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松王かをり様より『はだかむし』へのお手紙

matsuou

 『はだかむし』に心温まる感想をいただきました。     札幌の松王かをりさん(現代俳句協会評論賞・現代俳句協会年度賞受賞者)から恩田侑布子の句集にステキなお手紙をいただきました。 *** 侑布子さま  『渾沌の恋人』を読ませていただいて、感想をお送りしようと思っていましたのに、ばたばたしていて、こんなに遅くなってしまいました。その間に、句集『はだかむし』もお送りいただき、本当にありがとうございました。  『渾沌の恋人』は、俳句にとどまらず日本の詩歌の源流、それをさらに遡り、東洋の詩の根底に息づいてきた「興」をめぐる緻密かつダイナミックな論考に、ため息をつきました。そして、大きな感動とともに読み終えました。  丸山眞男と加藤周⼀を向こうにまわしての時空論では、ドキドキわくわくしながら、俳人ゆうこりんにエールを送り、絵巻では、右から左に時間を巻き取っていきつつも、いつでも過去にも戻ることが出来、そして巻いてしまえば、過去・現在・未来がぐるぐる重なっていくという不思議。絵巻に興味がなかったわけではないのですが、改めて、絵巻の面白さに瞠目させられました。  俳人としては、第四章の「切れと余白」が最も身近なテーマでしたが、「日本の表現の本質に『切れ』があるのである」にはじまり、「切れとは俳意の別名である」に至り、最後に「切れと余白は俳句にとどまらない。異界も冥界もなく、あらゆる他者とゆたかに同居し合う日本の深い思想に、すでになっている」という卓見に感服致しました。  どの章も刺激的でありつつ、全体を通して、時空も生死も超越したうねりのようなものを感じて心が震えました。ゆうこりん、本当にすごい仕事をなさいましたね。どんな言葉でも足りないほどに感動しました。  句集の『はだかむし』、ぐいぐいひきこまれました。付箋だらけになったのですが、帯に「十二句抄」があったので、私の「十二句抄」を勝⼿に選ばせていただきました。お許し下さいね。帯の十二句抄と見比べましたら、四句被っていました。以下に「かをりによる十二句抄」をあげます。  いつの世かともに流れん春の川(雲を⼿に)  「たまたまそれはあなただったが、私でもありえた」(『渾沌の恋人』89頁)わたしたち。身ぬちを巡る水と「春の川」が響き合います。  母てふ字永久に傾き秋の海(あめのまなゐ)  「永久に傾き」が胸を打ちます。その母への思いを、「秋の海」が、しずかに、そして少しさびしく受け止めてくれるのでしょう。  青空に突つかい棒のなき寒さ(あめのまなゐ)  北国に来て、カーンと晴れた日のあの寒さを何と⾔ったものかと思っていましたら、「突つかい棒のなき寒さ」。まさに寄る辺のない寒さです。  淡交をあの世この世に年暮るゝ(あめのまなゐ)  荘子の「君子之交淡若水」は知っていますが、果たして、本当に「淡交」の意味をわかっているかというと…… お会いした時にでも、ぜひゆうこりんにお聞きしたいです。何十年も昔、茶道を嗜んでいた知人が、よく『淡交』という雑誌を読んでいたことを思い出しました。淡交の意味を深く理解していないものの、この句、う~んと唸りました。  仙薬は梅干一つ芽吹山(仙薬)  芽吹きの木々を抱えた「芽吹山」は、命のエネルギーに満ちています。取り合わせの季語の働きで、「梅干」の霊力もぐんと大きくなって。ただし、私は梅干が苦手なんです。  水澄むや敬語のまゝに老いし恋(仙薬)  「距離、屈折、秘匿。色気の三宝はこれではないかしら」(『渾沌の恋人』84⾴)、思わずくすっと。こんな恋の句もあって、楽しいです。流れるままに時を重ね、清らかなままで終わった恋でしょうか。こんな恋のひとつやふたつ、あればいいなあ。  あをあをと水の惑星核の冬(核と銀河)  「地球はまだまだ美しかった」と宇宙飛行士の野口氏が語っておられましたが、その地球に「核」があること。「あをあを」が、哀しみの青にならないことを!!!  涙袋大き法然春の夢(核と銀河)  達磨図の耳毛三本秋うらゝ  この⼆句はセットで⼀句に。もう、ゆうこりんたら、よくそんなところをと驚きと感心と。「法然・涙袋」「達磨・耳毛」、この「涙袋」と「耳毛」を入れ替えては、句になりませんものね。  歳月は褶曲なせり夕ひぐらし(はだかむし)  『渾沌の恋人』の時空論ともリンクして、胸を打ちました。まさに時空はゆがんだり、たわんだり。「夕ひぐらし」の声が、空からも、そして深井の底からも響いてきます。  引くほどに空繰り出しぬ枯かづら(はだかむし)  「空繰り出しぬ」の措辞に感服の⼀句です。  死んでから好きになる父母合歓の花(はだかむし)  <母てふ字永久に傾き秋の海>の句とも併せて、心の機微を詠んだ句も大好きでした。季語の「合歓の花」が絶妙です。  うちよするするがのくにのはだかむし(はだかむし)  本当に私たちは、この星に生まれ合った「はだかむし」同士。⾔葉の地層を抱え持っている枕詞、その枕詞「うちよする」で詠み出したところもさすがです。大きな時空を抱え持った句で、一生忘れない句だと思いました。心というより、頭にがーんときた句です。  拙い感想で申し訳ないのですが、感動の⼀端でもお伝えできればと思い、⻑々と書いてしまいました。笑って、お許し下さいね。  札幌はもう真っ白になりました。「やまとのくにのはだかむし」は、寒さに慣れていないので、元気をなくしていたのですが、ゆうこりんのご本を読ませていただいて、頑張らなくっちゃと元気が出てきました。  それでは、くれぐれもお身体に気をつけて、どうぞよいお年をお迎え下さいませ。 ⼼からの感謝をこめて 松王かをり