
2022年1月9日 樸句会報 【第112号】 2022年(令和四年)の初句会。和服で参加された方もいらっしゃいました。
句会に先立って、新年お楽しみ福引会が行われました。恩田は染筆の短冊と特注の短冊掛のセットを出品し、ホテルのスイーツバイキング券や、竹久夢二のハンカチーフセットなど、夢のあるものが沢山。思いがけないものが当たって喜ぶ顔があちこちに…。
句会冒頭、第12回北斗賞準賞(文學の森主催)に輝いた古田秀さんへ恩田から花束が贈呈されました。恩田からの激励、会員の大きな拍手、当会で最も若い古田さんの今後への決意、と華やかな新年句会になりました。 初句会の兼題は「新年」詠です。
入選2句、原石賞2句を紹介します。
○入選
雑煮膳娘と二人ほぼ無言
望月克郎 【恩田侑布子評】 親一人娘一人。片親の家族でしょう。お互いに「明けましておめでとうございます」とも言わないで、ただ黙って親のつくったお雑煮を黙々と食べています。胸の底では美味しいと思って、ありがたいような気がして。「膳」なので、いろどり豊かなお節料理も並んでいそうです。「ほぼ無言」が実にいい座五です。至って地味な作行に静かなお正月のしみじみとした味わいがあります。「雑煮椀」とせず「雑煮膳」としたところ、ある種の華やぎもあり、配慮が細やか。
【合評】 お正月、娘さんと向かい合っている様子が伝わってきます。これが「息子と」だったら全然違ったものになるでしょう。
○入選
叱られたしよ筆圧つよき師の賀状
山本正幸 【恩田侑布子評】 勢いのあふれる初句の七音です。一気に真情を吐露したゆえの字余りは心臓が脈打つようでいいですね。先生の字の太くて強い筆圧は、作者にとって指導の厳しさと温かさにつながっています。師弟の間の愛情が一枚の賀状を通して確かに感じられる俳句です。
【合評】 上五の字余りが気になりました。
気持ちは伝わるが、余り新しさは感じられなかった。「先生に叱られる」という関係性がベタ。
熱血教師だったんでしょう。
【原】癖字ある友の賀状はもうこない
益田隆久 【恩田侑布子評】 ユニークな新年の俳句です。実際に会えない年はあっても、毎年、お正月には何十年も賀状で会っていた旧友です。その賀状には昔から独特の癖っぽい字が踊っていて、名前を見なくてもアイツだと、一目でわかったものです。今年の賀状の束は、めくってもめくってもアイツが出てきません。改めて本当に遠いところに行ってしまった実感がこみ上げます。ただし「癖字ある」は不自然な言い回しです。また、「友」と限定しない方が効果的でしょう。原句の口語を生かし、 【改】癖つよき文字の賀状はもう来ない こうすると余白がひろがります。 【原】凧はらからの声束ねつつ
田村千春 【恩田侑布子評】 面白い観点です。ただし、このままではリズムが弱々しく凧が落ちてきそうです。 【改】はらからの声束ねつつ凧 とすると、大空に凧が昇ってゆきませんか。
【合評】 光景がよく見えます。
下五の「つつ」と言い止して上五に返っていくところがいいと思います。
いや、「つつ」は流しすぎでしょう。
「はらから」がタコ糸の強さと合っている。
全体主義的、民族主義的なにおいを感じて採れませんでした。
[後記]
新年から活発な議論が飛び交い、いきなりトップスピードに乗った樸俳句会。
恩田の鋭く丁寧なコメントが議論を引き締めます。その一端は本句会報の恩田講評にあらわれています。句の弱点を指摘されることは参加者にとって励みになることです。
私事ですが、句作を始めて今年は8年目に入ります。以前の句と比べるとたしかに技法は上がったかもしれませんが、発想や視点などについては「自己模倣」に陥りがちであることを痛感しています。「自己模倣」から如何に自由になるかを今年の課題としたいと思います。
新型コロナウイルスのオミクロン株の感染者が急増して、いろいろなことの先が見通せません。県外の会員も含めたフルメンバーで句座を囲めることを只管祈る年始めです。 (山本正幸) ※ 樸会員によるアンソロジー「2021 樸・珠玉集」はこちらで読むことができます。 ※ 古田秀さんの第12回北斗賞準賞のお知らせはこちらです(恩田による抄出二十五句あり)。 今回は、〇入選2句、原石2句、△9句、ゝシルシ10句、・4句という結果でした。
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ============================= 1月26日 樸俳句会 入選句および原石賞を紹介します。
○入選
明け番や雑木林のライト冴ゆ
山田とも恵 【恩田侑布子評】 作者は宿直や警備などの夜勤が明けて家に帰る途中です。里山の道か雑木林の中を通る情景にポエジーがあります。曲がり角でクヌギや楢や椎の寒林にヘッドライトがさあっと差し込み、ことのほか青白い氷のように感じられた瞬間でしょう。スピード感のある光が冴え冴えと体性感覚に迫ります。「明け番」も「夜勤明け」などに比べ手垢がついていません。 【原】白さにも濃淡のあり冴えかへる
猪狩みき 【恩田侑布子評】 素晴らしく鋭い感性です。しかし、このままでは感覚の鋭さだけが主人公になってしまい、何もみえてきません。抽象的です。読者の目の前に白いものを広げて見せてください。紙や車にする手もありますが、布がいいのでは。雪では即きすぎです。 【改】白き布濃淡のあり冴えかへる 和服屋の店先で、白い絹を選ぶ時の微妙な白の濃淡と手触りを想像してもいいですし、花嫁衣装の白無垢を選んだ日の体験ととれば、さらに凛烈な印象を刻みましょう。「布」のほかはいわぬが花。 【原】家猫の帰宅はいまだ日脚伸ぶ
