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2025 樸・珠玉作品集

2025 樸・珠玉作品集 (入会日の新しい順) たたまるる初富士の縞君がほほ 恩田侑布子(写俳) - 巻頭言 -  21世紀のクォーターを迎えた樸は一国主義の風潮の逆をゆけました。  日本とインド二拠点の従来のズーム句会に、ニューヨークとパリから新人が参加してくれたのです。二、三十代の若者たちの頼もしい笑顔も弾けています。私は仲間との出会いに感謝し、掌のなかのすべてをお伝えしたいと願っています。  樸ズーム句会は自宅の暮らしの場から即座に四カ国の句友と繋がれます。匿名で選句し、句会で作者がわかれば、特性に添ったアドバイスを差し上げます。句会あとの第二部は、芭蕉の紀行文を学んだり、俳句時評をしたりする文化サロンです。目標の三十三観音の会はいまだしですが、熱意と質の高さは揺るぎません。こぢんまりした文藝コミュニティーは純粋で自由闊達な俳句談義ができる場です。言葉のふたときの晩餐会のよろこびは国境を超えます。  一方で、国際秩序や人権理念は崩壊に拍車がかかっています。進歩は兵器テクノロジーにのみあざやか。武器大国は目の前の人参を追って、地球の未来を食い潰し、ジェノサイドを恥じません。ホモサピエンスは凶暴化しています。  現実から目を逸らさず、自分にできることは何か。人間とは何なのか。三百六十度開かれた微塵の俳句から大きな世界に向き合いましょう。今年も新たな出会いを求めて、一息の詩に共感し合いましょう。 樸代表 恩田侑布子   小南善彦   旅先で我がふる里のお湯自慢   冬晴れの歩道にはずむランドセル   嵐去り川滔々と花筏 時空を超えて五感に迫る俳句の世界  写真と俳句の違いは、想像の余白の広さではないでしょうか。 写真から受けとる感動は、瞬間を捉えた感動です。それに対して俳句は、場所や時間を自由に行き来し、光や音、匂いや温度、さらには目に見えない気配までも、読み手一人一人に感じさせてくれます。17文字の楽しさと苦しさ(笑)を、これからたっぷり味わってゆきたいと思います。   川崎拓音   精霊飛蝗追ひかけた父も母も   人はひとわすれてあゆむ芒原   冬夕焼旅びと還す比叡山 文學の地、文藝の空 入会してまだ間もないころの句会。どうしても都合があわず遅れての参加になった。それでおずおずと申しでて、句会の終わりに先生に<補習>をしていただいた。個別指導できもちがおおきくなっていたのか、なりゆきで先生と文學談義をした。 「最終的には自分の文學を極めたいです!」とわたし。 「いいじゃん!」と先生。 言い尽くせないよろこびがあった。きもちがおおきくなりながら、実は、文學という言葉を口にすることにすこし緊張していたからだ。 読む者の心を動かす何らかのしくみを具えた記述——そのしくみを解き明かそうとする営みが「文學」であると大学時代にならった。文學の地から見あげる文藝の空は、あまりにも自由でおおきかった。かたや、文學者たらんとする自分自身の心を動かす記述を、自分自身で残してもみたかった。文學と文藝の果てしない往還は、空気がやけに薄く感じる。寒さに羽を震わせどうしたものかと立ち往生していた矢先、恩田侑布子という師に出会えた。こころからうれしくおもう。   橋本辰美   雲の峰貴方の居所捜し当つ   稲妻のつながり落つる河口かな   南蛮や未知より無知の懐かしき 清見潟  23年3月に「楽しい俳句」を、また戻ってくるつもりで退室して以来、3年ぶりの出戻り新人として、晴れてzoom句会主体の樸に入会できたことが小さくない体験でした。一回一回の句会を大切にしながら、師匠と連衆に認めてもらえるように句作に励み、批評性と情趣の間を揺れながらも自句を追求していけるように努めていきたいと思います。   佐藤麻里子   白ビール迷はぬ女同志なり   淵碧き砦裸のピカソかな   揚花火鉄の貴婦人張り合ひし 自己の更新としての俳句 2014年、ドゥマゴ文学賞受賞作『余白の祭』が著者・恩田侑布子をフランスに送り出したことが、私の俳人との出会いだった。全くの門外漢の私は会食の拙い通訳でご一緒し、著書にノックアウトされ、その後パリや静岡で再会し親しくさせていただいた。ただそれ以外俳句とは無縁のまま、11年を経た今年、ようやく機が熟したのだ。 句会の合間の先生のおしゃべりはヒントに満ちている。先日独り言のように、「俳句は難しいので油断するとちょっと前の自分に戻ってしまう」。先生でさえも!?「日々新しい自分にしていかなければ」と。 自己の更新。それが私も七転八倒してもやり続けたいこと。 「ささやかでも、おのれの殻や、時代の旧態を破ろうとする、日々更新の自由なこころこそ、本来の俳句のはず」(『余白の祭』p.115)。 それはきっと俳句だけでなく、芸術とは本来そういうこと。 さて、来年は時間不足を言い訳にせず、いかに自由な心で作句に励み、自己を更新し再生しつづけられるか。   小住英之   地ビールを二本空港泊の窓   満塁や灼くるシンバル灼くれど撲つ   病室の鎖骨に月のありあまり 癖 なにか大事なことを決めるとき、「あまり検討しない」癖が私にはあります。しかし私は不思議とこの癖に助けられてきました。 例えば、大学生のとき座学だけで「皮膚科医になろう」と決めた私は、その研究室にすぐに通い始めました。九年後、私はその研究でなんとか博士号を取得し、今の職を得ました。あのとき実習・研修開始を待たずに皮膚科に決めてよかったと思います。 俳句を始めて半年で古田秀さんの「大学」を読み、樸俳句会を知りました。ホームページを見て、ある種直感的に樸で勉強したいと思い、仲間に迎えていただきました。あのとき樸に飛び込まなければ、ここまで俳句に熱中することもなかったように思います。 これからも一歩ずつ、俳句の道を学んでいきたいと思います。今後もご指導お願いいたします。   馬場先智明   ⼩春⽇や部屋にやすらふ⺟の⾻   ⼋⼗年焼⿃の串抜くやうに   仮名千年語り万年寒昴 「似て非なるもの」に魅せられて 「俳句と編集とは、似て⾮なるものです」と、恩⽥先⽣はキッパリ。編集の世界に半世紀近く棲息してきた⾝には沁み⼊るような⾔葉でした。句歴⼀年で感じたのは、俳句には「達⼈」や「極意」という⾔い⽅がよく似合うなぁ…ということ。芸や美の道を極めることに魂を注いで倦むことのない⼈たちの世界。武芸、茶道、将棋…のような型や厳格なルールに則った世界。極めてこそ⾒えてくるものを追い求める少数者が泰然と⾝を寄せ合う世界。芭蕉から恩⽥先⽣はもちろん近現代俳⼈までの句を渉猟しては嘆息する⽇々でした。⽚や私のかかずらってきた編集の世界。⾔葉(⽇本語)を道具⽴てとする点は同じですが、あくまでも⾔葉は「情報」。編集者の仕事は、外から掻き集めた情報の順列組合せを専らとして新奇を創出する知的作業。⾔葉はいつでも外からやってくるものでした。⾔葉を道具として扱ってしまうのは、編集者の宿痾みたいなものです。対して⽂学(俳句)の⾔葉は、⾝体の内側から時間をかけてゆっくり滲み出てくるもの。この⼀年の成果は、その宿痾を⾃覚できたことかもしれません。来年はその⾃覚から出発して「⾮なる」俳句の奥深さに少しでも近づいていきたいと願っています。樸連衆の皆様には、編集(+短歌)という「似て⾮なる」お隣から珍獣が⼀匹迷い込んできたと、広い⼼で⾒守っていただければ幸いです。   山本綾子   餅つきの空つく音あり郷の庭   羊水のたしかな鼓動しゅろの花   短夜や眸句集とミントティー 俳句のある暮らし  恩田先生に師事して三年目の今年。そろそろ「初心者だから」の常套句は通用しなくなってきた。  そんな中、俳句に触れる時間を少しでも増やせればと、樸句会投句の他に先生が選者を務める静岡新聞読者文芸への投句を自分に課した。  毎月最終火曜日。家まで待てずコンビニの駐車場で、購入した新聞を広げる。そんな自分を、少し離れたところからもう一人の自分が面白がって眺めている。  日々の忙しさ、日常の平坦さ、過去に負った傷さえも、俳句をつくることで、より豊かなものとなっていく。自分を支える「俳句」という柱は年々太く育っている。   星野光慶   聖五月ぐさりとキャパのレンズかな   「源氏供養」闇に佇む冬の星   まろき背にとどめし秋や無著像 浮かび上がる時間  ロバート・キャパという人物はいない。アンドレ・フリードマンとゲルダ・タローが撮影したそれぞれの作品をこの架空の写真家に託したにすぎない。  作品を見る側は、アンドレとゲルダのどちらが撮影したものか見分けることは難しいだろう。しかし、もし撮影者が明かされたら、両者の世界の見かたの違いがぼんやりと浮かび上がってくるのではないか。  ひとつの作品には匿名と個がせめぎあっている。  俳句もこれに似ている。無名の句が私の前に並び、作者が種明かしされると「人柄が出ている」と妙に納得してしまう。そのひとが見た景色が、ことばというレンズ越しに立ち上がる。  無名性と有名性が反転する有機的な時間が句会だとしたら。そのあとには、寂しく賑やかな無名の作品が残される。   長倉尚世   ほそき手の床より賀状たのまるる   枇杷たわわ廃車置き場の水たまり   柊の花や卒寿の退院す 伝えたいこと  今年五年も迷っていた声帯の手術をした。  きっかけは母の耳である。話しかけてもスッと前を素通りして行くのに驚いた。聞こえていないんだ……そう云えば、孫との会話にも、あまり入って来なくなっている。 元々私は話すのが苦手。自分の思っていることを伝えるのが下手くそで、母ともそんなにおしゃべりをしてこなかったが、このまま話ができなくなるのは寂しいと思ったから。  手術後一週間は声を出すことを禁じられた。その間筆談をしていたが、そのもどかしさの中で、ふと手話を覚えようと思った。そして退院後、早速手話サークルに入会。 日常のささやかな場面で、誰かの役に立てたらいいと思う。   成松聡美   春の暮真子の煮つけは反り返る   木香薔薇あふれんばかり死者の庭   猟銃等講習会場泥長靴 神主のいないお社  この拙文を書いているのは年の暮、新年拝賀式準備の最中だ。榊や神饌、振舞い用の酒や汁物の手配で忙しい。私の住む村の小さなお社には神官がいない。