「句会報告」カテゴリーアーカイブ

あらき歳時記 春疾風

photo by 侑布子 2026年2月15日 樸俳句会特選句  春疾風ワゴンの古書の箔ひかる  古田秀  神田神保町でしょうか。高齢多死社会により、膨大な量の古書が吐き出される一方、SNSに即反応する若者は本に時間を費やしません。かつては垂涎の的だった思想や歴史全集も文学者の個人全集も、場所塞ぎとして嫌われ、刊行時からは見る影もない値がついています。これは店舗入り口の書架からさらに外へ追いやられた二束三文の古本ワゴンです。「春疾風」に曝され、背文字の金の箔押しがひかります。豪華な装幀、誠実な幾人もの校正と編集、心血の注がれた香り高い文章の本が見捨てられています。狂躁しかない文化衰退期の無惨さ。フェイクの時代を「古書の箔」が告発します。 (選・鑑賞 恩田侑布子)

2月15日 句会報告特別編

シマエナガ
写真:松王正浩 (北海道大学 大学院理学研究院 教授 (科学哲学))
影ひとつくださいといふ雪女 恩田侑布子『はだかむし』
 

ホテルの天候気温計
塩一つまみ冬晴のきのふけふ 恩田侑布子『夢洗ひ』(写俳)
 

 松王かをりさんと、
「幻日」主宰、石川青狼さんと同人のみなさまに囲まれて。
十年の約さいはてへ飛ぶ真冬 恩田侑布子(写俳)
 
−15℃の釧路に行ってきました。
 
昔から日本一美しい生き物と信じてきた丹頂鶴との出会いを、札幌在住の松王かをり・政浩ご夫妻さまが叶えてくださいました。ご自宅から車で遠路、吹雪の日高山地を越えて釧路空港までお出迎えいただき、翌日、暁闇から鶴の眠る川のほとりで羽ばたきを待ちました。鶴居村では何もかも忘れて丹頂の声を聞いていました。ホワイトアウトをいくたびも抜けて摩周湖の畔に立ち、標茶(しべちゃ)では、ホルスタインの帽子を被った町民の笑顔に手を振られて釧網鉄道に乗車。だるまストーブ車輌で日本最大の湿原を走り抜けると、釧路では俳誌「幻日」の皆さまの温かなお出迎えが。さっそく炉端焼き発祥の地ならでは、九十二歳の媼が焼いてくれる名物店に招じられ、海の幸を頬張りイカルイベに咽が蕩けました。翌朝は句会で盛り上がったあと、昭和天皇がおかわりを所望したというこっくりしたお蕎麦をご馳走になりました。啄木の港文舘を訪ね、世界三大夕日と謳われる河口の寒落暉を橋の上から堪能。空港までお見送りいただき、心からのおもてなしをお受けしました。
 北海道の雪原と釧路の詩情にシラフで酔い痴れた私です。
 忘れられない冬の旅をご案内いただいた松王かをりご夫妻様と、「幻日」石川青狼社中のみなさまに心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。恩田侑布子
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2026年2月15日 Zoom句会から

 2月の2回の句会に挟まれた週は全国的な寒波で、滅多に雪が降らない藤沢にも静岡にも、うっすらと積もるくらいに雪が降りました。同時に行われた、政策の議論も追いつかないまま人気投票と化した選挙では、珍しく期日前投票が大混雑。投票率が数ポイント上昇したことは数少ない意味のあることだったかもしれません。その翌週のZoom句会の日はすっかりあたたかく、河津町では河津桜の見ごろ宣言も出ています。新規入会の方も迎え、大盛り上がりの会となりました。
 2月15日の句会の兼題は「春疾風」「はこべ」。特選1句、入選1句、原石賞2句、その他に評価の高かった2句を紹介します。
 

◎ 特選
春疾風ワゴンの古書の箔ひかる
             古田秀

特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「春疾風」をご覧ください。

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○ 入選
 薄氷の下に戦禍が透けてをり
               馬場先智明

【恩田侑布子評】

池や水槽に張った薄氷は春先ならではの詩情があるものです。ところがこの句は、その儚い春氷の下に、禍々しい戦争の影をいち早く感知しています。ウクライナもガザもベネズエラも、遠い海彼のことではない。この一枚の薄い結氷の下に戦争が息を窺っているのだというのです。「透けてをり」の措辞が、底暗い時代の到来を肌に感じさせて不気味です。
 

【原石賞】リベラルの旗襤褸ぼろぼろと春疾風
              馬場先智明

【恩田侑布子評・添削】

民主主義社会はリベラルな言論の自由によって支えられて来ました。ところが、トランプのG2発言が象徴するように、世界は一挙に大国の利害を優先させるあられもない弱肉強食時代に突入しています。このままでもなかなかいい俳句ですが、中七に切れを作れば、さらにラ行の音律の効いたインパクトある句になりましょう。不自然なルビも要らなくなり句姿もスッキリします。

【添削例】リベラルの旗は襤褸や春疾風
 

【原石賞】ホワイトハウス裸木をほしいまま
            小住英之

【恩田侑布子評・添削】

驚くほどユニークな時事俳句です。トランプでなく、「ホワイトハウス」といったことで、「裸木」の群れとともにシュールな一枚の絵画が構成されました。世界の政治権力の象徴のホワイトハウスが、葉も花もないすっかんピンの裸木たちに「オレさまのいうことを聞けー」と服従を強いているこのカリカチュアは、ただいまの現実であるだけに、うらさびしい絵にとどまらず、心胆を寒からしめます。ただし、内容が内容なだけに、正統的な五七五の調べではやさしすぎます。安定感のある定型を脱臼させたいです。あえて字足らずにすることで、民主主義のちゃぶ台を自らひっくり返した「ホワイトハウス」が強調され、寒さがよりリアルに感じられる現代俳句の秀句になります。

