
2025年12月21日 樸句会報 【第158号】 十二月は十四日と二十一日にZOOM句会。
両日とも前半は点盛りと講評。後半は角川『俳句年鑑2026年版』《今年の句集BEST》に掲載された師が選んだ十五句集の中から、句集ごとに紹介されている六句について、鑑賞や意見交換をおこないました。
十四日の兼題は「冬夕焼」「柊の花」
六十六句の中から入選三句、原石賞二句が選ばれました。
二十一日の兼題は「クリスマス」「雪(字の詠込)」
六十六句の中から特選一句、入選四句が選ばれました。
逢ひたくてまろまろと負ふ冬日かな 恩田侑布子(写俳)
◎ 特選
仮名千年語り万年寒昴
馬場先智明 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「寒昴」をご覧ください。
↑
クリックしてください
○ 入選
人類に聖なる夜と聖戦と
小松浩 【恩田侑布子評】 「人類に」と大きく出たあと、作者はキリスト降誕の夜と聖戦とを並べて沈黙します。ボールは読者の胸に投げられました。世界最大の人口を擁するキリスト教は、政治、経済、社会、文化的に、いまも最強の宗教です。教主の降誕祭に老若男女が湧き立ちながら、いわゆる一神教を背景にした「聖戦」は止みません。“正義”の戦いが、国家の名のもとに行われる大量虐殺に他ならないことに胸が痛みます。
○ 入選
クリスマスツリーの蔭や守衛室
古田秀 【恩田侑布子評】 守衛室は敷地や建物の入り口近くにありながら目立ちません。これはきっと、マンションか大病院のエントランスでしょう。評者も昨日、病院のロビーで聖樹をみました。入院患者さんの願いがあまたの絵馬のように吊られ、まるで冬の七夕竹。電球やトナカイの角が光る聖樹の「蔭」を強調した切れが利いています。赤いサンタの代わりに地味な「守衛」が見守ってくれています。やさしいこころもちから生まれた句です。
○ 入選
猟銃等講習会場泥長靴
成松聡美 【恩田侑布子評】 東北地方を中心に全国で人間が熊に襲われる惨事が多発しています。その熊の駆除を目的とする猟銃講習会でしょう。一句は、下五の「泥長靴」の止めがものを言っています。人間と熊、人間と自然との太古からの戦いが、恰好も何もあったものではない、「泥長靴」に象徴されました。全漢字表記句は往々にして息苦しく固まったものになりがちですが、「泥長靴」がなまなましくリアルです。
○ 入選
雪華積むフロントグラス小さき首都
猪狩みき 【恩田侑布子評】 上五の「雪華積む」の措辞から、湿潤な日本のベタ雪とはおよそちがう、パウダースノーを思います。さらさらと微細なガラスか貝殻の粒子のような、妖精めいた雪の結晶でしょう。「フロントガラス」と呼ぶ車の前面を、もとの英語に近い「グラス」としたU音6音の控えめなリズムの中に、異国の落ち着いた首都で過ごしたひとときの愛惜が込められています。句会でエストニアのタリンとわかりました。
【後記】
今年最後のZOOM句会。最後を飾るにふさわしく、スケールの大きな特選句が選ばれ、入選四句もそれぞれに作者の鋭い眼と温かい人柄が感じられるものでした。眩しいなあ。
自分を振り返ると、選句眼の無さに恥じ入り、類想・類句に凹む一年。
来年は、買っただけで満足していた句集を、じっくりゆっくり読んで勉強をしようと思います。来年の今頃、少しは成長したと思えるように。 恩田先生、樸の皆さま今年一年ありがとうございました。
新しい年が皆様にとって佳い年でありますように。
(長倉尚世)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) 別るるとうつくしく剥き冬林檎 恩田侑布子(写俳)
====================
12月14日 樸俳句会
兼題は冬夕焼、柊の花。
入選3句、原石賞2句を紹介します。
○ 入選
凍星や掌にあたたむる聴診器
小住英之 【恩田侑布子評】 夜間、患者さんの具合が悪くなると、当直医は病室に呼ばれてゆきます。長い廊下の窓に「凍星」がきらめき、思わず胸に提げた聴診器の先をてのひらで温めます。病んでいる人の肌を冷たさで驚かさないよう、温もりが伝わりますように。患者さんの苦しみを一刻も早く和らげ救ってあげたいという医師の真心が溢れます。仏陀の異名が大医王であったことをちょっと思い出しました。
○ 入選
冬夕焼旅びと還す比叡山
川崎拓音 【恩田侑布子評】 昼間の比叡山は参詣人で大賑わい。観光客に混じってあまたの伽藍を回っていると、冬の日は早くも傾き、冬夕焼が杉木立を透かします。作者は一人の旅人としての下山時、あたりの堂塔伽藍がにわかに森厳な佇まいに鎮まってゆく姿にハッとしました。山岳宗教このかた、天台教学といわれる仏教の総合大学となった千数百年の厳しい参学の歴史が夕闇に沈んでいきます。代々の修行僧に思いを馳せた緊張感ある調べが重厚です。
○ 入選
柊の花こぼれ母七回忌
岸裕之 【恩田侑布子評】 九十五歳の天寿をまっとうした母を、八十路の息子がしのんでいます。「柊の花」のひそやかさ、かぐわしさ。その花が最も似合うきよらかな冬青空。音もなくこぼれ落ちるミニチュア細工のような白い花に亡き母の面影が通います。生前の肉体のぬくもりが透明になってゆく「七回忌」という年忌に説得力があります。
【原石賞】父母のゐる今日のひの冬夕焼
山本綾子 【恩田侑布子評・添削】 内容は素晴らしい。残念なのは表記の不自然さです。中七は最後の「日」だけを漢字にしましょう。そうすれば、この穏やかな冬の日のかけがえのなさが伝わります。老い衰えてはいるけれど、こうして親子三人で冬夕焼の窓辺に一緒にいられる幸せが胸に迫ります。 【添削例】父母のゐるけふの日の冬夕焼
