
「今に生きる前衛としての古典― 詩人大使クローデルの句集『百扇帖』をめぐって」
・日 時 2018年6月17日(日)13時30分開演
・会 場 神奈川近代文学館 展示館2階ホール
・コーディネーター 芳賀徹
・パネリスト 夏石番矢・恩田侑布子・金子美都子
川面忠男様のご寄稿の(下)を掲載します。 シンポジウム「クローデルの『百扇帖』をめぐって」 (4) 日常の風景と深読みの詩句 恩田侑布子さん、夏石番矢さんに続き金子美都子さん(聖心女子大名誉教授)がパネラーとなり「クローデルは物真似をしなかった。そこがいいところだ」と話し出した。「生命力が豊か」と感じさせる詩がクローデルの特徴という。金子さんは欧州の短詩を研究してきた学者だ。
金子さんは『百扇帖』をめくっていると、ふと金魚と猫を題材にした以下の詩句が目に入ったという。仏文学者の山内義雄先生の訳だ。 鉢のそばにうづくまった猫どの
薄目をあけて日(のたま)はく「私は金魚がきらひです」 金子さん(写真)は「一風変わった詩篇だが、日常的でわかりやすい光景を詠んでいる」と言ったうえフランス語で読み、以下のように解説した。
「夏の昼間、金魚鉢の中で金魚が泳いでいる。傍らでうずくまった猫が薄目で見るともなく『金魚など嫌い』と言っているようだ。しかし、実は幼い頃よく目にした光景だ。クローデルは『百扇帖』に生き物を詠んだこんなコミカルな鑑賞もあるということを示したかったのだ。
フランス近代詩で猫を謳ったのはボードレール。猫に託した恋人の詩などがある。クローデルの詩とは違う。ボードレールの詩では猫と詩人の関係が猫は恋人、女性への微妙な愛情のシンボルになっている。
クローデルの詩の中では人と猫とが接近している。クローデルが俳句を理解しようと思っていたことの表れだ。日本の俳句は発生の根底に諧謔がある。万葉集や古今集は身体表現の豊かな、また滑稽な動作を詠んだ笑いの歌が認められ、そこには動植物を擬人化した動作が詠み込まれている。
クローデルは、明治後半に東大法学部の外国人教師として教えていたミシェル・ルボンの日本文学詩歌集を参照している。その中に芭蕉の〈麦飯にやつるる恋か猫の妻〉という句が載っている。それについてルボンが麦飯は白米より栄養が少ないとか、猫の恋は俳諧として好まれた題材であると注を付けている。古典詩歌の気品や威厳に全く反するものではないとも。クローデルは動物も人間と同列に扱われる題材だと思ったのではないか。」
次に金子さんは同じようにクローデルが身近なことを詠んだ句として「紙鳶」を紹介した。芳賀徹さん訳だ。 小柄なお母さん 小走りで
凧を舞いあがらせる
いや、それは子ども
母さんの背で口を ぽ
かんとあけて
凧あげしてる 金子さんは「微笑ましい短抄。〈ぽ〉で切るのはクローデルの手法であって『意味の出血』と言っている」と述べた。「意味があふれて出てしまう」のだ。
続いて金子さんは「影月」と「陰墨」というクローデルの二つの詩句をフランス語と日本訳で紹介した。どちらも有名だという。
まず山内義雄先生訳の「影月」。 今宵床上にあって 手 壁面にものの影をゑがく 月出でぬ また「陰墨」(栗村道夫訳)も似たような秋の詩句だ。 月のわれに与ふる此の陰
此の世のものならぬ 墨の如し これらの詩句について以下のように解説した。
「秋のひんやりした空気、十五夜を過ぎた月が上っている。〈名月や畳の上に松の影〉という其角の句があるが、影をつくっているのは〈手〉、そこで切っている。クローデルが得意な表現だ。手から出た息吹がとどける無言の言葉を君も心の耳に受けよ、という文言があるが、手から自分の持っている思想、考えが最終的には手という身体から相手の心に伝わるという大事なものになるわけだ。それを出せる空間を十分にとっている。
壁の上に陰をつくる手は、存在するすべてが至るところで自分がそれなしには存在しえなかったものを指示している。そこで月が隠れた意味を示している。陰は月が与えた墨にもなっている。ここで見えない世界というか、現実の世界にないものを表している。」
クローデルも実と虚の間を行き来する詩人だと思う。
