「あらき歳時記」カテゴリーアーカイブ

樸の佳句を、季節のうつろいにあわせた並び順で鑑賞していきます。世界を胸いっぱい呼吸し、また感じながら散歩するように、楽しんでいただけましたら幸いです。

あらき歳時記 寒昴

photo by 侑布子 2025年12月21日 樸俳句会特選句  仮名千年語り万年寒昴  馬場先智明  ひら仮名には王朝時代から千年のいとなみがあり、素朴な土着の言い伝えから口承文学にいたるまでには万年の道のりがあるだろう。地上のあらゆる民族に育まれて来た言語に思いを馳せつつ冬の夜空を見上げると、六連星が真珠の聯のように輝いています。長大と思ってきた人類の言葉の歴史がなんともはかなく、いとおしく思われる瞬間です。K音主体の名詞句三つが冬銀河の冷厳さを思わせて効果をあげています。 (選・鑑賞 恩田侑布子)

あらき歳時記 蚯蚓鳴く

photo by 侑布子 2025年9月7日 樸俳句会特選句  戦後史の最終ページ蚯蚓鳴く  小松浩  イメージがこんこんと湧き上がる大柄俳句です。まず、手にとっている歴史本の最終ページが眼前し、そこに敗戦後八〇年の現実社会が重なってくる両義性があります。「ページ」で切れたあとの深みに、「蚯蚓鳴く」闇が交響する、切れてつながる構造も重厚です。ほんとうは蚯蚓は鳴かず、おけらの声といわれます。俳句特有のこの虚実混淆の季語を結句に据えたことで、人寰と自然界が余白に浸透し合います。秋の夜長を告げる闇の中で、地べたからじーっと鈍い声を湧き上がらせる虫のいのちの存在感が盤石です。そこに必敗の侵略戦争を開始し、国内外に二千万人以上の命を奪いながら、自ら幕引できず、原爆を二度も落とされる惨禍にあった「戦後史」のスタート地点が刻まれています。「蚯蚓鳴く」暗闇から、世界に絶えない戦火と、軍備費急増の戦争前夜めく日本のいまが逆照射される不安感。 (選・鑑賞 恩田侑布子)

あらき歳時記 日盛り

photo by 侑布子 2025年6月15日 樸俳句会特選句  日盛りの影もたれあふ交差点  小松浩  交差点で影がもたれあうといえば愛し合うふたりでしょう。ふつうは秋か冬を思います。ところがこれは真夏の「日盛りの影」。しかも道ばたではなく「交差点」です。それによって信号待ちする恋人同士のありふれた影はシンボリックな意味を宿します。「もたれあふ」影がなま身の現実をにわかに超え、愛のはかなさと生の夢幻泡影の隠喩となり、現代美術さながら地上を擦過します。ビルディングの林立する都会の日盛りに、交差点で待つ若いふたりから見出されたひかりと影の幻像。儚さゆえのパラドックスです。 (選・鑑賞 恩田侑布子)

5月18日 句会報告

2025年5月18日 樸句会報 【第152号】

 「五月」というひびきのよい語感には、新鮮な生命力がある。物憂い晩春から一気にベールを脱ぎ棄てて、初夏へ。「新緑」「風薫る」「若葉風」…と季語にもあるように、大地が緑に染まるさわやかな季節だ。
 我が『樸』にも若葉風が吹く。アメリカから、フランスから、新しい会員が加わった。インド在住の会員も含め、日本以外の風土や文化を含んだ風が、『樸』に吹き込んでくることをとても楽しみにしている。
 今回の兼題は「薄暑」「蚕豆」。特選1句、入選2句、原石賞1句を紹介します。
 

息継ぎのなき狂鶯となりゆくも    恩田侑布子(写俳)
 

◎ 特選
スケートボード蔓薔薇すれすれに蛇行
             古田秀

特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「薔薇」をご覧ください。

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○ 入選
 肩書のとれた名刺と空豆と
               活洲みな子

【恩田侑布子評】

名刺に立派な肩書きがあればあるほど俗人はうれしく誇らしいかもしれません。しかし作者は「そんなもん、やっと取れた」と清々しく思っています。組織の人間でなくなった自由こそが、晴れて味わう五月の空豆の美味しさです。もちろんビールを片手にして。技法的には、「と」で名詞を並列した句は「たるみ」が出がちですが、この句は逆にその並列が効果を発揮してリアルです。
 