【原石賞】老い母の愛おとろへず冬夕焼
山本綾子 【恩田侑布子評・添削】 体が衰え記憶力が低下しても、自分を気遣ってくれる母の愛情は冬夕焼のようにしみじみとゆたか。内容がいいだけに、「老い母」という不自然な言葉が違和感を残します。正しくは、「老いし母」か「老母」、あるいは「母老いて」です。ただ、俳句は語法の正しさがすべてではありません。母娘の体じゅうから湧き上がる温もりを削ぐことがないよう、調べに熱い思いをこめ、「おいてはは」にしましょう。 【添削例】老いて母愛おとろへず冬夕焼
しゆぽつと起つ卵白の角冬籠 恩田侑布子(写俳)

2025年11月16日 樸句会報 【第157号】 十一月は十六日と三十日にZoom句会。
十六日の兼題は、「凩」「白菜」。六十五句の中から原石賞一句が選ばれた。「原石」だけに先生からの直しも複数箇所あり、推敲とはこのように詰めていかなければならないのかと改めて考えた。後半の「笈の小文」講読は、先生が細かく解説くださるためにページとしてはそれほど進んでいないが、このように細部を読み込んでいくものかと思わされた。
三十日の兼題は「手袋」「焼鳥」。投句は六十四句で、入選一句、原石賞となった。二作品は同じ作者で、上達ぶりを示すことになった。先生の指導の中で「[詩的俳句]と[俳句という詩]を峻別すべきである」とのお言葉があった。句作に向き合う姿勢として、重要なご指導だと身にしみた。句会が充実したため、講読の時間はなくなってしまった。 よく枯れてかがやく空となりにけり
恩田侑布子(写俳)
11月16日の原石賞1句、その他評価の高かった4句を紹介します。 【原石賞】地形図の尾根谷のごと白菜葉
猪狩みき 【恩田侑布子評・添削】 生鮮野菜が軒並み高騰し、白菜も例外ではありません。半分ならまだいい方で、四分の一や八分の一に割られて店頭に並んでいます。その断面を見た瞬間、「あ、これは地形図の等高線だ」と気づいた作者です。原句は「尾根谷のごと」「白菜葉」の措辞がやや不自然に思われます。はっきりと尾根と谷のアナロジーを打ち出し、店頭で買う瞬間の句とすると、四分の一に細く切られた白菜からみっしりした等高線の落差が思われ、冬山のほそみちとおもしろい橋がかかります。 【添削例】地形図の尾根と谷なり白菜買ふ 【ほかにも次のすぐれた4句が発表されました。】 木枯の銀座和光を右折せり
小松浩 木枯がピューピュー吹き荒んで、日本一の高級商店街の銀座、なかんずく歴史ある服部時計店の「和光」の角を右折していったよ。「右折」は俳句文芸の土俵ギリギリの技アリです。教育文教費より防衛費増大の高市早苗内閣の極右化が、自民党の党員と国会議員という国民の数%未満の支持者によって決定されてゆく、この国の民主主義の危うさ。木枯の寒さが身にしみます。 白菜を丸ごと買ひて恙無し
小松浩 白菜が高級品であることの方がおかしい、という思いがあります。二玉も三玉も買って、白菜漬けにした昔ではありませんが、今日はなんとかひと玉のずっしりした白菜を買って抱えて家路に着くことができました。「恙無し」とは、茶掛でこの時期によく掛かる「無事是貴人」の思いでしょう。平易で品のある俳句です。 きしきしと白菜を割く薄き爪
小住英之 まるごとの大きな白菜に縦に包丁目を入れ、十指で真っ二つに割る瞬時の音を「きしきし」と捉え、その「薄き爪」に着目した俳句眼に鋭いものがあります。若く健康な時は、爪も艶やかで肉厚ですが年齢とともに爪は痩せ、薄っぺらになるだけでなく、血色も失い銀白色に縦線が入ります。作者はなんと、ニューヨーク大学で「爪」の幹細胞を研究する博士。十代で、母堂が癌で亡くなった当時の思い出を感情に溺れず、くっきりと形象化しました。体調の厳しさと冬の冷たさが一枚になって迫る俳句です。 柊の花や卒寿の退院す
長倉尚世 九十歳で退院されるとは、ご家族の介護もさることながら、ご本人の凛とした気丈さが偲ばれます。いま退院できても、あといくばくの月日が在宅生活に許されていることだろうか。そこはかとない不安もあります。しかし、冬青空に咲く「柊の花」はひっそりと奥ゆかしく清らかな芳香を漂わせて、長寿者と家族を讃えています。 【後記】
両日それぞれに、初参加の方がおられました。座の仲間が増えるのは嬉しいことです。
特筆すべきこととして、20歳代の方の入会がありました。若い感覚が新たに入ること、これから楽しみです。なお会費について20代までの方は割り引きと、新たに決めました。積極的にのぞいてみてくださるようお願い致します。
(坂井則之)
(句会を体験したい方は、このHPのメニューボタンをクリック。『樸 新入会員募集中!』記載のメールアドレスへお問い合わせください。) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) 手にとれば冷たきものを日向石
恩田侑布子(写俳)
====================
11月30日の入選1句、原石賞1句を紹介します。
○ 入選
バイク音へ君の名溶かす冬銀河
益田隆久 【恩田侑布子評】 好きな人と別れて自宅へ帰らなければなりません。バイクのエンジンをけたたましく噴かし、車体をブルブルと震わせて、さようならをした瞬間、ふり仰いだ空の大きさ。冬銀河がさあっと雪崩れ落ちて来るようです。思わず愛しい名をつぶやき、銀の真砂のような荒星たちに祈ります。ひときわ大きく清らかな一粒がいつまでも頭上に輝いていてくれますように。「バイク音へ」「溶かす」という闇と光と音の響きあう動きにリアリティがあります。 【原石賞】モノクロの写真のふたり帰り花
益田隆久 【恩田侑布子評・添削】
