
2024 樸・珠玉作品集 (入会日順) ひらかれてあり初富士のまそかがみ 恩田侑布子(写俳)
- 巻頭言 -
昭和百年の年頭に、樸の一年間の成果をお披露目できる幸せを思います。作品を発表してくださるのは、月二回の歯に衣きせない拙評に耐えて作品を磨いてこられたかけがえのない俳句の同士です。今回初めて、お一人お一人の熱意にお応えすべく、個人評をお書きしました。俳句の百態の持ち味をお楽しみいただければ幸いです。樸は三十三観音の会を目指しています。俳句と鑑賞に共感してくださる方がいらしたら、どうぞいつでもお仲間になってください。初心者を歓迎いたします。
樸代表 恩田侑布子
海野⼆美 遠足の上級生の手の湿り 異常気象をエネルギーにか百日紅 釈迦守るごと沙羅の実のとんがりぬ 地球で逢えました!
私が触れた恩⽥先⽣の最初の俳句は
柳絮とぶ地球でお逢ひしましたね
でした。何と句柄の⼤きなおおらかな俳句かと感動したことを覚えています。しかし恩⽥侑布⼦という俳⼈の奥深さは、知れば知るほど深淵で幅広く、よくも素晴らしい⽂学者を師に持ったものと我が⾝の幸運を思わずにはいられません。などと思っているとは思えないほど、普段はずけずけとため⼝をきいてはいますが・・(笑)
私は句集を出すことも、投稿して腕試しをする気も全くありせんが、俳句は⼤好きです。今回の被災での⾟い⽇々も、どれだけ俳句に⽀えられたか分かりません。これからも⾃分なりの⾃分らしい俳句を詠み続けて⾏こうと思っています。 吟行の女王
海野二美さんは吟行になると水を得た魚のようにイキイキした俳句を詠まれる。素直さと伸びやかさが大空の下で解放されるらしい。静岡市の古刹洞慶院の秋の会で「沙羅の実」の姿を〈釈迦守るごと〉と即吟されたのには驚いた。そのしなやかな俳句眼は、隣家からの類焼という災難に見舞われても、心折れず着実に乗り越える力を彼女に与えた。
拙句「柳絮とぶ地球でお逢ひしましたね」を愛誦していてくれたことを初めて知った。まさに心友である。
恩田侑布子
芹沢雄太郎 ソーダ水越しに種馬あらはるる サンダルを履かずサンダル売り歩く 鍋に塩振つてガンジー誕生日 時間がかかる俳句/時間をかける俳句
私にとっての俳句は、自己の心の中も含めた、「今・ここ」で起こっていることを掬い取る行為だと考えています。
たしかに掬い取る行為そのものは一瞬で出来るはずなのですが、私が掬い取る行為へと至るまでには、随分と時間がかかります。
来年からは「時間がかかる俳句」の魅力も忘れることなく、「時間をかける俳句」へとシフトし、俳句によって耕せる時間をより豊かにしていきたいです。 インドで拓く俳句の新天地
学生時代から多様な民族の建築に魅せられ、世界を放浪し視野を拡げてきた芹沢雄太郎さんの膂力に瞠目し続けている。彼がご家族五人で御殿場を出郷し、三十代半ばで東京を本社にもつ建設大手に再就職し、インドの大都市で巨大プロジェクトの現場監督を任されるまでを樸代表として身近に見聞きしてこられた幸せを思う。盆暮れもない責任重大な仕事をこなしながら投句を欠かさない胆力にも脱帽している。昨夏久々に帰国した北海道で得た、〈ソーダ水越しに種馬あらはるる〉の一句には驚倒させられた。インドの大地のあざやかな色彩と力動感がはやくも俳人雄太郎の骨肉と化している。句柄の勁さ大きさは、この世代で一頭地を抜く。本邦初のインド句集の誕生を首を長くして待っている。
恩田侑布子
猪狩みき 姉妹してイソギンチャクをつぼまする 高原の蜻蛉われらの在らぬごと わからなさ抱へ続けて春夜かな 抱えつづけるものは?
本を読むのは⼩さいときから好きだったが、いつからか⽂芸は⾃分に向かないものと感じるようになっていた。恩⽥先⽣の『余⽩の祭』を読んで、なぜか俳句をやってみようと思い⽴って今⽇に⾄る。詩⼼とは? 季語の持つ⼒は? ⾃分の作りたい俳句とは?・・・いろいろなことが⾃分の中でだんだん曖昧になり,その曖昧さが今までになく増した今年だった。その曖昧さを解消することに向かうエネルギーを来年はもちたいと思う。簡単にわかったと思うことは避けながら。 大きな視座を持つ
福島浜通りにふるさとを持つ猪狩みきさんは、教育畑で世界を股にかけて青少年を育成された大変な読書家でもある。したがって投句作品は、予想をいい意味で裏切ってくれる。ええっ、この句の作者なの、とよく驚かされるのである。〈イソギンチャクをつぼまする〉姉妹の句には少女時代の豊饒な自然体験が噴き出し、生のエロスの領域にも新たに踏み出そうとしていて、今後が頼もしい。
恩田侑布子
林 彰 狼の交はす遠吠え共和国 空中停止(ホバリング)八丁蜻蛉千里眼 フェラーリと競ふdB(デシベル)セミの声 奇想の俳⼈を⽬指して
今年の作品で、敢えて、評価されなかった3句です。
「狼」は、かつて4年を過ごした、北⽶の合衆国の昨今を詠んだもの、南⻄部では、よくコヨーテをみかけました。
他の2句は、対象の⼤⼩のギャップを詠んだものです。 名古屋の羅漢さん
どんな俳句を作られるかも予想がつかないし、林さんからどんな反応が来るかも予想がつかない。短パンにTシャツで新幹線に乗って来られる飄々とした方。私としては行雲流水の白雲を見上げるここちだ。精神科医であるだけに、人のこころの諸相に対して柔軟なのだろう。それはご自身のこころに対しても。だから、句幅が広い。そのユニークな句境を一冊の本にまとめられるまで伴走させて頂くのが楽しみである。
恩田侑布子
見原万智子 節くれた祖父の手に入る夕螢 ソーダ水いつか会へると思ふ嘘 穭田の真中の墓やははの里 さびしいのがお好き
汚家(おうち)になる前にと始めた書類整理が、かなりキツい。封印していた過去は実績とは言い難いものばかり。何ひとつ成し遂げないで歳をとった……そもそも何をするために生まれてきたんだっけ?
