あらき歳時記 春の水

photo by 侑布子

2025年3月9日 樸句会特選句

 春水のつぶれぬやうに墨を磨る

 野村颯万そうま

 「春水のつぶれぬように」にまず驚かされます。それが墨をする行為ですよと作者は静かにいいます。白磁の水滴からしたたった春水は硯海にゆらりとたゆたいます。墨をおろし、まろやかに墨の重さだけで磨りはじめる時、春の水の一粒一粒がふっくらと青みを帯びてふくらんでゆくようです。「硯海に春水をいれ墨をする」とまではいえても、「つぶれぬように」とは凡手にはとてもいえません。「春水をつぶさぬやうに」としなかった自然で繊細な語感とともに、みずみずしい感性が匂う秀句です。十代の作とは思えない格調があります。

(選・鑑賞 恩田侑布子)

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