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3月9日 句会報告

2025年3月9日 樸句会報 【第150号】  3月最初の句会、今治西高校2年の野村颯万さんが参加して下さった。第27回神奈川大学全国高校生俳句大賞・恩田侑布子賞受賞の高校生である。  YouTubeで、受賞句「早梅や連綿線の長き脈」を確認。素晴らしいと思った。書道技法講座『関戸本古今集 伝藤原行成』を改めて開いて確認する。長き脈を一気に引いた後、まるで梅を咲かせる如くゆっくりひらがなを咲かす。しかも早梅である。恩田先生が「早梅が動かない」と仰ったことに完全に同意。「梅」だけでも絵が浮かぶが、「早梅」とすることで、筆の動きと馥郁とした香りまで漂ってくる。脈から思い通りに文字を咲かせた時の喜び、満足感まで共感する。『関戸本』を習う時、野村さんの俳句を思い出すだろう。  今日の句会はあと3時間ぐらい欲しいと思ったほど。野村さんに感謝したい。句会に出した野村さんの俳句は、恩田先生の特選、そして最高得点句であった。 3月9日の兼題は「春の水」、「囀」。 特選2句、入選2句、原石賞1句を紹介します。   閃きはつばめの腹にこそあらめ    恩田侑布子(写俳)   ◎ 特選 春水のつぶれぬやうに墨を磨る              野村颯(そう)万(ま) 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「春の水」をご覧ください。 ↑ クリックしてください   ◎ 特選 パレットへ囀りの色溶きにけり              益田隆久 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「囀」をご覧ください。 ↑ クリックしてください   ○ 入選  囀りや石窯で焼く手ごねパン                岸裕之 【恩田侑布子評】 パンを「石窯で焼く」とは本格的。しかもパン練り機ではなく「手ごね」とは。 「囀りや」の切れから、木立ちの豊かなイタリア地方都市の朝が、映画のように浮かんできます。いかにも美味しそうです。   ○ 入選  水茎のあの人らしさ花なづな                益田隆久 【恩田侑布子評】 「花なづな」の白い小さな花から、手紙なのか一筆箋なのか、恥ずかしげなやさしい初々しい筆跡が目に浮かびます。作者が好ましく思っていることも伝わってきます。「あの人らしさ」なので、まだそんなに間柄が深くなさそうなことも。花言葉は「あなたにわたしのすべてを捧げます」。作者の弁から、恋とは違う大切な旧友とわかりました。こんな同級生がおられるのは幸せです。   【原石賞】海賊の連歌一巻花月夜               野村颯万 【恩田侑布子評・添削】 勇壮な春の俳句です。中世には長連歌が流行りました。これはその二条良基の周辺で活躍した連歌師たちの高尚な連歌ではありません。「海賊の」といいます。そこが俳諧精神躍如たるところ。ただし、俳句という詩の表現を完成させるにはたんに意味だけでなく、言葉それ自体の質感が大切になります。「海賊」の措辞はバイキングを思わせやや乱暴で内容にそぐわないように思います。村上水軍や九鬼水軍が活躍した時代を彷彿させましょう。上五の質感を変えるだけで、さらに格調高い大柄句になります。 【添削例】水軍の連歌一巻花月夜   【後記】  巻尺を伸ばしてゆけば源五郎  ( 波多野爽波 『骰子』)  巻尺は、自分の価値観、そして表現すべき言葉。自分の巻尺には限界があり、自在に動き回る源五郎には届かない。初めて樸俳句会に出た頃、古田秀さんの俳句の良さがほとんどわからなかった。つまり、私の巻尺では届かない俳句に出会った。それが、自在に動き回る源五郎であろう。  自分の価値観、手持ちの言葉を超える俳句に句会で出会い、衝撃を受ける。恩田先生から、何十回とダメ出しをもらう。そのような、殴られるような経験を句会で積み重ねることで、自分の巻尺の可動範囲が拡がってゆく。一人でやっていたら、やがて言葉が枯渇する。  本を100冊読む以上に句会で鍛えられる方が、枯渇した言葉がまた充填される。これが、句会でしか経験出来ない醍醐味である。  (益田隆久) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) 野遊びのつひに没日の海へかな    恩田侑布子(写俳) ==================== 3月23日 樸俳句会 兼題は龍天に登る、たらの芽。 入選1句、原石賞4句を紹介します。 ○ 入選  春の暮真子の煮つけは反り返る                成松聡美 【恩田侑布子評】 真子は魚の卵巣で腹子ともいいます。ちなみに白子は雄の魚の腹にある精巣。たしかに卵塊は、包んでいる薄皮と収縮率がちがうせいか、煮ると反り返ったり破れたりします。これは鋭い着眼です。反り返って破れた袋から無数の魚卵の粒がはみ出す様まで想像させ、春の夕暮にふさわしい気怠い懊悩までも感じさせます。   【原石賞】龍天の涙壺より溢るるか               小松浩 【恩田侑布子評・添削】 龍天に」までいえば季語になりますが、「龍天の」では季語になりません。ただ独特な発想が斬新です。「涙壺」から龍が飛び立つというふうにはっきりと表現すると、現代の戦乱の絶えない世界を象徴するみごとな現代俳句になります。 【添削例】涙壺より龍天に登りけり   【原石賞】多羅の芽の眼下鵜(う)山(やま)の七(なな)曲(まが)り               活洲みな子 【恩田侑布子評・添削】 近景の春の山菜と、中景から遠景へ伸び広がる景色の対比が効いています。大井川の蛇行のさまを一望する雄大な景勝地「鵜(う)山(やま)の七(なな)曲(まが)り」の地名をよく生かし切った句です。漢字がごちゃごちゃしているので季語はひらきましょう。「眼下」の措辞よりも身体感覚に響く「足下」を持ってくると、川底に向かう斜面から俯瞰した奥行きも出ます。 【添削例】たらの芽の足下鵜(う)山(やま)の七(なな)曲(まが)り   【原石賞】龍天に昇り昼夜は真半分               坂井則之 【恩田侑布子評・添削】 発想がユニーク。着眼の独自性に感心します。が、それを十分に生かしきれていないのが残念です。原句のままでは「龍天に昇り昼間と夜間がちょうど真半分になった」と、春分の時候の説明臭が残ります。俳句には謎が必要です。次のようにすれば、いま現在の酷い世界の闇の部分まで浮き上がりましょう。 【添削例】龍天に昇る昼夜を真つ二つ   【原石賞】龍天に登る柏槇の突兀               益田隆久 【恩田侑布子評・添削】 柏槇は寿命の長い常緑針葉高木です。沼津の大(お)瀬(せ)崎(ざき)の柏槇樹林は樹齢千年ともいわれる国の天然記念物で、鎌倉には建長寺、円覚寺、浄智寺など、柏槇の大樹のある寺が多いです。中国では真柏(しんぱく)と呼ばれ、山東省曲阜市の孔子廟を訪ねた時にも、真柏が亭々と天に聳えていました。「突兀」の措辞によって、ねじれ曲がる複雑な樹肌が彷彿とします。その天へ伸び上がる大樹の勢いを活かし、「龍天に」で言い納めると大柄句になります。 【添削例】柏槇の突兀として龍天に   閼伽水にうかぶ白蛾や春の昼    恩田侑布子(写俳)

