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5月3日 句会報告

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令和2年5月3日 樸句会報【第90号】 青葉が美しく生命力にあふれた季節ですが、今回もネット句会です。本日は憲法記念日。恩田から出された兼題はまさに「憲法記念日」「八十八夜」でした。形のないものを詠むのに苦労しつつも独自の視点に立った面白い作品が多く寄せられました。 入選1句、原石賞1句及び△6句を紹介します。    ○入選  突堤のひかり憲法記念の日                山本正幸 第九条をとくに念頭にした志の高い俳句と思います。「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し…」という理想主義、平和主義を諸国に先んずる「突堤のひかり」と捉え、人類の平和のためにこの理想を失いたくない。胸を張って守って行きたい、という清らかな矜持が滲んでいます。共感を覚えます。 (恩田侑布子) 【合評】  堤の先端に立って見渡す光溢れる世界。日本国憲法公布の日、多くの日本人が抱いた感覚が表現されているように思いました。     【原】化石こふ故郷八十八夜かな                前島裕子 作者のふる里は、なんとかの化石の出土地として有名なところで、きっと作者ご自身もそれが誇りであり自慢なのでしょう。その化石と故郷が結びついたユニークさが取り柄の句です。 「望郷の目覚む八十八夜かな」という村越化石の代表句を思い出したりもしますが、と、ここまで書いて、そうか、これは村越化石を題材にした句であり、地質時代の遺骸の石化なぞではないんだとあわてて気づいた次第です。だとしたら、他人事に終わるのではなく、 【改】化石恋ふ故郷に八十八夜かな とご自分の位置をはっきり示されたほうがより力のある句になるのではないでしょうか。 (恩田侑布子)      △ お隣は実家へ八十八夜かな               樋口千鶴子 お隣さんはこぞって里帰りでがら空き、すこしさみしい、でも隣家のみんなのにぎやかな笑い声を想像してなんとなくほのぼのともしてしまう。そういう八十八夜のゆたかさがよく表れた俳句です。言外にふくよかさがあります。 (恩田侑布子)      △ 補助輪を外す憲法記念の日               芹沢雄太郎 憲法成立時のいさくさを思い、いい加減にアメリカというつっかえ棒をなくして、私たち国民の正真正銘の憲法として独立自尊させよう。という健全な民主主義への思いを感じます。 子供の自転車の補助輪を持ってきたところなかなかですが、寓喩性がやや露わなのが惜しまれます。 (恩田侑布子) 【合評】お孫さんかな、補助輪がはずれ颯爽と自転車をこぐ、自慢げな顔がうかぶ。「憲法記念の日」がきいていると思う。現行憲法が施行され70年が経過した。この日はそろそろGHQの補助輪を外し、良きものは残し、是々非々の自主憲法の制定を考える日でありたい。補助輪と憲法が響く。        △ 体幹を伸ばす八十八夜かな               芹沢雄太郎 気持ちのよい俳句です。背筋を伸ばすならふつうですが、「体幹」は身体の中心なので、こころまで、精神まで正し伸びやかにする大きさがあります。実際どのようにするのかイメージが湧けば更に素晴らしい句になることでしょう。 (恩田侑布子) 【合評】 初夏で本来なら心が浮き立つ時期・・しかしステイホームで運動不足。外出できる日に備えてストレッチ・・健全な心掛けですね。        △ 秒針の音よりわづかあやめ揺る               山田とも恵 真っ直ぐで清潔な茎と、濃紫の印象的なあやめの花の本意をよく捉えています。初夏の夜の繊細なしじまが伝わってきます。今後の課題としては、読後に景がひろがってくれるように作れるとなおいいですね。 (恩田侑布子) 【合評】あやめのピンと張りつめたような葉を、秒針の音よりわずかに揺れると表現したのが上手いと感じました。五風十雨のこの地。風も時もゆったりと流れる。心もまた静か。        △ 風呂入れ憲法記念日のけんか               山田とも恵 風呂嫌いの子がけっこういるものです。ささいもない家族の中のけんかを、大きな国家のきまりと溶け込ませて捉えたところにおもしろい勢いが感じられます。 (恩田侑布子) 【合評】 父親と息子のけんかだろうか。 改憲議論からの口論だろうか。いやいやそんな高尚な話ではない。 最後には「とっとと風呂入れ!」の親の一言で結んだケンカ。 憲法記念日という固い季語と「風呂入れ」のギャップが読み手を引き付ける。 国の行く末より家族のあしたの方が問題であり身につまされる。 堤の先端に立って見渡す光溢れる世界。日本国憲法公布の日、多くの日本人が抱いた感覚が表現されているように思いました。        △ レース編む一目の窓に来る未来               海野二美 夏に向かってレースを編み始めた作者。「一目の窓に」が初々しくていいです。しかも「未来」と大きく出た処、まさに青空が透けて見えて来るようです。 (恩田侑布子) 【合評】 お子さんかお孫さんのために何か編まれているのでしょうか。レースの網目に未来が生まれてくるという発想が素晴らしい。ただ「窓に来る」という表現が若干説明しすぎのような気もしないではないですが、どうでしょう。       今回の句会のサブテキストとして、恩田侑布子の『息の根』7句、『よろ鼓舞』7句、計14句を読みました。 連衆の句評は「恩田侑布子詞花集」に掲載しています。       『息の根』7句 『よろ鼓舞』7句         ‎ ↑       ↑        クリックしてください       [後記] 筆者にとって「憲法記念日」は自分の信条を物や景色に託してどこまで出していいか非常に迷う難しい兼題でしたが、逃げずに向き合う良い機会となりました。恩田が総評として次の言葉を寄せています。「憲法記念日の季語は、ふだん感性主体で作っている俳句の土台に、ほんとうは現代の市民としての社会性や、世界認識が必要であることを気づかせてくれたのではないでしょうか。また、八十八夜は、目に見えているのにとらえどころがないおもしろい季語で、こちらは認識というより、いっそう全人的な感性それ自体が問われ、焦点を絞ることの大切さを学ばれたと思います」(天野智美) 次回の兼題は「青葉木菟」「浦島草」です。 今回は、○入選1句、原石賞1句、△6句、ゝシルシ3句、・5句でした。 (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)     