投句の締切りが迫ってきた。いまの気分を文字にしても、誰が読みたい? ん? 始めに読み手ありきは、おかしいな。いや、俳句は読んでもらって完成する。せめて「あかるさびしく」作れないか…そう、作る。
あ!「何をするために生まれてきたのか?」じゃなくて、「いまどう生きたいのか?」なのか! 心優しく、頼り甲斐大の妹
見原万智子さんは、樸編集委員の屋台骨をずっと担ってきてくださった。その前には拙著『渾沌の恋人』と『星を見る人』のおうち校正の、三人寄れば文殊の知恵でいらした(坂井さんと島田さんも)。高校の後輩ということもあり、ついついご厚意に甘えてしまう。あまりにも正直でうそがないから安心していい気になる。私は悪い先輩だ。心の清らかな人の常で、自慢我慢の煩悩がない。でも、自分の俳句に自信を持つのは善法欲の一つと思う。本年の収穫三句も万人の胸に響く普遍性がある。〈夕螢〉が〈節くれた祖父の手に入る〉のを静かに見届ける眼差しはしみじみと優しい。どの句にも万智子さんの人間性の証明がある。文は人なり。俳句もまた。卑下されず、自信さえお持ちになれば本格俳人として大成する資質を備えている。
恩田侑布子
島田 淳 少年時代との対話
昨年は句会参加どころか後半は投句もままならなかった。平日は朝から夜まで仕事。日曜日は家人と一緒にイベントに出店。毎日チャンバラに明け暮れているようなものである。これでは季節を感じるどころの話ではない。ところで、過去に恩田先生に取っていただいた愚句を思い返すと、少年時代の経験に想を得たものが少なくない。これは、その当時が多感な年齢だったという理由だけではないように思っている。それに加えて、時間の経過と人生経験の蓄積により、自分の当時の喜怒哀楽が他者のそれと響き合うように熟成されたからではないだろうか。恩田先生の著書の言葉を借りれば「全人的な『垂鉛』の深みからゆらぎ出ることばは、意味以前の共通の地下水脈で万人につながろうとする」(『星を見る人』四十頁)。故郷・静岡に向かう新幹線の車窓は目まぐるしく景色を変える。しかし、遠く見る富士山はその姿を変えず、人々に様々な感興を呼び起こす。自分の少年時代と対話し、自分の心の奥底に測深器を真っすぐ垂らす事は、自分の中の富士山を見つめる事なのかも知れない。目の前の現象の散文的な「意味」に拘泥せず、俳句を通じて「共通の地下水脈」を探り当てられるよう精進したい。
前島裕子 雪解しづく青邨句集繙けり 澤瀉屋
千回の宙乗りの果て春夕焼 帰りぎは「またきて」と母白木槿 吟行句会
zoom 中心の句会になって久しい樸句会、年四回リアル句会が行われる。その内の二回は吟行句会で、今春は東京に出かけ浅草から隅田川を下り浜離宮へ、そして新橋で親睦会。
秋は静岡の洞慶院と杓子庵で行われました。
画面での仲間とリアルにおしゃべりしながらの、吟行句会は楽しく新鮮でした。次回の吟行句会はどこなのか。外へでるのも楽しいのですが、みなさんにお会いできるのがいいのです。 仁の俳句は孝行から
岩手県の長寿のご両親のもとに毎月新幹線で通われ、何くれと孝養を尽くしてこられた。その姿と俳句に接し、人倫の基本は親孝行にあることを教えていただいた。百歳近い円かなご両親との長い縁は、わが境遇とは反対だが、前島裕子さんの俳句によって心温まる擬似体験をさせてもらい不思議に癒されている。いい俳句は羨望という低い感情を引き起こさず、成り代わりあう安らぎを与えてくれる。雪国で長じた方の感性の清らかさは〈雪解しづく〉にも凛と応える。歌舞伎にも詳しく、季語の斡旋が盤石。これは地に足がついた俳人格である。
恩田侑布子
金森三夢 獅子舞に灘の菰樽嚙ませけり 立葵スカイツリーと背比べ うぐいすもち都々逸唸り頬ばりぬ 世界地図⼀筆書きし雪の富⼠
昨年の夏に癌の⼿術をしました。術後の経過は順調です。そんなこともあり、⾏けるうちにと、三か⽉半で⾚道を四回巡るという冥途の⼟産クルーズに出かけ、何とか無事帰還しました。
出発前は海外詠にチャレンジと⼤⾵呂敷を広げておりましたが、短期間で季節が夏、春、夏、春、夏、秋、冬、秋、夏そして冬と⽬まぐるしく不規則変化したため、季節感覚が⾒事にぶっ壊れました。今年も半年しか句会に参加しておりません。連衆各位の珠⽟作品集の⽟に傷のような句で⼤変恐縮ですが、末席を汚します。 情に厚くて料理上手
静岡高校四年先輩の⾦森三夢さんはとにかく面倒見のいい親切な方。昭和生まれの静岡市民なら知らぬ人のない「美濃屋」本店のご子息。若い頃から文学を愛好され、はやばやと生前葬で散文集も配られた。この分でいくと、お元気に第二の生前葬では第一句集を配られるはず。〈スカイツリーと背⽐べ〉する立葵のけなげさは三夢さんの目に掬いとられたもの。「男はつらいよ」に何十回何百回も親しまれ、俳句にもどこか寅さんの温もりが感じられる。
恩田侑布子
古田秀 街棄つるやうに遠足出発す ぼうたんや達磨大師の上睨み ギターの音川面に溶けて爆心地 美術館
俳句を始めて美術館に行くことが多くなった。今年のベストは東京都現代美術館で開催された「日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション」。作品を通して感じられる思想の熱量や創作にかけた時間において、質・量ともに圧倒された。転職して生活はよりハードになりそうだが、来年も展覧会や旅行にでかけたい。他者の精神と出会うことの感動をもっと掘り下げていきたい。 ドラマチックな充実の年
古田秀さんが樸に入ってこられた初対面の情景はいまもまぶたにくっきりと刻まれている。スマートな切れ味鋭い秀才の面持ちに、なにか尋常ならざるものを感じた。それが、まだ四年足らずで現実のものとなり、驚くほかない。わずか一年半目に、文學の森の「北斗賞」准賞をものしたと思ったら、翌年は全国俳誌協会第4回新人賞を射止め、昨冬には「俳壇賞」候補作で、すごいと喜んでいたら、年末にはなんと、「北斗賞」正賞の吉報に接した。打てばひびく感能力の上に大変な努力家でもある。創薬研究職の多忙にありながら、樸句会は皆勤賞といっていい。知的でソリッドな句が得意だったが、ここへ来て〈ぼうたんや達磨大師の上睨み〉のような大人の風格のある句もできるようになった。長足の進歩に、益々将来の俳壇を担う期待大である。
恩田侑布子
益田隆久 滴りや月は地球のひとりつこ 鬼の子へ背中どちらと風の問ふ マリンバの着信音や水澄めり 毎日の定点観測
12 月 20 日午前 6 時 48 分。
石廊崎の先端から日の出。新島と神津島がくっきり。海上に雲一つ無い朝は 365 日、1 日あるか無いか。
365 日欠かさずこの場所、時間にいるからこそ出会える瞬間。
蓮華寺池公園古墳 28 基の丘。標高 110 メートル。
暁を見ながらのラジオ体操。一緒に平日は 7 人。土日は 14 人。
名前は知らなくとも皆友達のような感覚がある。
毎日同じ人に同じ時刻に坂道ですれ違う。挨拶を交わしつつ。
山だからだろうか。この連帯感。人だけで無く、木々、鳥、虫にも。
草々の呼びかはしつつ枯れてゆく 相生垣瓜人
頂上や殊に野菊の吹かれ居り 原 石鼎
恋ともちがふ紅葉の岸をともにして 飯島晴子 不思議な持ち味の俳句
温和な人柄に鋭い感受性を潜め、半分とはいわないが、四ぶんの一くらいは仙人である。岩や草の〈滴り〉の小さな雫から、一足飛びに〈地球のひとりつこ〉としての〈月〉を思うとは常人ではない。時々、この人には自然に幻視の瞬間も訪れるのであろう。蓑虫が 本当に小さな〈鬼の子〉に思われてくる。益田隆久さんの句の不思議な持ち味は、朝なさな若王子古墳群の地霊を吸収するところにもたらされていることを知った。長い時間のスパンを視野に俳句鑑賞や評論にも、今年は挑戦を始めていただきたい。
恩田侑布子
のし餅やしなり据ゑたる柾の板 恩田侑布子(写俳)
活洲みな⼦ 千百段昇りきりたる淑気かな 獅子舞に噛まれしと児のよく喋る もういいかい風船一つ残されて 季語の世界
私は季語が好きなのかも…しれない。暖かな部屋で、カフェオレなんか飲みながら⼤歳時記をひもとく時間は⾄福だ。辞書のような解説や古典の説明が多い中、読み物のように季語の世界が広がる⽂章の解説者もいる。だから、[飯⽥⿓太][⼭⽥みづえ]などの名前に出合うと、そこから句を作りたいなあと思う。
令和6年も樸で素敵な季語の世界を楽しませてもらった。その中で最新のお気に⼊りは、
師の「月光のうらがへしても⿊き髪」。 ⾊っぽいもの。 あらきの姉
活洲みな子さんは誰からも信望の篤い方。そのゆたかな人間性にわたしも人一倍信を置いている。長年、教育者として培われてこられた慈愛が、定年後の今、地域での弛みない福祉活動とともに、俳句にも向いておられることは誠に頼もしい。昨年『俳壇』に、樸を代表して七句を発表された。〈獅⼦舞に噛まれ〉て興奮している童心の清らかさはそのままみな子さんの笑顔を思わせ楽しくなる。静岡の人らしい謙遜家でおいでだが、対外的にもどしどしご活躍いただきたい。
恩田侑布子
小松 浩 鯛焼のしつぽの温みほどの恋 象徴といふ五体あり建国日 帰国便釣瓶落しの祖国かな キョンキョン
キョンキョンこと小泉今日子さんが、演出家の久世光彦さんから「芝居も文章も、うまさの先には、あまり広い世界はありません」と言われたことを今も大事にしている、と話す記事を読んだ。俳句も一緒かな、と思った。上手に詠みたいと表現に工夫を凝らし、とりあえず型通りの句ができたとしても、そこで終わり。作者の内側から溢れる詩の感動の力が欠けていたら、誰の心にも残らない。古本屋で手にした饗庭孝男さんの本には「思いつきで俳句は詠めない」とあった。人生に対する自分の態度と詠む対象が、いかに深く共鳴しあうか。新年は、作句の前に自分の生き方を見つめ直したい。 都会のミステリアス
