樸(あらき)俳句会 のすべての投稿

静岡を拠点とする、樸(あらき)俳句会です!

注目の一冊・岩淵喜代子『末枯れの賑ひ』

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 俳句は「喜怒哀楽を心の中で消化した後に謳い出す精神の醗酵を待つ詩形」(『頂上の石鼎』二〇〇九年刊)という俳句観をもち、論作をよくする作者の熟成期の第七句集。原裕と川崎展宏、両師の詩脈を継ぎ、抒情と人間洞察において深々とした大人の渋い句集である。 (恩田侑布子選評)          ↑ クリックすると拡大します

あらき歳時記 磯巾着

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photo by 侑布子 2024年 4月21日 樸句会特選句   姉妹してイソギンチャクをつぼまする  猪狩みき  干潮になった磯に忘れ潮の岩場があり、磯巾着が張り付いています。仲良しの姉妹が見つけて、興味津々、棒切れで突いてキャーキャー笑っているところ。「姉妹して」と「つぼまする」が呼応して、イソギンチャクの派手な色彩が浮かび、どこか変にエロティックな感じ。まだ性を知らない十歳前後の女の子の嬌声が聞こえ、陽春の海景が鮮やかに切り取られています。 (選・鑑賞 恩田侑布子)

3月17日 句会報告

経緯(ゆくたて)もなきふみつゞり春の雪

2024年3月17日 樸句会報 【第138号】
 彼岸の入り、春うららかな昼下がり、副教材が要らないほどの大収穫と恩田侑布子が絶賛する句会となりました。兼題は「麗か」「春の波」「浅利」、特選1句、入選3句、原石賞3句をご紹介します。

◎ 特選
      澤瀉屋     
 千回の宙乗りの果て春夕焼
             前島裕子
特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「春夕焼」をご覧ください。
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○入選
 芽柳の雨垂れを見る一つ傘
               活洲みな子
【恩田侑布子評】
 「芽柳」だけで充分みずみずしいですが「芽柳の雨垂れ」はいっそう清らか。相合傘を「一つ傘」と言ったことで、透明感のある恋の句になりました。寄り添う二人が眼差しまで合わせて、芽吹いたばかりの柳の先に垂れる雨しづくの一粒をみつめています。鏑木清方の「築地明石町」に描かれた女人。その若かりし日の一コマを垣間見る心地がします。
○入選
 暗がりに殺す息あり浅蜊桶
                小松浩
【恩田侑布子評】
 海水ほどの塩気の水に浸け、外し蓋をして砂を吐かせます。その暗がりを想いやっているのです。柔らかな肌色の身を貝からイキイキと伸ばすもの。潮を吹くもの。でもそれはみんな殺さなければならない息です。殺して食べるために、いましばらく生かしている後ろ暗さ。生きるために殺生戒を犯す、春陰ならではの一つの思いが刻まれました。
○入選
 あさり吐く砂粒ほどのみそかごと
               成松聡美
【恩田侑布子評】
 浅蜊が蓋の下でザラザラした細かい砂つぶを音もなく吐いています。なんだか私の誰にも言えない秘密みたいだわ。一句の前半と後半で主体がねじれ入れ替わり、砂を吐く浅蜊と自分が一体化したよさ。
【原石賞】麗かや譲る日の来たワンピース
              見原万智子
【恩田侑布子評・添削】
 作者ご自慢のワンピースドレスでしょう。奮発して買ったか作らせたか、刺繍や細やかなレースの部分があったりして、贅を凝らした逸品です。少し派手になったかしらと娘に譲るところで、娘がよろこんで着てくれる満足感が「麗か」です。原句は「来た」で勇ましくなってしまいましたので、ドレッシーなワンピースに合わせ、調子をすこし可愛くしましょう。
【添削例】うららかや譲る日来るワンピース
   
【原石賞】泳げない母の見てゐた春の波
              見原万智子
【恩田侑布子評・添削】
 泳ぎが不得手で、海に水着で入ったことがない母。その母が眩しそうに春の波をいつまでも見つめていたあの日の記憶。どこか不器用で、そのぶんしとやかでおもいきりやさしかった母。母恋の情が自然に溢れた素直な俳句です。「泳げない」という否定形ではなく、はっきりと具象化しましょう。そうすることで俳句は勁く、味わいゆたかになります。この句の場合は「母の見てゐし春の波」と文語歴史的仮名遣いにする必要はないでしょう。発想自体が、口語現代仮名遣いだからです。
【添削例】かなづちの母の見ていた春の波
   