古いモノクロ写真に若い日の二人が写っています。いつの間にか別々の道を歩んで長い月日を過ごしてしまったけれど、見ればセピア色の一枚の写真に二人は寄り添っていました。若い日の頬を互いに知っている二人は、またすぐ笑い合えるでしょうか。冬青空に返り花があどけなく咲いているように。原句ではなかなかロマンが発展しそうにありません。発展しそうな含みを持たせましょう。 【添削例】となりあふモノクロ写真返り花 青天や枯れたらきつと逢ひませう
恩田侑布子(写俳)

樸代表の恩田侑布子が、角川『俳句』の好評連載「合評鼎談」の新メンバーに決まりました。
2026年1月号から1年間、能村研三さん、小野あらたさん、恩田の3人で、主な掲載句についてたっぷりと語り尽くします。
1月号は12月25日(木)発売です。どうぞご期待ください。 『俳句』2026年1月号のご購入はこちらから

2025年10月26日 樸句会報 【第156号】 十月は五日と二十六日にZoom句会。
五日の兼題は、「秋の川」「秋の湖」「秋の海」。六十句の中から入選一句、原石賞一句が選ばれた。後半は、芭蕉の『笈の小文』購読の第二回目。原稿用紙一枚ほどに芭蕉のエッセンスが詰まっているという冒頭が深く、すんなりと読み進められるものではない。「信じがたいほど濃厚な修辞と思想のアラベスク」の面白さを理解したい一心で、先生の熱のこもった解説を取りこぼさぬよう必死でメモをとる。芭蕉の荘子観、「もの」の理解はたやすくはないが、芭蕉の内心の格闘が読み取れて現代の私たちの心を打つ。
二十六日の兼題は、「肌寒」「林檎」。この日は三島吟行の当初の予定が雨天で延期となり、急きょZoom句会開催となったためか、投句はやや少なめの五十三句。入選句はなかったものの、原石賞に三句が選ばれた。まず総評で、「凝視の足りなさ」の指摘を受ける。「直観把握」、「現実をグリップする」大切さ、俳句の原点と言えそうな点に立ち返らされた。「手垢のついていない発想」が求められる一方、季語は「おもやいのもの」であるから、「先人たちの営為をリスペクトし本意、本情を酌む」ことが必須という! かくして「動かない季語」で詠むというのが、まだ俳句歴半年経つか経たぬ自分のような初心者にとって、登山道の入り口の道標に刻みたいところ。後半は、今後の予定について民主的ディスカッションで時間も押した中、先生の『笈の小文』の惜しみない解説とおさらいがとても有難かった。
一休の「諸悪莫作」や秋の潮 恩田侑布子(写俳)
10月5日の入選1句、原石賞1句、その他評価の高かった句を紹介します。
○ 入選
露の世の薬局あかりジムあかり
古田秀 【恩田侑布子評】 「露の世」で始まる俳句といえば、一茶が幼い娘の死を悼んだ〈露の世は露の世ながらさりながら〉があまりにも有名です。一転してこの句は、現代の都会生活の夜を名詞句だけを並べ、情的にスッキリ乾いた表現にしています。とっぷりと暮れた街路に、青白い薬局のあかりとジムのあかりだけが煌々と灯っていることだよとうたいます。薬漬けの長い老年期と、そうならないようジムに通う中高年層と。対比のようで、半分は重なり溶け合っていることでしょう。並列された二つの建物に深みもあり、世俗のおかしみもあります。日本の現在の超高齢社会の実相が照らされています。
【原石賞】病室に月ありあまる鎖骨かな
小住英之 【恩田侑布子評・添削】 入院されているのでしょう。自句ととれなくもないですが、自分の鎖骨は鏡に映さなければ見えませんから、見舞い、あるいは看護している家族の方でしょう。句会になって、作者がニューヨーク在中の医師とわかりました。痩せ衰えた鎖骨と「月ありあまる」の措辞の取り合わせが出色です。肉付き豊かな姿を知るがゆえのいたわしさに、月光が澄みわたります。語順だけが惜しまれます。「鎖骨かな」という硬い響きが座五に置かれると月光が折れてしまうようです。せっかくの素晴らしい中七の措辞を生かして、結句で余白をひろげましょう。 【添削例】病室の鎖骨に月のありあまり 【その他に評価の高かった句は次の四句です。】
鳥の名を釣り人に問ふ秋の海
岸裕之
なほ続く無人集落うろこ雲
活洲みな子
冷やかや鏡の国として都心
古田秀
対岸も淋しき国ぞ秋の海
小松浩
【後記】
フランスに二十五年暮らす身で作句してみたくなったのは、単なる母語恋しさではない。大人になって移り住んだ国の言葉の獲得も完全ではないので、日本語と外国語のはざまで暮らす私なりの感覚や揺らぐ記憶をことばにのせて人と共有してみたいと思った。もしかすると、「私は = 仏語一人称 « Je » 」で我中心に定義することにやや疲れているのかもしれない。俳句によってものに託す、ものと一体化する、無限のつながりを求めているのかもしれない。
「心は新しく、ことばは古きものを使う」
作句では意識的にパソコンを離れ、紙に鉛筆で縦書きするのが新鮮だ。ひらがなで書くことで解きひらかれ、旧仮名遣いでたおやかさが加わり、漢字の硬質さが特有のリズムや視覚効果を生む。塑像の自在さに石の彫刻を混ぜたような遊びを子供のように楽しんでいる。
嬉しいことに、離れた母国のある種の世相(忖度?KY?)への憂慮が、樸句会の参加によって見事に覆された。独断で選んだ句の拙い擁護も、選ばなかった句に対する自分なりの否定意見も、それが適っていても独りよがりでも、各者の人生が透けて見え、温かに受け止めてくれる土壌が樸俳句会にはある。解釈が浅くても、先人と共有される美意識を取り違えても、発言後恥ずかしながら素直に認められる。対する先生の率直な辛口評も実に軽やか、ドラマチックな解釈で句を高みに導く鮮やかな評も刺激的で、この座の面白さは体験した人にしか分からないだろう。だから時差も厭わず、毎回うきうき句会に臨んでいる。