二〇二二年八月六日の毎日新聞で拙著『渾沌の恋人 北斎の波、芭蕉の興』は、渡辺保氏の「斬新な日本文化論」という身に余る書評に浴した。小松浩さんはそれで初めて恩田を知り、翌月はやばやと樸の仲間になってくれた。何と、当年三月まで毎日新聞主筆をお務めだったという。組織ととんと無縁の私は、入会この方の二年四ヶ月、静かな驚きを与えられてきた。三大新聞の現場トップといえば、デスクの上の上。デスク風だっておっかないだろうに、なんともソフトで生真面目。「チッチとサリー」のサリーみたいだ。私はステータスに遠慮のない人間で、ずけずけ批評する。高校生みたいにZoomの向こうで必死にノートを取られる。「三年はがまんしてください」とほざいたのが今は恥ずかしい。みるみる俳句の骨法を習得され〈鯛焼きの〉ペーソスあふれる恋の句から、天皇の〈五体〉を通して日本文化に迫り、定型の韻律に没落する〈祖国〉まで憂えるようになられた。樸編集長を二年務めていただいたのは出来過ぎで、某大学の理事で多忙を極めるいまや、精力的に投句を欠かさないことにも脱帽。よくできるなあと、もはやミステリアス。
恩田侑布子
中山湖望子 鮎天や上司の語りほろ苦く 獅子舞の鈴の音届け能登の海 玄月や薬師の湖(うみ)の水澄まむ
岸裕之 家中の蛇口磨きて春うらら 火矢浴びて手筒花火の仁王立ち ラ・フランス初体験の裸婦写生 《今思ふこと》の続き
昨年のこの欄に、⾃分は代々の漆塗り職⼈を継がなかった負い⽬で、せめて俳句は職⼈の美学である「粋」な俳句でも作ろうと書いてしまった。結果今年は⼀句もそれを果たしてない。なぜ、⾊々考えた。で、「粋」な俳句を作ろうなんてことが野暮なはなしだと気がついた。「粋」は結果であり、⼈様が判断するものである。作ろうとしてつくるものでなく、できちゃった位が良いところだ。⾼点句もそうじゃないのかな。だから、宝くじに当たりたけりゃ、当たるとお⾦が貯まっちゃって困るという⼼境になったら、買いなさいと進めている。 慈眼と炯眼
傘寿にして俳句の門を叩かれた。初心とおっしゃる。暦年齢よりずっとお若いお姿。いち早く存在感を示されたのは合評である。豊富な人生経験が熟成され、言葉の端々まで香ばしい。どうしたらそんな洒脱な心境に至れるのかといつも思う。あせらずあわてず、粋がらずか。飛んだ句も作られ、驚かされることもあるが、ちかごろは実直で独自の味わいが出てきた。慈眼に見守られながら、私は彼の目を畏れている。
恩田侑布子
坂井則之 孝足らず過ぎていま悔ゆ敬老日 二度わらしの母を誘ひて庭花火 令和とやコンビニおでん楽しみて 初心者の苦闘続く
樸に加えて戴いて2年目でしたが、相変わらず苦闘しています。
先生から再三ご指摘いただいたこと[頭の中が散文支配である]が、どうにも直りません。見たもの・聞いたことからの想像が膨らまず、日常や追憶を不出来に語る域を出られていません。
もっと大きな柄の句が詠めるように。先生の句を見習って、と思いますが、道遠しの感が大であること変わりません… 脱皮する妙境
散文思考から抜けられないとはご謙遜。たしかに最初の一年半はどうなるかと興味津々だった。国会図書館や朝日新聞本社の校閲という超お堅い職業人としての論理的思考から、恩田のどこへも飛んでゆくいい加減さを教唆して果たしてよかったのか、悪道に引き込んだのか。唆されて今回、二年目後半の三句にはすでに、坂井則之という俳人の刻印が捺されるようになった。これはすごいこと。小器用な人間が逆立ちしたってできないことだ。どの句にも実直さ、心のしんじつがあふれ、胸を打たれる。御母堂の看取りのために東京本社を早期退職され故郷に帰られたのに〈孝足らず過ぎていま悔ゆ〉とは。〈二度わらしの母を誘ひて〉された庭花火のひかりと闇は、俳句という詩そのものの地べたの懐かしさに満ちる。
恩田侑布子
成松聡美 浅利吐く砂粒ほどのみそかごと はうれん草湯掻く間に決める明日のこと 問診票レ点と秋思にて埋める 枕上
良いアイデアが出る場所は「三上」だと言うが、皆様はどうだろう。私の場合、季語に出会うのは犬の散歩で、十七音が浮かぶのは庭仕事の最中と決まっている。ただ、枕の上は確かにある。明け方、不意に目が覚める。慌てて言葉が逃げて行かぬよう、何度も反芻し、指を折って音を数える。
早朝の目覚めは、現役の頃にもよくあった。大抵は役所の監査や重要なプレゼンの前だが、句作で飛び起きるのは仕事に追いつめられる感覚とは異なる。もっと伸びやかで、楽しい驚きだ。暁のひらめきの大半は夢の切れ端に過ぎず、句として成り立つことは殆どないが、生業でもないことで布団を蹴って起き上がるのは、存外悪くない。 発想の飛躍と現代性
成松聡美さんはとても個性的な方。奇抜な発想と、強い感受力でインパクトのある俳句をつくる。まだ入会して一年だが、みるみる腕を上げて、入選句や高点句が集中する回まである。天性の閃きを大切に、独りよがりにならない句をつくれば、どこまでも伸びてゆかれるだろう。〈はうれん草湯掻く間に決める明日〉は、細見綾子の「春の雪青菜をゆでてゐたる間も」のいかにも日本の理想的な女性らしさの身振りを吹っ飛ばして爽快。
恩田侑布子
長倉尚世 テトラポッド一つに一羽冬鷗 愛想なきパン屋の主春の雲 投げ銭の帽子の歪み秋の暮 俳句を始めた理由
コロナ禍に鬱鬱としていた頃、追い打ちをかけるように声が出なくなった。
そんなある日、バス停でバスを待っていると、突然俳句が降ってきた。
バスを待つ等間隔や秋の暮
すぐに書店で俳句入門の本を買い求め、独学で二年ほど俳句を作っていたが、当たり前に行き詰まって
恩田先生の門をたたいた。樸に入れていただいて、ちょうど1年になる。
あれ以来、俳句は降って来ない。一句作るのにあきれるほど時間がかかる。
それでも、これからも俳句を続けていきたいと思う。 俳句眼と語感の鋭さ
二十年務めたSBS学苑「楽しい俳句」講座の最終年に入会された三羽烏のお一人。それぞれに頼もしいが、長倉尚世さんはものと対峙する観察眼が半端ではない。聞くと、「小半日見ていました」という答えが返ってくることもある。独学期間を含め、まだ三年なのに、一字一句を揺るがせにしない句を作られる。〈投げ銭の帽子の歪み秋の暮〉は静岡市の一大イベント大道芸を素材にするが、よくもあの騒々しさの中で、この詞藻のしじまに届いたものよと感心する。じっくり腹を据えて取り組まれるのは大器の証拠。
恩田侑布子
星野光慶 ビル風の奥底に聴く笹鳴よ うつくしき数式の果て原爆忌 生も死も満ちし本棚秋の蝉 芽吹きの瞬間
生涯一編集者の松岡正剛は、三浦梅園の「一即一一」の考えを重視していた。「一」には “そのもの”(one)とそれに触発された“もうひとつの一”(another)が潜在しているのであり、その another から one に眼差しを向けることが重要なのだという。この眼差しから新たな世界像が立ち上がってくる。
私の本棚には生者と死者の生がうごめいている。松岡さんの訃報に接し、彼そのものである著作の数々を another になった眼差しを感じながら読んでいる。 近江ARSが機縁となり、今年の初めから俳句を始めてみた。
駄句しか読めない私にとって、選句とは、するのもされるのも恐ろしいものだが、一句にはたくさんの another があることに気付くことはできた。まずは作者の目があり、そこに選者たちの様々な世界観や視線が投げかけられ、重なり、その一句は新たな装いを見せる。そんな芽吹きの瞬間に立ち会うのは面白い。 読書の果実を結晶させる刻
星野光慶さんとは冬の長浜、近江ARSのあったかい湯気の立つお汁粉会場で出会った。城下町の夜道を駅まで歩いて、息子世代の今時めずらしい好青年と思った。素直でやさしい。そのデリケートで透明な感性は〈ビル風の奥底に〉笹鳴を聴き澄ます。松岡正剛さんの元で「守破花伝」まで学び卒えた勉強家でもある。私は彼のしなやかな俳句の将来性も高く買うが、俳句評論にも大いに期待する。選句時のリアルを上記のように、作者の目と、選者たちの「様々な世界観や視線が投げかけられ」ることで生まれる「新たな装いを見せる芽吹きの瞬間」と捉えられる人は稀少だ。すでに詩人のたましいが震えている。
恩田侑布子
山本綾子 君くれしボタンを吊りて星月夜 剥く音のよこで噛む音長十郎 水澄むやさんさ太鼓の天に舞ふ 日々
当たり前のようにある日常をいかに大切に過ごすか。人生の指針と決めている。
昨年始めた俳句。誰に語るでもなく温めた思いが十七音となって自分を離れる。
「恩田侑布子の弟子である」。いつか胸を張って言えることを新たな目標に加え、これからも日々を愛でていこう。 蒼穹の歌が聞こえる
山本綾子さんはSBS学苑「楽しい俳句」講座を閉じる直前に巡り会った三羽烏の最年少。作品にも表情にもまだ少女の煌めきが残っている。その詩性のまぶしさは春先の青空を思 わせる。初恋の君がくれた〈ボタンを吊りて星月夜〉のボタンは、聖樹の星よりも清らか。句会での合評も、綾子さんの評は言葉にツヤとひかりがある。水の綺麗な長泉町のお生まれだからだろうか。一生俳句を続ける覚悟を表明してくれた。綾子さんの俳句の達成を見守れるよう健康でいたいという励みをもらった。
恩田侑布子
馬場先智明 秋深き一夜一生の夢を見し 帰り花生きるに遠慮がいるものか 冬の虹階をゆく御魂かな ジャーナリストは俳句が苦手?
