
「哀しみ」と「おかしみ」
益田隆久 花の枝の空に乗れよとさ揺らげる
白波のたちまち過去や皐月富士
人はみな逝きつぱなしや梅雨夕焼
燻りし男を連れて大花火
枯蘆にくすぐられゆく齢かな 「哀しみ」の中にも「おかしみ」があり、「おかしみ」の中に「哀しみ」がある。
だから、「救済」がある。「重力」があり、「恩寵」がある。 泣笑ひしてわがピエロ 秋ぢや! 秋ぢや! と歌ふなり
・・・・・ 秋のピエロ 堀口大学
花の枝の空に乗れよとさ揺らげる
「空に乗る」それは救い。
地上は「哀しみ」。空は「おかしみ」の世界。二つがぶつかり昇華されそこに救済がある。
「花の枝の揺らぎ」は、自然が人にささやく「まばたき」。
そして、詩人、俳人とは、「まばたき」を受け取る感性を持つ人のことである。
白波のたちまち過去や皐月富士
時間は救いである。
今は「哀しみ」。時間の経過は「おかしみ」。
皐月富士は救済の象徴。救済された時間。つまり永遠である。
人はみな逝きつぱなしや梅雨夕焼
人とは、「哀しみ」。梅雨夕焼は「おかしみ」そして「救い」。
「逝きつぱなし」とは、「哀しみ」の中にある永遠つまり「おかしみ」であり「救い」である。
燻りし男を連れて大花火
燻りし男とは、内なる「哀しみ」。大花火は、外なる「おかしみ」、そして「救い」。
二つが、ぶつかり合い昇華され、そこに「救済」がある。
枯蘆にくすぐられゆく齢かな
最終的に、「哀しみ」は、「おかしみ」を携えて、「救済=永遠」へと昇華される。
枯蘆は「象徴」として使われる。
つまり、俳人だからこそ成し遂げる最終的な「救済」なのだ。

2023年12月23日 樸句会報 【第135号】 暖かな日が続いていた後にやってきた寒波で、空気がピンと張った冬晴れの日。今年最後の句会がありました。
兼題は「数へ日」「鍋焼」「熊」。
特選2句、入選4句、△4句、レ4句、・8句。高点句と高評価の句があまり重ならなかったことから、それぞれの読みをめぐって活発に意見が交わされました。「鍋焼」の食べ方談義も楽しい時間でした。
◎ 特選
斎場のチラシかしまし冬の朝
林彰 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「冬の朝」をご覧ください。
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◎ 特選
警笛に長き尾ひれや熊渡る
小松浩 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「熊」をご覧ください。
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○入選
数へ日やかき抱きたき犬のなし
天野智美 【恩田侑布子評】 「かき抱きたき人」ではなく「かき抱きたき犬」で、とたんに俳諧になった。いつも一緒にいた小柄なお座敷犬が想像される。その愛らしかった瞳やら毛並みやら。もう一緒に迎えるお正月は来ない。「数へ日」が切実である。
○入選
星なき夜熊よりも身を寄せ合はす
見原万智子 【恩田侑布子評】 「星なき夜」でなければならない。一粒でも星が瞬けば童話になってしまうから。月もない真っ暗な夜。希望もない。声もない。が、「身を寄せ合はす」人がいる。飢えかけているときに一番食べものが美味しいように、絶望しかけている時ほど、愛する人がいる幸せを感じる。居ないはずの熊を感じるのは、作者が熊になりかわっているから。
○入選
数へ日の日毎重たくなりにけり
海野二美 【恩田侑布子評】 毎日は二十四時間で変化がないはずなのに、年が詰まり、あとわずかになると、言われるように一日が沈殿するように「重たくなる」。あれもしていない。こっちの片付けもまだ何もやっていない。どうしよう。日数が足りない。途方に暮れても、時間の流れは容赦ない。省略が効いていて、覚えやすい良さもある句。
○入選
鍋焼吹く映画の話そっちのけ
成松聡美 【恩田侑布子評】 映画の帰りに店に寄ったのだろう。今まで夢中で主人公や脇役の話をしていたのに、「鍋焼」が湯気を立てて運ばれてきた途端、もう映画なぞ「そっちのけ」。ふーふー。ずるずる。アッチッチと言ったかどうか知らないが、美味しく楽しく夜はふけてゆく。
【後記】
年末のあわただしい気分がありながら、句会の間は別の時間が流れているような気持ちにもなりました。
「“発見”が大事といつも言っているけれども、それは“知”“頭だけ”での発見ではなくて“知・情・意”があるものでなければ」との恩田先生の言葉に、詩的な発見のための構えについてあらためて感じるところがありました。また、「情、気持ちの切実さは十分に持ちつつそれに耽溺せず表現するのが俳句」との言葉も。難しい、ですが、その難しさを楽しむ気持ちで新年に向かえたらと思っています。 (猪狩みき) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)
==================== 12月12日 樸俳句会
兼題は「冬ざれ」「山眠る」「枇杷の花」です。
特選2句、入選3句を紹介します。
◎ 特選
テレビとは嵌め殺し窓ガザの冬
古田秀 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「冬」をご覧ください。
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◎ 特選
枇杷の花サクソフォーンの貝ボタン
益田隆久 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「枇杷の花」をご覧ください。
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○入選
枇杷の花いつか一人となる家族
活洲みな子 【恩田侑布子評】 枇杷はしめやかな花。半日陰を好むようで、遠目にはそれと知れない。トーンの低い冬の日差しに似合う。大きな濃緑の葉影に静まって地味に群れ咲く。「いつか一人となる家族」。この感慨にこれほどピッタリと収まる花は他にはないだろうと思わせる。
○入選
磔の案山子の頭ココナッツ
芹沢雄太郎 【恩田侑布子評】 案山子は秋の季語。ココナッツの頭はエキゾチック。作者は南インド在住の芹沢さんと想定して入選に。
まず案山子を「磔」とみたことに驚かされる。今まで衣紋掛けは連想しても、キリストの磔刑など、夢にも想わなかった。言われてみれば、案山子が痩せこけた磔刑像のキッチュなポップアートのように思えてくる。そこら辺のココナッツで無造作に頭を代用しているとなればなおさら。インドの原色の服装も見えてくる。名詞をつないで勢いのある面白い俳句だ。
○入選
きれぎれに防災無線山眠る
成松聡美 【恩田侑布子評】 よくある山村が目に浮かぶ。限界集落ともいわれる山間地の寒村だろう。「きれぎれに」の措辞がリアル。谷住まいの評者も日々経験しているが、山や木や風に遮られて明瞭には聞こえてこないもの。ばかばかしいほどゆっくりとした広報の声が風に乗って、だいたい何を伝えたいかだけはわかる、あいまいの国、日本。「空気が乾燥しているので火の元に気をつけましょう」とか。大したことは言っていなそう。山は安堵して眠りについている。

