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静岡を拠点とする、樸(あらき)俳句会です!

あらき歳時記 春疾風

photo by 侑布子 2026年2月15日 樸俳句会特選句  春疾風ワゴンの古書の箔ひかる  古田秀  神田神保町でしょうか。高齢多死社会により、膨大な量の古書が吐き出される一方、SNSに即反応する若者は本に時間を費やしません。かつては垂涎の的だった思想や歴史全集も文学者の個人全集も、場所塞ぎとして嫌われ、刊行時からは見る影もない値がついています。これは店舗入り口の書架からさらに外へ追いやられた二束三文の古本ワゴンです。「春疾風」に曝され、背文字の金の箔押しがひかります。豪華な装幀、誠実な幾人もの校正と編集、心血の注がれた香り高い文章の本が見捨てられています。狂躁しかない文化衰退期の無惨さ。フェイクの時代を「古書の箔」が告発します。 (選・鑑賞 恩田侑布子)

2月15日 句会報告特別編

シマエナガ
写真:松王正浩 (北海道大学 大学院理学研究院 教授 (科学哲学))
影ひとつくださいといふ雪女 恩田侑布子『はだかむし』
 

ホテルの天候気温計
塩一つまみ冬晴のきのふけふ 恩田侑布子『夢洗ひ』(写俳)
 

 松王かをりさんと、
「幻日」主宰、石川青狼さんと同人のみなさまに囲まれて。
十年の約さいはてへ飛ぶ真冬 恩田侑布子(写俳)
 
−15℃の釧路に行ってきました。
 
昔から日本一美しい生き物と信じてきた丹頂鶴との出会いを、札幌在住の松王かをり・政浩ご夫妻さまが叶えてくださいました。ご自宅から車で遠路、吹雪の日高山地を越えて釧路空港までお出迎えいただき、翌日、暁闇から鶴の眠る川のほとりで羽ばたきを待ちました。鶴居村では何もかも忘れて丹頂の声を聞いていました。ホワイトアウトをいくたびも抜けて摩周湖の畔に立ち、標茶(しべちゃ)では、ホルスタインの帽子を被った町民の笑顔に手を振られて釧網鉄道に乗車。だるまストーブ車輌で日本最大の湿原を走り抜けると、釧路では俳誌「幻日」の皆さまの温かなお出迎えが。さっそく炉端焼き発祥の地ならでは、九十二歳の媼が焼いてくれる名物店に招じられ、海の幸を頬張りイカルイベに咽が蕩けました。翌朝は句会で盛り上がったあと、昭和天皇がおかわりを所望したというこっくりしたお蕎麦をご馳走になりました。啄木の港文舘を訪ね、世界三大夕日と謳われる河口の寒落暉を橋の上から堪能。空港までお見送りいただき、心からのおもてなしをお受けしました。
 北海道の雪原と釧路の詩情にシラフで酔い痴れた私です。
 忘れられない冬の旅をご案内いただいた松王かをりご夫妻様と、「幻日」石川青狼社中のみなさまに心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。恩田侑布子
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2026年2月15日 Zoom句会から

 2月の2回の句会に挟まれた週は全国的な寒波で、滅多に雪が降らない藤沢にも静岡にも、うっすらと積もるくらいに雪が降りました。同時に行われた、政策の議論も追いつかないまま人気投票と化した選挙では、珍しく期日前投票が大混雑。投票率が数ポイント上昇したことは数少ない意味のあることだったかもしれません。その翌週のZoom句会の日はすっかりあたたかく、河津町では河津桜の見ごろ宣言も出ています。新規入会の方も迎え、大盛り上がりの会となりました。
 2月15日の句会の兼題は「春疾風」「はこべ」。特選1句、入選1句、原石賞2句、その他に評価の高かった2句を紹介します。
 

◎ 特選
春疾風ワゴンの古書の箔ひかる
             古田秀

特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「春疾風」をご覧ください。

クリックしてください

○ 入選
 薄氷の下に戦禍が透けてをり
               馬場先智明

【恩田侑布子評】

池や水槽に張った薄氷は春先ならではの詩情があるものです。ところがこの句は、その儚い春氷の下に、禍々しい戦争の影をいち早く感知しています。ウクライナもガザもベネズエラも、遠い海彼のことではない。この一枚の薄い結氷の下に戦争が息を窺っているのだというのです。「透けてをり」の措辞が、底暗い時代の到来を肌に感じさせて不気味です。
 

【原石賞】リベラルの旗襤褸ぼろぼろと春疾風
              馬場先智明

【恩田侑布子評・添削】

民主主義社会はリベラルな言論の自由によって支えられて来ました。ところが、トランプのG2発言が象徴するように、世界は一挙に大国の利害を優先させるあられもない弱肉強食時代に突入しています。このままでもなかなかいい俳句ですが、中七に切れを作れば、さらにラ行の音律の効いたインパクトある句になりましょう。不自然なルビも要らなくなり句姿もスッキリします。

【添削例】リベラルの旗は襤褸や春疾風
 

【原石賞】ホワイトハウス裸木をほしいまま
            小住英之

【恩田侑布子評・添削】

驚くほどユニークな時事俳句です。トランプでなく、「ホワイトハウス」といったことで、「裸木」の群れとともにシュールな一枚の絵画が構成されました。世界の政治権力の象徴のホワイトハウスが、葉も花もないすっかんピンの裸木たちに「オレさまのいうことを聞けー」と服従を強いているこのカリカチュアは、ただいまの現実であるだけに、うらさびしい絵にとどまらず、心胆を寒からしめます。ただし、内容が内容なだけに、正統的な五七五の調べではやさしすぎます。安定感のある定型を脱臼させたいです。あえて字足らずにすることで、民主主義のちゃぶ台を自らひっくり返した「ホワイトハウス」が強調され、寒さがよりリアルに感じられる現代俳句の秀句になります。

【添削例】ホワイトハウス裸木ほしいまま
 

【その他にも、いい句がありました。】
 
 首都高を鷲摑みして春疾風
              小松浩

首都高速をつつがなく隙間なく走る車列が、突然の春荒れの風に「鷲摑み」されて、まるでトミカのミニカーさながら。一瞬現実感覚を失う都市生活者の虚の時間が活写されています。
 

【後記】
 AIの衝撃と進化が社会のあらゆる面で取りざたされて久しく、人間の表現欲求と生成AIとのせめぎあいは現代芸術においてしばらくホットなテーマであり続けるでしょう。一方で、これからのAIの性能進化の競争は、数学や情報学の理論のブラッシュアップではなく、レアアースとエネルギーの奪い合いであるとも言われています。人間が自転車を漕いで発電しAIに俳句を作らせる日がやがて来るのでしょうか。人間性だけはゼロサムではないと信じていますが……
 (古田秀)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)
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2026年2月1日 Zoom句会から

