5月8日 句会報告

2022年5月8日 樸句会報 【第116号】

ゴールデンウィーク後半は好天続き、駿府城公園を彩る木々の目映さに句会への期待がふくらみます。今回の兼題は「初夏」「柏餅」「薔薇」――これらを耀わせるのもまた新緑ですが、風土によって「みどり」のイメージには揺れが生じ得ます。さらに、その時の心持ちにより、感じ方は変わってくるでしょう。まず自らの心に映る色をみつめることが、季節の息吹を捉え、体験や実感を作品として結実させる大切な一歩になると思いました。

入選句、原石賞の一句ずつを紹介します。

5月8日候補4

茶畠の峠までゆく日永かな   俳句 photo by 恩田侑布子

○入選
 睡蓮をよけ水牛の浸かりをり
               芹沢雄太郎

【恩田侑布子評】

まさに正統的インド詠。睡蓮と水牛が共生している大空と水と大地の匂いがします。日本ではとてもできない句。「をり」の措辞はおうおうにしてたるみをもたらしますが、ここでは水牛の体躯の量感と存在感を表して盤石です。作者自身の野生味も充分に発揮されています。

【合評】

  • 大きな景色。睡蓮をよけるのがまさか「水牛」とは。一気に意識が異国へと飛ばされる。
  • 芹沢さんの句でしょう。私もかつては仕事でインドを旅していました。睡蓮と来れば、北インドのルンビニ辺りを思い出します。

 
【原】初夏や青菜でくるむ握り飯
              都築しづ子

【恩田侑布子評・添削】

塩漬けした青菜を広げてご飯を包む、シンプルな青と白の握り飯と、「初夏」の季語の颯爽とした健康感とが映発します。ただ一つ惜しいのは、「さあ、野山に出かけるぞ」という意気込みが、中七の「で」でくじけ、濁ってしまうことです。この一音を透き通らせましょう。

【改】初夏や青菜にくるむ握り飯

【合評】

  • いかにも美味しそう。
  • 菜漬け(冬の季語)でくるむ熊野のめはりずしが浮かぶ。また「青菜」を春の季語としてとっている歳時記もあり、人によっては冬や春の句のほうがしっくり来るかもしれない。

 
今回の例句が恩田によってホワイトボードに記されました。

    初夏初夏はつなつ

 酔うて候鋲の如くに星座は初夏
               楠本憲吉

 はつなつの日蓮杉の匂いかな
               夏石番矢

   薔薇薔薇さうび

 風きよし薔薇咲くとよりほぐれそめ
             久保田万太郎

 星わかし薔薇のつぼみの一つづゝ
             久保田万太郎

 薄暮、微雨、しかして薔薇さうび白きかな
             久保田万太郎

 まどろみにけり薔薇園に鉄の椅子
              恩田侑布子

 サンダルの紐喰ひ込んで薔薇の園
              恩田侑布子

 夜の薔薇指に弾いて帰らんか
              恩田侑布子

 瞑りても渦なすものを薔薇とよぶ
              恩田侑布子

【後記】
句会に参加するうち、選句眼がだんだん磨かれてきたような気がします。とはいえ自分の句となると未だにわかりません。とりあえず気に入りの句を出し、師や句友に披露する喜びに浸っていたのですが、それだけで満足してはいけないという思いはありました。先月、その師匠による評論集『渾沌の恋人ラマン』が上梓されたことは僥倖でした。日本人の美意識の淵源を示す芸術作品と共に、究極の俳句が挙げられているから。その中に、芭蕉の次の名句があります。
 
 馬ぼく/\我をゑに見る夏野哉

「夏野」というのも「新緑」と同様、さまざまなイメージで詠まれている季語。これもとびきりユニークな作品といえます。学者の考証によれば、実は画賛の句であったとのこと。しかし、オノマトペに「蹄の音や馬上に揺れる動きを感じさせるリアルな身体感覚の裏打ち」を見出した恩田は、「草いきれの夏野をゆく田夫に自己を投影したところにあたたかな俳味がある」と述べ、先入観なしにこの句への解釈を加えており、共感を覚えました。俳聖は目線を低くしながら、のちの世の私たちに「夏野」の本意を伝えてくれたのですね。これから青々と広がる野に佇むたび、芭蕉翁の姿をさがしてしまう予感がします。
                     (田村千春)

今回は、入選1句、原石賞1句、△2句、ゝ6句、・12句でした。
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

5月8日候補1

磐境いわさかの天となるべし青嵐   俳句 photo by 恩田侑布子

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 5月25日 入選句紹介

 
○入選
 麻酔からとろり卯の花腐しかな
            見原万智子

【恩田侑布子評】

麻酔から醒めて手術室から病室に戻ったところでしょうか。やれやれ無事に終わったなと安堵する一方で、身体にメスが入ったあとの微熱感や気だるさ。昨日も一昨日も降っていた雨が今も音もなく振りこめています。病窓から遠い垣根には白い花が咲いているような、いないような。ぼわわっと雨に煙っています。わけもなく茂りゆく新緑と、病にかかわる人間の時間とが、「とろり」の措辞でごく自然に卯の花につながれます。物憂い時間の谷間に、飛沫を思わせる白く粒立つ花が、雨の銀鈍色と緑の中に浮かび上がり、切字の「かな」をやさしく響かせています。

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