2月23日 句会報告

2025年2月23日 樸句会報 【第149号】  2月2回目の句会23日は、最長の寒波が日本列島を覆い、日本海側、北日本の屋根の雪おろし、めったに雪の降らない九州でも雪掻きをしている様子が、テレビに映し出されている。普段暖かい静岡でも北風が吹き寒い。   しかし私たちは、zoomというありがたいシステムがあるおかげで、北風の吹く中暖かい部屋で句会を開くことができるのです。   兼題は「春光」「辛夷」です。特選1句、入選2句、原石賞3句を紹介します。   雪解野や胸板は風鳴るところ    恩田侑布子(写俳)   ◎ 特選 暮れてなほ弾む句会や花こぶし              益田隆久 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「辛夷」をご覧ください。 ↑ クリックしてください   ○ 入選  見はるかす白馬三山花こぶし                岸裕之 【恩田侑布子評】 名峰白馬岳は・杓子岳・白馬槍ヶ岳へと尾根を縦走する登山者も多く、白馬三山と総称されます。三〇〇〇メーロルに迫る北アルプスの高峰で高山植物の宝庫です。途中には大雪渓があったり、山頂からは日本海が見えたり、白馬槍には徒歩のみで行ける温泉があったり、登山家の聖地です。作者はかつて白馬三山を踏破したことがあったかもしれません。あるいは私のように、永遠の憧れの高嶺なのかも。とまれ、清らかなこぶしの花越しに望む、その名もうるわしい白馬三山の雄峰は早春の絶景です。「見はるかす」の措辞が盤石。   ○ 入選  青空に挑むじやんけん花こぶし                活洲みな子 【恩田侑布子評】 肌寒い早春の青空に向かって、真っ白いこぶしの花がじやんけんを挑んでいるよ。グーもパーもチョキもあるよ。こぶしの花に向かう童心が躍っています。いや、ほとんど花こぶしの気持ちになりきっているといっていいでしょう。作者の周りはこれからきっと、明るい気持ちの良い日々になるに違いありません。   【原石賞】こぶし咲く「れ」の字空へと散りばめて               長倉尚世 【恩田侑布子評・添削】 写生眼が素晴らしいです。そういわれてみればたしかにこぶしの花が「れ」の字に見えてきます。句の弱点は中七にある「へと」。ここで急に説明臭くなってしまいます。一字を入れ替えるだけで、にわかに句の景色が明るくなりませんか。余談ですが、子どもに白木蓮とこぶしの花の見分け方を聞かれたら「れの字に見えるほうがこぶしの花で、見えないのが白木蓮だよ」と、自信を」もって教えてあげられそうです。 【添削例】こぶし咲く「れ」の字を空へ散りばめて   【原石賞】踏まれるも下萌の香の高くあり               益田隆久 【恩田侑布子評・添削】 春先に萌え出たばかりの下草を踏んでゆきます。そのとき、目には留まらないが、独特の香りをもつものがあるなあと、素直に思ったのです。目のつけどころが素晴らしい俳句です。これは、発想の契機とも、俳句のグリップ力ともいう、一句の根をなす作者の心位であり、教えて教えられるものではありません。各人が精神を涵養しなければ把握できないものです。あとは、句作の最終段階である表現の問題になります。たった二字を変えるだけで格調の高い素晴らしい俳句として完成します。 【添削例】踏まれたる下萌の香の高くあり   【原石賞】春光を睨み返さむ天井絵               岸裕之 【恩田侑布子評・添削】 面白い句ですが、肝心の主体が抜けています。作者自身には「龍」が睨んでいることが自明なのでしょうが、読者はそうはいきません。八方睨みの龍の絵は京都の天龍寺や妙心寺や、枚挙にいとまないですが、変わったところでは北斎晩年の、小布施の祭屋台天井絵もあります。しっかりと「龍」の主体を打ち出し、「睨むや」と切字で余白を大きくしましょう。春光に今にも龍が躍り出しそうになりませんか。 【添削例】春光を睨むや龍の天井絵   【後記】  今回もいろいろな意見、疑問、質問がとびかい白熱した句会となりました。   