兼題は二月、水仙。
入選2句、原石賞2句、その他に評価の高かった2句を紹介します。
 

○ 入選
 いつの間に僕から俺へ春隣
               成松聡美

【恩田侑布子評】

「ボクのもの」「ボクはね」と言っていた少年が、いつからか周りもそれと気づかぬうちに「俺」を主語にするようになります。「いつの間に」だろう、と思っている自然体に好感が持てます。そうしていよいよ「春隣」。四季の巡りに歩調を合わせ、人生の春を迎える若者の初々しい姿が目に浮かびます。人生の花を存分に咲かせる季節が目路に入ってきたのです。音韻もアイウエオ行が満遍なく使われて華やか。これからの青々とした航路が広がるようです。
 

○ 入選
 白猫の炎のやうに跳び二月
               長倉尚世

【恩田侑布子評】

猫の一瞬の跳躍に「二月」の到来を感受した鋭い感性がひかります。「しろねこのほむらのやうに」は、体重のある猫が空気のように軽やか。炎は幻視でしょう。塀の上にさっとまぼろしの白炎が飛びうつった瞬時、春寒料峭の気配が身に迫ります。
 

【原石賞】深海のごときジーンズ二月かな
              川崎拓音

【恩田侑布子評・添削】

インディゴブルーのジーンズを「深海」と喩えた思い切りの良さが手柄です。もったいないのは下五。「二月かな」では街行く人のファッションのスケッチに止まります。せっかく深海のようなジーンズなのですから、穿かなくてどうしますか。脚を通せば一本筋が通り、早春の姿勢もシャンとします。

【添削例】深海のごときジーンズ穿く二月
 
【原石賞】ひだまりや水仙向くは西東
              海野二美

【恩田侑布子評・添削】

写生眼のはたらいた句です。群生する水仙は一斉に花開きますが、よく見れば向きはてんでんバラバラです。その把握は素晴らしい。それを作者は「向くは西東」と表現しました。ちょっと説明っぽくありませんか。意味は変わらなくても言葉遣いは俳句という詩の品位を左右します。くっきりと景が目に見える措辞を使いましょう。

【添削例】ひだまりや水仙西むき東むき
 

【そのほかにもいい句があります。】 
 水鳥や光の渦に姿なし
              小南善彦

いままで浮かんでいた水鳥が水中にスッと潜ったたまゆらの水面の景です。冬日をはじく同心円の水輪を「光の渦」と捉えたことで、渦の中心のかき消えた不在感が一瞬鮮明に印象されました。

 寒風に平和問ふビラ老党員
              小松浩

首相の意向で、あれよと衆議院議員が解散され、選挙に突入しました。新顔も多い多党時代の議会制民主主義にはたっぷりとした論戦の時間が必要ですが、選挙期間は戦後最短の12日間です。高市政権は防衛力の抜本的強化を唱え、平和憲法は風前の灯。SNSの時代に、手渡しで「ビラ」を配る「老党員」が「寒風」に吹き曝されています。人事でない実感のある句です。

血管のしなやかにあれ冬銀河  恩田侑布子 『夢洗い』(写俳)

1月18日 句会報告

2026年1月18日 樸句会報 【第159号】

 年改まり、一月十一日と一並びの日に樸ズーム初句会が開催されました。翌週十八日には静岡市にて新年会を兼ねた対面句会が賑やかに催され、年の始めから数多くの佳句、秀句が披露されました。
 十八日の兼題は「風花」「水鳥」。
 入選三句、原石賞一句、その他に評価の高かったニ句を、紹介します。
 

活きてある産湯の井(大応国師)戸よ初山河    恩田侑布子(写俳)
 

○ 入選
 風花や山には山の雲の陰
               橋本辰美

【恩田侑布子評】

「あっ、風花」と思って見上げると、雲からなのか青空からなのか、繊細なひかりとともに風花がこぼれて来ます。近くの山を見やると、まだ晴れ間の残る山の上に雲が浮かび、その影がくすんだふかみどりの山肌に落ちています。雲と風と日のひかりが定めなく行き交う日本の冬の美しさ。静岡平野にたまさかに降る風花に浮かれない、しずかな写生眼が効いています。
 

○ 入選
 おつかいやひとつおまけの寒たまご
               長倉尚世

【恩田侑布子評】

子どものころは、親にいわれて近所によくお使いに行ったものです。この句は、「あ、うっかりしてた。卵がないと、ホットケーキができないわ」とでも母にいわれた子どもでしょうか。近所の養鶏農家かよろず屋でしょう。買い物籠に卵をすくもごと入れてもらうとき「お利口さんだから」と、産みたて卵をおまけされたうれしさ。ひらかな表記の柔らかさにリズムが弾んでいます。漢字の「寒」一字に、冬の透き通る日も感じられます。昭和の光景となったなつかしさ。
 

○ 入選
 言の葉におもし付けたし冬の風
               星野光慶

【恩田侑布子評】

これほど言葉が軽んじられる時代もないでしょう。作者は憤っています。この間まではSNSに群がる匿名市民の言葉の軽さをやれやれと思いましたが、それでは済まなくなりました。世界の帝王を自認するらしきトランプ大統領の放言と脅し文句は止まるところを知りません。言葉を虐待するものは、人権も侵害することを如実に感じさせられる日々です。「おもし付けたし」の措辞にはプロパガンダにはない重みがあります。果たして「冬の風」に春は来るのでしょうか。
 

【原石賞】湖畔の湯われもまどろみ浮寝鳥
              金森三夢

【恩田侑布子評・添削】

湖のほとりの露天風呂でしょう。湯船から湖上の水鳥たちを見張るかすことができます。温かい温泉に四肢を伸ばしながら、つれづれにみずからの越し方行く末を思います。私もあの浮寝鳥とほんとうは変わらないんだな。どこから来てどこへゆくのか。内容がいいのに、「湖畔の湯/われもまどろみ/浮寝鳥」と三段切れは残念です。上五ではっきり切りましょう。中七を「む」の連体形にすれば、「まどろむ浮寝鳥」とひとかたまりになり、茫茫たる漂泊の思いへさそう余韻が生まれます。

【添削例】湖畔の湯われもまどろむ浮寝鳥
 

【その他に評価が高かったのは次の二句です。】 
 焼骨は塵とも光とも 風花
              古田秀
 冬日など届かぬ摩天楼の底
              小住英之

