樸(あらき)俳句会 のすべての投稿

静岡を拠点とする、樸(あらき)俳句会です!

あらき歳時記 冬の海

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2022年12月21日 樸句会特選句  鑑真の翳む眼や冬の海                     金森三夢  唐朝の高僧は、数度に及ぶ難破や弟子たちの離反など、死線をさまよう苦難を乗り超えて、本朝に仏教者のふみ行うべき戒律を伝えた。その労苦を思いやる気持ちが「翳む眼や」の措辞に結晶している。光を失ってゆく鑑真和上の眼の翳りの底に白い波濤をあげる冬の海が時空を超えていま、我々の胸にも迫ってくる。芭蕉の名句、「若葉して御目の雫拭はばや」が入れ子になっていて味わい深い。                         (選 ・鑑賞   恩田侑布子)

11月6日 句会報告

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2022年11月6日 樸句会報 【第122号】  ZOOM句会も3回目。参加者もこの形にだいぶ慣れてスムーズに句会が進むようになりました。兼題は「露霜」「文化の日」「唐辛子」。合評を交わすうちに、晩秋の空気をより感じられるようになった時間でした。  入選2句(2句とも同作者!)、原石賞5句を紹介します。 ○入選  露霜を掠めて速きジョガーかな                小松浩 【恩田侑布子評】  ゆっくりと朝の散歩道を歩いていると、背後からザッザッザッとジョギングの人に追い抜かれた。道端の草に置いた露霜など、意に介さない軽快なフットワーク。なんという速さ。たちまち取り残される。夜毎の露霜に磨かれた蓼の葉は色づき、芒はそそけてわら色だ。走る人には見えないものを、これからはじっくりと味わっていこうと思う作者である。   ○入選  古書市の裸電球文化の日                小松浩 【恩田侑布子評】  神保町では文化の日を挟む旬日、古書市が開かれる。毎年楽しみにしている作者は、収まらぬコロナ禍をついて出かけた。永年馴染んだ書肆から書肆を回っていると、あっという間に日が暮れた。店前からあふれた露店に裸電球が点りはじめる。まだまだ見たいものがある。  調べものもニュースも、あらゆる情報を電子画面から得る時代にあって、昭和の紙の文化への哀惜は深い。仮設の電線に宙吊りになった裸電球が、失われてゆくアナログ文化を象徴し、2022年の文化の日を確かに17音に定着させた。地味だが手堅い句である。     【原石賞】天を突く小さな大志鷹の爪               活洲みな子 【恩田侑布子評・添削】  畑の鷹の爪をよく見て、そこから掴んだ詩の弾丸は素晴らしい。表現上の瑕疵は「小さな大志」という中七にある。また「天」を目にみえる晩秋の高空にできれば、さらに句柄が大きくなる。 【添削例】蒼天を突くこころざし鷹の爪           【原石賞】露霜を摘まんで今朝は始まれり                望月克郎 【恩田侑布子評・添削】  露霜といえば、見るものであったり、踏んだり、歩くものであったりと相場が決まっている。この句がユニークなのは、かがみ込んで摘まんで、しかもそこから今日を始めたこと。「今朝は始まれり」ではやや他人事っぽいので、さらに主体的にしてみたい。 【添削例】露霜を摘まんで今日を始めたり      【原石賞】小さき露となりても消えぬ母心               海野二美 【恩田侑布子評・添削】  目の前の露となって、母の心が語りかけてくるとする感受が素晴らしい。でも、露といえば小さいものだし、「なりても」少しくどい。そこで、それらを省略し、「消えぬ」という否定形を「います」と顕在化してみたい。 【添削例】露となりそこに坐すや母ごゝろ          【原石賞】爪先で大地を掴み秋の雨               芹沢雄太郎 【恩田侑布子評・添削】  一読、インドの大地に降る秋の雨を想像した。そこに裸足同然に立つ人の姿も。「爪先」は女性的なので「足指」と力強くしたい。「大地を掴み」はひっくり返すと切れがはっきりする。 【添削例】足指で掴む大地や秋の雨          【原石賞】秋風や掌の色みな同じ               芹沢雄太郎 【恩田侑布子評・添削】  白、黄色、黒という皮膚の色の差はてのひらにはないという発見が出色。そこに斡旋した「秋風」をさらに一句全体に響かせるためには季語以外をひらがなにしたい。そうすると、地球上に隈なく秋風が吹き渡り、人類の手のひらや身体がひとしなみに草のようにそよぎ出すのでは。 【添削例】秋風やてのひらのいろみなおなじ          【後記】  「文化の日」という兼題は、とても難しい題でした。「文化」という語の抽象性のせいでしょうか。合評中に「文化、福祉、愛というような言葉には”はりぼて感“を感じてしまう」という発言があったのがとても印象に残っています。その語に”はりぼて感”を感じさせないような、実のある、実感のある使い方を見つけることが必要なのですね。抽象語を好み、使いたがる私には大きな宿題です。 (猪狩みき) ...