【添削例】ホワイトハウス裸木ほしいまま
 

【その他にも、いい句がありました。】
 
 首都高を鷲摑みして春疾風
              小松浩

首都高速をつつがなく隙間なく走る車列が、突然の春荒れの風に「鷲摑み」されて、まるでトミカのミニカーさながら。一瞬現実感覚を失う都市生活者の虚の時間が活写されています。
 

【後記】
 AIの衝撃と進化が社会のあらゆる面で取りざたされて久しく、人間の表現欲求と生成AIとのせめぎあいは現代芸術においてしばらくホットなテーマであり続けるでしょう。一方で、これからのAIの性能進化の競争は、数学や情報学の理論のブラッシュアップではなく、レアアースとエネルギーの奪い合いであるとも言われています。人間が自転車を漕いで発電しAIに俳句を作らせる日がやがて来るのでしょうか。人間性だけはゼロサムではないと信じていますが……
 (古田秀)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)
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2026年2月1日 Zoom句会から

兼題は二月、水仙。
入選2句、原石賞2句、その他に評価の高かった2句を紹介します。
 

○ 入選
 いつの間に僕から俺へ春隣
               成松聡美

【恩田侑布子評】

「ボクのもの」「ボクはね」と言っていた少年が、いつからか周りもそれと気づかぬうちに「俺」を主語にするようになります。「いつの間に」だろう、と思っている自然体に好感が持てます。そうしていよいよ「春隣」。四季の巡りに歩調を合わせ、人生の春を迎える若者の初々しい姿が目に浮かびます。人生の花を存分に咲かせる季節が目路に入ってきたのです。音韻もアイウエオ行が満遍なく使われて華やか。これからの青々とした航路が広がるようです。
 

○ 入選
 白猫の炎のやうに跳び二月
               長倉尚世

【恩田侑布子評】

猫の一瞬の跳躍に「二月」の到来を感受した鋭い感性がひかります。「しろねこのほむらのやうに」は、体重のある猫が空気のように軽やか。炎は幻視でしょう。塀の上にさっとまぼろしの白炎が飛びうつった瞬時、春寒料峭の気配が身に迫ります。
 

【原石賞】深海のごときジーンズ二月かな
              川崎拓音

【恩田侑布子評・添削】

インディゴブルーのジーンズを「深海」と喩えた思い切りの良さが手柄です。もったいないのは下五。「二月かな」では街行く人のファッションのスケッチに止まります。せっかく深海のようなジーンズなのですから、穿かなくてどうしますか。脚を通せば一本筋が通り、早春の姿勢もシャンとします。

【添削例】深海のごときジーンズ穿く二月
 
【原石賞】ひだまりや水仙向くは西東
              海野二美

【恩田侑布子評・添削】

写生眼のはたらいた句です。群生する水仙は一斉に花開きますが、よく見れば向きはてんでんバラバラです。その把握は素晴らしい。それを作者は「向くは西東」と表現しました。ちょっと説明っぽくありませんか。意味は変わらなくても言葉遣いは俳句という詩の品位を左右します。くっきりと景が目に見える措辞を使いましょう。

【添削例】ひだまりや水仙西むき東むき
 

【そのほかにもいい句があります。】 
 水鳥や光の渦に姿なし
              小南善彦

いままで浮かんでいた水鳥が水中にスッと潜ったたまゆらの水面の景です。冬日をはじく同心円の水輪を「光の渦」と捉えたことで、渦の中心のかき消えた不在感が一瞬鮮明に印象されました。

 寒風に平和問ふビラ老党員
              小松浩

首相の意向で、あれよと衆議院議員が解散され、選挙に突入しました。新顔も多い多党時代の議会制民主主義にはたっぷりとした論戦の時間が必要ですが、選挙期間は戦後最短の12日間です。高市政権は防衛力の抜本的強化を唱え、平和憲法は風前の灯。SNSの時代に、手渡しで「ビラ」を配る「老党員」が「寒風」に吹き曝されています。人事でない実感のある句です。

血管のしなやかにあれ冬銀河  恩田侑布子 『夢洗い』(写俳)

1月18日 句会報告

2026年1月18日 樸句会報 【第159号】

 年改まり、一月十一日と一並びの日に樸ズーム初句会が開催されました。翌週十八日には静岡市にて新年会を兼ねた対面句会が賑やかに催され、年の始めから数多くの佳句、秀句が披露されました。
 十八日の兼題は「風花」「水鳥」。
 入選三句、原石賞一句、その他に評価の高かったニ句を、紹介します。
 

活きてある産湯の井(大応国師)戸よ初山河    恩田侑布子(写俳)
 

○ 入選
 風花や山には山の雲の陰
               橋本辰美

【恩田侑布子評】

「あっ、風花」と思って見上げると、雲からなのか青空からなのか、繊細なひかりとともに風花がこぼれて来ます。近くの山を見やると、まだ晴れ間の残る山の上に雲が浮かび、その影がくすんだふかみどりの山肌に落ちています。雲と風と日のひかりが定めなく行き交う日本の冬の美しさ。静岡平野にたまさかに降る風花に浮かれない、しずかな写生眼が効いています。
 

○ 入選
 おつかいやひとつおまけの寒たまご
               長倉尚世

【恩田侑布子評】

子どものころは、親にいわれて近所によくお使いに行ったものです。この句は、「あ、うっかりしてた。卵がないと、ホットケーキができないわ」とでも母にいわれた子どもでしょうか。近所の養鶏農家かよろず屋でしょう。買い物籠に卵をすくもごと入れてもらうとき「お利口さんだから」と、産みたて卵をおまけされたうれしさ。ひらかな表記の柔らかさにリズムが弾んでいます。漢字の「寒」一字に、冬の透き通る日も感じられます。昭和の光景となったなつかしさ。
 