(川面忠男 2018・6・28) シンポジウム「クローデルの『百扇帖』をめぐって」 (5) 芭蕉を超える?句もあり 恩田侑布子さん、夏石番矢さん、金子美都子さんという3人のパネラーの発言の後、司会の芳賀徹さん自身がパネラーになってポール・クローデルの詩を鑑賞、解説した。それらの詩句は「日本――神話的ヴィジョン」、「牡丹と月――自然のエロス」、「魂のうるほひ」と芳賀さんの言葉で分類している。
まず「神話的ヴィジョンの句」。 日本 長き琴のごと
出づる日の一指のもとに いまをののく まずこの詩句について芳賀さん(写真)は「クローデルは日本史を知っている。古代の神話にも興味を持っている。太平洋のいちばん東に上ったばかりの朝日、その光を浴びて日本列島は琴のように張っている。クローデルが作り上げた神話的日本のヴィジョンだ」とコメントした。
続いて以下の詩句。 夜明け 男体(なんたい)は白根に放つ
大いなる金の矢 芳賀さんは「男体山の山頂の日の光がさらに下にある白根山に。これもダイナミックな日本神話の世界。クローデルの中には神話的ヴィジョンがあり、それが百扇帖の骨格をなしている」と言った。
また同じような詩句の紹介。 緑の森の 動かぬ闇のなかから
緋いろのどよめき 芳賀さんはこう解説した。
「男体山の上から山麓の緑の広がりを見ると、その一個所に朝日が当たり明るくなっている。芭蕉の〈あらたふと青葉若葉の日の光〉を受けているが、芭蕉よりいいかもしれない。神話的ヴィジョンを凝縮し自分の詩として俳句の中に詠んだ。」
次は「牡丹と月――自然のエロスの詩句」。 白牡丹の 芯にあるのは
色ならぬ 色の思ひ出
香りならぬ 香りの思ひ出 さらにもう1篇。 牡丹 思ひに先立って わがうちに萌(きざ)す
この紅(くれなゐ) 芳賀さんは「〈白牡丹といふといへども紅ほのか〉、という高浜虚子の句よりはいい。牡丹が好きな蕪村は〈牡丹切て気のおとろひし夕かな〉と牡丹と一体になっている素晴らしい句を作ったが、これに匹敵する」と評した。
そして「魂のうるほひ」の句。「何と言っても『百扇帖』の中で最もいいのは」と以下の詩句に言及した。「山内先生の訳もいい」と訳は山内義雄先生のものだ。
水の上(へ)に 水のひびき
葉のうへに
さらに葉のかげ 「これは百扇帖の最高峰。これには芭蕉も及ばないのではないか。〈水のひびき〉と〈葉のかげ〉だけで成り立っている詩。ひっそりとしてまさに幽玄の世界。これ以上ない静寂、水の響きがあるからいっそう静寂が深まる。
芭蕉の〈閑さや岩にしみいる入る蝉の声〉も蝉の声があるから閑さが増すが、具象的過ぎる。クローデルの詩は音や色のない世界に入っている。
葉は竹の葉、かすかに揺れている。水は京都の寺の庭の池の隅でちょろっ、と落ちている。葉のかげは太陽ではなく月の陰だろう。フランス人の詩がここまで行ったのは驚嘆すべきだと思う。」
芳賀さんが言うようにクローデルの詩が芭蕉よりいいかどうかはわからないが、日本の美の真髄をつかんでいたことは確かだと感じた。
(川面忠男 2018・6・29)
シンポジウム「クローデルの『百扇帖』をめぐって」 (6)
「余白」に気づいた西洋人 シンポジウムの司会者、芳賀徹さんは恩田侑布子さん、夏石番矢さん、金子美都子さんの3人のパネラーに追加の発言を求めた。それぞれの発言について芳賀さんはコメントしたが、ここではパネラーの発言のみ以下の通り要約する。
まず恩田さんは「ポール・クローデルは西洋人として初めて東洋の余白ということに気づいて実験した詩人だった」と以下の通り述べた。
「ジャポニスム(日本趣味)の影響を受けたのは二十歳の頃だ。ジャポニスムの影響を受けた画家としてモネがいる。移ろう光と雲と水の色、ジャポニスムを自家薬籠中のものにしたと言ってみることができると思う。しかし、描きつくしたいという西洋的感性による巨大な絵が自分の胸の中でどんどん縮んでいく。一方、雪舟の『秋冬山水図』は、見ている時よりも離れている時に絵がどんどん大きくなる。なぜかと言えば、余白があるからだ。
モネは余白を理解できなかった。ロートレック、ゴッホもジャポニスムは取り入れていたが、余白については理解していなかった。小石を一つ投げてそこに広がりができるようなものが余白だ。目に見えるすべてを表現することではなく、写実主義ではなく、余分なものは省いて、肝心なものだけを描く。写実主義では本当の美の秘密は描けない。