4月22日 句会報告

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令和2年4月22日 樸句会報【第89号】     前回に引き続き今回もネット句会です。連衆の自宅での生活が増えたせいか、それぞれ自分の生活をしっかりと見つめた句が多く出されました。 今回の兼題は「筍」「浅蜊」です。 入選2句、原石賞3句及び△の高点句を紹介します。     ○入選  鬼平の笑ひと涙あさり飯                萩倉 誠 池波正太郎原作の「鬼平犯科帳」は、テレビドラマ・劇・アニメと大衆的人気を獲得し続けているようです。浅蜊もまさに庶民の味です。「笑ひと涙あさり飯」と名詞を三つぽんぽんぽんと置いた処、あさり飯のほんのり甘じょっぱい美味しさが、江戸の非道と戦う鬼平の人情とふところのふかさにぴったり。「汁」でなく「飯」であるのもいいです。この一字で締まりました。 (恩田侑布子) 【合評】深川飯か・・江戸っ子俳句は粋だねぇ。      ○入選  リハビリの足先へ降る桜蘂                山本正幸 季語の斡旋が味わい深い句です。もしこれが「落花かな」でしたら一句は甘く流れてしまったことでしょう。「桜蘂」の紅い針のような、見ようによっては音符のような蕊が、傷めたつま先へ降ってくることで、この春じゅうの切なさ淋しさが体感として伝わってきます。リハビリに励む春愁のなかのけなげさ。 (恩田侑布子)       【原】観覧車一望の富士霞をる                前島裕子 内容は雄大な景でこころ惹かれます。観覧車と一望がやや即きすぎかも知れません。いろいろな推敲の仕方がありますが、一案として、   【改】富士霞へと上りつつ観覧車 とされると、雄大な春の空中散歩の気分がかもしだされましょう。 (恩田侑布子)       【原】食卓のキュビスムならむ蒸し浅蜊                山本正幸 発想が斬新。詩の発見があります。「キュビスム」はよく出ました!でも「食卓の」という上五の限定はどうでしょうか。料理名が下五にくるので、やや説明的でくどい感じになってしまい、キュビスムの意外性がそがれませんか。一例に過ぎませんが、   【改】浅蜊の酒蒸し夜半のキュビスムか と、あえて破調の字足らずにするテもあります。リズムもキュビスムにしちゃうのです。 (恩田侑布子)       【原】肩ほそきひと遥けしや飛花落花                山本正幸 恋の句です。夢二の繪のようなはかなげにうつくしい女性と、若き日に花見をしたことがあったのでしょう。もう逢えないひとであればなおさら楚々としてうつくしく飛花落花のはなびらに幻が浮かびます。ただしリズムがややつっかえます。内容の繊細さを生かして、   【改】肩ほそきひとのはるけし飛花落花 と、ひらがな主体にやさしくいいなしたいところです。 (恩田侑布子) 【合評】 夢二?       △ 敗戦の兵筍を提げ帰る               村松なつを 顔の煤けやつれた帰還兵が、筍だけを提げて帰ってきたとは感動の瞬間です。むかし小説か映画でこのシーンをたしかに観たような気がします。気のせいならいいのですが。面白いけれど、デジャビュー感が気になり三角にいたしました。 (恩田侑布子) 【合評】 実際にこういう復員兵がいたのかどうかわからないが、ボロボロになっても不屈の生命力で筍を手に帰ってきた場面を想像すると市井の人の歴史の一コマを見るような感慨を覚える。「提げ帰る」という複合動詞が立ち姿、風貌まで浮かび上がらせてとても効果的。 感傷より食欲か・・人間は逞しい!コロナにもきっと勝利するでしょう。 「提げ帰る」の言い切りに説得力があり、敗戦の光景を知らずともこういう場面があったのかもしれないと感じさせます。「敗戦」と「筍」の取り合わせも、生きることへの希望や強かさを感じさせて良いなと思いました。 疲れ果てた命からがらの復員なのに、せめて家族に何か土産をと探し回った。そういう精一杯の心情を感じました。       今回の句会のサブテキストとして、恩田侑布子が『俳句界』2020年4月号に掲載した特別作品21句「何んの色」を読みました。   連衆の句評は「恩田侑布子詞花集」に掲載しています            ↑       クリックしてください        [後記] 二回目のネット句会でした。連衆の顔を思い浮かべながらの選句・選評は、自宅での生活が続く中で心の清涼剤となりますが、やはり生身の体を持ち寄って行う句会が恋しくなるばかりです。 またサブテキストの恩田の句群を集中して読むことで、残り少ない春の気配が再び息を吹き返してきました。夏が近づくのを感じつつ、春を惜しむ心を持って、それぞれの生活に勤しんでいきたいものです。(芹沢雄太郎) 次回の兼題は「八十八夜」「憲法記念日」です。 今回は、○入選2句、原石賞3句、△2句、ゝシルシ4句、・8句でした。 (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)    