(佐藤麻里子)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) 手を触れて水の切れ味紅葉川 恩田侑布子(写俳)
====================
10月26日の原石賞3句、その他評価の高かった句を紹介します。
【原石賞】赤りんご青空見つめ八十年
岸裕之 【恩田侑布子評・添削】 敗戦の焼け野原に流れていたのは「りんごの唄」。「赤いリンゴにくちびる寄せて/だまって見ている青い空」とうたう並木路子の明るい声だったと、よく両親が言っていました。作者は四歳で終戦を迎え、それから高度経済成長期へ突き進む日本も、ここ三十年の停滞する日本も、戦後八十年の歩みをずうっと見てきました。原句は上五の「赤」と中七の「青」の対比が目立ちすぎるので、抑えましょう。さらに「青空」と「八十年」だけを漢字に、あとはひらがなにひらくと、愛誦性に富んだ平易にして深い句になります。 【添削例】りんごりんご青空みつめ八十年 【原石賞】人は人を忘れて芒原を歩む
川崎拓音 【恩田侑布子評・添削】 発想が非凡です。自分がすすき野をゆく時は、人のこの世を忘れてしまうけれど、それは己だけではない。誰しもがこの一面のすすき原の道なき道をゆくときは茫然として人を忘れてしまうのだ。このせっかくのすぐれた内容が原句では助詞がごちゃごちゃして未整理のため、ギクシャクと落ち着きません。二つの無駄な「を」をとり、季語を座五に据え替えるだけで句が安定し、「芒原」が茫茫たる広がりを見せるようになります。 【添削例】人はひとわすれてあゆむ芒原 【原石賞】乱気流の中掌中の林檎の香
海野二美 【恩田侑布子評・添削】 飛行機が乱気流のスポットに飲み込まれ、機体が揺すぶられてしまうときは、まさかとは思いつつも恐怖感に襲われます。そのたまゆらの不安な心情と、紅い林檎を掌にして祈る姿が印象的です。原句で気になるのは「の中」「中の」の重複感です。また、乱気流のさなかにしてはリズムが落ち着き払っています。上五でしっかり飛行機に乗っていることを示し、漢字表記で危機感を視覚的にも表しましょう。そのぶん、下五はやさしいかわいいひらがなにして、地上の健やかな果実に生還の祈りを託しましょう。 【添削例】飛機乱気流掌中のりんごの香
【ほかにも次のすぐれた二句が発表されました。】
前者はラフな博士のいきいきとした仕草。後者は「露」という日本情緒の十八番の季語を使った和洋混淆の新しみが出色。
「林檎」の作者はニューヨーク在住の医学研究者。「露」の作者は旬日前に訪れたアイルランドはダブリン市街での詠草ということです。
ジーンズに林檎を磨く博士かな
小住英之
露ふるふ大聖堂の鐘の音
見原万智子
わが恋は芒のほかに告げざりし 恩田侑布子(写俳)

2025年9月7日 樸句会報 【第155号】 歴史的猛暑の8月いっぱいをお休みして再開された句会、出席者も休養十分(?)のせいか普段より多めで、Zoomながら対面と変わらぬ賑やかな句会となった。前半を点盛りと講評、後半は毎回題材を変えて勉強会という二部方式もすっかり定着し、今回は「俳壇」誌9月号掲載の師の鈴木真砂女評と現代俳句協会賞受賞作をめぐる意見交換、、、のはずが後半は脱線して師も弟子もない俳句論議に。この自由闊達さこそ樸の魅力と満足してのお開きとなった。 兼題は「月」「顔の一部」。特選1句、入選2句、原石賞2句を紹介します。
澄む水の削りし大地なりにけり 恩田侑布子(写俳)
◎ 特選
戦後史の最終ページ蚯蚓鳴く
小松浩 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「蚯蚓鳴く」をご覧ください。
↑
クリックしてください
○ 入選
署名みな眼とおもふ終戦日
古田秀 【恩田侑布子評】 「終戦日」ですから平和を希求する署名でしょうか。一人一票の投票と同じで、一人に一つしかない名前と住所です。それを黒い「眼」と思った発想の飛躍が素晴らしい。たちどころに署名用紙に並んだ個性ある記名文字が、生きた魚群のように泳ぎ出す幻想に誘われます。庶民一人ひとりの意思表示がうろくずの眼の切実さを帯び、なまなましく浮かび上がってきます。
○ 入選
をり鶴に帰る空無し原爆忌
益田隆久 【恩田侑布子評】 平和を祈って千羽、万羽の鶴を折っても原爆で焼け焦げた人の命は帰りません。嗟嘆が空に虚しく反響します。「戦争はイヤ」「しちゃだめ」とどれほどつぶやいても、庶民が巻き込まれるときは時局に抗えないという絶望感が感じられます。死者の安寧と平和への祈りだけでは平和は築けないという諦念が腹の底まで染み渡ることで、かえって、いまわたしたちが何をするべきかを問いかけてくる句です。
【原石賞】八月や球児は土と凱旋す
長倉尚世 【恩田侑布子評・添削】 甲子園の球児に「凱旋」という古風な言葉を斡旋した言語感覚が素晴らしい。さらに「土と」の措辞が効果抜群です。ユニホームについた泥土を眼前し、試合終了後に球場の土を掬って袋に詰める姿がありありと瞼に浮かびます。甲子園の土とともにふるさとに帰ってきた勇者達です。ただ「八月や」では、暑さだらけでつきすぎでしょう。夏の始まりとともに、幾多の地方予選を勝ち抜き、遠い兵庫県の炎天下で死闘を繰り広げた夏百日の記憶があります。きっと、なつかしい郷土の群衆に迎えられる空ほど清々しいものはないでしょう。長い戦いを勝ち抜いて辿りついた爽涼の思いを共有したいです。 【添削例】爽涼や球児は土と凱旋す
【原石賞】銀盤の海や月影さらさら来