もちろん例外はいる。けれどジャーナリストが俳句に向かないというご指摘には深く頷く。仕事柄、彼らは絶えず世の中の動向や変化を見逃さないように高感度アンテナを張っていないと飯の種にありつけない。古今集序にある「人の心を種として」ではなく、「世間の出来事を種」として言葉を捜す悲しき売文業なのだ。つまり“他人事”で生きている。それが身についてしまえば、自分の内側から湧き上がってくる声も聞こえなくなってしまう。わかってはいるけれど、ジャーナリストになり損ねたという残心はなかなか消えてくれない。 短歌の滋養を俳句に止揚せよ
馬場先智明さんは早稲田オープンカレッジの「初めての楽しい俳句」講座夏学期で初めてお会いした。 拙著『星を見る人』を高田馬場の芳林堂で立ち読みし、止められず買って帰り、都内で仲間と読書会をしていたと恩田を泣かせることを言ってくださり、講座生の自己紹介できわめて印象鮮やかだった。ワンクール卒えるやさっそく樸に入られた。早稲田文学部の同学年とあって、気兼ねがない。ただ短歌と並行で Zoom句会は半分だけ出席。そこをなんとか全出席されたい。短歌は青春の文学。俳句は「東海道のひと筋を知った」老成の文学。〈冬の虹階をゆく御魂かな〉の虚実混淆のやや短歌的まなこのとらえたリリシズムを俳句の燻銀に変えられたら大成の可能性は広がるだろう。
恩田侑布子
都築しづ子 痛む身の杖の先にも菫かな 喪帰りやなんじゃもんじゃの白に座し 身ごもりて強き眼差し聖五月
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※ 提出期限に間に合わなかった作品には恩田代表の個人評はありません。 ひとりぼち日向ぼこりの味がする 恩田侑布子(写俳)

2023年6月4日 樸句会報 【第129号】 九州から東海地方では、例年より1週間以上早い5月29日ごろに梅雨入りしたとみられると、気象庁が発表した直後の6月第1週。早くも台風2号が日本列島に接近、梅雨前線を刺激して、各地に甚大な被害をもたらしました。樸でも、代表の恩田先生が避難所で不安な数時間を過ごされ、会員の中にも菜園の片付けを余儀なくされる方がいらっしゃいました。一方、句会は4月1日の吟行以降、豊作が続き、今回も特選3句・入選2句が生まれました。以下、紹介いたします。
兼題は「五月雨」「草取」「萍」です。
◎ 特選
人類に忘却の銅羅水海月
田中泥炭 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「海月」をご覧ください。
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◎ 特選
隠沼こもりぬにあすを誘ふ栗の花
田中泥炭 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「栗の花」をご覧ください。
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◎ 特選
空蟬はゆびきり拳万の記憶
益田隆久 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「空蝉」をご覧ください。
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○入選
五月雨や猫の遺ししアルミ皿
活洲みな子 【恩田侑布子評】 少しも止む気配のない五月雨。長梅雨です。ついこの間まで一緒にいた愛猫が、いまはもう、影も形もなくなってしまいました。ただ部屋の片隅に、いつも餌をよそっていたお皿がそのままになっています。改めて気づくと、ペラペラの銀色のアルミ皿でした。そうか、みゃーちゃんは一生この薄い銀色のお皿で食事をしたんだなぁと胸に迫ります。五月雨はただ家を包んで降り続くだけ。さ行音が内容にふさわしいやさしいリズムを醸す可憐な愛に満ちた作品です。
○入選
五月雨の垂直に落つ摩天楼
岸裕之 【恩田侑布子評】 ふつう雨はまっ直ぐ落ちます。しかし、五月雨が摩天楼の壁面スレスレを垂直に落ちる、それだけを改めて提示されると、日常空間が変容し出すから不思議です。高層ビルの千余の窓を擦過することもない無数の雨筋が、無機質の永遠を暗示し、非日常の静寂を幻出しています。省略の効いたミニマルアートを思わせます。
【後記】
樸の句会の楽しみ、奥深さは、特選や入選に選ばれる句を作れるようになるかということとともに、優秀な句を挙げる選句眼を養うことにもあります。初心者はまず作句よりも選句の力を身につけることが大切であるとの指導が毎回繰り返しなされています。作句の基礎をたたきこまれながら、選句にも真剣に臨み、先輩姉兄についていきたいと考えています。
(鈴置昌裕) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 6月18日 樸俳句会
兼題は「誘蛾灯」「河鹿」「南天の花」です。
特選3句、入選1句、原石賞1句を紹介します。
◎ 特選
寝袋の中の寝返り河鹿鳴く
活洲みな子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「河鹿」をご覧ください。
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◎ 特選
待ち人にもはや貌無し誘蛾灯
見原万智子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「誘蛾灯」をご覧ください。
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◎ 特選
花南天兄にないしょの素甘かな
島田淳 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「南天の花」をご覧ください。
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○入選
梅雨鯰南海トラフ揺さぶるや
林彰 【恩田侑布子評】 ひとたび南海トラフ地震が起これば、静岡以西に震度7、関東以西に大津波をもたらし、被害甚大な巨大地震となるそうだ。その原因が、あの太くて長い髭を持つ、もっさりおじさんのような「梅雨鯰」の動きにあるというから愉快だ。いや、震源近くになるかもしれないのに、面白いなんて言っていられない。恐ろしい。「揺さぶるや」という下五の問いかけが、梅雨鯰にも、日本全体にも向かっていて、結論を出さず、反響し続けるところがいい。
【原石賞】奔流は日を抱きこめり揚羽蝶
古田秀 【恩田侑布子評・添削】 言わんとするところにポエジーがあるが、やや隔靴掻痒の感。原句を読み下すと、座五のリズムがもったりし、「奔流」の勢いが死んでしまう。また「揚羽蝶」は黄色が目立つので、奔流と日にまぎれ、ぼやける。奔流の勢いを生かし、真夏の蝶の狂おしさを出すには、白波と対比的な「烏蝶」がいいのでは。
【添削例】烏蝶奔流は日を抱きこめり

2023年6月18日 樸句会特選句
花南天兄にないしょの素甘かな 島田淳 「素甘」は蒸した上新粉にほんのりと砂糖を混ぜて餅状にした和菓子。上菓子にはない庶民のやさしさがある。それを、まだ帰らない兄さんには内緒で、自分一人でこっそりみんな食べてしまう。少し大袈裟にいえば、禁断の味ほど美味なものはない。口に広がるほの甘さと、一抹の後ろめたさが、梅雨時の南天の花と見事に響き合う。家々の鬼門にあって慎ましく地味な南天の花は、ふだん着の花だ。ふだんのこころを映し出す花なのである。
(選 ・鑑賞 恩田侑布子)

2023年4月2日 樸句会報 【第127号】 新型コロナウイルスの流行以来、夏雲システムやZoomを駆使してリモートで会の継続を図ってきた樸ですが、4月1回目の句会はついにみんなで吟行することが叶いました。静岡駅に集合し藁科川をさかのぼること45分ほど、山峡の大川エリアでの吟行です。坂ノ上の薬師堂や、茶畑の上をそよぐ栃沢のしだれ桜、さらに山奥へ行き春椎茸の榾場や山葵園を見学しました。その土地と直に心を交わすような季語体験はもちろん、こだわりの十割蕎麦や「深澤清馥」というお茶の奥深い味わい、夕食の山菜御膳や焼き椎茸など食事も素敵で、目も耳も舌も大満足の会となりました。