拝賀式の一切は氏子総代と当番組の組長たる我が家が差配する。この一年、負担の重さに怒りが治まらない夜もあったし、地域を盛り上げるとは何か議論になる場面もあった。だがご近所と協力して御神燈を張替えたり、紙垂や御飾りを手作りしたりと楽しい経験も少なくなかった。当然これらは俳句の種となり、習作帳には神事や神の字が入る季語が多くなった。神社のお世話は来年も続く。神主のいないお社の句は、もう少し増えそうだ。   坂井則之   龍天に昇る昼夜を真つ二つ   白菜を割る音絶えて十余年   庖丁の切れ味試しトマト切る        初の句は3月に先生の添削を頂戴した後のものです。句の勢いがこんなに改善されるかと、つくづく思いました。 あと二つは[シルシ]程度。2句目は当人の含意と先生の鑑賞とが異なりました。叙述の拙さの表れです。 新聞記事が本拠だった私は、意図を明瞭に伝えるという意識が先に立ちます。そこに、理に落ちてはいけないという何度も頂戴したご教示を思い出し。散文人間は苦戦しています。 今の私は、たとえFBへの投稿でも幾らでも推敲を考えます。新聞紙面を読んで気になることがあれば校閲の後輩に指摘して、検討を依頼しています。ですが、自分の五七五では突き詰めるまで考えることができない己。韻文としての良否の判断ができないのです。 そもそもこの道に入って良かったのかと思いつつ、ウロウロの日がずっと続いています。   生きてゐるたれも初乗り地球船 恩田侑布子(写俳)   岸裕之   寒声や師匠口ぐせ「間は魔なり」   春光を睨むや龍の天井絵   見はるかす白馬三山花こぶし 来年の目標  今年を振り返ると、正月の句会でいきなり特選をいただき、続いて春先は、なんとか入選を何句かいただきました。そこで、気をよくして、今年から始まった町内の年寄り90代一人、80代二人、70代一人メンバーによる麻雀に力を注ごうと思い立ちました。というのは、麻雀は50年やそこら、やって無かったので、すっかりやり方を忘れていたせいか、勝てません。麻雀には実力の他、運という要素もありますが、勝てません。やはり負けるのは悔しい。で、PC麻雀ゲームなどを使って訓練しました。そのせいか、なんとか勝てるようになってきました。ところが、夏から秋にかけて俳句においては、無点句のオンパレードでした。だから今年の三句は前半のものだけです。私は句集を作ろうとか、賞を貰おうなど思いません。気のおけない仲間と俳句談義したり、そこに酒が入ればなお良い程度のスタンスです。従って来年の目標は年間バランス良く選をいただくにとどめます。   小松浩   夏蝶の影轢くサイクリングロード   日盛りの影もたれあふ交差点   人類に聖なる夜と聖戦と むずかしいことをやさしく 樸のメンバーも20人を超えて賑やかになった。句会というのはやはり素晴らしい場だ。投句作品からは、歩んできた道のりや、どんなことに喜びや悲しみを感じる人なのかが、くっきり浮かんでくる。共通しているのは、一人一人の他者への目線の優しさ、誠実な暮らしぶりである。 俳句は、それぞれの人生観や価値観を、理屈ではなくモノを通して、17音に乗せることに魅力があると思う。できれば、今の時代や社会に対して感じていることを、五七五に託して表現してみたい。それも、日常生活で使っている普通の言葉で、「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく」と言っていた井上ひさしさんのように。   活洲みな子   吾の歌に母の輪唱桜の実   天上の母はすこやか樟若葉   青空に挑むじやんけん花こぶし 日向ぼこ付箋だらけの句集抱き  ミニマリストではないけれど、ホテルのようにシンプルな生活空間に憧れる。退職後、仕事がらみの大量の本をまずは処分し、好きだった小説や全集も手放した。ホテルライクな生活にあと一歩(?)というところで、句集を手にする愉しみと出会ってしまった。おかげで棚はまた本で溢れ始めている。  好きな句集は付箋だらけだ。世界観がわからず付箋のつかない句集もある。けれども一句一句に俳人の心が宿っているので、大切に扱っている。年末に加わった三冊の句集。陽だまりでのんびり愉しむ時間が…あるといいなあ。   益田隆久   暮れてなほ弾む句会や花こぶし   パレットへ囀りの色溶きにけり   踏まれたる下萌の香の高くあり 句友の秀句への共感  樸の仲間の俳句の中で、自分の一部にすらなっていて瞬間的に言える特別な俳句が三つある。   (1)八橋にかかるしらなみ半夏生     前島裕子   (2)父母は芽花流しの向かう岸      活洲みな子   (3)花すゝき欠航に日の差し来たる     古田秀 (1)前島さんの俳句は、恩田先生と自分の特選が初めて一致した句で非常に嬉しかった。「目で見て美しく声に出して美しい俳句。」と感想を書いた覚えがある。今でも自分の理想とする俳句だ。 (2)活洲さんの俳句は、年月が経つとともにじわじわとその良さが増していく燻銀のような俳句だと思う。そこには、時間というものへの愛おしささへ感じることができる。 (3)古田さんの俳句。この透明感はどこから来るのだろう?余計な修飾を付けたしたくなりがちだが、この句にはそのような自我が無い。雑味が無く透明感と清々しさが気持ちよい。  このような俳句に出会い誦する時、この句会を選んで良かったと思う。   古田秀   スケートボード蔓薔薇すれすれに蛇行   露の世の薬局あかりジムあかり   クリスマスツリーの蔭や守衛室 グーグルマップはすごい  昔から地図を見るのが好きで、油断しているといつまでも眺めてしまう。実験の合間の待ち時間など、他にやることはたくさんあるがついついグーグルマップをひらいて仮想旅行をしてしまう。最近はグーグルマップの精度があがり、ユーザーの興味のありそうな施設を優先して表示するようになった。地点間の所要時間の計算も正確で、渋滞の起きやすい時間帯なども表示してくれる。2025年は日帰りドライブ吟行や二泊三日のドライブ旅行を何回か計画し友人を巻きこんだが、そのときのスケジュールもほとんどグーグルマップのみで作成した。もはや仕事中にグーグルマップを眺めていれば、頭の中で旅程が勝手に組み上がるレベルになっている。まだまだ行きたいところがたくさんあるので、2026年もグーグルマップを眺めて過ごしたい。   金森三夢   亀鳴くや巴御前の吐息のせ   滴りや手拭浸し首に巻く   肌寒や鉄錆びあまた歩道橋 ケガの功名  年男の今年。まさか一年の三分の一を病院のベッド上で過ごすとは……  「滴り」と云う季語を求め山道を彷徨っての不首尾。古稀を迎え三年で二度の全身麻酔のオペはきつかった。腎臓癌、世界一周クルーズ、そして圧迫骨折。一年おきの天国と地獄。死を見つめ、異郷での悦楽、痺れと激痛との格闘、いつも人生の良き伴侶である俳句と愚妻が寄り添ってくれた。  たび重なる入院と病院食のおかげで体重は学生時代に戻り、血糖値は正常値。糖尿の担当医に「ケガの功名」と大笑いされた。  さて来年はどんな年になるのだろう?!人生は甘渋苦。来年こそ休会なしで呆け防止の句会に励みたいものである。   前島裕子   床の間に祖母てづくりの手毬かな   お薄点てゆがむ玻璃ごし花吹雪   黙しゐて母のかたはら緑さす 年には勝てぬ  今年も残すところわずか、振り返らざるをえない年でした。 身体には自信があったのですが、後期高齢者を前にして、帯状疱疹、歯の根元の炎症から唇がはれあがってしまった。どちらも大事にはいたらず、春の吟行会には参加できたのですが医者通いを余儀なくされた。  寝込むことはなかったのですが、身体がすっきりせず完治まで半年ぐらいかかった。年には勝てぬことを痛感。  来年は身体に充分留意し、自分に納得できる句が一句でもできるよう学んでいきたい。   見原万智子   ヒヤシンス登校しない子の瓶も   どうだんの衣広げり巴塚   クリスマス会話ロボット待たせをり おあいにく  おさとはたいそうな器量よしで、小学校もろくに行っていないが夫の古い教科書で漢字を覚え、両手足の指を使って鶴亀算ができたという。  昔のこととて婚家側の一方的な理由で離縁され、二年。島田の帯祭りの時分でもあったろうか、大井川の橋の真ん中でばったり元の夫に再会してしまった。  ひとこと「…どうだ、元気か?…」と男は聞いてきた。  ややあって「ふんっ、これから佳い人に会いにいくところだよっ」と言うが早いか、おさとはその場を走り去った。決して振り返るまい。  それからほどなく、おさとは再婚した。  後年、私は何度となくこの話を母から聞かされた。そのたびに「ひいおばあちゃんはデートの約束なんか無くて、会いたかったのは目の前にいた元のご亭主だよね?」と私が言い、母は満足げに頷くのだった。おさとに顔立ちも性格もそっくりだった母は、「いい女はツンで通さなければ。デレるなどもっての外」と信じ込んでいたふしがある。  あいにく私はすべてにおいて父親似。ツンデレすら気恥ずかしい。いつもデレデレで、しのいできた。   猪狩みき   雪華積むフロントグラス小さき首都   縦横に鳥の動線冬木立   地形図の尾根と谷なり白菜買ふ ことば  新聞でみかけた本のタイトル『群れから逸れて生きるための自学自習法』に惹かれ、向坂くじらという人を知った。詩人で小説家で自身で国語塾もしている人だという。「ことば」の捉え方、感覚がおもしろく、その作品を追っているところ。といって、彼女の「詩」はよくわからず、エッセイと小説を楽しんでいる。私はたいてい「詩」がわからない。「詩がある(ない)」ということが句会で話題になるたびにびくっとしている。   海野二美   船渡の山火事鎮圧   待ちわびし山林消火龍天に   飛機乱気流掌中の林檎の香 樸の未来  樸の構成員もずいぶん変わってまいりました。若き才能、またパリにニューヨークとワールドワイドに……。少数精鋭ではありますが、樸のこれからは楽しみですね。また私の大好きな文学講座も始まり、学生気分で勉強させていただけるのでありがたいです。編集や会計、また幹事等に惜しみなく励んでくださる皆様、本当にありがとうございます。樸の会員の方々のことは盟友と思っております。  俳句文学における絆は強し!  恩田侑布子万歳!   AIの無性生殖去年今年 恩田侑布子(写俳)