○ 入選
 言の葉におもし付けたし冬の風
               星野光慶

【恩田侑布子評】

これほど言葉が軽んじられる時代もないでしょう。作者は憤っています。この間まではSNSに群がる匿名市民の言葉の軽さをやれやれと思いましたが、それでは済まなくなりました。世界の帝王を自認するらしきトランプ大統領の放言と脅し文句は止まるところを知りません。言葉を虐待するものは、人権も侵害することを如実に感じさせられる日々です。「おもし付けたし」の措辞にはプロパガンダにはない重みがあります。果たして「冬の風」に春は来るのでしょうか。
 

【原石賞】湖畔の湯われもまどろみ浮寝鳥
              金森三夢

【恩田侑布子評・添削】

湖のほとりの露天風呂でしょう。湯船から湖上の水鳥たちを見張るかすことができます。温かい温泉に四肢を伸ばしながら、つれづれにみずからの越し方行く末を思います。私もあの浮寝鳥とほんとうは変わらないんだな。どこから来てどこへゆくのか。内容がいいのに、「湖畔の湯/われもまどろみ/浮寝鳥」と三段切れは残念です。上五ではっきり切りましょう。中七を「む」の連体形にすれば、「まどろむ浮寝鳥」とひとかたまりになり、茫茫たる漂泊の思いへさそう余韻が生まれます。

【添削例】湖畔の湯われもまどろむ浮寝鳥
 

【その他に評価が高かったのは次の二句です。】 
 焼骨は塵とも光とも 風花
              古田秀
 冬日など届かぬ摩天楼の底
              小住英之

【後記】
 新年会は幹事お二人の細やかな心配りと大活躍により、福引あり、合唱ありの楽しい集いとなりました。特筆すべきは岸裕之氏の小唄披露と益田隆久氏のスピーチでしょう。岸氏の芸達者ぶりに大いに驚くと共に、小唄とはこんなにも風情あるものかと感嘆。益田氏の「良き句友があれば俳句は続けられる」というメッセージに、一同深く頷きました。
 私自身、益田氏のお話の中にあった「俳句を止めたくなる三年目」なのですが、幸いにも「止めよう」と思うことなく、楽しいばかりで三年が過ぎようとしています。これも恩田先生の熱血指導と樸の皆様の暖かい笑顔あればこそ。まさしく人に恵まれる幸福をしみじみ感じた新年会でした。
 (成松聡美)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

地平線やはらかにして恵方かな    恩田侑布子(写俳)
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1月11日 樸俳句会
兼題は御降、鏡餅。
入選5句、原石賞1句、その他に評価の高かった二句を紹介します。
 

○ 入選
 紙垂を折る半紙ざらりと去年今年
               成松聡美

【恩田侑布子評】

町内で氏神様の年用意をしたときの感触が新年になって、ふと蘇ります。神棚や三宝に垂らす紙垂を折っていた時、和紙の手触りにはっとしたのです。コピー用紙はツルツルですが、和紙はぼうっとひかりがにじみ、微細な隙間が指の腹になつかしいもの。「ざらりと」の擬音語は、現代人が失って顧みなくなってしまった手触りや肌合いの深さを問いかけて来ます。
 

○ 入選
 御降りに濡れたし土へ還りたし
               川崎拓音

【恩田侑布子評】

正月ののんびりした昼間にお湿りの雨が音もなく降っています。暖房の室内に居ながら、なんとなく歳の初めの雨に触れてみたくなり、あてどもなく、こんな静かな真冬、土に自然に還ってゆけたらいいなあと思います。太古から続いてきたあめつちに赤子のように甘えているのです。死の前にある老いや病を超えて、一息に正月の土になりたいと願うのは、あまりに天地が静まり返っているからでしょう。「たし」のリフレインによる後半の転換が効いています。
 

○ 入選
 畳のない家よ硝子の鏡餅
               成松聡美

【恩田侑布子評】

六畳間や八畳間の炬燵に寝そべった記憶は遠く、どの家もエアコン完備のフローリングのリビングに変わりました。つきたての大きな鏡餅こそ和風建築の正月の象徴だったかもしれません、青畳にも、餅粉をまとう鏡餅にも、手触りというものがまといついていました。すべすべした床の上のボードにガラス細工の鏡餅の飾りものを置く時、失われたふくよかな手触りの世界が脳裏をよぎります。
 

○ 入選
 東京の灯はみな去年の忘れもの
               古田秀

【恩田侑布子評】

大晦日の夜が更けて、新年に変わった瞬間、カーテンを開けると、東京の街にはまだ無数の明りが灯っています。それをことごとく「去年の忘れもの」と感じたところに詩の発見があります。林立する高層ビルもみな過去に造られたもの。未来を手繰り寄せることはない遺失物なのだという閃きが吐息になり、実があります。
 

○ 入選
 御降の髪へ踵へ襷つぐ
               長倉尚世

【恩田侑布子評】

二日と三日の箱根駅伝でしょう。私も一度、箱根山中で応援したことがありました。山坂の上に走者の頭が現れるや、ぐんぐんと近づいて来、わが動体視力の鈍さを笑うかのように、一瞬で背中を見せて駆け去っていきます。その全力疾走に比して、この「御降」は、なんとゆるやかにしめやかに辺りを濡らしていることでしょう。烏の濡れ羽色になった髪と、引き締まった踵の若さが見えて来ます。
 

【原石賞】七草をそらんじる若かりし母
              佐藤麻里子

【恩田侑布子評・添削】

せり、なずな、ごぎょう、はこべら、仏の座、すずな、すずしろ、と薺粥の七種を空でいいながら、家族のために薺粥を炊いてくれる母はステキな自慢の母です。ただ、句跨りが効果的ではなく、もたつきになっているのが残念です。五七五の定型に調べるだけで、リズムが歯切れ良く弾み、その日、その場の幸せな家族の食卓が目の前にくっきりと甦ります。

【添削例】七草をそらんじる母若かりし
 

【その他に評価が高かったのは次の二句です。】 
 耕耘機五日の土のかがやけり
              前島裕子

「鍬始」や「農始」の季語をつかわず、「五日の土」に焦点を当てた手柄。腐葉土や牛糞など、有機肥料たっぷりの黒々とした土の艶が思い浮かびます。耕耘機の音も頼もしく聞こえてきます。