特選5句、入選3句を紹介します。
◎ 特選
在の春啜る十割蕎麦固め
海野二美 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「春」をご覧ください。
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◎ 特選
お薬師様見下ろす村に花吹雪
海野二美 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「花吹雪」をご覧ください。
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◎ 特選
しめ縄の低き鳥居に春の風
猪狩みき 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「春の風」をご覧ください。
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◎ 特選
うぐひすや渦を幾重に木魚の目
古田秀 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「鶯」をご覧ください。
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◎ 特選
花朧坂の上なる目の薬師
天野智美 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「花朧」をご覧ください。
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○入選
菜の花や家々ささふ野面積
前島裕子 【恩田侑布子評】 飯田龍太は、「傾斜がきついのか、石垣を積んで平地を確保しなければ家が建たない」小黒坂に住み、「俳句は野面積の石垣に似ている」と看破した。野面積みは国土の七割が山間地のわが国になくてはならない擁壁と地固めの伝統技法である。作者は「菜の花や」と、まどかなひかりの黄色を画面いちめんに散りばめて、石工の力量だけで自然石を積み上げる工法こそ「家々」を支えているのだという。発想、表現ともに手堅い俳句だ。
○入選
御仏のかひなのうちや花万朶
益田隆久 【恩田侑布子評】 花が咲き満ちると誰れしもそぞろに花の木に惹かれてゆく。大枝垂れ桜が天を覆えば、ことのほかの光景。栃沢吟行会での作者は、ほかの人が山葵沢や春椎茸のホダ場へ散策に行く間も、じっと大枝垂れ桜の下に腰を据えて、時を忘れたように句帳を広げていた。きっと「御仏のかひなのうち」に抱かれていたのだろう。法悦に近い陶酔美がある。
○入選
なけなしの春子守りて犬吠ゆる
岸裕之 【恩田侑布子評】 一週間前にはびっしりと春椎茸がホダ木についていたのに、吟行当日は収穫後の原木が虚脱したように林立するばかり。目をさらにして探すと、ホダ場の隅に小さな春子がかろうじて幾つか見つかった。それを「なけなしの春子」といったのが愉快。がっかりしたわたしたちは、番犬にまで吠えられた。飼い主に忠実に躾られた犬は一見さんをドロボー扱いしたのだった。作者は「小唄」の名取りでもある乙な趣味人。滑稽味が躍如としている。
【後記】
今回は特選が5句も出るという豊穣な句会でした。何よりも、日ごろは画面越しの皆さんと同じ場所を歩き、それぞれに自然と出会い句作する体験は非常に楽しいものでした。また、吟行はその場で上手く作れなくても、後から思い返してふいに良い句ができることもあります。今回で言えば山里の清浄な空気の中で感じたものが、言語化される前の層として無意識の中に堆積していくのでしょうか。早くも次回が楽しみです。
(古田秀) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 4月16日 樸俳句会
兼題は「蜃気楼」「海雲」「竹の秋」です。
入選2句、原石賞4句を紹介します。
○入選
燕来るシャッター開かぬ時計店
益田隆久 【恩田侑布子評】 どこもかしこも、日本の地方の駅周辺はシャッター街になりました。まさに衰退国家の現代詠です。昔は店内のたくさんの時計と燕が同時に時を刻んでいたのに、もう、時計店はシャッターさえ開きません。
○入選
酢もづくの小鉢に海の遠さかな
小松浩 【恩田侑布子評】 目の前の「もづく酢」を「小鉢」まで焦点を絞って、手のひらに乗るかわいいサイズにしておいて、一挙に「海」の大きさと「遠さ」、遥かな感じがくるところ、対比の効いた巧みな空間構成です。しかも、うそいつわりのない実感に打たれます。長らく海辺で遊びくつろいだことのない、日々の労働に疲れた肉体の影を感じます。
【原石賞】天金に乱の付箋や夕桜
田中泥炭 【恩田侑布子評・添削】 天金の書に、付箋を何枚も斜めに貼ったところを「乱の付箋」としたところ、黒澤明監督の「乱」ではありませんが戦を連想してしまい、「夕桜」のもったりとした本意とずれます。「乱」ではなく「乱るゝ」と和語にし、季語もひらがなで柔らかくしたほうが、この句の元々もっていた唯美空間が生き生きと呼吸を始めます。
【添削例】天金に乱るゝ付箋夕ざくら
【原石賞】回覧板一軒飛ばす竹の秋
島田淳 【恩田侑布子評・添削】 実感はあります。でも、なぜという疑問が残りませんか。人は住んでいるけれど何か理由があって飛ばしたのか。それとも住んでいた方が、老人施設に入られたか、亡くなられたからか。とにかく「一軒」では曖昧すぎます。すっきり「空家」にすると、元の句のスピード感がよりイキイキして、竹の秋のへんに明るい空虚感が引き立ちます。
【添削例】回覧板空家を飛ばす竹の秋
【原石賞】もずく酢や昭和を生きし老ひ未いまだ
上村正明 【恩田侑布子評・添削】 誰にも読める漢字にルビを振るのはご法度です。「老ひ」は間違い。「老い」です。でも、内容は面白い角度から攻めています。ただ助詞一字で句を殺してしまいました。「し」の過去形だとヨボヨボなのに強がっているようにみえます。「て」にすれば、途端に季語の「もずく酢」が生きてくるから不思議です。
【添削例】もづく酢や昭和を生きて老い未だ
【原石賞】沢登り桃源郷あり幣辛夷しでこぶし
林彰 【恩田侑布子評・添削】 桃源郷を恋う句は世に多くありますが、蕪村の「桃源の路次の細さよ冬籠り」のように消極的な姿勢の句がほとんどです。これは「幣辛夷」の可憐でいながら清烈な春先の空気感をよく受けとめています。そこに今まで見たこともないアクティブな桃源郷への恋歌が生まれました。新味があります。
【添削例】しでこぶし桃源郷へ沢登り

2023年3月5日 樸句会報 【第126号】 1年の区切りはいつ?と考えると、お正月より3月、4月が相応しい気がします。卒業、入学、転勤、退職、新社会人。たくさんの別れと出会いが、冬から春への季節替わりとともに、再出発にふさわしい雰囲気を生み出してくれるからでしょうか。樸にもさらに新しい会員の方々が加わり、春爛漫。4月吟行会をステップに、完成した規約の下で、恩田代表と樸の仲間が理想とする俳句の会へといっそう邁進していきたいものです。
兼題は「山笑ふ」「春の鳥」「菜の花」。特選1句、原石賞5句を紹介します。
◎ 特選
春の鳥五体投地の背に肩に
芹沢雄太郎 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「春の鳥」をご覧ください。
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【原石賞】菜の花の果てを見つけて人心地
島田淳 【恩田侑布子評・添削】 いちめんのなのはな いちめんのなのはな が七行続き、かすかなるむぎぶえ いちめんのなのはな で、詩の一聯が終わる山村暮鳥の詩を思い出します。
たしかに一見明るい「菜の花」ですが、あぶら臭い匂いと、黄と緑葉の対比に、繊細な作者はふっとひかりの牢獄めくものを感じたのかもしれません。「菜の花の果て」に「人心地」を見つけたのは詩の発見です。ただ、中七で「見つけ」たよと手の内を明かしてしまったことは惜しまれます。 【添削例】菜の花の果てに来りぬ人心地