その中で、兼題の「辛夷」の句に、「辛夷は咲いていない。実物を見ていない。それは机上の句ではないか。それでもいいのか。」というような質問が出された。確かに私もあちこち辛夷を探したのですが、咲いていなかった。 それに対して先生は「過去もふくんだ今を一句の中にとけあわせる」とおっしゃった。ふむ。ふむ。   森澄雄の句に、「ぼうたんの百のゆるるは湯のやうに」がある。牡丹はあらかた散っていたという。 「(略)見てないから、牡丹がみえて、そのふくらみまで見えてくるんでしようね」と澄雄は言っている。( 『新版現代俳句下』山本健吉著、1990年 角川)   この句を句会の最中に思い出しました。   句会は句作のヒントがたくさん。まだまだヒントがあったように思いますが、まずは今回の先生の講評を読み句会を振り返ってみようと思います。  (前島裕子) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) 死にかはり逢ふ白梅の日と翳と    恩田侑布子(写俳) ==================== 2月9日 樸俳句会 兼題は猫の恋、ヒヤシンスでした。 入選3句、原石賞1句を紹介します。 ○ 入選  吾の術日母には告げず風信子                活洲みな子 【恩田侑布子評】 手術を控えた身はなにかと不安なもの。子ども時代ならば両親がすべて心配してくれ甘えられたのに、いまは立場が逆。老いた母をこちらが心配する番です。といっても、母親に五体満足で産み育ててもらった身体に、初めてメスが入ることを本当は打ち明けたいのです。昔のように母からひとことでいいから慰め励まされたい。とまどい疼く思いが風信子のうすむらさきの春光に揺らいでいます。   ○ 入選  ヒヤシンス手付かずの明日ありし窓                 益田隆久 【恩田侑布子評】 小学校三年生でしたか。「水耕栽培」を習った驚きはいまも新鮮です。げんげもチューリップもマーガレットも、花はみな土の上に咲くと信じていましたから。教室の大きな窓際にクラスメイトの名札をつけたヒヤシンスのガラス瓶がずらあっと並んだ日。ほんとに咲くかしら、どんな色かしらと友だちと想像し合ったよろこび。そこにはみんなに平等な「手付かずの明日」がたしかにありました。「明日ありし窓」と過去の記憶なのに、「ヒヤシンス手付かずの」という上半句によって、触れ得ぬみずみずしい未来が、水中を透過する光の感触とともに伝わってきます。   ○ 入選  立春や逆さ葵の菓子を買ふ                長倉尚世 【恩田侑布子評】 徳川家康の御紋章は三つ葉葵ですが、東照宮の拝殿垂木には逆さ葵がわざわざ金泥で描かれています。ネット上では「建物をわざと未完成にするため」で、仏教思想由来と説明されますが、本来は老荘思想でしょう。先日、イチローが殿堂入りした折に、満票でなく一票欠けたことを、「さらに努力し続けるのが好きだから嬉しい」とコメントした立派な人柄も思い合わされます。『老子第四十一章』には「上徳は谷の如く、大白は辱(はじ)の如く、廣徳は足らざるが如し」があり、「大器晩成」という四字熟語につながってゆきます。『荘子』斉物論にも「其の成るや毀(こわ)るるなり」の言葉があります。家康は幼少期に臨済寺で漢籍の素養を深く積んだ人でした。   【原石賞】ヒヤシンス登校しない子の鉢も               見原万智子 【恩田侑布子評・添削】 クラス全員に一株ずつヒヤシンスの球根が与えられ、育てています。「不登校」でなく「登校しない子」とやさしくいったことで、どうしてだろう、病気で入院しているのかしら、不登校なのかしらと、いろんな想像がふくらみます。「鉢も」だと土植えですが、「瓶も」とすれば、音韻に春の寒さが加わり、ヒヤシンスの繊い根がガラスの水底へ伸びてゆく姿も浮かび、顔の見えない子を思いやる淋しさが余韻となって残ります。 【添削例】ヒヤシンス登校しない子の瓶も   夜の梅さかさ睫毛を抜かれつつ    恩田侑布子(写俳)

