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11月12 日 句会報告 

冬木のみ触れて一日のたなごころ

2023年11月12日 樸句会報 【第134号】  記録的な猛暑だった今年、借り地の菜園は夏野菜のみならず冬野菜の生育もさっぱりです。視線を落とせばノジスミレやホトケノザの返り花。つくづく季節をつかみにくくなったと感じます。  しょんぼり日々を送るなか、樸zoom句会が開催されました。やれ嬉しやとパソコンの画面の中へ飛び込みたいような気持ちで参加しました。  兼題は「ばつた」「障子洗ふ」「柚子」。  特選2句、入選2句、△4句、レ11句、・11句。恩田先生が「切れの余白がゆたかで、調べもよく、多様で面白い俳句がそろった」と評した豊作の会となりました。          ◎ 特選  形見分くすつからかんの菊日和            見原万智子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「菊日和」をご覧ください。             ↑         クリックしてください   ◎ 特選  切り貼りは手鞠のかたち障子貼る            都築しづ子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「障子貼る」をご覧ください。             ↑         クリックしてください   ○入選  疵あまた無骨な柚子よ宛名書く                佐藤錦子 【恩田侑布子評】  健康な生活実感があふれる俳句だ。庭の柚子はたくさんなるが店頭に並ぶピカピカの別嬪さんではない。疵やシミや凹みがあちこちにある。でもいいじゃん。早速あの人に送ろう!茎を切っただけで芳しく匂う。料理にかければ魔法の調味料、一瞬で高級になる。お風呂にもプカプカ浮かべてもらおう。なんともいい香り。「無骨な柚子」に新しみがあり、「宛名書く」の動詞にも勢いがある。         ○入選  柚子青し手帳今日より新しく                成松聡美 【恩田侑布子評】  気がつくと庭の柚子が葉影に大きく実っている。まだ青々として、もぐには早いが、黄色いひかりの珠になって、清らかな香りが初卓や湯殿にあふれる日は近い。そうだ、新しい手帳を下ろそう。そう思わせるときめきは、軽快な調べを奏でる定型感覚のよろしさと、上五のキッパリした切れから来ている。         【後記】  季節以外にも実感をつかみにくくなったものがあります。いくつかの動作です。 ちなみに今回の季語「障子洗ふ」のかんれん季語「障子貼る」とほぼ同じ「障子を貼る」が、『絶滅危惧動作図鑑』(祥伝社、藪本晶子)という本に収められています。「障子を貼る」は絶滅危惧レベル全5段階のうちレベル4「ちいさい頃に何度かやったことがある動作」。今ではあまり見かけないということでしょう。  かく言う私も、破れないグラスファイバー入り障子紙なるものを購入してから、洗うどころか張り替えすらやっていません。  しかしひとたび季語として作句を試みれば、障子紙を寸法に合わせて切る者、刷毛で桟に糊を塗る者、自分が開けてしまった穴を切り貼りする子ども、夕暮れが迫り七輪で魚を焼く祖母、薪で風呂を沸かす祖父など、懐かしい光景が立ちどころに蘇ります。俳句には絶滅の危機に瀕したことばの保護という側面があるような気がします。  単に動作のさまを伝えるだけではないでしょう。  たとえば今回の特選句「切り貼りは手鞠のかたち障子貼る」から連想されるのは、まず、丸く切って手毬に見立てた千代紙。次に、暮らしを機能一辺倒に終わらせない作者の美意識やお人柄です。創意工夫を凝らした衣食住のあれこれが次々と目に浮かび、しみじみと、私もこの人のように生きてみたいという思いに駆られます。俳句には作者の心の持ちようを共同体に伝播させ継承させ得るはたらきがあると感じました。  これは恩田先生の超人的なご鑑賞をお聞きし、連衆の忖度のない議論に参加して初めて湧いてきた思いであり、数年前にひとりで何となく十七音を並べていた頃には想像もつかなかった気づきです。俳句は句座を囲む文芸、囲むことで完結する文芸であると改めて感じた句会でした。  この日を境に、季節は駆け足で冬へと向かっていきました。 (見原万智子) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)    ==================== 11月23日 樸俳句会 兼題は「七五三」「木の葉髪」「柊の花」です。 入選1句、原石賞4句を紹介します。         ○入選  乾杯の音頭決まりて木の葉髪                岸裕之 【恩田侑布子評】  大勢の集まりでは、まず司会者から指名を受けた人が乾杯の音頭を取ります。 挨拶、自己紹介、会の趣旨を手短かに話し、「乾杯!」の斉唱でグラスを合わす瞬間です。若い頃は音頭をとる人のテキパキと堂に行った采配に憧れたものですが、いざやらされる年代になってみると、なにげない手櫛にもはらりと髪が纏いつきます。会場の華やかな席に明るい声が響くだけに、昔日の若さを失った実感が迫ります。ペーソスある俳句です。           【原石賞】柊の花の家遠し跨線橋               見原万智子   【恩田侑布子評・添削】  いま歩いている「跨線橋」から、かつての家、それも柊の花の記憶を蘇らせた感性が素晴らしいです。ただ「ハナノイエトオシ」という中七字余りはいただけません。もたつきます。素直な定型に調べるだけで、ぐっと格調の高い句になります。 【添削例】柊の咲く家遠し跨線橋     【原石賞】吾娘もまた母の顔せり七五三               小松浩   【恩田侑布子評・添削】  孫の七五三でようやく我が娘が、一人前の母親らしい顔つきになったことに気づいた作者です。自身にも、祖父になった実感が迫ります。ただ、「もまた」の説明臭を刈り込みたいです。世代交代のめでたさと、着実な継承を印象付けるため、省略を効かせ、かつての娘の七五三もダブルイメージさせましょう。 【添削例】母の顔になりし娘や七五三      【原石賞】旅の荷は下着二枚や小春富士               古田秀   【恩田侑布子評・添削】  旅荷が「下着」だけというのはさっぱりと気持ちがいいです。このままでもなかなかの句ですが、さらに水準を高めるならば、「二枚」と「小春」の甘さを消して「一組」「冬の富士」にすれば気持ちも調子も引き緊ります。 【添削例】旅の荷は下着一組冬の富士     【原石賞】すきま風指輪リングを見遣る銀婚日               林彰   【恩田侑布子評・添削】  戸障子を吹き込む冬の季語の「隙間風」を心象に転じた着眼が面白いです。「指輪」にリングのルビを振ったことで、エンゲージリングとわかり、結婚式から二十五年経って、ぷっくりしていた指がやつれたことまで想像させます。ただ、銀婚式の日を縮めて「銀婚日」というのはやや無理がありましょう。 【添削例】銀婚の指輪リングを見遣るすきま風      