【原石賞】もふ泣くなもふ菜の花を摘みにゆけ
見原万智子 【恩田侑布子評・添削】 歴史的仮名遣いを選んだ方は、投句する前に、面倒くさがらず辞書に当たって、自分の表記が正しいか、いちいち確かめてみましょう。「もふ」は古文では「思ふ」になります。正しい表記にすると、春のひかりに肉親の情が溶けあう素晴らしい俳句になります。
【添削例】もう泣くなもう菜の花を摘みにゆけ
【原石賞】ヤングケアラア菜の花の群れ見つめをり
金森三夢 【恩田侑布子評・添削】 菜の花は通常は一本では咲かないので「群れ」は言わでもがなの措辞です。代わりに場所を入れると句が締まります。「畦」でも放心のさまは表せますが、「土手」とすることで、健気なヤングケアラーの家庭内に立ち塞がる鬱屈と、堤防の向こうの緩やかな川の流れまでが想像されてきます。
【添削例】ヤングケアラー菜の花の土手見つめたる
【原石賞】潮風ビル風菜の花に揉みあへり
古田秀 【恩田侑布子評・添削】 言わんとするところは面白いです。ただなんとかしたいのは、字面と調べのごちゃつき感です。たった漢字一字を変えるだけで、都会の海浜部の春風を活写でき、水上都市、東京が浮かび上がります。
【添削例】海風ビル風菜の花に揉みあへり
【原石賞】仕送りのこれが終わりと花菜道
活洲みな子 【恩田侑布子評・添削】 学生時代の終わりでしょう。親からしたら長い仕送りの日々が、子としてはあっけなく終わるもの。子の立場から詠んだ句として、放り出されることの不安と解放感を口語の「これつきり」に託してみましょう。しばらく倹約しないとやっていけないけど、まあなんとかなるさ、という朗らかな現実肯定のにじむ俳句になります。 【添削例】仕送りのこれつきりよと花菜道
【後記】
春は兼題の季語も、どこかのんびり穏やかなものが多いように感じました。この季語というもの、そこに包まれる様々なイメージをたった一語で語ることができるものなのですね。俳句の専門用語で言えば「本意」「本情」。いくら調べやリズムが整っていても、季語が1句のなかで孤立して見えるような俳句は良い俳句ではない———。それが少しわかりかけてきただけでも、この半年の悪戦苦闘は無駄ではなかったかな、と思っています。前途遼遠ではありますが…。
(小松浩) 今回は、◎特選1句、○入選0句、原石賞5句、△4句、✓シルシ5句、・9句でした。
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 3月19日 樸俳句会
兼題は「霞」「海苔」「雉」です。
入選1句、原石賞2句を紹介します。
○入選
選挙カーにはか鎮まり雉走る
山田とも恵 【恩田侑布子評】 山村にやってきた市議か町議の選挙カーでしょう。まばらな人家に向かって名前を連呼していた大声が突然途切れます。オヤッ。鍬の手を止めると、トトトトツ。赤い頭に深緑の羽をかがやかせ、大きな雉が道をよぎってゆきます。「桃太郎」に出てくる国鳥は不変でも、日本は少子社会で衰退の一途。十年もせずに、この谷も廃村になりかねません。日本固有種の雉の羽が春を鮮やかに印象させ、思わず見惚れた放心の春昼。面白くて、やがてそのあとが怖くなります。
【原石賞】海苔炙る有明海を解き放て
林彰 【恩田侑布子評・添削】 諫早湾の開門問題は地元漁業者のみならず、全国民の長年の関心事でした。このたび、最高裁の「開けない」判決を知った作者は義憤を覚えています。ただ、原句は勇ましすぎます。俳句はプロパガンダでもスローガンでもありません。作者のせっかくの切実な思いを生かすには、語調は逆に静める方がいいのです。鎮めて祈りのかたちにしましょう。 【添削例】有明海解き放てよと海苔炙る
【原石賞】板海苔や波わかつよにはさみ入れ
山田とも恵 【恩田侑布子評・添削】 照り、コク、香りの揃った上等の海苔でしょう。手にとってつぶさに見ると、細かい繊維はたしかに夜の海原を思わせ、下半分のひらかな表記もさざなみのようです。そこに料理鋏を入れる。それだけのことですが、「波わかつよに」に詩の発見があります。上五を「や」の切字で切っているので、終止形にするとさらに句が引き緊まります。 【添削例】板海苔や波わかつよにはさみ入る

2023年2月5日 樸句会報 【第125号】 新暦3月にあたる如月という和風月名の由来は「衣更着」厳しい寒さに備え重ね着をする季節という説、陽気が更に来る月だからという「気更来」説、春に向け草木が生え始めるからという「生更木」説などがある様です。俳句に親しみ歳時記と睨めっこしていると色々、面白い発見があります。2月1回目の句会の兼題は「牡蠣」「早梅」「蒲団」です。全国各地から豪雪の便りが届く中、今回も丁々発止の熱いZOOM句会となりました。
入選2句、原石賞3句を紹介します。
○入選
ぽつてりと月を宿せる真牡蠣かな
古田秀 【恩田侑布子評】 大粒の生牡蠣。その透明感のある乳白色の腹に「月」をみたのは素晴らしい発見です。一物仕立ての俳句ならではの印象の鮮明さも魅力です。ただ私ならば、やわらかな生牡蠣の量感がより伝わるように、「ぽつてりと月やどしたる真牡蠣かな」としそうです。
○入選
牡蠣フライ妻と一男一女居て
都築しづ子 【恩田侑布子評】 一見「ただごと俳句」ですが、案外そうでもありません。「牡蠣フライ」に「妻と一男一女」を取り合わせた境涯俳句です。これは自祝の俳句。幸福感の吐露です。あとほんの少しでスノビズムに陥りそうな土俵際にかろうじて踏みとどまったのは、季語の「牡蠣フライ」が衣の中にふくよかなエロティシズムを湛えているからです。そこがじつにユニーク。男性の俳句とばかり思っていましたので、作者を知って驚きました。天晴れです、都築しづ子さん。
【原石賞】転居の日蒲団最後に包みけり
島田淳 【恩田侑布子評・添削】 引越しの荷物をトラックに積みこむとき、最後に「蒲団」を包んだことだよ、というところに実直な詩情があります。今まで何年か過ごしてきた家で、馴染んできたもろもろの日常の肌合いがまるごと季語の「蒲団」に託されると素晴らしい俳句になります。座五を季語+切字の「かな」で詠嘆し、「転居の日」という状況説明を端的に「引越」にしてみましょう。 【添削例】引越の最後に包む布団かな
【原石賞】相応しく冷え早梅に触染めぬ
田中泥炭 【恩田侑布子評・添削】 しっかりと早梅を見て、そのいのちを感受している作者の真摯な努力に感心しました。そこから「相応しく冷え」という物我一如の感に至ったのは見事というほかありません。自分自身が早梅と同じように冷えて似つかわしい存在になったとは、非凡な感性です。ただ「染めぬ」はしつこくないですか。上五をひらき、下五を「初めぬ」とし、早梅の精と息を交わすようにしたいです。
【添削例】ふさはしく冷え早梅にふれ初めり
【原石賞】一望の君住む街や冬の梅
活洲みな子 【恩田侑布子評・添削】 小高い丘の上から初恋の人の住む町並みを眺めているのでしょうか。言葉の順序を逆にするだけで、自然で奥ゆかしい恋の思いがひそむいい俳句になります。近景の「冬の梅」が切なく香ります。 【添削例】冬の梅君住む街を一望に
【後記】
今回の句会では俳句は「凝縮」の美、「抑制の詩」という事が再確認できました。一番大切なものは言わぬが花です。愚生は毎回、季題に振り回されておりますが、4月に予定されている吟行句会では、何とか自分だけの春を見つけたいと念じております。
(金森三夢) 今回は、◎特選0句、○入選2句、原石賞3句、△4句、✓シルシ4句、・9句でした。
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 2月22日 樸俳句会
兼題は「余寒」「春雷」「椿」です。
入選1句、原石賞2句を紹介します。
○入選
シャンデリア真下の席の余寒かな
古田秀 【恩田侑布子評】 洋館でしょうか。ホテルでしょうか。何かの集まりで大きな部屋の中央とおぼしきシャンデリアの真下へ案内されました。瓔珞のように垂れ下がるガラスの一片一片がキラキラと頭上にかがやいています。瞬時、身に刺さるような寒さ。初春の「余寒」は、「冴え返る」や「春寒」に近い季語ですが、微妙に違います。わけもなく瞬時に身に迫る寒さです。「席」まで焦点を絞ったことで、白い卓布までありありと見え、余寒の身体感覚が緊張感をもって伝わります。きっと会話も建前だけがゆき交ったことでしょう。
