2023年12月9日 樸句会特選句 テレビとは嵌め殺し窓ガザの冬 古田秀 テレビはなんでも写す。親し気に見知らぬ人が出てくるものと思っていた。でも、今度ばかりは違った。ハマスの200人殺人に対して、イスラエルがガザの人々を16000人も早や殺戮してしまった。しかも封鎖された狭い空間に押し込められたパレスチナ人は、飢渇させられ、子どもまで数千人も殺されている。まさか、今世紀にこのような非人道的なことが、という切迫した思いが溢れる。テレビはなんでも見えるようで、1ミリも開かない窓だったのだ。「嵌め殺し」という詩の発見の措辞が、現実に起こっている殺戮現場につながり、心胆を寒からしめる。 (選 ・鑑賞 恩田侑布子)
樸(あらき)俳句会 のすべての投稿
久保田万太郎シンポジウムに恩田侑布子が登壇します
11月12 日 句会報告
2023年11月12日 樸句会報 【第134号】 記録的な猛暑だった今年、借り地の菜園は夏野菜のみならず冬野菜の生育もさっぱりです。視線を落とせばノジスミレやホトケノザの返り花。つくづく季節をつかみにくくなったと感じます。 しょんぼり日々を送るなか、樸zoom句会が開催されました。やれ嬉しやとパソコンの画面の中へ飛び込みたいような気持ちで参加しました。 兼題は「ばつた」「障子洗ふ」「柚子」。 特選2句、入選2句、△4句、レ11句、・11句。恩田先生が「切れの余白がゆたかで、調べもよく、多様で面白い俳句がそろった」と評した豊作の会となりました。 ◎ 特選 形見分くすつからかんの菊日和 見原万智子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「菊日和」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ◎ 特選 切り貼りは手鞠のかたち障子貼る 都築しづ子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「障子貼る」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ○入選 疵あまた無骨な柚子よ宛名書く 佐藤錦子 【恩田侑布子評】 健康な生活実感があふれる俳句だ。庭の柚子はたくさんなるが店頭に並ぶピカピカの別嬪さんではない。疵やシミや凹みがあちこちにある。でもいいじゃん。早速あの人に送ろう!茎を切っただけで芳しく匂う。料理にかければ魔法の調味料、一瞬で高級になる。お風呂にもプカプカ浮かべてもらおう。なんともいい香り。「無骨な柚子」に新しみがあり、「宛名書く」の動詞にも勢いがある。 ○入選 柚子青し手帳今日より新しく 成松聡美 【恩田侑布子評】 気がつくと庭の柚子が葉影に大きく実っている。まだ青々として、もぐには早いが、黄色いひかりの珠になって、清らかな香りが初卓や湯殿にあふれる日は近い。そうだ、新しい手帳を下ろそう。そう思わせるときめきは、軽快な調べを奏でる定型感覚のよろしさと、上五のキッパリした切れから来ている。 【後記】 季節以外にも実感をつかみにくくなったものがあります。いくつかの動作です。 ちなみに今回の季語「障子洗ふ」のかんれん季語「障子貼る」とほぼ同じ「障子を貼る」が、『絶滅危惧動作図鑑』(祥伝社、藪本晶子)という本に収められています。「障子を貼る」は絶滅危惧レベル全5段階のうちレベル4「ちいさい頃に何度かやったことがある動作」。今ではあまり見かけないということでしょう。 かく言う私も、破れないグラスファイバー入り障子紙なるものを購入してから、洗うどころか張り替えすらやっていません。 しかしひとたび季語として作句を試みれば、障子紙を寸法に合わせて切る者、刷毛で桟に糊を塗る者、自分が開けてしまった穴を切り貼りする子ども、夕暮れが迫り七輪で魚を焼く祖母、薪で風呂を沸かす祖父など、懐かしい光景が立ちどころに蘇ります。俳句には絶滅の危機に瀕したことばの保護という側面があるような気がします。 単に動作のさまを伝えるだけではないでしょう。 たとえば今回の特選句「切り貼りは手鞠のかたち障子貼る」から連想されるのは、まず、丸く切って手毬に見立てた千代紙。次に、暮らしを機能一辺倒に終わらせない作者の美意識やお人柄です。創意工夫を凝らした衣食住のあれこれが次々と目に浮かび、しみじみと、私もこの人のように生きてみたいという思いに駆られます。俳句には作者の心の持ちようを共同体に伝播させ継承させ得るはたらきがあると感じました。 これは恩田先生の超人的なご鑑賞をお聞きし、連衆の忖度のない議論に参加して初めて湧いてきた思いであり、数年前にひとりで何となく十七音を並べていた頃には想像もつかなかった気づきです。俳句は句座を囲む文芸、囲むことで完結する文芸であると改めて感じた句会でした。 