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10月20日 句会報告

2024年10月20日 樸句会報 【第145号】 10月20日静岡市の西、藁科地区にある洞慶院・見性寺・中勘助記念館をめぐる吟行句会が行われました。 「俳句にあいにくの雨はない」と聞きますが、そんな気持ちになる余裕もなく、当日、時折強く降る雨と風に、雨女を黙って幹事を引き受けたせいかしらん、とわが身を恨み、お昼に注文の天ざるを温かいお蕎麦に替えて頂いたのでした。 特選1句、入選1句、原石賞1句を紹介します。 ◎ 特選  身に入むや一灯に足る杓子庵              活洲みな子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「身に入む」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ○ 入選  釈迦守るごと沙羅の実のとんがりぬ                海野二美 【恩田侑布子評】 静岡市の古刹、洞慶院の吟行で生まれた句です。伽藍を過ぎた奥手の小川添いいに黄葉した姫沙羅が二、三本。秋のうらぶれた姿は初めてでしたが、よく見ると宝珠の先に針を突き刺したような実がついています。作者はそれを即座に、「釈迦守る」眷属に見立て、針を「とんがりぬ」と剽げた口語調で勢い付かせました。釈迦の涅槃を見守った沙羅双樹の故事にかよう姫沙羅の実の健気さがイキイキと感じられます。 【原石賞】自然薯や遠忌の客と隣りつつ               古田秀 【恩田侑布子評・添削】 洞慶院の駐車場は、玄関に「自然薯、調理しています」の紙を貼り出す蕎麦屋の前です。吟行句会の全員が自然薯蕎麦を注文しました。作者はつられて「自然薯や」としましたが、「自然薯」は山から掘った薯で、道の駅などの売店を想像させ、「遠忌の客」との関係が曖昧になります。遠忌客と隣り合って蕎麦を啜った情景にすれば、山寺門前にある蕎麦屋の晩秋の気配が立ち上がります。 【添削例】とろろ蕎麦遠忌の客と隣りつつ 【後記】 初めての吟行句会でした。 普段の句作に使う時間を考えると、数時間で3句なんて・・と心配でたまらず、句会場の予約のついでに、洞慶院で事前に俳句を作ってしまおう!と一人で内緒の吟行をしました。 ところが、後ろめたい気持ちでものを見るせいか、全く俳句ができません。結局、当日軽いパニックに陥りながら、数だけは三句を投句しました。 1.対象(感動)を掴む 2.対象(感動)の掘り下げ 3.対象(感動)を表現するための言葉選び これは、10/6のzoom句会で、恩田先生が俳句を作る時の三つのポイントとして、お話してくださったことです。 当日にはすっかり忘れてしまって、あわあわするばかりでした。 次の吟行句会の時には、短時間で三つのポイントを押さえることができるように、少しは成長をしていたいと思いました。 最後になりましたが、山本さんと幹事を務めさせていただき、恩田先生はじめ皆様のアドバイスとご協力で、吟行句会が無事に終えられたこと、お礼申し上げます。 ありがとうございました。  (長倉尚世) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 10月6日 樸俳句会 兼題は水澄む、敗荷。 特選1句、入選2句、原石賞1句を紹介します。 ◎ 特選  鍋に塩振つてガンジー誕生日              芹沢雄太郎 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「ガンジー誕生日」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ○ 入選  零れ萩はせを巡礼鳴海宿                林彰 【恩田侑布子評】 芭蕉が『笈の小文』の前半で詠んだ、〈星崎の闇を見よとや鳴く千鳥〉には「鳴海にとまりて」の前書があります。芭蕉が伊良子の保美に流された杜国を訪ねる序章として、闇と星と千鳥の声が幻想的な句です。その鳴海を作者が訪ねました。名詞句を畳み掛けた句は三枚の絵を次々に重ねてゆくよう。ことに上五の「零れ萩」に杜国との儚い恋を暗示するあわれが添います。芭蕉を一人の「巡礼」と捉えたところも出色。芭蕉への遠い唱和として、艶のある俳句になっています。 ○ 入選  水澄むやさんさ太鼓の天に舞ふ                 山本綾子 【恩田侑布子評】 「さんさ」は岩手県各地に伝わるはやしことば。岩手の盛岡や遠野に伝わる盆踊りが「さんさ踊り」。田んぼの水路も川の流れも清く、お囃子に乗って胸に担ぐ「さんさ太鼓」を打ち鳴らします。「天に舞ふ」の下五で一気に、祭り太鼓の響く秋空に、色とりどりの帯の翻る陸奥に拉しさられるのは私だけではないでしょう。澄み渡る秋の風土詠です。 【原石賞】秋霖や瓦礫の中に春樹の本               活洲みな子 【恩田侑布子評・添削】 目の付けどころが素晴らしく、「秋」と「春」の対照的な取り合わせも効いています。日本各地が地震や洪水の災害に見舞われ、能登の洪水と土石流は、元日の大地震に次ぐ自然の猛威に胸が潰れました。災害後にも絶え間なく降る秋雨と、崩壊家屋の隙間に覗いている村上春樹のデリケートな非日常を含む世界が印象的です。やや説明的な「中に」を直しましょう。 【添削例】秋霖や瓦礫にまざる春樹の本

