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3月9日 句会報告

2025年3月9日 樸句会報 【第150号】  3月最初の句会、今治西高校2年の野村颯万さんが参加して下さった。第27回神奈川大学全国高校生俳句大賞・恩田侑布子賞受賞の高校生である。  YouTubeで、受賞句「早梅や連綿線の長き脈」を確認。素晴らしいと思った。書道技法講座『関戸本古今集 伝藤原行成』を改めて開いて確認する。長き脈を一気に引いた後、まるで梅を咲かせる如くゆっくりひらがなを咲かす。しかも早梅である。恩田先生が「早梅が動かない」と仰ったことに完全に同意。「梅」だけでも絵が浮かぶが、「早梅」とすることで、筆の動きと馥郁とした香りまで漂ってくる。脈から思い通りに文字を咲かせた時の喜び、満足感まで共感する。『関戸本』を習う時、野村さんの俳句を思い出すだろう。  今日の句会はあと3時間ぐらい欲しいと思ったほど。野村さんに感謝したい。句会に出した野村さんの俳句は、恩田先生の特選、そして最高得点句であった。 3月9日の兼題は「春の水」、「囀」。 特選2句、入選2句、原石賞1句を紹介します。   閃きはつばめの腹にこそあらめ    恩田侑布子(写俳)   ◎ 特選 春水のつぶれぬやうに墨を磨る              野村颯(そう)万(ま) 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「春の水」をご覧ください。 ↑ クリックしてください   ◎ 特選 パレットへ囀りの色溶きにけり              益田隆久 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「囀」をご覧ください。 ↑ クリックしてください   ○ 入選  囀りや石窯で焼く手ごねパン                岸裕之 【恩田侑布子評】 パンを「石窯で焼く」とは本格的。しかもパン練り機ではなく「手ごね」とは。 「囀りや」の切れから、木立ちの豊かなイタリア地方都市の朝が、映画のように浮かんできます。いかにも美味しそうです。   ○ 入選  水茎のあの人らしさ花なづな                益田隆久 【恩田侑布子評】 「花なづな」の白い小さな花から、手紙なのか一筆箋なのか、恥ずかしげなやさしい初々しい筆跡が目に浮かびます。作者が好ましく思っていることも伝わってきます。「あの人らしさ」なので、まだそんなに間柄が深くなさそうなことも。花言葉は「あなたにわたしのすべてを捧げます」。作者の弁から、恋とは違う大切な旧友とわかりました。こんな同級生がおられるのは幸せです。   【原石賞】海賊の連歌一巻花月夜               野村颯万 【恩田侑布子評・添削】 勇壮な春の俳句です。中世には長連歌が流行りました。これはその二条良基の周辺で活躍した連歌師たちの高尚な連歌ではありません。「海賊の」といいます。そこが俳諧精神躍如たるところ。ただし、俳句という詩の表現を完成させるにはたんに意味だけでなく、言葉それ自体の質感が大切になります。「海賊」の措辞はバイキングを思わせやや乱暴で内容にそぐわないように思います。村上水軍や九鬼水軍が活躍した時代を彷彿させましょう。上五の質感を変えるだけで、さらに格調高い大柄句になります。 【添削例】水軍の連歌一巻花月夜   【後記】  巻尺を伸ばしてゆけば源五郎  ( 波多野爽波 『骰子』)  巻尺は、自分の価値観、そして表現すべき言葉。自分の巻尺には限界があり、自在に動き回る源五郎には届かない。初めて樸俳句会に出た頃、古田秀さんの俳句の良さがほとんどわからなかった。つまり、私の巻尺では届かない俳句に出会った。それが、自在に動き回る源五郎であろう。  自分の価値観、手持ちの言葉を超える俳句に句会で出会い、衝撃を受ける。恩田先生から、何十回とダメ出しをもらう。そのような、殴られるような経験を句会で積み重ねることで、自分の巻尺の可動範囲が拡がってゆく。一人でやっていたら、やがて言葉が枯渇する。  本を100冊読む以上に句会で鍛えられる方が、枯渇した言葉がまた充填される。これが、句会でしか経験出来ない醍醐味である。  (益田隆久) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) 野遊びのつひに没日の海へかな    恩田侑布子(写俳) ==================== 3月23日 樸俳句会 兼題は龍天に登る、たらの芽。 入選1句、原石賞4句を紹介します。 ○ 入選  春の暮真子の煮つけは反り返る                成松聡美 【恩田侑布子評】 真子は魚の卵巣で腹子ともいいます。ちなみに白子は雄の魚の腹にある精巣。たしかに卵塊は、包んでいる薄皮と収縮率がちがうせいか、煮ると反り返ったり破れたりします。これは鋭い着眼です。反り返って破れた袋から無数の魚卵の粒がはみ出す様まで想像させ、春の夕暮にふさわしい気怠い懊悩までも感じさせます。   【原石賞】龍天の涙壺より溢るるか               小松浩 【恩田侑布子評・添削】 龍天に」までいえば季語になりますが、「龍天の」では季語になりません。ただ独特な発想が斬新です。「涙壺」から龍が飛び立つというふうにはっきりと表現すると、現代の戦乱の絶えない世界を象徴するみごとな現代俳句になります。 【添削例】涙壺より龍天に登りけり   【原石賞】多羅の芽の眼下鵜(う)山(やま)の七(なな)曲(まが)り               活洲みな子 【恩田侑布子評・添削】 近景の春の山菜と、中景から遠景へ伸び広がる景色の対比が効いています。大井川の蛇行のさまを一望する雄大な景勝地「鵜(う)山(やま)の七(なな)曲(まが)り」の地名をよく生かし切った句です。漢字がごちゃごちゃしているので季語はひらきましょう。「眼下」の措辞よりも身体感覚に響く「足下」を持ってくると、川底に向かう斜面から俯瞰した奥行きも出ます。 【添削例】たらの芽の足下鵜(う)山(やま)の七(なな)曲(まが)り   【原石賞】龍天に昇り昼夜は真半分               坂井則之 【恩田侑布子評・添削】 発想がユニーク。着眼の独自性に感心します。が、それを十分に生かしきれていないのが残念です。原句のままでは「龍天に昇り昼間と夜間がちょうど真半分になった」と、春分の時候の説明臭が残ります。俳句には謎が必要です。次のようにすれば、いま現在の酷い世界の闇の部分まで浮き上がりましょう。 【添削例】龍天に昇る昼夜を真つ二つ   【原石賞】龍天に登る柏槇の突兀               益田隆久 【恩田侑布子評・添削】 柏槇は寿命の長い常緑針葉高木です。沼津の大(お)瀬(せ)崎(ざき)の柏槇樹林は樹齢千年ともいわれる国の天然記念物で、鎌倉には建長寺、円覚寺、浄智寺など、柏槇の大樹のある寺が多いです。中国では真柏(しんぱく)と呼ばれ、山東省曲阜市の孔子廟を訪ねた時にも、真柏が亭々と天に聳えていました。「突兀」の措辞によって、ねじれ曲がる複雑な樹肌が彷彿とします。その天へ伸び上がる大樹の勢いを活かし、「龍天に」で言い納めると大柄句になります。 【添削例】柏槇の突兀として龍天に   閼伽水にうかぶ白蛾や春の昼    恩田侑布子(写俳)