1月19日 句会報告

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令和2年1月19日 樸句会報【第84号】 大寒前日の句会。穏やかに晴れた静岡です。本日は高校生が一人、清新な風を連れて参加されました。 兼題は「手袋」と「蜜柑」です。 入選5句を紹介します。 ○入選  蜜柑むきつつ相関図語りをり                田村千春   この「蜜柑」はめずらしく淫靡な感じがします。誰とだれとが本当は男女関係にあるんだとか、あの人とあの会社の利害がこれこれ絡まっているんだとか。スキャンダラスな内容が「相関図」にこめられています。三字熟語は週刊誌的なエゲツナサをなまなましく臭わせます。皮から剥かれたばかりのやわらかなオレンジ色の実が俗世のどろどろした滑稽感を出している面白い句です。 (恩田侑布子)  合評では 「日だまりでオバさんたちがしゃべっている。きっと大勢で、近所の下世話な話を」 「XとYの相関についての問題を解いている学生かと思いました。蜜柑を剥きながら少し力を抜いて…」 「辞書を引くと“相関図”は一義的には、縦軸と横軸のグラフのようです」 「学問のことだったら“語りをり”ではなく“論じをり”でしょう」 など見方は様々でした。     ○入選  ひどろしと目細む海や蜜柑山                天野智美 「ひどろしい(※眩しい)」という静岡の方言を一句の中に見事に活かした俳句です。作者は蜜柑山に立っています。まぶしいほどねと眼を細め眺めているのは、真冬でもおだやかに凪ぎ渡った駿河湾のパステルブルーでしょう。暖国静岡の冬のあたたかさ、風土の恵みのすがたが活写された地貌俳句といっていいでしょう。蜜柑山もきらきらたわわに海の青と映発しています。 (恩田侑布子)  選句したのは恩田のみでした。 合評では 「俳句における方言の是非ですね。いいのかな?」 「“ひどろしい”という言葉は最近知りました」 「私は子どもの頃からまぶしいことを“ひどろしい”と言ってましたのでよく分かる句です」 など方言を使うことをめぐる発言が続きました。 (山本正幸)      ○入選  蜜柑剥く訣れを口にせしことも                山本正幸 若き日、「もうこれっきり訣れよう」と喧嘩した男女が、いまは暖かな部屋で静かに蜜柑をむいてくつろいでいます。あのまま別々の道を歩き出していたら、いまごろどうなっていたことか。いや、「別れちゃえばよかった」と、ほんの少し思わせるところに大人の味があります。「口にせしことも」という句またがりのもったりしたリズムと、いいさしで終わるところ、なかなかの俳句巧者です。 (恩田侑布子)  恩田のみ採った句。 合評では 「よくありそうなこと。新鮮さを感じない」 と厳しい意見も。 (山本正幸)      ○入選  過激派たりし友より届く蜜柑かな                山本正幸   ドラマのある俳句です。昔、ゲバ学生で有名だった学友が、いまは故郷の山で蜜柑農家になっています。上五の「過激派」から下五の「蜜柑」にいたるひねりが出色です。温暖で陽光あふれる地を象徴する果実である蜜柑と、風土に根付いた友の変わり方をよかったなと思いつつ、内心の苦衷を友だからこそ思いやる作者がいます。 (恩田侑布子)  この句も恩田のみ選句。 合評では 「“蜜柑”である必然性は? 林檎じゃダメですか?」 「蜜柑には安っぽさがあって、そこがいいと思う」 「ひょっとして“みかん” は“未完成”ということを言いたいのでしょうか…?」 などの感想が飛び交いました。 (山本正幸)      ○入選  冬の蟻デュシャンの泉よりこぼれ               芹沢雄太郎 二十世紀現代美術の問題作であったオブジェ「泉」は男性小便器でした。この句の弱さは現実の光景としてはありえないことです。一言でいって頭の作です。ただし、作者は確信犯なのでしょう。美点は、現代アートのメルクマールに百年後のいま、果敢に挑戦したところ。レディメードのオブジェの冷たさが幻想の冬の蟻によって際立ちます。冬眠しているはずの蟻が、小便の代りに便器を次々に黒い雫のしたたりとなってこぼれ落ち続ける。これは今世紀の新たな悪夢です。分断され孤独になった分衆の時代の象徴でしょうか。 (恩田侑布子)   合評では議論百出。 「黒い蟻がうじゃうじゃ湧いてくる。それを便器が耐えている。白黒の画面が目に浮かぶ」 「これは本当に冬のイメージでしょうか。また、蟻の生態との関係はどうなんでしょう?」 「幻の蟻かもしれない」 「センスはとてもいい句だと思います」 「“泉”は夏の季語ですけれど、ここは“デュシャンの泉”イコール“便器”だから問題ないのですね」 「デュシャンの作品は室内に展示されているはず。そこに蟻がいるのかな?」 (山本正幸)        投句の合評・講評のあと、恩田が俳句総合誌(『俳句』『俳壇』『俳句α』)に発表した近作を鑑賞しました。 連衆の共感を集めたのは次の句です  凧糸を引く張りつめし空を引く                    『俳壇』1月号    身体髪膚鏡に嵌まる淑気かな                    『俳句』1月号    神楽太鼓撥一拍は天のもの                    『俳句α』冬号    梅花皮(かいらぎ)の糸底を撫で冬うらら                    『俳壇』1月号    ふくよかな尾が一つ欲し日向ぼこ                    『俳句』1月号 「凧糸」の句が一番多く連衆の点を集め、「新春の清新な空気と抜けるような青空が伝わってきます。“引く”が繰り返されることで、上空の風の強さも伝わってきます。“張りつめ”ているのも、凧糸だけではないのでしょう」との鑑賞が寄せられました。        [後記] 兼題「蜜柑」は産地で身近にある題材のため、句にし易かったようです。日々の暮らしや蜜柑にまつわる様々な思いが詠まれました。かたや「手袋」に恋心を忍ばせたいくつかの句には点が入らず苦戦しました。でも、高点句に名句なし。季語の持つ多面性を感じることのできた楽しい句会でした。 次回兼題は、「寒燈」と「春隣」です。    (山本正幸)   今回は、○入選5句、△4句、ゝシルシ4句、・8句でした。 (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)   なお、1月8日の句会報は、特選、入選、原石賞がなくお休みしました。   