9月15日 句会報告

2024年9月15日 樸句会報 【第144号】 9月15日の兼題は「敬老日」「秋思」。心に染み入る俳句が並びました。 先生のご指導で印象的だったのは「俳句は最後の最後は人間性だ」という言葉。 俳句には沢山の決まりごとがあり、そこが楽しみの大きな要素です。決まりごとと向き合いながら、いかに深く正直に…そして最も大切なのは人間性。 俳句は面白い、あらためて確信できる会でした。 入選4句を紹介します。 ○ 入選  色鳥や病室に海照りかへす                古田秀 【恩田侑布子評】 夏の間は生い茂る緑にまぎれて目立たなかったが、秋になると色彩の思わぬ清らかさにハッとする小鳥がいます。折しも病室の窓辺にやってきて、無心に尾を振ります。その向こうにはキラキラと海原がいちめんにかがやいて。秋の空が真っ青なだけに、ここが病室であることが哀しい。見舞いに訪れた作者のまなこに、祖父の終焉の光景が残されました。 ○ 入選  父と遇ふ十七回忌夜半の秋                 林 彰 【恩田侑布子評】 父と思いがけない遭遇をしました。しかもそれは父の十七回忌でした。遠忌の法事に、親族や有縁の懐かしい人々が集まってくれ、やがて潮が引くように去り、実家に一人になった秋の夜です。父が他界して十数年も経って、まったく知らなかった父の生前の姿、新たな横顔と向き合うことになったのです。静かなこころのドラマが感じられます。「あふ」には会ふ、逢ふ、遭ふ、もありますが、たまたま遭遇した意味の「遇ふ」を使ったことで、季語「夜半の秋」と交響し、肉親の情に奥行きが生まれました。墓じまいや、散骨が「ブーム」の現在、死者を弔い悼むことは、後ろ向きではなく、遺された人の明日の生につながることを示唆する気品ある俳句です。 ○ 入選  孝足らず過ぎていま悔ゆ敬老日                 坂井則之 【恩田侑布子評】 愚直そのまま。飾り気も技巧もあったものではありません。作者の両親、少なくとも片親が他界されているのでしょう。敬老の日に、「ああ、外国旅行に連れてゆくこともなかったなあ」とか、「もっと頻繁に帰って、手厚く介護してあげたかったなあ」とか、様々な思いが胸をよぎります。それが中七の「過ぎていま悔ゆ」です。(孝行のしたい時分に親は無し)という諺にそっくりだと思う人がいるかもしれません。しかし、ここまで朴訥、簡明に俳句に結晶化することは誰にでも出来ることではありません。真率な思いが口をついて出た、鬼貫のいう、まことの俳諧です。 ○ 入選  問診票レ点と秋思にて埋める                 成松聡美 【恩田侑布子評】 医者に行って、待合室で出される「問診票」の質問を何も埋めずに空欄にできる人はいたって健康です。この作者はほとんどの質問に「レ点」をつけなければなりません。「マークシートを埋めてゆくんじゃないのよ」。次第に憂鬱な気分に。それを「レ点と秋思にて埋める」と俳味たっぷりに表現した手柄。自己諧謔が効いた大人の俳句です。 【後記】 一年半前、音の数え方もままならぬ中で大胆にも恩田先生の門をたたきました。 日常に彩りをあたえ、何事にも好奇心をかきたて、絡まった過去をほどいてくれる…十七音の力の大きさを実感しています。 作句の面白さに加え、もう一つの楽しみが選句の時間です。同じ兼題で他の方はどんな句を詠んだのか。ずらりと並んだ中からぐっとくるものを見つける喜び、何度も読み返し次第に心が震えだした瞬間の感慨。二週間に一度の大切な時間です。 俳句と過ごした五年後十年後の自分自身の心のありようが今から楽しみです。  (山本綾子) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 9月1日 樸俳句会 兼題は梨、蜻蛉。 入選4句を紹介します。 ○ 入選  高原の蜻蛉われらの在らぬごと                猪狩みき 【恩田侑布子評】 見渡す限りの高原を無数の蜻蛉が飛び交っています。「われらの在らぬごと」という措辞は、見つめているわたしたちなど眼中になく、透明な翅を水平に広げて伸び伸びと風に乗る姿をありありと感じさせます。別世界そのものの命のありようは逆に、人間が地球のあちこちで繰り広げている戦争や、分断や、飢餓の現実を照らし出しています。 ○ 入選  剥く音のよこで噛む音長十郎                 山本綾子 【恩田侑布子評】 お母さんが梨を小気味よく剥いてくれるそばから、汁いっぱいの歯触りと甘みに夢中になる子ども。シャリリとした歯ごたえと代赭色の皮をもつ、昭和に流行った梨の品種名「長十郎」が効いています。赤褐色の皮がスルスル伸びていく映像の影に、ほんのりベージュがかった白い肌と、健康そのものの咀嚼音が共感覚を響かせ、初秋の清々しさがいっぱいです。 ○ 入選  ラ・フランス初体験の裸婦写生                 岸裕之 【恩田侑布子評】 眼前のラ・フランスが呼び起こす記憶。美大生や画家の日常的なドローイングとはわけが違います。なんといっても「裸婦写生」の「初体験」です。ドキドキするうぶな感じと、モデルが期待した若い女性ではなく、腰回りに贅肉がたっぷりついた「ラ・フランス」のような中年女性であったズレたおかしみもにじみます。とはいっても「初体験」。輪郭を描きにくい太り肉(じし)のやわらかな存在感がこそばゆく五感を刺激してきます。 ○ 入選  鬼やんま逃して授業再開す                 小松浩 【恩田侑布子評】 教室に突然、鬼やんまが飛び込んできた驚き。蜻蛉の大将は長くまっすぐな竿を持ち、大きな金属質の碧の目玉は、昆虫とは思えない威厳であたりを睥睨します。女の子はキャーキャー。男子は腕の奮いどころと勇み立ったか。先生は授業妨害物に過ぎないそれを窓から事務的に追放し、一言「さあ、教科書に戻って」。新秋の大空をわがものにする鬼やんまの雄勁な擦過力が、四角い箱の教室にいつまでも余韻を残します。