1月26日 句会報告

2025年1月26日 樸句会報 【第148号】 1月2回目の句会は静岡市内での対面句会となりました。雪化粧の富士山を窓の端に置きながら、普段のZoom句会とは違う刺激に、鑑賞も議論も心なしかヒートアップしていました。聞くところによるとZoomと対面のコミュニケーションでは刺激を受ける脳の部位が異なるそうです。 兼題は「氷柱」「冬菫」です。特選1句、原石賞2句を紹介します。   白鳥の胸裹(つつ)まむとうるし闇    恩田侑布子(写俳)   ◎ 特選  寒声や師匠口ぐせ「間は魔なり」              岸裕之 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「寒声」をご覧ください。 ↑ クリックしてください   【原石賞】空と吾が語らふさんぽ冬菫               山本綾子 【恩田侑布子評・添削】 「ソラトアガ」または「ソラトワレガ」と訓ませるのでしょうか。内容にふさわしいリズムにするにはギクシャクした「ガ」を外して内容の繊細さを生かしましょう。一音の違いで雰囲気が一変し、冬青空がさあっとひろがります。 【添削例】空と吾の語らふさんぽ冬菫   【原石賞】なりゆきのままに一世や大つらら               活洲みな子 【恩田侑布子評・添削】 ユニークな把握を買います。上半分はズボラっぽい生き方。ところが、つもり積もってというか、垂れしたたってというか、結果は「大つらら」になりました。変身ぶりに驚かされます。せっかく句の捻りに力があるので、ひらがなでやさしく流してしまわないで、漢字表記でキリッと納めればおおらかな作者の存在感が出て出色の句になります。 【添削例】なりゆきのままに一世や大氷柱   【後記】 句会のあとは懇親会。持ち寄りの紹興酒や世界一周旅行のお土産つき抽選会を楽しみながら、俳句談議に花を咲かせます。年齢も性別もバラバラで、芸能や流行の話は通じ得なくても俳句の話は延々としていられます。個人的なことですが、北斗賞受賞の祝賀会を兼ねた場でもあり、「俳人の価値は現世の俳壇スター的活躍ではなく、どんな句集、どんな一句を遺せたかがすべて。死後読み返される俳人にならないと」との言葉に思わず背筋が伸びました。マンネリズムや自己模倣に陥らないよう、新しさとシビアさをもって今の時代を書いていきたいです。  (古田秀) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) 金平糖角の頂冬うらら    恩田侑布子(写俳) ==================== 1月12日 樸俳句会 兼題は食積、初詣でした。 特選1句、入選2句、原石賞1句を紹介します。 ◎ 特選  ほそき手の床より賀状たのまるる              長倉尚世 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「賀状」をご覧ください。 ↑ クリックしてください   ○ 入選  床の間に祖母てづくりの手毬かな                前島裕子 【恩田侑布子評】 彩とりどりの絹糸で手毬をつくられるとは、誠実に生きて年を重ねられた祖母の端正な佇まいを彷彿とさせます。そのおばあちゃんの丹精こめた手毬を家のいちばん大事な床の間に飾る家族じゅうの敬愛の情。品格あふれる新年詠です。   ○ 入選  紅白なます太箸の棹さすごとし                 古田秀 【恩田侑布子評】 紅白膾を豊かな海波に見立てた意外性。しかも新年の、柳箸とも祝箸ともいう「太箸」を「棹さすごとし」とみた大胆な直喩の面白さ。蛋白質主体のご馳走責めの中で、大根とにんじんを細く切った清らかな酢の物はさっぱりとして、箸が進みます。気持ちの良い食欲と相まって健やかな新年詠です。上五の字余り七音と中七の句またがりにクセがありますが、それも作者のいい意味の個性が出たおおらかさでしょう。   【原石賞】三方は杉の香潔く鏡餅               林彰 【恩田侑布子評・添削】 杉の香りは檜の香りとまた一段違います。上質な杉の白太でできた古式ゆかしい三方でしょう。ただ、潔いは、美しい、淋しい、悲しいと同じく、感想を「謂い応せ」てしまった感があります。また「潔く」は形容詞の連用形で鏡餅を修飾してつながるので、中七に切れが欲しいです。修飾語ではなく動詞にすると歯切れも良く、格調も高くなります。 【添削例】杉の香のたつ三方や鏡餅   わが視野の外から外へ冬かもめ    恩田侑布子(写俳)  

