樸(あらき)俳句会 のすべての投稿

静岡を拠点とする、樸(あらき)俳句会です!

あらき歳時記 ソーダ水

あらき歳時記_ソーダ水_IMG_2248

photo by 侑布子 2024年 7月21日 樸句会特選句   ソーダ水越しに種馬あらはるる 芹沢雄太郎  あざやかな景にドキッとする句です。サラブレットの種牡馬の彫刻的な美しさがソーダ水の向こうにいきなり颯爽と現れます。種馬となるまでの競争の苛烈さ、あて馬の過酷な運命など、一切の夾雑物を捨象して、目の前に青く泡立つソーダ水だけを置いた、切り取り方の新しさ。選りすぐりの遺伝子を持つ馬の精悍な筋肉は、ダービーの世界の華やかさと儚さを際立せています。 (選・鑑賞 恩田侑布子)

東京吟行会のレポートが届きました!

胎に入る白象の眼の涼しさよ

6月8日(土)に開催された樸の吟行会にゲスト参加された川面忠男様(日本経済新聞社友)が、ご自身のブログで3回にわたって当日の様子をレポートしてくださいました。
転載をご快諾いただいた川面様に厚く御礼申し上げます。

樸俳句会の東京吟行(上)
浅草神社の万太郎句碑

 静岡市の樸(あらき)俳句会の吟行句会に参加した。5月8日の土曜日、東京の浅草神社にある久保田万太郎の句碑の前に集合という案内をいただいたからだ。浅草界隈だけでなくクルーズ船で隅田川を下り、浜離宮恩賜庭園を吟行、同園の芳梅亭で句会という段取りだった。

 多摩市に住む私は地下鉄の都営浅草線・浅草駅で降りると雷門方面へ足を向けた。地上に出ると、人の多さに目を見張った。仲見世通りは人波で埋まり遅々として進まないとわかり、脇の道を通って浅草寺へ。脇道も人が多い。外国人が目立った。欧米系の人だけでなく東洋人も少なくない。言葉の違いでわかる。

 浅草神社は浅草寺に向かって右隣にある。境内に入ると、人だかりがしている。日光・鬼怒川にある「日光さる軍団」の若い女性の猿回しが子猿に芸をさせていたのだ。子猿は竹馬に乗ったり台の上で逆立ちしたり芸達者だ。猿回しは新年、竹馬は冬の季語。句会までに夏の季語で猿の芸の一句を作ろうと思った。

 集合時間の午前11時前、万太郎の句碑の近くへ。写真でお顔を知っている金森文孝さんに挨拶した。樸俳句会では三夢という雅号、静岡高校の後輩だ。朝早く静岡の家を出たという。静岡高校3年時の同級生、岸裕之君も樸俳句会のメンバーで顔を会わせた。昨年秋、静岡で開かれた同期会以来の再会だ。

 樸俳句会の参加者は15人、ビジターの私を加えて16人だ。代表の恩田侑布子さんが現れ、万太郎の句碑の前に立った(右写真)。句碑には「竹馬やいろはにほへとちりぢりに」と刻まれている。
 この句について恩田さんは編著者となった岩波文庫の『久保田万太郎俳句集』で以下のように解説している。
 冬虹のようなグラデーションが一句から立ちゆらぎます。あるときは竹馬に乗ってはしゃいでいた子どもらが、冬の日暮れに帰ってゆくところ。あるときは竹馬の友が浮かび、どうしているだろうと懐旧にさそわれます。作者の愛してやまない「たけくらべ」の美登利たちの下駄音まで聴こえそう。小学一年の「かきかた」教本には、いろはにほへとが散らばっていました。(中略)こんこんとイメージが湧くのは、やつしの美に貫かれているからです。「竹馬」にやつされたもろもろが、ゆらぐ虹を架けます。(後略) 集合後、恩田さんが私を静岡高校の先輩として参加者たちに紹介してくれた。おかげで私も樸俳句会のメンバーという気分になった。(2024.6.11)