長倉尚世 【恩田侑布子評・添削】 月かげが「さらさら来」という出色のオノマトペを生かすためには上五の措辞は瑕になります。なぜなら「銀盤」は古来、月の異称として様々な文学作品に表現されてきたからです。最近は「銀盤の女王」という決まり文句から、スケート場のことと短絡されがちですが、俳句をやるものは本来の美しい意味を踏まえていたいものです。そこで上五は抑えて静かな海面を描写すれば、「月影さらさら来」というフレーズの佳さがいっそう生きてくるでしょう。 【添削例】凪わたる海や月影さらさら来く
【その他に評価の高かった句は次の五句です。】
くちびるは手花火の煙の匂ひ
見原万智子
弁慶の衣裳の裾のすれ涼し
前島裕子
湯灌終へ髯なき兄のさやかなり
馬場先智明
月見酒子ども代わりの老犬と
活洲みな子
ピンヒール刻む色なき風の街
益田隆久
【後記】
私の樸入会は2022年9月。ちょうど「石の上にも3年」の節目なのだが、石から立ち上がれる兆しはない。初めから自分の世界を限定せず、いろんな型の句に挑戦してみようとしてきたものの、それだけでいいのかなと、最近は疑問に思うことがある。樸の皆さんの句はそれぞれに鋭く温かい個性があって、作者の存在が匂い立ってくるのに比べ、自分の場合は「お前は一体どこにいるのか?」と冷たく問われているような気がするのだ。そんな中、この日の句会で紹介された現代俳句協会賞受賞の大井恒行さんの句からは、なぜ俳句を作るのか、俳句で何を表現していきたいのか、改めて考え直す機会をいただいたように思う。世の中を斜めにばかり見てきた自分にとって、社会性と詩性が融合して文学に昇華する大井さんの作品群は、大きな魅力であった。 (小松浩)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) 口紅をさして迎火焚きにゆく 恩田侑布子(写俳)
====================
9月21日 樸俳句会
兼題は稲妻、啄木鳥。
入選2句、原石賞1句を紹介します。
○ 入選
稲妻のつながり落つる河口かな
橋本辰美 【恩田侑布子評】 天空に青白いいなびかりが二頭の龍のように絡み合ったかと思うや、音もなく河口の果ての大海原へ落ちていくことだよ。一瞬の視覚がとらえた稲妻の走りと大景です。シーンとした無音の映像が深遠で、それが、川の長いいのちが果てて海と交わる「河口」であることも象徴的です。「稲妻」は、古くから稲の結実と関係するとされてきた呪的な色彩をもつ季語です。いなびかりと稲田という天と地の陰陽の交わりを遠くひびかせたはかない映像のどこかに、果たせなかった作者の思いを感じるのは私だけでしょうか。
○ 入選
父も子もダリの絵の中秋暑し
活洲みな子 【恩田侑布子評】 「も」の畳み掛けに、ダリの噎せるような絵に取り込まれている残暑感が濃厚です。ダリはシュールレアリズム。時計が暑さにぐにゃりと折れ曲がって垂れる絵を思います。あるいは、漆黒の髭を誇示する自画像でしょうか。その眼は、激しいけれど虚無的。父は子どもを前世紀に美術界の巨匠と称された人の展覧会に連れ出したのでしょう。この「秋暑し」は体感を超えて文明批評の色彩を帯びます。ダリの近代的自我の強烈さが資本主義と経済の発展に邁進した二十一世紀のアナロジーめくのです。それを「絵の中秋暑し」が雄弁に語っています。
【原石賞】秋の灯の堅田の路地に住まふひと
益田隆久 【恩田侑布子評・添削】 樸の春の吟行会でおもてなしいただいた「俳句てふてふ」代表の今井竜さんのお宅が思われます。句の内容はこのままでいいのですが、表現として、「の」の三連続は調べをたるませ、のんべんだらりになっていませんか。さりながら「秋灯や」では内容にそぐわないキツさになってしまいます。上五はやさしく切りましょう。ぬくもりに満ちていた主をなつかしむ思いを、遠いけれど同じ秋灯の下にいますねという共感の滲むかたちで表現できます。 【添削例】秋ともし堅田の路地に住まふひと 【その他に評価の高かった句は次の五句です。】
天高しスタートは祈りのかたち
長倉尚世
再開の芭蕉紀行や秋高し
前島裕子
稲妻や時の薬のきくを待つ
山本綾子
ヘルメットの露ふつ飛ばす手榴弾
小住英之
まろき背にとどめし秋や無著像
星野光慶
🌹祝 現代俳句協会賞受賞🌹
大井恒行「水月伝」🌹🌹🌹 底なしや一足ごとに天の川 恩田侑布子(写俳)

2025年7月20日 樸句会報 【第154号】 7月20日はリアル句会だった。通常のzoom句会ではパソコンの画面を通して対峙している面々が静岡市生涯学習センターアイセル21に集合した。久しぶりに顔を合わせれば話したいことは山積みだ。隙間の時間を見つけては話の花が咲いた。
句会の後半は師が講師を務める早稲田大学オープンカレッジでの秀句を鑑賞した。とくに、「夕焼や天には天のゴッホゐて」という名田谷昭二さんのスケールの大きく瑞々しい感性に大いに刺激を受けた。 兼題は「トマト」「サンダル」。入選2句を紹介します。 忘れたし手に白繭を転がして 恩田侑布子(写俳)
○ 入選
白玉や母の話はまた元に
活洲みな子 【恩田侑布子評】 白玉団子を親子で向かいあって掬っています。たわいもない昔話が弾みます。老いた母の記憶はやさしく涼しげにまた元にもどってゆきます。はつらつとしていた頃にくらべ、頭脳の衰えが少しばかり感じられる昨今。白玉のなめらかな舌ざわりに、母の子として育った倖せをしみじみ思う夏の昼下がりです。
○ 入選
満塁や灼くるシンバル灼くれど撲つ
小住英之 【恩田侑布子評】 下五のしつこいリフレインと字余りが効果的です。高校野球の満塁の場面でしょう。満塁は、天も地もひっくり返るかの興奮のるつぼ。応援団やチアガールの汗をかきたてるシンバルが球場に狂乱のように反響します。こんな酷暑の瞬間なら体験してもいい、いえ、ぜひ体験したいと思わせてくれます。
【その他に評価の高かった句は次の三句です。】
下思ひや日へ透かしたるラムネ玉
益田隆久
古書店に雨おしえらる麦茶かな