【原石賞】大津波あとに一山椿あり
小松浩 【恩田侑布子評・添削】 三・一一の凄まじい津波です。原句は「大津波あとに一山/椿あり」と、中七に切れがあります。一山と椿が寸断され、目の前には一輪の紅椿しかないように感じられます。助詞一字を入れ替えるだけで情景は一変します。 【添削例】大津波あと一山の椿かな
「津波がくるぞー」「津波だー」無我夢中でかけ上り、眼下を押し揺るがした大津波が退いてふと我にかえると、山肌に無数の椿が咲き揺らいでいます。藪椿は照葉樹林文化帯を象徴する花木で日本原産。父祖たちが縄文時代から親しんできた椿が、命からがらここまで上った人を見守っていました。静もりのあとの椿の慟哭。
【原石賞】春寒やモノクロームへ終列車
益田隆久 【恩田侑布子評・添削】 作者は大切な人を見送った情景を描きたかったそうです。それで「モノクロームへ終列車」とし、闇「へ」の方向性を持たせたとのこと。物語を五七五に込めすぎると、季語のはたらきが弱まります。助詞一字を変え、色彩感のない終電車がホームにすっと入ってきた刹那の「春寒」にすれば、余韻が深まります。 【添削例】春寒やモノクロームの終列車

2022年1月9日 樸句会報 【第112号】 2022年(令和四年)の初句会。和服で参加された方もいらっしゃいました。
句会に先立って、新年お楽しみ福引会が行われました。恩田は染筆の短冊と特注の短冊掛のセットを出品し、ホテルのスイーツバイキング券や、竹久夢二のハンカチーフセットなど、夢のあるものが沢山。思いがけないものが当たって喜ぶ顔があちこちに…。
句会冒頭、第12回北斗賞準賞(文學の森主催)に輝いた古田秀さんへ恩田から花束が贈呈されました。恩田からの激励、会員の大きな拍手、当会で最も若い古田さんの今後への決意、と華やかな新年句会になりました。 初句会の兼題は「新年」詠です。
入選2句、原石賞2句を紹介します。
○入選
雑煮膳娘と二人ほぼ無言
望月克郎 【恩田侑布子評】 親一人娘一人。片親の家族でしょう。お互いに「明けましておめでとうございます」とも言わないで、ただ黙って親のつくったお雑煮を黙々と食べています。胸の底では美味しいと思って、ありがたいような気がして。「膳」なので、いろどり豊かなお節料理も並んでいそうです。「ほぼ無言」が実にいい座五です。至って地味な作行に静かなお正月のしみじみとした味わいがあります。「雑煮椀」とせず「雑煮膳」としたところ、ある種の華やぎもあり、配慮が細やか。
【合評】 お正月、娘さんと向かい合っている様子が伝わってきます。これが「息子と」だったら全然違ったものになるでしょう。
○入選
叱られたしよ筆圧つよき師の賀状
山本正幸 【恩田侑布子評】 勢いのあふれる初句の七音です。一気に真情を吐露したゆえの字余りは心臓が脈打つようでいいですね。先生の字の太くて強い筆圧は、作者にとって指導の厳しさと温かさにつながっています。師弟の間の愛情が一枚の賀状を通して確かに感じられる俳句です。
【合評】 上五の字余りが気になりました。
気持ちは伝わるが、余り新しさは感じられなかった。「先生に叱られる」という関係性がベタ。
熱血教師だったんでしょう。
【原】癖字ある友の賀状はもうこない
益田隆久 【恩田侑布子評】 ユニークな新年の俳句です。実際に会えない年はあっても、毎年、お正月には何十年も賀状で会っていた旧友です。その賀状には昔から独特の癖っぽい字が踊っていて、名前を見なくてもアイツだと、一目でわかったものです。今年の賀状の束は、めくってもめくってもアイツが出てきません。改めて本当に遠いところに行ってしまった実感がこみ上げます。ただし「癖字ある」は不自然な言い回しです。また、「友」と限定しない方が効果的でしょう。原句の口語を生かし、 【改】癖つよき文字の賀状はもう来ない こうすると余白がひろがります。 【原】凧はらからの声束ねつつ
田村千春 【恩田侑布子評】 面白い観点です。ただし、このままではリズムが弱々しく凧が落ちてきそうです。 【改】はらからの声束ねつつ凧 とすると、大空に凧が昇ってゆきませんか。
【合評】 光景がよく見えます。
下五の「つつ」と言い止して上五に返っていくところがいいと思います。
いや、「つつ」は流しすぎでしょう。
「はらから」がタコ糸の強さと合っている。
全体主義的、民族主義的なにおいを感じて採れませんでした。
[後記]
新年から活発な議論が飛び交い、いきなりトップスピードに乗った樸俳句会。
恩田の鋭く丁寧なコメントが議論を引き締めます。その一端は本句会報の恩田講評にあらわれています。句の弱点を指摘されることは参加者にとって励みになることです。
私事ですが、句作を始めて今年は8年目に入ります。以前の句と比べるとたしかに技法は上がったかもしれませんが、発想や視点などについては「自己模倣」に陥りがちであることを痛感しています。「自己模倣」から如何に自由になるかを今年の課題としたいと思います。
新型コロナウイルスのオミクロン株の感染者が急増して、いろいろなことの先が見通せません。県外の会員も含めたフルメンバーで句座を囲めることを只管祈る年始めです。 (山本正幸) ※ 樸会員によるアンソロジー「2021 樸・珠玉集」はこちらで読むことができます。 ※ 古田秀さんの第12回北斗賞準賞のお知らせはこちらです(恩田による抄出二十五句あり)。 今回は、〇入選2句、原石2句、△9句、ゝシルシ10句、・4句という結果でした。
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ============================= 1月26日 樸俳句会 入選句および原石賞を紹介します。
○入選
明け番や雑木林のライト冴ゆ
山田とも恵 【恩田侑布子評】 作者は宿直や警備などの夜勤が明けて家に帰る途中です。里山の道か雑木林の中を通る情景にポエジーがあります。曲がり角でクヌギや楢や椎の寒林にヘッドライトがさあっと差し込み、ことのほか青白い氷のように感じられた瞬間でしょう。スピード感のある光が冴え冴えと体性感覚に迫ります。「明け番」も「夜勤明け」などに比べ手垢がついていません。 【原】白さにも濃淡のあり冴えかへる
猪狩みき 【恩田侑布子評】 素晴らしく鋭い感性です。しかし、このままでは感覚の鋭さだけが主人公になってしまい、何もみえてきません。抽象的です。読者の目の前に白いものを広げて見せてください。紙や車にする手もありますが、布がいいのでは。雪では即きすぎです。 【改】白き布濃淡のあり冴えかへる 和服屋の店先で、白い絹を選ぶ時の微妙な白の濃淡と手触りを想像してもいいですし、花嫁衣装の白無垢を選んだ日の体験ととれば、さらに凛烈な印象を刻みましょう。「布」のほかはいわぬが花。 【原】家猫の帰宅はいまだ日脚伸ぶ
都築しづ子 【恩田侑布子評】 猫好きな作者は、あいつまだ帰ってこないよと、愛猫を待つともなく待っています。季語と相俟って、さりげない感情の襞が表現されかけていますが、「帰宅はいまだ」と「日脚伸ぶ」がやみくもにぶつかった感じで、嬉しいのか寂しいのか少し不安定です。一字変えればはっきりと切れが生まれ、感情の筋目がつきます。 【改】家猫の帰宅いまだし日脚伸ぶ 猫をうべなう気持ちが出て、句柄が膨らみますね。 【原】寒鯉や人待ち顔の紫煙かな
島田 淳 【恩田侑布子評】 作者は寒鯉のいる池か小川のほとりで人を待っています。所在なげに煙草を燻らせて。「紫煙」の措辞が効果的です。いかにも寒い日の午後を思わせます。水の中でじっと動かない鯉と人を待つ作者はあたかも同じ感情の中にいるように感じられます。水と空気と煙と衰えた日差しが薄い紫の帯になって棚引いています。いただけない点は「や」「かな」の初心者的二重の切字。落ち着きを無くしています。 【改】寒鯉に人待ち顔の紫煙かな こうすれば冬の午後が寒暮へうつろう様子も見えてきます。 【原】月冴えてカラカラ外れゆく琴柱