樸俳句会の東京吟行(中)
浜離宮恩賜庭園内の句会

 静岡市の樸(あらき)俳句会の吟行句会は参加者が浅草神社の久保田万太郎の句碑の前に集合後、クルーズ船で隅田川を下り、浜離宮恩賜庭園の船着場から園内に入った。時刻は12時20分頃、園内をしばらく散策して午後1時に句会の会場となる芳梅亭へ。昼の弁当を食べた後、1時半までに5句を投句した。

 投句を受け付けたのは古田秀さん、後で年齢を訊いたら34歳だった。持参のパソコンに入力し、その場で16人の投句を合わせて74句をプリントした。選句は特選1句と並選2句。先生の恩田さんは3クラスに分けて25句ほど選んだが、拙句は会員の互選、恩田さんの選に1句も入らなかった。

〈異国客の込み合う通り夏衣〉は、外国人観光客の多い浅草だが、和服の日本人も目立った。世相を描いた句だが、変哲のないのが欠点だろう。

〈浅草の暑さ忘るる猿の芸〉は、日光さる軍団の出張芸を見ての句だ。浅草神社の境内で若い女性の猿回しの太鼓と掛け声に応じて子猿が逆立ち(右写真)などの芸を見せていた。当日は暑かったが、それを忘れさせてくれる一時だ。

〈観音の施無畏の癒し傘雨の忌〉だが、「傘雨の忌」は久保田万太郎の忌日。万太郎は妻が自殺したり息子が戦死したり苦難の人生だった。浅草寺本堂には「施無畏」という扁額がかけられている。どんな悩み、不安、恐怖でも観音が救うという意味だ。万太郎の句碑の前に集合と聞き、万太郎の人生を思い掲句を作った。

〈夏の空スカイツリーの突く勢い〉は、「夏の空」という季語が動くのが欠点だろう。春でも秋でもいいわけだ。

〈遊船やスカイツリーの見え隠れ〉は隅田川のグルーズ船に乗って見たスカイツリーの景だ(左写真)。橋の下を通る時、スカイツリーは全く見えなくなる。それは何度も繰り返された。

 選句で私が特選としたのは、金森三夢さんの〈立葵スカイツリーと背くらべ〉。立葵は人の背よりも高くなるが、スカイツリーと背比べしては勝てるわけがない。それがおもしろいが、さらに立葵が擬人化されていると読めば、とても勝てっこない人に挑戦してみようという心意気のある句になる。同じスカイツリーを句材にしても拙句より格段上の句と思った。(2024.6.12)

樸俳句会の東京吟行(下)
懇親会の雑感

 樸俳句会の句会が6月8日午後4時に終わると、浜離宮恩賜庭園からJR新橋駅近くの店に場所を変えて5時から懇親会となった。酒を飲みながらテーブルが同じになったメンバーと語り合い様々な雑感を抱いた。
 
 まず岸裕之君と隣り合って座り感慨を覚えた。岸君は静岡高校3年時の同級生。東北大学に進み、一級建築士になって静岡市で岸裕之設計工房を営んでいる。同期会で顔を会わせる程度の仲だったが、いつしか毎日の拙文をメールで送るようになっていた。その後、樸俳句会のメンバーとわかった。6月8日の吟行句会には静岡市から来て句会でも隣に座った。お互い83歳、少なからずの友人が亡くなったり疎遠になったりしているが、岸君と今になって親しくなり人生はわからないものだと思った。

 代表の恩田侑布子さんが参加者の中で最高年齢の岸君か私に乾杯の発声役をやるように求めた。岸君は渋った。私はビジターだからと遠慮したが、その代わり当日の句会で最高点を得た方がいいのではないかとアイデアを出した。

 最高得点者は、小松浩さんで樸俳句会の編集長。毎日新聞の記者だったと紹介された。小松さんは私が勤めた日本経済新聞にも友人がいると名前を挙げたが、かなり若くて私の記憶になかった。小松さんは話を短くして乾杯の発声をした。

 樸俳句会は比較的若い人が多いのではないか。ヤングの男性に年齢を訊くと、1人は31歳、もう1人は34歳と答えた。私と同じテーブルには岸君の他に3人の女性がいたが、うち2人は静岡高校で20年も後輩だ。吟行と句会には仕事の都合で参加できなかった男性が懇親会には遅れて参加し隣のテーブルに座った。彼は彼女たちの同期生、つまり私より20歳若い。