12月8日 句会報告

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令和元年12月8日 樸句会報【第82号】 12月最初の句会。兼題は「冬の月」と「鰤」です。 入選4句と原石賞2句を紹介します。 ○入選  鰤さばく迷ひなき手に漁の傷               見原万智子 大きな鰤をなんのためらいもなく手馴れた手順で三枚に下ろしてゆく漁師。包丁さばきの手を追っていて、ハッとした。肉の盛り上がった大きなキズ痕があるのだ。胸を衝かれた瞬間のこころの動きがそのまま五七五の措辞の運びになった。調べも潔い。逃げ隠れできない一つ甲板の上で来る日も来る日も大海原と対峙する漁業。荒々しい労働の過酷さが、句末の一字「傷」に刻印され、雄々しい海の男が堂々と立ち上がって来る。(恩田侑布子) 今回の最高点句でした。 合評では、「漁師の姿が浮かんでくる」「屋外で露骨に作業している光景。潔く、小気味よく包丁が動いている」「“傷”より“疵”にしたほうが良いのでは?」「いや、“疵”だと文学趣味的になってしまう」 などの感想・意見がありました。(芹沢雄太郎)     ○入選  短日の切株に腰おろしけり               芹沢雄太郎   やれやれと切株に腰を下ろして息をつくと、ふっと冷たい気配を背中に感じた。この前まで木が広げていた葉叢はあとかたもなく、頭上はすーすーの冬空である。日はすでに西に傾き、夕刻まで幾ばくもない。いのちを断たれた木に座って疲れを癒やしている自分はいったい誰れなのか。切株になるのは木ばかりではないぞと、そぞろに思われてきたのである。  (恩田侑布子)     ○入選     多磨全生園  寒林を隔て車道のさんざめき                天野智美   東京都東村山市にあるハンセン病患者を収容する施設の奥はだだっ広い寒林であった。冬木の林を隔てて、車がひっきりなしにゆきかう車道と色とりどりの町並みがある。かつて病人を「らい病」と呼んで虐げ差別した長い歳月があった。痛恨の歴史をうち忘れたような消費社会の世俗の賑わいを「さんざめき」と捉えた感性がいい。〈望郷の丘てふ盛土冬の月〉も対の句。言葉をうばわれた人々のかけがえない歳月に思いを寄せる智美さんの共感能力に敬服する。 (恩田侑布子)   恩田だけが採った句でした。     ○入選  立読める安吾の文庫開戦日                山本正幸   坂口安吾は終戦直後の『堕落論』で一躍有名になった無頼派作家。これはエッセー「人間喜劇」にある世界単一国家の夢かもしれない。七十八年前の今日、大東亜戦争という名のもとに狂気の戦争を自らおっぱじめた日本。作者は書店の文庫コーナーでささっと斜め読みして間もなく立ち去る。開戦日であることの痛恨をこの店内のだれが思っているだろうか。 (恩田侑布子) 合評では、「安吾が好きなので採りました。文学的に反戦を表している」「本屋での光景が浮かびました」「“立読める”という気楽な表現が良い」など様々な感想、意見が飛び交いました。  (芹沢雄太郎)       【原】アフガンの地に冬の月如何に照る               樋口千鶴子 中村哲さん(一九四六年〜二〇一九年十二月四日)の非業の死は、遠い巨大な地震の報のように内心を震撼させた。だれも真似の出来ない四〇年の菩薩行は銃弾をもって贖われた。純粋な善行が凶刃に嘲笑われる二一世紀になってゆくのだろうか。千鶴子さんのまっすぐな気持ちが下五の「如何に照る」にこめられた。切なくなる。有季の俳句は季語に感情が託せるといい。 【改】如何に照るアフガンの地や冬の月 こうすると、白い寒月が荒漠の地にかかる。冬の月が語りだすのである。 (恩田侑布子) 合評では、「中村哲さんの時事句、追悼句として、怒りや悲しみが伝わってくる」などの意見があがりました。 (芹沢雄太郎)     【原】もう逢へぬ寒月射せる白き額                山本正幸 当「樸」は恋句を詠む人が多くてうれしい。百になっても臆することなくつくってほしい。恋は感情の華だから。ところでこの句は、寒月の下での忘れ得ぬ別れ。原句のままだと中七のリズムがもたつきやや説明的。 【改】もう逢へぬなり寒月の白き額 こうすると、いとしいひとの白い額が寒月光に浮かぶ。いま、わたしのてのひらを待つかのように。  (恩田侑布子)     今回の兼題についての例句が恩田によって板書されました。  