 御降や京に茶粥の古暖簾
              小松浩

茶粥は奈良。そう思っていた私は古いのかもしれません。京都の老舗も茶粥を出すようです。もっとも「御降や奈良に茶粥の古暖簾」ならば、句も古臭くなったことでしょう。「京」だからこそ、季語がしっとりとした新年の祝意を帯び、濃やかなひかりとかげを帯びたのでした。

くろかみのうねりをひろふかるたかな  恩田侑布子(写俳)

12月21日 句会報告

2025年12月21日 樸句会報 【第158号】

 十二月は十四日と二十一日にZOOM句会。
両日とも前半は点盛りと講評。後半は角川『俳句年鑑2026年版』《今年の句集BEST》に掲載された師が選んだ十五句集の中から、句集ごとに紹介されている六句について、鑑賞や意見交換をおこないました。
 十四日の兼題は「冬夕焼」「柊の花」
六十六句の中から入選三句、原石賞二句が選ばれました。
 二十一日の兼題は「クリスマス」「雪(字の詠込)」
六十六句の中から特選一句、入選四句が選ばれました。
 

逢ひたくてまろまろと負ふ冬日かな    恩田侑布子(写俳)
 

◎ 特選
仮名千年語り万年寒昴
             馬場先智明

特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「寒昴」をご覧ください。

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○ 入選
 人類に聖なる夜と聖戦と
               小松浩

【恩田侑布子評】

「人類に」と大きく出たあと、作者はキリスト降誕の夜と聖戦とを並べて沈黙します。ボールは読者の胸に投げられました。世界最大の人口を擁するキリスト教は、政治、経済、社会、文化的に、いまも最強の宗教です。教主の降誕祭に老若男女が湧き立ちながら、いわゆる一神教を背景にした「聖戦」は止みません。“正義”の戦いが、国家の名のもとに行われる大量虐殺に他ならないことに胸が痛みます。
 

○ 入選
 クリスマスツリーの蔭や守衛室
               古田秀

【恩田侑布子評】

守衛室は敷地や建物の入り口近くにありながら目立ちません。これはきっと、マンションか大病院のエントランスでしょう。評者も昨日、病院のロビーで聖樹をみました。入院患者さんの願いがあまたの絵馬のように吊られ、まるで冬の七夕竹。電球やトナカイの角が光る聖樹の「蔭」を強調した切れが利いています。赤いサンタの代わりに地味な「守衛」が見守ってくれています。やさしいこころもちから生まれた句です。
 

○ 入選
 猟銃等講習会場泥長靴
               成松聡美

【恩田侑布子評】

東北地方を中心に全国で人間が熊に襲われる惨事が多発しています。その熊の駆除を目的とする猟銃講習会でしょう。一句は、下五の「泥長靴」の止めがものを言っています。人間と熊、人間と自然との太古からの戦いが、恰好も何もあったものではない、「泥長靴」に象徴されました。全漢字表記句は往々にして息苦しく固まったものになりがちですが、「泥長靴」がなまなましくリアルです。
 

○ 入選
 雪華積むフロントグラス小さき首都
               猪狩みき

【恩田侑布子評】

上五の「雪華積む」の措辞から、湿潤な日本のベタ雪とはおよそちがう、パウダースノーを思います。さらさらと微細なガラスか貝殻の粒子のような、妖精めいた雪の結晶でしょう。「フロントガラス」と呼ぶ車の前面を、もとの英語に近い「グラス」としたU音6音の控えめなリズムの中に、異国の落ち着いた首都で過ごしたひとときの愛惜が込められています。句会でエストニアのタリンとわかりました。
 

【後記】
 今年最後のZOOM句会。最後を飾るにふさわしく、スケールの大きな特選句が選ばれ、入選四句もそれぞれに作者の鋭い眼と温かい人柄が感じられるものでした。眩しいなあ。
 自分を振り返ると、選句眼の無さに恥じ入り、類想・類句に凹む一年。
 来年は、買っただけで満足していた句集を、じっくりゆっくり読んで勉強をしようと思います。来年の今頃、少しは成長したと思えるように。

 恩田先生、樸の皆さま今年一年ありがとうございました。
 新しい年が皆様にとって佳い年でありますように。
 (長倉尚世)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

別るるとうつくしく剥き冬林檎    恩田侑布子(写俳)
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12月14日 樸俳句会
兼題は冬夕焼、柊の花。
入選3句、原石賞2句を紹介します。
 

○ 入選
 凍星や掌にあたたむる聴診器
               小住英之

【恩田侑布子評】

夜間、患者さんの具合が悪くなると、当直医は病室に呼ばれてゆきます。長い廊下の窓に「凍星」がきらめき、思わず胸に提げた聴診器の先をてのひらで温めます。病んでいる人の肌を冷たさで驚かさないよう、温もりが伝わりますように。患者さんの苦しみを一刻も早く和らげ救ってあげたいという医師の真心が溢れます。仏陀の異名が大医王であったことをちょっと思い出しました。
 

○ 入選
 冬夕焼旅びと還す比叡山
               川崎拓音

【恩田侑布子評】

昼間の比叡山は参詣人で大賑わい。観光客に混じってあまたの伽藍を回っていると、冬の日は早くも傾き、冬夕焼が杉木立を透かします。作者は一人の旅人としての下山時、あたりの堂塔伽藍がにわかに森厳な佇まいに鎮まってゆく姿にハッとしました。山岳宗教このかた、天台教学といわれる仏教の総合大学となった千数百年の厳しい参学の歴史が夕闇に沈んでいきます。代々の修行僧に思いを馳せた緊張感ある調べが重厚です。
 

○ 入選
 柊の花こぼれ母七回忌
               岸裕之

【恩田侑布子評】

九十五歳の天寿をまっとうした母を、八十路の息子がしのんでいます。「柊の花」のひそやかさ、かぐわしさ。その花が最も似合うきよらかな冬青空。音もなくこぼれ落ちるミニチュア細工のような白い花に亡き母の面影が通います。生前の肉体のぬくもりが透明になってゆく「七回忌」という年忌に説得力があります。
 