 樸俳句会の句会に出て拙句が一句も選ばれなかったのは、老人俳句になっているせいかもしれない。詩嚢が枯渇と嘆く高齢者が少なくないが、もともと詩情に欠ける私はなおさらだ。

 かつて高名な女流俳人の黒田杏子さん(故人)が拙句を添削し、「あなたには俳句をやめることをお勧めします」と添え書きした。むろん今に至るまで続けている次第だが、これでいいと思っているわけではない。

 恩田侑布子さんが7月から早稲田エクステンションセンター中野校で「初めての楽しい俳句講座」の講師となる。私も受講する。70歳を過ぎて地元の多摩市社会福祉協議会が65歳以上の高齢者を対象に俳句入門講座を設けた際、受講して当時の講師が先生になっている「まほら会」に入会した。その後、他の結社にも入り句会は現在、月に6回だが、俳句は上手くなっていないと自覚している。樸俳句会で刺激を受け、恩田さんの講座を受ければ、何か前進できるのではないか。学び直しができて良いとも感じた懇親会だった。(2024.6.13)

6月16日 句会報告

濡れ縁やほたるの闇に足を垂れ

2024年6月16日 樸句会報 【第141号】
 六月は八日に東京吟行(浅草~隅田川~浜離宮)、十六日にZOOM句会。吟行はゲスト二名も加わって大変賑やかで楽しい催しとなったものの、残念ながら入選句なしという結果に。十六日は吟行から日数のない中、入選四句、原石賞一句が選ばれました。兼題は「鮎」そして「蛍」。吟行で着想を得たと思われる句も散見され、バラエティに富んだ五十八句が集まりました。
 

   
○ 入選
 鮎天や上司の語りほろ苦く
               中山湖望子
【恩田侑布子評】
 稚鮎は塩焼きにできないので天ぷらにする。頭も腸も丸ごと食されて美味。はらわたのほろ苦い美味さが、乙な小料理屋での少し気のはる上司との会話を想像させる。上司みずからが体験してきた、宮仕えの気苦労や失敗譚が、婉曲表現で作者への諌めに重なってくる。その微妙な上下関係の人間の立場と感情が「鮎天や」の季語と切れによって無理なく表現されている。
○ 入選
 節くれた祖父の手に入る夕螢
                見原万智子
【恩田侑布子評】
 手中の螢をうたった句としては山口誓子の「螢獲て少年の指みどりなり」が名高い。「みどりなり」とうたわれた少年の六十年後のような俳句。「節くれた」の措辞に血が通って温か。誓子は「獲て」で、主体的。こちらは「手に入る」と受身なのも、老いた心の柔らかさが自然に感じられる。まだ更け切っていない夕べの螢のやさしい手触りが伝わってくる。
○ 入選
 万緑や大社造は屋根の反り
               林彰
【恩田侑布子評】
 大社造といえば、出雲大社が名高いが、国宝で日本最古のそれは、松江市街から緑濃い南に入った神魂(かもす)神社である。鳥居から本殿に至る擦り減った石段の鄙びた感じがじつにいい。山ふところに包まれて鎮座する切妻屋根の裾の抑制されたアウトカーブが奥ゆかしい。掲句によって、一人尋ねた昔日の光景の中へ、たちどころに招じこまれた。神奈備山と神籬(ひもろぎ)の織りなす万緑は、栩葺のやわらかく荘厳な屋根の「反り」と相まって、イザナミノミコトの神話時代へと想いを誘う。古建築と日本の風土への堂々たる讃歌。
○ 入選
 大皿をすべりて鮎のかさならず
               長倉尚世
【恩田侑布子評】
 鮎の月光色の薄皮がカリッと炭火に香ばしく焼かれ、大皿に供されたのであろう。この皿は清流を連想させる青磁かもしれない。「すべりて」で、鮎の軽やかさが、「かさならず」で、その姿の美しさが際立った。大皿と鮎のみを漢字表記としたことで、清らかな川のほとりの涼風が吹きかよってくる。
   