12月21日 句会報告

2025年12月21日 樸句会報 【第158号】

 十二月は十四日と二十一日にZOOM句会。
両日とも前半は点盛りと講評。後半は角川『俳句年鑑2026年版』《今年の句集BEST》に掲載された師が選んだ十五句集の中から、句集ごとに紹介されている六句について、鑑賞や意見交換をおこないました。
 十四日の兼題は「冬夕焼」「柊の花」
六十六句の中から入選三句、原石賞二句が選ばれました。
 二十一日の兼題は「クリスマス」「雪(字の詠込)」
六十六句の中から特選一句、入選四句が選ばれました。
 

逢ひたくてまろまろと負ふ冬日かな    恩田侑布子(写俳)
 

◎ 特選
仮名千年語り万年寒昴
             馬場先智明

特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「寒昴」をご覧ください。

クリックしてください
 

○ 入選
 人類に聖なる夜と聖戦と
               小松浩

【恩田侑布子評】

「人類に」と大きく出たあと、作者はキリスト降誕の夜と聖戦とを並べて沈黙します。ボールは読者の胸に投げられました。世界最大の人口を擁するキリスト教は、政治、経済、社会、文化的に、いまも最強の宗教です。教主の降誕祭に老若男女が湧き立ちながら、いわゆる一神教を背景にした「聖戦」は止みません。“正義”の戦いが、国家の名のもとに行われる大量虐殺に他ならないことに胸が痛みます。
 

○ 入選
 クリスマスツリーの蔭や守衛室
               古田秀

【恩田侑布子評】

守衛室は敷地や建物の入り口近くにありながら目立ちません。これはきっと、マンションか大病院のエントランスでしょう。評者も昨日、病院のロビーで聖樹をみました。入院患者さんの願いがあまたの絵馬のように吊られ、まるで冬の七夕竹。電球やトナカイの角が光る聖樹の「蔭」を強調した切れが利いています。赤いサンタの代わりに地味な「守衛」が見守ってくれています。やさしいこころもちから生まれた句です。
 

○ 入選
 猟銃等講習会場泥長靴
               成松聡美

【恩田侑布子評】

東北地方を中心に全国で人間が熊に襲われる惨事が多発しています。その熊の駆除を目的とする猟銃講習会でしょう。一句は、下五の「泥長靴」の止めがものを言っています。人間と熊、人間と自然との太古からの戦いが、恰好も何もあったものではない、「泥長靴」に象徴されました。全漢字表記句は往々にして息苦しく固まったものになりがちですが、「泥長靴」がなまなましくリアルです。
 

○ 入選
 雪華積むフロントグラス小さき首都
               猪狩みき

【恩田侑布子評】

上五の「雪華積む」の措辞から、湿潤な日本のベタ雪とはおよそちがう、パウダースノーを思います。さらさらと微細なガラスか貝殻の粒子のような、妖精めいた雪の結晶でしょう。「フロントガラス」と呼ぶ車の前面を、もとの英語に近い「グラス」としたU音6音の控えめなリズムの中に、異国の落ち着いた首都で過ごしたひとときの愛惜が込められています。句会でエストニアのタリンとわかりました。
 

【後記】
 今年最後のZOOM句会。最後を飾るにふさわしく、スケールの大きな特選句が選ばれ、入選四句もそれぞれに作者の鋭い眼と温かい人柄が感じられるものでした。眩しいなあ。
 自分を振り返ると、選句眼の無さに恥じ入り、類想・類句に凹む一年。
 来年は、買っただけで満足していた句集を、じっくりゆっくり読んで勉強をしようと思います。来年の今頃、少しは成長したと思えるように。

 恩田先生、樸の皆さま今年一年ありがとうございました。
 新しい年が皆様にとって佳い年でありますように。
 (長倉尚世)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

別るるとうつくしく剥き冬林檎    恩田侑布子(写俳)
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12月14日 樸俳句会
兼題は冬夕焼、柊の花。
入選3句、原石賞2句を紹介します。
 

○ 入選
 凍星や掌にあたたむる聴診器
               小住英之

【恩田侑布子評】

夜間、患者さんの具合が悪くなると、当直医は病室に呼ばれてゆきます。長い廊下の窓に「凍星」がきらめき、思わず胸に提げた聴診器の先をてのひらで温めます。病んでいる人の肌を冷たさで驚かさないよう、温もりが伝わりますように。患者さんの苦しみを一刻も早く和らげ救ってあげたいという医師の真心が溢れます。仏陀の異名が大医王であったことをちょっと思い出しました。
 

○ 入選
 冬夕焼旅びと還す比叡山
               川崎拓音

【恩田侑布子評】

昼間の比叡山は参詣人で大賑わい。観光客に混じってあまたの伽藍を回っていると、冬の日は早くも傾き、冬夕焼が杉木立を透かします。作者は一人の旅人としての下山時、あたりの堂塔伽藍がにわかに森厳な佇まいに鎮まってゆく姿にハッとしました。山岳宗教このかた、天台教学といわれる仏教の総合大学となった千数百年の厳しい参学の歴史が夕闇に沈んでいきます。代々の修行僧に思いを馳せた緊張感ある調べが重厚です。
 

○ 入選
 柊の花こぼれ母七回忌
               岸裕之

【恩田侑布子評】

九十五歳の天寿をまっとうした母を、八十路の息子がしのんでいます。「柊の花」のひそやかさ、かぐわしさ。その花が最も似合うきよらかな冬青空。音もなくこぼれ落ちるミニチュア細工のような白い花に亡き母の面影が通います。生前の肉体のぬくもりが透明になってゆく「七回忌」という年忌に説得力があります。
 

【原石賞】父母のゐる今日のひの冬夕焼
              山本綾子

【恩田侑布子評・添削】

内容は素晴らしい。残念なのは表記の不自然さです。中七は最後の「日」だけを漢字にしましょう。そうすれば、この穏やかな冬の日のかけがえのなさが伝わります。老い衰えてはいるけれど、こうして親子三人で冬夕焼の窓辺に一緒にいられる幸せが胸に迫ります。

【添削例】父母のゐるけふの日の冬夕焼
 

【原石賞】老い母の愛おとろへず冬夕焼
              山本綾子

【恩田侑布子評・添削】

体が衰え記憶力が低下しても、自分を気遣ってくれる母の愛情は冬夕焼のようにしみじみとゆたか。内容がいいだけに、「老い母」という不自然な言葉が違和感を残します。正しくは、「老いし母」か「老母」、あるいは「母老いて」です。ただ、俳句は語法の正しさがすべてではありません。母娘の体じゅうから湧き上がる温もりを削ぐことがないよう、調べに熱い思いをこめ、「おいてはは」にしましょう。

【添削例】老いて母愛おとろへず冬夕焼
 

しゆぽつと起つ卵白の角冬籠  恩田侑布子(写俳)

10月26日 句会報告

2025年10月26日 樸句会報 【第156号】

 十月は五日と二十六日にZoom句会。
 五日の兼題は、「秋の川」「秋の湖」「秋の海」。六十句の中から入選一句、原石賞一句が選ばれた。後半は、芭蕉の『笈の小文』購読の第二回目。原稿用紙一枚ほどに芭蕉のエッセンスが詰まっているという冒頭が深く、すんなりと読み進められるものではない。「信じがたいほど濃厚な修辞と思想のアラベスク」の面白さを理解したい一心で、先生の熱のこもった解説を取りこぼさぬよう必死でメモをとる。芭蕉の荘子観、「もの」の理解はたやすくはないが、芭蕉の内心の格闘が読み取れて現代の私たちの心を打つ。
 二十六日の兼題は、「肌寒」「林檎」。この日は三島吟行の当初の予定が雨天で延期となり、急きょZoom句会開催となったためか、投句はやや少なめの五十三句。入選句はなかったものの、原石賞に三句が選ばれた。まず総評で、「凝視の足りなさ」の指摘を受ける。「直観把握」、「現実をグリップする」大切さ、俳句の原点と言えそうな点に立ち返らされた。「手垢のついていない発想」が求められる一方、季語は「おもやいのもの」であるから、「先人たちの営為をリスペクトし本意、本情を酌む」ことが必須という! かくして「動かない季語」で詠むというのが、まだ俳句歴半年経つか経たぬ自分のような初心者にとって、登山道の入り口の道標に刻みたいところ。後半は、今後の予定について民主的ディスカッションで時間も押した中、先生の『笈の小文』の惜しみない解説とおさらいがとても有難かった。
 

一休の「諸悪莫作」や秋の潮    恩田侑布子(写俳)
 
 10月5日の入選1句、原石賞1句、その他評価の高かった句を紹介します。
 

○ 入選
 露の世の薬局あかりジムあかり
               古田秀

【恩田侑布子評】

「露の世」で始まる俳句といえば、一茶が幼い娘の死を悼んだ〈露の世は露の世ながらさりながら〉があまりにも有名です。一転してこの句は、現代の都会生活の夜を名詞句だけを並べ、情的にスッキリ乾いた表現にしています。とっぷりと暮れた街路に、青白い薬局のあかりとジムのあかりだけが煌々と灯っていることだよとうたいます。薬漬けの長い老年期と、そうならないようジムに通う中高年層と。対比のようで、半分は重なり溶け合っていることでしょう。並列された二つの建物に深みもあり、世俗のおかしみもあります。日本の現在の超高齢社会の実相が照らされています。
 

【原石賞】病室に月ありあまる鎖骨かな
              小住英之

【恩田侑布子評・添削】

入院されているのでしょう。自句ととれなくもないですが、自分の鎖骨は鏡に映さなければ見えませんから、見舞い、あるいは看護している家族の方でしょう。句会になって、作者がニューヨーク在中の医師とわかりました。痩せ衰えた鎖骨と「月ありあまる」の措辞の取り合わせが出色です。肉付き豊かな姿を知るがゆえのいたわしさに、月光が澄みわたります。語順だけが惜しまれます。「鎖骨かな」という硬い響きが座五に置かれると月光が折れてしまうようです。せっかくの素晴らしい中七の措辞を生かして、結句で余白をひろげましょう。

【添削例】病室の鎖骨に月のありあまり

 

【その他に評価の高かった句は次の四句です。】
 
 鳥の名を釣り人に問ふ秋の海
              岸裕之
 なほ続く無人集落うろこ雲
              活洲みな子
 冷やかや鏡の国として都心
              古田秀
 対岸も淋しき国ぞ秋の海
              小松浩
 

【後記】
 フランスに二十五年暮らす身で作句してみたくなったのは、単なる母語恋しさではない。大人になって移り住んだ国の言葉の獲得も完全ではないので、日本語と外国語のはざまで暮らす私なりの感覚や揺らぐ記憶をことばにのせて人と共有してみたいと思った。もしかすると、「私は = 仏語一人称 « Je » 」で我中心に定義することにやや疲れているのかもしれない。俳句によってものに託す、ものと一体化する、無限のつながりを求めているのかもしれない。
 「心は新しく、ことばは古きものを使う」
 作句では意識的にパソコンを離れ、紙に鉛筆で縦書きするのが新鮮だ。ひらがなで書くことで解きひらかれ、旧仮名遣いでたおやかさが加わり、漢字の硬質さが特有のリズムや視覚効果を生む。塑像の自在さに石の彫刻を混ぜたような遊びを子供のように楽しんでいる。
 嬉しいことに、離れた母国のある種の世相(忖度?KY?)への憂慮が、樸句会の参加によって見事に覆された。独断で選んだ句の拙い擁護も、選ばなかった句に対する自分なりの否定意見も、それが適っていても独りよがりでも、各者の人生が透けて見え、温かに受け止めてくれる土壌が樸俳句会にはある。解釈が浅くても、先人と共有される美意識を取り違えても、発言後恥ずかしながら素直に認められる。対する先生の率直な辛口評も実に軽やか、ドラマチックな解釈で句を高みに導く鮮やかな評も刺激的で、この座の面白さは体験した人にしか分からないだろう。だから時差も厭わず、毎回うきうき句会に臨んでいる。
 (佐藤麻里子)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