【原石賞】空のむかふ溶かして寄せ来春の波
                佐藤錦子
【恩田侑布子評・添削】
 海辺または大きな湖のほとりに出かけて、よく「春の波」を見つめ、季語と真っ向勝負した俳句です。春の波を見つめていると、ひとりでに空の向こうの沖に心を誘われます。原句で、一つだけ気になるところは中七のせせこましさです。溶かし、寄せる、来る、と三つもの動詞が畳み掛けられ、特に「来(く)」の固い音で、「春の波」の長閑さが半減してしまいました。ここは素直に「溶かして寄する」にすれば、おおらかな秀句になります。
【添削例】空のむかふ溶かして寄する春の波
【後記】
 今回の句会では声に出しての推敲、「舌頭に千転」することの重要性と、俳句には調べが大切ということが再確認できました。特選、入選の句はどれも、その作者にしか詠めない作者らしさが光る句でした。季語の温かさが句を広げたスケールの大きな句、透明感が溢れる瑞々しく眼差しにロマンを感じさせる句、語感が良く春ならではの句、季語とまっこう勝負した詩情溢れる句などなど・・・。原石賞の添削でも一文字に拘ることの大切さを改めて痛感する、実り多き心躍る句会となりました。次回の兼題は手強いものばかりですが、逃げることなくチャレンジしたいものです。
 (金森三夢) 
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

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3月3日 樸俳句会
兼題は「朧月」「耕す」「菠薐草」です。
特選1句、入選3句、原石賞1句を紹介します。
◎ 特選
 書き込みに若き日のわれ朧月
             小松浩
特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「朧月」をご覧ください。
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○入選
      岩手県立図書館     
 雪解しづく青邨句集繙けり
               前島裕子
【恩田侑布子評】
 山口青邨の句集を青邨のふるさとでもあり、作者のふるさとでもある岩手県立図書館で読んでいます。窓辺にポトッポトッときらめく雪解しづく。早春の透明な光は、鉱物学者でもあった青邨の佇まいに通い、その廉潔な人柄まで偲ばせます。前書きはなくても自立できる俳句です。「雪解しづく」は、山口青邨の魂に捧げられた慎ましい供物であり、清楚な詩(うた)をうたい続けるようです。
○入選
 男女にも友情有りや朧月
               金森三夢
【恩田侑布子評】
 果たして「男女にも友情」というものがあるのだろうか、と「朧月」に問いかけています。そのつけ味が面白い。作者の心は、すでに半分は恋に傾いているのかもしれません。そう想像させるところが危うげで、ロマンチックです。春の朧月のやさしさにふさわしい問いかけでしょう。
○入選
 月おぼろ話し足りなきことばかり
               田中優美子
【恩田侑布子評】
 もっともっと話していたかったのに、時間が来てさようならをします。帰り道、あれも話したかった、これも聞いてみたかったと、相手との歓談を思い返します。中天にはなんとも馥郁とした朧月がかかって。「月おぼろ」「足り」「ばかり」のR音の脚韻がリズミカルで、調べの美しい俳句です。「話し足りない」といいつつ、二人の心はすでに、霞む春月のひかりのなかにやさしく溶け合っているのではありませんか。 
【原石賞】耕すや吾が幸四五歩四方なり
                佐藤錦子
【恩田侑布子評・添削】
 「耕」に正面から迫った独自色のある句です。わずか二、三坪の土地でも、鋤だけで耕すのはたいへんな手間ひまを要します。それを「我が幸」といったのが出色。ただ、「や」「なり」の切れ字の重なりは気になるところです。そこで、句のキモの「吾が幸」を、漢字をひらいて柔らかくした上で、倒置法によって強調すると、さらに生き生きします。
【添削例】耕すや四五歩四方のわが幸を

新刊紹介
『ゆれるマナー』 恩田侑布子他

中央公論新社 2024年3月18日刊

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読売新聞・文化欄に掲載(2019〜23年)された恩田侑布子ほか「現代の賢者」9名のエッセイが、1冊の本になりました。
どこから読んでも面白いエッセイ100篇が、ぎゅっと詰まっています。

 
『ゆれるマナー』中央公論新社 3月18日刊行 税込1760円

著者:青山七恵/戌井昭人/小川糸/温又柔/恩田侑布子/白岩玄/服部文祥/松家仁之/宮内悠介(五十音順)