2月23日 句会報告

2025年2月23日 樸句会報 【第149号】  2月2回目の句会23日は、最長の寒波が日本列島を覆い、日本海側、北日本の屋根の雪おろし、めったに雪の降らない九州でも雪掻きをしている様子が、テレビに映し出されている。普段暖かい静岡でも北風が吹き寒い。   しかし私たちは、zoomというありがたいシステムがあるおかげで、北風の吹く中暖かい部屋で句会を開くことができるのです。   兼題は「春光」「辛夷」です。特選1句、入選2句、原石賞3句を紹介します。   雪解野や胸板は風鳴るところ    恩田侑布子(写俳)   ◎ 特選 暮れてなほ弾む句会や花こぶし              益田隆久 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「辛夷」をご覧ください。 ↑ クリックしてください   ○ 入選  見はるかす白馬三山花こぶし                岸裕之 【恩田侑布子評】 名峰白馬岳は・杓子岳・白馬槍ヶ岳へと尾根を縦走する登山者も多く、白馬三山と総称されます。三〇〇〇メーロルに迫る北アルプスの高峰で高山植物の宝庫です。途中には大雪渓があったり、山頂からは日本海が見えたり、白馬槍には徒歩のみで行ける温泉があったり、登山家の聖地です。作者はかつて白馬三山を踏破したことがあったかもしれません。あるいは私のように、永遠の憧れの高嶺なのかも。とまれ、清らかなこぶしの花越しに望む、その名もうるわしい白馬三山の雄峰は早春の絶景です。「見はるかす」の措辞が盤石。   ○ 入選  青空に挑むじやんけん花こぶし                活洲みな子 【恩田侑布子評】 肌寒い早春の青空に向かって、真っ白いこぶしの花がじやんけんを挑んでいるよ。グーもパーもチョキもあるよ。こぶしの花に向かう童心が躍っています。いや、ほとんど花こぶしの気持ちになりきっているといっていいでしょう。作者の周りはこれからきっと、明るい気持ちの良い日々になるに違いありません。   【原石賞】こぶし咲く「れ」の字空へと散りばめて               長倉尚世 【恩田侑布子評・添削】 写生眼が素晴らしいです。そういわれてみればたしかにこぶしの花が「れ」の字に見えてきます。句の弱点は中七にある「へと」。ここで急に説明臭くなってしまいます。一字を入れ替えるだけで、にわかに句の景色が明るくなりませんか。余談ですが、子どもに白木蓮とこぶしの花の見分け方を聞かれたら「れの字に見えるほうがこぶしの花で、見えないのが白木蓮だよ」と、自信を」もって教えてあげられそうです。 【添削例】こぶし咲く「れ」の字を空へ散りばめて   【原石賞】踏まれるも下萌の香の高くあり               益田隆久 【恩田侑布子評・添削】 春先に萌え出たばかりの下草を踏んでゆきます。そのとき、目には留まらないが、独特の香りをもつものがあるなあと、素直に思ったのです。目のつけどころが素晴らしい俳句です。これは、発想の契機とも、俳句のグリップ力ともいう、一句の根をなす作者の心位であり、教えて教えられるものではありません。各人が精神を涵養しなければ把握できないものです。あとは、句作の最終段階である表現の問題になります。たった二字を変えるだけで格調の高い素晴らしい俳句として完成します。 【添削例】踏まれたる下萌の香の高くあり   【原石賞】春光を睨み返さむ天井絵               岸裕之 【恩田侑布子評・添削】 面白い句ですが、肝心の主体が抜けています。作者自身には「龍」が睨んでいることが自明なのでしょうが、読者はそうはいきません。八方睨みの龍の絵は京都の天龍寺や妙心寺や、枚挙にいとまないですが、変わったところでは北斎晩年の、小布施の祭屋台天井絵もあります。しっかりと「龍」の主体を打ち出し、「睨むや」と切字で余白を大きくしましょう。春光に今にも龍が躍り出しそうになりませんか。 【添削例】春光を睨むや龍の天井絵   【後記】  今回もいろいろな意見、疑問、質問がとびかい白熱した句会となりました。   その中で、兼題の「辛夷」の句に、「辛夷は咲いていない。実物を見ていない。それは机上の句ではないか。それでもいいのか。」というような質問が出された。確かに私もあちこち辛夷を探したのですが、咲いていなかった。 それに対して先生は「過去もふくんだ今を一句の中にとけあわせる」とおっしゃった。ふむ。ふむ。   森澄雄の句に、「ぼうたんの百のゆるるは湯のやうに」がある。牡丹はあらかた散っていたという。 「(略)見てないから、牡丹がみえて、そのふくらみまで見えてくるんでしようね」と澄雄は言っている。( 『新版現代俳句下』山本健吉著、1990年 角川)   この句を句会の最中に思い出しました。   句会は句作のヒントがたくさん。まだまだヒントがあったように思いますが、まずは今回の先生の講評を読み句会を振り返ってみようと思います。  (前島裕子) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) 死にかはり逢ふ白梅の日と翳と    恩田侑布子(写俳) ==================== 2月9日 樸俳句会 兼題は猫の恋、ヒヤシンスでした。 入選3句、原石賞1句を紹介します。 ○ 入選  吾の術日母には告げず風信子                活洲みな子 【恩田侑布子評】 手術を控えた身はなにかと不安なもの。子ども時代ならば両親がすべて心配してくれ甘えられたのに、いまは立場が逆。老いた母をこちらが心配する番です。といっても、母親に五体満足で産み育ててもらった身体に、初めてメスが入ることを本当は打ち明けたいのです。昔のように母からひとことでいいから慰め励まされたい。とまどい疼く思いが風信子のうすむらさきの春光に揺らいでいます。   ○ 入選  ヒヤシンス手付かずの明日ありし窓                 益田隆久 【恩田侑布子評】 小学校三年生でしたか。「水耕栽培」を習った驚きはいまも新鮮です。げんげもチューリップもマーガレットも、花はみな土の上に咲くと信じていましたから。教室の大きな窓際にクラスメイトの名札をつけたヒヤシンスのガラス瓶がずらあっと並んだ日。ほんとに咲くかしら、どんな色かしらと友だちと想像し合ったよろこび。そこにはみんなに平等な「手付かずの明日」がたしかにありました。「明日ありし窓」と過去の記憶なのに、「ヒヤシンス手付かずの」という上半句によって、触れ得ぬみずみずしい未来が、水中を透過する光の感触とともに伝わってきます。   ○ 入選  立春や逆さ葵の菓子を買ふ                長倉尚世 【恩田侑布子評】 徳川家康の御紋章は三つ葉葵ですが、東照宮の拝殿垂木には逆さ葵がわざわざ金泥で描かれています。ネット上では「建物をわざと未完成にするため」で、仏教思想由来と説明されますが、本来は老荘思想でしょう。先日、イチローが殿堂入りした折に、満票でなく一票欠けたことを、「さらに努力し続けるのが好きだから嬉しい」とコメントした立派な人柄も思い合わされます。『老子第四十一章』には「上徳は谷の如く、大白は辱(はじ)の如く、廣徳は足らざるが如し」があり、「大器晩成」という四字熟語につながってゆきます。『荘子』斉物論にも「其の成るや毀(こわ)るるなり」の言葉があります。家康は幼少期に臨済寺で漢籍の素養を深く積んだ人でした。   【原石賞】ヒヤシンス登校しない子の鉢も               見原万智子 【恩田侑布子評・添削】 クラス全員に一株ずつヒヤシンスの球根が与えられ、育てています。「不登校」でなく「登校しない子」とやさしくいったことで、どうしてだろう、病気で入院しているのかしら、不登校なのかしらと、いろんな想像がふくらみます。「鉢も」だと土植えですが、「瓶も」とすれば、音韻に春の寒さが加わり、ヒヤシンスの繊い根がガラスの水底へ伸びてゆく姿も浮かび、顔の見えない子を思いやる淋しさが余韻となって残ります。 【添削例】ヒヤシンス登校しない子の瓶も   夜の梅さかさ睫毛を抜かれつつ    恩田侑布子(写俳)