【後記】
 新年会は幹事お二人の細やかな心配りと大活躍により、福引あり、合唱ありの楽しい集いとなりました。特筆すべきは岸裕之氏の小唄披露と益田隆久氏のスピーチでしょう。岸氏の芸達者ぶりに大いに驚くと共に、小唄とはこんなにも風情あるものかと感嘆。益田氏の「良き句友があれば俳句は続けられる」というメッセージに、一同深く頷きました。
 私自身、益田氏のお話の中にあった「俳句を止めたくなる三年目」なのですが、幸いにも「止めよう」と思うことなく、楽しいばかりで三年が過ぎようとしています。これも恩田先生の熱血指導と樸の皆様の暖かい笑顔あればこそ。まさしく人に恵まれる幸福をしみじみ感じた新年会でした。
 (成松聡美)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

地平線やはらかにして恵方かな    恩田侑布子(写俳)
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1月11日 樸俳句会
兼題は御降、鏡餅。
入選5句、原石賞1句、その他に評価の高かった二句を紹介します。
 

○ 入選
 紙垂を折る半紙ざらりと去年今年
               成松聡美

【恩田侑布子評】

町内で氏神様の年用意をしたときの感触が新年になって、ふと蘇ります。神棚や三宝に垂らす紙垂を折っていた時、和紙の手触りにはっとしたのです。コピー用紙はツルツルですが、和紙はぼうっとひかりがにじみ、微細な隙間が指の腹になつかしいもの。「ざらりと」の擬音語は、現代人が失って顧みなくなってしまった手触りや肌合いの深さを問いかけて来ます。
 

○ 入選
 御降りに濡れたし土へ還りたし
               川崎拓音

【恩田侑布子評】

正月ののんびりした昼間にお湿りの雨が音もなく降っています。暖房の室内に居ながら、なんとなく歳の初めの雨に触れてみたくなり、あてどもなく、こんな静かな真冬、土に自然に還ってゆけたらいいなあと思います。太古から続いてきたあめつちに赤子のように甘えているのです。死の前にある老いや病を超えて、一息に正月の土になりたいと願うのは、あまりに天地が静まり返っているからでしょう。「たし」のリフレインによる後半の転換が効いています。
 

○ 入選
 畳のない家よ硝子の鏡餅
               成松聡美

【恩田侑布子評】

六畳間や八畳間の炬燵に寝そべった記憶は遠く、どの家もエアコン完備のフローリングのリビングに変わりました。つきたての大きな鏡餅こそ和風建築の正月の象徴だったかもしれません、青畳にも、餅粉をまとう鏡餅にも、手触りというものがまといついていました。すべすべした床の上のボードにガラス細工の鏡餅の飾りものを置く時、失われたふくよかな手触りの世界が脳裏をよぎります。
 

○ 入選
 東京の灯はみな去年の忘れもの
               古田秀

【恩田侑布子評】

大晦日の夜が更けて、新年に変わった瞬間、カーテンを開けると、東京の街にはまだ無数の明りが灯っています。それをことごとく「去年の忘れもの」と感じたところに詩の発見があります。林立する高層ビルもみな過去に造られたもの。未来を手繰り寄せることはない遺失物なのだという閃きが吐息になり、実があります。
 

○ 入選
 御降の髪へ踵へ襷つぐ
               長倉尚世

【恩田侑布子評】

二日と三日の箱根駅伝でしょう。私も一度、箱根山中で応援したことがありました。山坂の上に走者の頭が現れるや、ぐんぐんと近づいて来、わが動体視力の鈍さを笑うかのように、一瞬で背中を見せて駆け去っていきます。その全力疾走に比して、この「御降」は、なんとゆるやかにしめやかに辺りを濡らしていることでしょう。烏の濡れ羽色になった髪と、引き締まった踵の若さが見えて来ます。
 

【原石賞】七草をそらんじる若かりし母
              佐藤麻里子

【恩田侑布子評・添削】

せり、なずな、ごぎょう、はこべら、仏の座、すずな、すずしろ、と薺粥の七種を空でいいながら、家族のために薺粥を炊いてくれる母はステキな自慢の母です。ただ、句跨りが効果的ではなく、もたつきになっているのが残念です。五七五の定型に調べるだけで、リズムが歯切れ良く弾み、その日、その場の幸せな家族の食卓が目の前にくっきりと甦ります。

【添削例】七草をそらんじる母若かりし
 

【その他に評価が高かったのは次の二句です。】 
 耕耘機五日の土のかがやけり
              前島裕子

「鍬始」や「農始」の季語をつかわず、「五日の土」に焦点を当てた手柄。腐葉土や牛糞など、有機肥料たっぷりの黒々とした土の艶が思い浮かびます。耕耘機の音も頼もしく聞こえてきます。

 御降や京に茶粥の古暖簾
              小松浩

茶粥は奈良。そう思っていた私は古いのかもしれません。京都の老舗も茶粥を出すようです。もっとも「御降や奈良に茶粥の古暖簾」ならば、句も古臭くなったことでしょう。「京」だからこそ、季語がしっとりとした新年の祝意を帯び、濃やかなひかりとかげを帯びたのでした。

くろかみのうねりをひろふかるたかな  恩田侑布子(写俳)