長倉尚世
揚花火鉄の貴婦人張り合ひし
佐藤麻里子
【後記】
俳句を始めて2年半が経つ。
入会当初に比べれば俳句への理解は大分深まったように思う。そんな中、これまで学んだ内容からはみだしていないことを確認し、リアル句会に投句した。
会員の選はまずまずだ。今日はよい評価がもらえるのではないか、期待が膨らんだ。
ところが師の選には1つも入らなかった。
理由は日記のような句であるから。
また小利口な70点の句を量産しても意味がないとも。
ガツンとハンマーで殴られたような気持ちになった。しばらくしてその言葉の本意が浸透し始める。ハンマーでガツンの次は冷水を浴びて目が覚めた、そんな感覚だ。
ああ、そういうことか…。
無自覚のうちに小手先の技術を覚えたことを師はすっかりお見通しなのだ。
改めて確信した。
俳句は面白い。
そして師恩田侑布子のもとで学ぶ俳句はとても面白い。
俳句作りにゴールはない。学び続け俳句のある人生を謳歌したい。 (山本綾子)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) 天心へ発ちてつつまし蟬の穴 恩田侑布子(写俳)
====================
7月6日 樸俳句会
兼題は暑中見舞、合歓の花。
原石賞5句を紹介します。
【原石賞】病む朝を蛾の垂直に羽休め
見原万智子 【恩田侑布子評・添削】 体調が悪いとつい気も滅入ってしまいます。そんな朝、「蛾」が「垂直に羽休め」というのですから、壁にひっそり止まっているのでしょう。「羽休め」では、作者にも蛾にも安堵が感じられ、くつろぎが出てしまいませんか。ここはものいわぬ蛾が「貼付く」陰気さを出したいところです。俳句ではやや使いにくい完了の助動詞「ぬ」が感触的にピッタリきます。夏の朝の作者の鬱陶しさや不安な体調も滲みます。 【添削例】病む朝を蛾の垂直に貼付きぬ
【原石賞】瑠璃釉に暑中見舞の氷見うどん
小住英之 【恩田侑布子評・添削】 細いけれど強いコシと餅のような粘りがある氷見の手延べうどん。実際のおいしさもさることながら、「氷見」という固有名詞がじつに効いていて、氷床に盛られた涼しさを幻覚します。自分で買ったのではなく、暑中見舞いの知友の気遣いのありがたさも。焼物の「瑠璃」も白いうどんの肌との対比が見事。一つ惜しいのは「釉に」です。単なる色彩の対比になってしまうので、「鉢」とし、卓上に氷見うどんが盛られた存在感を表現しましょう。 【添削例】瑠璃鉢に暑中見舞の氷見うどん
【原石賞】なつかしき癖字三行夏見舞
山本綾子 【恩田侑布子評・添削】 中七以降のフレーズ「癖字三行夏見舞」が出色です。それに比べると上五の「なつかしき」は平凡で、答えが出てしまいました。どうしたらいいでしょう。やり方は色々ありますが、一つの方法としては、この暑中見舞葉書を手にした時の質感を浮かび上がらせることです。「手漉き和紙に」とする風流路線もありますが、少しわざとらしくなります。「癖字三行」を書いてきた友だちの豪胆さが出れば、お互い元気に厳しい夏を乗り越えられそうです。。 【添削例】太ペンの癖字三行夏見舞
【原石賞】合歓咲くや七回忌了へ父の夢
活洲みな子 【恩田侑布子評・添削】 全体的にあたたかい気持ちがぼうっと感じられますが、句末の「父の夢」で、すべてが夢幻にすぎないように思われてきます。俳句は、どんなに夢や幻想に飛翔してもいいですが、最後の最後はこの現実に着地しなければなりません。そうすると語順を変える必要があります。父は亡くなったけれど、父が愛して庭に植えた合歓が今夏は咲いている。夢は実現したのだという内容にしましょう。「合歓」の花のやさしい余韻が残る句になります。 【添削例】七回忌了へたる父の合歓咲けり
【原石賞】淵碧き砦裸のピカソかな
佐藤麻里子 【恩田侑布子評・添削】 十九世紀以降、西洋の画家は宗教画から自由になり、自然の中で働き、くつろぎ、遊ぶ市民を画面に主役として描くようになりました。十九世紀後半から二〇世紀後半まで、一世紀近くを生き抜いたピカソの創作の源泉を「淵碧き」と捉えた素晴らしさ。しかし、「砦」は「芸術の砦」を思わせ。やや理に落ちませんか。ピカソはせっかく「裸」なので、碧の淵に遊び、創作のインスピレーションを得る開放感に解き放ちましょう。ピカソの天才を畏敬する秀句になります。 【添削例】碧々と淵に裸のピカソかな
【その他に評価の高かった句は次の二句です。】
向日葵や主治医の胸にアンパンマン
活洲みな子
等間隔警官配置沖縄忌
成松聡美
ラムネ飲むからんころんと月日かな 恩田侑布子(写俳)

2025年6月15日 樸句会報 【第153号】 六月は一日および十五日にZoom句会を行い、いずれも日本、フランス、アメリカから会員が参加し活発なディスカッションを行いました。樸の仲間である古田秀さんが六月十三日に第15回北斗賞を受賞されたことを記念し、十五日は定例のZoom句会に加え、北斗賞受賞作品から恩田先生が選ばれた珠玉の23句の鑑賞・評価を行いました。初心者に向けた句意の解説から、作句の際に注意していること、おすすめの吟行先など、踏み込んだ議論を交わすことができました。またこの中で恩田先生から古田さんに句集の編み方についてアドバイスされる場面もあり、極めて貴重な俳句談義となりました。 兼題は「短夜」「泉」。特選1句、入選2句を紹介します。 峯雲をあて極冷のプルトップ 恩田侑布子(写俳)
◎ 特選
日盛りの影もたれあふ交差点
小松浩 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「日盛り」をご覧ください。
↑
クリックしてください
○ 入選
枇杷たわわ廃車置き場の水たまり
