
photo by 侑布子
2025年9月7日 樸俳句会特選句
戦後史の最終ページ蚯蚓鳴く
小松浩
イメージがこんこんと湧き上がる大柄俳句です。まず、手にとっている歴史本の最終ページが眼前し、そこに敗戦後八〇年の現実社会が重なってくる両義性があります。「ページ」で切れたあとの深みに、「蚯蚓鳴く」闇が交響する、切れてつながる構造も重厚です。ほんとうは蚯蚓は鳴かず、おけらの声といわれます。俳句特有のこの虚実混淆の季語を結句に据えたことで、人寰と自然界が余白に浸透し合います。秋の夜長を告げる闇の中で、地べたからじーっと鈍い声を湧き上がらせる虫のいのちの存在感が盤石です。そこに必敗の侵略戦争を開始し、国内外に二千万人以上の命を奪いながら、自ら幕引できず、原爆を二度も落とされる惨禍にあった「戦後史」のスタート地点が刻まれています。「蚯蚓鳴く」暗闇から、世界に絶えない戦火と、軍備費急増の戦争前夜めく日本のいまが逆照射される不安感。
(選・鑑賞 恩田侑布子)