手を触れて水の切れ味紅葉川    恩田侑布子(写俳)
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10月26日の原石賞3句、その他評価の高かった句を紹介します。
 

【原石賞】赤りんご青空見つめ八十年
              岸裕之

【恩田侑布子評・添削】

敗戦の焼け野原に流れていたのは「りんごの唄」。「赤いリンゴにくちびる寄せて/だまって見ている青い空」とうたう並木路子の明るい声だったと、よく両親が言っていました。作者は四歳で終戦を迎え、それから高度経済成長期へ突き進む日本も、ここ三十年の停滞する日本も、戦後八十年の歩みをずうっと見てきました。原句は上五の「赤」と中七の「青」の対比が目立ちすぎるので、抑えましょう。さらに「青空」と「八十年」だけを漢字に、あとはひらがなにひらくと、愛誦性に富んだ平易にして深い句になります。

【添削例】りんごりんご青空みつめ八十年

 

【原石賞】人は人を忘れて芒原を歩む
              川崎拓音

【恩田侑布子評・添削】

発想が非凡です。自分がすすき野をゆく時は、人のこの世を忘れてしまうけれど、それは己だけではない。誰しもがこの一面のすすき原の道なき道をゆくときは茫然として人を忘れてしまうのだ。このせっかくのすぐれた内容が原句では助詞がごちゃごちゃして未整理のため、ギクシャクと落ち着きません。二つの無駄な「を」をとり、季語を座五に据え替えるだけで句が安定し、「芒原」が茫茫たる広がりを見せるようになります。

【添削例】人はひとわすれてあゆむ芒原

 

【原石賞】乱気流の中掌中の林檎の香
              海野二美

【恩田侑布子評・添削】

飛行機が乱気流のスポットに飲み込まれ、機体が揺すぶられてしまうときは、まさかとは思いつつも恐怖感に襲われます。そのたまゆらの不安な心情と、紅い林檎を掌にして祈る姿が印象的です。原句で気になるのは「の中」「中の」の重複感です。また、乱気流のさなかにしてはリズムが落ち着き払っています。上五でしっかり飛行機に乗っていることを示し、漢字表記で危機感を視覚的にも表しましょう。そのぶん、下五はやさしいかわいいひらがなにして、地上の健やかな果実に生還の祈りを託しましょう。

【添削例】飛機乱気流掌中のりんごの香

 
【ほかにも次のすぐれた二句が発表されました。】
前者はラフな博士のいきいきとした仕草。後者は「露」という日本情緒の十八番の季語を使った和洋混淆の新しみが出色。
「林檎」の作者はニューヨーク在住の医学研究者。「露」の作者は旬日前に訪れたアイルランドはダブリン市街での詠草ということです。
 

 ジーンズに林檎を磨く博士かな
              小住英之
 露ふるふ大聖堂の鐘の音
              見原万智子
 

わが恋は芒のほかに告げざりし  恩田侑布子(写俳)

3月9日 句会報告

2025年3月9日 樸句会報 【第150号】

 3月最初の句会、今治西高校2年の野村颯万さんが参加して下さった。第27回神奈川大学全国高校生俳句大賞・恩田侑布子賞受賞の高校生である。
 YouTubeで、受賞句「早梅や連綿線の長き脈」を確認。素晴らしいと思った。書道技法講座『関戸本古今集 伝藤原行成』を改めて開いて確認する。長き脈を一気に引いた後、まるで梅を咲かせる如くゆっくりひらがなを咲かす。しかも早梅である。恩田先生が「早梅が動かない」と仰ったことに完全に同意。「梅」だけでも絵が浮かぶが、「早梅」とすることで、筆の動きと馥郁とした香りまで漂ってくる。脈から思い通りに文字を咲かせた時の喜び、満足感まで共感する。『関戸本』を習う時、野村さんの俳句を思い出すだろう。
 今日の句会はあと3時間ぐらい欲しいと思ったほど。野村さんに感謝したい。句会に出した野村さんの俳句は、恩田先生の特選、そして最高得点句であった。

3月9日の兼題は「春の水」、「囀」。
特選2句、入選2句、原石賞1句を紹介します。

 

閃きはつばめの腹にこそあらめ    恩田侑布子(写俳)
 

◎ 特選
春水のつぶれぬやうに墨を磨る
             野村颯(そう)万(ま)

特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「春の水」をご覧ください。

クリックしてください
 

◎ 特選
パレットへ囀りの色溶きにけり
             益田隆久

特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「囀」をご覧ください。

クリックしてください
 

○ 入選
 囀りや石窯で焼く手ごねパン
               岸裕之

【恩田侑布子評】

パンを「石窯で焼く」とは本格的。しかもパン練り機ではなく「手ごね」とは。
「囀りや」の切れから、木立ちの豊かなイタリア地方都市の朝が、映画のように浮かんできます。いかにも美味しそうです。
 

○ 入選
 水茎のあの人らしさ花なづな
               益田隆久

【恩田侑布子評】

「花なづな」の白い小さな花から、手紙なのか一筆箋なのか、恥ずかしげなやさしい初々しい筆跡が目に浮かびます。作者が好ましく思っていることも伝わってきます。「あの人らしさ」なので、まだそんなに間柄が深くなさそうなことも。花言葉は「あなたにわたしのすべてを捧げます」。作者の弁から、恋とは違う大切な旧友とわかりました。こんな同級生がおられるのは幸せです。
 

【原石賞】海賊の連歌一巻花月夜
              野村颯万

【恩田侑布子評・添削】

勇壮な春の俳句です。中世には長連歌が流行りました。これはその二条良基の周辺で活躍した連歌師たちの高尚な連歌ではありません。「海賊の」といいます。そこが俳諧精神躍如たるところ。ただし、俳句という詩の表現を完成させるにはたんに意味だけでなく、言葉それ自体の質感が大切になります。「海賊」の措辞はバイキングを思わせやや乱暴で内容にそぐわないように思います。村上水軍や九鬼水軍が活躍した時代を彷彿させましょう。上五の質感を変えるだけで、さらに格調高い大柄句になります。

【添削例】水軍の連歌一巻花月夜
 

【後記】
 巻尺を伸ばしてゆけば源五郎  ( 波多野爽波 『骰子』)

 巻尺は、自分の価値観、そして表現すべき言葉。自分の巻尺には限界があり、自在に動き回る源五郎には届かない。初めて樸俳句会に出た頃、古田秀さんの俳句の良さがほとんどわからなかった。つまり、私の巻尺では届かない俳句に出会った。それが、自在に動き回る源五郎であろう。
 自分の価値観、手持ちの言葉を超える俳句に句会で出会い、衝撃を受ける。恩田先生から、何十回とダメ出しをもらう。そのような、殴られるような経験を句会で積み重ねることで、自分の巻尺の可動範囲が拡がってゆく。一人でやっていたら、やがて言葉が枯渇する。
 本を100冊読む以上に句会で鍛えられる方が、枯渇した言葉がまた充填される。これが、句会でしか経験出来ない醍醐味である。
 (益田隆久)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

野遊びのつひに没日の海へかな    恩田侑布子(写俳)
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3月23日 樸俳句会
兼題は龍天に登る、たらの芽。
入選1句、原石賞4句を紹介します。

○ 入選
 春の暮真子の煮つけは反り返る
               成松聡美

【恩田侑布子評】

真子は魚の卵巣で腹子ともいいます。ちなみに白子は雄の魚の腹にある精巣。たしかに卵塊は、包んでいる薄皮と収縮率がちがうせいか、煮ると反り返ったり破れたりします。これは鋭い着眼です。反り返って破れた袋から無数の魚卵の粒がはみ出す様まで想像させ、春の夕暮にふさわしい気怠い懊悩までも感じさせます。
 

【原石賞】龍天の涙壺より溢るるか
              小松浩

【恩田侑布子評・添削】

「龍天に」までいえば季語になりますが、「龍天の」では季語になりません。ただ独特な発想が斬新です。「涙壺」から龍が飛び立つというふうにはっきりと表現すると、現代の戦乱の絶えない世界を象徴するみごとな現代俳句になります。

【添削例】涙壺より龍天に登りけり
 

【原石賞】多羅の芽の眼下鵜(う)山(やま)の七(なな)曲(まが)り
              活洲みな子

【恩田侑布子評・添削】

近景の春の山菜と、中景から遠景へ伸び広がる景色の対比が効いています。大井川の蛇行のさまを一望する雄大な景勝地「鵜(う)山(やま)の七(なな)曲(まが)り」の地名をよく生かし切った句です。漢字がごちゃごちゃしているので季語はひらきましょう。「眼下」の措辞よりも身体感覚に響く「足下」を持ってくると、川底に向かう斜面から俯瞰した奥行きも出ます。

【添削例】たらの芽の足下鵜(う)山(やま)の七(なな)曲(まが)り
 

【原石賞】龍天に昇り昼夜は真半分
              坂井則之

【恩田侑布子評・添削】

発想がユニーク。着眼の独自性に感心します。が、それを十分に生かしきれていないのが残念です。原句のままでは「龍天に昇り昼間と夜間がちょうど真半分になった」と、春分の時候の説明臭が残ります。俳句には謎が必要です。次のようにすれば、いま現在の酷い世界の闇の部分まで浮き上がりましょう。

【添削例】龍天に昇る昼夜を真つ二つ
 

【原石賞】龍天に登る柏槇の突兀
              益田隆久

【恩田侑布子評・添削】

柏槇は寿命の長い常緑針葉高木です。沼津の大(お)瀬(せ)崎(ざき)の柏槇樹林は樹齢千年ともいわれる国の天然記念物で、鎌倉には建長寺、円覚寺、浄智寺など、柏槇の大樹のある寺が多いです。中国では真柏(しんぱく)と呼ばれ、山東省曲阜市の孔子廟を訪ねた時にも、真柏が亭々と天に聳えていました。「突兀」の措辞によって、ねじれ曲がる複雑な樹肌が彷彿とします。その天へ伸び上がる大樹の勢いを活かし、「龍天に」で言い納めると大柄句になります。

【添削例】柏槇の突兀として龍天に
 

閼伽水にうかぶ白蛾や春の昼    恩田侑布子(写俳)

2月23日 句会報告

2025年2月23日 樸句会報 【第149号】

 2月2回目の句会23日は、最長の寒波が日本列島を覆い、日本海側、北日本の屋根の雪おろし、めったに雪の降らない九州でも雪掻きをしている様子が、テレビに映し出されている。普段暖かい静岡でも北風が吹き寒い。
  しかし私たちは、zoomというありがたいシステムがあるおかげで、北風の吹く中暖かい部屋で句会を開くことができるのです。
  兼題は「春光」「辛夷」です。特選1句、入選2句、原石賞3句を紹介します。

 

雪解野や胸板は風鳴るところ    恩田侑布子(写俳)
 