都築しづ子 【恩田侑布子評】 猫好きな作者は、あいつまだ帰ってこないよと、愛猫を待つともなく待っています。季語と相俟って、さりげない感情の襞が表現されかけていますが、「帰宅はいまだ」と「日脚伸ぶ」がやみくもにぶつかった感じで、嬉しいのか寂しいのか少し不安定です。一字変えればはっきりと切れが生まれ、感情の筋目がつきます。 【改】家猫の帰宅いまだし日脚伸ぶ 猫をうべなう気持ちが出て、句柄が膨らみますね。 【原】寒鯉や人待ち顔の紫煙かな
島田 淳 【恩田侑布子評】 作者は寒鯉のいる池か小川のほとりで人を待っています。所在なげに煙草を燻らせて。「紫煙」の措辞が効果的です。いかにも寒い日の午後を思わせます。水の中でじっと動かない鯉と人を待つ作者はあたかも同じ感情の中にいるように感じられます。水と空気と煙と衰えた日差しが薄い紫の帯になって棚引いています。いただけない点は「や」「かな」の初心者的二重の切字。落ち着きを無くしています。 【改】寒鯉に人待ち顔の紫煙かな こうすれば冬の午後が寒暮へうつろう様子も見えてきます。 【原】月冴えてカラカラ外れゆく琴柱
田村千春 【恩田侑布子評】 琴柱は今はプラスチック製ですが、昔は象牙や楓の枝で作られました。この句は江戸の浦上玉堂を思い出させます。岡山の上級藩士でしたが、五十歳で息秋琴と春琴を伴い脱藩。諸国を遊行しつつ中国伝来の七弦琴を奏し書画を残しました。中国文人の愛した「琴詩書画」四絶一致の境に達した日本を代表する文人です。川端康成が収蔵し国宝となった「凍雲篩雪図」は必見です。この句には玉堂を思わせるどこか脱俗の雰囲気があります。ただし、表現技法が叙述形態で流れるのが残念です。また「外れゆく」と、琴を人任せなのも気になります。 【改】月冴ゆとカラカラはづしゆく琴柱 寒月がいよいよ冴えわたると、琴を掻き鳴らすのをやめ、あとは山月にまかせます。琴柱を外したあとの琴の弦が寒月光に浮かび、余韻が深まります。

2021年10月3日 樸句会報 【第109号】 樸句会のメンバーもワクチン接種をほぼ終えて、久しぶりにリアル句会が和気あいあいと行われました。句会で選句するときは、披講する人のために丁寧に句を書き写すことも大切なのだとわかりました。新型コロナウィルスの感染者数が減ってきたなかで、新しい日常に小さな楽しみを見つけながら俳句を作れるようになりたいものです。 兼題は、「秋風」「鶺鴒」「椎茸」です。「鶺鴒」と「椎茸」はともに名句が少ないので、挑戦し甲斐のある季語でもあります。
特選一句と入選二句を紹介します。
◎ 特選
耳たぼにきて秋風とおぼえけり
山本正幸
特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「秋風」をご覧ください。
↑
クリックしてください ○入選
ひと皿は椎茸の軸慰労の夜
見原万智子 【恩田侑布子評】 とびきり大きく肉厚の干し椎茸だと、軸もダシが出るだけでなく、箸休めの乙な一品になります。高級料理というわけではありませんが、心遣いがよくゆき届いた居心地のいい店。もしかしたら仲間の家かもしれません。「椎茸の軸」が互いによく働き、ほどよく疲れた「慰労」の会の夜の雰囲気に溶け合って、しみじみした句になっています。 【合評】 慰労の会といっても高級店で行うのではなく個人的な会を思わせます。味のしみた椎茸の軸を使った料理のひと皿にその日の疲れが癒されていくようです。 ○入選
椎茸を干すおとといの新聞紙
塩谷ひろの 【恩田侑布子評】 干椎茸は美味しいだけでなくビタミンⅮの宝庫。骨粗鬆症の心配がある年配者には欠かせない健康食材です。椎茸を干すのに「おとといの新聞紙」を下に敷くところ、生活実感が溢れます。おとといの新聞がすでに新聞でもニュースでもなく、ただの古紙になっているところ、面白い俳句です。「おとつい」にすれば、さらに素朴な味が出たでしょう。 【合評】 椎茸を干すのがザルではなく、読み終わって捨てるだけの新聞紙であり、昨日のものでなく「おととい」というのに実感があります。
干し物をするから古新聞を持ってくるように親に言われた時のエピソードから作りました。方言のような「おとつい」を使うのか迷いました。(作者の弁) 【後記】
私は樸俳句会に入って5か月目になります。コロナ禍でリアル句会がリモートになることもあるなか、自分の句を披露したり、お互いの句を鑑賞しあうことは大変勉強になりますし楽しみでもあります。恩田先生の教えである「いたずらに新奇な措辞に走らず、平明で深い句」を心がけ、独りよがりにならず省略をきかせた句が作れたらと思っています。ただ、先行句を知らないために類想句になってしまったり、自分の思っていることを伝える難しさを感じています。今回の句会で山本さんの「耳たぼ」の特選句は、恩田先生の評を聞いて、素晴らしく省略がきいている良い句だとわかりましたが、残念ながら選句時にはわかりませんでした。「耳たぶ」のことを「耳たぼ」ということも知りませんでした。俳句を始めてから知らない言葉や季語や漢字がたくさんあることに気づきました。これからも、自然や人とのふれあいのなかで新しい気づきに敏感になって、自分の個性を失わずに楽しく俳句を続けていきたいと思いました。 (塩谷ひろの) 今回は、◎特選1句、〇入選2句、△2句、ゝ2句、・8句でした。