句会報告 6月4日

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2023年6月4日 樸句会報 【第129号】  九州から東海地方では、例年より1週間以上早い5月29日ごろに梅雨入りしたとみられると、気象庁が発表した直後の6月第1週。早くも台風2号が日本列島に接近、梅雨前線を刺激して、各地に甚大な被害をもたらしました。樸でも、代表の恩田先生が避難所で不安な数時間を過ごされ、会員の中にも菜園の片付けを余儀なくされる方がいらっしゃいました。一方、句会は4月1日の吟行以降、豊作が続き、今回も特選3句・入選2句が生まれました。以下、紹介いたします。  兼題は「五月雨」「草取」「萍」です。         ◎ 特選  人類に忘却の銅羅水海月            田中泥炭 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「海月」をご覧ください。             ↑         クリックしてください       ◎ 特選  隠沼こもりぬにあすを誘ふ栗の花            田中泥炭 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「栗の花」をご覧ください。             ↑         クリックしてください        ◎ 特選  空蟬はゆびきり拳万の記憶            益田隆久 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「空蝉」をご覧ください。             ↑         クリックしてください       ○入選  五月雨や猫の遺ししアルミ皿                活洲みな子 【恩田侑布子評】  少しも止む気配のない五月雨。長梅雨です。ついこの間まで一緒にいた愛猫が、いまはもう、影も形もなくなってしまいました。ただ部屋の片隅に、いつも餌をよそっていたお皿がそのままになっています。改めて気づくと、ペラペラの銀色のアルミ皿でした。そうか、みゃーちゃんは一生この薄い銀色のお皿で食事をしたんだなぁと胸に迫ります。五月雨はただ家を包んで降り続くだけ。さ行音が内容にふさわしいやさしいリズムを醸す可憐な愛に満ちた作品です。       ○入選  五月雨の垂直に落つ摩天楼                岸裕之 【恩田侑布子評】  ふつう雨はまっ直ぐ落ちます。しかし、五月雨が摩天楼の壁面スレスレを垂直に落ちる、それだけを改めて提示されると、日常空間が変容し出すから不思議です。高層ビルの千余の窓を擦過することもない無数の雨筋が、無機質の永遠を暗示し、非日常の静寂を幻出しています。省略の効いたミニマルアートを思わせます。         【後記】  樸の句会の楽しみ、奥深さは、特選や入選に選ばれる句を作れるようになるかということとともに、優秀な句を挙げる選句眼を養うことにもあります。初心者はまず作句よりも選句の力を身につけることが大切であるとの指導が毎回繰り返しなされています。作句の基礎をたたきこまれながら、選句にも真剣に臨み、先輩姉兄についていきたいと考えています。 (鈴置昌裕) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 6月18日 樸俳句会 兼題は「誘蛾灯」「河鹿」「南天の花」です。 特選3句、入選1句、原石賞1句を紹介します。       ◎ 特選  寝袋の中の寝返り河鹿鳴く            活洲みな子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「河鹿」をご覧ください。             ↑         クリックしてください       ◎ 特選  待ち人にもはや貌無し誘蛾灯            見原万智子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「誘蛾灯」をご覧ください。             ↑         クリックしてください       ◎ 特選  花南天兄にないしょの素甘かな            島田淳 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「南天の花」をご覧ください。             ↑         クリックしてください       ○入選  梅雨鯰南海トラフ揺さぶるや                林彰 【恩田侑布子評】  ひとたび南海トラフ地震が起これば、静岡以西に震度7、関東以西に大津波をもたらし、被害甚大な巨大地震となるそうだ。その原因が、あの太くて長い髭を持つ、もっさりおじさんのような「梅雨鯰」の動きにあるというから愉快だ。いや、震源近くになるかもしれないのに、面白いなんて言っていられない。恐ろしい。「揺さぶるや」という下五の問いかけが、梅雨鯰にも、日本全体にも向かっていて、結論を出さず、反響し続けるところがいい。       【原石賞】奔流は日を抱きこめり揚羽蝶               古田秀 【恩田侑布子評・添削】  言わんとするところにポエジーがあるが、やや隔靴掻痒の感。原句を読み下すと、座五のリズムがもったりし、「奔流」の勢いが死んでしまう。また「揚羽蝶」は黄色が目立つので、奔流と日にまぎれ、ぼやける。奔流の勢いを生かし、真夏の蝶の狂おしさを出すには、白波と対比的な「烏蝶」がいいのでは。   【添削例】烏蝶奔流は日を抱きこめり      