この日を境に、季節は駆け足で冬へと向かっていきました。 (見原万智子) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 11月23日 樸俳句会 兼題は「七五三」「木の葉髪」「柊の花」です。 入選1句、原石賞4句を紹介します。 ○入選 乾杯の音頭決まりて木の葉髪 岸裕之 【恩田侑布子評】 大勢の集まりでは、まず司会者から指名を受けた人が乾杯の音頭を取ります。 挨拶、自己紹介、会の趣旨を手短かに話し、「乾杯!」の斉唱でグラスを合わす瞬間です。若い頃は音頭をとる人のテキパキと堂に行った采配に憧れたものですが、いざやらされる年代になってみると、なにげない手櫛にもはらりと髪が纏いつきます。会場の華やかな席に明るい声が響くだけに、昔日の若さを失った実感が迫ります。ペーソスある俳句です。 【原石賞】柊の花の家遠し跨線橋 見原万智子 【恩田侑布子評・添削】 いま歩いている「跨線橋」から、かつての家、それも柊の花の記憶を蘇らせた感性が素晴らしいです。ただ「ハナノイエトオシ」という中七字余りはいただけません。もたつきます。素直な定型に調べるだけで、ぐっと格調の高い句になります。 【添削例】柊の咲く家遠し跨線橋 【原石賞】吾娘もまた母の顔せり七五三 小松浩 【恩田侑布子評・添削】 孫の七五三でようやく我が娘が、一人前の母親らしい顔つきになったことに気づいた作者です。自身にも、祖父になった実感が迫ります。ただ、「もまた」の説明臭を刈り込みたいです。世代交代のめでたさと、着実な継承を印象付けるため、省略を効かせ、かつての娘の七五三もダブルイメージさせましょう。 【添削例】母の顔になりし娘や七五三 【原石賞】旅の荷は下着二枚や小春富士 古田秀 【恩田侑布子評・添削】 旅荷が「下着」だけというのはさっぱりと気持ちがいいです。このままでもなかなかの句ですが、さらに水準を高めるならば、「二枚」と「小春」の甘さを消して「一組」「冬の富士」にすれば気持ちも調子も引き緊ります。 【添削例】旅の荷は下着一組冬の富士 【原石賞】すきま風指輪リングを見遣る銀婚日 林彰 【恩田侑布子評・添削】 戸障子を吹き込む冬の季語の「隙間風」を心象に転じた着眼が面白いです。「指輪」にリングのルビを振ったことで、エンゲージリングとわかり、結婚式から二十五年経って、ぷっくりしていた指がやつれたことまで想像させます。ただ、銀婚式の日を縮めて「銀婚日」というのはやや無理がありましょう。 【添削例】銀婚の指輪リングを見遣るすきま風
あらき歳時記 菊日和
2023年11月12日 樸句会特選句 形見分くすつからかんの菊日和 見原万智子 御母堂を亡くされ、まだそれほど月日が経っていない。作者は周りには明るくふるまう人だ。でも、内心の悲しみは、言葉の意味ではなく、調べが語ってしまう。三年も経てば「形見分すつからかんの菊日和」となったかもしれないから。上五「カタミワク」の「ク」の切れと、下五「キクビヨリ」の「ク」がそのまま深い悼みと喪失感を伝える。さらに全体に散るカ行六音は、思い出を振り切ろうとあらがう姿勢そのものとして健気に響く。ふり仰げば秋晴れは「すつからかん」。庭には故人が愛した菊が端正に咲き誇っている。形見を親戚や友人にすべて分けきって、家じゅうをすっからかんにしてしまおう。空っぽになった座敷に、亡き母のやさしい笑顔がしずまるよう。 (選 ・鑑賞 恩田侑布子)
あらき歳時記 障子貼る
10月21日 句会報告
2023年10月21日 樸句会報 【第133号】 秋の吟行句会。本日は滅多に見られないほどの秋晴れに恵まれました。 藤枝市岡部町朝比奈地区に戦国時代から伝わる、朝比奈大龍勢を見に行きました。 ここは、俳人の村越化石さんの生誕地です。 また、大龍勢のすぐ隣の休耕田ではコスモス畑が見頃を迎えておりました。 茶室瓢月亭がある玉露の郷、昆虫館、あさぎまだらの乱舞、村越化石さんの句碑など素材が満載の吟行となりました。 「句友あり金木犀の香の中に」(恩田先生の句) 今日ほど、「句友あり」という喜びを実感したことはありませんでした。 「先駆けの子らの口上天高し」(前島さんの句)(本日の最高点句) 会場のどよめき、一体感、感動の瞬間。 「大龍勢龍の鱗は里に降り」(活洲さんの句)(本日の次点句) 四方八方に飛び散る生きているかのような赤青黃の龍たち。鱗と見立てた美しい落下傘や紙吹雪、この地と人々への豊祝。 