「あらき歳時記」カテゴリーアーカイブ

樸の佳句を、季節のうつろいにあわせた並び順で鑑賞していきます。世界を胸いっぱい呼吸し、また感じながら散歩するように、楽しんでいただけましたら幸いです。

あらき歳時記 大龍勢

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2023年10月21日 樸句会特選句  大龍勢龍の鱗は里に降り              活洲みな子  日本三大龍勢の一つが五年ぶりに開催された。芭蕉の句、〈梅若菜鞠子の宿のとろろ汁〉の西隣の宿が岡部。旅籠だった「柏屋」から朝比奈川を車で数分遡れば玉露の里に出る。稲穂を収穫したての真昼の刈田に、思い思いの桟敷を広げ、連ごとに丹精をこめた龍勢花火をみんなで見物し、天空の技を競い合う。ガンタと呼ばれるロケット部に花火や落下傘など曲物を詰め、山裾から伐った竹に火薬を詰めて推進力とする。十数メートルの尾を持つ竹幹が、みるみる秋天を駆け登り、工夫の曲物を青空に花のように散らするさまは壮観である。    この句はまず「大龍勢」と祭全体を息太く打ち出し、次いで空中に弾ける花火やパラシュートや紙吹雪を龍の「鱗」と見立てたところ、技アリである。龍の鱗が、群衆の頭上にも家々にも、きらきらと降り注いでいるよ。谷あいの里に暮らす老若男女を丸ごと祝福する作者の慈愛にも包まれてしまう。                                      (選 ・鑑賞   恩田侑布子)

あらき歳時記 虫の闇(二)

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2023年9月10日 樸句会特選句  惑星の形なりの遊具や虫の闇                    田中泥炭  残業の帰り、小さな公園の横を通る。街灯に照らされて浮かび上がる遊具に人気ひとけはない。ふと宇宙空間に浮かぶ惑星を思う。リング付きの木星か、地球か。虫しぐれを背景に、上五の「惑星」は本来の“惑い”の姿となり、おぼつかなく大宇宙に彷徨い始める。こおろぎ、松蟲、鉦叩きの声は星屑さながら。子供たちが遊んでいた昼間の姿は一変し、人類の死臭が鼻をよぎるのである。                         (選 ・鑑賞   恩田侑布子)

あらき歳時記 虫の闇(一)

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2023年9月10日 樸句会特選句  読み耽る昭和日本史虫の闇                   活洲みな子  半藤一利の『昭和史』の戦前・戦後編二冊本だろうか。 加藤陽子の『さかのぼり日本史(2)昭和 とめられなかった戦争』だろうか。いやいや水木しげるの『昭和史』全八冊もある。そこには小中高の学校では教わらなかった日本の加害者としての謀略や狂気の実態が書かれている。「読み耽る」の措辞に、次々信じがたい歴史の展開に息を呑む実感がこもる。夜は更けても中断できない。ここに書かれていることも著者の一つの解釈であり、真相は一匹一匹の虫が抱く深い闇の中だ。しかも未だに解決されず、衰退する日本の今につながる問題も多い。虫の音はいよいよ澄みわたり、名もなく戦禍に斃れていった兵卒の声のよう。                         (選 ・鑑賞   恩田侑布子)

あらき歳時記 夏の月

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2023年8月6日 樸句会特選句     竹生島  夏の月うさぎも湖上走りけり                   中山湖望子  夏の満月から白い兎が飛び出す。青銀に静まる淡海のうみを、竹生島に向かってひた走る一匹の兎。「うさぎも」であるのがにくい。涼しい満月も風も、玉兎を追いかけ、湖水の上を滑りゆく。作者のこころもまた、神の島へ飛翔する。銀盤から生まれたうさぎのよろこびは、前書「竹生島」と相俟って、夏の夜のしじら波に神仙の気配をただよわせる。                         (選 ・鑑賞   恩田侑布子)

あらき歳時記 病葉

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2023年8月6日 樸句会特選句  病葉の猩々みだれ舞ふ水面                   岸裕之  病葉を、中国の想像上の霊獣猩々に見立てた面白さ。能や歌舞伎にもなっている「猩々」は人語を解す人面の大酒家。朱紅の長い体毛から猩猩緋という色名もうまれた。たしかに深緑の中の病葉の赤は、ひときわ目をひき、どこか異形の感がする。異類が乱れ舞う水面は山奥の湖であろうか。一挙に鮮やかな映像を立ち上げる力がある。M行四音の調べも、絢爛と妖しい夏の深さをかもし出して効果的。                         (選 ・鑑賞   恩田侑布子)

あらき歳時記 南天の花

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2023年6月18日 樸句会特選句  花南天兄にないしょの素甘かな                    島田淳  「素甘」は蒸した上新粉にほんのりと砂糖を混ぜて餅状にした和菓子。上菓子にはない庶民のやさしさがある。それを、まだ帰らない兄さんには内緒で、自分一人でこっそりみんな食べてしまう。少し大袈裟にいえば、禁断の味ほど美味なものはない。口に広がるほの甘さと、一抹の後ろめたさが、梅雨時の南天の花と見事に響き合う。家々の鬼門にあって慎ましく地味な南天の花は、ふだん着の花だ。ふだんのこころを映し出す花なのである。                         (選 ・鑑賞   恩田侑布子)

あらき歳時記 誘蛾灯

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2023年6月18日 樸句会特選句  待ち人にもはや貌無し誘蛾灯                   見原万智子  誘蛾灯の下で、ずっと待った、待ち続けた。貴方を。見つめられたかった瞳も、奪いたかった唇も、あまりに思いすぎて、今はもう闇に溶けてしまった。あんなに愛しい顔がはっきりとは思い出せない。誘蛾灯におびき寄せられて一瞬で死ぬ羽虫のように、私も貴方を一瞬で電撃のように殺してしまいたい。愛が憎しみに裏返る間際の、狂おしい恋。エロスの痙攣。                         (選 ・鑑賞   恩田侑布子)

あらき歳時記 河鹿

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2023年6月18日 樸句会特選句  寝袋の中の寝返り河鹿鳴く                  活洲みな子  川の上流の渓谷にテントを張ったのか。あるいは、渓谷沿いにマイカーを停めて座席をフラットにし、夜泊するのか。いずれにしろ、シュラフに入ったものの、気分がどこか昂っていて寝付けない。辺りがふだんの生活とあまりにも違いすぎる。山奥の星の光は強く、闇の底に河鹿の声がときおり聞こえる。中七、シュラフの「中の寝返り」に実感がある。切れ切れに鳴く夜の河鹿に身体感覚が響き合ってリアルだ。                         (選 ・鑑賞   恩田侑布子)