が集まるにぎやかな会になりました。 夏の季語は1980年代のシティーポップを想起させるようなものがたくさんあって、春秋や冬の季語とは印象が異なります。人によって好きな季語の季節がきっとあるはず。それが詠み手の心と響きあい、俳句の大切な個性が生まれるのでしょう。 6月の一回目は都内での吟行。Zoom画面から外へ出て、いつもとは違う雰囲気を楽しみたいものです。 兼題は「春眠」「風船」。特選2句、入選4句を紹介します。 ◎ 特選 ぼうたんや達磨大師の上睨み 古田秀 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「牡丹」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ◎ 特選 春眠や彼の地は鉄の雨ならむ 小松浩 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「春眠」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ○ 入選 風船も連れて地球の回りをり 活洲みな子 【恩田侑布子評】 分断と格差の時代。地球沸騰の時代。戦争の時代。それでも作者はのどかなパステルカラーの夢を忘れたくないのだと、「風船」がいっぱい地球に繋がっている光景を描き出してくれた。未来ある子どもたちの夢を大切にしたい作者の祈りに共感せずにはいられない。 ○ 入選 不眠症きらめきながら枝を蛇 古田秀 【恩田侑布子評】 ユニークな感性の句。眠ろうとすればするほど眠れない新樹の夜。葉ずれをさせて枝から幹へすべる銀色の蛇のぬめりが官能的。 ○ 入選 熊蜂の動かぬ空の震へかな 小松浩 【恩田侑布子評】 熊蜂が甘く唸る戸外はまさに春昼。太いまっ黒な毛むくじゃらな胴体のホバリングは印象的。それを逆さに、「動かぬ空の震へ」と印画のように反転してみせた静かな技はこころを震わす。 ○ 入選 もういいかい風船一つ残されて 活洲みな子 【恩田侑布子評】 こどもたちが風船つきに飽きて取り残された部屋を想像してもいいが、それだけでは終わらない俳句。なつかしいかくれんぼの合言葉、「もういいかい」が効いている。「まあだだよ」ならもっと待つ。探しに行っていい時には「もういいよ」。いったい、どちらの返事が返ってくるのだろうか。遠く離れた不在の相手に作者は問いかける。「もういいかい」。部屋には、ゆらりと赤い風船が一つ。ハッピーエンドとなるのか、喪失体験となるのか。読者はそれぞれ、自分の体験と照らし合わせて想像すればいい。 【後記】 俳句作りの悩みは尽きない。そして実作以上に鑑賞は難しい。句会の特選句・入選句と自選句のギャップがしばしば甚だしいので、悩みはいっそう深まる。4月の句会報で岸さんが書いていた選句の苦労を、自分も痛感している。このギャップをできるだけ埋めることが「石の上にも三年」の課題だ。 世間一般で言う名句がイコール感動する句、ではないが、少なくとも自分が好きになった句については「なぜ」を納得できる言葉にできなかったら、鑑賞したとは言えないだろう。理屈抜きに心に刺さる句がある。それを鑑賞という文学に昇華させる。やはり難しいことである。 (小松浩) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 5月25日 樸俳句会 兼題は立夏、若葉。 入選1句、原石賞4句を紹介します。 ○ 入選 喪帰りやなんじゃもんじゃの白に座し ...
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早稲田大学オープンカレッジ7月11日(木)〜
恩田侑布子「初めての楽しい俳句講座」開講
恩田侑布子「初めての楽しい俳句講座」開講
注目の一冊・黒岩徳将『渦』
二〇〇六年〜二〇二三年の三三〇句を収録し、十代から青春期を総覧する句集である。物象感の鮮やかさがいい。「白薔薇」はついに一ミリも触れない回転ドアのために際立ち、赤子の尻は「曼珠沙華」の蕊によってこの世のほかの果実めく。「夕桜」の抒情も、「花馬酔木」の惜春も、たしかな物量として感じられる。前職を捨てる実感として「股の下」に収まる「九月の海」以上のものがあるだろうか。いま一つの美点は独自な空間把握にある。「龍の玉」と母の痩せ。「はくれん」と橋下からの呼び声という、無縁のもの同士に透明な橋が架かる。瞠目するのは「渦潮」と哺乳瓶の一句。みどりごの両手に摑まれたことで両者はめくるめくいのちの奔流の渦に巻き込まれ、波飛沫を上げるのである。 (恩田侑布子選評) ↑ クリックすると拡大します
あらき歳時記 春眠
2024年5月5日 樸句会特選句 春眠や彼の地は鉄の雨ならむ 小松浩 ああ、ぐっすり眠ったなあと甘い眠りから覚めた春の朝。戦地のことが心をよぎる。パレスチナの子が逃げ惑うガザか、三年目も終戦の手立てのないウクライナか。天井のない牢獄に閉じ込められてきた罪もないガザ市民は、昨秋からさらに水も満足に飲めない飢餓にさらされ、学校も病院も砲弾で破壊され、子どもたちまで一三〇〇〇人以上も殺された。原爆の「黒い雨」は井伏鱒二の専売特許だが、「鉄の雨」は戦争のミサイルや砲弾。胸を突き刺す措辞だ。いま「春眠」の許されている日本も、防衛費を突出させる予算に政権が舵を切った。新たな戦前が日本でも始まっている。読み下した瞬時、胸を衝かれる。 (選 ・鑑賞 恩田侑布子)