【原石賞】父母のゐる今日のひの冬夕焼
              山本綾子

【恩田侑布子評・添削】

内容は素晴らしい。残念なのは表記の不自然さです。中七は最後の「日」だけを漢字にしましょう。そうすれば、この穏やかな冬の日のかけがえのなさが伝わります。老い衰えてはいるけれど、こうして親子三人で冬夕焼の窓辺に一緒にいられる幸せが胸に迫ります。

【添削例】父母のゐるけふの日の冬夕焼
 

【原石賞】老い母の愛おとろへず冬夕焼
              山本綾子

【恩田侑布子評・添削】

体が衰え記憶力が低下しても、自分を気遣ってくれる母の愛情は冬夕焼のようにしみじみとゆたか。内容がいいだけに、「老い母」という不自然な言葉が違和感を残します。正しくは、「老いし母」か「老母」、あるいは「母老いて」です。ただ、俳句は語法の正しさがすべてではありません。母娘の体じゅうから湧き上がる温もりを削ぐことがないよう、調べに熱い思いをこめ、「おいてはは」にしましょう。

【添削例】老いて母愛おとろへず冬夕焼
 

しゆぽつと起つ卵白の角冬籠  恩田侑布子(写俳)

11月16日句会報告

2025年11月16日 樸句会報 【第157号】

 十一月は十六日と三十日にZoom句会。
 十六日の兼題は、「凩」「白菜」。六十五句の中から原石賞一句が選ばれた。「原石」だけに先生からの直しも複数箇所あり、推敲とはこのように詰めていかなければならないのかと改めて考えた。後半の「笈の小文」講読は、先生が細かく解説くださるためにページとしてはそれほど進んでいないが、このように細部を読み込んでいくものかと思わされた。
 三十日の兼題は「手袋」「焼鳥」。投句は六十四句で、入選一句、原石賞となった。二作品は同じ作者で、上達ぶりを示すことになった。先生の指導の中で「[詩的俳句]と[俳句という詩]を峻別すべきである」とのお言葉があった。句作に向き合う姿勢として、重要なご指導だと身にしみた。句会が充実したため、講読の時間はなくなってしまった。

よく枯れてかがやく空となりにけり
恩田侑布子(写俳)
 11月16日の原石賞1句、その他評価の高かった4句を紹介します。

【原石賞】地形図の尾根谷のごと白菜葉
              猪狩みき

【恩田侑布子評・添削】

生鮮野菜が軒並み高騰し、白菜も例外ではありません。半分ならまだいい方で、四分の一や八分の一に割られて店頭に並んでいます。その断面を見た瞬間、「あ、これは地形図の等高線だ」と気づいた作者です。原句は「尾根谷のごと」「白菜葉」の措辞がやや不自然に思われます。はっきりと尾根と谷のアナロジーを打ち出し、店頭で買う瞬間の句とすると、四分の一に細く切られた白菜からみっしりした等高線の落差が思われ、冬山のほそみちとおもしろい橋がかかります。

【添削例】地形図の尾根と谷なり白菜買ふ

【ほかにも次のすぐれた4句が発表されました。】

 木枯の銀座和光を右折せり
              小松浩

木枯がピューピュー吹き荒んで、日本一の高級商店街の銀座、なかんずく歴史ある服部時計店の「和光」の角を右折していったよ。「右折」は俳句文芸の土俵ギリギリの技アリです。教育文教費より防衛費増大の高市早苗内閣の極右化が、自民党の党員と国会議員という国民の数%未満の支持者によって決定されてゆく、この国の民主主義の危うさ。木枯の寒さが身にしみます。

 白菜を丸ごと買ひて恙無し
              小松浩

白菜が高級品であることの方がおかしい、という思いがあります。二玉も三玉も買って、白菜漬けにした昔ではありませんが、今日はなんとかひと玉のずっしりした白菜を買って抱えて家路に着くことができました。「恙無し」とは、茶掛でこの時期によく掛かる「無事是貴人」の思いでしょう。平易で品のある俳句です。

 きしきしと白菜を割く薄き爪
              小住英之

まるごとの大きな白菜に縦に包丁目を入れ、十指で真っ二つに割る瞬時の音を「きしきし」と捉え、その「薄き爪」に着目した俳句眼に鋭いものがあります。若く健康な時は、爪も艶やかで肉厚ですが年齢とともに爪は痩せ、薄っぺらになるだけでなく、血色も失い銀白色に縦線が入ります。作者はなんと、ニューヨーク大学で「爪」の幹細胞を研究する博士。十代で、母堂が癌で亡くなった当時の思い出を感情に溺れず、くっきりと形象化しました。体調の厳しさと冬の冷たさが一枚になって迫る俳句です。

 柊の花や卒寿の退院す
              長倉尚世

九十歳で退院されるとは、ご家族の介護もさることながら、ご本人の凛とした気丈さが偲ばれます。いま退院できても、あといくばくの月日が在宅生活に許されていることだろうか。そこはかとない不安もあります。しかし、冬青空に咲く「柊の花」はひっそりと奥ゆかしく清らかな芳香を漂わせて、長寿者と家族を讃えています。

【後記】
 両日それぞれに、初参加の方がおられました。座の仲間が増えるのは嬉しいことです。
 特筆すべきこととして、20歳代の方の入会がありました。若い感覚が新たに入ること、これから楽しみです。なお会費について20代までの方は割り引きと、新たに決めました。積極的にのぞいてみてくださるようお願い致します。
 (坂井則之)
 (句会を体験したい方は、このHPのメニューボタンをクリック。『樸 新入会員募集中!』記載のメールアドレスへお問い合わせください。)

(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

手にとれば冷たきものを日向石
恩田侑布子(写俳)
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11月30日の入選1句、原石賞1句を紹介します。
○ 入選
 バイク音へ君の名溶かす冬銀河
               益田隆久