4月2日 句会報告

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2023年4月2日 樸句会報 【第127号】  新型コロナウイルスの流行以来、夏雲システムやZoomを駆使してリモートで会の継続を図ってきた樸ですが、4月1回目の句会はついにみんなで吟行することが叶いました。静岡駅に集合し藁科川をさかのぼること45分ほど、山峡の大川エリアでの吟行です。坂ノ上の薬師堂や、茶畑の上をそよぐ栃沢のしだれ桜、さらに山奥へ行き春椎茸の榾場や山葵園を見学しました。その土地と直に心を交わすような季語体験はもちろん、こだわりの十割蕎麦や「深澤清馥」というお茶の奥深い味わい、夕食の山菜御膳や焼き椎茸など食事も素敵で、目も耳も舌も大満足の会となりました。  特選5句、入選3句を紹介します。         ◎ 特選  在の春啜る十割蕎麦固め            海野二美 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「春」をご覧ください。             ↑         クリックしてください       ◎ 特選  お薬師様見下ろす村に花吹雪            海野二美 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「花吹雪」をご覧ください。             ↑         クリックしてください       ◎ 特選  しめ縄の低き鳥居に春の風            猪狩みき 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「春の風」をご覧ください。             ↑         クリックしてください       ◎ 特選  うぐひすや渦を幾重に木魚の目            古田秀 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「鶯」をご覧ください。             ↑         クリックしてください       ◎ 特選  花朧坂の上なる目の薬師            天野智美 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「花朧」をご覧ください。             ↑         クリックしてください       ○入選  菜の花や家々ささふ野面積                前島裕子 【恩田侑布子評】  飯田龍太は、「傾斜がきついのか、石垣を積んで平地を確保しなければ家が建たない」小黒坂に住み、「俳句は野面積の石垣に似ている」と看破した。野面積みは国土の七割が山間地のわが国になくてはならない擁壁と地固めの伝統技法である。作者は「菜の花や」と、まどかなひかりの黄色を画面いちめんに散りばめて、石工の力量だけで自然石を積み上げる工法こそ「家々」を支えているのだという。発想、表現ともに手堅い俳句だ。       ○入選  御仏のかひなのうちや花万朶                益田隆久 【恩田侑布子評】  花が咲き満ちると誰れしもそぞろに花の木に惹かれてゆく。大枝垂れ桜が天を覆えば、ことのほかの光景。栃沢吟行会での作者は、ほかの人が山葵沢や春椎茸のホダ場へ散策に行く間も、じっと大枝垂れ桜の下に腰を据えて、時を忘れたように句帳を広げていた。きっと「御仏のかひなのうち」に抱かれていたのだろう。法悦に近い陶酔美がある。       ○入選  なけなしの春子守りて犬吠ゆる                岸裕之 【恩田侑布子評】  一週間前にはびっしりと春椎茸がホダ木についていたのに、吟行当日は収穫後の原木が虚脱したように林立するばかり。目をさらにして探すと、ホダ場の隅に小さな春子がかろうじて幾つか見つかった。それを「なけなしの春子」といったのが愉快。がっかりしたわたしたちは、番犬にまで吠えられた。飼い主に忠実に躾られた犬は一見さんをドロボー扱いしたのだった。作者は「小唄」の名取りでもある乙な趣味人。滑稽味が躍如としている。       【後記】  今回は特選が5句も出るという豊穣な句会でした。何よりも、日ごろは画面越しの皆さんと同じ場所を歩き、それぞれに自然と出会い句作する体験は非常に楽しいものでした。また、吟行はその場で上手く作れなくても、後から思い返してふいに良い句ができることもあります。今回で言えば山里の清浄な空気の中で感じたものが、言語化される前の層として無意識の中に堆積していくのでしょうか。早くも次回が楽しみです。 (古田秀) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 4月16日 樸俳句会 兼題は「蜃気楼」「海雲」「竹の秋」です。 入選2句、原石賞4句を紹介します。       ○入選  燕来るシャッター開かぬ時計店                益田隆久 【恩田侑布子評】  どこもかしこも、日本の地方の駅周辺はシャッター街になりました。まさに衰退国家の現代詠です。昔は店内のたくさんの時計と燕が同時に時を刻んでいたのに、もう、時計店はシャッターさえ開きません。       ○入選  酢もづくの小鉢に海の遠さかな                小松浩 【恩田侑布子評】  目の前の「もづく酢」を「小鉢」まで焦点を絞って、手のひらに乗るかわいいサイズにしておいて、一挙に「海」の大きさと「遠さ」、遥かな感じがくるところ、対比の効いた巧みな空間構成です。しかも、うそいつわりのない実感に打たれます。長らく海辺で遊びくつろいだことのない、日々の労働に疲れた肉体の影を感じます。       【原石賞】天金に乱の付箋や夕桜                田中泥炭 【恩田侑布子評・添削】  天金の書に、付箋を何枚も斜めに貼ったところを「乱の付箋」としたところ、黒澤明監督の「乱」ではありませんが戦を連想してしまい、「夕桜」のもったりとした本意とずれます。「乱」ではなく「乱るゝ」と和語にし、季語もひらがなで柔らかくしたほうが、この句の元々もっていた唯美空間が生き生きと呼吸を始めます。   【添削例】天金に乱るゝ付箋夕ざくら       【原石賞】回覧板一軒飛ばす竹の秋                島田淳 【恩田侑布子評・添削】  実感はあります。でも、なぜという疑問が残りませんか。人は住んでいるけれど何か理由があって飛ばしたのか。それとも住んでいた方が、老人施設に入られたか、亡くなられたからか。とにかく「一軒」では曖昧すぎます。すっきり「空家」にすると、元の句のスピード感がよりイキイキして、竹の秋のへんに明るい空虚感が引き立ちます。   【添削例】回覧板空家を飛ばす竹の秋        【原石賞】もずく酢や昭和を生きし老ひ未いまだ                上村正明 【恩田侑布子評・添削】  誰にも読める漢字にルビを振るのはご法度です。「老ひ」は間違い。「老い」です。でも、内容は面白い角度から攻めています。ただ助詞一字で句を殺してしまいました。「し」の過去形だとヨボヨボなのに強がっているようにみえます。「て」にすれば、途端に季語の「もずく酢」が生きてくるから不思議です。   【添削例】もづく酢や昭和を生きて老い未だ       【原石賞】沢登り桃源郷あり幣辛夷しでこぶし                林彰 【恩田侑布子評・添削】  桃源郷を恋う句は世に多くありますが、蕪村の「桃源の路次の細さよ冬籠り」のように消極的な姿勢の句がほとんどです。これは「幣辛夷」の可憐でいながら清烈な春先の空気感をよく受けとめています。そこに今まで見たこともないアクティブな桃源郷への恋歌が生まれました。新味があります。   【添削例】しでこぶし桃源郷へ沢登り      