あらき歳時記 神の留守

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2022年11月23日 樸句会特選句  成田屋のにらみきまりし神の留守                     前島裕子  十一月七日、大名跡の十三代目襲名披露興行において、市川團十郎は伝来のお家芸「にらみ」で観客の厄落としをし、満場を唸らせたという。歌舞伎ではふつう見得といわれる芸だが、成田屋お家芸の「にらみ」は、東洲斎写楽の大首絵のような寄り目の独特の表情だ。それが「神の留守」という季語と思いがけないドッキングを果たして、文字通り見事に「きま」った。なんと賑々しく豪奢な神の留守であることか。                         (選 ・鑑賞   恩田侑布子)

恩田侑布子第五句集『はだかむし』上梓のお知らせ

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 樸俳句会代表・恩田侑布子の第五句集『はだかむし』がこのほど、角川書店より刊行されました。奥付にある初版刊行日11月7日は久保田万太郎の誕生日、生誕133年の節目にあたります。この句集は、恩田が深く敬愛する万太郎へのオマージュでもあるのでしょう。  第四句集『夢洗ひ』(芸術選奨文部科学大臣賞受賞)から6年。2016年夏から2022年春までの作品から、371句を自選したものです。後半期のほとんどはコロナ禍ですが、恩田はこの間、自ら「天空の書斎」と呼ぶ自然豊かな自宅周辺を歩き、水音を聞きながら句作や選句にはげんだといいます。いくつもの川、石河原、小瀧、岩場。多くの俳句が「こうして水ほとりに生まれた」(あとがきより)のでした。  自然と一体化し、日本文学の美しさを潤いある言葉に溶かしこむ恩田の感性は、  足もとのどこも斜めよ野に遊ぶ  たましひの片割ならむ夜の桃  よく枯れてかがやく空となりにけり などの掲載句にも表れています。また、フランスや中国への旅を踏まえた  ブロンズの冬日セーヌに置いて去る  星屑に吊られてありぬハンモック などの海外詠、ロシアのウクライナ侵攻を受けた  筍であれよ砲弾保育所に といった戦争詠にも、その温かな人となりや、豊かで鋭い想像力がうかがえます。  句集名は、中国前漢の『大戴礼記(だたいらいき)』に拠りました。恩田によれば、はだかむしとは、毛も羽もない素っ裸の虫、それも陰陽のまじりけのない精を受けて生まれる人間のことだといいます。  うちよするするがのくにのはだかむし が末尾にあります。  恩田は今年4月、春秋社から『渾沌の恋人ラマン 北斎の波、芭蕉の興』を出版し、各紙誌の書評で高い評価を受けました。それに続く今年2冊目の著書が、この第五句集です。句作に、指導に、講演に、著書出版にと、ますます旺盛なエネルギーをみせる恩田の魅力がいっぱい詰まった句集『はだかむし』。ぜひお手にとってお読みください。 (樸編集長 小松浩)