2024 樸・珠玉作品集

2024 樸・珠玉作品集 (入会日順) ひらかれてあり初富士のまそかがみ 恩田侑布子(写俳) - 巻頭言 -  昭和百年の年頭に、樸の一年間の成果をお披露目できる幸せを思います。作品を発表してくださるのは、月二回の歯に衣きせない拙評に耐えて作品を磨いてこられたかけがえのない俳句の同士です。今回初めて、お一人お一人の熱意にお応えすべく、個人評をお書きしました。俳句の百態の持ち味をお楽しみいただければ幸いです。樸は三十三観音の会を目指しています。俳句と鑑賞に共感してくださる方がいらしたら、どうぞいつでもお仲間になってください。初心者を歓迎いたします。 樸代表 恩田侑布子 海野⼆美   遠足の上級生の手の湿り   異常気象をエネルギーにか百日紅   釈迦守るごと沙羅の実のとんがりぬ 地球で逢えました!  私が触れた恩⽥先⽣の最初の俳句は    柳絮とぶ地球でお逢ひしましたね でした。何と句柄の⼤きなおおらかな俳句かと感動したことを覚えています。しかし恩⽥侑布⼦という俳⼈の奥深さは、知れば知るほど深淵で幅広く、よくも素晴らしい⽂学者を師に持ったものと我が⾝の幸運を思わずにはいられません。などと思っているとは思えないほど、普段はずけずけとため⼝をきいてはいますが・・(笑)  私は句集を出すことも、投稿して腕試しをする気も全くありせんが、俳句は⼤好きです。今回の被災での⾟い⽇々も、どれだけ俳句に⽀えられたか分かりません。これからも⾃分なりの⾃分らしい俳句を詠み続けて⾏こうと思っています。 吟行の女王  海野二美さんは吟行になると水を得た魚のようにイキイキした俳句を詠まれる。素直さと伸びやかさが大空の下で解放されるらしい。静岡市の古刹洞慶院の秋の会で「沙羅の実」の姿を〈釈迦守るごと〉と即吟されたのには驚いた。そのしなやかな俳句眼は、隣家からの類焼という災難に見舞われても、心折れず着実に乗り越える力を彼女に与えた。  拙句「柳絮とぶ地球でお逢ひしましたね」を愛誦していてくれたことを初めて知った。まさに心友である。 恩田侑布子 芹沢雄太郎   ソーダ水越しに種馬あらはるる   サンダルを履かずサンダル売り歩く   鍋に塩振つてガンジー誕生日 時間がかかる俳句/時間をかける俳句 私にとっての俳句は、自己の心の中も含めた、「今・ここ」で起こっていることを掬い取る行為だと考えています。 たしかに掬い取る行為そのものは一瞬で出来るはずなのですが、私が掬い取る行為へと至るまでには、随分と時間がかかります。 来年からは「時間がかかる俳句」の魅力も忘れることなく、「時間をかける俳句」へとシフトし、俳句によって耕せる時間をより豊かにしていきたいです。 インドで拓く俳句の新天地  学生時代から多様な民族の建築に魅せられ、世界を放浪し視野を拡げてきた芹沢雄太郎さんの膂力に瞠目し続けている。彼がご家族五人で御殿場を出郷し、三十代半ばで東京を本社にもつ建設大手に再就職し、インドの大都市で巨大プロジェクトの現場監督を任されるまでを樸代表として身近に見聞きしてこられた幸せを思う。盆暮れもない責任重大な仕事をこなしながら投句を欠かさない胆力にも脱帽している。昨夏久々に帰国した北海道で得た、〈ソーダ水越しに種馬あらはるる〉の一句には驚倒させられた。インドの大地のあざやかな色彩と力動感がはやくも俳人雄太郎の骨肉と化している。句柄の勁さ大きさは、この世代で一頭地を抜く。本邦初のインド句集の誕生を首を長くして待っている。 恩田侑布子 猪狩みき   姉妹してイソギンチャクをつぼまする   高原の蜻蛉われらの在らぬごと   わからなさ抱へ続けて春夜かな 抱えつづけるものは?  本を読むのは⼩さいときから好きだったが、いつからか⽂芸は⾃分に向かないものと感じるようになっていた。恩⽥先⽣の『余⽩の祭』を読んで、なぜか俳句をやってみようと思い⽴って今⽇に⾄る。詩⼼とは? 季語の持つ⼒は? ⾃分の作りたい俳句とは?・・・いろいろなことが⾃分の中でだんだん曖昧になり,その曖昧さが今までになく増した今年だった。その曖昧さを解消することに向かうエネルギーを来年はもちたいと思う。簡単にわかったと思うことは避けながら。 大きな視座を持つ  福島浜通りにふるさとを持つ猪狩みきさんは、教育畑で世界を股にかけて青少年を育成された大変な読書家でもある。したがって投句作品は、予想をいい意味で裏切ってくれる。ええっ、この句の作者なの、とよく驚かされるのである。〈イソギンチャクをつぼまする〉姉妹の句には少女時代の豊饒な自然体験が噴き出し、生のエロスの領域にも新たに踏み出そうとしていて、今後が頼もしい。 恩田侑布子 林 彰   狼の交はす遠吠え共和国   空中停止(ホバリング)八丁蜻蛉千里眼   フェラーリと競ふdB(デシベル)セミの声 奇想の俳⼈を⽬指して 今年の作品で、敢えて、評価されなかった3句です。 「狼」は、かつて4年を過ごした、北⽶の合衆国の昨今を詠んだもの、南⻄部では、よくコヨーテをみかけました。 他の2句は、対象の⼤⼩のギャップを詠んだものです。 名古屋の羅漢さん  どんな俳句を作られるかも予想がつかないし、林さんからどんな反応が来るかも予想がつかない。短パンにTシャツで新幹線に乗って来られる飄々とした方。私としては行雲流水の白雲を見上げるここちだ。精神科医であるだけに、人のこころの諸相に対して柔軟なのだろう。それはご自身のこころに対しても。だから、句幅が広い。そのユニークな句境を一冊の本にまとめられるまで伴走させて頂くのが楽しみである。 恩田侑布子 見原万智子   節くれた祖父の手に入る夕螢   ソーダ水いつか会へると思ふ嘘   穭田の真中の墓やははの里 さびしいのがお好き  汚家(おうち)になる前にと始めた書類整理が、かなりキツい。封印していた過去は実績とは言い難いものばかり。何ひとつ成し遂げないで歳をとった……そもそも何をするために生まれてきたんだっけ?  投句の締切りが迫ってきた。いまの気分を文字にしても、誰が読みたい? ん? 始めに読み手ありきは、おかしいな。いや、俳句は読んでもらって完成する。せめて「あかるさびしく」作れないか…そう、作る。  あ!「何をするために生まれてきたのか?」じゃなくて、「いまどう生きたいのか?」なのか! 心優しく、頼り甲斐大の妹  見原万智子さんは、樸編集委員の屋台骨をずっと担ってきてくださった。その前には拙著『渾沌の恋人』と『星を見る人』のおうち校正の、三人寄れば文殊の知恵でいらした(坂井さんと島田さんも)。高校の後輩ということもあり、ついついご厚意に甘えてしまう。あまりにも正直でうそがないから安心していい気になる。私は悪い先輩だ。心の清らかな人の常で、自慢我慢の煩悩がない。でも、自分の俳句に自信を持つのは善法欲の一つと思う。本年の収穫三句も万人の胸に響く普遍性がある。〈夕螢〉が〈節くれた祖父の手に入る〉のを静かに見届ける眼差しはしみじみと優しい。どの句にも万智子さんの人間性の証明がある。文は人なり。俳句もまた。卑下されず、自信さえお持ちになれば本格俳人として大成する資質を備えている。 恩田侑布子   島田 淳 少年時代との対話  昨年は句会参加どころか後半は投句もままならなかった。平日は朝から夜まで仕事。日曜日は家人と一緒にイベントに出店。毎日チャンバラに明け暮れているようなものである。これでは季節を感じるどころの話ではない。ところで、過去に恩田先生に取っていただいた愚句を思い返すと、少年時代の経験に想を得たものが少なくない。これは、その当時が多感な年齢だったという理由だけではないように思っている。それに加えて、時間の経過と人生経験の蓄積により、自分の当時の喜怒哀楽が他者のそれと響き合うように熟成されたからではないだろうか。恩田先生の著書の言葉を借りれば「全人的な『垂鉛』の深みからゆらぎ出ることばは、意味以前の共通の地下水脈で万人につながろうとする」(『星を見る人』四十頁)。故郷・静岡に向かう新幹線の車窓は目まぐるしく景色を変える。しかし、遠く見る富士山はその姿を変えず、人々に様々な感興を呼び起こす。自分の少年時代と対話し、自分の心の奥底に測深器を真っすぐ垂らす事は、自分の中の富士山を見つめる事なのかも知れない。目の前の現象の散文的な「意味」に拘泥せず、俳句を通じて「共通の地下水脈」を探り当てられるよう精進したい。   前島裕子   雪解しづく青邨句集繙けり          澤瀉屋      千回の宙乗りの果て春夕焼   帰りぎは「またきて」と母白木槿 吟行句会  zoom 中心の句会になって久しい樸句会、年四回リアル句会が行われる。その内の二回は吟行句会で、今春は東京に出かけ浅草から隅田川を下り浜離宮へ、そして新橋で親睦会。 秋は静岡の洞慶院と杓子庵で行われました。  画面での仲間とリアルにおしゃべりしながらの、吟行句会は楽しく新鮮でした。次回の吟行句会はどこなのか。外へでるのも楽しいのですが、みなさんにお会いできるのがいいのです。 仁の俳句は孝行から  岩手県の長寿のご両親のもとに毎月新幹線で通われ、何くれと孝養を尽くしてこられた。その姿と俳句に接し、人倫の基本は親孝行にあることを教えていただいた。百歳近い円かなご両親との長い縁は、わが境遇とは反対だが、前島裕子さんの俳句によって心温まる擬似体験をさせてもらい不思議に癒されている。いい俳句は羨望という低い感情を引き起こさず、成り代わりあう安らぎを与えてくれる。雪国で長じた方の感性の清らかさは〈雪解しづく〉にも凛と応える。歌舞伎にも詳しく、季語の斡旋が盤石。これは地に足がついた俳人格である。 恩田侑布子 金森三夢   獅子舞に灘の菰樽嚙ませけり   立葵スカイツリーと背比べ   うぐいすもち都々逸唸り頬ばりぬ 世界地図⼀筆書きし雪の富⼠  昨年の夏に癌の⼿術をしました。術後の経過は順調です。そんなこともあり、⾏けるうちにと、三か⽉半で⾚道を四回巡るという冥途の⼟産クルーズに出かけ、何とか無事帰還しました。  出発前は海外詠にチャレンジと⼤⾵呂敷を広げておりましたが、短期間で季節が夏、春、夏、春、夏、秋、冬、秋、夏そして冬と⽬まぐるしく不規則変化したため、季節感覚が⾒事にぶっ壊れました。今年も半年しか句会に参加しておりません。連衆各位の珠⽟作品集の⽟に傷のような句で⼤変恐縮ですが、末席を汚します。 情に厚くて料理上手  静岡高校四年先輩の⾦森三夢さんはとにかく面倒見のいい親切な方。昭和生まれの静岡市民なら知らぬ人のない「美濃屋」本店のご子息。若い頃から文学を愛好され、はやばやと生前葬で散文集も配られた。この分でいくと、お元気に第二の生前葬では第一句集を配られるはず。〈スカイツリーと背⽐べ〉する立葵のけなげさは三夢さんの目に掬いとられたもの。「男はつらいよ」に何十回何百回も親しまれ、俳句にもどこか寅さんの温もりが感じられる。 恩田侑布子 古田秀   街棄つるやうに遠足出発す   ぼうたんや達磨大師の上睨み   ギターの音川面に溶けて爆心地 美術館  俳句を始めて美術館に行くことが多くなった。今年のベストは東京都現代美術館で開催された「日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション」。作品を通して感じられる思想の熱量や創作にかけた時間において、質・量ともに圧倒された。転職して生活はよりハードになりそうだが、来年も展覧会や旅行にでかけたい。他者の精神と出会うことの感動をもっと掘り下げていきたい。 ドラマチックな充実の年  古田秀さんが樸に入ってこられた初対面の情景はいまもまぶたにくっきりと刻まれている。スマートな切れ味鋭い秀才の面持ちに、なにか尋常ならざるものを感じた。それが、まだ四年足らずで現実のものとなり、驚くほかない。わずか一年半目に、文學の森の「北斗賞」准賞をものしたと思ったら、翌年は全国俳誌協会第4回新人賞を射止め、昨冬には「俳壇賞」候補作で、すごいと喜んでいたら、年末にはなんと、「北斗賞」正賞の吉報に接した。打てばひびく感能力の上に大変な努力家でもある。創薬研究職の多忙にありながら、樸句会は皆勤賞といっていい。知的でソリッドな句が得意だったが、ここへ来て〈ぼうたんや達磨大師の上睨み〉のような大人の風格のある句もできるようになった。長足の進歩に、益々将来の俳壇を担う期待大である。 恩田侑布子 益田隆久   滴りや月は地球のひとりつこ   鬼の子へ背中どちらと風の問ふ   マリンバの着信音や水澄めり 毎日の定点観測  12 月 20 日午前 6 時 48 分。 石廊崎の先端から日の出。新島と神津島がくっきり。海上に雲一つ無い朝は 365 日、1 日あるか無いか。 365 日欠かさずこの場所、時間にいるからこそ出会える瞬間。 蓮華寺池公園古墳 28 基の丘。標高 110 メートル。 暁を見ながらのラジオ体操。一緒に平日は 7 人。土日は 14 人。 名前は知らなくとも皆友達のような感覚がある。 毎日同じ人に同じ時刻に坂道ですれ違う。挨拶を交わしつつ。 山だからだろうか。この連帯感。人だけで無く、木々、鳥、虫にも。  草々の呼びかはしつつ枯れてゆく  相生垣瓜人  頂上や殊に野菊の吹かれ居り      原 石鼎  恋ともちがふ紅葉の岸をともにして  飯島晴子 不思議な持ち味の俳句  温和な人柄に鋭い感受性を潜め、半分とはいわないが、四ぶんの一くらいは仙人である。岩や草の〈滴り〉の小さな雫から、一足飛びに〈地球のひとりつこ〉としての〈月〉を思うとは常人ではない。時々、この人には自然に幻視の瞬間も訪れるのであろう。蓑虫が 本当に小さな〈鬼の子〉に思われてくる。