2025 樸・珠玉作品集

2025 樸・珠玉作品集 (入会日の新しい順) たたまるる初富士の縞君がほほ 恩田侑布子(写俳) - 巻頭言 -  21世紀のクォーターを迎えた樸は一国主義の風潮の逆をゆけました。  日本とインド二拠点の従来のズーム句会に、ニューヨークとパリから新人が参加してくれたのです。二、三十代の若者たちの頼もしい笑顔も弾けています。私は仲間との出会いに感謝し、掌のなかのすべてをお伝えしたいと願っています。  樸ズーム句会は自宅の暮らしの場から即座に四カ国の句友と繋がれます。匿名で選句し、句会で作者がわかれば、特性に添ったアドバイスを差し上げます。句会あとの第二部は、芭蕉の紀行文を学んだり、俳句時評をしたりする文化サロンです。目標の三十三観音の会はいまだしですが、熱意と質の高さは揺るぎません。こぢんまりした文藝コミュニティーは純粋で自由闊達な俳句談義ができる場です。言葉のふたときの晩餐会のよろこびは国境を超えます。  一方で、国際秩序や人権理念は崩壊に拍車がかかっています。進歩は兵器テクノロジーにのみあざやか。武器大国は目の前の人参を追って、地球の未来を食い潰し、ジェノサイドを恥じません。ホモサピエンスは凶暴化しています。  現実から目を逸らさず、自分にできることは何か。人間とは何なのか。三百六十度開かれた微塵の俳句から大きな世界に向き合いましょう。今年も新たな出会いを求めて、一息の詩に共感し合いましょう。 樸代表 恩田侑布子   小南善彦   旅先で我がふる里のお湯自慢   冬晴れの歩道にはずむランドセル   嵐去り川滔々と花筏 時空を超えて五感に迫る俳句の世界  写真と俳句の違いは、想像の余白の広さではないでしょうか。 写真から受けとる感動は、瞬間を捉えた感動です。それに対して俳句は、場所や時間を自由に行き来し、光や音、匂いや温度、さらには目に見えない気配までも、読み手一人一人に感じさせてくれます。17文字の楽しさと苦しさ(笑)を、これからたっぷり味わってゆきたいと思います。   川崎拓音   精霊飛蝗追ひかけた父も母も   人はひとわすれてあゆむ芒原   冬夕焼旅びと還す比叡山 文學の地、文藝の空 入会してまだ間もないころの句会。どうしても都合があわず遅れての参加になった。それでおずおずと申しでて、句会の終わりに先生に<補習>をしていただいた。個別指導できもちがおおきくなっていたのか、なりゆきで先生と文學談義をした。 「最終的には自分の文學を極めたいです!」とわたし。 「いいじゃん!」と先生。 言い尽くせないよろこびがあった。きもちがおおきくなりながら、実は、文學という言葉を口にすることにすこし緊張していたからだ。 読む者の心を動かす何らかのしくみを具えた記述——そのしくみを解き明かそうとする営みが「文學」であると大学時代にならった。文學の地から見あげる文藝の空は、あまりにも自由でおおきかった。かたや、文學者たらんとする自分自身の心を動かす記述を、自分自身で残してもみたかった。文學と文藝の果てしない往還は、空気がやけに薄く感じる。寒さに羽を震わせどうしたものかと立ち往生していた矢先、恩田侑布子という師に出会えた。こころからうれしくおもう。   橋本辰美   雲の峰貴方の居所捜し当つ   稲妻のつながり落つる河口かな   南蛮や未知より無知の懐かしき 清見潟  23年3月に「楽しい俳句」を、また戻ってくるつもりで退室して以来、3年ぶりの出戻り新人として、晴れてzoom句会主体の樸に入会できたことが小さくない体験でした。一回一回の句会を大切にしながら、師匠と連衆に認めてもらえるように句作に励み、批評性と情趣の間を揺れながらも自句を追求していけるように努めていきたいと思います。   佐藤麻里子   白ビール迷はぬ女同志なり   淵碧き砦裸のピカソかな   揚花火鉄の貴婦人張り合ひし 自己の更新としての俳句 2014年、ドゥマゴ文学賞受賞作『余白の祭』が著者・恩田侑布子をフランスに送り出したことが、私の俳人との出会いだった。全くの門外漢の私は会食の拙い通訳でご一緒し、著書にノックアウトされ、その後パリや静岡で再会し親しくさせていただいた。ただそれ以外俳句とは無縁のまま、11年を経た今年、ようやく機が熟したのだ。 句会の合間の先生のおしゃべりはヒントに満ちている。先日独り言のように、「俳句は難しいので油断するとちょっと前の自分に戻ってしまう」。先生でさえも!?「日々新しい自分にしていかなければ」と。 自己の更新。それが私も七転八倒してもやり続けたいこと。 「ささやかでも、おのれの殻や、時代の旧態を破ろうとする、日々更新の自由なこころこそ、本来の俳句のはず」(『余白の祭』p.115)。 それはきっと俳句だけでなく、芸術とは本来そういうこと。 さて、来年は時間不足を言い訳にせず、いかに自由な心で作句に励み、自己を更新し再生しつづけられるか。   小住英之   地ビールを二本空港泊の窓   満塁や灼くるシンバル灼くれど撲つ   病室の鎖骨に月のありあまり 癖 なにか大事なことを決めるとき、「あまり検討しない」癖が私にはあります。しかし私は不思議とこの癖に助けられてきました。 例えば、大学生のとき座学だけで「皮膚科医になろう」と決めた私は、その研究室にすぐに通い始めました。九年後、私はその研究でなんとか博士号を取得し、今の職を得ました。あのとき実習・研修開始を待たずに皮膚科に決めてよかったと思います。 俳句を始めて半年で古田秀さんの「大学」を読み、樸俳句会を知りました。ホームページを見て、ある種直感的に樸で勉強したいと思い、仲間に迎えていただきました。あのとき樸に飛び込まなければ、ここまで俳句に熱中することもなかったように思います。 これからも一歩ずつ、俳句の道を学んでいきたいと思います。今後もご指導お願いいたします。   馬場先智明   ⼩春⽇や部屋にやすらふ⺟の⾻   ⼋⼗年焼⿃の串抜くやうに   仮名千年語り万年寒昴 「似て非なるもの」に魅せられて 「俳句と編集とは、似て⾮なるものです」と、恩⽥先⽣はキッパリ。編集の世界に半世紀近く棲息してきた⾝には沁み⼊るような⾔葉でした。句歴⼀年で感じたのは、俳句には「達⼈」や「極意」という⾔い⽅がよく似合うなぁ…ということ。芸や美の道を極めることに魂を注いで倦むことのない⼈たちの世界。武芸、茶道、将棋…のような型や厳格なルールに則った世界。極めてこそ⾒えてくるものを追い求める少数者が泰然と⾝を寄せ合う世界。芭蕉から恩⽥先⽣はもちろん近現代俳⼈までの句を渉猟しては嘆息する⽇々でした。⽚や私のかかずらってきた編集の世界。⾔葉(⽇本語)を道具⽴てとする点は同じですが、あくまでも⾔葉は「情報」。編集者の仕事は、外から掻き集めた情報の順列組合せを専らとして新奇を創出する知的作業。⾔葉はいつでも外からやってくるものでした。