8月4日 句会報告 

2024年8月4日 樸句会報 【第143号】 蝉の声が窓ガラスを貫き、室内にいても恐ろしく思えるほどの炎天ですが、外に一歩も出ずに句会空間にアクセスできるのはありがたいこと。しかし作句はそうはいきません。なるべく自然と触れ合い、言葉を模索する日々です。もちろん熱中症対策は万全に…… 兼題は「原爆忌」「百日紅」。 特選3句、入選2句、原石賞1句を紹介します。 ◎ 特選  昨日原爆忌明後日原爆忌              小松浩 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「原爆忌(一)」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ◎ 特選  ギターの音川面に溶けて爆心地              古田秀 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「原爆忌(二)」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ◎ 特選  サンダルを履かずサンダル売り歩く              芹沢雄太郎 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「サンダル」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ○ 入選  スクールバスみな茉莉花の髪飾り                芹沢雄太郎 【恩田侑布子評】 茉莉花はインド、アラビア原産。南インドのインターナショナルスクールに通う子どもたちの朝の光景が生き生きと感じられます。蒲原有明が「茉莉花」で歌った神秘的な悲恋の情調は、この句では一変します。つよい陽光の中で琺瑯のような白が少女らの黒髪に煌めき、原産地の豊穣な香りを湧き立たせます。 ○ 入選  火矢浴びて手筒花火の仁王立ち                 岸裕之 【恩田侑布子評】 新居や豊橋の手筒花火のハイライトシーンを巧みに造形化しました。胸に火筒を抱えて「仁王立ち」する姿こそ、まさに夏の漢の勇姿というべきもの。「火矢浴びて」も、頭上から降り注ぐ火の粉を言い得てリアルです。 【原石賞】異常気象をエネルギーにか百日紅               海野二美 【恩田侑布子評・添削】 炎暑をものともせず、逆に楽しむように咲き誇る百日紅は「異常気象をエネルギーに」しているのかなと疑問を投げかけます。発想自体が非凡なので、遠慮がちな字余りの疑問形ではもたつきます。言い切りましょう。その方がずっとインパクトが強くなり、百日紅が咲き誇ります。 【添削例】百日紅異常気象をエネルギー 【後記】 今夏は広島へ旅行にいきました。平和記念資料館の展示に圧倒されながら、噴水と梔子の花に立ち直る力をもらいます。そして広島市現代美術館の、広島という都市の記憶をナラティブに展開する作品群に心がざわめきます。平和を希求し、選択すること、何よりそれができるうちにし続けることを心に刻みました。  (古田秀) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 8月18日 樸俳句会 兼題は星月夜、花火。 特選1句、入選2句、原石賞2句を紹介します。 ◎ 特選  見上げねば忘れゐし人星月夜              見原万智子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「星月夜」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ○ 入選  帰りぎは「またきて」と母白木槿                前島裕子 【恩田侑布子評】 一読、切なくなる俳句です。離れ住んでいるけれどよく来てくれる娘に、つい甘えて「またきて」という老母。病が重いというわけではないけれど、老いが次第に進み、フレイルになってゆくさびしい姿が、白木槿のやさしさや儚さとひびいています。 ○ 入選  君くれしボタンを吊りて星月夜                 山本綾子 【恩田侑布子評】 今の中高生にもこんなジンクスが伝わっているのでしょうか。卒業式の日に、憧れの男子から学ランの第二ボタンをもらえると「君が本命だよ」の意になり、「両思いよ」とか、「失恋」とか、クラスの女子がときめき、密かに騒いだものです。作者は意中の人から胸の金ボタンをもらい、秋が訪れても大事なお守りとして部屋の天井から吊っています。離れた都市に進学したのかもしれません。いつか結ばれたいという思いが「星月夜」と響きかわします。ロマンチックで可愛い俳句。 【原石賞】ひとりも良し背中で見てる音花火               都築しづ子 【恩田侑布子評・添削】 花火大会に集まる群衆をよく見れば、家族、仲間、恋人といった複数人の単位から構成されています。ところがこの句は「ひとりも良し」と言って、深い切れがあります。そこが内容と表現が一体化したいいところ。ところが残念なことに、中七以下は上五のせっかくの美点を損なっています。背中に眼はなく、「音花火」も無理な措辞なので、自然な表現にしましょう。若い日から体験してきたさまざまな花火の夜が鮮やかに作者の背中に咲き誇ります。 【添削例】ひとりも良し背中に聞いてゐる花火 【原石賞】二度わらし母を誘ひて庭花火               坂井則之 【恩田侑布子評・添削】 認知症になった老親を「二度わらし」といいます。漢字では二度童子。線香花火など手に持ってする「庭花火」も効果的。認知機能は多少衰えても、まだ花火を手で持って楽しむことができ、子どものように無邪気にはしゃぐかわいい母なのでしょう。上五でぶっつり切れることだけが気になります。「二度わらしの」と字余りになっても、この句のゆったりした内容を損ねません。 【添削例1】二度わらしの母を誘ひて庭花火