【原石賞】応答なき骨董店の夏暖簾
              長倉尚世
【恩田侑布子評・添削】
 「ごめんください」。さっきから奥へ向かって何度か声をかけている。が、ちっとも返事のない骨董店の「夏暖簾」が印象的。店主が席を外すのだから、そうそう高価な時代物は並んでいなかろう。かといって、ただの我楽多屋でもない。染付の小皿や、澄泥硯が朱漆の函に収まっていたり。小味の利いた品々が、麻の暖簾の陰に微睡んでいそう。「応答なき」は宇宙船のようで遠すぎる。「応(いらへ)なき」が静かで涼しい。
【添削例】応なき骨董店の夏暖簾

 
【後記】
 今月の兼題「蛍」は、夏を代表する人気季語の一つではないでしょうか。有名句の多い難敵とも言えます。作句前、自分の愛誦句帖を見直して深々と嘆息。これは素敵、心に届くと思って書き付けた蛍の句の多くが、現在の私には陳腐でありふれた十七音に見えるのです。句作を始めて僅か一年ほど、ものの見方感じ方はこれほど短期間に劇的な変化を遂げるのかと苦笑いするしかありません。自分は何を求めて、どんな十七音を表現したいと望んでいるのか。躓きながらの試行錯誤は、まだまだ続きそうです。
 (成松聡美) 
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

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6月8日(土)の吟行会にゲスト参加された川面忠男様が、ご自身のブログで当日の様子をレポートしてくださいました。
ぜひご覧ください↓東京吟行会のレポートが届きました!

 

5月5日 句会報告

振りむく子片手抱きして夏めけり

2024年5月5日 樸句会報 【第140号】
 大型連休中の句会で「果たして参加人数は?」と気をもみましたが、初夏の躍動感が俳句心を刺激したのか、63句が集まるにぎやかな会になりました。
 夏の季語は1980年代のシティーポップを想起させるようなものがたくさんあって、春秋や冬の季語とは印象が異なります。人によって好きな季語の季節がきっとあるはず。それが詠み手の心と響きあい、俳句の大切な個性が生まれるのでしょう。
 6月の一回目は都内での吟行。Zoom画面から外へ出て、いつもとは違う雰囲気を楽しみたいものです。

 兼題は「春眠」「風船」。特選2句、入選4句を紹介します。

   
◎ 特選
 ぼうたんや達磨大師の上睨み
             古田秀
特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「牡丹」をご覧ください。
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◎ 特選
 春眠や彼の地は鉄の雨ならむ
             小松浩
特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「春眠」をご覧ください。
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○ 入選
 風船も連れて地球の回りをり
               活洲みな子
【恩田侑布子評】
 分断と格差の時代。地球沸騰の時代。戦争の時代。それでも作者はのどかなパステルカラーの夢を忘れたくないのだと、「風船」がいっぱい地球に繋がっている光景を描き出してくれた。未来ある子どもたちの夢を大切にしたい作者の祈りに共感せずにはいられない。
○ 入選
 不眠症きらめきながら枝を蛇
                古田秀
【恩田侑布子評】
 ユニークな感性の句。眠ろうとすればするほど眠れない新樹の夜。葉ずれをさせて枝から幹へすべる銀色の蛇のぬめりが官能的。
○ 入選
 熊蜂の動かぬ空の震へかな
               小松浩
【恩田侑布子評】
 熊蜂が甘く唸る戸外はまさに春昼。太いまっ黒な毛むくじゃらな胴体のホバリングは印象的。それを逆さに、「動かぬ空の震へ」と印画のように反転してみせた静かな技はこころを震わす。
○ 入選
 もういいかい風船一つ残されて
               活洲みな子
【恩田侑布子評】
 こどもたちが風船つきに飽きて取り残された部屋を想像してもいいが、それだけでは終わらない俳句。なつかしいかくれんぼの合言葉、「もういいかい」が効いている。「まあだだよ」ならもっと待つ。探しに行っていい時には「もういいよ」。いったい、どちらの返事が返ってくるのだろうか。遠く離れた不在の相手に作者は問いかける。「もういいかい」。部屋には、ゆらりと赤い風船が一つ。ハッピーエンドとなるのか、喪失体験となるのか。読者はそれぞれ、自分の体験と照らし合わせて想像すればいい。
   