同じ湯にしづみて寒の月明り                飯田龍太  石山の石のみ高し冬の月                巌谷小波  酔へば酔語いよいよ尖る冬の月                楠本憲吉  蒼天に立山のぞく鰤起し                加藤春彦  鰤裂きし刃もて吹雪の沖を指す                木内彰志  寒鰤は虹一筋を身にかざる                山口青邨     注目の句集として、堤保徳『姥百合の実 』(2019年9月 現代俳句協会) から恩田が抽出した二十一句が紹介されました。 連衆の共感を集めたのは次の句です。  燈台はいつも青年月見草  胸の火に窯の火応ふ冬北斗  月光や男盛りのごと冬木  吾に息合はす土偶や桜の夜  死してより遊ぶ琥珀の中の蟻 堤保徳『姥百合の実 』からの抽出句については こちら [後記] 今回は11名の連衆が集まりました。その中に注目の句集の堤さんとの知り合いがおり、お話を聞くことで句の背景が鮮やかになった気がしました。句の鑑賞では、作者のバックグラウンドをどこまで想像できるかも重要だと感じました。また、今回の入選句で多磨全生園を訪れた際の句がありましたが、その句の作者は自身の社会的関心に基づいて実際の地を訪れ、句にするということをよく行っており、作者の行動力と、それによって生まれる句の力強さに驚かされます。人間が社会的・歴史的存在である以上、日常詠だけでなく、そういった句も積極的に詠んで行きたいと考えさせられました。 (芹沢雄太郎) 次回兼題は、「山眠る」と「枯野」です。 今回は、○入選4句、原石賞2句、△8句、ゝシルシ6句、・3句でした。 (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

11月27日 句会報告

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令和元年11月27日 樸句会報【第81号】   街の木々も紅葉し始めた、11月2回目の句会でした。 兼題は「マスク」と「冬の蝶」です。 入選句と高点だった△一句を紹介します。   ○入選  マスクとり団交の矢面にたつ                山本正幸   労使交渉の緊迫した場面である。マスクを外し、いよいよ本気で勤労者側の要求に立ち向かう。その瞬間の群像のどよめき、一挙にあつまる視線の熱さが、空間の迫力として迫って来る。「マスク」「団交」「矢面」の名詞を、「とり」「たつ」のひらがな表記の動詞がスピーディにつないで即物性を際立たせている。 (恩田侑布子) 今回の最高点句でした。 合評では、「ざらざらした場面、マスクをとって語らなければならない場面をうまく表現している」「香港のことを思い出した」「きりっとした表情が“マスクをとる”で見えてくる」「動詞‟たつ“での止めがいい」「分かりすぎて余白がない」などの感想、意見がありました。 (猪狩みき)      △ クロッキー冬蝶の影のみ拾ひ                田村千春   入選句に次ぐ高点句でした。 合評では、 「冬蝶のありようの本質を拾った句」「描いている瞬間の白黒の様子を拾ったのがよい」などの感想、意見がありました。 「調べも美しく上手い。“拾ひ”がいい。句の大きさや広がりはないが、繊細な良さがある」と恩田は評しました。 (猪狩みき)     投句の合評に入る前に、芭蕉の『野ざらし紀行』を読み進めました。 今回取り上げたのは次の二句。    梅白し昨日や鶴をぬすまれし    樫の木の花にかまはぬすがたかな   「京都の富豪で談林系の俳人であった三井秋風への挨拶句である。一句目は当時出たばかりの漢詩の和刻本の内容を踏まえたタイムリーな句であり、二句目は三井秋風の高潔さを称えた句。当時“主におもねった句である”という非難もあったが、そうではない。阿諛追従とはいえない。芭蕉は時流を読んだり、主を喜ばせる才能もあった。蒸留水のように純粋というわけではないが、俗の中にもまれたりしながらも本質を失わないのが芭蕉である。」と恩田が解説しました。     [後記] 久しぶりの句会参加でした。句を採らなかった理由を聞かれてしどろもどろに。何となく何かが引っかかる、その何かを言葉にしないと伝わらないのですが言葉にできないままでした。このあたりを言語化することが作句にも直接つながることなのだろうと思っています。(猪狩みき) 次回兼題は、「冬の月」と「鰤」です。   今回は、○入選1句、△4句、ゝシルシ5句、・9句でした。 (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)  