7月21日 句会報告

ひつたりと閉ぢよくちびる大南風

2024年7月21日 樸句会報 【第142号】  連日全国一の最高気温を記録し続ける静岡県。そんな時期に静岡市内の小料理屋にてリアル句会を開催しました。句会後は懇親会もあり、静岡の夜を皆で楽しみました。  兼題は「ソーダ水」「風鈴」。特選1句、入選4句を紹介します。     ◎ 特選  ソーダ水越しに種馬あらはるる              芹沢雄太郎 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「ソーダ水」をご覧ください。             ↑         クリックしてください     ○ 入選  明易の羽ひらきたり人工衛星サテライト                古田秀 【恩田侑布子評】  日本が開発している宇宙太陽光発電をする静止衛星でしょう。宇宙空間に進出した現代の科学技術を「短夜」の季語で詠んだところが斬新です。太陽光パネルの展開を、「羽ひらきたり」とした詩的措辞もなだらかで無理がありません。ア母音七回の多用と頭韻が広々と澄んだ調べをもたらし、未来への希望を感じさせて軽快。今どきめずらしい向日的な句です。   ○ 入選  風鈴の途切れとぎれの添寝かな                 活洲みな子 【恩田侑布子評】  ふだんの暮らしから俳句を掬いとった素顔の良さがあります。まだ幼いお子さん、またはお孫さんをお昼寝させるための添い寝でしょう。寝かせつけるために横になっているのに、子どもの甘い香りと風鈴の澄んだ音色に、ついうつらうつらしてしまいます。夢とうつつの境に聞こえるこの風鈴のなんという涼しさ、ゆたかさ。   ○ 入選  ソーダ水いつか会へると思ふ嘘                見原万智子 【恩田侑布子評】  目の前の「ソーダ水」を飲みながら、そういえば昔、こんなソーダ水を二人で飲みながら、男が「いつかまた会えるよ。会おうね」と言ったことを思い出します。自分でもなんとなく「いつか会える」ように思ってきたけれど、ちっとも会えない。会わない。そうか。嘘だったんだと気づいた瞬間、炭酸が喉を心地よく刺激して通り過ぎるのです。   ○ 入選  頬杖の星占とソーダ水                長倉尚世 【恩田侑布子評】  頬杖をついてすることに、星占いを読むこととソーダ水を飲むことは、ピッタリすぎるくらいピッタリです。自分のささやかな未来をくつろいで占い、甘く爽やかなソーダ水に癒される夏の午後のしあわせ。宇宙のあまたの星の一つに偶然生まれ、今こうして生きていること。ちょっとロマンチックな思いのよぎる涼しさ。     【後記】  筆者にとって数年ぶり?のリアル句会への参加でした。恩田先生や句友たちの変わらぬ姿に安心しつつ、新たにお会いした句友たちから新鮮な刺激を受け、俳句へ向き合うエネルギーをたくさん頂くことが出来ました。  リアル句会でこそ得られるパワーがあることを、改めて実感しました。  (芹沢雄太郎)  (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 7月7日 樸俳句会 兼題は滴り、蚊。 入選2句、原石賞4句を紹介します。 ○ ...