【恩田侑布子評】

好きな人と別れて自宅へ帰らなければなりません。バイクのエンジンをけたたましく噴かし、車体をブルブルと震わせて、さようならをした瞬間、ふり仰いだ空の大きさ。冬銀河がさあっと雪崩れ落ちて来るようです。思わず愛しい名をつぶやき、銀の真砂のような荒星たちに祈ります。ひときわ大きく清らかな一粒がいつまでも頭上に輝いていてくれますように。「バイク音へ」「溶かす」という闇と光と音の響きあう動きにリアリティがあります。

【原石賞】モノクロの写真のふたり帰り花
              益田隆久

【恩田侑布子評・添削】
古いモノクロ写真に若い日の二人が写っています。いつの間にか別々の道を歩んで長い月日を過ごしてしまったけれど、見ればセピア色の一枚の写真に二人は寄り添っていました。若い日の頬を互いに知っている二人は、またすぐ笑い合えるでしょうか。冬青空に返り花があどけなく咲いているように。原句ではなかなかロマンが発展しそうにありません。発展しそうな含みを持たせましょう。

【添削例】となりあふモノクロ写真返り花

青天や枯れたらきつと逢ひませう
恩田侑布子(写俳)

2026年1月号から1年間、角川『俳句』の合評鼎談に恩田侑布子が登場します

樸代表の恩田侑布子が、角川『俳句』の好評連載「合評鼎談」の新メンバーに決まりました。
2026年1月号から1年間、能村研三さん、小野あらたさん、恩田の3人で、主な掲載句についてたっぷりと語り尽くします。
1月号は12月25日(木)発売です。どうぞご期待ください。

『俳句』2026年1月号のご購入はこちらから

10月26日 句会報告

2025年10月26日 樸句会報 【第156号】

 十月は五日と二十六日にZoom句会。
 五日の兼題は、「秋の川」「秋の湖」「秋の海」。六十句の中から入選一句、原石賞一句が選ばれた。後半は、芭蕉の『笈の小文』購読の第二回目。原稿用紙一枚ほどに芭蕉のエッセンスが詰まっているという冒頭が深く、すんなりと読み進められるものではない。「信じがたいほど濃厚な修辞と思想のアラベスク」の面白さを理解したい一心で、先生の熱のこもった解説を取りこぼさぬよう必死でメモをとる。芭蕉の荘子観、「もの」の理解はたやすくはないが、芭蕉の内心の格闘が読み取れて現代の私たちの心を打つ。
 二十六日の兼題は、「肌寒」「林檎」。この日は三島吟行の当初の予定が雨天で延期となり、急きょZoom句会開催となったためか、投句はやや少なめの五十三句。入選句はなかったものの、原石賞に三句が選ばれた。まず総評で、「凝視の足りなさ」の指摘を受ける。「直観把握」、「現実をグリップする」大切さ、俳句の原点と言えそうな点に立ち返らされた。「手垢のついていない発想」が求められる一方、季語は「おもやいのもの」であるから、「先人たちの営為をリスペクトし本意、本情を酌む」ことが必須という! かくして「動かない季語」で詠むというのが、まだ俳句歴半年経つか経たぬ自分のような初心者にとって、登山道の入り口の道標に刻みたいところ。後半は、今後の予定について民主的ディスカッションで時間も押した中、先生の『笈の小文』の惜しみない解説とおさらいがとても有難かった。
 

一休の「諸悪莫作」や秋の潮    恩田侑布子(写俳)
 
 10月5日の入選1句、原石賞1句、その他評価の高かった句を紹介します。
 

○ 入選
 露の世の薬局あかりジムあかり
               古田秀

【恩田侑布子評】

「露の世」で始まる俳句といえば、一茶が幼い娘の死を悼んだ〈露の世は露の世ながらさりながら〉があまりにも有名です。一転してこの句は、現代の都会生活の夜を名詞句だけを並べ、情的にスッキリ乾いた表現にしています。とっぷりと暮れた街路に、青白い薬局のあかりとジムのあかりだけが煌々と灯っていることだよとうたいます。薬漬けの長い老年期と、そうならないようジムに通う中高年層と。対比のようで、半分は重なり溶け合っていることでしょう。並列された二つの建物に深みもあり、世俗のおかしみもあります。日本の現在の超高齢社会の実相が照らされています。
 

【原石賞】病室に月ありあまる鎖骨かな
              小住英之

【恩田侑布子評・添削】

入院されているのでしょう。自句ととれなくもないですが、自分の鎖骨は鏡に映さなければ見えませんから、見舞い、あるいは看護している家族の方でしょう。句会になって、作者がニューヨーク在中の医師とわかりました。痩せ衰えた鎖骨と「月ありあまる」の措辞の取り合わせが出色です。肉付き豊かな姿を知るがゆえのいたわしさに、月光が澄みわたります。語順だけが惜しまれます。「鎖骨かな」という硬い響きが座五に置かれると月光が折れてしまうようです。せっかくの素晴らしい中七の措辞を生かして、結句で余白をひろげましょう。

【添削例】病室の鎖骨に月のありあまり

 

【その他に評価の高かった句は次の四句です。】
 
 鳥の名を釣り人に問ふ秋の海
              岸裕之
 なほ続く無人集落うろこ雲
              活洲みな子
 冷やかや鏡の国として都心
              古田秀
 対岸も淋しき国ぞ秋の海
              小松浩
 