11月10日 句会報告

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令和元年11月10日 樸句会報【第80号】 11月初回の句会です。この時間、東京では碧天のもと、即位を祝うパレードが催されていました。 兼題は「立冬」と「ラグビー」です。 入選句と原石賞2句を紹介します。 ○入選  補聴器を厭ふ母なり冬日向                山本正幸   母は長寿を賜った。代わりに耳は遠くなり、家族が会話に困るほど。「お母さん補聴器つけようよ」他のことには従順なのに、なぜか補聴器には耳を貸さない。いままでずっと自然体で生きて来たように、これからも齢相応でいいと思っているよう。日だまりにくつろぐ母を見やる作者の清雅なまなざし。慈しみの感情には、誇り高き母への尊敬の念すら混じっている。冬日向の浄福である。(恩田侑布子) 合評では 「補聴器はどうしてかみんな嫌がるようです。このお母さんもそうなんでしょう」 「“なり”が気になった。ちょっと強い感じ。“なり”を使わずに詠ったほうがいいのでは?」 などの感想、意見が出されました。(山本正幸)       【原】早朝の短き電話冬に入る                天野智美   早朝に鳴る電話は「不吉な電話」か「よくない報せ」にちがいないと、句座でこの句を採られた方は電話内容をマイナスイメージに受け取りました。そのような思わせぶりな意味内容にしてしまうと句柄が小さくなりがちです。単純に、朝早く電話があり、すぐ切れ、寒さにぶるっと来た瞬間の感覚の良さを活かしたいと思います。そこで、 【改】あつけなき朝の電話や冬に入る   こうすると情緒がもつれません。スッキリ乾いた初冬の朝が端的に現れます。(恩田侑布子) 連衆から 「早朝の電話とは、あまりいい知らせではないことを想像させます。私も両親が田舎にいて、朝方に電話が鳴るとドキッとします」 「“短き”とは会話が短いだけでなく、呼出し音の短さかもしれない。いい電話ではなく、出ても用件だけ。いろいろ思いをめぐらせる句ですね」 などの感想がありました。(山本正幸)     【原】寒晴れや荒ぶるトライ大地待つ                萩倉 誠 兼題の「ラグビー」は、テレビ観戦が多いだけにゲームの一コマに終始しがちでした。この句は真っ青な冬空をいきなり打ち出し、中七の「荒ぶるトライ」へとラグビーの王道の展開を見せる力があります。ただし「大地待つ」は窮屈なので、「地が待てり」としてみましょう。   【改】寒晴や荒ぶるトライ地が待てり   下五のイ音の上下にリズムが引き締まり、中七までのア音が一層華やかになります。さらに全体五音のラリルレロ行までが、歯切れ良い音楽を奏で出します。(恩田侑布子)     今回の兼題の例句が恩田によって板書され、それぞれ短評がありました。  冬来たる平八郎の鯉の図に             久保田万太郎  冬となる風音夜の子にきかす               古沢太穂  ラグビーボールぶるぶる青空をまはる              正木ゆう子  ラガーらのそのかち歌のみぢかけれ               横山白虹  ラグビーの音なき画面雨しぶく               行方克巳   [後記] ラグビーのワールドカップ日本大会が盛り上がりを見せ、その余韻が列島に残っているようです。今回の兼題でもあり、句会の議論にも熱が入ります。「楕円球を高く蹴り上げる」内容の投句に対して、「これは完璧に成功したキックですね」との評がありました。ラグビーの見巧者にはそこまでわかるのだと感じ入った筆者です。これも十七音に凝縮された俳句の力かもしれません。 次回兼題は、「冬の蝶・凍蝶」と「マスク」です。(山本正幸) 今回は、入選1句、原石賞2句、△4句、✓シルシ6句、・3句でした。 (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)  