◎ 特選
暮れてなほ弾む句会や花こぶし
             益田隆久

特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「辛夷」をご覧ください。

クリックしてください
 

○ 入選
 見はるかす白馬三山花こぶし
               岸裕之

【恩田侑布子評】

名峰白馬岳は・杓子岳・白馬槍ヶ岳へと尾根を縦走する登山者も多く、白馬三山と総称されます。三〇〇〇メーロルに迫る北アルプスの高峰で高山植物の宝庫です。途中には大雪渓があったり、山頂からは日本海が見えたり、白馬槍には徒歩のみで行ける温泉があったり、登山家の聖地です。作者はかつて白馬三山を踏破したことがあったかもしれません。あるいは私のように、永遠の憧れの高嶺なのかも。とまれ、清らかなこぶしの花越しに望む、その名もうるわしい白馬三山の雄峰は早春の絶景です。「見はるかす」の措辞が盤石。
 

○ 入選
 青空に挑むじやんけん花こぶし
               活洲みな子

【恩田侑布子評】

肌寒い早春の青空に向かって、真っ白いこぶしの花がじやんけんを挑んでいるよ。グーもパーもチョキもあるよ。こぶしの花に向かう童心が躍っています。いや、ほとんど花こぶしの気持ちになりきっているといっていいでしょう。作者の周りはこれからきっと、明るい気持ちの良い日々になるに違いありません。
 

【原石賞】こぶし咲く「れ」の字空へと散りばめて
              長倉尚世

【恩田侑布子評・添削】

写生眼が素晴らしいです。そういわれてみればたしかにこぶしの花が「れ」の字に見えてきます。句の弱点は中七にある「へと」。ここで急に説明臭くなってしまいます。一字を入れ替えるだけで、にわかに句の景色が明るくなりませんか。余談ですが、子どもに白木蓮とこぶしの花の見分け方を聞かれたら「れの字に見えるほうがこぶしの花で、見えないのが白木蓮だよ」と、自信を」もって教えてあげられそうです。

【添削例】こぶし咲く「れ」の字を空へ散りばめて
 

【原石賞】踏まれるも下萌の香の高くあり
              益田隆久

【恩田侑布子評・添削】

春先に萌え出たばかりの下草を踏んでゆきます。そのとき、目には留まらないが、独特の香りをもつものがあるなあと、素直に思ったのです。目のつけどころが素晴らしい俳句です。これは、発想の契機とも、俳句のグリップ力ともいう、一句の根をなす作者の心位であり、教えて教えられるものではありません。各人が精神を涵養しなければ把握できないものです。あとは、句作の最終段階である表現の問題になります。たった二字を変えるだけで格調の高い素晴らしい俳句として完成します。

【添削例】踏まれたる下萌の香の高くあり
 

【原石賞】春光を睨み返さむ天井絵
              岸裕之

【恩田侑布子評・添削】

面白い句ですが、肝心の主体が抜けています。作者自身には「龍」が睨んでいることが自明なのでしょうが、読者はそうはいきません。八方睨みの龍の絵は京都の天龍寺や妙心寺や、枚挙にいとまないですが、変わったところでは北斎晩年の、小布施の祭屋台天井絵もあります。しっかりと「龍」の主体を打ち出し、「睨むや」と切字で余白を大きくしましょう。春光に今にも龍が躍り出しそうになりませんか。

【添削例】春光を睨むや龍の天井絵
 

【後記】
 今回もいろいろな意見、疑問、質問がとびかい白熱した句会となりました。
  その中で、兼題の「辛夷」の句に、「辛夷は咲いていない。実物を見ていない。それは机上の句ではないか。それでもいいのか。」というような質問が出された。確かに私もあちこち辛夷を探したのですが、咲いていなかった。
それに対して先生は「過去もふくんだ今を一句の中にとけあわせる」とおっしゃった。ふむ。ふむ。
  森澄雄の句に、「ぼうたんの百のゆるるは湯のやうに」がある。牡丹はあらかた散っていたという。
「(略)見てないから、牡丹がみえて、そのふくらみまで見えてくるんでしようね」と澄雄は言っている。( 『新版現代俳句下』山本健吉著、1990年 角川)
  この句を句会の最中に思い出しました。
  句会は句作のヒントがたくさん。まだまだヒントがあったように思いますが、まずは今回の先生の講評を読み句会を振り返ってみようと思います。
 (前島裕子)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

死にかはり逢ふ白梅の日と翳と    恩田侑布子(写俳)
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2月9日 樸俳句会
兼題は猫の恋、ヒヤシンスでした。
入選3句、原石賞1句を紹介します。

○ 入選
 吾の術日母には告げず風信子
               活洲みな子

【恩田侑布子評】

手術を控えた身はなにかと不安なもの。子ども時代ならば両親がすべて心配してくれ甘えられたのに、いまは立場が逆。老いた母をこちらが心配する番です。といっても、母親に五体満足で産み育ててもらった身体に、初めてメスが入ることを本当は打ち明けたいのです。昔のように母からひとことでいいから慰め励まされたい。とまどい疼く思いが風信子のうすむらさきの春光に揺らいでいます。
 

○ 入選
 ヒヤシンス手付かずの明日ありし窓
                益田隆久

【恩田侑布子評】

小学校三年生でしたか。「水耕栽培」を習った驚きはいまも新鮮です。げんげもチューリップもマーガレットも、花はみな土の上に咲くと信じていましたから。教室の大きな窓際にクラスメイトの名札をつけたヒヤシンスのガラス瓶がずらあっと並んだ日。ほんとに咲くかしら、どんな色かしらと友だちと想像し合ったよろこび。そこにはみんなに平等な「手付かずの明日」がたしかにありました。「明日ありし窓」と過去の記憶なのに、「ヒヤシンス手付かずの」という上半句によって、触れ得ぬみずみずしい未来が、水中を透過する光の感触とともに伝わってきます。
 

○ 入選
 立春や逆さ葵の菓子を買ふ
               長倉尚世

【恩田侑布子評】

徳川家康の御紋章は三つ葉葵ですが、東照宮の拝殿垂木には逆さ葵がわざわざ金泥で描かれています。ネット上では「建物をわざと未完成にするため」で、仏教思想由来と説明されますが、本来は老荘思想でしょう。先日、イチローが殿堂入りした折に、満票でなく一票欠けたことを、「さらに努力し続けるのが好きだから嬉しい」とコメントした立派な人柄も思い合わされます。『老子第四十一章』には「上徳は谷の如く、大白は辱(はじ)の如く、廣徳は足らざるが如し」があり、「大器晩成」という四字熟語につながってゆきます。『荘子』斉物論にも「其の成るや毀(こわ)るるなり」の言葉があります。家康は幼少期に臨済寺で漢籍の素養を深く積んだ人でした。
 

【原石賞】ヒヤシンス登校しない子の鉢も
              見原万智子

【恩田侑布子評・添削】

クラス全員に一株ずつヒヤシンスの球根が与えられ、育てています。「不登校」でなく「登校しない子」とやさしくいったことで、どうしてだろう、病気で入院しているのかしら、不登校なのかしらと、いろんな想像がふくらみます。「鉢も」だと土植えですが、「瓶も」とすれば、音韻に春の寒さが加わり、ヒヤシンスの繊い根がガラスの水底へ伸びてゆく姿も浮かび、顔の見えない子を思いやる淋しさが余韻となって残ります。

【添削例】ヒヤシンス登校しない子の瓶も
 

夜の梅さかさ睫毛を抜かれつつ    恩田侑布子(写俳)

2024 樸・珠玉作品集

2024 樸・珠玉作品集 (入会日順)

ひらかれてあり初富士のまそかがみ 恩田侑布子(写俳)
- 巻頭言 -
 昭和百年の年頭に、樸の一年間の成果をお披露目できる幸せを思います。作品を発表してくださるのは、月二回の歯に衣きせない拙評に耐えて作品を磨いてこられたかけがえのない俳句の同士です。今回初めて、お一人お一人の熱意にお応えすべく、個人評をお書きしました。俳句の百態の持ち味をお楽しみいただければ幸いです。樸は三十三観音の会を目指しています。俳句と鑑賞に共感してくださる方がいらしたら、どうぞいつでもお仲間になってください。初心者を歓迎いたします。
樸代表 恩田侑布子
海野⼆美

  遠足の上級生の手の湿り

  異常気象をエネルギーにか百日紅

  釈迦守るごと沙羅の実のとんがりぬ

地球で逢えました!
 私が触れた恩⽥先⽣の最初の俳句は
   柳絮とぶ地球でお逢ひしましたね
でした。何と句柄の⼤きなおおらかな俳句かと感動したことを覚えています。しかし恩⽥侑布⼦という俳⼈の奥深さは、知れば知るほど深淵で幅広く、よくも素晴らしい⽂学者を師に持ったものと我が⾝の幸運を思わずにはいられません。などと思っているとは思えないほど、普段はずけずけとため⼝をきいてはいますが・・(笑)
 私は句集を出すことも、投稿して腕試しをする気も全くありせんが、俳句は⼤好きです。今回の被災での⾟い⽇々も、どれだけ俳句に⽀えられたか分かりません。これからも⾃分なりの⾃分らしい俳句を詠み続けて⾏こうと思っています。

吟行の女王
 海野二美さんは吟行になると水を得た魚のようにイキイキした俳句を詠まれる。素直さと伸びやかさが大空の下で解放されるらしい。静岡市の古刹洞慶院の秋の会で「沙羅の実」の姿を〈釈迦守るごと〉と即吟されたのには驚いた。そのしなやかな俳句眼は、隣家からの類焼という災難に見舞われても、心折れず着実に乗り越える力を彼女に与えた。
 拙句「柳絮とぶ地球でお逢ひしましたね」を愛誦していてくれたことを初めて知った。まさに心友である。
恩田侑布子
芹沢雄太郎

  ソーダ水越しに種馬あらはるる

  サンダルを履かずサンダル売り歩く

  鍋に塩振つてガンジー誕生日

時間がかかる俳句/時間をかける俳句
私にとっての俳句は、自己の心の中も含めた、「今・ここ」で起こっていることを掬い取る行為だと考えています。
たしかに掬い取る行為そのものは一瞬で出来るはずなのですが、私が掬い取る行為へと至るまでには、随分と時間がかかります。
来年からは「時間がかかる俳句」の魅力も忘れることなく、「時間をかける俳句」へとシフトし、俳句によって耕せる時間をより豊かにしていきたいです。

インドで拓く俳句の新天地
 学生時代から多様な民族の建築に魅せられ、世界を放浪し視野を拡げてきた芹沢雄太郎さんの膂力に瞠目し続けている。彼がご家族五人で御殿場を出郷し、三十代半ばで東京を本社にもつ建設大手に再就職し、インドの大都市で巨大プロジェクトの現場監督を任されるまでを樸代表として身近に見聞きしてこられた幸せを思う。盆暮れもない責任重大な仕事をこなしながら投句を欠かさない胆力にも脱帽している。昨夏久々に帰国した北海道で得た、〈ソーダ水越しに種馬あらはるる〉の一句には驚倒させられた。インドの大地のあざやかな色彩と力動感がはやくも俳人雄太郎の骨肉と化している。句柄の勁さ大きさは、この世代で一頭地を抜く。本邦初のインド句集の誕生を首を長くして待っている。
恩田侑布子
猪狩みき