クローデルは省略して凝縮することに気がついた初めての人ではないかと思う。まさに俳句の精神、深いもの、無への接近ができた。クローデルの脳裏には北斎があった。『百扇帖はクローデルが描いた北斎漫画』ではなかったか、と言いたい。」 続いて司会の芳賀さんに声をかけられて金子さんが以下の通り発言した。
「〈水の上に 水のひびき〉の句のように日本人が感じることができるような詩句をつくることがクローデルの素晴らしいところだが、クローデルの全体を見ると、日本にだけ入り込もうとはしていない。
筆を使っているのは大きい。中国や日本にいたことから全てが始まっているように思える。墨を使うと自分が書きながら画家と同じようになる。作者であるだけでなく作品の鑑賞者、批評家にもなれる。墨を使って書いたことが実験的であり、前衛的なことであった。
クローデルは1980年代以降、日本の詩とか東洋の詩を考えている。その余白は前衛的なことであった。
シュールレアリスト(超現実主義者)のアンドレ・ブルドンが初期の作品の『黒い森』という詩篇に何秒かの空白を入れた。その何秒かの空白が信じがたいほどの効果を出した。語と言うものの周りに置かれた空白のゆえに、またその後に書かなかった他の無数の語と接触するゆえに、とシュールレアリスム宣言に書いている。書かれること書かれないこと、無言の言葉、短縮ということがフランスでは前衛的なことと思う。
その余白の使い方はクローデルとは全然違う。クローデルの場合は象徴詩であると思う。ブルトンの場合は象徴であったならばシュールレアリズムにならないわけだ。その余白のくくり方が違う。クローデルは(〈かあさんの背で口を〉の後、空白をつくり〈ぽ〉と置き、改行して〈かんとあけて〉と続く、といった)『意味の出血』もだいぶ前から『百扇帖』に練り込んでいる。
句読点の廃止は、アポリネールが1913年の作品「アルコール」で初めて試みた。その中でマリーランサー(画家)との恋で有名なミラボー橋を詠んでいるが、そこで初めて句読点を廃止した。句読点は『百扇帖』にも全く入っていない。」 夏石さんが司会の芳賀さんに発言を促がされ、以下の通り述べた。
「(クローデルは)リズムも、書き方も、まっさらなところから書いている。パターンから書かない。日本に迫るとき、詩的な部分とナイーブな感性がうまくからまっている。
日本の中でいろんなものに着目するが、最後は水滴に集約していく。水、太陽、植物とかなりテーマがあるが、水滴に集約していくところがおもしろい。
山頭火も最終的には水を様々な角度から詠んでいる。クローデルも(山頭火と)接触はなかったが、日本は水というものに注目せざるを得ない環境にある。」 再び金子さんが発言、クローデルの『日本文学散歩』(芳賀訳)の以下の文言を紹介した。
「いいハイカイというものは、本質的に、一つの中心となる映像と、その映像
が心の中によびおこす反響、つまりはっきりと言いあらわされたものであれ、言外のものであれ、その映像をとりかこんで生じる一種の霊的精神的な暈(かさ)とからなっている、といえましょう。」
そして金子さんは「クローデルは大胆にいろいろなことをやろうする意思が強
くて、自分が吐く息のリズムに合うような詩づくりを貫き通していた。文体を省略し、自分の詩を作っていた。」とも述べた。 最後に芳賀さんが「クローデルは、もののあわれがわかっており、これからも日本人が読んで面白がり、さらに解釈してゆきたい詩人だ」と締めくくった。
(川面忠男 2018・6・30)

「今に生きる前衛としての古典― 詩人大使クローデルの句集『百扇帖』をめぐって」
・日 時 2018年6月17日(日)13時30分開演
・会 場 神奈川近代文学館 展示館2階ホール
・コーディネーター 芳賀徹
・パネリスト 夏石番矢・恩田侑布子・金子美都子 このシンポジウムを聴講された川面忠男様からご寄稿いただきましたので、(上)(下)二回に分けて掲載させていただきます。川面様、ありがとうございます。