発売中の角川「俳句」1月号の特別企画「全国結社マップ」甲信越・東海編に、樸が掲載されました。 「自由に純粋に」「闊達で民主的」という樸の信条や、「各々の足元を大切に、一句一句を七段階評価で丁寧に」という恩田代表の指導方針などが、わかりやすく紹介されています。

2023年12月23日 樸句会特選句 警笛に長き尾ひれや熊渡る 小松浩
警笛の音を魚類のような「長き尾ひれ」と捉えた感性が抜群。にわかに北国の冷たい空気が迫ってくる。しかも句末の「熊渡る」と響いて、人間界を尻目に、熊が悠々と北の大地を歩いてゆく姿が髣髴とする。なんという夜の寒さか。熊が、アイヌの人たちにとって、神の使いであることも納得されるのである。 (選 ・鑑賞 恩田侑布子)

2023年12月23日 樸句会特選句 斎場のチラシかしまし冬の朝 林彰
新聞の折込チラシに、最近とみに増えたものといえば、斎場や墓の宣伝広告。ものを言わないただのチラシに「かしまし」の措辞が出色だ。つややかな上質紙の色刷りの存在感はスーパーのチラシの比ではない。姦しい商業広告と、人間の生理的な死との対比。面白いが、やがてしんみりする。誰にも訪れ、やがて私にも訪れる静かな死を思う「冬の朝」。 (選 ・鑑賞 恩田侑布子)