  姉妹してイソギンチャクをつぼまする

  高原の蜻蛉われらの在らぬごと

  わからなさ抱へ続けて春夜かな

抱えつづけるものは?
 本を読むのは⼩さいときから好きだったが、いつからか⽂芸は⾃分に向かないものと感じるようになっていた。恩⽥先⽣の『余⽩の祭』を読んで、なぜか俳句をやってみようと思い⽴って今⽇に⾄る。詩⼼とは? 季語の持つ⼒は? ⾃分の作りたい俳句とは?・・・いろいろなことが⾃分の中でだんだん曖昧になり,その曖昧さが今までになく増した今年だった。その曖昧さを解消することに向かうエネルギーを来年はもちたいと思う。簡単にわかったと思うことは避けながら。

大きな視座を持つ
 福島浜通りにふるさとを持つ猪狩みきさんは、教育畑で世界を股にかけて青少年を育成された大変な読書家でもある。したがって投句作品は、予想をいい意味で裏切ってくれる。ええっ、この句の作者なの、とよく驚かされるのである。〈イソギンチャクをつぼまする〉姉妹の句には少女時代の豊饒な自然体験が噴き出し、生のエロスの領域にも新たに踏み出そうとしていて、今後が頼もしい。
恩田侑布子
林 彰

  狼の交はす遠吠え共和国

  空中停止(ホバリング)八丁蜻蛉千里眼

  フェラーリと競ふdB(デシベル)セミの声

奇想の俳⼈を⽬指して
今年の作品で、敢えて、評価されなかった3句です。
「狼」は、かつて4年を過ごした、北⽶の合衆国の昨今を詠んだもの、南⻄部では、よくコヨーテをみかけました。
他の2句は、対象の⼤⼩のギャップを詠んだものです。

名古屋の羅漢さん
 どんな俳句を作られるかも予想がつかないし、林さんからどんな反応が来るかも予想がつかない。短パンにTシャツで新幹線に乗って来られる飄々とした方。私としては行雲流水の白雲を見上げるここちだ。精神科医であるだけに、人のこころの諸相に対して柔軟なのだろう。それはご自身のこころに対しても。だから、句幅が広い。そのユニークな句境を一冊の本にまとめられるまで伴走させて頂くのが楽しみである。
恩田侑布子
見原万智子

  節くれた祖父の手に入る夕螢

  ソーダ水いつか会へると思ふ嘘

  穭田の真中の墓やははの里

さびしいのがお好き
 汚家(おうち)になる前にと始めた書類整理が、かなりキツい。封印していた過去は実績とは言い難いものばかり。何ひとつ成し遂げないで歳をとった……そもそも何をするために生まれてきたんだっけ?
 投句の締切りが迫ってきた。いまの気分を文字にしても、誰が読みたい? ん? 始めに読み手ありきは、おかしいな。いや、俳句は読んでもらって完成する。せめて「あかるさびしく」作れないか…そう、作る。
 あ!「何をするために生まれてきたのか?」じゃなくて、「いまどう生きたいのか?」なのか!

心優しく、頼り甲斐大の妹
 見原万智子さんは、樸編集委員の屋台骨をずっと担ってきてくださった。その前には拙著『渾沌の恋人』と『星を見る人』のおうち校正の、三人寄れば文殊の知恵でいらした(坂井さんと島田さんも)。高校の後輩ということもあり、ついついご厚意に甘えてしまう。あまりにも正直でうそがないから安心していい気になる。私は悪い先輩だ。心の清らかな人の常で、自慢我慢の煩悩がない。でも、自分の俳句に自信を持つのは善法欲の一つと思う。本年の収穫三句も万人の胸に響く普遍性がある。〈夕螢〉が〈節くれた祖父の手に入る〉のを静かに見届ける眼差しはしみじみと優しい。どの句にも万智子さんの人間性の証明がある。文は人なり。俳句もまた。卑下されず、自信さえお持ちになれば本格俳人として大成する資質を備えている。
恩田侑布子
 
島田 淳

少年時代との対話
 昨年は句会参加どころか後半は投句もままならなかった。平日は朝から夜まで仕事。日曜日は家人と一緒にイベントに出店。毎日チャンバラに明け暮れているようなものである。これでは季節を感じるどころの話ではない。ところで、過去に恩田先生に取っていただいた愚句を思い返すと、少年時代の経験に想を得たものが少なくない。これは、その当時が多感な年齢だったという理由だけではないように思っている。それに加えて、時間の経過と人生経験の蓄積により、自分の当時の喜怒哀楽が他者のそれと響き合うように熟成されたからではないだろうか。恩田先生の著書の言葉を借りれば「全人的な『垂鉛』の深みからゆらぎ出ることばは、意味以前の共通の地下水脈で万人につながろうとする」(『星を見る人』四十頁)。故郷・静岡に向かう新幹線の車窓は目まぐるしく景色を変える。しかし、遠く見る富士山はその姿を変えず、人々に様々な感興を呼び起こす。自分の少年時代と対話し、自分の心の奥底に測深器を真っすぐ垂らす事は、自分の中の富士山を見つめる事なのかも知れない。目の前の現象の散文的な「意味」に拘泥せず、俳句を通じて「共通の地下水脈」を探り当てられるよう精進したい。

 
前島裕子

  雪解しづく青邨句集繙けり

         澤瀉屋   
  千回の宙乗りの果て春夕焼

  帰りぎは「またきて」と母白木槿

吟行句会
 zoom 中心の句会になって久しい樸句会、年四回リアル句会が行われる。その内の二回は吟行句会で、今春は東京に出かけ浅草から隅田川を下り浜離宮へ、そして新橋で親睦会。
秋は静岡の洞慶院と杓子庵で行われました。
 画面での仲間とリアルにおしゃべりしながらの、吟行句会は楽しく新鮮でした。次回の吟行句会はどこなのか。外へでるのも楽しいのですが、みなさんにお会いできるのがいいのです。

仁の俳句は孝行から
 岩手県の長寿のご両親のもとに毎月新幹線で通われ、何くれと孝養を尽くしてこられた。その姿と俳句に接し、人倫の基本は親孝行にあることを教えていただいた。百歳近い円かなご両親との長い縁は、わが境遇とは反対だが、前島裕子さんの俳句によって心温まる擬似体験をさせてもらい不思議に癒されている。いい俳句は羨望という低い感情を引き起こさず、成り代わりあう安らぎを与えてくれる。雪国で長じた方の感性の清らかさは〈雪解しづく〉にも凛と応える。歌舞伎にも詳しく、季語の斡旋が盤石。これは地に足がついた俳人格である。
恩田侑布子
金森三夢

  獅子舞に灘の菰樽嚙ませけり

  立葵スカイツリーと背比べ

  うぐいすもち都々逸唸り頬ばりぬ

世界地図⼀筆書きし雪の富⼠
 昨年の夏に癌の⼿術をしました。術後の経過は順調です。そんなこともあり、⾏けるうちにと、三か⽉半で⾚道を四回巡るという冥途の⼟産クルーズに出かけ、何とか無事帰還しました。
 出発前は海外詠にチャレンジと⼤⾵呂敷を広げておりましたが、短期間で季節が夏、春、夏、春、夏、秋、冬、秋、夏そして冬と⽬まぐるしく不規則変化したため、季節感覚が⾒事にぶっ壊れました。今年も半年しか句会に参加しておりません。連衆各位の珠⽟作品集の⽟に傷のような句で⼤変恐縮ですが、末席を汚します。

情に厚くて料理上手
 静岡高校四年先輩の⾦森三夢さんはとにかく面倒見のいい親切な方。昭和生まれの静岡市民なら知らぬ人のない「美濃屋」本店のご子息。若い頃から文学を愛好され、はやばやと生前葬で散文集も配られた。この分でいくと、お元気に第二の生前葬では第一句集を配られるはず。〈スカイツリーと背⽐べ〉する立葵のけなげさは三夢さんの目に掬いとられたもの。「男はつらいよ」に何十回何百回も親しまれ、俳句にもどこか寅さんの温もりが感じられる。
恩田侑布子
古田秀

  街棄つるやうに遠足出発す

  ぼうたんや達磨大師の上睨み

  ギターの音川面に溶けて爆心地

美術館
 俳句を始めて美術館に行くことが多くなった。今年のベストは東京都現代美術館で開催された「日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション」。作品を通して感じられる思想の熱量や創作にかけた時間において、質・量ともに圧倒された。転職して生活はよりハードになりそうだが、来年も展覧会や旅行にでかけたい。他者の精神と出会うことの感動をもっと掘り下げていきたい。

ドラマチックな充実の年
 古田秀さんが樸に入ってこられた初対面の情景はいまもまぶたにくっきりと刻まれている。スマートな切れ味鋭い秀才の面持ちに、なにか尋常ならざるものを感じた。それが、まだ四年足らずで現実のものとなり、驚くほかない。わずか一年半目に、文學の森の「北斗賞」准賞をものしたと思ったら、翌年は全国俳誌協会第4回新人賞を射止め、昨冬には「俳壇賞」候補作で、すごいと喜んでいたら、年末にはなんと、「北斗賞」正賞の吉報に接した。打てばひびく感能力の上に大変な努力家でもある。創薬研究職の多忙にありながら、樸句会は皆勤賞といっていい。知的でソリッドな句が得意だったが、ここへ来て〈ぼうたんや達磨大師の上睨み〉のような大人の風格のある句もできるようになった。長足の進歩に、益々将来の俳壇を担う期待大である。
恩田侑布子
益田隆久

  滴りや月は地球のひとりつこ

  鬼の子へ背中どちらと風の問ふ

  マリンバの着信音や水澄めり

毎日の定点観測
 12 月 20 日午前 6 時 48 分。
石廊崎の先端から日の出。新島と神津島がくっきり。海上に雲一つ無い朝は 365 日、1 日あるか無いか。
365 日欠かさずこの場所、時間にいるからこそ出会える瞬間。
蓮華寺池公園古墳 28 基の丘。標高 110 メートル。
暁を見ながらのラジオ体操。一緒に平日は 7 人。土日は 14 人。
名前は知らなくとも皆友達のような感覚がある。
毎日同じ人に同じ時刻に坂道ですれ違う。挨拶を交わしつつ。
山だからだろうか。この連帯感。人だけで無く、木々、鳥、虫にも。
 草々の呼びかはしつつ枯れてゆく  相生垣瓜人
 頂上や殊に野菊の吹かれ居り      原 石鼎
 恋ともちがふ紅葉の岸をともにして  飯島晴子