恩田侑布子代表講演「『渾沌の恋人ラマン 北斎の波、芭蕉の興』より、名句そぞろ歩き (10/29)」を聴いて

講演感想_前島さん

樸会員 前島裕子、島田淳の聴講記    北斎の画中の人になりかわって 十月二十九日。延期になっていた現代俳句講座−『渾沌の恋人(ラマン) 北斎の波、芭蕉の興』より、名句そぞろ歩き−に出かけた。 久しぶりの東京、新幹線、山手線、地下鉄、都電と乗りつぎ、ゆいの森あらかわへ。  そしてそこに足を踏み入れたとたん、驚きです。大きな図書館、こういう所はテレビでは見ていましたが実際に入るのは初めて。一階にホール、二階には吉村昭の文学館、エレベーターで三階につくと目の前に現代俳句センターが。天井までの書架に句集がびっしり、俳誌もたくさんある。あわただしく館内を一まわりして会場へ。  「ゆいの森ホール」が会場です。正面の大スクリーンに今日のタイトルが写し出されていた。いよいよ先生の講演が始まり、進行して北斎の話になると、スクリーンに「富嶽三十六景」より、「青山圓座松」「神奈川沖浪裏」「五百らかん寺さざゐどう」が次々大写しになった。おいおい本物はB4サイズよ、両手に持てて、じっくりながめるのがいいのよ。こんなに大きくして持てないよ。 いや待て、これだけ大きければ舟にも乗れる笠をかぶった坊やの後からついていける、欄干にも立てる。これが入れ子、なりかわり、なのか。一人スクリーンの中に入りこんだような不思議な気持ちになりました。 今でもあの三枚の浮世絵の大写しが、目にうかんできます。 また質疑応答のコーナーでは思わず「是非樸に見学にいらして下さい」とさそいたくなる場面もありました。  講演が終わり、聴講できた興奮と充足感。 そこもだけど、ここをもっと聴きたかったというところもありましたが、講演できいたことをふまえ、再度読み、深めていこうと、思いながら帰路につきました。 ありがとうございました。 (前島裕子)   「第46回現代俳句講座」(主催:現代俳句協会)に参加して 今年8月6日の毎日新聞書評欄で、演劇評論家の渡辺保氏は恩田侑布子『渾沌の恋人(ラマン) 北斎の波、芭蕉の興』の書評を、「斬新な日本文化論が現れた」の一文から書き起こしました。そして、著者による名句鑑賞を引いて、「近代の合理的な思考から、日本文化を解放して」「目に見えないものを見、耳に聞こえないものを聞く思想を養う」と述べています。 今回の講演は、日本人の美意識の源流を辿る壮大な物語のエッセンスでした。 主体と客体が「なりかわる」描写、単一の意味でなく多面的な「入れ子構造」、『華厳経』の蓮華蔵世界さながらのフラクタルな世界観。こうした日本人の美意識を、俳句にとどまらず葛飾北斎の浮世絵、近代詩、万葉集から古代中国の「興」へと自由に往還しながら説き明かしていきます。 「興」に淵源を持つ「季語」によって詠み手と受け手の間に共通のイメージが広がり、「切れ」によってそのイメージを自分の現在ある地点に結び付ける。こうした構造がある事によって、俳句はたった十七音で詩として成立するのだと得心できました。 『渾沌の恋人』は、自宅そばの猪の描写から古代中国の『詩経』へなど、現代から一気に過去の時代に跳んだりする場面が多くあります。最初は戸惑いましたが、こうしたタイムワープが可能なのは、おそらく現代は古代と切り離されたものではないからなのでしょう。古代人の感情が現代のわれわれのそれと大きく隔たってはいないからこそ理解可能なのであり、それを仲立ちするのが「興」にルーツを持つ「季語」なのでしょう。言い換えれば、風土に根ざした共同体の共通認識だからこそ、時代を超えて受け継がれていくのだと。 また、古今の名句を声に出して詠むことの素晴らしさ、大切さも再認識しました。「五七五(七七)定型は、日本語の生理に根ざした快美な音数律」とレジュメにありましたが、実際に古今の名句を耳から聴くことでそれを実感することができました。 階段状のホール最上段でも聴きやすい明瞭な発声、落ち着いた抑揚、「切れ」をきちんと意識し微細な緩急のある速度。五音七音の調べに身を委ねる心地よさは、定型の俳句が紛れもなく十七音の詩であることを身体感覚として理解させてくれました。 講演終了後、冒頭に引用した渡辺保氏の「目に見えないものを見、耳に聞こえないものを聞く思想を養う」という文章を思い出しながら、夕暮れの町屋駅前に向かったのでした。 (島田 淳)

