
恩田侑布子 2021年春の作品 ↑ クリックすると拡大します ↑ クリックすると拡大します 角川『俳句』 2021年4月号 特別作品21句
2021年7月4日 樸句会特選句 言はざるの見ひらくまなこ日雷 古田秀 見ざる聞かざる言わざるの一つです。日光東照宮が有名ですが、いたるところに石彫や木彫りがみられます。言猿の眼に、日雷を取合せた斬新さ。「見ひらくまなこ」で一句が大きなふくらみを持ちました。つまらないことは言わない。しかし、この猿はしかと見ています。認識はたしかです。そこに晴天に鳴る雷。さまざまなことを想像させます。国内ならコロナ禍に開催するオリンピック。海外なら香港の言論弾圧。パレスチナの幼子たちまで犠牲にする戦火…。リズム上も 「ザル」と「ヒガミナリ」の濁音が効果的な一種の迫力を生み、重量感をもたらします。「言え」「いいなさい」とはたた神がうながすかのようです。 (選 ・鑑賞 恩田侑布子)
2021年6月6日 樸句会報【第105号】 今朝は梅雨が戻ったような空模様。 でも句会が始まるころには小降りとなる。 そんな中うれしいことに、御二人の見学者がおみえになる。五月にお仲間になった御二人と、樸に新しい風を吹き込んでくれそう。 本日は新人の方が多いので、副教材はお休みし、投句の選評、それも高得点からではなく、無点句から始まりました。 兼題は「雪の下」「蝸牛(でで虫)」「青嵐」です。 入選1句、原石賞1句、△4句を紹介します。 ○入選 おんぶ紐要らなさうだね雪の下 田村千春 【恩田侑布子評】 「雪の下」の兼題からおんぶ紐を発想した詩的飛躍が非凡です。梅雨時の雪の下という植物の、日影っぽい静かさ。我が家の背戸にも竹山との境の低い石垣に雪の下が生えています。春先は天ぷらにしておいしい繊毛の密生した葉は、梅雨時になると赤紫の茎を伸ばし、鴨の足のようなちぐはぐな細い白い花びらを傾きがちに咲かせます。おんぶ紐は赤ん坊には必需品だが、使う時期は短いもの。捨てるに惜しく、そうかといって取っておいても使い道はありません。わずか一年ほどの母子密着の乳児期のやるせなさと懐かしさ、そして瞬く間に大きくなってゆく幼年時代との別れがしみじみとした抒情を醸します。目の前の子や孫を育てる日常生活を超えて、人の世に昔から繰り返されてきた子育てという懐かしくもはかないいとなみの感触が存分に描かれています。山の端に滲む薄墨がかった梅雨夕焼を見るような、不思議な味があります。 ただ、口語の面白さの半面、「だね」は雪の下の仄かさを打ち消さないでしょうか。 「おんぶ紐もう要らなさう雪の下」なら◎特選と考えてそう言うと、作者がまさにこの通りの句を考えて、その後「だね」に推敲してしまったとおっしゃいました。 【原】擂粉木に胡麻うめきたる暑さかな 古田秀 【恩田侑布子評】 日常の中から詩をみつけた良さ。ごまをするときの実感があります。ただ「うめきたる」は「呻きたる」で、声が聞こえて、しつこすぎませんか。即物的に、たくさんあるという意味の「擂粉木に胡麻うごめける暑さかな」なら◯です。 【改】擂粉木に胡麻うごめける暑さかな 【合評】 感覚的な句。暑さを伝えるのに「胡麻のうめき」ととらえたのがなかなかいい。 △ 繰り返し傷舐める犬夏の闇 萩倉 誠 【恩田侑布子評】 犬は傷を舐めてなおす。静かだと思ったらまた舐めている。犬にしかわからない傷の痛みがあるのだろう。内容はいい。弱点は、犬小屋なのか、座敷犬が電気を消した部屋の隅で舐めているのか、場所が特定できず、映像が浮かびにくいのが惜しい。 【合評】 読んだ瞬間、怖いと思った。野良犬が路地裏で傷を舐めている。そこを作者が通りかかった。 飼犬が釘かなにかでけがをし、それを舐めている。 △ でで虫や己が身幅に道を食み 島田 淳 【恩田侑布子評】 「身幅に道をはむ」に素晴らしい詩の発見があります。頭の作ではなく、現場にいて蝸牛と会っている人の作品です。さらに調べをととのえて、 「かたつむり身幅に道を食みゆくも」 なら◯です。 【合評】 「身の丈にあった」はよくきくが、「身の幅に食んでいく」といっているのがおもしろい。 △ 月食のかげにさざめく雪の下 前島裕子 【恩田侑布子評】 感性のすばらしい作品です。リズムを考慮し、 「ささめける月蝕のかげ雪の下」なら、さらに◯入選です。 【合評】 月蝕(5月26日)はみていた。雪の下は知らなかったが調べてみて、葉の緑が「さざめく」と合っているよう。 △ 坪庭の暮れて仄かに雪の下 海野二美 【恩田侑布子評】 正攻法の「雪の下」の句。映像がはっきりと浮かぶ。陰翳ゆたかな品の良い坪庭が眼前する。「仄かに」はいかにも雪の下らしい。 本日の兼題の「青嵐」「かたつむり」「雪の下」の例句が恩田によって板書されました。 雪の下 歳月やはびこるものに鴨足草 安住敦 低く咲く雪の下にも風ある日 星野椿 蝸牛 かたつむり甲斐も信濃も雨のなか 飯田龍太 かたつむりつるめば肉の食ひ入るや 永田耕衣 かたつぶり角ふりわけよ須磨明石 芭蕉 でゞむしにをり/\松の雫かな 久保田万太郎 青嵐 猫ありく八ツ手の下も青あらし 前田普羅 面・籠手の中に少年青嵐 中尾寿美子 選句に入るまえに恩田より、特に初心者の方へ選句の仕方について次のようなコメントがありました。 ・俳句は水準で選ぶのが大事 ・好ききらいで選ばないこと ・そうした選句を重ねてゆくと句作も良くなってゆく つぎに、選評。いつもと違い無点句からで、 ・どこを直せばよくなるか ・どうすればいい句になるか ・本題季語で詠んだほうが句が広がる ・擬人化は詩的飛躍がないと卑俗になりがち ・奇をてらうよりは平凡の方がいい ・俳句という詩を詠む ・<平明で深い句>…高浜虚子のことば と、一句一句丁寧に指導いただきました。 【恩田より総論の感想として】 ・季語には本題がありますが、滅多に使われない珍しい傍題季語を使う句がこのごろよく目立ちます。絶対に悪いわけではありませんが、本題季語のほうが共感しやすく、連想もひろがるものです。 ・突飛なことばや思いつき、鬼面人を驚かす語を使ってカッコつけたくなるのは初心者の弊です。気をつけましょう。 ・上に関連しますが、田舎歌舞伎で大見得を切っているような、そこだけ悪目立ちするような力みかえったことばの使い方には気をつけましょう。 【後記】 本日は、新しい仲間も加わり、いつもに増して熱の入った句会でした。 無点句から始まった選評も一句一句、かみしめ聞き入りました。 そして本題季語で詠むことの大切さを知り改めて、季語と向きあってみようと思いました。 選句についても、「好みではなく俳句の水準で選ぶ」ことを肝に銘じたいと思いました。 コロナのワクチン接種が始まりました。 これで収束に向かい、みんながリアル句会に参加できますように。 (前島裕子) 今回は、入選1句、原石賞1句、△4句、ゝシルシ14句、・2句でした。 (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ============================ 6月23日 樸俳句会 入選句を紹介します。 ○入選 鉄板の足場ひびけり梅雨夕焼 塩谷ひろの 【恩田侑布子評】 建設現場の鉄骨に渡した鉄板の足場でしょう。しかもこれは二階や三階ではなく、かなりの高層建築を思わせます。そこに梅雨夕焼を鉄板と同時に踏んでいるかの空中感覚と、黒ずんだ夕焼けが響き返してくる臨場感があります。油断すれば転落する厳しい建設現場の仕事です。緊張感と、まだ仕事の終わらない一抹の淋しさ、孤独感。都会のブルーワーカー同士、声を掛け合ういたわりも想像されます。視覚や聴覚にダイレクトに迫る訴求力が素晴らしい。労働俳句のソリッドさが梅雨夕焼に合っています。作者が初投句の塩谷ひろのさんと知って、びっくり仰天いたしました。 ○入選 照りかへす一円玉や夏燕 古田秀 【恩田侑布子評】 道路にきらっと白くひかるのは一円玉。誰も拾わない一円玉。夏つばめが急降下して地面すれすれに腹を擦り付けたかと思うや、あっという間に青空に吸い込まれる。その早さ、切れ味のよさ。なにもいわず、ただ一円玉と夏燕の詩が展開する空間の気持ちよさ。