 
オープンワールドで見つけた作法、骨法、処方箋

 この本にはまえがきもあとがきも無い。ではどのあたりに留意して読めばよいのであろうか?
 出版元の新刊紹介に「浮き世をサバイブしてきた賢者9名」によるマナーのエッセイ100篇とある。
 賢者とくればテレビゲームと連想した私は、プレーヤーの移動制限がない“オープンワールド“と呼ばれるゲームのように、この本はどのエッセイから読んでもいい、と思うことにした。
 ランダムにパラパラパラ…どれもこれも面白い。止まらない。だが、まだ読んでいないのはどれなのか探しづらくなってきた。
 ならば、と普通に最初から読み出すと、これまた止まらない。さっきまでのオープンワールド的な読み方とは異なる趣があり、章ごとに新たな知恵を授けられる感じ。
 ひとことで言うと100篇はどれも上品である。育ちがいいとはこういう人たちを指すのだろう。
 「それ私も同じことやってる」と我が意を得たマナーあり、思わず声に出して笑ってしまったマナーあり。
 確かに現代をサバイブするマナー、というより極意、いや処方箋のように思えてくる。しかも楽しみ方を増やし生きづらさというヤツを極小化してしまう処方箋。そこが素敵だ。
 では、恩田侑布子のエッセイをゆっくり味わおう。
 大さじ一杯で酔っ払う話、追突事故に遭った話、と街なかのモノやコトも出てくるが、どの「マナー」にも、日々、野山や川辺を歩き小さないのちのほとばしりから感得した広大無辺な宇宙の営みのゆらぎを、ことばとして紡ぎ続けている恩田ならではの清々しいオチがついている。そしてちょっぴり置き去りにされたような、ここから先は自分で見つけてねと言われているような、見事な余白がある。マナー=作法というより(俳句の)骨法がエッセイにも通底している。
 初出は読売新聞・水曜日夕刊「たしなみ」欄掲載(2019年4月2日〜20年4月7日)。毎回、誌面の真ん中に配置されていた山本容子さんの美しい銅版画をおぼろげに懐かしみつつ、こうして本棚に収まるようになっていつでも手に取れるのはいいなぁ、としみじみする。
 そのうち私も9人の賢者のように品のいいモノ・コトの見方・処し方ができるようになって、ひとつくらい「〇〇のマナー」というエッセイが書けるかもしれない。
 おっと、こんな大それた妄想はマナー違反か。しかし、久々に並の自己肯定感を抱いて眠れそうとか、ほどよく気持ちが”ゆれる”のは、「まえがきもあとがきもないマナー」からそれほど逸脱していないはず、と思うことにする。
               (樸編集委員 見原万智子)

あらき歳時記 春夕焼

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2024年3月17日 樸句会特選句

      澤瀉屋 千回の宙乗りの果て春夕焼                 前島裕子
  若い頃はケレン味といわれた三代目市川猿之助はスーパー歌舞伎で新風を吹き込み、数々の受賞に輝き、晩年は隠居名の猿翁を名乗りました。屋号は沢瀉屋。歌舞伎座の天を華やかに宙乗りで舞った亡き役者への追懐の句です。「宙乗りの果て」の措辞が、春夕焼の温かな艶やかさをしみじみと広げます。芸に一生をかけることの危うさも滲みます。大向うの掛け声や客席の嬌声、ため息まで聞こえるようです。やがて、子息や家系に記された翳りの深い顛末など、この世の有為転変にまで思いをいざなう大柄俳句です。                    (選 ・鑑賞   恩田侑布子)

 

あらき歳時記 朧月

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2024年3月3日 樸句会特選句

 書き込みに若き日のわれ朧月                   小松浩
 書架から久しぶりに取り出した本を開くと、余白のところどころに、忘れていた書き込みがあります。思わず目が吸われて読んでしまいます。あれ、こんなこと考えていたのか。若き日の自分の心を覗いて、当時の暮らしまで朧月のようにぼうっと蘇るのです。季語が季節感を超えて、一句全体に浸透していることが秀逸。それが「若き日のわれ」のいのちと響き合います。昔の自分が春月のように虚空にまどかに浮かんで、いまの「われ」を見つめています。                                              (選 ・鑑賞   恩田侑布子)
   

2月18日 句会報告

いつの世かともに流れん春の川

2024年2月18日 樸句会報 【第137号】

 最近の温暖化の進行は早く、多くの県で2月の最高気温を記録しましたが、朝晩はまだまだ冷たく、体調管理が大変な日々が続きました。しかし有望な新人さんに続々とご入会いただき、樸の活動は活況を呈してまいりました。河津桜も咲き、菜の花とのコラボレーションも見られ、春の訪れが目にも鮮やかです。益々句作に励んでまいりましょう!2月18日のズーム句会の兼題は「建国記念日」「春一番」「梅」です。入選3句を紹介します。