9月25日 句会報告

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令和元年9月25日 樸句会報【第77号】 9月の最終週だというのに、「暑い」という声があちこちから聞こえた日の句会でした。 兼題は「秋刀魚」と「“音楽”に関する句」。 入選句と原石賞2句、△1句を紹介します。 〇入選  免許証返納せむか秋刀魚焼く                山本正幸 運転も、秋刀魚を焼いて食べるのも作者の何十年の日常生活であった。この秋、秋刀魚を焼きながらふと思う。高齢者が幼子の命を奪う痛ましい事故がよく報じられる。おれも免許証、そろそろ返納するほうがいいのかな。免許証も秋刀魚もふだんの暮らしの象徴である。その一方を手放すことになる未知の日々が近づく。この戸惑いは古希を迎えた作者の健やかな良心を証明していよう。秋刀魚を焼く煙が秋思もろとも燻して腸までほろ苦く美味しそう。(恩田侑布子) 「“免許証の返納”という社会的なことと“秋刀魚焼く”という生活のこととの取り合わせが非常にうまい」「秋刀魚の本質をとらえている」「時事的すぎませんか? 川柳のよう・・」などの評が聞かれました。 作者は、「この句を家人に見せたら、アナタは焼いたことないでしょ、と言われたので、‟秋刀魚食ふ‟にしてみた。でも句としては“焼く”のほうが良いと思い、もとに戻しました」と語りました。(猪狩みき)       原石賞の二句について、恩田が次のように評し、添削しました。 【原】 太陽の塔の背中や穴惑              芹沢雄太郎  改1 太陽の塔を背(そびら)に穴惑  改2 太陽の塔の後(しりへ)や穴惑 ユニークな俳句。ただ、原句は「背中や」がもんだいです。太陽の塔の背中に蛇が張り付いているように読めてしまう。穴惑は冬眠のため地中に潜る寸前ですから距離感がほしいところ。いろいろな変え方がある。[改1]はひとまず距離感が出る。[改2]にすると、蛇は、岡本太郎の造形した太陽の顔をみることなく冬眠に入る。穴惑が不思議な実存感をもって太陽の塔と拮抗を始めよう。 (恩田侑布子)       【原】 無職なり瓢にサティ聴かせをり                山本正幸  改1 無職なり瓢にサティ聞かせつつ  改2 職引いて瓢にサティ聞かせをり 原句は「なり」「をり」が障る。上五をそのまま残すならば[改1]のように下五は「聞かせつつ」と柔らかに終わりたい。下五を残すならば[改2]のように上五は「職引いて」とし、サティの曲の軽やかさを生かしたいところ。 (恩田侑布子) 今回の最高点句でした。「“無職”“瓢”“サティ”の3つのつながりがおもしろい」「瓢を見ながらひとりの時間を楽しんでいる感じが良く出ている」「上五の大胆さがいいのか、それとも乱暴なのか?」「定年退職ではなく“職なし”と読んだ。若い人なのかも」という連衆からの評でした。 (猪狩みき)    △ いわし雲ブリキの笛を旅の友              見原万智子 作者の弁を聞くまでアイルランドの笛とはわからなかったが、安価で親しみ深い銀色の笛が愛らしく感じられた。一人旅で帆布の旅鞄などにしのばせたそれを、さりげない山鼻や岬の尖などで吹く健康な作者像が彷彿とする。爽やかなロマンのある俳句。 (恩田侑布子) 合評では、「どんな旅? ひとり旅? いろいろ想像させる。情感があります」「細い雲と旅の長さがオーバーラップする」などの感想がきかれました。(猪狩みき)       今回の題の名句ということで恩田からいくつかの句の紹介がありました。連衆に人気だったのは  暗室の男のために秋刀魚焼く                黒田杏子  江戸の空東京の空秋刀魚買ふ                攝津幸彦  火だるまの秋刀魚を妻が食はせけり              秋元不死男   などでした。 [後記] 今回の題は、私には難しく感じられる題でした。何が「難しさ」をもたらすのかはっきりしないのですが、自分にとって作りやすい題とそうではない題があることがわかり、そのことを興味深く思っています。 ‟内容と表現が合っているか”のレベルまで考えられるようになりたいものだと思います。まだまだ道は遠そうですが。 次回兼題は、「水澄む」と「葡萄」です。 (猪狩みき) 今回の結果は ◯1句 【原】2句 △2句  ゝ9句。 (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