⾔葉を道具として扱ってしまうのは、編集者の宿痾みたいなものです。対して⽂学(俳句)の⾔葉は、⾝体の内側から時間をかけてゆっくり滲み出てくるもの。この⼀年の成果は、その宿痾を⾃覚できたことかもしれません。来年はその⾃覚から出発して「⾮なる」俳句の奥深さに少しでも近づいていきたいと願っています。樸連衆の皆様には、編集(+短歌)という「似て⾮なる」お隣から珍獣が⼀匹迷い込んできたと、広い⼼で⾒守っていただければ幸いです。   山本綾子   餅つきの空つく音あり郷の庭   羊水のたしかな鼓動しゅろの花   短夜や眸句集とミントティー 俳句のある暮らし  恩田先生に師事して三年目の今年。そろそろ「初心者だから」の常套句は通用しなくなってきた。  そんな中、俳句に触れる時間を少しでも増やせればと、樸句会投句の他に先生が選者を務める静岡新聞読者文芸への投句を自分に課した。  毎月最終火曜日。家まで待てずコンビニの駐車場で、購入した新聞を広げる。そんな自分を、少し離れたところからもう一人の自分が面白がって眺めている。  日々の忙しさ、日常の平坦さ、過去に負った傷さえも、俳句をつくることで、より豊かなものとなっていく。自分を支える「俳句」という柱は年々太く育っている。   星野光慶   聖五月ぐさりとキャパのレンズかな   「源氏供養」闇に佇む冬の星   まろき背にとどめし秋や無著像 浮かび上がる時間  ロバート・キャパという人物はいない。アンドレ・フリードマンとゲルダ・タローが撮影したそれぞれの作品をこの架空の写真家に託したにすぎない。  作品を見る側は、アンドレとゲルダのどちらが撮影したものか見分けることは難しいだろう。しかし、もし撮影者が明かされたら、両者の世界の見かたの違いがぼんやりと浮かび上がってくるのではないか。  ひとつの作品には匿名と個がせめぎあっている。  俳句もこれに似ている。無名の句が私の前に並び、作者が種明かしされると「人柄が出ている」と妙に納得してしまう。そのひとが見た景色が、ことばというレンズ越しに立ち上がる。  無名性と有名性が反転する有機的な時間が句会だとしたら。そのあとには、寂しく賑やかな無名の作品が残される。   長倉尚世   ほそき手の床より賀状たのまるる   枇杷たわわ廃車置き場の水たまり   柊の花や卒寿の退院す 伝えたいこと  今年五年も迷っていた声帯の手術をした。  きっかけは母の耳である。話しかけてもスッと前を素通りして行くのに驚いた。聞こえていないんだ……そう云えば、孫との会話にも、あまり入って来なくなっている。 元々私は話すのが苦手。自分の思っていることを伝えるのが下手くそで、母ともそんなにおしゃべりをしてこなかったが、このまま話ができなくなるのは寂しいと思ったから。  手術後一週間は声を出すことを禁じられた。その間筆談をしていたが、そのもどかしさの中で、ふと手話を覚えようと思った。そして退院後、早速手話サークルに入会。 日常のささやかな場面で、誰かの役に立てたらいいと思う。   成松聡美   春の暮真子の煮つけは反り返る   木香薔薇あふれんばかり死者の庭   猟銃等講習会場泥長靴 神主のいないお社  この拙文を書いているのは年の暮、新年拝賀式準備の最中だ。榊や神饌、振舞い用の酒や汁物の手配で忙しい。私の住む村の小さなお社には神官がいない。拝賀式の一切は氏子総代と当番組の組長たる我が家が差配する。この一年、負担の重さに怒りが治まらない夜もあったし、地域を盛り上げるとは何か議論になる場面もあった。だがご近所と協力して御神燈を張替えたり、紙垂や御飾りを手作りしたりと楽しい経験も少なくなかった。当然これらは俳句の種となり、習作帳には神事や神の字が入る季語が多くなった。神社のお世話は来年も続く。神主のいないお社の句は、もう少し増えそうだ。   坂井則之   龍天に昇る昼夜を真つ二つ   白菜を割る音絶えて十余年   庖丁の切れ味試しトマト切る        初の句は3月に先生の添削を頂戴した後のものです。句の勢いがこんなに改善されるかと、つくづく思いました。 あと二つは[シルシ]程度。2句目は当人の含意と先生の鑑賞とが異なりました。叙述の拙さの表れです。 新聞記事が本拠だった私は、意図を明瞭に伝えるという意識が先に立ちます。そこに、理に落ちてはいけないという何度も頂戴したご教示を思い出し。散文人間は苦戦しています。 今の私は、たとえFBへの投稿でも幾らでも推敲を考えます。新聞紙面を読んで気になることがあれば校閲の後輩に指摘して、検討を依頼しています。ですが、自分の五七五では突き詰めるまで考えることができない己。韻文としての良否の判断ができないのです。 そもそもこの道に入って良かったのかと思いつつ、ウロウロの日がずっと続いています。   生きてゐるたれも初乗り地球船 恩田侑布子(写俳)   岸裕之   寒声や師匠口ぐせ「間は魔なり」   春光を睨むや龍の天井絵   見はるかす白馬三山花こぶし 来年の目標  今年を振り返ると、正月の句会でいきなり特選をいただき、続いて春先は、なんとか入選を何句かいただきました。そこで、気をよくして、今年から始まった町内の年寄り90代一人、80代二人、70代一人メンバーによる麻雀に力を注ごうと思い立ちました。というのは、麻雀は50年やそこら、やって無かったので、すっかりやり方を忘れていたせいか、勝てません。麻雀には実力の他、運という要素もありますが、勝てません。やはり負けるのは悔しい。で、PC麻雀ゲームなどを使って訓練しました。そのせいか、なんとか勝てるようになってきました。ところが、夏から秋にかけて俳句においては、無点句のオンパレードでした。だから今年の三句は前半のものだけです。私は句集を作ろうとか、賞を貰おうなど思いません。気のおけない仲間と俳句談義したり、そこに酒が入ればなお良い程度のスタンスです。従って来年の目標は年間バランス良く選をいただくにとどめます。   小松浩   夏蝶の影轢くサイクリングロード   日盛りの影もたれあふ交差点   人類に聖なる夜と聖戦と むずかしいことをやさしく 樸のメンバーも20人を超えて賑やかになった。句会というのはやはり素晴らしい場だ。投句作品からは、歩んできた道のりや、どんなことに喜びや悲しみを感じる人なのかが、くっきり浮かんでくる。共通しているのは、一人一人の他者への目線の優しさ、誠実な暮らしぶりである。 俳句は、それぞれの人生観や価値観を、理屈ではなくモノを通して、17音に乗せることに魅力があると思う。できれば、今の時代や社会に対して感じていることを、五七五に託して表現してみたい。それも、日常生活で使っている普通の言葉で、「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく」と言っていた井上ひさしさんのように。   