益田隆久さんの句の不思議な持ち味は、朝なさな若王子古墳群の地霊を吸収するところにもたらされていることを知った。長い時間のスパンを視野に俳句鑑賞や評論にも、今年は挑戦を始めていただきたい。 恩田侑布子   のし餅やしなり据ゑたる柾の板 恩田侑布子(写俳) 活洲みな⼦   千百段昇りきりたる淑気かな   獅子舞に噛まれしと児のよく喋る   もういいかい風船一つ残されて 季語の世界  私は季語が好きなのかも…しれない。暖かな部屋で、カフェオレなんか飲みながら⼤歳時記をひもとく時間は⾄福だ。辞書のような解説や古典の説明が多い中、読み物のように季語の世界が広がる⽂章の解説者もいる。だから、[飯⽥⿓太][⼭⽥みづえ]などの名前に出合うと、そこから句を作りたいなあと思う。  令和6年も樸で素敵な季語の世界を楽しませてもらった。その中で最新のお気に⼊りは、 師の「月光のうらがへしても⿊き髪」。 ⾊っぽいもの。 あらきの姉  活洲みな子さんは誰からも信望の篤い方。そのゆたかな人間性にわたしも人一倍信を置いている。長年、教育者として培われてこられた慈愛が、定年後の今、地域での弛みない福祉活動とともに、俳句にも向いておられることは誠に頼もしい。昨年『俳壇』に、樸を代表して七句を発表された。〈獅⼦舞に噛まれ〉て興奮している童心の清らかさはそのままみな子さんの笑顔を思わせ楽しくなる。静岡の人らしい謙遜家でおいでだが、対外的にもどしどしご活躍いただきたい。 恩田侑布子 小松 浩   鯛焼のしつぽの温みほどの恋   象徴といふ五体あり建国日   帰国便釣瓶落しの祖国かな キョンキョン  キョンキョンこと小泉今日子さんが、演出家の久世光彦さんから「芝居も文章も、うまさの先には、あまり広い世界はありません」と言われたことを今も大事にしている、と話す記事を読んだ。俳句も一緒かな、と思った。上手に詠みたいと表現に工夫を凝らし、とりあえず型通りの句ができたとしても、そこで終わり。作者の内側から溢れる詩の感動の力が欠けていたら、誰の心にも残らない。古本屋で手にした饗庭孝男さんの本には「思いつきで俳句は詠めない」とあった。人生に対する自分の態度と詠む対象が、いかに深く共鳴しあうか。新年は、作句の前に自分の生き方を見つめ直したい。 都会のミステリアス  二〇二二年八月六日の毎日新聞で拙著『渾沌の恋人 北斎の波、芭蕉の興』は、渡辺保氏の「斬新な日本文化論」という身に余る書評に浴した。小松浩さんはそれで初めて恩田を知り、翌月はやばやと樸の仲間になってくれた。何と、当年三月まで毎日新聞主筆をお務めだったという。組織ととんと無縁の私は、入会この方の二年四ヶ月、静かな驚きを与えられてきた。三大新聞の現場トップといえば、デスクの上の上。デスク風だっておっかないだろうに、なんともソフトで生真面目。「チッチとサリー」のサリーみたいだ。私はステータスに遠慮のない人間で、ずけずけ批評する。高校生みたいにZoomの向こうで必死にノートを取られる。「三年はがまんしてください」とほざいたのが今は恥ずかしい。みるみる俳句の骨法を習得され〈鯛焼きの〉ペーソスあふれる恋の句から、天皇の〈五体〉を通して日本文化に迫り、定型の韻律に没落する〈祖国〉まで憂えるようになられた。樸編集長を二年務めていただいたのは出来過ぎで、某大学の理事で多忙を極めるいまや、精力的に投句を欠かさないことにも脱帽。よくできるなあと、もはやミステリアス。 恩田侑布子   中山湖望子   鮎天や上司の語りほろ苦く   獅子舞の鈴の音届け能登の海   玄月や薬師の湖(うみ)の水澄まむ   岸裕之   家中の蛇口磨きて春うらら   火矢浴びて手筒花火の仁王立ち   ラ・フランス初体験の裸婦写生 《今思ふこと》の続き 昨年のこの欄に、⾃分は代々の漆塗り職⼈を継がなかった負い⽬で、せめて俳句は職⼈の美学である「粋」な俳句でも作ろうと書いてしまった。結果今年は⼀句もそれを果たしてない。なぜ、⾊々考えた。で、「粋」な俳句を作ろうなんてことが野暮なはなしだと気がついた。「粋」は結果であり、⼈様が判断するものである。作ろうとしてつくるものでなく、できちゃった位が良いところだ。⾼点句もそうじゃないのかな。だから、宝くじに当たりたけりゃ、当たるとお⾦が貯まっちゃって困るという⼼境になったら、買いなさいと進めている。 慈眼と炯眼  傘寿にして俳句の門を叩かれた。初心とおっしゃる。暦年齢よりずっとお若いお姿。いち早く存在感を示されたのは合評である。豊富な人生経験が熟成され、言葉の端々まで香ばしい。どうしたらそんな洒脱な心境に至れるのかといつも思う。あせらずあわてず、粋がらずか。飛んだ句も作られ、驚かされることもあるが、ちかごろは実直で独自の味わいが出てきた。慈眼に見守られながら、私は彼の目を畏れている。 恩田侑布子 坂井則之   孝足らず過ぎていま悔ゆ敬老日   二度わらしの母を誘ひて庭花火   令和とやコンビニおでん楽しみて 初心者の苦闘続く 樸に加えて戴いて2年目でしたが、相変わらず苦闘しています。 先生から再三ご指摘いただいたこと[頭の中が散文支配である]が、どうにも直りません。見たもの・聞いたことからの想像が膨らまず、日常や追憶を不出来に語る域を出られていません。 もっと大きな柄の句が詠めるように。先生の句を見習って、と思いますが、道遠しの感が大であること変わりません… 脱皮する妙境  散文思考から抜けられないとはご謙遜。たしかに最初の一年半はどうなるかと興味津々だった。国会図書館や朝日新聞本社の校閲という超お堅い職業人としての論理的思考から、恩田のどこへも飛んでゆくいい加減さを教唆して果たしてよかったのか、悪道に引き込んだのか。唆されて今回、二年目後半の三句にはすでに、坂井則之という俳人の刻印が捺されるようになった。これはすごいこと。小器用な人間が逆立ちしたってできないことだ。どの句にも実直さ、心のしんじつがあふれ、胸を打たれる。御母堂の看取りのために東京本社を早期退職され故郷に帰られたのに〈孝足らず過ぎていま悔ゆ〉とは。〈二度わらしの母を誘ひて〉された庭花火のひかりと闇は、俳句という詩そのものの地べたの懐かしさに満ちる。 恩田侑布子 成松聡美   浅利吐く砂粒ほどのみそかごと   はうれん草湯掻く間に決める明日のこと   問診票レ点と秋思にて埋める 枕上  良いアイデアが出る場所は「三上」だと言うが、皆様はどうだろう。私の場合、季語に出会うのは犬の散歩で、十七音が浮かぶのは庭仕事の最中と決まっている。ただ、枕の上は確かにある。明け方、不意に目が覚める。慌てて言葉が逃げて行かぬよう、何度も反芻し、指を折って音を数える。  早朝の目覚めは、現役の頃にもよくあった。大抵は役所の監査や重要なプレゼンの前だが、句作で飛び起きるのは仕事に追いつめられる感覚とは異なる。もっと伸びやかで、楽しい驚きだ。暁のひらめきの大半は夢の切れ端に過ぎず、句として成り立つことは殆どないが、生業でもないことで布団を蹴って起き上がるのは、存外悪くない。 発想の飛躍と現代性  成松聡美さんはとても個性的な方。奇抜な発想と、強い感受力でインパクトのある俳句をつくる。まだ入会して一年だが、みるみる腕を上げて、入選句や高点句が集中する回まである。天性の閃きを大切に、独りよがりにならない句をつくれば、どこまでも伸びてゆかれるだろう。〈はうれん草湯掻く間に決める明日〉は、細見綾子の「春の雪青菜をゆでてゐたる間も」のいかにも日本の理想的な女性らしさの身振りを吹っ飛ばして爽快。 恩田侑布子 長倉尚世   テトラポッド一つに一羽冬鷗   愛想なきパン屋の主春の雲   投げ銭の帽子の歪み秋の暮 俳句を始めた理由  コロナ禍に鬱鬱としていた頃、追い打ちをかけるように声が出なくなった。 そんなある日、バス停でバスを待っていると、突然俳句が降ってきた。    バスを待つ等間隔や秋の暮 すぐに書店で俳句入門の本を買い求め、独学で二年ほど俳句を作っていたが、当たり前に行き詰まって 恩田先生の門をたたいた。樸に入れていただいて、ちょうど1年になる。 あれ以来、俳句は降って来ない。一句作るのにあきれるほど時間がかかる。 それでも、これからも俳句を続けていきたいと思う。 俳句眼と語感の鋭さ  二十年務めたSBS学苑「楽しい俳句」講座の最終年に入会された三羽烏のお一人。それぞれに頼もしいが、長倉尚世さんはものと対峙する観察眼が半端ではない。聞くと、「小半日見ていました」という答えが返ってくることもある。独学期間を含め、まだ三年なのに、一字一句を揺るがせにしない句を作られる。〈投げ銭の帽子の歪み秋の暮〉は静岡市の一大イベント大道芸を素材にするが、よくもあの騒々しさの中で、この詞藻のしじまに届いたものよと感心する。じっくり腹を据えて取り組まれるのは大器の証拠。 恩田侑布子 星野光慶   ビル風の奥底に聴く笹鳴よ   うつくしき数式の果て原爆忌   生も死も満ちし本棚秋の蝉 芽吹きの瞬間  生涯一編集者の松岡正剛は、三浦梅園の「一即一一」の考えを重視していた。「一」には “そのもの”(one)とそれに触発された“もうひとつの一”(another)が潜在しているのであり、その another から one に眼差しを向けることが重要なのだという。この眼差しから新たな世界像が立ち上がってくる。 私の本棚には生者と死者の生がうごめいている。松岡さんの訃報に接し、彼そのものである著作の数々を another になった眼差しを感じながら読んでいる。  近江ARSが機縁となり、今年の初めから俳句を始めてみた。 駄句しか読めない私にとって、選句とは、するのもされるのも恐ろしいものだが、一句にはたくさんの another があることに気付くことはできた。まずは作者の目があり、そこに選者たちの様々な世界観や視線が投げかけられ、重なり、その一句は新たな装いを見せる。そんな芽吹きの瞬間に立ち会うのは面白い。 読書の果実を結晶させる刻  星野光慶さんとは冬の長浜、近江ARSのあったかい湯気の立つお汁粉会場で出会った。城下町の夜道を駅まで歩いて、息子世代の今時めずらしい好青年と思った。素直でやさしい。そのデリケートで透明な感性は〈ビル風の奥底に〉笹鳴を聴き澄ます。松岡正剛さんの元で「守破花伝」まで学び卒えた勉強家でもある。私は彼のしなやかな俳句の将来性も高く買うが、俳句評論にも大いに期待する。選句時のリアルを上記のように、作者の目と、選者たちの「様々な世界観や視線が投げかけられ」ることで生まれる「新たな装いを見せる芽吹きの瞬間」と捉えられる人は稀少だ。すでに詩人のたましいが震えている。 恩田侑布子 山本綾子   君くれしボタンを吊りて星月夜   剥く音のよこで噛む音長十郎   水澄むやさんさ太鼓の天に舞ふ 日々  当たり前のようにある日常をいかに大切に過ごすか。人生の指針と決めている。 昨年始めた俳句。誰に語るでもなく温めた思いが十七音となって自分を離れる。 「恩田侑布子の弟子である」。いつか胸を張って言えることを新たな目標に加え、これからも日々を愛でていこう。 蒼穹の歌が聞こえる  山本綾子さんはSBS学苑「楽しい俳句」講座を閉じる直前に巡り会った三羽烏の最年少。作品にも表情にもまだ少女の煌めきが残っている。その詩性のまぶしさは春先の青空を思 わせる。初恋の君がくれた〈ボタンを吊りて星月夜〉のボタンは、聖樹の星よりも清らか。句会での合評も、綾子さんの評は言葉にツヤとひかりがある。水の綺麗な長泉町のお生まれだからだろうか。一生俳句を続ける覚悟を表明してくれた。綾子さんの俳句の達成を見守れるよう健康でいたいという励みをもらった。 恩田侑布子 馬場先智明   秋深き一夜一生の夢を見し   帰り花生きるに遠慮がいるものか   冬の虹階をゆく御魂かな ジャーナリストは俳句が苦手?  もちろん例外はいる。けれどジャーナリストが俳句に向かないというご指摘には深く頷く。仕事柄、彼らは絶えず世の中の動向や変化を見逃さないように高感度アンテナを張っていないと飯の種にありつけない。古今集序にある「人の心を種として」ではなく、「世間の出来事を種」として言葉を捜す悲しき売文業なのだ。つまり“他人事”で生きている。それが身についてしまえば、自分の内側から湧き上がってくる声も聞こえなくなってしまう。わかってはいるけれど、ジャーナリストになり損ねたという残心はなかなか消えてくれない。 短歌の滋養を俳句に止揚せよ  馬場先智明さんは早稲田オープンカレッジの「初めての楽しい俳句」講座夏学期で初めてお会いした。 拙著『星を見る人』を高田馬場の芳林堂で立ち読みし、止められず買って帰り、都内で仲間と読書会をしていたと恩田を泣かせることを言ってくださり、講座生の自己紹介できわめて印象鮮やかだった。ワンクール卒えるやさっそく樸に入られた。早稲田文学部の同学年とあって、気兼ねがない。ただ短歌と並行で Zoom句会は半分だけ出席。そこをなんとか全出席されたい。短歌は青春の文学。俳句は「東海道のひと筋を知った」老成の文学。〈冬の虹階をゆく御魂かな〉の虚実混淆のやや短歌的まなこのとらえたリリシズムを俳句の燻銀に変えられたら大成の可能性は広がるだろう。 恩田侑布子   都築しづ子   痛む身の杖の先にも菫かな   喪帰りやなんじゃもんじゃの白に座し   身ごもりて強き眼差し聖五月   -・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・- ※ 提出期限に間に合わなかった作品には恩田代表の個人評はありません。 ひとりぼち日向ぼこりの味がする 恩田侑布子(写俳)