○ 入選
 新快速午睡絶滅皆スマホ
               林彰

【恩田侑布子評】

京阪神地域の主要都市を結ぶ快速の車輌風景。昔の夏は、戸外の暑さに疲れた人々が冷房の効いた車内に乗り込むや、ついうつらうつらして船を漕ぎ出したもの。しかし、今ではそんな人は一人もいません。みな小さなスマホの窓を覗き込んで指先で操作しています。名詞を五つ並べた句がビビッドなのは、句頭の「新」と中七の「絶滅」の効果。まず、新しい快速電車が走る午後に昼寝族は「絶滅」したという断定が面白いです。さらに、車両とスマホの相似形も見逃せません。肉体は車両にあり、脳はその縮小相似形のスマホに吸い込まれ、小さな画面から世界大の情報の海に溺れている夏の午後であることよ。「昼寝」の季語を、昼寝しない人らを素材に歌うのも新しい表現。
 

【原石賞】かたらねど母のかたはら緑さす
              前島裕子

【恩田侑布子評・添削】

病床にあって言葉少なくなられたお母さんでしょうか。黙っていても温かく心は通じ合っています。「緑さす」の季語の斡旋が抜群です。この世で許された浄福という感じがします。惜しいのは「かたらねど」の措辞の粘りです。上五を「もだす」という動詞に変えれば、心の通じ合った安らぎが一層感じられるでしょう。

【添削例】黙しゐて母のかたはら緑さす
 

【後記】
 私ごとだが、事情があってこの4月までの半年間、句会を休ませていただいた。「句を作ることを続けないと、句はだめになる」。日ごろの師の教えを胸に、締め切り前にバタバタと投句だけは続けた。
 5月から句会に再び参加。久しぶりの句会は…これがなかなか面白いのだ。Zoomの窓が開き、親しい人と目が合って思わず目礼。新入会員の紹介や会員の授賞式のお知らせには、小さな拍手があちらこちらから起こる。画面の窓は小さいけれど、恩田先生は相変わらずエネルギッシュだ。
 仲間の句を推す会員相互の熱弁(?)も、師から質問されて一斉に下を向く姿も、画面を通して息遣いまで感じられる。以前の私は断然リアル句会派だったが、会員の幅が広がり、パソコン操作にも少しだけ慣れた今、Zoom句会ならではの面白さを楽しんでいる。
 とはいえ、句会に参加できなかった期間に投句だけは続けることができたのは、句会後のお疲れも厭わずに全句講評をお送りくださった師の励ましの言葉や、句会の様子をそっと知らせてくれた句友たちとの繋がりがあったからこそ。俳句は座の文学だと言われるが、心と血が通ってこその座であると、しみじみ感じている。
 (活洲みな子)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

宙ゆらぐ前に帰らん夏の闇    恩田侑布子(写俳)
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5月4日 樸俳句会
兼題はゴールデンウィーク、若葉。
特選2句、入選3句、原石賞1句を紹介します。
 

◎ 特選
 吾の歌に母の輪唱桜の実
             活洲みな子

特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「桜の実」をご覧ください。

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◎ 特選
天上の母はすこやか樟若葉
             活洲みな子

特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「樟若葉」をご覧ください。

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○ 入選
 死にたまふゆびのささくれ夏みかん
               見原万智子

【恩田侑布子評】

「死にたまふ」と、胸底に敬語で呼びかける人はどなたでしょう。ささくれた指から肌の乾燥し痩せ細った高齢の母を思います。母とは幼い日から夏みかんの厚い皮をむきあって、数限りない睦まじい時間を過ごしてきました。自分を産み育て、年老い、弱っていった愛しいその指はもう、くすっとも動いてくれません。しぶきのように迸る黄金の果汁に、ともに指先を濡らすこともありません。ややぶっきらぼうに投げ出された三段切れは茫然たる悲しみです。陽の色をした夏みかんの丸々した重量に、死者の指先の蒼ざめた硬直が哀切です。
 

○ 入選
 母がりは永遠の緑陰なりにけり
               益田隆久

【恩田侑布子評】

母はいつでも作者の憂悩を癒し、励ましてくれたやさしい方なのでしょう、まるで涼やかな緑陰のように。今も木陰を通り抜ける気持ちのいい風にくつろいでいると、ありありと母が甦ります。永遠に失われた肉体が、緑陰となって作者を待ってくれているようです。句末の「なりにけり」には文語のよさが発揮されています。ただ、「母がりは」はどうでしょう。上代は、母+接尾語「がり」で、母のもとへ、母のところへ、の意ですが、中古以降は助詞「の」を介し、「母がりの半日あまり桐の花  細川加賀」、「母許の廂の古りぬゑんど飯  永田耕衣」 などの先行句があります。「の」を介さない単独の名詞としての使用にはやや違和感があります。
 