活洲みな子   吾の歌に母の輪唱桜の実   天上の母はすこやか樟若葉   青空に挑むじやんけん花こぶし 日向ぼこ付箋だらけの句集抱き  ミニマリストではないけれど、ホテルのようにシンプルな生活空間に憧れる。退職後、仕事がらみの大量の本をまずは処分し、好きだった小説や全集も手放した。ホテルライクな生活にあと一歩(?)というところで、句集を手にする愉しみと出会ってしまった。おかげで棚はまた本で溢れ始めている。  好きな句集は付箋だらけだ。世界観がわからず付箋のつかない句集もある。けれども一句一句に俳人の心が宿っているので、大切に扱っている。年末に加わった三冊の句集。陽だまりでのんびり愉しむ時間が…あるといいなあ。   益田隆久   暮れてなほ弾む句会や花こぶし   パレットへ囀りの色溶きにけり   踏まれたる下萌の香の高くあり 句友の秀句への共感  樸の仲間の俳句の中で、自分の一部にすらなっていて瞬間的に言える特別な俳句が三つある。   (1)八橋にかかるしらなみ半夏生     前島裕子   (2)父母は芽花流しの向かう岸      活洲みな子   (3)花すゝき欠航に日の差し来たる     古田秀 (1)前島さんの俳句は、恩田先生と自分の特選が初めて一致した句で非常に嬉しかった。「目で見て美しく声に出して美しい俳句。」と感想を書いた覚えがある。今でも自分の理想とする俳句だ。 (2)活洲さんの俳句は、年月が経つとともにじわじわとその良さが増していく燻銀のような俳句だと思う。そこには、時間というものへの愛おしささへ感じることができる。 (3)古田さんの俳句。この透明感はどこから来るのだろう?余計な修飾を付けたしたくなりがちだが、この句にはそのような自我が無い。雑味が無く透明感と清々しさが気持ちよい。  このような俳句に出会い誦する時、この句会を選んで良かったと思う。   古田秀   スケートボード蔓薔薇すれすれに蛇行   露の世の薬局あかりジムあかり   クリスマスツリーの蔭や守衛室 グーグルマップはすごい  昔から地図を見るのが好きで、油断しているといつまでも眺めてしまう。実験の合間の待ち時間など、他にやることはたくさんあるがついついグーグルマップをひらいて仮想旅行をしてしまう。最近はグーグルマップの精度があがり、ユーザーの興味のありそうな施設を優先して表示するようになった。地点間の所要時間の計算も正確で、渋滞の起きやすい時間帯なども表示してくれる。2025年は日帰りドライブ吟行や二泊三日のドライブ旅行を何回か計画し友人を巻きこんだが、そのときのスケジュールもほとんどグーグルマップのみで作成した。もはや仕事中にグーグルマップを眺めていれば、頭の中で旅程が勝手に組み上がるレベルになっている。まだまだ行きたいところがたくさんあるので、2026年もグーグルマップを眺めて過ごしたい。   金森三夢   亀鳴くや巴御前の吐息のせ   滴りや手拭浸し首に巻く   肌寒や鉄錆びあまた歩道橋 ケガの功名  年男の今年。まさか一年の三分の一を病院のベッド上で過ごすとは……  「滴り」と云う季語を求め山道を彷徨っての不首尾。古稀を迎え三年で二度の全身麻酔のオペはきつかった。腎臓癌、世界一周クルーズ、そして圧迫骨折。一年おきの天国と地獄。死を見つめ、異郷での悦楽、痺れと激痛との格闘、いつも人生の良き伴侶である俳句と愚妻が寄り添ってくれた。  たび重なる入院と病院食のおかげで体重は学生時代に戻り、血糖値は正常値。糖尿の担当医に「ケガの功名」と大笑いされた。  さて来年はどんな年になるのだろう?!人生は甘渋苦。来年こそ休会なしで呆け防止の句会に励みたいものである。   前島裕子   床の間に祖母てづくりの手毬かな   お薄点てゆがむ玻璃ごし花吹雪   黙しゐて母のかたはら緑さす 年には勝てぬ  今年も残すところわずか、振り返らざるをえない年でした。 身体には自信があったのですが、後期高齢者を前にして、帯状疱疹、歯の根元の炎症から唇がはれあがってしまった。どちらも大事にはいたらず、春の吟行会には参加できたのですが医者通いを余儀なくされた。  寝込むことはなかったのですが、身体がすっきりせず完治まで半年ぐらいかかった。年には勝てぬことを痛感。  来年は身体に充分留意し、自分に納得できる句が一句でもできるよう学んでいきたい。   見原万智子   ヒヤシンス登校しない子の瓶も   どうだんの衣広げり巴塚   クリスマス会話ロボット待たせをり おあいにく  おさとはたいそうな器量よしで、小学校もろくに行っていないが夫の古い教科書で漢字を覚え、両手足の指を使って鶴亀算ができたという。  昔のこととて婚家側の一方的な理由で離縁され、二年。島田の帯祭りの時分でもあったろうか、大井川の橋の真ん中でばったり元の夫に再会してしまった。  ひとこと「…どうだ、元気か?…」と男は聞いてきた。  ややあって「ふんっ、これから佳い人に会いにいくところだよっ」と言うが早いか、おさとはその場を走り去った。決して振り返るまい。  それからほどなく、おさとは再婚した。  後年、私は何度となくこの話を母から聞かされた。そのたびに「ひいおばあちゃんはデートの約束なんか無くて、会いたかったのは目の前にいた元のご亭主だよね?」と私が言い、母は満足げに頷くのだった。おさとに顔立ちも性格もそっくりだった母は、「いい女はツンで通さなければ。デレるなどもっての外」と信じ込んでいたふしがある。  あいにく私はすべてにおいて父親似。ツンデレすら気恥ずかしい。いつもデレデレで、しのいできた。   猪狩みき   雪華積むフロントグラス小さき首都   縦横に鳥の動線冬木立   地形図の尾根と谷なり白菜買ふ ことば  新聞でみかけた本のタイトル『群れから逸れて生きるための自学自習法』に惹かれ、向坂くじらという人を知った。詩人で小説家で自身で国語塾もしている人だという。「ことば」の捉え方、感覚がおもしろく、その作品を追っているところ。といって、彼女の「詩」はよくわからず、エッセイと小説を楽しんでいる。私はたいてい「詩」がわからない。「詩がある(ない)」ということが句会で話題になるたびにびくっとしている。   海野二美   船渡の山火事鎮圧   待ちわびし山林消火龍天に   飛機乱気流掌中の林檎の香 樸の未来  樸の構成員もずいぶん変わってまいりました。若き才能、またパリにニューヨークとワールドワイドに……。少数精鋭ではありますが、樸のこれからは楽しみですね。また私の大好きな文学講座も始まり、学生気分で勉強させていただけるのでありがたいです。編集や会計、また幹事等に惜しみなく励んでくださる皆様、本当にありがとうございます。樸の会員の方々のことは盟友と思っております。  俳句文学における絆は強し!  恩田侑布子万歳!   AIの無性生殖去年今年 恩田侑布子(写俳)