2021年5月9日 樸句会報【第104号】 一部の地域で緊急事態宣言が発令され、行動に制約を受けたゴールデンウィークでしたが、その後の句会はリアルでの開催が叶いました。「換気をしてください」との放送に従い全開にした窓が、突風で次々に閉まってしまいます。それ以上に華々しい風が会を吹き抜け、特選三句という目の覚めるような結果となりました。 兼題は「薄暑」「菖蒲湯」「薫風」です。 ◎ 特選 めくるめく十七文字新樹光 前島裕子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「新樹」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ◎ 特選 腕白が薫風となる滑り台 前島裕子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「薫風」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ◎ 特選 ぷしゆるしゆるプルトップ開く街薄暑 萩倉 誠 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「薄暑」をご覧ください。 ↑ クリックしてください 侑布子余話 こんなことがありました。 原句 菖蒲湯や人の涙で泣けと父 一読、意味がつかめず点を入れませんでした。「人の涙で泣け」とは、「人を泣かせてから泣け」っていうの?まさか。作者が三夢さんとわかって、本当は「人の涙を自分の涙にしなさい」という、情の厚いお父さまの教えでは、と気づきました。 添削 菖蒲湯や人の涙を泣けと父 「で」を「を」に変えるだけで、菖蒲湯の香り高い俳句になることに驚かされました。わたしまで、三夢さんの亡き父上の芳しい薫陶を受けたような気がしたのです。 本日の兼題はいずれも五月の季語です。例句が恩田によって板書されました。 薄暑 三枚におろされている薄暑かな 橋閒石 岩群れてひたすら群れて薄暑かな 久保田万太郎 ジーンズに腰骨入るる薄暑かな 恩田侑布子 菖蒲湯 さうぶ湯やさうぶ寄りくる乳のあたり 白雄 幸さながら青年の尻菖蒲湯に 秋元不死男 たをやかに湯舟に待てり菖蒲の刃 恩田侑布子 薫風 其人の足跡ふめば風かをる 正岡子規 薫風やいと大いなる岩一つ 久保田万太郎 薫風の鰭ふれあひし他生かな 恩田侑布子 薫風は書を読み吾は漫歩せり 恩田侑布子 隣合ふとは薫風の中のこと 恩田侑布子 これらの瑞々しい季語をいかに生かすか、そのためには観念で句を作ってはいけない、感性を働かせるようにと、恩田より注意がありました。 季語の中には特に服飾などの用語で、例えば「セル」など、ふつうには既に通じないものもあります。行事に関しては元々の趣旨からかけ離れたり、すっかり廃れてしまったものも。今回の「菖蒲湯」にもジェンダー論的に揺れが生じているが、現在の状況をどの程度反映させるべきかと、連衆から質問が出ました。これに対し、長年人々が寄せてきた思いを尊び、「生木」ではない言葉を使うのが肝要であると恩田は強調し、例として次の句をあげました。 海蠃(ばい)の子の廓(くるわ)ともりてわかれけり 久保田万太郎 [後記] 晩秋に「海蠃廻(ばいまはし)」というバイ貝の独楽で遊ぶ風習が江戸時代から大正期まであり、べいごまとなって昭和期にも続いていました。恩田は、夕刻に帰宅を急ぐ少年達の影が「海蠃打」も「廓」も知らぬ読者の目に鮮やかに浮かぶのは、かつて多くの人々が馴染んできたものを題材としていることが大きいと述べました。 現代を詠みあげるのも俳句の使命ですが、数年後には捨て去られる運命の流行り言葉を安易に使うのは厳に慎まねば。薫り高い数々の作品に浸りながら、しみじみ思いました。 (田村千春) 今回は、◎特選3句、△1句、ゝシルシ12句、・4句でした。 (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)