シンポジウム「クローデルの『百扇帖』をめぐって」 (1) 息がとどける無言の言葉 横浜の神奈川近代文学館で「ポール・クローデル展」が開催されているが、6月17日午後1時半から4時まで記念イベントの一つとしてシンポジウムが行われた。「今に生きる前衛としての古典――詩人大使クローデルの句集『百扇帖』をめぐって」というのが演題である。
シンポジウムでは左から司会の比較文学者の芳賀徹・東大名誉教授、3人のパネラーが俳人の恩田侑布子さん、同じく夏石番矢さん、聖心女子大名誉教授の金子美都子さんという順で着席した(写真)。 最初に芳賀さんがクローデルという人物についてあらまし以下のように語った。
クローデル(1868~1955)はフランスの駐日大使だったが、外交官としてだけでなく劇作家、詩人としても優れていた。日本の文化をフランスに伝えた最も重要な人である。昭和2年(1927)に大正天皇の大喪儀に参列後、離日し駐米大使になった。 シンポジウムではフランス文学の側からではなくて日本側からクローデルの俳句集『百扇帖』を見た。1942年、フランスのガリマール書店から初版本が出た時に序文の中に「日本の俳句に倣って俳句というミツバチの中に私がそっと捧げた贈り物である」と書いている。芳賀さんは、これが俳句と言えるかどうかと述べ、クローデルと親しかった山内義雄(フランス文学者)は短唱と言っていると紹介した。そのうえで「短歌とか俳句と決めつけることはない。最も鋭く強く深い詩魂を押し込めたのが『百扇帖』」と言う。 『百扇帖』はフランス側から研究されていないという。日本の詩がフランスの近代詩にどういう影響を与えたのか。そういう評価は未だ何もない。日本の俳人もフランス語を読める人が少ない。シンポジウムで「百扇帖」がどういうものか明らかにしていく意味は大きいと芳賀さんは述べた。恩田さんはフランス語が読める。夏石さん、金子さんはフランス文学の先生だ。
序文の一部に次の件がある。「扇子というあの翼、すぐにも風のそよぎをひろげるあの翼の上だ。君のこころの耳に、手から出た息がとどけるこの無言の言葉を、どうか迎え入れてくれたまえ」。これを紹介して芳賀さんは「いい言葉ですねえ」、「こういう言葉を言える人は他にいない」と述べた。
続いて3人のパネラーが『百扇帖』について鑑賞した。
(川面忠男 2018・6・25) シンポジウム「クローデルの『百扇帖』をめぐって」 (2) 雪になる雨金になる泥ありぬ ポール・クローデルの『百扇帖』にある172篇のうちシンポジウムのパネラーが3篇を選んだうえフランス語で読み、自分なりに鑑賞した。最初が恩田侑布子さん(写真)、静岡市の樸俳句会の代表者、昨年は現代俳句協会賞、今年は桂信子賞を受賞した俳人だ。恩田さんは自分が訳した詩を紹介、解説した。以下、要約しよう。
172篇を読むと短詩、短歌、俳句に分かれたという。172編がすべてエロス的言葉であって散文とは全く違うという印象、翻訳もエロス的体験だった。
最初は巻頭の詩。クローデルが31歳で出会った運命の女性、ロザリーとの愛の詩だ。息吹の交歓を感じてしまったと言い、このように訳した。 あたしのいいひと 薔薇 薔薇って
ささやく人よ
でも
もしも
ほんとの名前
知られたら
あたし
たちまちしぼんじやう 「薔薇」には「ローザ」とルビが振られている。司会の芳賀徹さんが「上手い」と言った。
続いて恩田さんは短歌に訳した五行詩を紹介した。 長谷寺の白き牡丹の奥処なる朱鷺いろを恋ひ地の涯来る 〈奥処〉には「おくが」とルビ。
こう解説した。「わたしはとうとうやってきたという感慨を込めている。それは日本という海の中の島国を暗示しているようだ。主題の白牡丹の芯にひそんでいる薄桃色が造形的にも5行の詩句の真ん中に置かれている。あたかも牡丹の花びらを分けるように置かれている。」
三つめの訳の紹介は〈雪になる雨金になる泥ありぬ〉と俳句になった。そして以下のように解説した。
「省略のきいた単純化された対句構造の詩だ。最初は〈雨しづしづと雪になり 泥しづしづと雪になる〉と直訳体を考えた。しかし、エロス的体験からすると落ち着かない。詩の凝縮度の高いのは俳句だと直感した。そこで〈雪になる雨金になる泥ありぬ〉と訳した。雨が雪になるのは当り前だが、泥が金になるのは当り前ではない。