あらき歳時記 寒声

photo by 侑布子 2025年1月26日 樸句会特選句   寒声や師匠口ぐせ「間は魔なり」  岸裕之  師匠の声が座敷に響く寒中の稽古です。「間は魔なり」と、発止たる文語調に力があります。小唄の稽古ということですが、邦楽の音曲にとどまらず、日本文化は書道も能も歌舞伎も落語も「間」の文化です。俳句の「切れ」と余白も、その変奏といえましょう。この句の良さは、「寒声や」の切字で鋭く切れ、中七でそれが師匠の口ぐせであると、稽古の厳しさを想像させ、トドメとして「間は魔なり」と内実へ彫り込んだところです。師の鋭い肉声は、油断も隙もない時間と空間の「間」を剔抉し、寒気をいっそう引き締めます。心技一体の東洋の芸が立ち上がる見事さ。 (選・鑑賞 恩田侑布子)

9月15日 句会報告

2024年9月15日 樸句会報 【第144号】

9月15日の兼題は「敬老日」「秋思」。心に染み入る俳句が並びました。
先生のご指導で印象的だったのは「俳句は最後の最後は人間性だ」という言葉。
俳句には沢山の決まりごとがあり、そこが楽しみの大きな要素です。決まりごとと向き合いながら、いかに深く正直に…そして最も大切なのは人間性。
俳句は面白い、あらためて確信できる会でした。
入選4句を紹介します。

○ 入選
 色鳥や病室に海照りかへす
               古田秀

【恩田侑布子評】

夏の間は生い茂る緑にまぎれて目立たなかったが、秋になると色彩の思わぬ清らかさにハッとする小鳥がいます。折しも病室の窓辺にやってきて、無心に尾を振ります。その向こうにはキラキラと海原がいちめんにかがやいて。秋の空が真っ青なだけに、ここが病室であることが哀しい。見舞いに訪れた作者のまなこに、祖父の終焉の光景が残されました。

○ 入選
 父と遇ふ十七回忌夜半の秋
                林 彰

【恩田侑布子評】

父と思いがけない遭遇をしました。しかもそれは父の十七回忌でした。遠忌の法事に、親族や有縁の懐かしい人々が集まってくれ、やがて潮が引くように去り、実家に一人になった秋の夜です。父が他界して十数年も経って、まったく知らなかった父の生前の姿、新たな横顔と向き合うことになったのです。静かなこころのドラマが感じられます。「あふ」には会ふ、逢ふ、遭ふ、もありますが、たまたま遭遇した意味の「遇ふ」を使ったことで、季語「夜半の秋」と交響し、肉親の情に奥行きが生まれました。墓じまいや、散骨が「ブーム」の現在、死者を弔い悼むことは、後ろ向きではなく、遺された人の明日の生につながることを示唆する気品ある俳句です。

○ 入選
 孝足らず過ぎていま悔ゆ敬老日
                坂井則之

【恩田侑布子評】

愚直そのまま。飾り気も技巧もあったものではありません。作者の両親、少なくとも片親が他界されているのでしょう。敬老の日に、「ああ、外国旅行に連れてゆくこともなかったなあ」とか、「もっと頻繁に帰って、手厚く介護してあげたかったなあ」とか、様々な思いが胸をよぎります。それが中七の「過ぎていま悔ゆ」です。(孝行のしたい時分に親は無し)という諺にそっくりだと思う人がいるかもしれません。しかし、ここまで朴訥、簡明に俳句に結晶化することは誰にでも出来ることではありません。真率な思いが口をついて出た、鬼貫のいう、まことの俳諧です。

○ 入選
 問診票レ点と秋思にて埋める
                成松聡美

【恩田侑布子評】

医者に行って、待合室で出される「問診票」の質問を何も埋めずに空欄にできる人はいたって健康です。この作者はほとんどの質問に「レ点」をつけなければなりません。「マークシートを埋めてゆくんじゃないのよ」。次第に憂鬱な気分に。それを「レ点と秋思にて埋める」と俳味たっぷりに表現した手柄。自己諧謔が効いた大人の俳句です。

【後記】
一年半前、音の数え方もままならぬ中で大胆にも恩田先生の門をたたきました。
日常に彩りをあたえ、何事にも好奇心をかきたて、絡まった過去をほどいてくれる…十七音の力の大きさを実感しています。
作句の面白さに加え、もう一つの楽しみが選句の時間です。同じ兼題で他の方はどんな句を詠んだのか。ずらりと並んだ中からぐっとくるものを見つける喜び、何度も読み返し次第に心が震えだした瞬間の感慨。二週間に一度の大切な時間です。
俳句と過ごした五年後十年後の自分自身の心のありようが今から楽しみです。
 (山本綾子)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

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9月1日 樸俳句会
兼題は梨、蜻蛉。
入選4句を紹介します。

