「あらき歳時記」カテゴリーアーカイブ

樸の佳句を、季節のうつろいにあわせた並び順で鑑賞していきます。世界を胸いっぱい呼吸し、また感じながら散歩するように、楽しんでいただけましたら幸いです。

あらき歳時記 枇杷の花

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2023年12月9日 樸句会特選句  枇杷の花サクソフォーンの貝ボタン                   益田隆久  サックスとも俗にいう楽器は、木管楽器と金管楽器が溶け合うような柔らかな安らぎの音を響かせる。それを枇杷の花に取り合わせた感性が素晴らしい。しかも「サクソフォーンの貝ボタン」と、ゆるやかなリズムでキーボタンの指貝に焦点を絞って終わる。冬日に枇杷の花と乳白色にうすぐもる貝の艶のコレスポンダンスも洒落ている。                                (選 ・鑑賞   恩田侑布子)  

あらき歳時記 冬

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2023年12月9日 樸句会特選句  テレビとは嵌め殺し窓ガザの冬                   古田秀  テレビはなんでも写す。親し気に見知らぬ人が出てくるものと思っていた。でも、今度ばかりは違った。ハマスの200人殺人に対して、イスラエルがガザの人々を16000人も早や殺戮してしまった。しかも封鎖された狭い空間に押し込められたパレスチナ人は、飢渇させられ、子どもまで数千人も殺されている。まさか、今世紀にこのような非人道的なことが、という切迫した思いが溢れる。テレビはなんでも見えるようで、1ミリも開かない窓だったのだ。「嵌め殺し」という詩の発見の措辞が、現実に起こっている殺戮現場につながり、心胆を寒からしめる。                               (選 ・鑑賞   恩田侑布子)

あらき歳時記 天高し

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2023年10月22日 樸句会特選句         岡部町、大龍勢 先駆けの子らの口上天高し               前島裕子  昼の部だけで龍勢花火十二本が打ち上がる。先鞭をつけるのは、地元の小学校の児童たちだ。「朝比奈にみんなの笑顔咲きほこれ 大望の龍 大空そめて」伸びやかで気持ちの良い口上が櫓の高みから、秋空に刈田に響きわたってゆく。「先駆け」は「世の魁」と掛けられ、衰退国日本の暗雲を吹き飛ばしておくれという期待と祈りがこもる。まさに雲一つない「天高し」である。はたして、期待を背負った第一号はぐんぐんと山稜を凌いで舞い上がったのであった。                         (選 ・鑑賞   恩田侑布子)

あらき歳時記 露の玉

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2023年10月21日 樸句会特選句  露の玉点字の句碑に目をとづる               益田隆久  地水庭園に茶室瓢亭が建つ玉露の里の入り口には、町内に生まれた村越化石の句碑がある。石彫家、杉村孝の思いのこもった大岩の亀裂は、母が子を抱えるようにも、子が母と引き裂かれる悲しみのようにも見える。〈望郷の目覚む八十八夜かな 化石〉と彫られた側面には、ステンレスの大きな鋲が打たれている。全盲となった作者が帰郷した時、みずから読んでもらえるようにという点字の俳句である。 その金属の丸い頭を「露の玉」と言い切ったことで、鋲はたちまち宇宙を映す水玉に変容する。ハンセン病のため十六歳で故郷を去らねばならなかった化石の思い。見渡す山並も川音も何百年も変わらないのに、化石も、石彫家も、やがてまたわれわれも、露の玉さながらこの世をこぼれ落ちてゆく。まぶたの裏の思いは深い。                         (選 ・鑑賞   恩田侑布子)

あらき歳時記 大龍勢

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2023年10月21日 樸句会特選句  大龍勢龍の鱗は里に降り              活洲みな子  日本三大龍勢の一つが五年ぶりに開催された。芭蕉の句、〈梅若菜鞠子の宿のとろろ汁〉の西隣の宿が岡部。旅籠だった「柏屋」から朝比奈川を車で数分遡れば玉露の里に出る。稲穂を収穫したての真昼の刈田に、思い思いの桟敷を広げ、連ごとに丹精をこめた龍勢花火をみんなで見物し、天空の技を競い合う。ガンタと呼ばれるロケット部に花火や落下傘など曲物を詰め、山裾から伐った竹に火薬を詰めて推進力とする。十数メートルの尾を持つ竹幹が、みるみる秋天を駆け登り、工夫の曲物を青空に花のように散らするさまは壮観である。    この句はまず「大龍勢」と祭全体を息太く打ち出し、次いで空中に弾ける花火やパラシュートや紙吹雪を龍の「鱗」と見立てたところ、技アリである。龍の鱗が、群衆の頭上にも家々にも、きらきらと降り注いでいるよ。谷あいの里に暮らす老若男女を丸ごと祝福する作者の慈愛にも包まれてしまう。                                      (選 ・鑑賞   恩田侑布子)

あらき歳時記 虫の闇(二)

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2023年9月10日 樸句会特選句  惑星の形なりの遊具や虫の闇                    田中泥炭  残業の帰り、小さな公園の横を通る。街灯に照らされて浮かび上がる遊具に人気ひとけはない。ふと宇宙空間に浮かぶ惑星を思う。リング付きの木星か、地球か。虫しぐれを背景に、上五の「惑星」は本来の“惑い”の姿となり、おぼつかなく大宇宙に彷徨い始める。こおろぎ、松蟲、鉦叩きの声は星屑さながら。子供たちが遊んでいた昼間の姿は一変し、人類の死臭が鼻をよぎるのである。                         (選 ・鑑賞   恩田侑布子)

あらき歳時記 虫の闇(一)

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2023年9月10日 樸句会特選句  読み耽る昭和日本史虫の闇                   活洲みな子  半藤一利の『昭和史』の戦前・戦後編二冊本だろうか。 加藤陽子の『さかのぼり日本史(2)昭和 とめられなかった戦争』だろうか。いやいや水木しげるの『昭和史』全八冊もある。そこには小中高の学校では教わらなかった日本の加害者としての謀略や狂気の実態が書かれている。「読み耽る」の措辞に、次々信じがたい歴史の展開に息を呑む実感がこもる。夜は更けても中断できない。ここに書かれていることも著者の一つの解釈であり、真相は一匹一匹の虫が抱く深い闇の中だ。しかも未だに解決されず、衰退する日本の今につながる問題も多い。虫の音はいよいよ澄みわたり、名もなく戦禍に斃れていった兵卒の声のよう。                         (選 ・鑑賞   恩田侑布子)

あらき歳時記 夏の月

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2023年8月6日 樸句会特選句     竹生島  夏の月うさぎも湖上走りけり                   中山湖望子  夏の満月から白い兎が飛び出す。青銀に静まる淡海のうみを、竹生島に向かってひた走る一匹の兎。「うさぎも」であるのがにくい。涼しい満月も風も、玉兎を追いかけ、湖水の上を滑りゆく。作者のこころもまた、神の島へ飛翔する。銀盤から生まれたうさぎのよろこびは、前書「竹生島」と相俟って、夏の夜のしじら波に神仙の気配をただよわせる。                         (選 ・鑑賞   恩田侑布子)