詩人クローデルは詩人としての大きな翼があって飛躍がある。泉のように湧くイメージがある。日本人が泥で思い出すのは田の泥土だが、クローデルは大使として赴任した中国で大河の泥を見ている。私たちの息吹は泥から芽生え、やがて泥に帰る命の循環の泥でもある。」
さらに恩田さんの解説は中学の教科書で見たという俵屋宗達の絵に飛んだ。
「『伊勢物語』の芥川の場面を描いた絵では、在原業平とみられる男が高貴な女性を盗み得て芥川の畔に出る。女が草の露を目にして「あれは何か」と訊ねる。やがて、その女が鬼に食われてしまう、という話になり、〈白玉か何ぞと人の問ひしとき露とこたへて消えなましものを〉という歌になる。俵屋宗達はそんな恋を金泥の絵の中に閉じ込めたわけだ。金泥はエロチック、この世との境目にあるようなものと思う。金になる泥の雨という発見は、クローデルが日本文化、東洋の文化に対して深い体験をし、自家薬籠中のものにした。知識ではなくて、自分が東洋人になって読まれた句と思った。
中東は砂の文明、西洋は石の文明、東洋は泥の文明という言葉もある。この句は、ポール・クローデルが肺腑の底から捧げた日本と東洋のオマージュ(賛辞)と言えるのではないだろうか。」 シンポジウムでは言及されなかったが、恩田さんの『百扇帖』の訳が他にも資料に載っている。俳句となったものを列挙してみよう。 ふかむらさき金の鈴より幽(かそ)かなり 詩よ薫れ灰と烟のそのはざま 秋麗に生(あ)れし漆の眸かな 無何有(むかいう)のさとの風汲む扇かな 無始なるへ身を投げつづけ瀧の音 万物や瞑(めつむ)りてきく瀧の音 みづの上(へ)に水のはしれり若楓
さよなら日本 すやり霞の金砂子 (川面忠男 2018・6・26) シンポジウム「クローデルの『百扇帖』をめぐって」 (3) 日本への肉薄と東西の対比 ポール・クローデルの『百扇帖』をめぐり俳人、恩田侑布子さんに続いて俳人でフランス文学者の夏石番矢さんが発言した。流暢なフランス語でクローデルの詩を読み自分の言葉で訳し解説した。「テーマの切り口はいろいろだが、一つは牡丹と薔薇を読みながら東洋と西洋の違い、それを短い詩の中に詰めている。クローデルが自分を縛り付けているカトリシズム、あるいは日本の白、これは神道につながってゆく」。これがイントロダクションだった。
夏石さんはシンポジウムに間に合わせて京都の職人に扇を作ってもらい、扇に墨で二文字の詩の題、クローデルの詩、その日本語訳を書いた。夏石さんが好きな2篇を『百扇帖』と同じように仕立てたのだ。
その一篇は「紅白」で夏石さんは扇(写真)を手にしながら話を続けた。日本語訳は〈牡丹 血が赤いように 白い〉。これは俳句と思ったようで以下のように説明した。
「文語訳にすれば詩になるという錯覚があるが、それはちょっと違うと思う。それまでの日本の詩歌の日本語に比べれば現代語は成熟していないが、古い綺麗な言葉をつかっていればいいという問題ではない。」
夏石さんの詩の解釈は以下の通り深い。
「牡丹を見ながら薔薇が出てきたり、薔薇を見ながら牡丹を見ていたりという入れ子状になっている、長谷寺の牡丹は必ずしも白ではないようだが、白い牡丹を見た時には死、つまりキリスト教の磔刑、キリストが流した血をイメージする。あるいは最後の晩餐のイエス・キリストが赤葡萄酒を自分の血だと思って教えを憶えているようにと弟子たちに。血が赤いように牡丹が白いという。白さの凝縮と赤さの凝縮がここで出てきて東西の世界観、宗教観と言うものが短い詩に単純だが、さりげなく書かれている。
続いて「日本人が見慣れているものが小さな詩になっている」として「米㷔」という題の詩を挙げた。夏石さんの言葉をそのまま記そう。
「お米のところがおもしろい。たくあんと梅干が出て、それを綺麗な短詩にしている。米㷔〈この黄色く白い花 火と 光の 混合 のようだ〉。ありふれたことを簡単なフランス語に。稲の花の小さい雄蕊が出てきて、黄色い籾の部分があって、火と光の混合のようになっている。(クローデルは)稲妻と稲が結合することを知っているのかも知れないと言う気がした。単純な中に純粋な感受性が出ている。」