3月5日 句会報告

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2023年3月5日 樸句会報 【第126号】  1年の区切りはいつ?と考えると、お正月より3月、4月が相応しい気がします。卒業、入学、転勤、退職、新社会人。たくさんの別れと出会いが、冬から春への季節替わりとともに、再出発にふさわしい雰囲気を生み出してくれるからでしょうか。樸にもさらに新しい会員の方々が加わり、春爛漫。4月吟行会をステップに、完成した規約の下で、恩田代表と樸の仲間が理想とする俳句の会へといっそう邁進していきたいものです。  兼題は「山笑ふ」「春の鳥」「菜の花」。特選1句、原石賞5句を紹介します。         ◎ 特選  春の鳥五体投地の背に肩に            芹沢雄太郎 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「春の鳥」をご覧ください。             ↑         クリックしてください       【原石賞】菜の花の果てを見つけて人心地                島田淳 【恩田侑布子評・添削】  いちめんのなのはな いちめんのなのはな が七行続き、かすかなるむぎぶえ いちめんのなのはな で、詩の一聯が終わる山村暮鳥の詩を思い出します。  たしかに一見明るい「菜の花」ですが、あぶら臭い匂いと、黄と緑葉の対比に、繊細な作者はふっとひかりの牢獄めくものを感じたのかもしれません。「菜の花の果て」に「人心地」を見つけたのは詩の発見です。ただ、中七で「見つけ」たよと手の内を明かしてしまったことは惜しまれます。 【添削例】菜の花の果てに来りぬ人心地        【原石賞】もふ泣くなもふ菜の花を摘みにゆけ               見原万智子 【恩田侑布子評・添削】  歴史的仮名遣いを選んだ方は、投句する前に、面倒くさがらず辞書に当たって、自分の表記が正しいか、いちいち確かめてみましょう。「もふ」は古文では「思ふ」になります。正しい表記にすると、春のひかりに肉親の情が溶けあう素晴らしい俳句になります。   【添削例】もう泣くなもう菜の花を摘みにゆけ          【原石賞】ヤングケアラア菜の花の群れ見つめをり               金森三夢 【恩田侑布子評・添削】  菜の花は通常は一本では咲かないので「群れ」は言わでもがなの措辞です。代わりに場所を入れると句が締まります。「畦」でも放心のさまは表せますが、「土手」とすることで、健気なヤングケアラーの家庭内に立ち塞がる鬱屈と、堤防の向こうの緩やかな川の流れまでが想像されてきます。   【添削例】ヤングケアラー菜の花の土手見つめたる       【原石賞】潮風ビル風菜の花に揉みあへり               古田秀 【恩田侑布子評・添削】  言わんとするところは面白いです。ただなんとかしたいのは、字面と調べのごちゃつき感です。たった漢字一字を変えるだけで、都会の海浜部の春風を活写でき、水上都市、東京が浮かび上がります。   【添削例】海風ビル風菜の花に揉みあへり       【原石賞】仕送りのこれが終わりと花菜道               活洲みな子 【恩田侑布子評・添削】  学生時代の終わりでしょう。親からしたら長い仕送りの日々が、子としてはあっけなく終わるもの。子の立場から詠んだ句として、放り出されることの不安と解放感を口語の「これつきり」に託してみましょう。しばらく倹約しないとやっていけないけど、まあなんとかなるさ、という朗らかな現実肯定のにじむ俳句になります。 【添削例】仕送りのこれつきりよと花菜道       【後記】  春は兼題の季語も、どこかのんびり穏やかなものが多いように感じました。この季語というもの、そこに包まれる様々なイメージをたった一語で語ることができるものなのですね。俳句の専門用語で言えば「本意」「本情」。いくら調べやリズムが整っていても、季語が1句のなかで孤立して見えるような俳句は良い俳句ではない———。それが少しわかりかけてきただけでも、この半年の悪戦苦闘は無駄ではなかったかな、と思っています。前途遼遠ではありますが…。 (小松浩) 今回は、◎特選1句、○入選0句、原石賞5句、△4句、✓シルシ5句、・9句でした。 (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 3月19日 樸俳句会 兼題は「霞」「海苔」「雉」です。 入選1句、原石賞2句を紹介します。       ○入選  選挙カーにはか鎮まり雉走る                山田とも恵 【恩田侑布子評】  山村にやってきた市議か町議の選挙カーでしょう。まばらな人家に向かって名前を連呼していた大声が突然途切れます。オヤッ。鍬の手を止めると、トトトトツ。赤い頭に深緑の羽をかがやかせ、大きな雉が道をよぎってゆきます。「桃太郎」に出てくる国鳥は不変でも、日本は少子社会で衰退の一途。十年もせずに、この谷も廃村になりかねません。日本固有種の雉の羽が春を鮮やかに印象させ、思わず見惚れた放心の春昼。面白くて、やがてそのあとが怖くなります。       【原石賞】海苔炙る有明海を解き放て                林彰 【恩田侑布子評・添削】  諫早湾の開門問題は地元漁業者のみならず、全国民の長年の関心事でした。このたび、最高裁の「開けない」判決を知った作者は義憤を覚えています。ただ、原句は勇ましすぎます。俳句はプロパガンダでもスローガンでもありません。作者のせっかくの切実な思いを生かすには、語調は逆に静める方がいいのです。鎮めて祈りのかたちにしましょう。 【添削例】有明海解き放てよと海苔炙る       【原石賞】板海苔や波わかつよにはさみ入れ                山田とも恵 【恩田侑布子評・添削】  照り、コク、香りの揃った上等の海苔でしょう。手にとってつぶさに見ると、細かい繊維はたしかに夜の海原を思わせ、下半分のひらかな表記もさざなみのようです。そこに料理鋏を入れる。それだけのことですが、「波わかつよに」に詩の発見があります。上五を「や」の切字で切っているので、終止形にするとさらに句が引き緊まります。 【添削例】板海苔や波わかつよにはさみ入る     