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

2021年10月3日 樸句会特選句
耳たぼにきて秋風とおぼえけり 山本正幸
省略のすばらしく効いた俳句です。「耳」と「秋風」だけを漢字にして、あとはひらいたところ、一句から秋風が立つようです。耳朶はまっさきに冷やかさを感じやすいところ。髪が短く耳朶の出ている男性を想像します。「耳たぼ」「おぼえけり」の「ぼ」の二音が、深まりゆく秋の足音を感じさせ、句姿もうつくしい。小声でつぶやきたくなる句です。 (選 ・鑑賞 恩田侑布子)

2021年7月4日 樸句会報 【第106号】
ここ何年も記憶に無い七月上旬の大雨。
被害に遭われた皆様には謹んでお見舞い申し上げます。
雨もようやく小降りになった七月四日。リアル参加とリモート併せて16名の連衆が句座を囲みました。 兼題は「茅の輪」「雷」「半夏生(植物)」です。
特選3句、入選4句を紹介します。 ◎ 特選
八橋にかかるしらなみ半夏生
前島裕子
特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「半夏生」をご覧ください。
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クリックしてください
◎ 特選
一列に緋袴くぐる茅の輪かな
島田 淳
特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「茅の輪」をご覧ください。
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◎ 特選
言はざるの見ひらくまなこ日雷
古田秀
特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「日雷」をご覧ください。
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○入選
雷遠く接種の針の光りけり
山本正幸 【恩田侑布子評】
貴重な時事俳句。コロナワクチンの接種をする。明日、痛みや副反応は軽くすむだろうか。本当に効くか。遠雷のひびきとあいまって不安がよぎる。日本は、世界は、今後収束局面に入っていけるだろうか。このゆくえは誰にもわからない。針先のにぶいひかりと遠雷の聴覚のとりあわせが、さまざまな感情を呼び起こします。
○入選
かへり路迷ひに迷ひ日雷
田村千春 【恩田侑布子評】
帰りたくない気持ち。どうしたらいいかだんだん自分でもわからなくなる切迫感。日雷が効いています。絵にも描けないおもしろさ。
○入選
白き葉のゆかしく揺れて半夏生
猪狩みき 【恩田侑布子評】
平凡という批判もきこえますが、むずかしい一句一章の俳句が、いたって素直。「ゆかしく揺れて」が半夏生のしずかさを表して、しかも清涼感がある。句に清潔なかがやきがあります。
○入選
躙口片白草へ灯を零し
田村千春 【恩田侑布子評】
草庵の茶室での夏の朝茶。そんなに本格的でなくても、夕涼みの趣向のお茶かもしれません。躙口のあたりの小窓から漏れる灯が、露地の脇に生えている半夏生の白い葉にかがよう繊細な光景。いかにも涼し気な日本の情緒。半夏生でも三白草でもなく「片白草」の選択が秀逸です。
本日の兼題の「茅の輪」「雷」「半夏生(植物)」の例句が恩田によって板書されました。 半夏生
今回の兼題の一つ「半夏生(植物)」について、恩田から補足説明がありました。ドクダミ科の多年草。半夏生(七月二日)の頃、てっぺんに反面だけ粉を吹いたような真っ白な葉を生ずる。半化粧の意味もある。片白草。三白(みつしろ)草ともいいます。ハンゲと呼ばれるのはカラスビシャクというサトイモ科の別の植物。これとは別に時候としての「半夏生」もあり、句作にも読解にも注意するようにと、それぞれの例句を挙げて恩田は説明しました。 同じこと母に問はるる半夏生 日下部宵三 亡き人の夫人に会ひぬ半夏生 岩田元子 いつまでも明るき野山半夏生 草間時彦
からすびしやくよ天帝に耳澄まし 大畑善昭
茅の輪 ありあまる黒髪くぐる茅の輪かな 川崎展宏 空青き方へとくぐる茅の輪かな 能村研三 雷 昇降機しづかに雷の夜を昇る 西東三鬼
遠雷や舞踏会場馬車集ふ 三島由紀夫
【後記】
今回の連衆の投句には、意図せず時候の半夏生になってしまっていた句が多かったと恩田は講評しました。そのうえで特選句と入選句について、「半夏生(植物)」を素直に丁寧に描写することで、それを見つめる自分の心のあり様を読者に伝えることが出来ていると評しました。
筆者の個人的見解ですが、恩田の出す「兼題」には、初学者が句作に頭を悩ますものが必ずと言っていいほど一つ含まれています。筆者にとっては今回であれば「半夏生(植物)」であり、次回では「甘酒」がそれに当たりました。それらはこの半世紀ほどで急速に身の回りから消えつつある環境であったり生活文化であったりするものです。筆者は東京近県の郊外に住んでいますが、こうした自然環境や文化的蓄積の残る静岡に羨望を禁じ得ません。