扇に仕立てた二篇目は「日蛇」という題で〈湖の一方より 朝日 もう一方に 七つ頭の 蛇到来〉という詩句。こう解説した。
「不思議な神話的な光景だ。東から朝日、もう一方は西になる。日本の朝日と西洋の人はとらえている。〈七つの頭の〉の解釈が難しいが、どうとるかは読者次第だ。
対極的なイメージとしてもおもしろい。ヨハネの黙示録(12章3節)はドラゴンだが、最後にラッパが鳴って七つ頭の蛇が出てくる。東アジアには龍とか八岐大蛇がいて、水の神様だ。両方に解釈できる。
不思議な曼陀羅、宇宙観、世界観を示す短詩としておもしろい。直感と知性で日本の本質、(ひいては)俳句に肉薄している。」
同時にクローデルはカトリックに縛られていると言い「葡萄」と題した詩句を紹介した。〈神曰く 私を締め付けうるのは 藤ではない 葡萄の木と 葡萄の実だ〉。日本の藤や花を見ていて葡萄の木と葡萄の実を題材にしたのは、キリスト教カトリックに意識が縛り付けられていると自覚しているからである。
ここで司会の芳賀徹さん(東大名誉教授)がこんなコメントをした。
「芭蕉に〈草臥(くた)びれて宿借るころや藤の花〉という素晴らしい句がある。芭蕉が一日歩いてきて藤の花を見てホッとする。その気分が藤の花に象徴されている。疲労感とそれを和らげるのが薄紫の藤の花である。クローデルはゆらゆらと揺れている。」
恩田さんも「たゆたいの感情」と補足、芳賀さんが「藤は疲れと安らぎの象徴」と言ったことで藤と葡萄を通じて東と西の違いが感じられた。
夏石さんは「謎の俳句です」と言って〈太陽の巫女 天秤の 皿の上に 座っている〉という詩句も最後にコメントした。
「不思議なイメージ。天秤ですからバランスをとる。片一方の皿に太陽の巫女が座り、もう一方に何かがあるが、書いてない。たぶん月の女神ではないかと言う気がした。」
これについて芳賀さんが「月と太陽は陳腐。クローデルが座っているのか、地球ではが大きすぎる」と評した。恩田さんも「今生きている私たち、天照と私たち」と言ってシンポジウムらしくなった。
夏石さんは言及しなかったが、資料に〈私は来た 世界の果てから 長谷寺の 白牡丹の奥に 隠れている薔薇色のものを 知るために〉という訳の詩句がある。これは恩田さんが〈長谷寺の白き牡丹の奥処(おくが)なる朱鷺色を恋ひ地の涯来る〉と短歌に訳したものだ。受け止め方は趣味の問題だが、私には短歌の響きが心地いい。
(川面忠男 2018・6・27)

桂信子賞受賞記念の恩田侑布子さん講演会(下) 講演 「花と富士 日本の美と時間のパラドクス」
花祭の4月8日に行われた恩田侑布子さんの講演会の演題は「花と富士 日本の美と時間のパラドクス」であった。冒頭に<花に問へ億千本の花に問へ> という黒田杏子さんの句を挙げたが、これは講演会を主催した「藍生俳句会」 の主宰である黒田さんに対する挨拶だけでなく花を題材にして古典から現代の俳句まで千数百年の文芸の流れに関する解説の序章となった。
講演はパワーポイント方式で進んだ。スクリーンに静岡市の風景――安倍川、 市街地、その遥か彼方に富士山。そして恩田さんの解説。レジュメが進むたびにスクリーンに映る景や文言が変る。 Ⅰ 古事記とさくらの精
瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が美しい木花之佐久夜毘賣(このはなのさくやびめ)と結婚したいと言ったところ父の大山津見が姉の石長比売(いはながひめ)も一緒に添わす。石長比売は瓊瓊杵尊の命を永らえることになっていたが、瓊瓊杵尊は石長比売の容貌が醜かったので返してしまう。木花佐久夜毘賣のみを娶ったことから桜の花のようにはかなくなり、以来ミカドの命は短くなった。この古事記の話は桜のはかなさを人の運命と重ね合わせるもの。木花佐久 夜毘賣は富士山のご神体、桜の精になる。 Ⅱ 竹取物語 不死の薬と富士山
かぐや姫は多くの求婚を退けて月に帰るが、ミカドには不死の仙薬を残す。しかし、ミカドはかぐや姫に去られた後では不死の薬は無用と富士山頂で焼かせてしまう。恩田さんは「日本人の美と時間意識の萌芽」と述べた。永遠でないことが美意識に通じるということであろうか。 Ⅲ 伊勢物語 老いと花ふぶき講演
