
シマエナガ (写真 松王政浩)
影ひとつくださいといふ雪女 恩田侑布子『はだかむし』

ホテルの天候気温計
塩一つまみ冬晴のきのふけふ 恩田侑布子『夢洗ひ』(写俳)

松王かをりさんと、
「幻日」主宰、石川青狼さんと同人のみなさまに囲まれて。
十年の約さいはてへ飛ぶ真冬 恩田侑布子句集未発表(写俳)
−15℃の釧路に行ってきました。
昔から日本一美しい生き物と信じてきた丹頂鶴との出会いを、札幌在住の松王かをり・政浩ご夫妻さまが叶えてくださいました。ご自宅から車で遠路、吹雪の日高山地を越えて釧路空港までお出迎えいただき、翌日、暁闇から鶴の眠る川のほとりで羽ばたきを待ちました。鶴居村では何もかも忘れて丹頂の声を聞いていました。ホワイトアウトをいくたびも抜けて摩周湖の畔に立ち、標茶(しべちゃ)では、ホルスタインの帽子を被った町民の笑顔に手を振られて釧網鉄道に乗車。だるまストーブ車輌で日本最大の湿原を走り抜けると、釧路では俳誌「幻日」の皆さまの温かなお出迎えが。さっそく炉端焼き発祥の地ならでは、九十二歳の媼が焼いてくれる名物店に招じられ、海の幸を頬張りイカルイベに咽が蕩けました。翌朝は句会で盛り上がったあと、昭和天皇がおかわりを所望したというこっくりしたお蕎麦をご馳走になりました。啄木の港文舘を訪ね、世界三大夕日と謳われる河口の寒落暉を橋の上から堪能。空港までお見送りいただき、心からのおもてなしをお受けしました。
北海道の雪原と釧路の詩情にシラフで酔い痴れた私です。
忘れられない冬の旅をご案内いただいた松王かをりご夫妻様と、「幻日」石川青狼社中のみなさまに心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。恩田侑布子
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
2026年2月15日 Zoom句会から
2月の2回の句会に挟まれた週は全国的な寒波で、滅多に雪が降らない藤沢にも静岡にも、うっすらと積もるくらいに雪が降りました。同時に行われた、政策の議論も追いつかないまま人気投票と化した選挙では、珍しく期日前投票が大混雑。投票率が数ポイント上昇したことは数少ない意味のあることだったかもしれません。その翌週のZoom句会の日はすっかりあたたかく、河津町では河津桜の見ごろ宣言も出ています。新規入会の方も迎え、大盛り上がりの会となりました。
2月15日の句会の兼題は「春疾風」「はこべ」。特選1句、入選1句、原石賞2句、その他に評価の高かった2句を紹介します。
◎ 特選
春疾風ワゴンの古書の箔ひかる
古田秀
特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「春疾風」をご覧ください。
↑
クリックしてください
○ 入選
薄氷の下に戦禍が透けてをり
馬場先智明
【恩田侑布子評】
池や水槽に張った薄氷は春先ならではの詩情があるものです。ところがこの句は、その儚い春氷の下に、禍々しい戦争の影をいち早く感知しています。ウクライナもガザもベネズエラも、遠い海彼のことではない。この一枚の薄い結氷の下に戦争が息を窺っているのだというのです。「透けてをり」の措辞が、底暗い時代の到来を肌に感じさせて不気味です。
【原石賞】リベラルの旗襤褸ぼろと春疾風
馬場先智明
【恩田侑布子評・添削】
民主主義社会はリベラルな言論の自由によって支えられて来ました。ところが、トランプのG2発言が象徴するように、世界は一挙に大国の利害を優先させるあられもない弱肉強食時代に突入しています。このままでもなかなかいい俳句ですが、中七に切れを作れば、さらにラ行の音律の効いたインパクトある句になりましょう。不自然なルビも要らなくなり句姿もスッキリします。
【添削例】リベラルの旗は襤褸や春疾風
【原石賞】ホワイトハウス裸木をほしいまま
小住英之
【恩田侑布子評・添削】