今回、連衆の投句から筆者が学んだのは、自分の感情や意識を殊更書こうとしなくても、対象をしっかりと描写することで読む者の共感を呼び起こすことができるということです。筆者の場合、「われ」と「季物」のうち「われ」が前に出過ぎているため、感覚的に描写しやすい「半夏生(時候)」の句になってしまっていたようです。
以前の樸俳句会で、芭蕉の言葉についてテキストを用いて恩田が解説するシリーズがありました。
「物の見えたる光、いまだ心に消えざる中(うち)にいひとむべし」
「松のことは松に習へ、竹のことは竹に習へ」(いずれも「三冊子」)
初学者にとって、兼題に真正面から取り組むことが俳句の面白さを知る王道なのだと痛感した句会でした。筆者はずっとリモート投句が続いていますが、実際に句会に出られればさらに多くの薫陶と刺激を恩田と連衆から得られるのにと思う日々です。
(島田 淳) 今回は、特選3句、入選4句、△7句、ゝ11句、・7句でした。
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)
============================ 7月28日 樸俳句会 入選句を紹介します。
○入選
向日葵や強情は隔世遺伝
海野二美
【恩田侑布子評】
向日葵のように明るく美しく、すっくりとお日様に向かって立っている作者。でも強情っぱりなの。この一本気は大好きだったおじいちゃん(あるいはおばあちゃん)譲りよ。へなへななんかしないわ。「隔世遺伝」という難しい四字熟語が盤石の安定感で結句に座っています。十七音詩があざやかな自画像になった勁さ。
【原】ドロシーの銀の靴音聞く夏野
山田とも恵 【恩田侑布子評】
「夏野」の兼題から「オズの魔法使い」を思った作者の想像力に感服します! 主人公の少女ドロシーは、カンザスから竜巻で愛犬のトトと飛ばされます。私も幼少時、大好きな童話でした。ブリキのきこりに藁の案山子、臆病なライオンとのちょっと知恵不足のあたたかい善意の支え合い。エメラルドの都へのあこがれと、故郷カンザスへの郷愁。それら一切合財を「銀の靴」に象徴させた作者の詩魂は非凡です。ただし、表現上は「靴音聞く」が惜しい。「靴音」といった時点で、俳句に音は聞こえています。 【改】ドロシーの銀の靴音大夏野 または 【改】ドロシーの銀の靴ゆく夏野かな など、「聞く」を消した案はいろいろと考えられましょう。
【原】いつからか夏野となりし田は静か
望月克郎
【恩田侑布子評】
地方都市の郊外のあちこちでみられる憂うべき光景です。無駄のない措辞に、本質だけを剔抉してくる素直な眼力が窺えます。それをいっそう際立たせるには、 【改】いつからか夏野となりし田しづか 字足らずが効果を上げることもあります。

2021年4月4日 樸句会報【第103号】 2021年卯月の句会は、久しぶりのリアル句会でした。本日は「静岡まつり」の最終日。祭りの終わりを告げる花火の音が開け放した窓から入ってきて、最初は春雷かと思いました。 兼題は「あたたか」「柳の芽」「物種蒔く」です。 入選3句、原石賞3句を紹介します。 ○入選
湖出づる川のさざめき柳の芽
猪狩みき 【恩田侑布子評】 湖のひとところから水が流れ出し、川になって流れるところです。たっぷりした湖から狭い川幅に入り込み、流速がまし、水音も高まるようすを「湖出づる川のさざめき」と端的に捉え、そこに柳の芽がしだれて、水につくかつかないかというところ。映像的センスが抜群です。みずほとりに生まれ出る春の清らかな勢いがまさにさざめいて。
あとから聞くと、琵琶湖を訪ねられたとのこと。吟行句がこんなに生き生きとまとめられるのは素晴らしい!
【合評】 湖から川になろうとしている。柳の芽と川のさざめきが響きます。
諏訪湖から天竜川に出るところを見たことがあります。よく見る風景かもしれない。
「湖」では大きすぎませんか?
一読、「きれいだね」で終わってしまいました。
○入選
あたたかし肩揉む爪の短さよ
海野二美 【恩田侑布子評】 爪を伸ばしてあざやかなマニキュアを塗った指は女性ならではの美しさです。でも、そんな手で肩を揉んでほしいとは思いません。むしろ深爪なくらいの十指が肩揉みやマッサージにはふさわしい。指先のまるさと、指の腹から伝わる力に、あたたかな春光があふれます。座五の「短さよ」に、揉んでくれる人の日頃の家事の甲斐甲斐しさも偲ばれます。「俳句は旦暮の詩」といった岡本眸さんの名言を思い出しました。二段切れですが、もしも「あたたかに」とつなげたらこの句の実直さはこわれてしまいます。まさか、長年のマニキュアが美しく印象的だった二美さんの句とは思いませんでした。ご母堂の介護のために爪を短くされたそうです。心身も部屋の空気もみな暖か。
○入選
職辞せる妻の小皺のあたたかし
金森三夢 【恩田侑布子評】 今月で、長らく働いてきたお勤めを辞める妻。世の中に出て働くのはなにかと摩擦が多く、心身ともに疲れるもの。お疲れ様。ご苦労さんでしたという、夫からの感謝と労いのやさしさがあふれています。大ジワや深い皺でなくてよかった。「小皺」が愛らしく素晴らしい。愛情がここに通っています。人生の記念になる一句です。
【合評】 「職辞せる妻」に爽やかさを感じました。二人で家計を支えてきた。妻の小皺が頼もしく宝物のように思っている作者がいます。
長年暮らした歳月が感じられる。妻に対するねぎらいの情があらわれています。
「職辞せる」で切れるのではないか?自分が仕事を辞めたと取れる。妻の小皺を羨ましく感じているのでは?