8月28日 句会報告と特選句

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令和元年 8月28日 樸句会報【第75号】   8月2回目の句会。夏の終わりの豪雨をついて連衆が集いました。なかには神奈川県から1年半ぶりに馳せ参じた方も。 兼題は、「夜食」と「盆」です。   特選句、入選句及び原石賞のうち2句を紹介します。   ◎特選    みな死んでをはる戯曲や夜食喰ふ                 山本正幸  登場人物がことごとく死んで終わる戯曲は、ギリシャ悲劇やシェークスピアなど、純文学に多い。人類最古の文学ギルガメシュ叙事詩も、英雄の不死への希求は叶わず、死を以て終る。作者は秋の夜長、重厚な戯曲に引きずり込まれ、こころを騒がせ共感する。はるかまで旅した劇のおわり、主人公のみならず全員が死んでしまった。なぜかいつもは食べない夜食を食べたくなるのである。  するどい感性の句である。理屈上の関係はない「みな死んでをはる戯曲」と「夜食」に、詩のゆたかな橋が架かった。みな死ぬのは戯曲ばかりじゃない。ここにいるものは一人残らず死ぬのだ。死の入れ子ともいうべきマトリョーシカが夜の闇に広がりだす。おれは元気だ。寝腹を肥やそう。熱 々のカップ麺をすすったにちがいない。「喰ふ」という身体性に着地したそこはかとない滑稽がいい。         (選 ・鑑賞   恩田侑布子)      ○入選  夜食とるまだ読点の心地して                猪狩みき    やりかけの仕事がまだまだ残っている。でもひとまずここで小休憩をかねた夜食としよう。サンドイッチなどの軽食をつまみながら、こころは落ち着かない。それを「読点の心地」と表現した巧みさ。壮年期のしなやかな働きぶりが伺われる。      (恩田侑布子)  合評では 「作者の自分の仕事への誠実さを感じます」 「勉強なのか仕事なのか、やり残しがある。その中途半端な気持ち悪さが“読点の心地”という措辞に出ている」 「“読点の心地”が素晴らしいと思います。まだまだ仕事が終わらず気がかりだったとき、上司がピザを取ってくれて、軽くササっと食べたことを思い出しました」 「“読点”をどう評価するか。クサいような気も・・・」 「何かが中断されたことのメタファーじゃないんですか?」  など様々な感想・意見が飛び交いました。  (山本正幸)        【原】晩夏光機影ひとつを残しをり                田村千春 【改】晩夏光機影一つを地に残し  原句では、飛行機の機体が晩夏の空中にとどまっているようで、心に浮かんだ幻想にすぎなくなる。ひとつを「一つ」と漢字表記にし、「地」という措辞一字を新たに入れるだけで、機体の影はくっきりと黒く、大地のみならず胸にも刻印される。   (恩田侑布子)    合評では 「夏の終わりのものさびしさがよく出ています」 「ロシアかどこかの軍用機が領空侵犯して飛び去ったとか…」 などの感想が述べられました。    (山本正幸)     【原】荷台より足垂らしてやいざ夜食                島田 淳 【改】荷台より足を垂らしていざ夜食   原句では、中七の「や」の切字と、下五の「いざ」というさそいかけの感動詞とが混線している。トラックの荷台に足を垂らして夜食を摂る働く仲間同士の労働歌なので、「いざ」だけにしてすっきりさせれば、やっと夜食と休憩にありつけたつつましやかな安堵とよろこびがにじむ自然ないい句になる。(恩田侑布子)       投句の合評に入る前に芭蕉の『野ざらし紀行』を少し読みすすめました。 取りあげられた三句と恩田の解説の要点は次のとおりです。      市人(いちびと)よこの笠うらう雪の傘    客気(かっき)の句。昂揚感があらわれている。風狂精神あり。      馬をさへながむる雪の旦(あした)かな    古典の中でうまれたのではなく、眼前の句。茶色の馬体と雪の朝とが釣りあっている。省略がよく効いており、暗誦性に富む。      海くれて鴨の聲ほのかに白し    余白に富んだ名句。波間から鴨の声が聞こえてくる。「ほのかに白し」にいのちのほの白さが宿る。芭蕉の中の「白」のイメージには清浄たるものへの憧れがある。「淡いかなしみの安堵感」と捉えた高橋庄次説も紹介して、連衆それぞれの感受を問うた。聴覚(声)が視覚(白)として捉えられているところに時代を超えた新しみがある。(「共感覚」に関するテキストとして中村雄二郎『共通感覚論』(岩波現代文庫)が恩田から紹介されました)        合評・講評の後は、最近出版された  行方克巳句集『晩緑』(2019年8月) から恩田が抽出した句を鑑賞しました。 連衆の共感を集めたのは次の句です。    冬空のその一碧を嵌め殺す  地下モールにも木枯の出入口  尋ね当てたれば障子を貼つてをる  雪螢しんそこ好きになればいい      行方克巳『晩緑』のページへ   [後記]  本日の特選句について、「西鶴の女みな死ぬ夜の秋」(長谷川かな女)の等類ではないかとの指摘がありました。恩田は、「かな女の句は浮世草子のなかの女の人生に終始しますが、正幸さんの句は、最後に自身の身体性に引きつけて終るのがいいです。詠まれている世界が異なるので、類句とは言えないでしょう」とこれを退けましたが、講師の評価に対しても疑義を呈し、闊達に議論できる樸俳句会の自由さ、風通しの良さをあらためて実感した次第です。 筆者としてはかな女の句をそもそも知らなかったおのれの不勉強が身に沁みましたが・・。   次回の兼題は「月」「爽やか」です。     (山本正幸) 今回は、特選1句、入選1句、原石3句、△2句、 ゝシルシ4句、・8句でした。 (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)