12月22日 句会報告

2024年12月22日 樸句会報 【第147号】 12月22日の兼題は「ボーナス(年末賞与)」と「鰤」。ボーナス体験は個々人でまさに悲喜交々。「悲喜」どちらを詠んでも、詠み手の想いが伝わってくる句ばかりだが、私などどちらかといえば縁なき者の哀感を詠んだ句に共感してしまうのは、先生同様、その恩恵に浴することのない半生だったからだろう。「鰤」では、季節感を多彩に詠みこんだ多くの句が並んだ。この兼題では詠めなかった私自身の食生活の貧困(無知)を深く恥じると同時に、季語が包みこむ日本人の生活感に疎いのはかなりまずいと反省した。会の後半には、武藤紀子さんの句集『雨畑硯』より先生抄出の15句についてそれぞれ感想を求められた。「どう思いますか」と鋭い刃を突きつけられたように問われ、一同しばし沈黙。私自身言葉が出ない。先生が三行で書かれている評言が全てを尽くしている。それを超える言い方などできようはずもない。鑑賞の言葉(も)鍛えねばならないと切に思った。 入選2句、原石賞1句を紹介します。     ○ 入選  聖夜来るマッチ知らない子供らに                成松聡美 【恩田侑布子評】 アンデルセンの童話「マッチ売りの少女」を連想します。少女は貧しさから、年の瀬の雪の中、マッチを売ってくるよう言いつけられ、売り物である小さな火に幻想を見ようとして、すべてを擦って死んでゆきました。 掲句の「マッチ」は、現実のマッチであるとともに、ひと時代前の日用品の隠喩でしょう。現代は手紙の代わりにSNSが、本や新聞の代わりにネット情報が、図書館で調べものをする代わりにチャットGPTが、なんでも教えてくれます。こうした文明批評が底にあることが句柄を大きくしています。はるかな時間の流れの中では、現代人といっても、次から次へ物質文明の奔流をわたり漂う「マッチ知らない子供ら」のように思えてくるのです。二千年前に降誕した聖夜のキリストが、子供たち、即ちわたしたちをひとしなみに見つめています。   ○ 入選  煎餅を添へてボーナス渡さるる                長倉尚世 【恩田侑布子評】 この「ボーナス」の袋はそんなに厚くはなさそうです。袋の上から手で触れて、万札のおおよその厚みがわかった昭和の時代の情景です。夫は「少ないボーナスでわるいね」という代わりに、妻の好物であるに違いないカリッパリッと歯ごたえのいい厚焼きせんべいのふっくらした袋を添えて手渡してくれたのです。なんとやさしい夫婦の暮らしぶりでしょう。心温まる俳句です。     【原石賞】花八つ手顔より声を想い出す               成松聡美 【恩田侑布子評・添削】 八手は地味な花。冬日の玄関の脇や、トイレの窓の外にひっそりと白ばんだ花を咲かせます。よく見れば、ベージュがかったやさしいボンボンを思わせますが、ハッと目を引くところはどこにもありません。ただその花がものかげに佇んでいるのを見ると、好きだった人の声を思い出してしまうのです。目鼻立ちはもうぼうっと定かではないのに、声の静かな温もりだけがありありと耳の底に聞こえるのです。原句は「想い出す」で終わり、存在感が弱まります。座五を「花八手」にすることで、その人のかけがえのない声音が印象されましょう。 【添削例】顔よりもこゑおもひだす花八手   【後記】 今句会で一際目立ったのが、成松さん句の高評価。3句すべてに先生の「入選」「原石」「サンカク」が付けられ、メダル独占の様相だった。ただ私はこの3句には全く感応せず、先生の講評を聞いてのち、ようやく自分の読みの浅さに気づいた次第。作者の意図を超えて深読みさせたくなるような句を、いつか私も詠んでみたいと心に誓う。先生の講評は毎回一言ひとこと俳句初心者の私の頭と胸に沁み入る。しかし今回は染み入る猶予もなくいきなりグサッと突き刺さった言葉があった。「“他人事” 俳句ではダメ! 最後は自分の足元に着地させること」。ああ痛い! そもそも樸入会のきっかけともなった『星を見る人』に魅了されたのも、行間から同じトーンの叱声が聴こえたからだ。私の中で生活習慣病の如く巣食っている “他人事” ことばの使用。後半生の残り時間で、どこまで矯正できるか……。樸俳句会という虎の穴に足を踏み入れたことは今年一番の収穫だと思っています。  (馬場先智明) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)   ====================

11月3日 句会報告

2024年11月3日 樸句会報 【第146号】 11月3日の兼題は「釣瓶落し」「蓑虫」でしたが、これまでに例がないほど秀句ばかりが集まり、選句するのが心苦しいほど。特選4句という大変華々しい句会となりました。ところがその反動なのか17日の句会は目立った句がなく、なんと△が最高点、それも1句のみという結果に。「おでん」「帰り花」という身近な兼題であったことが、かえって難しかったのかもしれませんね。 特選4句、入選1句、原石賞1句を紹介します。 ◎ 特選  投げ銭の帽子の歪み秋の暮              長倉尚世 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「秋の暮」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ◎ 特選  蓑虫や母は父の死忘れゆき              活洲みな子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「蓑虫」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ◎ 特選  帰国便釣瓶落しの祖国かな              小松浩 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「釣瓶落し」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ◎ 特選  穭田の真中の墓やははの里              見原万智子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「穭田」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ○ 入選  柘榴裂き『ルビーの指輪』口遊む                林 彰 【恩田侑布子評】 寺尾聰の「ルビーの指輪」はお洒落でソフィストケートされた大人の恋を思わせる曲でした。昭和歌謡の名曲を引用しながら、この句は曲を超えて、若き日の恋が激しかったことを想像させます。ただでさえ鮮やかな血紅色の果物を、「裂き」とは強烈です。かつて女性の指に輝いていたルビーの指輪が、百も千も噴き出すようです。いまだ癒えない胸の疼きを宥めるように口ずさむ作者は男性に違いないと思わせます。女性なら裂く前に粒つぶを食べてしまうでしょう。 【原石賞】バイバイの声散り釣瓶落としかな               山本綾子 【恩田侑布子評・添削】 原句のままだと、「釣瓶落とし」に暮れたので「バイバイの声」が散っていった、という因果関係になってしまいます。省略を効かせ、調べに注意することで句が一変します。余分な言葉は「声」です。「散らばる」ともできますが、より余白を広げましょう。 【添削例】バイバイのちりぢり釣瓶落しかな 【後記】 俳句の会に人をお誘いするというのは、なかなか難しいものだと近頃痛感します。例えばヨガやピラティスでお付き合いのある方にやんわりと俳句の話を振っても、恐ろしく反応は薄い。体を動かすことではなくて座学のお好きな方なら、と前職の繋がりや語学クラスでご一緒する方たちに話を持っていっても、やはりはかばかしい返事は返ってきません。 ブームだと言われているものの、やはり俳句はそれなりにハードルの高い趣味なのかもしれません。私自身、興味はあっても始めようかどうしようか、ずいぶん逡巡したことを思い出します。俳句の定義や句会とは何かも知らないまま恩田先生の門を叩いた私が少々変わり種であるのは間違いありませんが、それでも作句は心躍るもの。この楽しさを分かち合う仲間が自分の知人の中から見つからないか、現在孤軍奮闘中です。  (成松聡美) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ====================