【後記】
 フランスに二十五年暮らす身で作句してみたくなったのは、単なる母語恋しさではない。大人になって移り住んだ国の言葉の獲得も完全ではないので、日本語と外国語のはざまで暮らす私なりの感覚や揺らぐ記憶をことばにのせて人と共有してみたいと思った。もしかすると、「私は = 仏語一人称 « Je » 」で我中心に定義することにやや疲れているのかもしれない。俳句によってものに託す、ものと一体化する、無限のつながりを求めているのかもしれない。
 「心は新しく、ことばは古きものを使う」
 作句では意識的にパソコンを離れ、紙に鉛筆で縦書きするのが新鮮だ。ひらがなで書くことで解きひらかれ、旧仮名遣いでたおやかさが加わり、漢字の硬質さが特有のリズムや視覚効果を生む。塑像の自在さに石の彫刻を混ぜたような遊びを子供のように楽しんでいる。
 嬉しいことに、離れた母国のある種の世相(忖度?KY?)への憂慮が、樸句会の参加によって見事に覆された。独断で選んだ句の拙い擁護も、選ばなかった句に対する自分なりの否定意見も、それが適っていても独りよがりでも、各者の人生が透けて見え、温かに受け止めてくれる土壌が樸俳句会にはある。解釈が浅くても、先人と共有される美意識を取り違えても、発言後恥ずかしながら素直に認められる。対する先生の率直な辛口評も実に軽やか、ドラマチックな解釈で句を高みに導く鮮やかな評も刺激的で、この座の面白さは体験した人にしか分からないだろう。だから時差も厭わず、毎回うきうき句会に臨んでいる。
 (佐藤麻里子)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

手を触れて水の切れ味紅葉川    恩田侑布子(写俳)
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10月26日の原石賞3句、その他評価の高かった句を紹介します。
 

【原石賞】赤りんご青空見つめ八十年
              岸裕之

【恩田侑布子評・添削】

敗戦の焼け野原に流れていたのは「りんごの唄」。「赤いリンゴにくちびる寄せて/だまって見ている青い空」とうたう並木路子の明るい声だったと、よく両親が言っていました。作者は四歳で終戦を迎え、それから高度経済成長期へ突き進む日本も、ここ三十年の停滞する日本も、戦後八十年の歩みをずうっと見てきました。原句は上五の「赤」と中七の「青」の対比が目立ちすぎるので、抑えましょう。さらに「青空」と「八十年」だけを漢字に、あとはひらがなにひらくと、愛誦性に富んだ平易にして深い句になります。

【添削例】りんごりんご青空みつめ八十年

 

【原石賞】人は人を忘れて芒原を歩む
              川崎拓音

【恩田侑布子評・添削】

発想が非凡です。自分がすすき野をゆく時は、人のこの世を忘れてしまうけれど、それは己だけではない。誰しもがこの一面のすすき原の道なき道をゆくときは茫然として人を忘れてしまうのだ。このせっかくのすぐれた内容が原句では助詞がごちゃごちゃして未整理のため、ギクシャクと落ち着きません。二つの無駄な「を」をとり、季語を座五に据え替えるだけで句が安定し、「芒原」が茫茫たる広がりを見せるようになります。

【添削例】人はひとわすれてあゆむ芒原

 

【原石賞】乱気流の中掌中の林檎の香
              海野二美

【恩田侑布子評・添削】

飛行機が乱気流のスポットに飲み込まれ、機体が揺すぶられてしまうときは、まさかとは思いつつも恐怖感に襲われます。そのたまゆらの不安な心情と、紅い林檎を掌にして祈る姿が印象的です。原句で気になるのは「の中」「中の」の重複感です。また、乱気流のさなかにしてはリズムが落ち着き払っています。上五でしっかり飛行機に乗っていることを示し、漢字表記で危機感を視覚的にも表しましょう。そのぶん、下五はやさしいかわいいひらがなにして、地上の健やかな果実に生還の祈りを託しましょう。

【添削例】飛機乱気流掌中のりんごの香

 
【ほかにも次のすぐれた二句が発表されました。】
前者はラフな博士のいきいきとした仕草。後者は「露」という日本情緒の十八番の季語を使った和洋混淆の新しみが出色。
「林檎」の作者はニューヨーク在住の医学研究者。「露」の作者は旬日前に訪れたアイルランドはダブリン市街での詠草ということです。
 

 ジーンズに林檎を磨く博士かな
              小住英之
 露ふるふ大聖堂の鐘の音
              見原万智子
 

わが恋は芒のほかに告げざりし  恩田侑布子(写俳)

9月7日 句会報告

2025年9月7日 樸句会報 【第155号】

 歴史的猛暑の8月いっぱいをお休みして再開された句会、出席者も休養十分(?)のせいか普段より多めで、Zoomながら対面と変わらぬ賑やかな句会となった。前半を点盛りと講評、後半は毎回題材を変えて勉強会という二部方式もすっかり定着し、今回は「俳壇」誌9月号掲載の師の鈴木真砂女評と現代俳句協会賞受賞作をめぐる意見交換、、、のはずが後半は脱線して師も弟子もない俳句論議に。この自由闊達さこそ樸の魅力と満足してのお開きとなった。

 兼題は「月」「顔の一部」。特選1句、入選2句、原石賞2句を紹介します。
 

澄む水の削りし大地なりにけり    恩田侑布子(写俳)
 

◎ 特選
戦後史の最終ページ蚯蚓鳴く
             小松浩

特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「蚯蚓鳴く」をご覧ください。

クリックしてください
 

○ 入選
 署名みな眼とおもふ終戦日
               古田秀

【恩田侑布子評】

「終戦日」ですから平和を希求する署名でしょうか。一人一票の投票と同じで、一人に一つしかない名前と住所です。それを黒い「眼」と思った発想の飛躍が素晴らしい。たちどころに署名用紙に並んだ個性ある記名文字が、生きた魚群のように泳ぎ出す幻想に誘われます。庶民一人ひとりの意思表示がうろくずの眼の切実さを帯び、なまなましく浮かび上がってきます。
 

○ 入選
 をり鶴に帰る空無し原爆忌
               益田隆久

【恩田侑布子評】

平和を祈って千羽、万羽の鶴を折っても原爆で焼け焦げた人の命は帰りません。嗟嘆が空に虚しく反響します。「戦争はイヤ」「しちゃだめ」とどれほどつぶやいても、庶民が巻き込まれるときは時局に抗えないという絶望感が感じられます。死者の安寧と平和への祈りだけでは平和は築けないという諦念が腹の底まで染み渡ることで、かえって、いまわたしたちが何をするべきかを問いかけてくる句です。
 