12月21日 句会報告

2025年12月21日 樸句会報 【第158号】

 十二月は十四日と二十一日にZOOM句会。
両日とも前半は点盛りと講評。後半は角川『俳句年鑑2026年版』《今年の句集BEST》に掲載された師が選んだ十五句集の中から、句集ごとに紹介されている六句について、鑑賞や意見交換をおこないました。
 十四日の兼題は「冬夕焼」「柊の花」
六十六句の中から入選三句、原石賞二句が選ばれました。
 二十一日の兼題は「クリスマス」「雪(字の詠込)」
六十六句の中から特選一句、入選四句が選ばれました。
 

逢ひたくてまろまろと負ふ冬日かな    恩田侑布子(写俳)
 

◎ 特選
仮名千年語り万年寒昴
             馬場先智明

特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「寒昴」をご覧ください。

クリックしてください
 

○ 入選
 人類に聖なる夜と聖戦と
               小松浩

【恩田侑布子評】

「人類に」と大きく出たあと、作者はキリスト降誕の夜と聖戦とを並べて沈黙します。ボールは読者の胸に投げられました。世界最大の人口を擁するキリスト教は、政治、経済、社会、文化的に、いまも最強の宗教です。教主の降誕祭に老若男女が湧き立ちながら、いわゆる一神教を背景にした「聖戦」は止みません。“正義”の戦いが、国家の名のもとに行われる大量虐殺に他ならないことに胸が痛みます。
 

○ 入選
 クリスマスツリーの蔭や守衛室
               古田秀

【恩田侑布子評】

守衛室は敷地や建物の入り口近くにありながら目立ちません。これはきっと、マンションか大病院のエントランスでしょう。評者も昨日、病院のロビーで聖樹をみました。入院患者さんの願いがあまたの絵馬のように吊られ、まるで冬の七夕竹。電球やトナカイの角が光る聖樹の「蔭」を強調した切れが利いています。赤いサンタの代わりに地味な「守衛」が見守ってくれています。やさしいこころもちから生まれた句です。
 

○ 入選
 猟銃等講習会場泥長靴
               成松聡美

【恩田侑布子評】

東北地方を中心に全国で人間が熊に襲われる惨事が多発しています。その熊の駆除を目的とする猟銃講習会でしょう。一句は、下五の「泥長靴」の止めがものを言っています。人間と熊、人間と自然との太古からの戦いが、恰好も何もあったものではない、「泥長靴」に象徴されました。全漢字表記句は往々にして息苦しく固まったものになりがちですが、「泥長靴」がなまなましくリアルです。
 

○ 入選
 雪華積むフロントグラス小さき首都
               猪狩みき

【恩田侑布子評】

上五の「雪華積む」の措辞から、湿潤な日本のベタ雪とはおよそちがう、パウダースノーを思います。さらさらと微細なガラスか貝殻の粒子のような、妖精めいた雪の結晶でしょう。「フロントガラス」と呼ぶ車の前面を、もとの英語に近い「グラス」としたU音6音の控えめなリズムの中に、異国の落ち着いた首都で過ごしたひとときの愛惜が込められています。句会でエストニアのタリンとわかりました。
 

【後記】
 今年最後のZOOM句会。最後を飾るにふさわしく、スケールの大きな特選句が選ばれ、入選四句もそれぞれに作者の鋭い眼と温かい人柄が感じられるものでした。眩しいなあ。
 自分を振り返ると、選句眼の無さに恥じ入り、類想・類句に凹む一年。
 来年は、買っただけで満足していた句集を、じっくりゆっくり読んで勉強をしようと思います。来年の今頃、少しは成長したと思えるように。

 恩田先生、樸の皆さま今年一年ありがとうございました。
 新しい年が皆様にとって佳い年でありますように。
 (長倉尚世)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

別るるとうつくしく剥き冬林檎    恩田侑布子(写俳)
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12月14日 樸俳句会
兼題は冬夕焼、柊の花。
入選3句、原石賞2句を紹介します。
 

○ 入選
 凍星や掌にあたたむる聴診器
               小住英之

【恩田侑布子評】

夜間、患者さんの具合が悪くなると、当直医は病室に呼ばれてゆきます。長い廊下の窓に「凍星」がきらめき、思わず胸に提げた聴診器の先をてのひらで温めます。病んでいる人の肌を冷たさで驚かさないよう、温もりが伝わりますように。患者さんの苦しみを一刻も早く和らげ救ってあげたいという医師の真心が溢れます。仏陀の異名が大医王であったことをちょっと思い出しました。
 

○ 入選
 冬夕焼旅びと還す比叡山
               川崎拓音

【恩田侑布子評】

昼間の比叡山は参詣人で大賑わい。観光客に混じってあまたの伽藍を回っていると、冬の日は早くも傾き、冬夕焼が杉木立を透かします。作者は一人の旅人としての下山時、あたりの堂塔伽藍がにわかに森厳な佇まいに鎮まってゆく姿にハッとしました。山岳宗教このかた、天台教学といわれる仏教の総合大学となった千数百年の厳しい参学の歴史が夕闇に沈んでいきます。代々の修行僧に思いを馳せた緊張感ある調べが重厚です。
 

○ 入選
 柊の花こぼれ母七回忌
               岸裕之

【恩田侑布子評】

九十五歳の天寿をまっとうした母を、八十路の息子がしのんでいます。「柊の花」のひそやかさ、かぐわしさ。その花が最も似合うきよらかな冬青空。音もなくこぼれ落ちるミニチュア細工のような白い花に亡き母の面影が通います。生前の肉体のぬくもりが透明になってゆく「七回忌」という年忌に説得力があります。
 

【原石賞】父母のゐる今日のひの冬夕焼
              山本綾子

【恩田侑布子評・添削】

内容は素晴らしい。残念なのは表記の不自然さです。中七は最後の「日」だけを漢字にしましょう。そうすれば、この穏やかな冬の日のかけがえのなさが伝わります。老い衰えてはいるけれど、こうして親子三人で冬夕焼の窓辺に一緒にいられる幸せが胸に迫ります。

【添削例】父母のゐるけふの日の冬夕焼
 

【原石賞】老い母の愛おとろへず冬夕焼
              山本綾子

【恩田侑布子評・添削】

体が衰え記憶力が低下しても、自分を気遣ってくれる母の愛情は冬夕焼のようにしみじみとゆたか。内容がいいだけに、「老い母」という不自然な言葉が違和感を残します。正しくは、「老いし母」か「老母」、あるいは「母老いて」です。ただ、俳句は語法の正しさがすべてではありません。母娘の体じゅうから湧き上がる温もりを削ぐことがないよう、調べに熱い思いをこめ、「おいてはは」にしましょう。

【添削例】老いて母愛おとろへず冬夕焼
 

しゆぽつと起つ卵白の角冬籠  恩田侑布子(写俳)

あらき歳時記 寒昴

photo by 侑布子 2025年12月21日 樸俳句会特選句  仮名千年語り万年寒昴  馬場先智明  ひら仮名には王朝時代から千年のいとなみがあり、素朴な土着の言い伝えから口承文学にいたるまでには万年の道のりがあるだろう。地上のあらゆる民族に育まれて来た言語に思いを馳せつつ冬の夜空を見上げると、六連星が真珠の聯のように輝いています。長大と思ってきた人類の言葉の歴史がなんともはかなく、いとおしく思われる瞬間です。K音主体の名詞句三つが冬銀河の冷厳さを思わせて効果をあげています。 (選・鑑賞 恩田侑布子)