6月16日 句会報告

濡れ縁やほたるの闇に足を垂れ

2024年6月16日 樸句会報 【第141号】  六月は八日に東京吟行(浅草~隅田川~浜離宮)、十六日にZOOM句会。吟行はゲスト二名も加わって大変賑やかで楽しい催しとなったものの、残念ながら入選句なしという結果に。十六日は吟行から日数のない中、入選四句、原石賞一句が選ばれました。兼題は「鮎」そして「蛍」。吟行で着想を得たと思われる句も散見され、バラエティに富んだ五十八句が集まりました。       ○ 入選  鮎天や上司の語りほろ苦く                中山湖望子 【恩田侑布子評】  稚鮎は塩焼きにできないので天ぷらにする。頭も腸も丸ごと食されて美味。はらわたのほろ苦い美味さが、乙な小料理屋での少し気のはる上司との会話を想像させる。上司みずからが体験してきた、宮仕えの気苦労や失敗譚が、婉曲表現で作者への諌めに重なってくる。その微妙な上下関係の人間の立場と感情が「鮎天や」の季語と切れによって無理なく表現されている。 ○ 入選  節くれた祖父の手に入る夕螢                 見原万智子 【恩田侑布子評】  手中の螢をうたった句としては山口誓子の「螢獲て少年の指みどりなり」が名高い。「みどりなり」とうたわれた少年の六十年後のような俳句。「節くれた」の措辞に血が通って温か。誓子は「獲て」で、主体的。こちらは「手に入る」と受身なのも、老いた心の柔らかさが自然に感じられる。まだ更け切っていない夕べの螢のやさしい手触りが伝わってくる。 ○ 入選  万緑や大社造は屋根の反り                林彰 【恩田侑布子評】  大社造といえば、出雲大社が名高いが、国宝で日本最古のそれは、松江市街から緑濃い南に入った神魂(かもす)神社である。鳥居から本殿に至る擦り減った石段の鄙びた感じがじつにいい。山ふところに包まれて鎮座する切妻屋根の裾の抑制されたアウトカーブが奥ゆかしい。掲句によって、一人尋ねた昔日の光景の中へ、たちどころに招じこまれた。神奈備山と神籬(ひもろぎ)の織りなす万緑は、栩葺のやわらかく荘厳な屋根の「反り」と相まって、イザナミノミコトの神話時代へと想いを誘う。古建築と日本の風土への堂々たる讃歌。 ○ 入選  大皿をすべりて鮎のかさならず                長倉尚世 【恩田侑布子評】  鮎の月光色の薄皮がカリッと炭火に香ばしく焼かれ、大皿に供されたのであろう。この皿は清流を連想させる青磁かもしれない。「すべりて」で、鮎の軽やかさが、「かさならず」で、その姿の美しさが際立った。大皿と鮎のみを漢字表記としたことで、清らかな川のほとりの涼風が吹きかよってくる。     【原石賞】応答なき骨董店の夏暖簾               長倉尚世 【恩田侑布子評・添削】  「ごめんください」。さっきから奥へ向かって何度か声をかけている。が、ちっとも返事のない骨董店の「夏暖簾」が印象的。店主が席を外すのだから、そうそう高価な時代物は並んでいなかろう。かといって、ただの我楽多屋でもない。染付の小皿や、澄泥硯が朱漆の函に収まっていたり。小味の利いた品々が、麻の暖簾の陰に微睡んでいそう。「応答なき」は宇宙船のようで遠すぎる。「応(いらへ)なき」が静かで涼しい。 【添削例】応なき骨董店の夏暖簾   【後記】  今月の兼題「蛍」は、夏を代表する人気季語の一つではないでしょうか。有名句の多い難敵とも言えます。作句前、自分の愛誦句帖を見直して深々と嘆息。これは素敵、心に届くと思って書き付けた蛍の句の多くが、現在の私には陳腐でありふれた十七音に見えるのです。句作を始めて僅か一年ほど、ものの見方感じ方はこれほど短期間に劇的な変化を遂げるのかと苦笑いするしかありません。自分は何を求めて、どんな十七音を表現したいと望んでいるのか。躓きながらの試行錯誤は、まだまだ続きそうです。  (成松聡美)  (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 6月8日(土)の吟行会にゲスト参加された川面忠男様が、ご自身のブログで当日の様子をレポートしてくださいました。 ぜひご覧ください↓東京吟行会のレポートが届きました!  