10月20日 句会報告

2024年10月20日 樸句会報 【第145号】 10月20日静岡市の西、藁科地区にある洞慶院・見性寺・中勘助記念館をめぐる吟行句会が行われました。 「俳句にあいにくの雨はない」と聞きますが、そんな気持ちになる余裕もなく、当日、時折強く降る雨と風に、雨女を黙って幹事を引き受けたせいかしらん、とわが身を恨み、お昼に注文の天ざるを温かいお蕎麦に替えて頂いたのでした。 特選1句、入選1句、原石賞1句を紹介します。 ◎ 特選  身に入むや一灯に足る杓子庵              活洲みな子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「身に入む」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ○ 入選  釈迦守るごと沙羅の実のとんがりぬ                海野二美 【恩田侑布子評】 静岡市の古刹、洞慶院の吟行で生まれた句です。伽藍を過ぎた奥手の小川添いいに黄葉した姫沙羅が二、三本。秋のうらぶれた姿は初めてでしたが、よく見ると宝珠の先に針を突き刺したような実がついています。作者はそれを即座に、「釈迦守る」眷属に見立て、針を「とんがりぬ」と剽げた口語調で勢い付かせました。釈迦の涅槃を見守った沙羅双樹の故事にかよう姫沙羅の実の健気さがイキイキと感じられます。 【原石賞】自然薯や遠忌の客と隣りつつ               古田秀 【恩田侑布子評・添削】 洞慶院の駐車場は、玄関に「自然薯、調理しています」の紙を貼り出す蕎麦屋の前です。吟行句会の全員が自然薯蕎麦を注文しました。作者はつられて「自然薯や」としましたが、「自然薯」は山から掘った薯で、道の駅などの売店を想像させ、「遠忌の客」との関係が曖昧になります。遠忌客と隣り合って蕎麦を啜った情景にすれば、山寺門前にある蕎麦屋の晩秋の気配が立ち上がります。 【添削例】とろろ蕎麦遠忌の客と隣りつつ 【後記】 初めての吟行句会でした。 普段の句作に使う時間を考えると、数時間で3句なんて・・と心配でたまらず、句会場の予約のついでに、洞慶院で事前に俳句を作ってしまおう!と一人で内緒の吟行をしました。 ところが、後ろめたい気持ちでものを見るせいか、全く俳句ができません。結局、当日軽いパニックに陥りながら、数だけは三句を投句しました。 1.対象(感動)を掴む 2.対象(感動)の掘り下げ 3.対象(感動)を表現するための言葉選び これは、10/6のzoom句会で、恩田先生が俳句を作る時の三つのポイントとして、お話してくださったことです。 当日にはすっかり忘れてしまって、あわあわするばかりでした。 次の吟行句会の時には、短時間で三つのポイントを押さえることができるように、少しは成長をしていたいと思いました。 最後になりましたが、山本さんと幹事を務めさせていただき、恩田先生はじめ皆様のアドバイスとご協力で、吟行句会が無事に終えられたこと、お礼申し上げます。 ありがとうございました。  (長倉尚世) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 10月6日 樸俳句会 兼題は水澄む、敗荷。 特選1句、入選2句、原石賞1句を紹介します。 ◎ 特選  鍋に塩振つてガンジー誕生日              芹沢雄太郎 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「ガンジー誕生日」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ○ 入選  零れ萩はせを巡礼鳴海宿                林彰 【恩田侑布子評】 芭蕉が『笈の小文』の前半で詠んだ、〈星崎の闇を見よとや鳴く千鳥〉には「鳴海にとまりて」の前書があります。芭蕉が伊良子の保美に流された杜国を訪ねる序章として、闇と星と千鳥の声が幻想的な句です。その鳴海を作者が訪ねました。名詞句を畳み掛けた句は三枚の絵を次々に重ねてゆくよう。ことに上五の「零れ萩」に杜国との儚い恋を暗示するあわれが添います。芭蕉を一人の「巡礼」と捉えたところも出色。芭蕉への遠い唱和として、艶のある俳句になっています。 ○ 入選  水澄むやさんさ太鼓の天に舞ふ                 山本綾子 【恩田侑布子評】 「さんさ」は岩手県各地に伝わるはやしことば。岩手の盛岡や遠野に伝わる盆踊りが「さんさ踊り」。田んぼの水路も川の流れも清く、お囃子に乗って胸に担ぐ「さんさ太鼓」を打ち鳴らします。「天に舞ふ」の下五で一気に、祭り太鼓の響く秋空に、色とりどりの帯の翻る陸奥に拉しさられるのは私だけではないでしょう。澄み渡る秋の風土詠です。 【原石賞】秋霖や瓦礫の中に春樹の本               活洲みな子 【恩田侑布子評・添削】 目の付けどころが素晴らしく、「秋」と「春」の対照的な取り合わせも効いています。日本各地が地震や洪水の災害に見舞われ、能登の洪水と土石流は、元日の大地震に次ぐ自然の猛威に胸が潰れました。災害後にも絶え間なく降る秋雨と、崩壊家屋の隙間に覗いている村上春樹のデリケートな非日常を含む世界が印象的です。やや説明的な「中に」を直しましょう。 【添削例】秋霖や瓦礫にまざる春樹の本