不思議な持ち味の俳句
 温和な人柄に鋭い感受性を潜め、半分とはいわないが、四ぶんの一くらいは仙人である。岩や草の〈滴り〉の小さな雫から、一足飛びに〈地球のひとりつこ〉としての〈月〉を思うとは常人ではない。時々、この人には自然に幻視の瞬間も訪れるのであろう。蓑虫が 本当に小さな〈鬼の子〉に思われてくる。益田隆久さんの句の不思議な持ち味は、朝なさな若王子古墳群の地霊を吸収するところにもたらされていることを知った。長い時間のスパンを視野に俳句鑑賞や評論にも、今年は挑戦を始めていただきたい。
恩田侑布子
 

のし餅やしなり据ゑたる柾の板 恩田侑布子(写俳)
活洲みな⼦

  千百段昇りきりたる淑気かな

  獅子舞に噛まれしと児のよく喋る

  もういいかい風船一つ残されて

季語の世界
 私は季語が好きなのかも…しれない。暖かな部屋で、カフェオレなんか飲みながら⼤歳時記をひもとく時間は⾄福だ。辞書のような解説や古典の説明が多い中、読み物のように季語の世界が広がる⽂章の解説者もいる。だから、[飯⽥⿓太][⼭⽥みづえ]などの名前に出合うと、そこから句を作りたいなあと思う。
 令和6年も樸で素敵な季語の世界を楽しませてもらった。その中で最新のお気に⼊りは、
師の「月光のうらがへしても⿊き髪」。 ⾊っぽいもの。

あらきの姉
 活洲みな子さんは誰からも信望の篤い方。そのゆたかな人間性にわたしも人一倍信を置いている。長年、教育者として培われてこられた慈愛が、定年後の今、地域での弛みない福祉活動とともに、俳句にも向いておられることは誠に頼もしい。昨年『俳壇』に、樸を代表して七句を発表された。〈獅⼦舞に噛まれ〉て興奮している童心の清らかさはそのままみな子さんの笑顔を思わせ楽しくなる。静岡の人らしい謙遜家でおいでだが、対外的にもどしどしご活躍いただきたい。
恩田侑布子
小松 浩

  鯛焼のしつぽの温みほどの恋

  象徴といふ五体あり建国日

  帰国便釣瓶落しの祖国かな

キョンキョン
 キョンキョンこと小泉今日子さんが、演出家の久世光彦さんから「芝居も文章も、うまさの先には、あまり広い世界はありません」と言われたことを今も大事にしている、と話す記事を読んだ。俳句も一緒かな、と思った。上手に詠みたいと表現に工夫を凝らし、とりあえず型通りの句ができたとしても、そこで終わり。作者の内側から溢れる詩の感動の力が欠けていたら、誰の心にも残らない。古本屋で手にした饗庭孝男さんの本には「思いつきで俳句は詠めない」とあった。人生に対する自分の態度と詠む対象が、いかに深く共鳴しあうか。新年は、作句の前に自分の生き方を見つめ直したい。

都会のミステリアス
 二〇二二年八月六日の毎日新聞で拙著『渾沌の恋人 北斎の波、芭蕉の興』は、渡辺保氏の「斬新な日本文化論」という身に余る書評に浴した。小松浩さんはそれで初めて恩田を知り、翌月はやばやと樸の仲間になってくれた。何と、当年三月まで毎日新聞主筆をお務めだったという。組織ととんと無縁の私は、入会この方の二年四ヶ月、静かな驚きを与えられてきた。三大新聞の現場トップといえば、デスクの上の上。デスク風だっておっかないだろうに、なんともソフトで生真面目。「チッチとサリー」のサリーみたいだ。私はステータスに遠慮のない人間で、ずけずけ批評する。高校生みたいにZoomの向こうで必死にノートを取られる。「三年はがまんしてください」とほざいたのが今は恥ずかしい。みるみる俳句の骨法を習得され〈鯛焼きの〉ペーソスあふれる恋の句から、天皇の〈五体〉を通して日本文化に迫り、定型の韻律に没落する〈祖国〉まで憂えるようになられた。樸編集長を二年務めていただいたのは出来過ぎで、某大学の理事で多忙を極めるいまや、精力的に投句を欠かさないことにも脱帽。よくできるなあと、もはやミステリアス。
恩田侑布子
 
中山湖望子

  鮎天や上司の語りほろ苦く

  獅子舞の鈴の音届け能登の海

  玄月や薬師の湖(うみ)の水澄まむ
 

岸裕之

  家中の蛇口磨きて春うらら

  火矢浴びて手筒花火の仁王立ち

  ラ・フランス初体験の裸婦写生

《今思ふこと》の続き
昨年のこの欄に、⾃分は代々の漆塗り職⼈を継がなかった負い⽬で、せめて俳句は職⼈の美学である「粋」な俳句でも作ろうと書いてしまった。結果今年は⼀句もそれを果たしてない。なぜ、⾊々考えた。で、「粋」な俳句を作ろうなんてことが野暮なはなしだと気がついた。「粋」は結果であり、⼈様が判断するものである。作ろうとしてつくるものでなく、できちゃった位が良いところだ。⾼点句もそうじゃないのかな。だから、宝くじに当たりたけりゃ、当たるとお⾦が貯まっちゃって困るという⼼境になったら、買いなさいと進めている。

慈眼と炯眼
 傘寿にして俳句の門を叩かれた。初心とおっしゃる。暦年齢よりずっとお若いお姿。いち早く存在感を示されたのは合評である。豊富な人生経験が熟成され、言葉の端々まで香ばしい。どうしたらそんな洒脱な心境に至れるのかといつも思う。あせらずあわてず、粋がらずか。飛んだ句も作られ、驚かされることもあるが、ちかごろは実直で独自の味わいが出てきた。慈眼に見守られながら、私は彼の目を畏れている。
恩田侑布子
坂井則之

  孝足らず過ぎていま悔ゆ敬老日

  二度わらしの母を誘ひて庭花火

  令和とやコンビニおでん楽しみて

初心者の苦闘続く
樸に加えて戴いて2年目でしたが、相変わらず苦闘しています。
先生から再三ご指摘いただいたこと[頭の中が散文支配である]が、どうにも直りません。見たもの・聞いたことからの想像が膨らまず、日常や追憶を不出来に語る域を出られていません。
もっと大きな柄の句が詠めるように。先生の句を見習って、と思いますが、道遠しの感が大であること変わりません…

脱皮する妙境
 散文思考から抜けられないとはご謙遜。たしかに最初の一年半はどうなるかと興味津々だった。国会図書館や朝日新聞本社の校閲という超お堅い職業人としての論理的思考から、恩田のどこへも飛んでゆくいい加減さを教唆して果たしてよかったのか、悪道に引き込んだのか。唆されて今回、二年目後半の三句にはすでに、坂井則之という俳人の刻印が捺されるようになった。これはすごいこと。小器用な人間が逆立ちしたってできないことだ。どの句にも実直さ、心のしんじつがあふれ、胸を打たれる。御母堂の看取りのために東京本社を早期退職され故郷に帰られたのに〈孝足らず過ぎていま悔ゆ〉とは。〈二度わらしの母を誘ひて〉された庭花火のひかりと闇は、俳句という詩そのものの地べたの懐かしさに満ちる。
恩田侑布子
成松聡美

  浅利吐く砂粒ほどのみそかごと

  はうれん草湯掻く間に決める明日のこと

  問診票レ点と秋思にて埋める

枕上
 良いアイデアが出る場所は「三上」だと言うが、皆様はどうだろう。私の場合、季語に出会うのは犬の散歩で、十七音が浮かぶのは庭仕事の最中と決まっている。ただ、枕の上は確かにある。明け方、不意に目が覚める。慌てて言葉が逃げて行かぬよう、何度も反芻し、指を折って音を数える。
 早朝の目覚めは、現役の頃にもよくあった。大抵は役所の監査や重要なプレゼンの前だが、句作で飛び起きるのは仕事に追いつめられる感覚とは異なる。もっと伸びやかで、楽しい驚きだ。暁のひらめきの大半は夢の切れ端に過ぎず、句として成り立つことは殆どないが、生業でもないことで布団を蹴って起き上がるのは、存外悪くない。

発想の飛躍と現代性
 成松聡美さんはとても個性的な方。奇抜な発想と、強い感受力でインパクトのある俳句をつくる。まだ入会して一年だが、みるみる腕を上げて、入選句や高点句が集中する回まである。天性の閃きを大切に、独りよがりにならない句をつくれば、どこまでも伸びてゆかれるだろう。〈はうれん草湯掻く間に決める明日〉は、細見綾子の「春の雪青菜をゆでてゐたる間も」のいかにも日本の理想的な女性らしさの身振りを吹っ飛ばして爽快。
恩田侑布子
長倉尚世

  テトラポッド一つに一羽冬鷗

  愛想なきパン屋の主春の雲

  投げ銭の帽子の歪み秋の暮

俳句を始めた理由
 コロナ禍に鬱鬱としていた頃、追い打ちをかけるように声が出なくなった。
そんなある日、バス停でバスを待っていると、突然俳句が降ってきた。
   バスを待つ等間隔や秋の暮
すぐに書店で俳句入門の本を買い求め、独学で二年ほど俳句を作っていたが、当たり前に行き詰まって
恩田先生の門をたたいた。樸に入れていただいて、ちょうど1年になる。
あれ以来、俳句は降って来ない。一句作るのにあきれるほど時間がかかる。
それでも、これからも俳句を続けていきたいと思う。

俳句眼と語感の鋭さ
 二十年務めたSBS学苑「楽しい俳句」講座の最終年に入会された三羽烏のお一人。それぞれに頼もしいが、長倉尚世さんはものと対峙する観察眼が半端ではない。聞くと、「小半日見ていました」という答えが返ってくることもある。独学期間を含め、まだ三年なのに、一字一句を揺るがせにしない句を作られる。〈投げ銭の帽子の歪み秋の暮〉は静岡市の一大イベント大道芸を素材にするが、よくもあの騒々しさの中で、この詞藻のしじまに届いたものよと感心する。じっくり腹を据えて取り組まれるのは大器の証拠。
恩田侑布子
星野光慶

  ビル風の奥底に聴く笹鳴よ

  うつくしき数式の果て原爆忌

  生も死も満ちし本棚秋の蝉

芽吹きの瞬間
 生涯一編集者の松岡正剛は、三浦梅園の「一即一一」の考えを重視していた。「一」には “そのもの”(one)とそれに触発された“もうひとつの一”(another)が潜在しているのであり、その another から one に眼差しを向けることが重要なのだという。この眼差しから新たな世界像が立ち上がってくる。
私の本棚には生者と死者の生がうごめいている。松岡さんの訃報に接し、彼そのものである著作の数々を another になった眼差しを感じながら読んでいる。

 近江ARSが機縁となり、今年の初めから俳句を始めてみた。
駄句しか読めない私にとって、選句とは、するのもされるのも恐ろしいものだが、一句にはたくさんの another があることに気付くことはできた。まずは作者の目があり、そこに選者たちの様々な世界観や視線が投げかけられ、重なり、その一句は新たな装いを見せる。そんな芽吹きの瞬間に立ち会うのは面白い。