5月5日 句会報告

振りむく子片手抱きして夏めけり

2024年5月5日 樸句会報 【第140号】  大型連休中の句会で「果たして参加人数は?」と気をもみましたが、初夏の躍動感が俳句心を刺激したのか、63句が集まるにぎやかな会になりました。  夏の季語は1980年代のシティーポップを想起させるようなものがたくさんあって、春秋や冬の季語とは印象が異なります。人によって好きな季語の季節がきっとあるはず。それが詠み手の心と響きあい、俳句の大切な個性が生まれるのでしょう。  6月の一回目は都内での吟行。Zoom画面から外へ出て、いつもとは違う雰囲気を楽しみたいものです。  兼題は「春眠」「風船」。特選2句、入選4句を紹介します。     ◎ 特選  ぼうたんや達磨大師の上睨み              古田秀 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「牡丹」をご覧ください。             ↑         クリックしてください ◎ 特選  春眠や彼の地は鉄の雨ならむ              小松浩 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「春眠」をご覧ください。             ↑         クリックしてください     ○ 入選  風船も連れて地球の回りをり                活洲みな子 【恩田侑布子評】  分断と格差の時代。地球沸騰の時代。戦争の時代。それでも作者はのどかなパステルカラーの夢を忘れたくないのだと、「風船」がいっぱい地球に繋がっている光景を描き出してくれた。未来ある子どもたちの夢を大切にしたい作者の祈りに共感せずにはいられない。 ○ 入選  不眠症きらめきながら枝を蛇                 古田秀 【恩田侑布子評】  ユニークな感性の句。眠ろうとすればするほど眠れない新樹の夜。葉ずれをさせて枝から幹へすべる銀色の蛇のぬめりが官能的。 ○ 入選  熊蜂の動かぬ空の震へかな                小松浩 【恩田侑布子評】  熊蜂が甘く唸る戸外はまさに春昼。太いまっ黒な毛むくじゃらな胴体のホバリングは印象的。それを逆さに、「動かぬ空の震へ」と印画のように反転してみせた静かな技はこころを震わす。 ○ 入選  もういいかい風船一つ残されて                活洲みな子 【恩田侑布子評】  こどもたちが風船つきに飽きて取り残された部屋を想像してもいいが、それだけでは終わらない俳句。なつかしいかくれんぼの合言葉、「もういいかい」が効いている。「まあだだよ」ならもっと待つ。探しに行っていい時には「もういいよ」。いったい、どちらの返事が返ってくるのだろうか。遠く離れた不在の相手に作者は問いかける。「もういいかい」。部屋には、ゆらりと赤い風船が一つ。ハッピーエンドとなるのか、喪失体験となるのか。読者はそれぞれ、自分の体験と照らし合わせて想像すればいい。     【後記】  俳句作りの悩みは尽きない。そして実作以上に鑑賞は難しい。句会の特選句・入選句と自選句のギャップがしばしば甚だしいので、悩みはいっそう深まる。4月の句会報で岸さんが書いていた選句の苦労を、自分も痛感している。このギャップをできるだけ埋めることが「石の上にも三年」の課題だ。  世間一般で言う名句がイコール感動する句、ではないが、少なくとも自分が好きになった句については「なぜ」を納得できる言葉にできなかったら、鑑賞したとは言えないだろう。理屈抜きに心に刺さる句がある。それを鑑賞という文学に昇華させる。やはり難しいことである。  (小松浩)  (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 5月25日 樸俳句会 兼題は立夏、若葉。 入選1句、原石賞4句を紹介します。 ○ 入選  喪帰りやなんじゃもんじゃの白に座し ...