○ 入選
 高原の蜻蛉われらの在らぬごと
               猪狩みき

【恩田侑布子評】

見渡す限りの高原を無数の蜻蛉が飛び交っています。「われらの在らぬごと」という措辞は、見つめているわたしたちなど眼中になく、透明な翅を水平に広げて伸び伸びと風に乗る姿をありありと感じさせます。別世界そのものの命のありようは逆に、人間が地球のあちこちで繰り広げている戦争や、分断や、飢餓の現実を照らし出しています。

○ 入選
 剥く音のよこで噛む音長十郎
                山本綾子

【恩田侑布子評】

お母さんが梨を小気味よく剥いてくれるそばから、汁いっぱいの歯触りと甘みに夢中になる子ども。シャリリとした歯ごたえと代赭色の皮をもつ、昭和に流行った梨の品種名「長十郎」が効いています。赤褐色の皮がスルスル伸びていく映像の影に、ほんのりベージュがかった白い肌と、健康そのものの咀嚼音が共感覚を響かせ、初秋の清々しさがいっぱいです。

○ 入選
 ラ・フランス初体験の裸婦写生
                岸裕之

【恩田侑布子評】

眼前のラ・フランスが呼び起こす記憶。美大生や画家の日常的なドローイングとはわけが違います。なんといっても「裸婦写生」の「初体験」です。ドキドキするうぶな感じと、モデルが期待した若い女性ではなく、腰回りに贅肉がたっぷりついた「ラ・フランス」のような中年女性であったズレたおかしみもにじみます。とはいっても「初体験」。輪郭を描きにくい太り肉(じし)のやわらかな存在感がこそばゆく五感を刺激してきます。

○ 入選
 鬼やんま逃して授業再開す
                小松浩

【恩田侑布子評】

教室に突然、鬼やんまが飛び込んできた驚き。蜻蛉の大将は長くまっすぐな竿を持ち、大きな金属質の碧の目玉は、昆虫とは思えない威厳であたりを睥睨します。女の子はキャーキャー。男子は腕の奮いどころと勇み立ったか。先生は授業妨害物に過ぎないそれを窓から事務的に追放し、一言「さあ、教科書に戻って」。新秋の大空をわがものにする鬼やんまの雄勁な擦過力が、四角い箱の教室にいつまでも余韻を残します。

8月4日 句会報告 

2024年8月4日 樸句会報 【第143号】

蝉の声が窓ガラスを貫き、室内にいても恐ろしく思えるほどの炎天ですが、外に一歩も出ずに句会空間にアクセスできるのはありがたいこと。しかし作句はそうはいきません。なるべく自然と触れ合い、言葉を模索する日々です。もちろん熱中症対策は万全に……
兼題は「原爆忌」「百日紅」。
特選3句、入選2句、原石賞1句を紹介します。

◎ 特選
 昨日原爆忌明後日原爆忌
             小松浩

特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「原爆忌(一)」をご覧ください。

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◎ 特選
 ギターの音川面に溶けて爆心地
             古田秀

特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「原爆忌(二)」をご覧ください。

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◎ 特選
 サンダルを履かずサンダル売り歩く
             芹沢雄太郎

特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「サンダル」をご覧ください。

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○ 入選
 スクールバスみな茉莉花の髪飾り
               芹沢雄太郎

【恩田侑布子評】

茉莉花はインド、アラビア原産。南インドのインターナショナルスクールに通う子どもたちの朝の光景が生き生きと感じられます。蒲原有明が「茉莉花」で歌った神秘的な悲恋の情調は、この句では一変します。つよい陽光の中で琺瑯のような白が少女らの黒髪に煌めき、原産地の豊穣な香りを湧き立たせます。

○ 入選
 火矢浴びて手筒花火の仁王立ち
                岸裕之

【恩田侑布子評】

新居や豊橋の手筒花火のハイライトシーンを巧みに造形化しました。胸に火筒を抱えて「仁王立ち」する姿こそ、まさに夏の漢の勇姿というべきもの。「火矢浴びて」も、頭上から降り注ぐ火の粉を言い得てリアルです。

【原石賞】異常気象をエネルギーにか百日紅
              海野二美

【恩田侑布子評・添削】

炎暑をものともせず、逆に楽しむように咲き誇る百日紅は「異常気象をエネルギーに」しているのかなと疑問を投げかけます。発想自体が非凡なので、遠慮がちな字余りの疑問形ではもたつきます。言い切りましょう。その方がずっとインパクトが強くなり、百日紅が咲き誇ります。

【添削例】百日紅異常気象をエネルギー

【後記】
今夏は広島へ旅行にいきました。平和記念資料館の展示に圧倒されながら、噴水と梔子の花に立ち直る力をもらいます。そして広島市現代美術館の、広島という都市の記憶をナラティブに展開する作品群に心がざわめきます。平和を希求し、選択すること、何よりそれができるうちにし続けることを心に刻みました。
 (古田秀)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

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8月18日 樸俳句会
兼題は星月夜、花火。
特選1句、入選2句、原石賞2句を紹介します。

◎ 特選
 見上げねば忘れゐし人星月夜
             見原万智子

特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「星月夜」をご覧ください。

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○ 入選
 帰りぎは「またきて」と母白木槿
               前島裕子

【恩田侑布子評】

一読、切なくなる俳句です。離れ住んでいるけれどよく来てくれる娘に、つい甘えて「またきて」という老母。病が重いというわけではないけれど、老いが次第に進み、フレイルになってゆくさびしい姿が、白木槿のやさしさや儚さとひびいています。

○ 入選
 君くれしボタンを吊りて星月夜
                山本綾子

【恩田侑布子評】

今の中高生にもこんなジンクスが伝わっているのでしょうか。卒業式の日に、憧れの男子から学ランの第二ボタンをもらえると「君が本命だよ」の意になり、「両思いよ」とか、「失恋」とか、クラスの女子がときめき、密かに騒いだものです。作者は意中の人から胸の金ボタンをもらい、秋が訪れても大事なお守りとして部屋の天井から吊っています。離れた都市に進学したのかもしれません。いつか結ばれたいという思いが「星月夜」と響きかわします。ロマンチックで可愛い俳句。

【原石賞】ひとりも良し背中で見てる音花火
              都築しづ子

【恩田侑布子評・添削】

花火大会に集まる群衆をよく見れば、家族、仲間、恋人といった複数人の単位から構成されています。ところがこの句は「ひとりも良し」と言って、深い切れがあります。そこが内容と表現が一体化したいいところ。ところが残念なことに、中七以下は上五のせっかくの美点を損なっています。背中に眼はなく、「音花火」も無理な措辞なので、自然な表現にしましょう。若い日から体験してきたさまざまな花火の夜が鮮やかに作者の背中に咲き誇ります。

【添削例】ひとりも良し背中に聞いてゐる花火

【原石賞】二度わらし母を誘ひて庭花火
              坂井則之

【恩田侑布子評・添削】

認知症になった老親を「二度わらし」といいます。漢字では二度童子。線香花火など手に持ってする「庭花火」も効果的。認知機能は多少衰えても、まだ花火を手で持って楽しむことができ、子どものように無邪気にはしゃぐかわいい母なのでしょう。上五でぶっつり切れることだけが気になります。「二度わらしの」と字余りになっても、この句のゆったりした内容を損ねません。

【添削例1】二度わらしの母を誘ひて庭花火

4月7日 句会報告

あきつしま祓へるさくらふぶきかな

2024年4月7日 樸句会報 【第139号】
 4月7日は静岡では丁度桜が満開で、句会も花の下一杯やりながらといきたいところだが、案の定参加者がいつもより少なく残念でした。というのは、俳句は一方的に作るのでなく、作者と鑑賞者が一句独特の魅力です。省略とか余白は、より鑑賞者の自由な解釈ができるためのツールとしてあるのではないでしょうか。今まで句会において何気ない良句が、鑑賞というフィルターを通して、名句へと旅立っていくのを目の当たりにしました。ここに、投句だけでなく、句会に参加すべき意義があるのでないでしょうか。
 今回の兼題は「鴉の巣」「古草」「花」です。入選4句を紹介します。

○入選
 ファインダー花冷の都市無音なり
               古田秀
【恩田侑布子評】
 高階からカメラのファインダーを覗くと、「花冷の都市」は思わぬ静まりようです。まるで無人都市のよう。にわかに現実とVRが溶け合い、すべての肌触りが遠ざかります。薄い灰色と桜色の雨もよいの都市そのものが非日常の空間としてデジタル画素の網に浮かび上がるハードボイルドな都会詠です。
○入選
 春雨か微睡のなか聴く霧笛
                星野光慶
【恩田侑布子評】
 「霧笛」なので、大きな港湾の近くの住まいが想像されます。うつらうつらした心地よい「微睡のなか」で、外国船の霧笛が遠く聞こえ、その潤みようから、ああ外は「春雨」が降っているのかなと思います。この上五の「か」の切れ字、よく出ました。しかも自然です。「や」なら平凡な句になったものを、「か」の問いかけの一字が救っています。音楽的にも「か」行の脚韻の効果が、春雨のしっとりしていながら、そこはかとなく明るい春光を句全体ににじませています。
○入選
 古草や読み続けゐる文庫本
               猪狩みき
【恩田侑布子評】
 「古草」の季語の本意を深く自分のものとした実直な俳句です。古草は春になっても野山や空き地に残り、誰にも顧みられなくなりますが、一年前には芽吹きも成長もあり、緑の葉の茂みもありました。花も咲かせました。今は、色の抜けた柔らかなわら色の光を投げかけるばかり。「読み続けゐる文庫本」はきっと古典でしょう。なんべん繙いても、前には気づけなかった角度から新しい泉が湧いてきます。人間の精神の財産は一人ひとりの真摯な感受があって、初めて継承され生かされてゆくのだと、静かに襟を正される思いがする俳句です。
○入選
 痛む身の杖の先にも菫かな
               都築しづ子
【恩田侑布子評】
 「痛む身」をおして、春先の日光を全身に浴びようと、杖で歩かれる前向きの作者です。ふと、「杖の先に」すみれをみつけた瞬間のよろこび。足元からやさしく励まされる春ならではの光景のたしかさ。「杖と作者の身体はもはや一体と化しているようだ」という優れた鑑賞が句会でありました。
【後記】
 私は昨年の秋あたりから、意識して選句に力を入れております。動機となったのは、いつも投句の際作った複数句から三句を選ぶのに苦労しているからです。自分の句の優劣も判らぬものが、ひと様の句を批評するなんておこがましいと思ったからです。たまたま恩田代表の「選句に力を注げよ」の檄に乗っかり、これはこれでよかったのですが、判定を代表の選句を正として照らし合わせると、惨たる現状に我ながら呆れかえります。で、他の人も似たかよったかだとの捨て台詞を封印して、「名句を作る近道は選句を磨くにあり」との言葉を信じ、もう少し真剣に取り組もうと思います。また、句作において伸びしろは期待できませんが、鑑賞において、若い方の飛躍の一助になるかも知れないという期待は持っています。
 (岸 裕之) 
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