全国俳誌協会第4回新人賞授賞式 (10/30)・古田秀 正賞受賞作品十五句

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全国俳誌協会第4回新人賞 授賞式に寄せて 全国俳誌協会第4回新人賞を受賞した樸の古田秀の授賞式が10月30日、東京都内でありました。授賞式には樸代表の恩田侑布子も出席し、多くの俳句関係者らが古田の受賞を祝いました。正賞の古田とともに、準賞、特別賞、選者賞の受賞者七名は、十九歳から三十代後半までの若者で会場は華やかな雰囲気に包まれました。 併せて、「俳誌の現在と未来を語る」シンポジウムも開催されました。登壇者は選者の鴇田智哉氏・堀田季何氏・神野紗希氏に、『俳句』編集長の石川一郎氏、同協会長の秋尾敏氏という豪華メンバーで、「紙」の俳誌の保存性と信頼性の高さを改めて評価する声で一致しました。俳句文庫鳴弦文庫館長でもある秋尾会長に、「恩田さんのところの樸はWeb誌のみでやっていて驚きです。全国で他にそういう会があるでしょうか」と会場で紹介され、喜ぶべきか、悩みました。 『俳壇』・『俳句四季』の編集長に、「芭蕉記念館」館長も来席され、白熱の議論は大いに盛り上がりました。 二次会は田町駅近くの居酒屋に大勢でなだれ込み、高校生をはじめとする若い情熱ある俳句作者たちと忌憚なく俳句談義に花を咲かせ、幸せが倍増しました。改めて、おめでとうございます! (恩田侑布子)   古田秀の正賞受賞作品「大学」15句を掲載いたします。           大学     水差しの影にも水位昼寝覚     さくらんぼ暫し噛まずにゐたりけり     母をらぬ部屋はあかるし髪洗ふ     実験棟から門までの夕立かな     水槽に水平線のなき晩夏     桃の皮ずるりと剥けて夜の汽笛     秋黴雨ひとりにひとつ椅子と窓     消火器の函に錆吹く蜻蛉かな     木は鳥の鳥は木の名を秋の暮     初雪やからからせんべい割れば毬     歌は火の熾るに似たりクリスマス     搭乗を待つまどろみや冬帽子     パブの灯の途切れたるより吹雪の野     焼きそばの焦げかうばしき初詣     大学や焔のごとき冬木の芽 

恩田侑布子講演レポート

(第46回現代俳句講座 10/29 ゆいの森あらかわ)