驚くほどユニークな時事俳句です。トランプでなく、「ホワイトハウス」といったことで、「裸木」の群れとともにシュールな一枚の絵画が構成されました。世界の政治権力の象徴のホワイトハウスが、葉も花もないすっかんピンの裸木たちに「オレさまのいうことを聞けー」と服従を強いているこのカリカチュアは、ただいまの現実であるだけに、うらさびしい絵にとどまらず、心胆を寒からしめます。ただし、内容が内容なだけに、正統的な五七五の調べではやさしすぎます。安定感のある定型を脱臼させたいです。あえて字足らずにすることで、民主主義のちゃぶ台を自らひっくり返した「ホワイトハウス」が強調され、寒さがよりリアルに感じられる現代俳句の秀句になります。
【添削例】ホワイトハウス裸木ほしいまま
【その他にも、いい句がありました。】
首都高を鷲摑みして春疾風
小松浩
首都高速をつつがなく隙間なく走る車列が、突然の春荒れの風に「鷲摑み」されて、まるでトミカのミニカーさながら。一瞬現実感覚を失う都市生活者の虚の時間が活写されています。
【後記】
AIの衝撃と進化が社会のあらゆる面で取りざたされて久しく、人間の表現欲求と生成AIとのせめぎあいは現代芸術においてしばらくホットなテーマであり続けるでしょう。一方で、これからのAIの性能進化の競争は、数学や情報学の理論のブラッシュアップではなく、レアアースとエネルギーの奪い合いであるとも言われています。人間が自転車を漕いで発電しAIに俳句を作らせる日がやがて来るのでしょうか。人間性だけはゼロサムではないと信じていますが……
(古田秀)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)
====================
2026年2月1日 Zoom句会から
兼題は二月、水仙。
入選2句、原石賞2句、その他に評価の高かった2句を紹介します。
○ 入選
いつの間に僕から俺へ春隣
成松聡美
【恩田侑布子評】
「ボクのもの」「ボクはね」と言っていた少年が、いつからか周りもそれと気づかぬうちに「俺」を主語にするようになります。「いつの間に」だろう、と思っている自然体に好感が持てます。そうしていよいよ「春隣」。四季の巡りに歩調を合わせ、人生の春を迎える若者の初々しい姿が目に浮かびます。人生の花を存分に咲かせる季節が目路に入ってきたのです。音韻もアイウエオ行が満遍なく使われて華やか。これからの青々とした航路が広がるようです。
○ 入選
白猫の炎のやうに跳び二月
長倉尚世
【恩田侑布子評】
猫の一瞬の跳躍に「二月」の到来を感受した鋭い感性がひかります。「しろねこのほむらのやうに」は、体重のある猫が空気のように軽やか。炎は幻視でしょう。塀の上にさっとまぼろしの白炎が飛びうつった瞬時、春寒料峭の気配が身に迫ります。
【原石賞】深海のごときジーンズ二月かな
川崎拓音
【恩田侑布子評・添削】
インディゴブルーのジーンズを「深海」と喩えた思い切りの良さが手柄です。もったいないのは下五。「二月かな」では街行く人のファッションのスケッチに止まります。せっかく深海のようなジーンズなのですから、穿かなくてどうしますか。脚を通せば一本筋が通り、早春の姿勢もシャンとします。
【添削例】深海のごときジーンズ穿く二月
【原石賞】ひだまりや水仙向くは西東
海野二美
【恩田侑布子評・添削】
写生眼のはたらいた句です。群生する水仙は一斉に花開きますが、よく見れば向きはてんでんバラバラです。その把握は素晴らしい。それを作者は「向くは西東」と表現しました。ちょっと説明っぽくありませんか。意味は変わらなくても言葉遣いは俳句という詩の品位を左右します。くっきりと景が目に見える措辞を使いましょう。
【添削例】ひだまりや水仙西むき東むき
【そのほかにもいい句があります。】
水鳥や光の渦に姿なし
小南善彦
いままで浮かんでいた水鳥が水中にスッと潜ったたまゆらの水面の景です。冬日をはじく同心円の水輪を「光の渦」と捉えたことで、渦の中心のかき消えた不在感が一瞬鮮明に印象されました。
寒風に平和問ふビラ老党員
小松浩
首相の意向で、あれよと衆議院議員が解散され、選挙に突入しました。新顔も多い多党時代の議会制民主主義にはたっぷりとした論戦の時間が必要ですが、選挙期間は戦後最短の12日間です。高市政権は防衛力の抜本的強化を唱え、平和憲法は風前の灯。SNSの時代に、手渡しで「ビラ」を配る「老党員」が「寒風」に吹き曝されています。人事でない実感のある句です。

血管のしなやかにあれ冬銀河 恩田侑布子 『夢洗い』(写俳)