在原業平の<世の中にたえてさくらのなかりせば春の心はのどけからまし> という歌を挙げ、恩田さんは「心あまりて言いつくせず」であり、それが「余白の芸術になっている」と言う。また<桜花散りかひ曇れ老いらくの来むといふなる道まがふがに>という同じく業平の歌を紹介、「さくらの花は生と死、この世とあの世の境界の花、生と死が一体渾然となる」とし、その境が余白という。 Ⅳ 世阿弥の花と幽玄
世阿弥の「風姿花伝」にある「秘する花を知ること」という文言を紹介した 。「秘すれば花なり。秘せずは花なるべからず」だが、世阿弥作の「井筒」を例にとった。紀の有常の娘の亡霊が在原寺の業平の墓の前で出会った旅の僧に業平との初恋の物語をする。「業平への妄執」。亡霊が見れば懐かしや、と謡えば、地方がわれながら懐かしや、と続け、亡霊が消えて僧の夢が覚める。恩田さんは複式夢幻能と言い、「ういういしい初恋の物語」が「亡霊が亡霊を慕う深沈たる秋の夜に変容」と解説する。 Ⅴ 芭蕉の桜の句
レジュメに「視覚的な句」として<木のもとに汁も膾も櫻かな>、<より花吹入れてにほの波>という芭蕉の2句。これらは「感覚的に鮮やか」だが、同じくレジュメの<命二つの中に生きたる櫻哉>、<さま〲の事おもひ出す櫻哉 >という芭蕉の句は「特異な時間の句」としている。二つの命は芭蕉と再会した弟子の土芳のこと。「いひおせて何かある」という「芭蕉の詩に対する態度 」が表れた句であり、「俳句の切れと余白がある」と言う。客観写生の句は現実の表層の断片に終わることが少なくない。 Ⅵ 末期の眼に映じるこの世の花
芥川龍之介の遺書「或旧友へ送る手記」に、自然が美しいのは末期の目に映るからである、といった言葉がある。川端康成の随筆「末期の眼」も芥川の末期の眼が「あらゆる芸術の極意」に通じるとする。 Ⅶ 俳句の余白
スクリーンに1999年の「松山宣言」の「俳句は世界の文学である」といった文言が映し出された。俳句は論理ではなく心理、感覚でつかむ。それには季語と切れが働く。恩田さんは「沈黙の価値」とし、それが「余白」と言う。 余白は「豊穣と混沌」に満ちており、それを「東洋の芸術は志向する」のだ。さらに「生の時間と死者の思いを往き来する」のが「俳句の時間」と述べる。異界との接点にあるのも俳句というわけだ。 Ⅷ 近現代の花の俳句
以下は千数百年の時を経た日本の美意識が桜を詠んだ近現代の俳句。
花影婆娑と踏むべくありぬ岨の月
原石鼎(はら・せきてい)
さきみちてさくらあおざめゐたるかな
野沢節子
東大寺湯屋の空ゆく落花かな
宇佐美魚目
みちのくの花待つ銀河山河かな
黒田杏子
富士浮かせ草木虫魚初茜
恩田侑布子
吊橋の真ん中で逢ふさくらの夜
恩田侑布子 Ⅸ 花と富士と俳句と
最後に恩田さんが「余白」についてまとめた。響き合い溶け合う境は「この世とあの世・儚いものと永遠・極小と極大・自己と他者・自己と死者・今と過 去未来・こことあらゆる場所」。双方が「浸透しあい、多義性にゆらぎあう」、それが「余白の芸術」となる。「定型・季語・切れが余白を耕し混沌をふ くよかにする」。そして「自閉しないこと」と述べた。
(2018・4・13 川面忠男)

恩田侑布子講演会
「花と富士 日本の美と時間のパラドクス」
2018年4月8日(日) 於:文京シビックホール
講演会のご案内はこちら この講演会を聴講された川面忠男様からご寄稿いただきましたので、二回に分けて掲載させていただきます。写真も川面様のご提供です。川面様、講演会の詳細なレポートありがとうございます。厚くお礼申し上げます。 桂信子賞受賞記念の恩田侑布子さん講演会(上) 黒田杏子主宰の「藍生俳句会」が主催 結社「藍生(あおい)俳句会」(黒田杏子主宰)が4月8日午後、東京・文京区の文京シビックセンター3階会議室で俳人・恩田侑布子さんの講演会を催した。「花と富士 日本の美と時間のパラドクス」という演題でパワーポイントによる講演。そのプレリュードとして自作の俳句を朗読した。