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演題 『渾沌の恋人ラマン 北斎の波、芭蕉の興』より、名句そぞろ歩き ◇主催:現代俳句協会 共催:荒川区 ◇日時:2022年10月29日(土)13:30~16:45 ◇会場:ゆいの森あらかわ「ゆいの森ホール」 ◇講師:「軸」代表・秋尾 敏、「樸」代表・恩田侑布子  10月29日(土)、東京都荒川区のゆいの森あらかわ・ゆいの森ホールで現代俳句協会主催の第46回現代俳句講座が開かれ、樸俳句会代表・恩田侑布子が「『渾沌の恋人(ラマン) 北斎の波、芭蕉の興』より、名句そぞろ歩き」と題して講演しました。 当初は9月24日の予定が、静岡にも大きな被害をもたらした台風で中止となり、延期されていた講演です。一転して素晴らしい秋晴れとなったこの日は、首都圏を中心に俳句愛好者や恩田ファンらがたくさん聴講し、「俳句は目に見えないもの、耳に聞こえないものに思いをはせる」という恩田のメッセージを心に留める1日となりました。 「興」と「入れ子」という説で日本文学に新たな地平を切り開いた恩田の近著『渾沌の恋人』は、各紙誌の書評で高く評価されていますが、開会挨拶に立った現代俳句協会の中村和弘会長も「日本文学をグローバルな視点で体系的に分析・集約した本であり、感動した。文体が素晴らしく、小説を読むようで思わず引き込まれた」と賛辞を送りました。恩田は、全身を揺さぶられた高校時代の名句との邂逅などに触れながら、「歳はとっても俳句はやまぬ、やまぬはずだよ先がない」の都々逸で会場を笑わせ、なごやかな空気の中で講演は進みました。 近著の内容に沿ったこの日の講演は、芭蕉、蕪村に始まり北斎の浮世絵、中国の詩経、フレーザーの金枝篇、タイラーのアニミズム、ピカソのキュビスムに至るまで、古今東西縦横無尽の視点から文学としての俳句の奥深さを再発見する旅、とでも言うべきものでした。聴き手にとってはまさに豊潤なひとときで、本を読んだ人は著者と俳句の魅力を再確認でき、未読の人は手にとってすぐ読んでみたくなったことでしょう。 とりわけ、恩田が「雲の峯幾つ崩(くづれ)て月の山」をはじめとする芭蕉や蕪村らの名句や若い時から心酔してきた蒲原の詩「茉莉花(まつりか)」を、ゆっくりと歌うように詠みあげる場面では、上質の朗読劇を聴くような心地よさが会場を包みました。俳句を始めて3年になるという聴衆の女性からは「ああ、俳句ってやっぱり詩なんだな、と感動しました」という声が寄せられました。あっという間の1時間余りでした。 恩田に先立って、「軸」主宰の秋尾敏氏が「桜井梅室の系譜—知られざる十九世紀俳句史」をテーマに講演し、軽妙な語り口で楽しませました。 (樸編集長 小松浩)      

恩田侑布子Zoom句会 会員募集。初歩の方、ようこそ!お試し体験、歓迎します。
〜どんなに遠くてもすぐつながれます〜

新会員募集_1

恩田侑布子Zoom句会、会員募集。 初歩の方、ようこそ!お試し体験、歓迎します。 〜どんなに遠くてもすぐつながれます〜    今回、zoom句会に力を入れることで、静岡県外の方も参加しやすくなりました。貴方の俳句を恩田侑布子が対面指導、鑑賞します。樸に入会して、自由な合評、俳句談義をステキな仲間とご一緒に楽しみませんか。  樸俳句会は作句・選句・鑑賞にそれぞれ力を入れており、一人ひとりに丁寧な指導を心がけております。ご興味をお持ちの方、是非この機会にお問い合わせ・ご参加ください。 【樸の志】 一人ひとりが足元を大切に、俳句という詩を素心に追求し共感し合い、新たな俳句の潮流を生んでゆく。 【募集要件】 ①パソコンでメール送受信とZoom参加が可能な方。 ②他の結社に所属されていない、もしくは他の指導者に師事しておられない方。 【句会案内】 月2回開催。会費については入会希望のお問い合わせ時にご案内します。 ・Zoom句会:原則第1、第3日曜日13:30〜16:30 (指定ネット上に前日13:30迄に3句投句、当日13:30迄に選句) ・リアル句会または吟行句会:季節ごとに1回開催 (リモートでの参加者は上記に準じ、リアル句会参加者は選句から静岡市葵区会場) ご入会希望者は以下のメールアドレスまでご連絡ください。個人情報は厳守致します。 araki.haiku★gmail.com (★を@に変えてください)