慶祝 

第16回一茶・山頭火俳句大会(11月8日 本行寺)
 
鳥居真里子入選
 はればれと無才のまゝをゆく枯野 見原万智子
 
恩田侑布子入選
 返り花佳い人に逢ひに行くのさ 見原万智子
 

熊倉功夫・恩田侑布子対談「茶の湯と俳諧」俳句大会
(11月9日 静岡県立ふじのくに茶の郷ミュージアム)
 
「富士」 恩田侑布子特選
 風止まるどの植田にも逆さ富士 成松聡美
 
「茶の花」 恩田侑布子入選
 あのころの母に吾似てお茶の花 山本綾子
 

 

11月16日句会報告

2025年11月16日 樸句会報 【第157号】

 十一月は十六日と三十日にZoom句会。
 十六日の兼題は、「凩」「白菜」。六十五句の中から原石賞一句が選ばれた。「原石」だけに先生からの直しも複数箇所あり、推敲とはこのように詰めていかなければならないのかと改めて考えた。後半の「笈の小文」講読は、先生が細かく解説くださるためにページとしてはそれほど進んでいないが、このように細部を読み込んでいくものかと思わされた。
 三十日の兼題は「手袋」「焼鳥」。投句は六十四句で、入選一句、原石賞となった。二作品は同じ作者で、上達ぶりを示すことになった。先生の指導の中で「[詩的俳句]と[俳句という詩]を峻別すべきである」とのお言葉があった。句作に向き合う姿勢として、重要なご指導だと身にしみた。句会が充実したため、講読の時間はなくなってしまった。

よく枯れてかがやく空となりにけり
恩田侑布子(写俳)
 11月16日の原石賞1句、その他評価の高かった4句を紹介します。

【原石賞】地形図の尾根谷のごと白菜葉
              猪狩みき

【恩田侑布子評・添削】

生鮮野菜が軒並み高騰し、白菜も例外ではありません。半分ならまだいい方で、四分の一や八分の一に割られて店頭に並んでいます。その断面を見た瞬間、「あ、これは地形図の等高線だ」と気づいた作者です。原句は「尾根谷のごと」「白菜葉」の措辞がやや不自然に思われます。はっきりと尾根と谷のアナロジーを打ち出し、店頭で買う瞬間の句とすると、四分の一に細く切られた白菜からみっしりした等高線の落差が思われ、冬山のほそみちとおもしろい橋がかかります。

【添削例】地形図の尾根と谷なり白菜買ふ

【ほかにも次のすぐれた4句が発表されました。】

 木枯の銀座和光を右折せり
              小松浩

木枯がピューピュー吹き荒んで、日本一の高級商店街の銀座、なかんずく歴史ある服部時計店の「和光」の角を右折していったよ。「右折」は俳句文芸の土俵ギリギリの技アリです。教育文教費より防衛費増大の高市早苗内閣の極右化が、自民党の党員と国会議員という国民の数%未満の支持者によって決定されてゆく、この国の民主主義の危うさ。木枯の寒さが身にしみます。

 白菜を丸ごと買ひて恙無し
              小松浩

白菜が高級品であることの方がおかしい、という思いがあります。二玉も三玉も買って、白菜漬けにした昔ではありませんが、今日はなんとかひと玉のずっしりした白菜を買って抱えて家路に着くことができました。「恙無し」とは、茶掛でこの時期によく掛かる「無事是貴人」の思いでしょう。平易で品のある俳句です。

 きしきしと白菜を割く薄き爪
              小住英之

まるごとの大きな白菜に縦に包丁目を入れ、十指で真っ二つに割る瞬時の音を「きしきし」と捉え、その「薄き爪」に着目した俳句眼に鋭いものがあります。若く健康な時は、爪も艶やかで肉厚ですが年齢とともに爪は痩せ、薄っぺらになるだけでなく、血色も失い銀白色に縦線が入ります。作者はなんと、ニューヨーク大学で「爪」の幹細胞を研究する博士。十代で、母堂が癌で亡くなった当時の思い出を感情に溺れず、くっきりと形象化しました。体調の厳しさと冬の冷たさが一枚になって迫る俳句です。

 柊の花や卒寿の退院す
              長倉尚世

九十歳で退院されるとは、ご家族の介護もさることながら、ご本人の凛とした気丈さが偲ばれます。いま退院できても、あといくばくの月日が在宅生活に許されていることだろうか。そこはかとない不安もあります。しかし、冬青空に咲く「柊の花」はひっそりと奥ゆかしく清らかな芳香を漂わせて、長寿者と家族を讃えています。

【後記】
 両日それぞれに、初参加の方がおられました。座の仲間が増えるのは嬉しいことです。
 特筆すべきこととして、20歳代の方の入会がありました。若い感覚が新たに入ること、これから楽しみです。なお会費について20代までの方は割り引きと、新たに決めました。積極的にのぞいてみてくださるようお願い致します。
 (坂井則之)
 (句会を体験したい方は、このHPのメニューボタンをクリック。『樸 新入会員募集中!』記載のメールアドレスへお問い合わせください。)

(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

手にとれば冷たきものを日向石
恩田侑布子(写俳)
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11月30日の入選1句、原石賞1句を紹介します。
○ 入選
 バイク音へ君の名溶かす冬銀河
               益田隆久

【恩田侑布子評】

好きな人と別れて自宅へ帰らなければなりません。バイクのエンジンをけたたましく噴かし、車体をブルブルと震わせて、さようならをした瞬間、ふり仰いだ空の大きさ。冬銀河がさあっと雪崩れ落ちて来るようです。思わず愛しい名をつぶやき、銀の真砂のような荒星たちに祈ります。ひときわ大きく清らかな一粒がいつまでも頭上に輝いていてくれますように。「バイク音へ」「溶かす」という闇と光と音の響きあう動きにリアリティがあります。

【原石賞】モノクロの写真のふたり帰り花
              益田隆久

【恩田侑布子評・添削】
古いモノクロ写真に若い日の二人が写っています。いつの間にか別々の道を歩んで長い月日を過ごしてしまったけれど、見ればセピア色の一枚の写真に二人は寄り添っていました。若い日の頬を互いに知っている二人は、またすぐ笑い合えるでしょうか。冬青空に返り花があどけなく咲いているように。原句ではなかなかロマンが発展しそうにありません。発展しそうな含みを持たせましょう。

【添削例】となりあふモノクロ写真返り花

青天や枯れたらきつと逢ひませう
恩田侑布子(写俳)