【原石賞】八月や球児は土と凱旋す
              長倉尚世

【恩田侑布子評・添削】

甲子園の球児に「凱旋」という古風な言葉を斡旋した言語感覚が素晴らしい。さらに「土と」の措辞が効果抜群です。ユニホームについた泥土を眼前し、試合終了後に球場の土を掬って袋に詰める姿がありありと瞼に浮かびます。甲子園の土とともにふるさとに帰ってきた勇者達です。ただ「八月や」では、暑さだらけでつきすぎでしょう。夏の始まりとともに、幾多の地方予選を勝ち抜き、遠い兵庫県の炎天下で死闘を繰り広げた夏百日の記憶があります。きっと、なつかしい郷土の群衆に迎えられる空ほど清々しいものはないでしょう。長い戦いを勝ち抜いて辿りついた爽涼の思いを共有したいです。

【添削例】爽涼や球児は土と凱旋す

 
【原石賞】銀盤の海や月影さらさら来
              長倉尚世

【恩田侑布子評・添削】

月かげが「さらさら来」という出色のオノマトペを生かすためには上五の措辞は瑕になります。なぜなら「銀盤」は古来、月の異称として様々な文学作品に表現されてきたからです。最近は「銀盤の女王」という決まり文句から、スケート場のことと短絡されがちですが、俳句をやるものは本来の美しい意味を踏まえていたいものです。そこで上五は抑えて静かな海面を描写すれば、「月影さらさら来」というフレーズの佳さがいっそう生きてくるでしょう。

【添削例】凪わたる海や月影さらさら来く

 
【その他に評価の高かった句は次の五句です。】
 くちびるは手花火の煙の匂ひ
              見原万智子
 弁慶の衣裳の裾のすれ涼し
              前島裕子
 湯灌終へ髯なき兄のさやかなり
              馬場先智明
 月見酒子ども代わりの老犬と
              活洲みな子
 ピンヒール刻む色なき風の街
              益田隆久

 
【後記】
 私の樸入会は2022年9月。ちょうど「石の上にも3年」の節目なのだが、石から立ち上がれる兆しはない。初めから自分の世界を限定せず、いろんな型の句に挑戦してみようとしてきたものの、それだけでいいのかなと、最近は疑問に思うことがある。樸の皆さんの句はそれぞれに鋭く温かい個性があって、作者の存在が匂い立ってくるのに比べ、自分の場合は「お前は一体どこにいるのか?」と冷たく問われているような気がするのだ。そんな中、この日の句会で紹介された現代俳句協会賞受賞の大井恒行さんの句からは、なぜ俳句を作るのか、俳句で何を表現していきたいのか、改めて考え直す機会をいただいたように思う。世の中を斜めにばかり見てきた自分にとって、社会性と詩性が融合して文学に昇華する大井さんの作品群は、大きな魅力であった。

 (小松浩)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

口紅をさして迎火焚きにゆく    恩田侑布子(写俳)
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9月21日 樸俳句会
兼題は稲妻、啄木鳥。
入選2句、原石賞1句を紹介します。
 

○ 入選
 稲妻のつながり落つる河口かな
               橋本辰美

【恩田侑布子評】

天空に青白いいなびかりが二頭の龍のように絡み合ったかと思うや、音もなく河口の果ての大海原へ落ちていくことだよ。一瞬の視覚がとらえた稲妻の走りと大景です。シーンとした無音の映像が深遠で、それが、川の長いいのちが果てて海と交わる「河口」であることも象徴的です。「稲妻」は、古くから稲の結実と関係するとされてきた呪的な色彩をもつ季語です。いなびかりと稲田という天と地の陰陽の交わりを遠くひびかせたはかない映像のどこかに、果たせなかった作者の思いを感じるのは私だけでしょうか。
 

○ 入選
 父も子もダリの絵の中秋暑し
               活洲みな子

【恩田侑布子評】

「も」の畳み掛けに、ダリの噎せるような絵に取り込まれている残暑感が濃厚です。ダリはシュールレアリズム。時計が暑さにぐにゃりと折れ曲がって垂れる絵を思います。あるいは、漆黒の髭を誇示する自画像でしょうか。その眼は、激しいけれど虚無的。父は子どもを前世紀に美術界の巨匠と称された人の展覧会に連れ出したのでしょう。この「秋暑し」は体感を超えて文明批評の色彩を帯びます。ダリの近代的自我の強烈さが資本主義と経済の発展に邁進した二十一世紀のアナロジーめくのです。それを「絵の中秋暑し」が雄弁に語っています。
 

【原石賞】秋の灯の堅田の路地に住まふひと
              益田隆久

【恩田侑布子評・添削】

樸の春の吟行会でおもてなしいただいた「俳句てふてふ」代表の今井竜さんのお宅が思われます。句の内容はこのままでいいのですが、表現として、「の」の三連続は調べをたるませ、のんべんだらりになっていませんか。さりながら「秋灯や」では内容にそぐわないキツさになってしまいます。上五はやさしく切りましょう。ぬくもりに満ちていた主をなつかしむ思いを、遠いけれど同じ秋灯の下にいますねという共感の滲むかたちで表現できます。

【添削例】秋ともし堅田の路地に住まふひと

 

【その他に評価の高かった句は次の五句です。】
 天高しスタートは祈りのかたち
              長倉尚世
 再開の芭蕉紀行や秋高し
              前島裕子
 稲妻や時の薬のきくを待つ
              山本綾子
 ヘルメットの露ふつ飛ばす手榴弾
              小住英之
 まろき背にとどめし秋や無著像
              星野光慶
 
🌹祝 現代俳句協会賞受賞🌹
大井恒行「水月伝」🌹🌹🌹

底なしや一足ごとに天の川  恩田侑布子(写俳)