12月16日(土)慶應義塾大学三田キャンパスで「久保田万太郎シンポジウム」が開催され、恩田侑布子先生が登壇されました。樸俳句会から猪狩みきさん、島田淳さんを始め数名が参加しました。本会は『久保田万太郎と現代 ノスタルジーを超えて』(慶應義塾大学『久保田万太郎と現代』編集委員会編・平凡社、2023年10月)の出版記念を兼ねています。
基調講演の最初に恩田先生が登壇しました。
講題は「やつしの美の大家 久保田万太郎――『嘆かひ』の俳人よさらば」。
30分という持ち時間でしたが、講演というより文学の講義のような濃い内容で、珠玉の俳句が生まれた理由から俳句表現史上の成果までが朗々と語られました。
また、解説と並行して、恩田先生のみずみずしく鮮やかな鑑賞とともに、いくつかの代表作が凛とした声で朗読されました。 [ 万太郎の句、声に出してよんだおりの味わいを満喫しました。(猪狩みきさん)]
[ 岩波文庫の解説からもっと知りたかった「やつし」がよくわかりました。(島田淳さん)] 続いての基調講演は、石川巧氏(立教大学文学部教授)「久保田万太郎から劇文学の可能性を考える」、長谷部浩氏(演劇評論家、東京芸術大学美術学部教授)「万太郎と戸板康二−劇作と批評について」。
次に塾生による、久保田万太郎作品を脚色した朗読劇が上演されました。
休憩をはさみ、基調講演者三人に朗読劇の演出を行なった五十嵐幸輝さんを交え、パネルディスカッションが展開されました。 [ 個人的には、石川先生による戦前・戦中の文壇の状況、長谷部先生の「小芝居」と呼ばれた小劇場の隆盛と万太郎の万能人ぶりなどを併せて聴講したことで、恩田先生の「万太郎論」をより深く理解できたように思います。
また、慶應大学生による朗読劇『大寺學校』について、パネルディスカッションの中で恩田先生が切子硝子の照明から漏れる明かりの描写が場面転換になっていることに触れていらっしゃいました。そして「あの描写によって『劇』が『詩劇』になった」ことに感心されたとおっしゃいました。
そのお話をうかがって、万太郎が「描いたもの」ではなく、「描き方」をよく見なければいけないと、拙いなりに理解しました。
そして、「嘆かひの俳人」「日本文学に永く浅草を伝えるもの」という百年来の後ろ向きのレッテルを恩田先生が剥がされ、新たな万太郎像が目の前に現れたー意味が少しわかったように思います。(島田淳さん)]
終演後、恩田先生、島田さんとご一緒に、同大学図書館の資料室を見学しました。小説や戯曲の代表作、直筆原稿の他、文化勲章、著名人たちのサインが入った還暦祝いの赤い羽織、愛用のメガネや山高帽子、晩年の日記などが展示されていました。
ふと、万太郎が脚色した作品のポスターが目に止まりました。誰もが知っている劇場で、昭和40年度芸術祭参加作品と銘打っています。
万太郎の演劇はドラマらしいドラマが起きない、時として主人公は登場せず他の人物たちに「語られる」のみ、とパネルディスカッションで拝聴しました。現代では難解にも思えるそのような作品が、少なくとも昭和中期まで普通に上演されていたことになります。
会場を後にしてから、恩田先生が講演の終章でおっしゃっていた「近代の果てに精神的難民となった現代人」「パトリア(ラテン語で祖国)としての万太郎俳句集」という言葉を反芻しました。
私自身、高度成長の時代に合わないからという理由で捨て去った、その実、心のどこかで捨てるに忍びないと復権を願い続けていたモノやコトがあるのでは? それらを再び手繰り寄せることで、「やつしの美」への私なりの理解が深まるのではないか、そのように考える機会を与えていただいたシンポジウムでした。
(樸編集委員 見原万智子)

2023年12月9日 樸句会特選句 枇杷の花サクソフォーンの貝ボタン 益田隆久
サックスとも俗にいう楽器は、木管楽器と金管楽器が溶け合うような柔らかな安らぎの音を響かせる。それを枇杷の花に取り合わせた感性が素晴らしい。しかも「サクソフォーンの貝ボタン」と、ゆるやかなリズムでキーボタンの指貝に焦点を絞って終わる。冬日に枇杷の花と乳白色にうすぐもる貝の艶のコレスポンダンスも洒落ている。 (選 ・鑑賞 恩田侑布子)

2023年12月9日 樸句会特選句 テレビとは嵌め殺し窓ガザの冬 古田秀
テレビはなんでも写す。親し気に見知らぬ人が出てくるものと思っていた。でも、今度ばかりは違った。ハマスの200人殺人に対して、イスラエルがガザの人々を16000人も早や殺戮してしまった。しかも封鎖された狭い空間に押し込められたパレスチナ人は、飢渇させられ、子どもまで数千人も殺されている。まさか、今世紀にこのような非人道的なことが、という切迫した思いが溢れる。テレビはなんでも見えるようで、1ミリも開かない窓だったのだ。「嵌め殺し」という詩の発見の措辞が、現実に起こっている殺戮現場につながり、心胆を寒からしめる。 (選 ・鑑賞 恩田侑布子)
代表・恩田侑布子。ZOOM会議にて原則第1・第3日曜の13:30-16:30に開催。