田村千春 【恩田侑布子評】 琴柱は今はプラスチック製ですが、昔は象牙や楓の枝で作られました。この句は江戸の浦上玉堂を思い出させます。岡山の上級藩士でしたが、五十歳で息秋琴と春琴を伴い脱藩。諸国を遊行しつつ中国伝来の七弦琴を奏し書画を残しました。中国文人の愛した「琴詩書画」四絶一致の境に達した日本を代表する文人です。川端康成が収蔵し国宝となった「凍雲篩雪図」は必見です。この句には玉堂を思わせるどこか脱俗の雰囲気があります。ただし、表現技法が叙述形態で流れるのが残念です。また「外れゆく」と、琴を人任せなのも気になります。 【改】月冴ゆとカラカラはづしゆく琴柱 寒月がいよいよ冴えわたると、琴を掻き鳴らすのをやめ、あとは山月にまかせます。琴柱を外したあとの琴の弦が寒月光に浮かび、余韻が深まります。

2021年6月6日 樸句会報【第105号】
今朝は梅雨が戻ったような空模様。
でも句会が始まるころには小降りとなる。
そんな中うれしいことに、御二人の見学者がおみえになる。五月にお仲間になった御二人と、樸に新しい風を吹き込んでくれそう。
本日は新人の方が多いので、副教材はお休みし、投句の選評、それも高得点からではなく、無点句から始まりました。 兼題は「雪の下」「蝸牛(でで虫)」「青嵐」です。
入選1句、原石賞1句、△4句を紹介します。
○入選
おんぶ紐要らなさうだね雪の下
田村千春 【恩田侑布子評】 「雪の下」の兼題からおんぶ紐を発想した詩的飛躍が非凡です。梅雨時の雪の下という植物の、日影っぽい静かさ。我が家の背戸にも竹山との境の低い石垣に雪の下が生えています。春先は天ぷらにしておいしい繊毛の密生した葉は、梅雨時になると赤紫の茎を伸ばし、鴨の足のようなちぐはぐな細い白い花びらを傾きがちに咲かせます。おんぶ紐は赤ん坊には必需品だが、使う時期は短いもの。捨てるに惜しく、そうかといって取っておいても使い道はありません。わずか一年ほどの母子密着の乳児期のやるせなさと懐かしさ、そして瞬く間に大きくなってゆく幼年時代との別れがしみじみとした抒情を醸します。目の前の子や孫を育てる日常生活を超えて、人の世に昔から繰り返されてきた子育てという懐かしくもはかないいとなみの感触が存分に描かれています。山の端に滲む薄墨がかった梅雨夕焼を見るような、不思議な味があります。
ただ、口語の面白さの半面、「だね」は雪の下の仄かさを打ち消さないでしょうか。
「おんぶ紐もう要らなさう雪の下」なら◎特選と考えてそう言うと、作者がまさにこの通りの句を考えて、その後「だね」に推敲してしまったとおっしゃいました。
【原】擂粉木に胡麻うめきたる暑さかな
古田秀 【恩田侑布子評】 日常の中から詩をみつけた良さ。ごまをするときの実感があります。ただ「うめきたる」は「呻きたる」で、声が聞こえて、しつこすぎませんか。即物的に、たくさんあるという意味の「擂粉木に胡麻うごめける暑さかな」なら◯です。 【改】擂粉木に胡麻うごめける暑さかな
【合評】 感覚的な句。暑さを伝えるのに「胡麻のうめき」ととらえたのがなかなかいい。
△ 繰り返し傷舐める犬夏の闇
萩倉 誠 【恩田侑布子評】 犬は傷を舐めてなおす。静かだと思ったらまた舐めている。犬にしかわからない傷の痛みがあるのだろう。内容はいい。弱点は、犬小屋なのか、座敷犬が電気を消した部屋の隅で舐めているのか、場所が特定できず、映像が浮かびにくいのが惜しい。
【合評】 読んだ瞬間、怖いと思った。野良犬が路地裏で傷を舐めている。そこを作者が通りかかった。
飼犬が釘かなにかでけがをし、それを舐めている。
△ でで虫や己が身幅に道を食み
島田 淳 【恩田侑布子評】 「身幅に道をはむ」に素晴らしい詩の発見があります。頭の作ではなく、現場にいて蝸牛と会っている人の作品です。さらに調べをととのえて、
「かたつむり身幅に道を食みゆくも」
なら◯です。
【合評】 「身の丈にあった」はよくきくが、「身の幅に食んでいく」といっているのがおもしろい。
△ 月食のかげにさざめく雪の下
前島裕子 【恩田侑布子評】 感性のすばらしい作品です。リズムを考慮し、
「ささめける月蝕のかげ雪の下」なら、さらに◯入選です。
【合評】 月蝕(5月26日)はみていた。雪の下は知らなかったが調べてみて、葉の緑が「さざめく」と合っているよう。
△ 坪庭の暮れて仄かに雪の下
海野二美 【恩田侑布子評】 正攻法の「雪の下」の句。映像がはっきりと浮かぶ。陰翳ゆたかな品の良い坪庭が眼前する。「仄かに」はいかにも雪の下らしい。 本日の兼題の「青嵐」「かたつむり」「雪の下」の例句が恩田によって板書されました。
雪の下 歳月やはびこるものに鴨足草 安住敦
低く咲く雪の下にも風ある日 星野椿 蝸牛 かたつむり甲斐も信濃も雨のなか 飯田龍太
かたつむりつるめば肉の食ひ入るや 永田耕衣 かたつぶり角ふりわけよ須磨明石 芭蕉
でゞむしにをり/\松の雫かな 久保田万太郎 青嵐 猫ありく八ツ手の下も青あらし 前田普羅
面・籠手の中に少年青嵐 中尾寿美子
選句に入るまえに恩田より、特に初心者の方へ選句の仕方について次のようなコメントがありました。
・俳句は水準で選ぶのが大事
・好ききらいで選ばないこと
・そうした選句を重ねてゆくと句作も良くなってゆく
つぎに、選評。いつもと違い無点句からで、
・どこを直せばよくなるか
・どうすればいい句になるか
・本題季語で詠んだほうが句が広がる
・擬人化は詩的飛躍がないと卑俗になりがち
・奇をてらうよりは平凡の方がいい
・俳句という詩を詠む
・<平明で深い句>…高浜虚子のことば
と、一句一句丁寧に指導いただきました。
【恩田より総論の感想として】 ・季語には本題がありますが、滅多に使われない珍しい傍題季語を使う句がこのごろよく目立ちます。絶対に悪いわけではありませんが、本題季語のほうが共感しやすく、連想もひろがるものです。
・突飛なことばや思いつき、鬼面人を驚かす語を使ってカッコつけたくなるのは初心者の弊です。気をつけましょう。
・上に関連しますが、田舎歌舞伎で大見得を切っているような、そこだけ悪目立ちするような力みかえったことばの使い方には気をつけましょう。
【後記】
本日は、新しい仲間も加わり、いつもに増して熱の入った句会でした。
無点句から始まった選評も一句一句、かみしめ聞き入りました。
そして本題季語で詠むことの大切さを知り改めて、季語と向きあってみようと思いました。
選句についても、「好みではなく俳句の水準で選ぶ」ことを肝に銘じたいと思いました。 コロナのワクチン接種が始まりました。
これで収束に向かい、みんながリアル句会に参加できますように。
(前島裕子)
今回は、入選1句、原石賞1句、△4句、ゝシルシ14句、・2句でした。
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)
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6月23日 樸俳句会 入選句を紹介します。 ○入選
鉄板の足場ひびけり梅雨夕焼
塩谷ひろの 【恩田侑布子評】 建設現場の鉄骨に渡した鉄板の足場でしょう。しかもこれは二階や三階ではなく、かなりの高層建築を思わせます。そこに梅雨夕焼を鉄板と同時に踏んでいるかの空中感覚と、黒ずんだ夕焼けが響き返してくる臨場感があります。油断すれば転落する厳しい建設現場の仕事です。緊張感と、まだ仕事の終わらない一抹の淋しさ、孤独感。都会のブルーワーカー同士、声を掛け合ういたわりも想像されます。視覚や聴覚にダイレクトに迫る訴求力が素晴らしい。労働俳句のソリッドさが梅雨夕焼に合っています。作者が初投句の塩谷ひろのさんと知って、びっくり仰天いたしました。
○入選
照りかへす一円玉や夏燕
古田秀 【恩田侑布子評】 道路にきらっと白くひかるのは一円玉。誰も拾わない一円玉。夏つばめが急降下して地面すれすれに腹を擦り付けたかと思うや、あっという間に青空に吸い込まれる。その早さ、切れ味のよさ。なにもいわず、ただ一円玉と夏燕の詩が展開する空間の気持ちよさ。
代表・恩田侑布子。ZOOM会議にて原則第1・第3日曜の13:30-16:30に開催。