   

 
 
 
○入選
 象徴といふ五体あり建国日
               小松浩

【恩田侑布子評】

 日本国憲法の第一章は「天皇」です。第八条までが天皇条項で、第一条に「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」とあります。「平和憲法」で有名な第九条は第二章です。でも、「象徴」の意味はどこにも明示されていません。そこで作者は「手足や臓器がある生身の人間が「象徴」とはどういうことだろう」と、問うのです。風刺よりもさらに一歩踏み込んだ句です。「五体」の発見が秀逸。哲学的ともいえる疑問を、神話由来の曖昧な「建国日」にぶつけた真摯で真っ向勝負の俳句。

  
○入選
 建国の日やもはもはと麩菓子食む
                見原万智子

【恩田侑布子評】

 うす甘い駄菓子を食べながら、批評精神躍如というギャップの面白さ。紀元節は、軍国的ナショナリズムの宣伝に大きな役割を果たし、敗戦によって一旦廃止後、昭和四十一年に「建国記念の日」の名で復活した経緯があります。元は神武天皇の即位日という神話を「建国の日」とした曖昧な国日本に、「麩菓子」を取り合わせた俳味。「ビスケット嚙めばもはもは冬の暮」という恩田の先行句があるという指摘もありました。

   
○入選
 建国日ビルの地下茎いづこまで
               古田秀

【恩田侑布子評】

 能登半島地震で輪島塗のビルが根こそぎ倒壊し、隣家を押し潰した映像は痛ましいものでした。東京のビルでは地下数階も珍しくありません。それらをひっくるめ、「ビルの地下茎」といったところが出色。植物の根に喩えたことで、神話起源の建国日を持つ日本の脆さが浮かびあがります。

  
 
【後記】
 建国記念日という兼題は、思想や価値観、また現在の世界情勢にも関わる難しいお題でしたが、角度の違う入選句が3句出ました。合評にも興味深い意見がたくさんあり勉強させていただきました。雪月花の中の花の季節ももうすぐです。地方の会員さんに、大御所様のお膝元、駿府城公園の戦火を免れた見事なソメイヨシノの枝が堀に張り出す姿をお目にかけたいものです。と言っても、私は花より餡団子ですが・・
 (海野二美) 

(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

  
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2月4日 樸俳句会
兼題は「春」「鶯餅」「菠薐草」です。
入選1句、原石賞2句を紹介します。
 
 

○入選
 人類の敵は人類余寒なほ
               活洲みな子

【恩田侑布子評】

 世界で戦火が拡大しているゆゆしさ。地球温暖化が喫緊の課題でありながら、排出ガスゼロに向かって舵をきれない人類の傲慢。作者は自己撞着に陥った世界の現状に「余寒」という季語を据えました。さらに「なほ」でトドメを刺します。浅き春が来てもぶり返す寒さは、身体よりも心にいっそう響きます。この現状に立ち竦んで言葉を失っている作者。一句自体が静かで大いなる問いかけです。

 
       
  
【原石賞】はうれん草みづに放てば色濃くし
                 長倉尚世
 
【恩田侑布子評・添削】

 一句一章のさっぱりした句です。店頭にあった菠薐草を袋から出し、シンクの水を張ったボールに放った瞬間の緑色が印象的。いかにも春の到来です。リズムを引き緊めると、色まで鮮やかになります。

【添削例】はうれん草みづに放てばいよよ濃し

 
 
【原石賞】はうれん草湯掻く間に決める明日のこと
                 成松聡美
 
【恩田侑布子評・添削】

 六八五という二字の字余りは俳句のリズムを大きく壊します。せめて字余りは季語だけにとどめましょう。漢字を減らし字面も明るくすれば。忙しく心浮き立つ春先に、ほうれん草を手早く湯がいている溌剌とした作者像が立ち上がります。

【添削例】はうれん草ゆがく間決める明日のこと

    

注目の一冊・高橋睦郎『花や鳥』

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 名刀の沸にえさながらに磨き上げられた措辞に、一句一句は虚実すら超えて、冥と明の境に佇立する。刀身の鎬のゆるやかな反りが鋒の虚空へ溶ける生と死の狂おしさ。狂狷の高貴。装丁も、花の枝に金銀の撒き砂子、帯の沈金がゆかしく美しい。
(恩田侑布子)

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