自分のことなら「職辞して」になると思います。
【原】物種撒く終の棲家と決めし日に
益田隆久 【恩田侑布子評】
「物種蒔く」と歳時記の本題にあり、私もそれに倣って出題しましたが、ふつう俳句にするときは、具体的な植物の名前を据えて「あさがほ蒔く」とか、「鶏頭蒔く」とか、「牛蒡蒔く」「花種を蒔く」とかするほうがいいです。また、「撒く」は「水を撒く」のマクです。十七音しかない俳句なので誤字脱字には十分注意しましょう。 【改】あさがほ蒔く終の棲家と決めし日に なら、「終わりの始まり」が印象的な奥行きのある入選句になります。
【合評】 「種」が持っているのは「終わり」と「始まり」。ここが自分の終わりの家だという感慨がある一方、何かの始まりでもあるということを「種」に託しているのだと思います。
【原】春陰のブロック塀で消す煙草
芹沢雄太郎 【恩田侑布子評】
急速にマイナーな存在になりつつある愛煙家が、人の家を訪問する直前にタバコの火をブロック塀で消すとは、ありそうでなかなか気付かない面白い光景です。「春陰」の季語に、春の薄暗い物陰と心理的な陰翳がかさなって奥行きがあります。惜しいのは「で」です。
【改】春陰のブロック塀に消す煙草 こうすると一字の違いとはいえ、春陰の季語が生きて来ます。句格が上がり入選句になります。
【合評】 この方は紳士で、普段はこういうことはしないのですが、春で自律神経が乱れ、イライラが募ってついやってしまったのでしょう。
ドラマ性が感じられる怪しげな句。ブロック塀の陰で何かアクションをおこすタイミングをはかっているのではないか。
「春陰」「ブロック塀」「煙草」でアンモラルな感じが出ている。
【原】柳の芽くぐりくぐりて車椅子
山本正幸 【恩田侑布子評】
さみどりの柳の芽を空からのやさしいすだれのように思って、車椅子を押す人と乗る人が、ともに頰を輝かせている情景が目に浮かびます。このままでもなかなかの俳句ですが、「芽」と「て」で調べが小休止するのが惜しまれます。
【改】芽柳をくぐりくぐるや車椅子 こうされると一層リズミカルになって、かろやかな春のよろこびがにじみ出ませんか。
【合評】 外に出たかった気持ちがよくあらわれています。一人で乗っているのでしょうか。車椅子は案外安全な乗り物なんです。
いろいろな事を「くぐりくぐりて」ワタシは爺さんになっちゃいました。
句会冒頭、本日の兼題の例句が恩田によって板書されました。
物種蒔く あさがほを蒔く日神より賜ひし日 久保田万太郎 子に蒔かせたる花種の名を忘れ 安住 敦 死なば入る大地に罌粟を蒔きにけり 野見山朱鳥
暖か 暖かや飴の中から桃太郎 川端茅舎 あたたかな二人の吾子を分け通る 中村草田男 あたたかに灰をふるへる手もとかな 久保田万太郎
柳の芽 退屈なガソリンガール柳の芽 富安風生 柳の芽雨また白きものまじへ 久保田万太郎
合評と講評の後、角川『俳句』4月号に掲載された恩田侑布子特別作品21句「天心」を読みました。
連衆の共感を集めたのは次の句です。下部に連衆の評の一部を掲載しました。
身のうちに炎(ほむら)立つこゑ寒牡丹 虚無僧の網目のなかも花あかり ふらここの無垢板やせて春の月
やすらげる紙にのる文字春しぐれ
花の雲あの世の人ともやひつゝ 作者の今の心境や生き方を反映している句が多いように感じました。(全体)
私には何のことか分からず情景の浮かばない句もいくつかありましたが、全体的に調べやリズムがよく気持ちよく読めました。(全体)
感覚をはっきり的確に言葉に出している。寒牡丹のあざやかな色をフィルターから外へ取り出す手際のあざやかさ。(寒牡丹の句)
虚無僧すら幻惑されてしまう花なんですね。(虚無僧の句)
ふらここに長い歳月を感じます。おおぜいの子どもたちが乗って遊んだのでしょう。静止している一枚の木の板をいま春の月が静かに照らしています。(ふらここの句)
地上にあるものと空の月。季語がふたつですが、逆にそれによって情景がよく見えます。季重なりに必然性があると思いました。(ふらここの句) [後記]
本日の句会で、投句のひとつに顕われた「マイナス感情」をめぐって、句作のありかたについての議論になり、恩田は「あらゆる感情に付き合っていくのが文学です」と述べました。
たしかに、句を読んでいて今まで味わったことのないような感情に驚くことがあります。いや、本当は未知なのではなく、自分の中で忘れたり隠されたりしていたものが俳句の力によって呼び起こされたのでしょう。たった十七音でそれができるとは! (山本正幸)
今回は、○入選3句、原石賞3句、△5句、ゝシルシ10句でした。
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ●樸俳句会ではリモート会員(若干名)を募集しています。ネット(夏雲システム)を利用して全国どこからでも、投句・選句・選評ができます。投句に対して恩田侑布子が講評・添削をいたします。 リモート会員として入会ご希望の方はこちら