4月7日 句会報告

あきつしま祓へるさくらふぶきかな

2024年4月7日 樸句会報 【第139号】  4月7日は静岡では丁度桜が満開で、句会も花の下一杯やりながらといきたいところだが、案の定参加者がいつもより少なく残念でした。というのは、俳句は一方的に作るのでなく、作者と鑑賞者が一句独特の魅力です。省略とか余白は、より鑑賞者の自由な解釈ができるためのツールとしてあるのではないでしょうか。今まで句会において何気ない良句が、鑑賞というフィルターを通して、名句へと旅立っていくのを目の当たりにしました。ここに、投句だけでなく、句会に参加すべき意義があるのでないでしょうか。  今回の兼題は「鴉の巣」「古草」「花」です。入選4句を紹介します。 ○入選  ファインダー花冷の都市無音なり                古田秀 【恩田侑布子評】  高階からカメラのファインダーを覗くと、「花冷の都市」は思わぬ静まりようです。まるで無人都市のよう。にわかに現実とVRが溶け合い、すべての肌触りが遠ざかります。薄い灰色と桜色の雨もよいの都市そのものが非日常の空間としてデジタル画素の網に浮かび上がるハードボイルドな都会詠です。 ○入選  春雨か微睡のなか聴く霧笛                 星野光慶 【恩田侑布子評】  「霧笛」なので、大きな港湾の近くの住まいが想像されます。うつらうつらした心地よい「微睡のなか」で、外国船の霧笛が遠く聞こえ、その潤みようから、ああ外は「春雨」が降っているのかなと思います。この上五の「か」の切れ字、よく出ました。しかも自然です。「や」なら平凡な句になったものを、「か」の問いかけの一字が救っています。音楽的にも「か」行の脚韻の効果が、春雨のしっとりしていながら、そこはかとなく明るい春光を句全体ににじませています。 ○入選  古草や読み続けゐる文庫本                猪狩みき 【恩田侑布子評】  「古草」の季語の本意を深く自分のものとした実直な俳句です。古草は春になっても野山や空き地に残り、誰にも顧みられなくなりますが、一年前には芽吹きも成長もあり、緑の葉の茂みもありました。花も咲かせました。今は、色の抜けた柔らかなわら色の光を投げかけるばかり。「読み続けゐる文庫本」はきっと古典でしょう。なんべん繙いても、前には気づけなかった角度から新しい泉が湧いてきます。人間の精神の財産は一人ひとりの真摯な感受があって、初めて継承され生かされてゆくのだと、静かに襟を正される思いがする俳句です。 ○入選  痛む身の杖の先にも菫かな                都築しづ子 【恩田侑布子評】  「痛む身」をおして、春先の日光を全身に浴びようと、杖で歩かれる前向きの作者です。ふと、「杖の先に」すみれをみつけた瞬間のよろこび。足元からやさしく励まされる春ならではの光景のたしかさ。「杖と作者の身体はもはや一体と化しているようだ」という優れた鑑賞が句会でありました。 【後記】  私は昨年の秋あたりから、意識して選句に力を入れております。動機となったのは、いつも投句の際作った複数句から三句を選ぶのに苦労しているからです。自分の句の優劣も判らぬものが、ひと様の句を批評するなんておこがましいと思ったからです。たまたま恩田代表の「選句に力を注げよ」の檄に乗っかり、これはこれでよかったのですが、判定を代表の選句を正として照らし合わせると、惨たる現状に我ながら呆れかえります。で、他の人も似たかよったかだとの捨て台詞を封印して、「名句を作る近道は選句を磨くにあり」との言葉を信じ、もう少し真剣に取り組もうと思います。また、句作において伸びしろは期待できませんが、鑑賞において、若い方の飛躍の一助になるかも知れないという期待は持っています。  (岸 裕之)  (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 4月21日 樸俳句会 兼題は「春の雲 」「遠足 」「磯巾着 」です。 特選2句、入選4句を紹介します。 ◎ 特選  姉妹してイソギンチャクをつぼまする              猪狩みき 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「磯巾着」をご覧ください。             ↑         クリックしてください ◎ 特選  街棄つるやうに遠足出発す              古田秀 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「遠足」をご覧ください。             ↑         クリックしてください ○入選  遠足のキリンの舌のかく長き                小松浩 【恩田侑布子評】  麒麟は動物園でもひときわ印象的な美しい動物。その舌に魅入られていつまでも見惚れている子ども心が端的に表現されています。キリンというカタカナ表記が童心にふさわしく、その長い灰色の舌への驚きと、食べられて次々消えてゆく葉っぱの不思議さが伝わってきます。童心をつねに養っていないとつくれない俳句です。 ○入選  春の雲水子地蔵のまるい頬 ...