特選3句 入選3句 △5句 レ14句 ・2句 計27句(出句は計50句) ◎ 特選 大龍勢龍の鱗は里に降り 活州みな子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「大龍勢(花火)」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ◎ 特選 露の玉点字の句碑に目をとづる 益田隆久 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「露の玉」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ◎ 特選 岡部町、大龍勢 先駆けの子らの口上天高し 前島裕子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「天高し」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ○入選 秋の苔弱き光をこはさぬやう 天野智美 【恩田侑布子評】 繊細な感受性がとらえた「秋の苔」の本意。岡部の玉露の里に建つ茶室瓢亭うらの山かげは、ささやかな万葉植物園の趣。藤袴とあさぎまだらの楽園をプロローグとして、林間に一歩ふみ入るや、冷やかな苔のしじまの小道になる。無造作に置かれた庭石にも苔がみっしり。「弱き光をこはさぬやう」といいさしたデリケートな句形と調べは内容と協奏し、ピアニッシモのひかりを漂わす。 ○入選 大龍勢花笠受くる秋の水 天野智美 【恩田侑布子評】 龍勢の打ち上げ会場を途中で引き上げ際、本日最高と思われる高さへ上り、長い空中遊泳を果たした一本の竹竿が薄桃色の落下傘を広げてゆらめくように舞い降りてきた。これは、その長細い竹の尾が恥じらうように秋の川面に触れる瞬間である。秋真澄の空と水との間に、村人が丹精して作った花笠が舞う。天、水、人がかたみに照らしあう思いがけない静けさ。 ○入選 秋うらら桂花の菓子を頬張れば 佐藤錦子 【恩田侑布子評】 木犀の花びらをいっぱい摘んで酒にしたのが桂花酒。香り高い酒を紅茶に滴らすのもいいが、漬けた花びらをこんもりとマフィンの上によそって食すのもいい。今回は吟行会場まで、未知の水素自動車で送迎してくださる仲間に恵まれ、恩田には、句友のみんなに配るマロン入り蒸しケーキを作る余裕が生じた。これもこじんまりした会だからできること。それを頬張って「秋うらら」とよろこんで下さる佐藤錦子さんの贈答句に感激した。贈答はよろこびの連鎖をひき起こす。これも現場でのナマの楽しい交流があればこそ。 【後記】 準備段階から藤枝在住の3人で何度も集まりました。 友情と結束が深まったことは大きな収穫です。 65歳過ぎてから新たな友人が出来たことは人生の僥倖です。俳句のお蔭です。 顔を見合わせてやる句会とZOOMでは情報量が全然違います。 ノンバーバルコミュニケーションの情報は大事です。 つまり顔の表情、しぐさ、声の波動の情報など。 帰りの車内でも、「吟行句会っていいね」という話で盛り上がりました。 遠方からの参加は大変ですが、それに見合う以上の収穫があります。 欠席された方も次回はぜひご参加下さい。 (益田隆久) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 10月9日 樸俳句会 兼題なし、当季雑詠のみの句会でした。 入選1句、原石賞1句を紹介します。 ○入選 うそ寒や喉のんどにのこる無精髭 活洲みな子 【恩田侑布子評】 感覚が利いている。朝は喉元の髭を剃り残したことに気づかなかったが、今気づいた。その時ふいに、この秋になってはじめて身に沁みる寒さを感じた。ルビが「のみど」なら、いっそう調べが内容にマッチします。 【原石賞】天空は豊饒の海鰯雲 岸裕之 【恩田侑布子評・添削】 入選で採られた林さんの解釈「夕空の風景として素晴らしい」という発言から、急に、句頭を一字変えさえすれば、たまゆらの代赭色の豊饒感が眼前に迫ってくることに気付かされました。 【添削例】夕空は豊饒の海鰯雲
あらき歳時記 天高し
あらき歳時記 露の玉
2023年10月21日 樸句会特選句 露の玉点字の句碑に目をとづる 益田隆久 地水庭園に茶室瓢亭が建つ玉露の里の入り口には、町内に生まれた村越化石の句碑がある。石彫家、杉村孝の思いのこもった大岩の亀裂は、母が子を抱えるようにも、子が母と引き裂かれる悲しみのようにも見える。〈望郷の目覚む八十八夜かな 化石〉と彫られた側面には、ステンレスの大きな鋲が打たれている。全盲となった作者が帰郷した時、みずから読んでもらえるようにという点字の俳句である。 その金属の丸い頭を「露の玉」と言い切ったことで、鋲はたちまち宇宙を映す水玉に変容する。ハンセン病のため十六歳で故郷を去らねばならなかった化石の思い。見渡す山並も川音も何百年も変わらないのに、化石も、石彫家も、やがてまたわれわれも、露の玉さながらこの世をこぼれ落ちてゆく。まぶたの裏の思いは深い。 (選 ・鑑賞 恩田侑布子)