○ 入選
 木香薔薇あふれんばかり死者の庭
               成松聡美

【恩田侑布子評】

一挙に咲き誇って、あたりを異様なまでの明るさにする木香薔薇の黄色のはんらんが、かえって死者の庭に合っています。「霊園」や「墓地」という言葉を使わなかったことで普遍性を獲得しました。その静寂に包まれて佇むことの不思議さ。初夏のひかりが迫ってきます。
 

【原石賞】夕若葉マーマレードの煮詰まるる
              長倉尚世

【恩田侑布子評・添削】

庭若葉にはまだ充分に日があるのに、時計の針はすでに夕刻をさしています。作者はたぶん夏みかんのマーマレードでも煮ているのでしょう。柑橘類の香りが厨いっぱいに広がります。日永は春の季語ですが、実際には夏至が最も日が長いので、夕方でも暗くならない若葉の和らいだ色と、ジャムの黄味とが響き合います。ただし句末の文法は誤りです。助動詞「る」は「詰まる」に接続しません。鍋の中に焦点を絞れば実感が出ます。

【添削例】夕若葉マーマレードの煮詰まり来(く)
 

卯の花の谷幾すぢや死者と逢ひ     恩田侑布子(写俳)

あらき歳時記 薔薇

photo by 侑布子 2025年5月18日 樸句会特選句  スケートボード蔓薔薇すれすれに蛇行  古田秀  スケートボードは二〇二一年の東京大会からオリンピック種目になり、いまやトレンド感あふれるストリート・カルチャーです。輪のついたカラフルな板がいま、「蔓薔薇」のアーチをすれすれに蛇行しながらくぐり抜けます。中七のスピード感ある把握に、「蛇行」の句末がさらに華やか。時間にすればほんの一、二秒のスケーターの動きが鮮やかに画面に定着されました。かがやくばかりの若い頬が五月の陽光に映えています。 (選・鑑賞 恩田侑布子)

あらき歳時記 樟若葉

photo by 侑布子 2025年5月4日 樸句会特選句  天上の母はすこやか樟若葉  活洲みな子  天に召された母が健やかなはずはありません。常識からの飛躍に、新鮮な詩が生まれました。樟大樹の柔らかな限りない葉光を見上げたとき、ありし日の元気な母の姿が蘇ったのです。季語に被さる「すこやか」のひらがな表記によって、健康な母の息遣いまで感じられる句になりました。作者の胸にすこやかに生き続ける母は、同時に祈りの姿でもあります。もしかしたら母は長病みの末に旅立ったのかもしれません。「樟若葉」のようなおおらかな心根の母親によって、一家も地域も日本もたしかなものになっていくのだと信じることができる俳句です。 (選・鑑賞 恩田侑布子)

あらき歳時記 桜の実

photo by 侑布子 2025年5月4日 樸句会特選句  吾の歌に母の輪唱桜の実  活洲みな子  「輪唱」の措辞が「桜の実」の美しさを高めています。若葉の気持ちよい日、作者が好きな歌を口ずさむと、後ろから母も自然に声を合わせて歌い出します。あ、輪唱だ。ほっと心が和らいだ瞬間、若葉のかげに小粒の実の色づきを認めました。桜の実は、若葉になって初めて出会うみずみずしい果実です。食することはできない赤い実のつややかな清楚さを見事に言いとめています。「の」が三回続くのも、桜の小さなまるい実が垂れるさまを思わせます。それは母と歩んだ五月のひかりの思い出。母恋の情が清らかです。 (選・鑑賞 恩田侑布子)

あらき歳時記 亀鳴く

photo by 侑布子 2025年4月13日 樸俳句会特選句  亀鳴くや巴御前の吐息のせ  金森三夢  樸の春の吟行会は近江でした。まずは義仲寺へ芭蕉のお墓参り。膳所市中の小さな境内は、奥の翁堂まで、ところ狭しと草木が芽吹き、箱庭のような路地裏のようななつかしさです。奥から芭蕉塚、義仲の塔、巴御前の小塚と並びます。巴御前は勇猛に義仲を助けた女武者として有名ですが、執事の谷高さんの説明では岐阜山中で義仲の菩提を弔って九十一歳まで生きたとのこと。側室であり武将であった前半生と、義仲亡きあとの尼僧としての長い晩年と。巴御前がひとり遺された「吐息」に、「亀鳴くや」という非現実の季語が韻き、歴史に刻まれた華やかな運命からの暗転と、一人の女性としての感情の輻輳に思いを誘います。 (選・鑑賞 恩田侑布子)