============================ 4月28日 樸俳句会 入選句を紹介します。
○入選
円陣解く野球少年春疾風
山本正幸 【恩田侑布子評】 五七五の展開の小気味好さ。とくに上五の「円陣解く」と下五の「春疾風」がよく響き合い、一句は大きな時空に開放されます。小学生の男の子たちでしょう。地域の名監督(・・・)が率いる野球団に入って休日の朝から練習に励んでいます。ときどき、よその学区の野球団と他流試合もあります。これはその草野球の開始前。グラウンド中央に全員集合!お揃いのユニフォームで不揃いの背丈が仲良くスクラムを組み、「行くぞ!」の一声で、かけ足でポジションへ散ってゆきます。場外には、下の子を遊ばせながら見守っている父や母や祖母がいます。誰もが青空にヒットの快音を期待しながら、そこは、なかなか。三振やファールが続いたり、たまに川原のやぶ草に飛込む場外ホームランが出たり。以後は春疾風。少年はたちまち青年になり、父になり、疾風怒濤の生涯が待ち構えています。〈竹馬やいろはにほへとちりぢりに〉の万太郎は、ひらがなのやさしさ。正幸さんの作品は、漢字のいさぎよさと言えそうです。

2021年2月24日 樸句会報【第101号】 2021年如月の句会は、コロナウイルス第3波を考慮しリモート句会となりました。 兼題は当季雑詠、または「探梅」「寒肥」(前回、急遽休会となったぶん)です。 入選4句を紹介します。
○入選
探梅や独り上手の万歩計
海野二美 【恩田侑布子評】 ひとり歩きは探梅にこそふさわしい。冬の梅はおもいがけない山かげに真っ白な空間をつくり清香をただよわせています。そのつつしみ深さは独歩のひとの胸にかようもので、複数でおしゃべりしていたら雲散します。この句のよさは、「探梅や」と上五で冬の梅の空間を響かせ、ひとり歩きの人の万歩計に焦点がさだまることです。万歩計にカウントされる歩数を頼りとし、楽しみともして健康を気遣いながらそぞろ歩きする年配者の思いに、冬の梅を探る空気が感じられます。孤独が社会問題の現代にあって、「独り上手」という措辞も気が利いています。
○入選
風上は南アルプス寒肥す
村松なつを 【恩田侑布子評】 大井川のほとりに山荘をもつ作者は、茶畑や菜園に寒肥をほどこしています。川風もさることながら、吹き下ろす北風はなにより南アルプスの神々の座からやってきます。雪の降らない静岡県中部は冬青空が美しいところです。「南アルプス」の措辞によって、青天の高さはるけさと足元の寒肥との対比が、いちやく勇壮の気を帯びました。 【合評】 大景と手元の作業の対比があざやか。
気持ちのいい句です。吹き来る風は南アルプスから。広い空、遠い山脈を背景にして寒肥作業に精を出す人の姿が見えてきます。
黒い地を耕す小さな人間が白いアルプスを背にした広大な景。
○入選
探梅や杖に拾ひし棒を振り
村松なつを 【恩田侑布子評】 山坂がちの探梅行です。もっと足元が悪くなると困るから、予備にこの棒でも拾っておこうか。そう思って杖にしたはずの細い木の棒でしたが、気がつけばいつのまにか調子良く振り回して歩いていました。一人の気楽でしずかな梅を探る時間が活写されています。どちらかというと〈風上は南アルプス寒肥す〉の優等生的俳句より、こちらの野趣あふれる無欲な俳句に惹かれます。また、こうしたところにこそ、作者の本来の個性が今後ますますひかり出るのではないかと期待しております。
○入選
紅梅や晶子の歌碑は海へ向き
山本正幸 【恩田侑布子評】 同じ梅でも白梅とはちがって、紅梅は春浅い空にくっきりと濃厚な輪郭をきざみます。そのあでやかさはまさに近代短歌の女王、与謝野晶子のもの。しかも、大海原にむかう歌碑は晶子という歌人の肺腑の大きさを象徴するようです。「清水へ祗園をよぎる花月夜こよひ逢ふ人みな美くしき」の『乱れ髪』から、晩年の「初めより命と云へる悩ましきものをもたざる霧の消え行く」の『白桜集』まで、旺盛な作歌と評論活動を展開した表現者は終生自己更新をしつづけました。清見寺にある歌碑「龍臥して法の教へを聞くほどに梅花の開く身となりにけり」に触発されたという掲句は、K音の点綴も歯切れよく、高らかな晶子賛歌、紅梅賛歌になっています。
【合評】 輝く才能と、意志を貫く強さの持ち主である与謝野晶子には、狭くて暗い場所は似合わない。今も、広々した美しい世界へ眸を向けている気がします。まだ寒い春先に紅色をほこる梅を思わせるような、凛とした香気を放ちながら。
学びの庭 表現の苦しみとよろこび
恩田侑布子 今回はリモート句会が続いたせいか、表面的にいいすぎてしまっている句が目立ちました。すべて言ってしまうと大事な詩の余白がうまれません。日常生活はりくつと因果関係からなり立っています。俳句という詩は日常や事実をふまえつつも、そこから自由にはばたいてふたたび着地する文芸です。日常べったりでも、絵空ごとでもない「虚実皮膜(ひにく)」を目指しましょう。