読書の果実を結晶させる刻
 星野光慶さんとは冬の長浜、近江ARSのあったかい湯気の立つお汁粉会場で出会った。城下町の夜道を駅まで歩いて、息子世代の今時めずらしい好青年と思った。素直でやさしい。そのデリケートで透明な感性は〈ビル風の奥底に〉笹鳴を聴き澄ます。松岡正剛さんの元で「守破花伝」まで学び卒えた勉強家でもある。私は彼のしなやかな俳句の将来性も高く買うが、俳句評論にも大いに期待する。選句時のリアルを上記のように、作者の目と、選者たちの「様々な世界観や視線が投げかけられ」ることで生まれる「新たな装いを見せる芽吹きの瞬間」と捉えられる人は稀少だ。すでに詩人のたましいが震えている。
恩田侑布子
山本綾子

  君くれしボタンを吊りて星月夜

  剥く音のよこで噛む音長十郎

  水澄むやさんさ太鼓の天に舞ふ

日々
 当たり前のようにある日常をいかに大切に過ごすか。人生の指針と決めている。
昨年始めた俳句。誰に語るでもなく温めた思いが十七音となって自分を離れる。
「恩田侑布子の弟子である」。いつか胸を張って言えることを新たな目標に加え、これからも日々を愛でていこう。

蒼穹の歌が聞こえる
 山本綾子さんはSBS学苑「楽しい俳句」講座を閉じる直前に巡り会った三羽烏の最年少。作品にも表情にもまだ少女の煌めきが残っている。その詩性のまぶしさは春先の青空を思 わせる。初恋の君がくれた〈ボタンを吊りて星月夜〉のボタンは、聖樹の星よりも清らか。句会での合評も、綾子さんの評は言葉にツヤとひかりがある。水の綺麗な長泉町のお生まれだからだろうか。一生俳句を続ける覚悟を表明してくれた。綾子さんの俳句の達成を見守れるよう健康でいたいという励みをもらった。
恩田侑布子
馬場先智明

  秋深き一夜一生の夢を見し

  帰り花生きるに遠慮がいるものか

  冬の虹階をゆく御魂かな

ジャーナリストは俳句が苦手?
 もちろん例外はいる。けれどジャーナリストが俳句に向かないというご指摘には深く頷く。仕事柄、彼らは絶えず世の中の動向や変化を見逃さないように高感度アンテナを張っていないと飯の種にありつけない。古今集序にある「人の心を種として」ではなく、「世間の出来事を種」として言葉を捜す悲しき売文業なのだ。つまり“他人事”で生きている。それが身についてしまえば、自分の内側から湧き上がってくる声も聞こえなくなってしまう。わかってはいるけれど、ジャーナリストになり損ねたという残心はなかなか消えてくれない。

短歌の滋養を俳句に止揚せよ
 馬場先智明さんは早稲田オープンカレッジの「初めての楽しい俳句」講座夏学期で初めてお会いした。 拙著『星を見る人』を高田馬場の芳林堂で立ち読みし、止められず買って帰り、都内で仲間と読書会をしていたと恩田を泣かせることを言ってくださり、講座生の自己紹介できわめて印象鮮やかだった。ワンクール卒えるやさっそく樸に入られた。早稲田文学部の同学年とあって、気兼ねがない。ただ短歌と並行で Zoom句会は半分だけ出席。そこをなんとか全出席されたい。短歌は青春の文学。俳句は「東海道のひと筋を知った」老成の文学。〈冬の虹階をゆく御魂かな〉の虚実混淆のやや短歌的まなこのとらえたリリシズムを俳句の燻銀に変えられたら大成の可能性は広がるだろう。
恩田侑布子
 
都築しづ子

  痛む身の杖の先にも菫かな

  喪帰りやなんじゃもんじゃの白に座し

  身ごもりて強き眼差し聖五月
 
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※ 提出期限に間に合わなかった作品には恩田代表の個人評はありません。

ひとりぼち日向ぼこりの味がする 恩田侑布子(写俳)

あらき歳時記 寒声

photo by 侑布子 2025年1月26日 樸句会特選句   寒声や師匠口ぐせ「間は魔なり」  岸裕之  師匠の声が座敷に響く寒中の稽古です。「間は魔なり」と、発止たる文語調に力があります。小唄の稽古ということですが、邦楽の音曲にとどまらず、日本文化は書道も能も歌舞伎も落語も「間」の文化です。俳句の「切れ」と余白も、その変奏といえましょう。この句の良さは、「寒声や」の切字で鋭く切れ、中七でそれが師匠の口ぐせであると、稽古の厳しさを想像させ、トドメとして「間は魔なり」と内実へ彫り込んだところです。師の鋭い肉声は、油断も隙もない時間と空間の「間」を剔抉し、寒気をいっそう引き締めます。心技一体の東洋の芸が立ち上がる見事さ。 (選・鑑賞 恩田侑布子)

9月15日 句会報告

2024年9月15日 樸句会報 【第144号】

9月15日の兼題は「敬老日」「秋思」。心に染み入る俳句が並びました。
先生のご指導で印象的だったのは「俳句は最後の最後は人間性だ」という言葉。
俳句には沢山の決まりごとがあり、そこが楽しみの大きな要素です。決まりごとと向き合いながら、いかに深く正直に…そして最も大切なのは人間性。
俳句は面白い、あらためて確信できる会でした。
入選4句を紹介します。

○ 入選
 色鳥や病室に海照りかへす
               古田秀

【恩田侑布子評】

夏の間は生い茂る緑にまぎれて目立たなかったが、秋になると色彩の思わぬ清らかさにハッとする小鳥がいます。折しも病室の窓辺にやってきて、無心に尾を振ります。その向こうにはキラキラと海原がいちめんにかがやいて。秋の空が真っ青なだけに、ここが病室であることが哀しい。見舞いに訪れた作者のまなこに、祖父の終焉の光景が残されました。

○ 入選
 父と遇ふ十七回忌夜半の秋
                林 彰

【恩田侑布子評】

父と思いがけない遭遇をしました。しかもそれは父の十七回忌でした。遠忌の法事に、親族や有縁の懐かしい人々が集まってくれ、やがて潮が引くように去り、実家に一人になった秋の夜です。父が他界して十数年も経って、まったく知らなかった父の生前の姿、新たな横顔と向き合うことになったのです。静かなこころのドラマが感じられます。「あふ」には会ふ、逢ふ、遭ふ、もありますが、たまたま遭遇した意味の「遇ふ」を使ったことで、季語「夜半の秋」と交響し、肉親の情に奥行きが生まれました。墓じまいや、散骨が「ブーム」の現在、死者を弔い悼むことは、後ろ向きではなく、遺された人の明日の生につながることを示唆する気品ある俳句です。

○ 入選
 孝足らず過ぎていま悔ゆ敬老日
                坂井則之

【恩田侑布子評】

愚直そのまま。飾り気も技巧もあったものではありません。作者の両親、少なくとも片親が他界されているのでしょう。敬老の日に、「ああ、外国旅行に連れてゆくこともなかったなあ」とか、「もっと頻繁に帰って、手厚く介護してあげたかったなあ」とか、様々な思いが胸をよぎります。それが中七の「過ぎていま悔ゆ」です。(孝行のしたい時分に親は無し)という諺にそっくりだと思う人がいるかもしれません。しかし、ここまで朴訥、簡明に俳句に結晶化することは誰にでも出来ることではありません。真率な思いが口をついて出た、鬼貫のいう、まことの俳諧です。

○ 入選
 問診票レ点と秋思にて埋める
                成松聡美

【恩田侑布子評】

医者に行って、待合室で出される「問診票」の質問を何も埋めずに空欄にできる人はいたって健康です。この作者はほとんどの質問に「レ点」をつけなければなりません。「マークシートを埋めてゆくんじゃないのよ」。次第に憂鬱な気分に。それを「レ点と秋思にて埋める」と俳味たっぷりに表現した手柄。自己諧謔が効いた大人の俳句です。

【後記】
一年半前、音の数え方もままならぬ中で大胆にも恩田先生の門をたたきました。
日常に彩りをあたえ、何事にも好奇心をかきたて、絡まった過去をほどいてくれる…十七音の力の大きさを実感しています。
作句の面白さに加え、もう一つの楽しみが選句の時間です。同じ兼題で他の方はどんな句を詠んだのか。ずらりと並んだ中からぐっとくるものを見つける喜び、何度も読み返し次第に心が震えだした瞬間の感慨。二週間に一度の大切な時間です。
俳句と過ごした五年後十年後の自分自身の心のありようが今から楽しみです。
 (山本綾子)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

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9月1日 樸俳句会
兼題は梨、蜻蛉。
入選4句を紹介します。

○ 入選
 高原の蜻蛉われらの在らぬごと
               猪狩みき

【恩田侑布子評】

見渡す限りの高原を無数の蜻蛉が飛び交っています。「われらの在らぬごと」という措辞は、見つめているわたしたちなど眼中になく、透明な翅を水平に広げて伸び伸びと風に乗る姿をありありと感じさせます。別世界そのものの命のありようは逆に、人間が地球のあちこちで繰り広げている戦争や、分断や、飢餓の現実を照らし出しています。

○ 入選
 剥く音のよこで噛む音長十郎
                山本綾子

【恩田侑布子評】

お母さんが梨を小気味よく剥いてくれるそばから、汁いっぱいの歯触りと甘みに夢中になる子ども。シャリリとした歯ごたえと代赭色の皮をもつ、昭和に流行った梨の品種名「長十郎」が効いています。赤褐色の皮がスルスル伸びていく映像の影に、ほんのりベージュがかった白い肌と、健康そのものの咀嚼音が共感覚を響かせ、初秋の清々しさがいっぱいです。

○ 入選
 ラ・フランス初体験の裸婦写生
                岸裕之

【恩田侑布子評】

眼前のラ・フランスが呼び起こす記憶。美大生や画家の日常的なドローイングとはわけが違います。なんといっても「裸婦写生」の「初体験」です。ドキドキするうぶな感じと、モデルが期待した若い女性ではなく、腰回りに贅肉がたっぷりついた「ラ・フランス」のような中年女性であったズレたおかしみもにじみます。とはいっても「初体験」。輪郭を描きにくい太り肉(じし)のやわらかな存在感がこそばゆく五感を刺激してきます。

○ 入選
 鬼やんま逃して授業再開す
                小松浩

【恩田侑布子評】

教室に突然、鬼やんまが飛び込んできた驚き。蜻蛉の大将は長くまっすぐな竿を持ち、大きな金属質の碧の目玉は、昆虫とは思えない威厳であたりを睥睨します。女の子はキャーキャー。男子は腕の奮いどころと勇み立ったか。先生は授業妨害物に過ぎないそれを窓から事務的に追放し、一言「さあ、教科書に戻って」。新秋の大空をわがものにする鬼やんまの雄勁な擦過力が、四角い箱の教室にいつまでも余韻を残します。