3月17日 句会報告

経緯(ゆくたて)もなきふみつゞり春の雪

2024年3月17日 樸句会報 【第138号】  彼岸の入り、春うららかな昼下がり、副教材が要らないほどの大収穫と恩田侑布子が絶賛する句会となりました。兼題は「麗か」「春の波」「浅利」、特選1句、入選3句、原石賞3句をご紹介します。 ◎ 特選       澤瀉屋       千回の宙乗りの果て春夕焼              前島裕子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「春夕焼」をご覧ください。             ↑         クリックしてください ○入選  芽柳の雨垂れを見る一つ傘                活洲みな子 【恩田侑布子評】  「芽柳」だけで充分みずみずしいですが「芽柳の雨垂れ」はいっそう清らか。相合傘を「一つ傘」と言ったことで、透明感のある恋の句になりました。寄り添う二人が眼差しまで合わせて、芽吹いたばかりの柳の先に垂れる雨しづくの一粒をみつめています。鏑木清方の「築地明石町」に描かれた女人。その若かりし日の一コマを垣間見る心地がします。 ○入選  暗がりに殺す息あり浅蜊桶                 小松浩 【恩田侑布子評】  海水ほどの塩気の水に浸け、外し蓋をして砂を吐かせます。その暗がりを想いやっているのです。柔らかな肌色の身を貝からイキイキと伸ばすもの。潮を吹くもの。でもそれはみんな殺さなければならない息です。殺して食べるために、いましばらく生かしている後ろ暗さ。生きるために殺生戒を犯す、春陰ならではの一つの思いが刻まれました。 ○入選  あさり吐く砂粒ほどのみそかごと                成松聡美 【恩田侑布子評】  浅蜊が蓋の下でザラザラした細かい砂つぶを音もなく吐いています。なんだか私の誰にも言えない秘密みたいだわ。一句の前半と後半で主体がねじれ入れ替わり、砂を吐く浅蜊と自分が一体化したよさ。 【原石賞】麗かや譲る日の来たワンピース               見原万智子 【恩田侑布子評・添削】  作者ご自慢のワンピースドレスでしょう。奮発して買ったか作らせたか、刺繍や細やかなレースの部分があったりして、贅を凝らした逸品です。少し派手になったかしらと娘に譲るところで、娘がよろこんで着てくれる満足感が「麗か」です。原句は「来た」で勇ましくなってしまいましたので、ドレッシーなワンピースに合わせ、調子をすこし可愛くしましょう。 【添削例】うららかや譲る日来るワンピース     【原石賞】泳げない母の見てゐた春の波               見原万智子 【恩田侑布子評・添削】  泳ぎが不得手で、海に水着で入ったことがない母。その母が眩しそうに春の波をいつまでも見つめていたあの日の記憶。どこか不器用で、そのぶんしとやかでおもいきりやさしかった母。母恋の情が自然に溢れた素直な俳句です。「泳げない」という否定形ではなく、はっきりと具象化しましょう。そうすることで俳句は勁く、味わいゆたかになります。この句の場合は「母の見てゐし春の波」と文語歴史的仮名遣いにする必要はないでしょう。発想自体が、口語現代仮名遣いだからです。 【添削例】かなづちの母の見ていた春の波     【原石賞】空のむかふ溶かして寄せ来春の波                 佐藤錦子 【恩田侑布子評・添削】  海辺または大きな湖のほとりに出かけて、よく「春の波」を見つめ、季語と真っ向勝負した俳句です。春の波を見つめていると、ひとりでに空の向こうの沖に心を誘われます。原句で、一つだけ気になるところは中七のせせこましさです。溶かし、寄せる、来る、と三つもの動詞が畳み掛けられ、特に「来(く)」の固い音で、「春の波」の長閑さが半減してしまいました。ここは素直に「溶かして寄する」にすれば、おおらかな秀句になります。 【添削例】空のむかふ溶かして寄する春の波 【後記】  今回の句会では声に出しての推敲、「舌頭に千転」することの重要性と、俳句には調べが大切ということが再確認できました。特選、入選の句はどれも、その作者にしか詠めない作者らしさが光る句でした。季語の温かさが句を広げたスケールの大きな句、透明感が溢れる瑞々しく眼差しにロマンを感じさせる句、語感が良く春ならではの句、季語とまっこう勝負した詩情溢れる句などなど・・・。原石賞の添削でも一文字に拘ることの大切さを改めて痛感する、実り多き心躍る句会となりました。次回の兼題は手強いものばかりですが、逃げることなくチャレンジしたいものです。  (金森三夢)  (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 3月3日 樸俳句会 兼題は「朧月」「耕す」「菠薐草」です。 特選1句、入選3句、原石賞1句を紹介します。 ◎ 特選  書き込みに若き日のわれ朧月              小松浩 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「朧月」をご覧ください。             ↑         クリックしてください ○入選       岩手県立図書館       雪解しづく青邨句集繙けり                前島裕子 【恩田侑布子評】  山口青邨の句集を青邨のふるさとでもあり、作者のふるさとでもある岩手県立図書館で読んでいます。窓辺にポトッポトッときらめく雪解しづく。早春の透明な光は、鉱物学者でもあった青邨の佇まいに通い、その廉潔な人柄まで偲ばせます。前書きはなくても自立できる俳句です。「雪解しづく」は、山口青邨の魂に捧げられた慎ましい供物であり、清楚な詩(うた)をうたい続けるようです。 ○入選  男女にも友情有りや朧月                金森三夢 【恩田侑布子評】  果たして「男女にも友情」というものがあるのだろうか、と「朧月」に問いかけています。そのつけ味が面白い。作者の心は、すでに半分は恋に傾いているのかもしれません。そう想像させるところが危うげで、ロマンチックです。春の朧月のやさしさにふさわしい問いかけでしょう。 ○入選  月おぼろ話し足りなきことばかり                田中優美子 【恩田侑布子評】  もっともっと話していたかったのに、時間が来てさようならをします。帰り道、あれも話したかった、これも聞いてみたかったと、相手との歓談を思い返します。中天にはなんとも馥郁とした朧月がかかって。「月おぼろ」「足り」「ばかり」のR音の脚韻がリズミカルで、調べの美しい俳句です。「話し足りない」といいつつ、二人の心はすでに、霞む春月のひかりのなかにやさしく溶け合っているのではありませんか。  【原石賞】耕すや吾が幸四五歩四方なり                 佐藤錦子 【恩田侑布子評・添削】  「耕」に正面から迫った独自色のある句です。わずか二、三坪の土地でも、鋤だけで耕すのはたいへんな手間ひまを要します。それを「我が幸」といったのが出色。ただ、「や」「なり」の切れ字の重なりは気になるところです。そこで、句のキモの「吾が幸」を、漢字をひらいて柔らかくした上で、倒置法によって強調すると、さらに生き生きします。 【添削例】耕すや四五歩四方のわが幸を