芭蕉の名言、「心の作はよし。詞(ことば)の作は好むべからず」はどんな場合にも肝要です。ことばの上の作意をよしとすれば、器用さでいくらでも七、八〇点の句をならべられるようになるでしょう。となると、将来の俳句宗匠の座はAIが占めることになりかねません。
ソツのないよく出来た句より、破綻をおそれず切実な足元から破行句を!と申し上げて次回を期します。俳句を表現する苦しみこそ、よろこびであり楽しみだと、だんだん思うようになってきます。これは何ものにもおかされないこころの財産になります。
[後記]
今回もリモート句会の後、恩田先生より全句講評と「学びの庭」を送付して頂きました。
連衆の句それぞれに、全人格を持って向き合った先生の講評を読むことは、筆者にとってかけがえのない時間となっています。
講評に散りばめられた箴言を反芻しながら、次回の句会に向けて句作していくことは、独りでは決して設定することの出来ないハードルを、先生や連衆の力を借りて、一つ一つ越えていくような充実感があります。
そして今日もまた、句作をしながら「表現の苦しみとよろこび(恩田)」について思いをめぐらせています。
(芹沢雄太郎) 今回は、〇入選4句、△5句、ゝシルシ8句、・4句という結果でした
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

令和2年11月1日 樸句会報【第98号】
“ニューノーマル”な暮らしを余儀なくされつつも、徐々に市民の文化活動がもとに戻りつつあります。本日のみ、会場をアイセル21から静岡市民文化会館に変更しての句会でした。冬が近づく澄んだ風通しのいい部屋で、新しいメンバーも加わり一同新鮮な気持ちで句会に臨みました。
兼題は「刈田」「そぞろ寒」です。
入選2句を紹介します。 ○入選
そぞろ寒有休残し職を退く
見原万智子
理屈がなく、実感のある句です。パンデミックの二〇二〇年は、途方も無い失業者を世界中で激増させています。作者もなんらかの理由で退社することになりました。「職を退く」の措辞に志半ばのさびしさがにじみます。どうせ辞めるなら有給休暇を目一杯取ればよかったと思うものの、現実は甘くなく、言い出せる雰囲気ではなかったのです。男性は二割強、女性は六割近くが非正規が、現在のわが国の労働環境の実態です。早期退職に応ずれば数千万もの退職金が出る会社もありますが、とてもとても。その薄ら寒い心象と、冬に向かう気持ちが季語に自然に籠もっています。この句の良さは一身上の事情がすなわち、現代社会の写し絵になっている重層性にあります。
(恩田侑布子)
【合評】 今はむしろ会社から有休を取らされるものではないか。
若干説明的かもしれないが、現代の雇用状況の厳しさと「そぞろ寒」の実感の取り合わせが良い。 ○入選
マネキンの顔に穴なしそぞろ寒
古田秀 人間は穴の空いた管です。『荘子』でいえば七竅(しちきょう)(両目、両耳、両鼻孔、口)が、ものを見聞きし、匂いを嗅ぎ、食べ、喋っているのです。マネキンにはうらやましいほど大きな瞳があり、すっきりと高い鼻があります。ところが、よく見るとどうでしょう。穴がありません。ふさがっています。当たり前のことに改めてゾッとした瞬間です。一句はわたしたちが穴の空いた管であることを振り返らせ、同時に、いつもきれいと思っているものの非人間的なそぞろ寒さを突きつけて来ます。同じ秋季でも、やや寒・冷ややか・肌寒はより体性感覚に、そぞろ寒はより心象にふれる季語です。感覚の鋭い「そぞろ寒」の句です。ただし、最近のマネキンはのっぺらぼうや、頭部がそもそもないものが多いようです。都会詠、人事句の古びやすさはその辺にあるのかもしれません。
(恩田侑布子)
【合評】 些事に追われ何かに違和感をおぼえても深く考えないようにしている、そんな私の毎日に釘を刺されたように思った。
思い浮かぶマネキンの様子によって大分印象の変わる句。 披講・選評に入る前に今回の兼題の例句が板書されました。 刈田昏れ角力放送持ちあるく 秋元不死男
鶏むしる男に見られ刈田ゆく 大野林火
ぴつたりと居る蛾の白しそぞろ寒 角田竹冷
口笛を吹くや唇そぞろ寒 寺田寅彦
[後記]
私自身も樸に入会してまだ半年ほどですが、新しい方が加わって句会が活性化するのはいつでも良いことのように思います。一方で、俳句を始めよう、学んでみようと思った人に対して俳人・結社側の姿勢は十分に応えられていると言えるでしょうか。俳壇の高齢化が言われ続けて久しい昨今ですが、当然ながら若年層を多く取り込んでいく組織ほど“寿命が伸びる”でしょう。科学の世界では、研究者は自身の専門分野に関して、世間への啓蒙活動に研究の10%程度の時間を割くべきだと言われています。SNS・インターネットや出版物での適切な情報発信はこれからも重要な仕事だと思います。私も30歳になったばかりです。2,30代の若者よ、ぜひ樸に来たれ!