9月15日 句会報告

2024年9月15日 樸句会報 【第144号】 9月15日の兼題は「敬老日」「秋思」。心に染み入る俳句が並びました。 先生のご指導で印象的だったのは「俳句は最後の最後は人間性だ」という言葉。 俳句には沢山の決まりごとがあり、そこが楽しみの大きな要素です。決まりごとと向き合いながら、いかに深く正直に…そして最も大切なのは人間性。 俳句は面白い、あらためて確信できる会でした。 入選4句を紹介します。 ○ 入選  色鳥や病室に海照りかへす                古田秀 【恩田侑布子評】 夏の間は生い茂る緑にまぎれて目立たなかったが、秋になると色彩の思わぬ清らかさにハッとする小鳥がいます。折しも病室の窓辺にやってきて、無心に尾を振ります。その向こうにはキラキラと海原がいちめんにかがやいて。秋の空が真っ青なだけに、ここが病室であることが哀しい。見舞いに訪れた作者のまなこに、祖父の終焉の光景が残されました。 ○ 入選  父と遇ふ十七回忌夜半の秋                 林 彰 【恩田侑布子評】 父と思いがけない遭遇をしました。しかもそれは父の十七回忌でした。遠忌の法事に、親族や有縁の懐かしい人々が集まってくれ、やがて潮が引くように去り、実家に一人になった秋の夜です。父が他界して十数年も経って、まったく知らなかった父の生前の姿、新たな横顔と向き合うことになったのです。静かなこころのドラマが感じられます。「あふ」には会ふ、逢ふ、遭ふ、もありますが、たまたま遭遇した意味の「遇ふ」を使ったことで、季語「夜半の秋」と交響し、肉親の情に奥行きが生まれました。墓じまいや、散骨が「ブーム」の現在、死者を弔い悼むことは、後ろ向きではなく、遺された人の明日の生につながることを示唆する気品ある俳句です。 ○ 入選  孝足らず過ぎていま悔ゆ敬老日                 坂井則之 【恩田侑布子評】 愚直そのまま。飾り気も技巧もあったものではありません。作者の両親、少なくとも片親が他界されているのでしょう。敬老の日に、「ああ、外国旅行に連れてゆくこともなかったなあ」とか、「もっと頻繁に帰って、手厚く介護してあげたかったなあ」とか、様々な思いが胸をよぎります。それが中七の「過ぎていま悔ゆ」です。(孝行のしたい時分に親は無し)という諺にそっくりだと思う人がいるかもしれません。しかし、ここまで朴訥、簡明に俳句に結晶化することは誰にでも出来ることではありません。真率な思いが口をついて出た、鬼貫のいう、まことの俳諧です。 ○ 入選  問診票レ点と秋思にて埋める                 成松聡美 【恩田侑布子評】 医者に行って、待合室で出される「問診票」の質問を何も埋めずに空欄にできる人はいたって健康です。この作者はほとんどの質問に「レ点」をつけなければなりません。「マークシートを埋めてゆくんじゃないのよ」。次第に憂鬱な気分に。それを「レ点と秋思にて埋める」と俳味たっぷりに表現した手柄。自己諧謔が効いた大人の俳句です。 【後記】 一年半前、音の数え方もままならぬ中で大胆にも恩田先生の門をたたきました。 日常に彩りをあたえ、何事にも好奇心をかきたて、絡まった過去をほどいてくれる…十七音の力の大きさを実感しています。 作句の面白さに加え、もう一つの楽しみが選句の時間です。同じ兼題で他の方はどんな句を詠んだのか。ずらりと並んだ中からぐっとくるものを見つける喜び、何度も読み返し次第に心が震えだした瞬間の感慨。二週間に一度の大切な時間です。 俳句と過ごした五年後十年後の自分自身の心のありようが今から楽しみです。  (山本綾子) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 9月1日 樸俳句会 兼題は梨、蜻蛉。 入選4句を紹介します。 ○ 入選  高原の蜻蛉われらの在らぬごと                猪狩みき 【恩田侑布子評】 見渡す限りの高原を無数の蜻蛉が飛び交っています。「われらの在らぬごと」という措辞は、見つめているわたしたちなど眼中になく、透明な翅を水平に広げて伸び伸びと風に乗る姿をありありと感じさせます。別世界そのものの命のありようは逆に、人間が地球のあちこちで繰り広げている戦争や、分断や、飢餓の現実を照らし出しています。 ○ 入選  剥く音のよこで噛む音長十郎                 山本綾子 【恩田侑布子評】 お母さんが梨を小気味よく剥いてくれるそばから、汁いっぱいの歯触りと甘みに夢中になる子ども。シャリリとした歯ごたえと代赭色の皮をもつ、昭和に流行った梨の品種名「長十郎」が効いています。赤褐色の皮がスルスル伸びていく映像の影に、ほんのりベージュがかった白い肌と、健康そのものの咀嚼音が共感覚を響かせ、初秋の清々しさがいっぱいです。 ○ 入選  ラ・フランス初体験の裸婦写生                 岸裕之 【恩田侑布子評】 眼前のラ・フランスが呼び起こす記憶。美大生や画家の日常的なドローイングとはわけが違います。なんといっても「裸婦写生」の「初体験」です。ドキドキするうぶな感じと、モデルが期待した若い女性ではなく、腰回りに贅肉がたっぷりついた「ラ・フランス」のような中年女性であったズレたおかしみもにじみます。とはいっても「初体験」。輪郭を描きにくい太り肉(じし)のやわらかな存在感がこそばゆく五感を刺激してきます。 ○ 入選  鬼やんま逃して授業再開す                 小松浩 【恩田侑布子評】 教室に突然、鬼やんまが飛び込んできた驚き。蜻蛉の大将は長くまっすぐな竿を持ち、大きな金属質の碧の目玉は、昆虫とは思えない威厳であたりを睥睨します。女の子はキャーキャー。男子は腕の奮いどころと勇み立ったか。先生は授業妨害物に過ぎないそれを窓から事務的に追放し、一言「さあ、教科書に戻って」。新秋の大空をわがものにする鬼やんまの雄勁な擦過力が、四角い箱の教室にいつまでも余韻を残します。