恩田さんは、受賞した桂信子賞の授賞式が今年1月末に兵庫県伊丹市の柿衞(かきもり)文庫で行われた後、記念講演を行った。その内容が好評だったことから桂信子賞の選考委員である黒田杏子さんが東京の藍生俳句会の定例会後に再現したものだが、私のように会員以外の一般参加者も入場無料で聴講できた。
優れた女性の俳人を対象にした桂信子賞の受賞者として恩田侑布子さんを推した選考委員は黒田杏子さん、宇田喜代子さん、西村和子さんらだが、黒田さんは講演会の趣旨を説明した冒頭の挨拶で自分が一番強く推薦したと言った。
恩田さんは静岡市の「樸(あらき)俳句会」の代表だが、黒田さんは俳人としての恩田さんを高く評価していると語った。そして講師謝礼は黒田さんの藍生俳句会の指導料を回したとざっくばらんに打ち明けた。つまりポケットマネーを出して恩田さんを講師に招いたわけで黒田さんの恩田さんに対する思い入れが伝わった。
恩田さんは句集「夢洗ひ」で2016年度の芸術選奨文部科学大臣賞を受賞、また同じく「夢洗ひ」で2017年度の現代俳句協会賞を受賞している。
恩田さんは文芸評論家でもあり、2013年の芸術評論「余白の祭」が第23回ドゥマゴ文学賞を受賞した。翌年1月パリ日本文化会館で記念講演し、12月に再渡仏し、リヨンやパリで「花の俳句 日本の美と時間のパラドクス」と題して講演した。この内容は柿衞文庫における受賞記念講演、藍生俳句会主催のものと同じであったようだ。
藍生俳句会が主催した講演会の会場はかなり広かったが、満席で立って聴講した人が少なくなかった。私は午後3時の開始直前に会場に入った時、立ったままの聴講を覚悟したが、「一番前が一つ空いています」という案内の声を聞き、「よろしいですか」「どうぞ」と応答のうえ着席した。その結果、最前列で恩田さんの講演を聴講できたのは幸運だった。
(2018・4・12 川面忠男)
前奏の俳句朗読パフォーマンス
2018年花祭と銘打って俳人の恩田侑布子さんの講演会が4月8日に催されたが、恩田さんは前奏として自作の俳句を朗読した。身振り手振りよろしく暗唱したうえフランス語に訳した。これはフランス講演の再現であろう。
恩田さんは第1句集「イワンの馬鹿の恋」、第2句集「振り返る馬」、第3句集「空塵秘抄」、第4句集「夢洗ひ」を世に出しているが、冒頭に<ころがりし桃の中から東歌>を読みあげた(写真)。これは昨年11月の日本近代文学館における俳句朗読会の後、私が求めた「夢洗ひ」の表紙裏に恩田さんのサインをいただいた句。思い出しては句の世界を想像している。
当日は桂信子賞受賞記念講演がメーンであったため四つの句集の朗読は省略されたが、朗読された8句は俳句をフランス語でも表現した。ショパンの「雨だれ」をCDで流す演出だ。昨年11月の朗読をレポートした後、恩田さんから「ショパンの8句は、みんな静岡弁フランス語でした」というメールをいただいたが、むろん冗談であろう。恩田さんは静岡育ち、静岡高校の卒業生だ。
日仏語で朗読した最初の句は<春陰の金閣にある細柱>(夢洗ひ)。春陰という季語は花曇りのような雰囲気が本意だ。金閣寺は美の象徴だが、永遠ではない。戦後に焼かれた。室町幕府の足利義満の別荘が寺になったが、将軍の権力も永遠ではない。「細柱」は不安定な感じがあり、移ろいゆく世の暗喩になっているのではないか。2番目の<吊橋の真ん中で逢ふさくらの夜>(イワンの馬鹿の恋)も吊り橋の揺れが桜の美の永遠ではないことを表している。
<まどろみにけり薔薇園に鉄の椅子>(夢洗ひ)、<香水をしのびよる死の如くつけ>(同)に続く5番目が<夏野ゆく死者の一人を杖として>(振り返る馬)。その死者は山崎方代という歌人である。恩田さんは方代の<柚子の実がさんらんと地を打って落つただそれだけのことなのよ>という歌に慰められたと著書の「余白の祭」の中で述べている。
6番目の<三つ編みの髪の根つよし原爆忌>(夢洗ひ)は反戦の句。7番目の<分かち合ひしは冬霧の匂ひのみ>(振り返る馬)は男女関係か。最後の<一生(ひとよ)これしだれざくらのそよぎかな>(夢洗ひ)が「花と富士 日本の美と時間のパラドクス」という演題の講演につながる。
(2018・4・12 川面忠男)
代表・恩田侑布子。ZOOM会議にて原則第1・第3日曜の13:30-16:30に開催。