1月25日 句会報告

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2023年1月25日 樸句会報 【第124号】   恩田先生の新しい句集『はだかむし』。ゆっくり、嚙み砕くように拝読しました。特に「山繭」の章に感動いたしました。    起ち上がる雲は密男みそかを夏の山  明るく力強いエロス・・こんな密男なら女はひれ伏すしかありません。恩田侑布子という俳人の凄みを感じ、背筋がぞくっとしました。  兼題は「冬籠」「寒鴉」「枯尾花」です。特選1句、入選2句、原石賞4句を紹介します。 ◎ 特選  冬ごもり硯にとかす鐘のおと            益田隆久 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「冬籠」をご覧ください。             ↑         クリックしてください     ○入選  寒鴉父と娘は又口喧嘩                都築しづ子 【恩田侑布子評】  K音6音がけたたましいカラスの声のようです。我ながら親子のどうしようもない成り行きと、その末の近ごろの関係を心寒く思っています。それらが生き生きと実直に寒鴉の季語に託されました。一句を読み下すスピード感が冬の空気や風の寒さまで思わせます。       ○入選  道迷ふたびあらはるるうさぎかな                芹沢雄太郎 【恩田侑布子評】  ひらがなの多用が夢魔の境を行き来するようで効果的です。メルヘンチックなようでいて、少し不気味な持ち味の句です。「うさぎ」は行く先を知っているのでしょうか。それとも、ますます迷わせるだけでしょうか。富士山の麓、御殿場で過ごした少年時代の原体験でしょうか。『不思議の国のアリス』の世界が背景に匂います。       【原石賞】寒鴉引揚船の忘れ物                海野二美 【恩田侑布子評・添削】  敗戦直後の情景を掬い上げたユニークな俳句です。侵略した大陸から命からがら日本に向かって引き揚げる船。港から離れようとするとき、寒鴉だけが喚くように鳴き立てます。あるいは寡黙に埠頭に立ち尽くします。このままでも悪くはないですが、「謂い応せて」しまった「忘れ物」の措辞を推敲すれば素晴らしい句になるでしょう。一例ですが、 【添削例】寒鴉引揚船に喚き翔つ        【原石賞】滑舌のわろわろしたる冬籠               田中泥炭 【恩田侑布子評・添削】  「わろわろ」は出色の擬態語です。ただ、このままでは中七までの十二音が季語の修飾になります。「の」に格助詞の切れを持たせ、リズムにも滑稽感をにじませると、非常にユニークな特選句になります。   【添削例】滑舌のはやわろわろと冬籠          【原石賞】花豆のふつふつ眠く冬籠               古田秀 【恩田侑布子評・添削】  トロ火の鍋に「ふつふつ」と花豆が煮含まってゆく擬音語が効果的です。ただ「眠く冬籠」とつなげてしまったのが惜しまれます。花豆と冬籠だけを漢字にして目立たせ、あとはひらがなでねむたくやさしくしましょう。中七を「ねむし」と切れば、冬の閑けさがひろがります。。 【添削例】花豆のふつふつねむし冬籠       【原石賞】枯尾花と自らを呼ぶ佳人かな               金森三夢 【恩田侑布子評・添削】  捻った句です。俳味があります。ただし季語がありません。人の喩えで、しかも自称「枯尾花」ですから、どこにも本当の枯尾花が存在しないのです。「枯れ尾花」があって、そのほとりで「私もそうよ」という情景にすれば面白い句になります。作者はこの佳人にどうも惚れかけています。 【添削例】枯尾花わたしのことといふ佳人     ...