8月4日 句会報告 

2024年8月4日 樸句会報 【第143号】 蝉の声が窓ガラスを貫き、室内にいても恐ろしく思えるほどの炎天ですが、外に一歩も出ずに句会空間にアクセスできるのはありがたいこと。しかし作句はそうはいきません。なるべく自然と触れ合い、言葉を模索する日々です。もちろん熱中症対策は万全に…… 兼題は「原爆忌」「百日紅」。 特選3句、入選2句、原石賞1句を紹介します。 ◎ 特選  昨日原爆忌明後日原爆忌              小松浩 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「原爆忌(一)」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ◎ 特選  ギターの音川面に溶けて爆心地              古田秀 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「原爆忌(二)」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ◎ 特選  サンダルを履かずサンダル売り歩く              芹沢雄太郎 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「サンダル」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ○ 入選  スクールバスみな茉莉花の髪飾り                芹沢雄太郎 【恩田侑布子評】 茉莉花はインド、アラビア原産。南インドのインターナショナルスクールに通う子どもたちの朝の光景が生き生きと感じられます。蒲原有明が「茉莉花」で歌った神秘的な悲恋の情調は、この句では一変します。つよい陽光の中で琺瑯のような白が少女らの黒髪に煌めき、原産地の豊穣な香りを湧き立たせます。 ○ 入選  火矢浴びて手筒花火の仁王立ち                 岸裕之 【恩田侑布子評】 新居や豊橋の手筒花火のハイライトシーンを巧みに造形化しました。胸に火筒を抱えて「仁王立ち」する姿こそ、まさに夏の漢の勇姿というべきもの。「火矢浴びて」も、頭上から降り注ぐ火の粉を言い得てリアルです。 【原石賞】異常気象をエネルギーにか百日紅               海野二美 【恩田侑布子評・添削】 炎暑をものともせず、逆に楽しむように咲き誇る百日紅は「異常気象をエネルギーに」しているのかなと疑問を投げかけます。発想自体が非凡なので、遠慮がちな字余りの疑問形ではもたつきます。言い切りましょう。その方がずっとインパクトが強くなり、百日紅が咲き誇ります。 【添削例】百日紅異常気象をエネルギー 【後記】 今夏は広島へ旅行にいきました。平和記念資料館の展示に圧倒されながら、噴水と梔子の花に立ち直る力をもらいます。そして広島市現代美術館の、広島という都市の記憶をナラティブに展開する作品群に心がざわめきます。平和を希求し、選択すること、何よりそれができるうちにし続けることを心に刻みました。  (古田秀) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 8月18日 樸俳句会 兼題は星月夜、花火。 特選1句、入選2句、原石賞2句を紹介します。 ◎ 特選  見上げねば忘れゐし人星月夜              見原万智子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「星月夜」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ○ 入選  帰りぎは「またきて」と母白木槿                前島裕子 【恩田侑布子評】 一読、切なくなる俳句です。離れ住んでいるけれどよく来てくれる娘に、つい甘えて「またきて」という老母。病が重いというわけではないけれど、老いが次第に進み、フレイルになってゆくさびしい姿が、白木槿のやさしさや儚さとひびいています。 ○ 入選  君くれしボタンを吊りて星月夜                 山本綾子 【恩田侑布子評】 今の中高生にもこんなジンクスが伝わっているのでしょうか。卒業式の日に、憧れの男子から学ランの第二ボタンをもらえると「君が本命だよ」の意になり、「両思いよ」とか、「失恋」とか、クラスの女子がときめき、密かに騒いだものです。作者は意中の人から胸の金ボタンをもらい、秋が訪れても大事なお守りとして部屋の天井から吊っています。離れた都市に進学したのかもしれません。いつか結ばれたいという思いが「星月夜」と響きかわします。ロマンチックで可愛い俳句。 【原石賞】ひとりも良し背中で見てる音花火               都築しづ子 【恩田侑布子評・添削】 花火大会に集まる群衆をよく見れば、家族、仲間、恋人といった複数人の単位から構成されています。ところがこの句は「ひとりも良し」と言って、深い切れがあります。そこが内容と表現が一体化したいいところ。ところが残念なことに、中七以下は上五のせっかくの美点を損なっています。背中に眼はなく、「音花火」も無理な措辞なので、自然な表現にしましょう。若い日から体験してきたさまざまな花火の夜が鮮やかに作者の背中に咲き誇ります。 【添削例】ひとりも良し背中に聞いてゐる花火 【原石賞】二度わらし母を誘ひて庭花火               坂井則之 【恩田侑布子評・添削】 認知症になった老親を「二度わらし」といいます。漢字では二度童子。線香花火など手に持ってする「庭花火」も効果的。認知機能は多少衰えても、まだ花火を手で持って楽しむことができ、子どものように無邪気にはしゃぐかわいい母なのでしょう。上五でぶっつり切れることだけが気になります。「二度わらしの」と字余りになっても、この句のゆったりした内容を損ねません。 【添削例1】二度わらしの母を誘ひて庭花火