2021年7月4日 樸句会特選句 向日葵や強情は隔世遺伝 海野二美 ゴッホの向日葵のように、一読して強烈な印象を残し、忘れられなくなる句だ。向日葵は真夏の太陽を受けて真っ直ぐ立ち、青空に大きな花冠を向ける。枯れるまで弱音を吐くことのない健気さを作者は自己に投影する。「強情」の措辞で向日葵の本意を受け止めたところが秀逸。卑下と自負の感情がないまぜになっていて意表をつかれる。それが父母由来ではなく、祖父母の一人からもらったものと懐かしむ時間感覚のはるかさもいい。どんな時でもジメジメせず、自分の意思を貫く生き方を、作者はこれでいいのよと肯定している。向日葵の花が大好きで、自分を強情っぱりといえるひとは、本当はかわいい女性にちがいない。向日葵、強情、隔世遺伝、という、三つのタームが思いがけない硬質の出会いを果たして、口遊むたび、夏雲のようなきらめきが立ち上がってくる。 (選 ・鑑賞 恩田侑布子)
「あらき歳時記」カテゴリーアーカイブ
樸の佳句を、季節のうつろいにあわせた並び順で鑑賞していきます。世界を胸いっぱい呼吸し、また感じながら散歩するように、楽しんでいただけましたら幸いです。
あらき歳時記 彼岸
あらき歳時記 蕗の薹
2022年2月23日 樸句会特選句 からり、さくり、はらり、蕗の薹揚がる 林 彰 蕗の薹の摘みたてを、薄く衣を絡めて、さあっと揚げます。天ぷら油から揚げる菜箸の先の質感を、「からり、さくり、はらり、」と、オノマトペの三連続で表現しました。図らずも「らり、り、らり、る」とR音の軽やかな音律が脚韻効果をあげ、蕗の薹の軽いはかなさ、スプリングエフェメラルのうすみどりを、目の前にありありと映し出します。最後の「はらり」は、よく出ました。熱々をさくっと食めば、ほろ苦い甘みが鼻腔いっぱいに広がりそう。 (選 ・鑑賞 恩田侑布子) 2022年2月23日 樸句会特選句 蕗の薹姉の天婦羅母の味 金森三夢 たしかな手ごたえを持つ俳句です。余分なことは何もいいません。端的に、「蕗の薹」「姉の天婦羅」「母の味」と、名詞句をぽんぽんぽんと三つ重ねただけ。それが堅実な家族の味わいをかもしています。亡き母の揚げてくれたふきのとうのおいしさが、ありありと読者の胸にも迫ります。そしてその春先の口福を亡き母に代わって、今度はやさしいお姉さんが自分のために揚げてくれます。なんと愛情に満ちた家族でしょう。母と姉と自分のあいだに共有された、なんというあたたかく丁寧に生きられた時間でしょうか。 (選 ・鑑賞 恩田侑布子)
あらき歳時記 追儺
あらき歳時記 銀杏落葉
2021年11月24日 樸句会特選句 銀杏落葉ジンタの告げし未来あり 田村千春 落葉は数しれずありますが「銀杏落葉」といい切ったことで映像が鮮やかに浮かびます。 「ジンタ」は下町の楽団。ちんどん屋と一緒によくアコーディオンを奏でたりしていました。作者はあったかくて時に調子っ外れになるメロディーの流れるなか、銀杏落葉を踏んでどこかに急いでいました。その時の情景がありありと胸に迫ります。ジンタが告げていたのは、はるか未来であったこの「今」です。今にたどり着いた作者の胸に、過去の銀杏落葉のあざやかな黄色と、人々の囃した音色…茫々の思いがこみ上げてきます。その時、一陣のつむじ風に黄色の扇面の落葉が一斉に空に舞い上がり。過去から未来へ、はるかな時間がつながります。「ジンタ」という死語になりかかったことばを一句はなつかしく蘇らせてもいます。 (選 ・鑑賞 恩田侑布子)
あらき歳時記 秋霖
あらき歳時記 秋風
あらき歳時記 花火
2021年8月25日 樸句会特選句 安倍川に異国に慰霊花火降る 鈴置昌裕 太平洋戦争の犠牲者への慰霊に、昭和二十二年から始まった安倍川花火大会。コロナ禍で今夏も中止でしたが、川原での慰霊祭が済んだあと、短い時間に慰霊花火がひっそりと揚げられました。偶然、私はスーパー買い出しの帰り、安倍川橋の上で揚花火に気づき、驚いて土手に車を停めました。町内の十人余りの方と、広河原の対岸に揚がる花火を風に吹かれて見つめていました。梅雨明けの細い水面に火の粉は映って音もなく消えてゆきました。この句のよさは「異国」にも「降る」と感じたことです。中国やシベリア、アッツ島やサイパン島など、大日本帝国が起こした戦争の無残さへ一気に思いを広げます。従軍した若者も、殺された現地人も、いまや狭くなった地球上の同胞です。「降る」の句末にいいえぬ余韻があります。静岡平野に住まう人々の風土の秀句にして普遍性をもつ句です。 (選 ・鑑賞 恩田侑布子)