6月22日 句会報告

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2022年6月22日 樸句会報 【第117号】 樸俳句会のメンバーの中には、連れ立って、兼題の季物を見に出かける方も。たとえ本命に巡りあえずに終わったとしても、他の句材を得たり、さらに友情を深めたり――そうした裏話を伺うたび、あらためて俳句の素晴らしさを思います。コロナ禍でつい家に籠りがちになりますが、やはり季語の現場へ繰り出し、五感をフルに躍動させてこそ作品に命を吹き込めるのですね。 兼題は「夏の川」「亀の子」「夏木立」です。 入選1句、原石賞2句を紹介します。 ○入選  屋久のうみ亀の子月と戯れる                林彰 【恩田侑布子評】 屋久島の夜の海辺で目にしたさりげない光景です。やさしいしらべは凪いだ海さながら。屋久杉の生い茂る円かな島にひたひたと打ち寄せる藍色の海。波間には月光が散らばり、亀の子がやわらかな手足を伸ばしています。それを「月と戯れる」と把握し、うたいおさめたところに虚心な詩が生まれました。旅先のくつろぎのひととき、肩から力の抜けた小スケッチが永遠に通じています。     【原】底に臥し太陽見上ぐ夏の川               鈴置昌裕 【恩田侑布子評・添削】 プールで泳ぐより、川泳ぎが好きな人の俳句。静岡県下の河、安倍川、藁科川にはじまり、大井川、天竜川、富士川で泳ぎまくった少女時代を持つ私は大いに共鳴します。同時に、老婆心ながら「太陽見上ぐ夏の川」はゲームばかりしている現代っ子には一生詠めないのでは、と心配になります。川底の清らかな砂礫に腹を擦り付けるように潜り、そこから反転して浮かび上がる刹那にきらめく太陽の光こそ夏の醍醐味です。添削したいのは上五「底に臥し」の硬さです。 【改】潜りこみ太陽見上ぐ夏の川 【合評】 水面を透かして見る陽光にうっとり。 私の住む町の川は市民から親しまれているが、夏には水量が極端に減り、岸でバーベキューというのが定番。この「夏の川」はどんな状態なのか、「底」にどう寝ているのか、原句ではわかりにくい。     【原】還暦の洟たれ小僧夏河原               林彰 【恩田侑布子評・添削】 ちょうど還暦を迎えた作者でしょう。六〇歳は、壮年期の終わりを告げられるようで、今までの誕生日とはちょっと気分が違います。しかし作者は、俺はまだ「還暦の洟たれ小僧」にすぎないと言い聞かせ、夏河原をほっつき歩いています。このままでも十分気持ちは伝わります。が、たった一字の助詞を変えるだけで、「俺」という自意識から解放され、句柄が大きくなります。季語も生きてきます。 【改】還暦は洟たれ小僧夏河原 【合評】 こういう自虐めいたことを言える還暦の大人になりたいです(笑)。私は三八歳ですが、十代の記憶を持ったまま還暦になるような気がします。 傍題の「夏河原」を選んだのがいいですね。具体的な場所に自分を置き、客観視している。   今回の例句が恩田によってホワイトボードに記されました。 なお、最後の句(付)は兼題そのものではなく、「夏の川を詠んだ」作品として紹介されています。     亀の子  子亀飼ふ太郎次郎とすぐ名づけ               皆吉爽雨    夏木立  夏木立伊豆の海づらみえぬなり               大江丸  井にとゞく釣瓶の音や夏木立               芝不器男     夏の川・夏川・夏河原  夏河を越すうれしさよ手に草履               蕪村    付  渓川の身を揺りて夏来るなり               飯田龍太 【後記】 入選句について「気負いのない作品の良さ」が話題になりました。愛唱句の条件でしょう。万人に愛されるといえば、前回の句会報の後記で取り上げた「馬ぼく/\我をゑに見る夏野哉」。ふうふう息をつきながら馬に揺られている作者・芭蕉翁が浮かんで、微笑みを誘われます。実は縦書きで紹介したかったのですが、この句会報はスマホに合わせているので、ほとんどが横書きです。最近買った本、『松尾芭蕉を旅する:英語で読む名句の世界』では、著者ピーター・J・マクミラン氏が以下のごとく英訳していました。   Ambling on a horse through the summer countryside― Feels like I'm moving through a painting. これなら横書きがふさわしい、芭蕉の旅がアップデートされたように感じます。ところで俳句はなぜ縦書きなのでしょう。思わず膝を打ちたくなる答が、恩田侑布子の新著『渾沌の恋人(ラマン):北斎の波、芭蕉の興』に載っております。ぜひ、ご一読のほど賜りますよう。 (田村千春) 今回は、入選1句、原石賞3句、△4句、ゝ7句、・7句でした。 (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) =============================  6月5日 原石賞紹介 【原】清流浴鮎に私にプリズム光                海野二美 【恩田侑布子評・添削】 「森林浴」という言葉があるので、「清流浴」と言ってみたくなったのでしょう。しかし、「鮎」は清流にしかいない魚ですから、念押しは野暮です。それに引き換え中七以下「鮎に私にプリズム光」は素晴らしいフレーズです。清流に潜った人の臨場感あふれる措辞です。ここを最大限生かすには、上五はあっさり動作だけにする方がいいです。それこそ清らかな水と一体化する感じがしますよ。 【改】泳ぎゆく鮎にわたしにプリズム光    【原】野糞すや旱の牛に見られつつ               芹沢雄太郎 【恩田侑布子評・添削】 「旱の牛」で野外ということが十分にわかります。「野糞すや」は俳諧味を狙ったとしても強烈でくどいです。「くそまる」といういい措辞があります。 【改】糞りぬ旱の牛に見られつつ こうすれば、恥ずかしさと、開放的な気分がともに表現されます。旱の牛との共生感覚が立ち現れ、光彩陸離たる野糞のインド詠に早変わりです。  