(古田秀)
今回は、○入選2句、△3句、ゝシルシ7句、・5句でした。
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)
11月25日 樸俳句会 兼題「短日」「帰り花」
入選句を紹介します。 ○入選
短日や匂ひ持たざる電子辞書
山本正幸
金属の辞書はモノとして古くはなっても、紙の辞書のような色つや匂いはありません。ましてや長年の手擦れによる角のまるみや紙のヤケなど、味のあるやつれた表情など望むべくもありません。金属の電子辞書のいつまで経っても怜悧な佇まいに、使い古したつもりでいた自分が、逆にほころぶように老いてゆくことに気づき愕然としたのです。「短日や」の季語に自身の老いが重なり、「匂ひ持たざる電子辞書」が再び「短日や」に返ってゆきます。芭蕉の名言、「発句の事は行きて帰るこころの味はひなり」(「三冊子」)を思い出させる優れた俳句です。
(恩田侑布子) 次回の兼題は「木の葉」「紅葉散る」です。

令和2年6月24日 樸句会報【第93号】 句会場のアイセルがようやく開館。万全のコロナ対策をして、三か月ぶりのリアル句会となりました。
兼題は、「青芒」と「夏の蝶」です。 入選1句、原石賞2句、△4句の中から3句を紹介します。 ○入選
よこがほは初めての貌青すすき
田村千春 女性の恋情がひそんでいます。思う人の横顔をまともに見た初めての瞬間でしょう。青芒のひかりとの配合が初々しく青春性も豊かです。「貌」は相貌のことで人格、風格をあらわすので横顔と抵触するという批評はあたりません。
(恩田侑布子)
【合評】
素敵な恋の句。無駄な言葉が一切なく、「青すすき」で精悍さや作者の視線まで浮かびあがります。
単純な恋の感情を直接言っていない。ありがちでない表現です。
【原】壺の闇へ挿す一握の青芒
村松なつを
上五の字余りで、リズムがだれます。「の」をとれば素晴らしく格調が高い句になります。 【改】壺闇へ挿す一握の青芒
(恩田侑布子)
【合評】
よく分かる情景です。壺の闇は心の闇かもしれない。そこへ青芒を挿しこんで明るくしたのでは…。
「一握の」が効いています。詩があると思います。
【原】黒揚羽朝よりまふ立ち日かな
前島裕子 既視感があるという評もありましたが、実感があります。大切な人の命日に、朝から黒揚羽が庭に来て、打座即刻に口をついて出た句でしょう。原句はやや読みにくく感じられます。アシタよりでなく、「朝より舞へる立日」とはっきりしたほうが、亡き人の気配が返って濃く感じられそうです。
【改】黒揚羽朝より舞へる立日かな
(恩田侑布子)
【合評】
立日に黒揚羽。夏の特別な日を感じます。
人の死を「黒」に託すのはストレートで、よくある気がします。
△ 年上の少女と追へり夏の蝶
島田 淳 小説的な結構をもつ句です。頑是ない少年にとって、少しだけ年上の少女は大人びた世界の入り口を垣間見せてくれる眩しい存在でしょう。「夏の蝶」という措辞によって、少女の美貌も匂い立つようです。親戚か、近所の少女か、どちらであっても、容姿の水際立った少女とあでやかな蝶を追った夏の真昼。大型の蝶はたちまち高空に駈け去り、夏天だけがいまも残っています。
(恩田侑布子)
【合評】
少年の白昼夢のようです。
甘い郷愁を誘います。夏休みに東京から綺麗ないとこが来て一緒に遊んだことを想い出しました。
△ 黒南風や日常に前輪が嵌まる
山田とも恵 「日常」という概念のことばを持って来たため、やや図式的ですが、そうした弱点はさておき、この句はたいへんユニークです。浮き上がった後輪に黒南風が吹き付けているブラックユーモア的情景に鮮度があります。「前輪が嵌まる」、端的で俳諧精神躍如。いいですね。
(恩田侑布子)
△ 裸婦像の背より揚羽のおびただし
山本正幸 映像のしっかり浮かぶ上手い句。技巧でつくっているので、ウブな感動に欠けるうらみがあります。
(恩田侑布子)
【合評】
映像の作り方がうまく、「より」「おびただし」の措辞に迫力があります。ただ「裸婦像」は好みの分かれるところではないでしょうか。
「おびただし」が新鮮です。蝶がワッと出た景色ですね。
上手いとは思いますが、なんとなくそれっぽい。手練れになっているのではないか。
披講・合評に入る前に「野ざらし紀行」を読み進めました。次の二句について恩田の丁寧な解説がありました。
白(しら)げしにはねもぐ蝶のかたみかな 牡丹蘂(ぼたんしべ)ふかく分ケ出(いづ)る蜂の名残(なごり)かな 一句目は杜國に宛てた句。杜國は富裕の米穀商で蕉風の門弟。ただならぬ感性の持ち主だったようだ。文才あり、容姿端麗。この句では白げしを杜國に比している。芥子の白がハレーションを起こし、幻想的である。別離に際して、男への恋心のこもった切ない句であるが、あまりに感情が昂り、かえって分かりにくくなっているきらいもある。
二句目は、芭蕉を厚遇した熱田の旅館主との別れを惜しんだ句である。牡丹は富貴のメタファー。
どちらも贈答句であるが、二句目は「挨拶句」にとどまっている。
芭蕉は感激屋。感情の濃密な人であった。
[後記]
いつものようなお互いの顔の見えるロの字型の句会ではありませんでしたが、コロナ禍の自粛生活の欲求不満をぶつけるような談論風発の会になりました。丁々発止。このライヴ感がこたえられません。
本日のひとつの句について、恩田から「決まり切った措辞で構成されていて、パターン化の極み!」との厳しい指摘がありました。句作に際して陥りやすいところだなと自戒しました。特選・入選で褒められるのは嬉しいけれど、なぜ選に入らないのか、句の弱点や難点を教示されたほうが勉強になります。それはそのまま選句眼に直結することを痛感しました。 (山本正幸) 次回の兼題は「虹」「白玉」です。 今回は、○入選1句、原石賞2句、△4句、ゝシルシ7句、・12句でした。
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)
代表・恩田侑布子。ZOOM会議にて原則第1・第3日曜の13:30-16:30に開催。