長倉尚世 【恩田侑布子評】 入梅を前に、にわかに、またたわわに色づく枇杷の実が、どこにでもある地方都市の「廃車置き場の水たまり」に逆さに映っています。弛さ、物憂さの感覚が映像に濃厚です。極熱の真夏がやって来る直前の心身のやるせなさ。背負い込んだ暮らしの諸々のやるべきこと、こなすべき雑事のあれこれ。微妙な感覚と感情が「水たまり」に湧きあがっています。
○ 入選
短夜や眸句集とミントティー
山本綾子 【恩田侑布子評】 『岡本眸全句集』に読み耽り、夏の夜がしらじらと明けてしまった作者です。眸句集の持ち味と、文学の特質をよく言い得ています。高名で長寿の俳人でしたが、実人生は順風満帆ではなく、陰の悲哀に包まれた一生でもありました。しかし、その作品はたしかに「ミントティー」のようななつかしさと、すっくと背筋を伸ばした清涼感を湛えています。それは岡本眸という人間の香りであり、文学の芳醇さといってもいいでしょう。
【後記】
仕事の都合で2024年の春に渡米した私は、その冬になぜか俳句を始めました。摩天楼と摩天楼の間にある小さな公園の桜の木、温かな生活排水路のマンホールに寝転んで暖を取るホームレス、そのホームレスの眼前にそびえ立つ真っ白な冬の国連ビル。日々インプットされるこういった異国の景色を、なにかしらアウトプットしたくなったのかもしれません。
俳句を始めて半年ほどたった頃、たまたま古田秀さんの鈴木六林男賞受賞作品「ビバリウム」を目にして、樸俳句会を知ることができたのはまさに僥倖でした。ホームページの「どんなに遠くてもすぐつながれます」の文言に飛びついた私を、樸俳句会はあたたかく迎え入れてくださいました。まだ始めたばかりですが、月二回というハイペースで和気あいあい、かつみっちりと恩田先生のご指導を受け、作句のみならず鑑賞の奥深さ・面白さを学ばせていただいております。これからも楽しく真剣に学んでいきたいと思います。
(小住 英之)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) 早桃食ぶ真午しんかんたる山河 恩田侑布子(写俳)
====================
6月1日 樸俳句会
兼題は滴り、ビール。
入選2句、原石賞1句を紹介します。
○ 入選
聖五月ぐさりとキャパのレンズかな
星野光慶 【恩田侑布子評】 季語の「聖五月」に「キャパのレンズ」を配合し、21世紀も4半世紀が過ぎた只今の混迷の世界を照射します。フォト・ジャーナリストのロバート・キャパはスペイン内戦や日本の中国侵略や第二次世界大戦の現場に立って、丸腰で多くの写真を撮りました。副詞「ぐさりと」が「レンズ」にかかり、刃物の鋭さが暗喩されています。七〇年から九〇年も前の戦争や内戦の写真が、少しも古びず、逆に生々しく現代の人類の所業を告発する「聖五月」の無惨さ。
欲を言えば、副詞の「ぐさりと」で修飾しない方向へ推敲ができればさらに大柄の秀句になる可能性を秘めています。
○ 入選
地ビールを二本空港泊の窓
小住英之 【恩田侑布子評】 「空港泊」とは、何らかのアクシデント、あるいは異常気象のために突如欠航になったのでしょうか。夏の季語の「地ビール」が効いています。初めて訪れた遠い土地で、観光もしくは仕事を終え、帰り際に足止めを食らったが、「空港泊の窓」という措辞から、その土地への愛着が生まれたことが伝わってきます。地球の土地土地に根付いた人々の暮らしを愛しみながら、二本の地ビールをゆっくりと味わうコスモポリタンの視線の裕かさ。
【原石賞】神輿胼胝比べあひたるビールかな
古田秀 【恩田侑布子評・添削】 「祭」の季語の中でも「神輿」、それを担ぐ胼胝に着目した素材の発見が面白いです。ただ、「あひたる」でリズムがもたついてしまうのが惜しいです。どの助動詞を選び、活用をどうするかは、俳句の死命を制する大事です。次のようにすれば、夏祭が盛り上がり、主人公の神輿の担ぎ手から解放されたばかりの達成感と安堵感が表現されましょう。 【添削例】神輿胼胝くらべ合ひつつビールかな
足あとのちゞみ初めたる植田かな 恩田侑布子(写俳)

2025年5月18日 樸句会報 【第152号】 「五月」というひびきのよい語感には、新鮮な生命力がある。物憂い晩春から一気にベールを脱ぎ棄てて、初夏へ。「新緑」「風薫る」「若葉風」…と季語にもあるように、大地が緑に染まるさわやかな季節だ。
我が『樸』にも若葉風が吹く。アメリカから、フランスから、新しい会員が加わった。インド在住の会員も含め、日本以外の風土や文化を含んだ風が、『樸』に吹き込んでくることをとても楽しみにしている。
今回の兼題は「薄暑」「蚕豆」。特選1句、入選2句、原石賞1句を紹介します。
息継ぎのなき狂鶯となりゆくも 恩田侑布子(写俳)
◎ 特選
スケートボード蔓薔薇すれすれに蛇行
古田秀 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「薔薇」をご覧ください。
↑
クリックしてください
○ 入選
肩書のとれた名刺と空豆と
活洲みな子 【恩田侑布子評】 名刺に立派な肩書きがあればあるほど俗人はうれしく誇らしいかもしれません。しかし作者は「そんなもん、やっと取れた」と清々しく思っています。組織の人間でなくなった自由こそが、晴れて味わう五月の空豆の美味しさです。もちろんビールを片手にして。技法的には、「と」で名詞を並列した句は「たるみ」が出がちですが、この句は逆にその並列が効果を発揮してリアルです。
○ 入選
新快速午睡絶滅皆スマホ