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4月21日 樸俳句会
兼題は「春の雲 」「遠足 」「磯巾着 」です。
特選2句、入選4句を紹介します。
◎ 特選
 姉妹してイソギンチャクをつぼまする
             猪狩みき
特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「磯巾着」をご覧ください。
            ↑
        クリックしてください
◎ 特選
 街棄つるやうに遠足出発す
             古田秀
特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「遠足」をご覧ください。
            ↑
        クリックしてください
○入選
 遠足のキリンの舌のかく長き
               小松浩
【恩田侑布子評】
 麒麟は動物園でもひときわ印象的な美しい動物。その舌に魅入られていつまでも見惚れている子ども心が端的に表現されています。キリンというカタカナ表記が童心にふさわしく、その長い灰色の舌への驚きと、食べられて次々消えてゆく葉っぱの不思議さが伝わってきます。童心をつねに養っていないとつくれない俳句です。
○入選
 春の雲水子地蔵のまるい頬 ...

2023 樸・珠玉作品集

誰も隠しもつ冬麗のふくらはぎ

2023 樸・珠玉作品集 (五十音順)  

 
いつぽんの草木

 俳句というゆたかな山に登ろうとするとき、一人では薮に突っ込んだり、ふもとの出湯に浸かりっぱなしになったりしがちです。私は、それぞれの脚力を信じて、「俳句山岳ガイド」をさせていただいております。
 「樸」はしらき。山から伐り出した原木です。何にでもなれる可能性のかたまりです。樸の連衆は、生い育った環境、精一杯努めている仕事や家庭、愛好する書物や芸術、そうしたみずからの豊穣の根もとを踏まえて、たったいま出会う風光と火花を散らし、一句をひと茎の草花やいっぽんの木のように、大空の下に立たせようとします。
 樸から生まれた俳句が、まだ見ぬやさしい人に迎えられ、ほのかなぬくもりでつながれますように。今年も胸ときめかせ、深い山に登ることができますように。恩田侑布子(2024年1月15日)
 
 
 
 天野智美

  花朧坂の上なる目の薬師

  べつたりと妖怪背負ふ酷暑かな

  秋の苔弱き光をこはさぬやう

《二年ぶりに樸に復帰して》  
 好きなことや逃げ場はたくさんあればあるほどいいというが、家族の問題に振り回され不安を感じない日がないこの一年、なんとかこちら側に踏みとどまっていられたのは、俳句が知らず知らずのうちに足首を掴んでいてくれたからかもしれない。樸に復帰しなかったら、ささやかでも心震わせてくれるものにこんなに目を向けられただろうか。綱を投げてくれた俳句と樸に感謝を。

  
 猪狩みき

  しめ縄の低き鳥居に春の風

  卯波立つ廃炉作業の発電所

  楡新樹望みを抱くといふ勇気

《興味のありか》  
 植物や動物の兼題が出るたびに、自分が動植物にほとんど興味を持たずに生きてきたことをつくづく思い知らされる。海も山もごく近い田舎に育ったのに、なぜかそうなのだ。(例外は「木」。木の姿かたちと木の奏でる音が好きで興味あり。)俳句の楽しみを増やすためにも、動植物と、もっと親しくつきあえたらいい。と同時に、これまで自分が興味をもって向かい合ってきたもの、ことを俳句につなげられたら、とも思っている。
 
 
 
 活洲みな子

  父母は茅花流しの向かう岸

  読み耽る昭和日本史虫の闇

  枇杷の花いつか一人となる家族

《旅と私》  
 私はよく旅をする。所々に拠点を置いて、ゆったりと旅をするのが好きだ。俳句を学ぶようになり、旅の楽しみがさらに広がった。九州では祖母山の雄大さと神聖な雰囲気に息をのみ、東北では何もない淋代の浜に佇んで句に想いを馳せた。四国遍路の難所二十一番札所へ向かうロープウェイからは、修験の場である山々を眼下に見て、場所は違えどなぜか「葛城の山懐に寝釈迦かな(青畝)」の句が頭を離れなかった。
 それでも私は、旅行中は句を作らない。目の前にある今を百パーセント楽しむのが私の遊びの流儀…なぁんて、まだまだ未熟者ということですが。
 
 
 
 海野二美

  在の春すする十割そば固め

  お薬師様見下ろす村に花吹雪

  長旅の蝶の夢かや藤袴

《強さとは・・》  
 皆様にお見舞いいただきました類焼から4カ月。穏やかに元気に過ごしてまいりましたが、食欲も出て抜け毛も収まって来た3カ月過ぎた頃から、感情が元通りに癒えて来たせいなのか、悔しく悲しく、酷く落ち込んでおりました。しかし、くよくよしていても一日、明るくしていても一日と自分を励まし続け、何とか立ち直りました。まだまだ落ち着かない日々が続きますが、これからも自分の強さを信じ、前に進もうと思っています。隣りにはいつも俳句を携えながら・・。

 
 
 金森三夢

  鑑真の翳む眼や冬の海

  枯れ尾花わたしのことといふ佳人

  ヤングケアラー菜の花の土手見つめたる

《出戻り致します》  
 「出戻りは三文の価値なし」と言われます。愚生恥ずかしながら新年より句会に戻らせて戴きます。
 八月の手術前から『永遠』の二文字が出来損ないの心と頭に浮遊しています。青空を見つめながら「この空をネアンデルタール人も眺めていたのか? 私の死後の未来人も・・・」。少しずつ肩慣らしするつもりです。ウォーミング・ダウンになりませぬよう、何卒宜しくお願い致します。

  
 岸裕之

  五月雨の垂直に落つ摩天楼

  碌山の≪女≫漆黒新樹光

  病葉の猩々みだれ舞ふ水面

《今思ふこと》  
 私の先祖は秀忠・家光の久能山東照宮、静岡浅間神社造営の際、全国から優秀な職人を集め、気候が良いので、住み着いた漆塗りの職人の末裔と伝わってます。私で八代目ですが、初代は町奴でもあり、眉間に傷があり、岸権次郎こと「向こう傷の権さん」といったそうな。この権さん、坊さんの女関係のトラブルを纏めて一人だけ戒名が良いと伝わっている。で、職人を継がなかった負い目があるので、せめて俳句は職人の美学である「粋」な俳句でも作ろうと今思いました次第です。

 
 小松 浩

  酢もづくの小鉢に海の遠さかな

  銀漢や調律終へし小ホール

  警笛に長き尾ひれや熊渡る

《大リーグボール養成ギブス》  
 入会して1年余、たくさん基本を教わった。「知識で作るな」「報告句や説明句はだめ」「季語の本意を大切に」「時間の経過ではなく一瞬を詠む」「気持ちをモノに託せ」云々、云々。いちいち照合しながら俳句を作ろうとすると、大リーグボール養成ギブス(ご存知ない方は「巨人の星」「星飛雄馬」で検索を)をはめたようで、頭はギクシャク、指先はがんじがらめになってしまう。かといってこれらを脇に置けば、やっぱり駄句しかできない。
 心を自由に飛翔させ、それでいて基本のしっかり染み込んだ句。そういうものをいつか作れたらいいなあ。

 
 
 坂井則之

  家継げり障子洗ひも知らぬまま

  二親の去りし我が家に帰省せり

  あし鍛ふいま一度富士登らんと

《初心者の苦弁》  
 2023年春から参加させていただきました。
 その暫く前、恩田先生の一つ前の評論集(2022年刊)の校正をお手伝いさせて戴いてからのご縁でした。
(私は先生の高校の4年後輩に当たります)
 今は年金給付を待つ隠退者ですが、現役時代の殆どは新聞社で編集部門、原稿内容や紙面を点検する校閲の現場にいました。経験がご著書のお役に立てたならとても光栄なことだと思ったことでした。
 いま[樸]に入れて戴いた後、俳句とも言えないものしか書けていません。先生から「(お前は)頭が散文支配になっている。俳句にはそれと異なる韻文の感覚が要る」との叱責を、何度頂戴したか判りません。句会でも、先生からお点を戴けたものは幾つもありません。我が身を省み、先の厳しさ感が拭えないのが現状です。[自選]は、お点を辛うじて頂戴できたものから挙げさせて戴きました。(先生添削あり)

 
 佐藤錦子

  蜜月も悲嘆も誰も往く銀河

  秋うらら桂花の菓子を頬張れば

  疵あまた無骨な柚子よ宛名書く

《旅の途中》  
 歩く旅が好きだ。歩けば元気。そう信じ背中を突き飛ばし自分を外へと送り出す。パルシェの講座もばしんと背を叩き今春より受講のち樸の会員に加えて頂いた。出会いに恵まれ有難く思う。
 句会では、分からない用語が行き交う。感覚をどう掴み自家薬籠中のものとするか。苦悶が始まったところだ。
 歩く旅なら3日目あたり、足裏にまめの出来た頃。今しばらくはその痛い足で歩み続けようと思う。
 樸の皆さまどうぞよろしくお願い致します。