2月6日 句会報告

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2022年2月6日 樸句会報 【第113号】 オミクロン株の急速な感染拡大にともない、2月の樸俳句会は夏雲システムを利用したリモートでの開催となりました。コロナ禍の中、家に籠っていると鬱々としてしまいますが、外に出れば梅が咲き、目白がみどりの礫となって目の前をよぎります。季節は確実に春になっているのに、いまだ人類の精神は真冬のただなかにあるような日々です。 兼題は「氷」「追儺」「室咲」です。 特選句1句、入選句4句、原石賞1句を紹介します。 ◎ 特選  首元の皺震はする追儺かな             芹沢雄太郎 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「追儺」をご覧ください。             ↑         クリックしてください   ○入選  雪掻きの苦なきマンション父と母                前島裕子 【恩田侑布子評】 何十年間も冬は雪掻きの労苦と共にあった両親が、今は老いてマンション住まいに。ようやく雪掻きの苦役から解放されました。安堵感とともに、昔の一軒家での家族の暮らしぶりや、雪の朝、若かりし父母が元気に立ち働いていた声など、こもごもが望郷の思いに呼び起されます。北国の暖かなマンションの一室に、皺深くなった父母が夫婦雛のように福々しく鎮座しているのが目に見えるようです。「苦なきマンション」に雪国の実感があふれます。     ○入選  パリパリと氷砕いて最徐行                望月克郎 【恩田侑布子評】 スノータイヤを履いた車が厳冬の朝、凍結した道路や薄く氷の張った山道を進んでゆくところ。中七の「パリパリと氷砕いて」までの歯切れの良さ、フレッシュな若々しさから下五が一転する面白さ。「最徐行」の慎重さが一句に実直な生命感を注入しています。地味な句柄ですが、臨場感いっぱいでユニークな俳句。     ○入選  室の花会へばいつもの口答へ               芹沢雄太郎 【恩田侑布子評】 温室栽培の「室の花」に暗示されているのは、両親・祖父母に大事にされて大きくなったお嬢さん、お坊ちゃんでしょう。中国の一人っ子政策で長じた青年もこんな感じでしょうか。親元にたまに帰って来れば、すぐさま口答え。一人で大きくなったと勘違いしているようです。てっきり子や孫を詠んだ句と思ったら、なんと作者は三十代の若者。自分を客観視して「室の花」と自嘲しているのでした。そこにこの句のシャープな切れ味があります。 【合評】 ぬくぬくした環境は人の甘えを誘いますね。甘えもあって、つい大切な人に口答えしてしまう光景が思い浮かびました。そのあとに少し後悔してしまうところも。     ○入選  割れ残る氷探しつ通学路               島田 淳 【恩田侑布子評】 暖国の小学生の冬の登校路が活写されました。静岡は氷の張ること自体が珍しいので、子どもたちはもし、氷が通学路に張っていようものなら、われ先に乗ったり、砕いたりして快哉を叫んだものでした。欠片でもいいからと、キョロキョロ氷を探す小学生のまなざしが、中七の「探しつ」に込められ、イキイキした子ども時代の実感があります。 【合評】 小学生の登校時を思い出します。60年近く前は、人が乗っても割れない氷がありました。「割れ残る氷」を探したということは、ずっと後の世代の方なのですね。 水たまりに氷が張っていれば踏んで遊ぶのが小学生というもの。わざわざ「探し」てまで氷を割りたがるのが可愛らしく、面白いです。     【原】打ち砕く氷や告白を終へて               芹沢雄太郎 【恩田侑布子評・添削】 若者ならではのやり場のない思いと力の鬱屈を同時に感じます。「終へて」で終えない方がいいでしょう(笑)。語順を替えて、 【改】告白を終へて氷を打ち砕く こうするとやり場のなさが力強い余韻となって残ります。しかも打ち砕かれた氷の鋭いバラバラの光までもが見えてきそうです。             【後記】 3月9日に本年度の芸術選奨が発表され、堀田季何さんの第四詩歌集『人類の午後』が文部科学大臣新人賞を受賞しました。受賞作の中の一句<戦争と戦争の間の朧かな>は、戦争を人類史に永続するものと捉え、平和はその狭間に仄かに点在するものだという、人類世界の本質を深く抉るような句。ロシアによるウクライナ侵攻のニュースが連日取りざたされている中、平和を希求する言葉を持ち続けることの大切さを思い知らされます。(古田秀)   今回は、◎特選1句、○入選4句、原石賞1句、△5句、✓シルシ8句、・7句でした。 (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ============================= 2月23日 樸俳句会  兼題は「バレンタインデー」「白魚」「蕗の薹」です。 特選2句、入選2句、原石賞2句を紹介します。 ◎ 特選  からり、さくり、はらり、蕗の薹揚がる               林 彰 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「蕗の薹」をご覧ください。             ↑         クリックしてください     ◎ 特選  蕗の薹姉の天婦羅母の味              金森三夢 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「蕗の薹」をご覧ください。             ↑         クリックしてください    ○入選  バレンタイン忘れて過ぎる安けさよ                望月克郎 【恩田侑布子評】  少年時代からバレンタインは、ドキドキしたり、うれしかったり、淋しかったり、めんどうだったり。まあ、今となっては、ドタバタ劇のようなもの。そんなことにはもう煩わされない。「忘れて過ぎる安けさよ」に、いい歳を重ねたものだ、という自足の思いが滲みます。言えそうでいえないセリフは大人の俳味。さらにいえば、文人の余裕が仄見えます。   ○入選  鶏を煮る火加減バレンタインデー                 古田秀 【恩田侑布子評】 チョコレートを異性に贈る「バレンタインデー」に、「火加減」を気遣って「鶏を煮」ていることに、まず意外性があります。チョコレートの他に、こってりした骨付き肉のワイン煮やトマトソース煮をいそいそと作って、やがて仲睦まじい晩餐が始まるのでしょう。勤めを終えた恋人が今にもマンションのドアを叩きそう。俳句の重層性を持つ大人の句です。作者はきっと恋愛の達人でしょう。    【原】飯場にて女湯は無し蕗の薹               見原万智子 【恩田侑布子評・添削】  「飯場」は鉱山やダムや橋などの長期工事現場に設けられた合宿所。そうした人里離れた労働現場に咲く蕗の薹の情景には手垢がついていません。しかもそこには「女湯」がない、という内容も、蕗の薹を引き立てて清らかです。素材の選定で群を抜いた句です。惜しいたった一つの弱点は「にて」。のっけから説明臭が出てしまいました。この句の内容である早春の山間の男だけの空間の清しさを出すには、助詞一字変えるだけでOKです。 【改】飯場には女湯は無し蕗の薹            【原】飲むやうに食ふ白魚の一頭身               塩谷ひろの 【恩田侑布子評・添削】 「白魚の一頭身」は素晴らしい発見。そのとおり、白魚の胴体にはくびれも節もありません。「一頭身」によって、言外に黒い二つの眼も印象されます。惜しむらくは、五七六の字余りがリズムをもたつかせて終わることです。ここは定型の調べに乗せて、すっきりとうたい、勢いをつけましょう。喉を通ってゆくのが感じられる特選句になります。 【改】しらうをの一頭身を呑み下す      

あらき歳時記 蕗の薹

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2022年2月23日 樸句会特選句   からり、さくり、はらり、蕗の薹揚がる                    林 彰  蕗の薹の摘みたてを、薄く衣を絡めて、さあっと揚げます。天ぷら油から揚げる菜箸の先の質感を、「からり、さくり、はらり、」と、オノマトペの三連続で表現しました。図らずも「らり、り、らり、る」とR音の軽やかな音律が脚韻効果をあげ、蕗の薹の軽いはかなさ、スプリングエフェメラルのうすみどりを、目の前にありありと映し出します。最後の「はらり」は、よく出ました。熱々をさくっと食めば、ほろ苦い甘みが鼻腔いっぱいに広がりそう。                         (選 ・鑑賞   恩田侑布子)   2022年2月23日 樸句会特選句    蕗の薹姉の天婦羅母の味                    金森三夢  たしかな手ごたえを持つ俳句です。余分なことは何もいいません。端的に、「蕗の薹」「姉の天婦羅」「母の味」と、名詞句をぽんぽんぽんと三つ重ねただけ。それが堅実な家族の味わいをかもしています。亡き母の揚げてくれたふきのとうのおいしさが、ありありと読者の胸にも迫ります。そしてその春先の口福を亡き母に代わって、今度はやさしいお姉さんが自分のために揚げてくれます。なんと愛情に満ちた家族でしょう。母と姉と自分のあいだに共有された、なんというあたたかく丁寧に生きられた時間でしょうか。                         (選 ・鑑賞   恩田侑布子)