【後記】
 俳句作りの悩みは尽きない。そして実作以上に鑑賞は難しい。句会の特選句・入選句と自選句のギャップがしばしば甚だしいので、悩みはいっそう深まる。4月の句会報で岸さんが書いていた選句の苦労を、自分も痛感している。このギャップをできるだけ埋めることが「石の上にも三年」の課題だ。
 世間一般で言う名句がイコール感動する句、ではないが、少なくとも自分が好きになった句については「なぜ」を納得できる言葉にできなかったら、鑑賞したとは言えないだろう。理屈抜きに心に刺さる句がある。それを鑑賞という文学に昇華させる。やはり難しいことである。
 (小松浩) 
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

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5月25日 樸俳句会
兼題は立夏、若葉。
入選1句、原石賞4句を紹介します。
○ 入選
 喪帰りやなんじゃもんじゃの白に座し
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早稲田大学オープンカレッジ

7月11日(木)〜
恩田侑布子「初めての楽しい俳句講座」開講

*JR中野駅徒歩10分*
一般申し込みは6月4日(火)開始となります。
周りのご参加希望の方にぜひお伝えください。
初めての楽しい俳句講座〈午前クラス〉 | 恩田 侑布子 |[公開講座] 早稲田大学エクステンションセンター
初めての楽しい俳句講座〈午後クラス〉 | 恩田 侑布子 |[公開講座] 早稲田大学エクステンションセンター

注目の一冊・黒岩徳将『渦』

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 二〇〇六年〜二〇二三年の三三〇句を収録し、十代から青春期を総覧する句集である。物象感の鮮やかさがいい。「白薔薇」はついに一ミリも触れない回転ドアのために際立ち、赤子の尻は「曼珠沙華」の蕊によってこの世のほかの果実めく。「夕桜」の抒情も、「花馬酔木」の惜春も、たしかな物量として感じられる。前職を捨てる実感として「股の下」に収まる「九月の海」以上のものがあるだろうか。いま一つの美点は独自な空間把握にある。「龍の玉」と母の痩せ。「はくれん」と橋下からの呼び声という、無縁のもの同士に透明な橋が架かる。瞠目するのは「渦潮」と哺乳瓶の一句。みどりごの両手に摑まれたことで両者はめくるめくいのちの奔流の渦に巻き込まれ、波飛沫を上げるのである。
(恩田侑布子選評)

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あらき歳時記 春眠

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photo by 侑布子 2024年 5月5日 樸句会特選句   春眠や彼の地は鉄の雨ならむ  小松浩  ああ、ぐっすり眠ったなあと甘い眠りから覚めた春の朝。戦地のことが心をよぎる。パレスチナの子が逃げ惑うガザか、三年目も終戦の手立てのないウクライナか。天井のない牢獄に閉じ込められてきた罪もないガザ市民は、昨秋からさらに水も満足に飲めない飢餓にさらされ、学校も病院も砲弾で破壊され、子どもたちまで一三〇〇〇人以上も殺された。原爆の「黒い雨」は井伏鱒二の専売特許だが、「鉄の雨」は戦争のミサイルや砲弾。胸を突き刺す措辞だ。いま「春眠」の許されている日本も、防衛費を突出させる予算に政権が舵を切った。新たな戦前が日本でも始まっている。読み下した瞬時、胸を衝かれる。 (選・鑑賞 恩田侑布子)

あらき歳時記 牡丹

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photo by 侑布子 2024年 5月5日 樸句会特選句   ぼうたんや達磨大師の上睨み  古田秀  禅宗の開祖、菩提達磨といえば、一葉の蘆に乗ってインドから中国まで渡ってきた「蘆葉達磨」の画題が有名。日本では雪舟の「慧可断臂図」が国宝。でも、どちらも牡丹の花との取り合わせは見られない。それがこの句の新しみとなっている。「ぼうたんや」と上五で打ち出したことで、大輪の牡丹色が目一杯広がり、そこに一枚の糞掃衣をまとった墨絵の達磨がどっと現れる。しかも強烈な目玉でこちらを睨みかえしてくる。「上睨み」の措辞は鋭い。華やかな牡丹は中国の国花。大陸の風土性をもつ印象鮮やかで力のある俳句だ。 (選・鑑賞 恩田侑布子)