林彰 【恩田侑布子評】 京阪神地域の主要都市を結ぶ快速の車輌風景。昔の夏は、戸外の暑さに疲れた人々が冷房の効いた車内に乗り込むや、ついうつらうつらして船を漕ぎ出したもの。しかし、今ではそんな人は一人もいません。みな小さなスマホの窓を覗き込んで指先で操作しています。名詞を五つ並べた句がビビッドなのは、句頭の「新」と中七の「絶滅」の効果。まず、新しい快速電車が走る午後に昼寝族は「絶滅」したという断定が面白いです。さらに、車両とスマホの相似形も見逃せません。肉体は車両にあり、脳はその縮小相似形のスマホに吸い込まれ、小さな画面から世界大の情報の海に溺れている夏の午後であることよ。「昼寝」の季語を、昼寝しない人らを素材に歌うのも新しい表現。
【原石賞】かたらねど母のかたはら緑さす
前島裕子 【恩田侑布子評・添削】 病床にあって言葉少なくなられたお母さんでしょうか。黙っていても温かく心は通じ合っています。「緑さす」の季語の斡旋が抜群です。この世で許された浄福という感じがします。惜しいのは「かたらねど」の措辞の粘りです。上五を「もだす」という動詞に変えれば、心の通じ合った安らぎが一層感じられるでしょう。 【添削例】黙しゐて母のかたはら緑さす
【後記】
私ごとだが、事情があってこの4月までの半年間、句会を休ませていただいた。「句を作ることを続けないと、句はだめになる」。日ごろの師の教えを胸に、締め切り前にバタバタと投句だけは続けた。
5月から句会に再び参加。久しぶりの句会は…これがなかなか面白いのだ。Zoomの窓が開き、親しい人と目が合って思わず目礼。新入会員の紹介や会員の授賞式のお知らせには、小さな拍手があちらこちらから起こる。画面の窓は小さいけれど、恩田先生は相変わらずエネルギッシュだ。
仲間の句を推す会員相互の熱弁(?)も、師から質問されて一斉に下を向く姿も、画面を通して息遣いまで感じられる。以前の私は断然リアル句会派だったが、会員の幅が広がり、パソコン操作にも少しだけ慣れた今、Zoom句会ならではの面白さを楽しんでいる。
とはいえ、句会に参加できなかった期間に投句だけは続けることができたのは、句会後のお疲れも厭わずに全句講評をお送りくださった師の励ましの言葉や、句会の様子をそっと知らせてくれた句友たちとの繋がりがあったからこそ。俳句は座の文学だと言われるが、心と血が通ってこその座であると、しみじみ感じている。
(活洲みな子)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) 宙ゆらぐ前に帰らん夏の闇 恩田侑布子(写俳)
====================
5月4日 樸俳句会
兼題はゴールデンウィーク、若葉。
特選2句、入選3句、原石賞1句を紹介します。
◎ 特選
吾の歌に母の輪唱桜の実
活洲みな子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「桜の実」をご覧ください。
↑
クリックしてください
◎ 特選
天上の母はすこやか樟若葉
活洲みな子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「樟若葉」をご覧ください。
↑
クリックしてください
○ 入選
死にたまふゆびのささくれ夏みかん
見原万智子 【恩田侑布子評】 「死にたまふ」と、胸底に敬語で呼びかける人はどなたでしょう。ささくれた指から肌の乾燥し痩せ細った高齢の母を思います。母とは幼い日から夏みかんの厚い皮をむきあって、数限りない睦まじい時間を過ごしてきました。自分を産み育て、年老い、弱っていった愛しいその指はもう、くすっとも動いてくれません。しぶきのように迸る黄金の果汁に、ともに指先を濡らすこともありません。ややぶっきらぼうに投げ出された三段切れは茫然たる悲しみです。陽の色をした夏みかんの丸々した重量に、死者の指先の蒼ざめた硬直が哀切です。
○ 入選
母がりは永遠の緑陰なりにけり
益田隆久 【恩田侑布子評】 母はいつでも作者の憂悩を癒し、励ましてくれたやさしい方なのでしょう、まるで涼やかな緑陰のように。今も木陰を通り抜ける気持ちのいい風にくつろいでいると、ありありと母が甦ります。永遠に失われた肉体が、緑陰となって作者を待ってくれているようです。句末の「なりにけり」には文語のよさが発揮されています。ただ、「母がりは」はどうでしょう。上代は、母+接尾語「がり」で、母のもとへ、母のところへ、の意ですが、中古以降は助詞「の」を介し、「母がりの半日あまり桐の花 細川加賀」、「母許の廂の古りぬゑんど飯 永田耕衣」 などの先行句があります。「の」を介さない単独の名詞としての使用にはやや違和感があります。
○ 入選
木香薔薇あふれんばかり死者の庭
成松聡美 【恩田侑布子評】 一挙に咲き誇って、あたりを異様なまでの明るさにする木香薔薇の黄色のはんらんが、かえって死者の庭に合っています。「霊園」や「墓地」という言葉を使わなかったことで普遍性を獲得しました。その静寂に包まれて佇むことの不思議さ。初夏のひかりが迫ってきます。
【原石賞】夕若葉マーマレードの煮詰まるる
長倉尚世 【恩田侑布子評・添削】 庭若葉にはまだ充分に日があるのに、時計の針はすでに夕刻をさしています。作者はたぶん夏みかんのマーマレードでも煮ているのでしょう。柑橘類の香りが厨いっぱいに広がります。日永は春の季語ですが、実際には夏至が最も日が長いので、夕方でも暗くならない若葉の和らいだ色と、ジャムの黄味とが響き合います。ただし句末の文法は誤りです。助動詞「る」は「詰まる」に接続しません。鍋の中に焦点を絞れば実感が出ます。 【添削例】夕若葉マーマレードの煮詰まり来(く)
卯の花の谷幾すぢや死者と逢ひ 恩田侑布子(写俳)
代表・恩田侑布子。ZOOM会議にて原則第1・第3日曜の13:30-16:30に開催。