 
 島田 淳

  花南天兄にないしょの素甘かな

  引越の最後に包む布団かな

  菜の花の果てを見つけて人心地

《鑑賞という名の対話》  
 恩田代表の鑑賞文を読むと、自分では思いもしなかった指摘にギクッとすることがある。
愚句に対しても、他の方の句に対しても、作者すら自覚出来ていなかった意味や思いを掬い取って、より明確な表現で提示してくれる。
 それは、『渾沌の恋人(ラマン)』や『久保田万太郎俳句集』でも見られたものであり、句だけでなく社会的背景や境遇にまで気を配った鑑賞である。
最初の句では、慎ましく地味な南天の花と庶民的な菓子である素甘、それをこっそり食べる小さな背徳が響き合う様を鑑賞文の中で描き出していただいた。
 「お兄さんばっかりずるい!」という被害感情を常に秘めている末っ子の気分を、句の中から見事に掬い取ってくださった。
 二番目の句は、愚句「転居の日蒲団最後に包みけり」を恩田代表が直してくださった。布団を包むという動作ではなく、梱包された布団そのものにフォーカスを当てることで、引越準備が完了したことをより明らかに示している。「うむ、準備完了」と言う自分の感慨が甦るようである。
 最後の句は、愚句をそのまま掲句とした。恩田代表には、添削例として「菜の花の果てに来りぬ人心地」と直していただいた。
 これは、俳句の問題ではなく人生観の問題なのだろう。延々と続く菜の花畑の果てらしきものが見えたくらいで気を抜いてはいけないという戒めなのかと受け止めた。果てまで辿り着いて初めて、ある意味病的なモノトーンの世界から人間らしい生の実感を取り戻せるのかも知れない。
 私が定年を迎えるのは、来年の夏である。 
 
 
 
 芹沢雄太郎

  春の鳥五体投地の背に肩に

  磔の案山子の頭ココナッツ

  道迷ふたびあらはるるうさぎかな 

《インドのひかり/日本のひかり》  
 インドで暮らし始めてもう少しで2年になります。季節を二回廻ったことで、だんだんとインドの微妙なひかりの移ろいと、日本のひかりとの違いを感じるようになってきました。今年はそのひかりをこの手で掬い取り、句という形にとどめてみたいです。
 

 
 田中泥炭

  人類に忘却の銅羅水海月

  耳鳴のいつでも聴けて稲の花

  隠沼にあすを誘ふ栗の花

《実戦の年に》  
 普段色々な事を考えているはずだが、いざ書くとなると全く思いつかない。そこで昨年は何を…と覗いてみると「書く前に措定される意味や内容を捨てず如何にそこから自由な空白地帯を精神的に持てるかが勝負だ」と書いていた。なんと肩に力の入った内容だと我ながら思うが、この内容を今でも信頼できるのは良い事だろう。来年は実践の年にしたい

 
 
 都築しづ子

  切り貼りは手鞠のかたち障子貼る

  初夏やタンクトップにビーズ植う

  牡蠣フライ妻と一男一女居て
 
《師の事 樸句会の事》  
 いつも思う事だが 師の選評により句に新しい世界が生まれる。平凡な句に詩が生まれる。こんな師にめぐり会えた幸運に感謝、感謝である。
 そして、樸の会員の皆様の感性溢れる句に老体は打ちのめされる。しかし、しかし、私はまだ俳句をあきらめられ無い。病と折り合いをつけながら 此れからも作句を続けたい・・・。
 この文を記しているうちになんだか元気になってきた!

 
 中山湖望子

  鴨鍋や湖北の風が鼻を刺す

  夏の月うさぎも湖上走りけり

  仏壇に手合わす子らや柏餅

《俳句〜日本という方法の神髄》  
 俳句は手ごわい。ゴーリ合理で進めてきた私はグローバル資本主義とコンプライアンスに絡まった社会にどう考えても行き詰まってしまい、辿り着いた一つが俳句だ。
 観察、見立て、連想や影向などを駆使しようとするのだがまったく心が固まってしまってイメージが動かない。散文になったりくっつきすぎたり、ぽちょんすら一つも付かない句会のなんと多いことか。そのたび感性の無さに、言語表現の貧相さに呆れてしまうのだが、石の上にも3年。五感で取り込んだ電気信号が通う脳内ニューロンの新たな回路ができるまでは粘り続ける覚悟です。

    
 成松聡美

  柚子青し手帳今日より新しく

  きれぎれに防災無線山眠る

  鍋焼吹く映画の話そつちのけ
 
《初心者を楽しむ》  
 句集などめくったことすらなかった私が、ふと思い立って俳句を学び始めて九か月。樸に入会して三か月。現在、自分がどちらを向いているかも不確かな迷路にいる。何事にも始まりと終わりがあり、この頼りなさもいずれ消えてしまうのだとすれば、今は『初めて』を存分に満喫したい。初学者ゆえに許される無知や無作法をくぐり抜けた先に何が待っているのかは知らない。ただ、少しずつ増えていく本棚の句集や月二回の句会が生活の句読点になりつつあるのは確かだ。初心者である自分を面白がりながら、行けるところまでのろのろ走ろう。そう決めている。

 
 林彰

     最高裁「諫早湾開門せず」   
  海苔炙る有明海を解き放て

  沢登り桃源郷あり幣辛夷

  深く吸ひゆっくりと吐く去年今年
 

 
 古田秀

  シャンデリア真下の席の余寒かな

  うぐひすや渦を幾重に木魚の目

  テレビとは嵌め殺し窓ガザの冬

《融》  
 冬の初めに金沢へ旅行に行った。輪島漆芸美術館で出会った鵜飼康平さんの『融』に目を奪われた。真柏の湾曲した枝に朱の髹漆を施し、異なる質感が融けあいながらも互いに存在を強めている。俳句は徹頭徹尾言葉しかないから、どんなモノでも提示して操作可能だ。その一方でモノを強く存在せしめている俳句がどれほどあるだろう。来年もそんな俳句を希求したい。
 
 
 
 前島裕子

  菜の花や家々ささふ野面積

  スマホすべる付爪のゆび薄暑光 
 
       岡部町、大龍勢     
  先駆けの子らの口上天高し

《外にとびだそう》  
 私の干支、卯年も残すところわずか。
 少しはとびはねようとしたのですが、思うようにはいかないものです。
 Zoom中心の句会でしたが、吟行会が春と秋二回行なわれた。大空の下、ゆったりとよく観、想像をふくらませて、作句。句会でしか会ったことのない仲間と、自然のなかでの交流。いい時間を過ごすことができました。
 コロナも一段落した様子、家にこもっていないで、外にとびだし新しい発見をしよう。

 
 益田隆久

  露の玉点字の句碑に目をとづる

  空蝉はゆびきり拳万の記憶

  冬ごもり硯にとかす鐘のおと

《村越化石さんの原稿用紙》  
 藤枝市蓮華寺池公園の文学館に、村越化石さんの手書きの原稿が展示されている。
 既に両目共失明していた。原稿用紙の升目を決してはみ出さない。一文字ごとに正確に丁寧に書かれている。見ていて泣きたい気持ちになる。一つ一つの文字に命が宿っている。俳人とは文字を大切にする人ではないか。永田耕衣さんは、労災事故で右手を損傷し左手で書いていた。棟方志功画伯は絵に入れる文字は永田耕衣さんに頼んだ。上手い下手を超越した何かを感じたのだろうか。村越化石さんの手書きの原稿を見てそのことを思い出した。

 
 見原万智子

  フライパン買はむ極暑の誕生日

  形見分くすつからかんの菊日和

  星なき夜熊よりも身を寄せ合はす

《穴があったら入りたい》  
 涙が出るほど心が動いた誰かとの会話を俳句にしたとする。しばらくして季語が動くと気づく。だが、会話した季節の季語なので大切にしたい。
 しばらくしてまた気づく。相手は話を切り出すまで何ヶ月も前、別の季節の頃から逡巡していたかもしれない。長い間、季節があってないような気持ちだったかもしれないではないか。最初の涙は心が動いたことへの自己陶酔? 
 穴があったら入りたいが、俳句に出会わなかったら、自分は恥ずかしい奴だと気づきもしなかった。

 
 
 上村正明

  もづく酢や昭和を生きて老い未だ

  紙兜脱ぎて休戦柏餅

       手術宣告     
  長々と俎上にのせん生身魂

   
 上村正明さんは二〇二三年角川「俳句」三月号の恩田作品に共感され、「少しでも高みを目指したい、少しでも「俳句の三福」を味わってみたい」と、同月十九日入会。八月二〇日までめきめき腕を上げられ、闊達な座談でも周囲を魅了しました。腹部大動脈瘤の手術から回復されることなく、最後の句会から旬日にして他界されたとは言葉を失います。
 これから菖蒲の節句が来るたび、仲良し兄弟が紙兜と紙太刀を放って「柏餅」の葉を剥がす勢いを想像し、思わず微笑むことでしょう。墨痕あざやかに八十六年を生き切られた最晩年の俳縁に感謝し、深悼を捧げます。       (樸代表 恩田侑布子)

  
    
後記
 樸会員による2023年の自選3句集をお届けします。1年間、恩田代表の厳しくも愛情あふれる指導を受け、それぞれの感性や人生観などを踏まえた、俳句に対する向き合い方のうかがえる作品集になりました。(自選3句の後のエッセーは昨年末時点で書かれたものです)。
 俳句は世界一短い詩と言われます。この十七音に想いを込めようと四苦八苦していると、ふと、短歌の三十一文字がなんと長いことか、と驚く自分がいます。もちろん短歌も十分に短いのですが、言葉を極限まで削る俳句が、そんな不思議な感覚をもたらすのでしょう。饒舌で大袈裟で無意味な言葉が大手を振って歩いている喧騒の時代に、最小限の言葉で最大限の世界を生み出す俳句の素晴らしさを、今年も樸俳句会で体験していきたいものです。
                          (小松)