
2024年1月27日 樸句会特選句 鯛焼のしつぽの温みほどの恋 小松浩 「はらわたほどの恋」ではなく、「しつぽの温みほどの恋」がなんとも可憐です。あるかないか。すぐに冷めてしまいそう。でも、ゆっくりと味わっていると、熱いホカホカのお腹のあんこからほわあんとした「温み」が伝わってきます。いまは「しっぽ」だけれど、これからいよいよ本丸のはらわたに攻め入るのかもしれません。そぞろにものを思わせる力のある、楽しく愛くるしい俳句です。 (選 ・鑑賞 恩田侑布子)
本日の句会で高い評価を得た作品をご紹介します!
2023年12月23日 樸句会報 【第135号】 暖かな日が続いていた後にやってきた寒波で、空気がピンと張った冬晴れの日。今年最後の句会がありました。 兼題は「数へ日」「鍋焼」「熊」。 特選2句、入選4句、△4句、レ4句、・8句。高点句と高評価の句があまり重ならなかったことから、それぞれの読みをめぐって活発に意見が交わされました。「鍋焼」の食べ方談義も楽しい時間でした。 ◎ 特選 斎場のチラシかしまし冬の朝 林彰 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「冬の朝」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ◎ 特選 警笛に長き尾ひれや熊渡る 小松浩 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「熊」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ○入選 数へ日やかき抱きたき犬のなし 天野智美 【恩田侑布子評】 「かき抱きたき人」ではなく「かき抱きたき犬」で、とたんに俳諧になった。いつも一緒にいた小柄なお座敷犬が想像される。その愛らしかった瞳やら毛並みやら。もう一緒に迎えるお正月は来ない。「数へ日」が切実である。 ○入選 星なき夜熊よりも身を寄せ合はす 見原万智子 【恩田侑布子評】 「星なき夜」でなければならない。一粒でも星が瞬けば童話になってしまうから。月もない真っ暗な夜。希望もない。声もない。が、「身を寄せ合はす」人がいる。飢えかけているときに一番食べものが美味しいように、絶望しかけている時ほど、愛する人がいる幸せを感じる。居ないはずの熊を感じるのは、作者が熊になりかわっているから。 ○入選 数へ日の日毎重たくなりにけり 海野二美 【恩田侑布子評】 毎日は二十四時間で変化がないはずなのに、年が詰まり、あとわずかになると、言われるように一日が沈殿するように「重たくなる」。あれもしていない。こっちの片付けもまだ何もやっていない。どうしよう。日数が足りない。途方に暮れても、時間の流れは容赦ない。省略が効いていて、覚えやすい良さもある句。 ○入選 鍋焼吹く映画の話そっちのけ 成松聡美 【恩田侑布子評】 映画の帰りに店に寄ったのだろう。今まで夢中で主人公や脇役の話をしていたのに、「鍋焼」が湯気を立てて運ばれてきた途端、もう映画なぞ「そっちのけ」。ふーふー。ずるずる。アッチッチと言ったかどうか知らないが、美味しく楽しく夜はふけてゆく。 【後記】 年末のあわただしい気分がありながら、句会の間は別の時間が流れているような気持ちにもなりました。 「“発見”が大事といつも言っているけれども、それは“知”“頭だけ”での発見ではなくて“知・情・意”があるものでなければ」との恩田先生の言葉に、詩的な発見のための構えについてあらためて感じるところがありました。また、「情、気持ちの切実さは十分に持ちつつそれに耽溺せず表現するのが俳句」との言葉も。難しい、ですが、その難しさを楽しむ気持ちで新年に向かえたらと思っています。 (猪狩みき) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 12月12日 樸俳句会 兼題は「冬ざれ」「山眠る」「枇杷の花」です。 特選2句、入選3句を紹介します。 ◎ 特選 テレビとは嵌め殺し窓ガザの冬 古田秀 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「冬」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ◎ 特選 枇杷の花サクソフォーンの貝ボタン 益田隆久 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「枇杷の花」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ○入選 枇杷の花いつか一人となる家族 活洲みな子 【恩田侑布子評】 枇杷はしめやかな花。半日陰を好むようで、遠目にはそれと知れない。トーンの低い冬の日差しに似合う。大きな濃緑の葉影に静まって地味に群れ咲く。「いつか一人となる家族」。この感慨にこれほどピッタリと収まる花は他にはないだろうと思わせる。 ○入選 磔の案山子の頭ココナッツ 芹沢雄太郎 【恩田侑布子評】 案山子は秋の季語。ココナッツの頭はエキゾチック。作者は南インド在住の芹沢さんと想定して入選に。 まず案山子を「磔」とみたことに驚かされる。今まで衣紋掛けは連想しても、キリストの磔刑など、夢にも想わなかった。言われてみれば、案山子が痩せこけた磔刑像のキッチュなポップアートのように思えてくる。そこら辺のココナッツで無造作に頭を代用しているとなればなおさら。インドの原色の服装も見えてくる。名詞をつないで勢いのある面白い俳句だ。 ○入選 きれぎれに防災無線山眠る 成松聡美 【恩田侑布子評】 よくある山村が目に浮かぶ。限界集落ともいわれる山間地の寒村だろう。「きれぎれに」の措辞がリアル。谷住まいの評者も日々経験しているが、山や木や風に遮られて明瞭には聞こえてこないもの。ばかばかしいほどゆっくりとした広報の声が風に乗って、だいたい何を伝えたいかだけはわかる、あいまいの国、日本。「空気が乾燥しているので火の元に気をつけましょう」とか。大したことは言っていなそう。山は安堵して眠りについている。
2023年12月9日 樸句会特選句 テレビとは嵌め殺し窓ガザの冬 古田秀 テレビはなんでも写す。親し気に見知らぬ人が出てくるものと思っていた。でも、今度ばかりは違った。ハマスの200人殺人に対して、イスラエルがガザの人々を16000人も早や殺戮してしまった。しかも封鎖された狭い空間に押し込められたパレスチナ人は、飢渇させられ、子どもまで数千人も殺されている。まさか、今世紀にこのような非人道的なことが、という切迫した思いが溢れる。テレビはなんでも見えるようで、1ミリも開かない窓だったのだ。「嵌め殺し」という詩の発見の措辞が、現実に起こっている殺戮現場につながり、心胆を寒からしめる。 (選 ・鑑賞 恩田侑布子)
2023年11月12日 樸句会特選句 形見分くすつからかんの菊日和 見原万智子 御母堂を亡くされ、まだそれほど月日が経っていない。作者は周りには明るくふるまう人だ。でも、内心の悲しみは、言葉の意味ではなく、調べが語ってしまう。三年も経てば「形見分すつからかんの菊日和」となったかもしれないから。上五「カタミワク」の「ク」の切れと、下五「キクビヨリ」の「ク」がそのまま深い悼みと喪失感を伝える。さらに全体に散るカ行六音は、思い出を振り切ろうとあらがう姿勢そのものとして健気に響く。ふり仰げば秋晴れは「すつからかん」。庭には故人が愛した菊が端正に咲き誇っている。形見を親戚や友人にすべて分けきって、家じゅうをすっからかんにしてしまおう。空っぽになった座敷に、亡き母のやさしい笑顔がしずまるよう。 (選 ・鑑賞 恩田侑布子)