「益田隆久」タグアーカイブ

あらき歳時記 空蝉

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2023年6月4日 樸句会特選句  空蟬はゆびきり拳万の記憶                    益田隆久  川崎展宏の〈夕焼けて指切りの指のみ残り〉が面影として浮かびます。展宏の句は、滅びてしまった片恋の思い出です。こちらは、一句の構造がもう少し複雑です。たぶん蟬殻を樹肌からそっと引き剥がしたのでしょう。なぜか、痛い、と感じた刹那、作者の初恋は蘇りました。針のように細い足が意外にもしっかりと幹を抱いていたからでしょうか。わたしもあの時、あなたと痛いほどゆびきり拳万を交わしたのです。蟬がすき透る殻を残して大空に飛び立ったように、わたしたちも離れ離れになりました。手のひらの上の軽さを嗤うような、精巧に刻まれた眼、胸、腹、そして足爪。詩的飛躍が素晴らしい、忘れられなくなる俳句です。                         (選 ・鑑賞   恩田侑布子)

句会報告 5月7日

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2023年5月7日 樸句会報 【第128号】  太陽暦5月、[さつき]です。今回から季語が[夏]になりました。歳時記の冊が改まりました。実感としては まだ[夏]には早い感もありましたが、季節感は捉え直すものと思い直しました。  兼題は「立夏」「葉桜」「柏餅」です。特選2句、入選2句、原石賞3句を紹介します。         ◎ 特選  父母は茅花流しの向かう岸            活洲みな子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「茅花流し」をご覧ください。             ↑         クリックしてください       ◎ 特選  紙兜脱ぎて休戦柏餅            上村正明 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「柏餅」をご覧ください。             ↑         クリックしてください        ○入選  初夏やタンクトップにビーズ植う                都築しづ子 【恩田侑布子評】  なんの飾りもないタンクトップに、細やかなビーズの光を添える。一人の手芸の時間を楽しむ作者に、心ときめく夏の日々の予定が想像される。ことに、句末の「植う」は秀逸。たんなるおしゃれさんではない聡明な作者の横顔が目に浮かぶよう。       ○入選  葉桜の校庭脇の土俵かな                都築しづ子 【恩田侑布子評】  相撲部のために校庭の隅に「土俵」がこしらえてある。すべすべして白い土俵の土と葉桜の配合がいかにも初夏の涼風を感じさせる。ひとけがなく静まっている土俵というものはいいもの。       【原石賞】真新しちちの墓石に緑さす                前島裕子 【恩田侑布子評・添削】  ついこの間まで肉体があって手に触れられた父が、墓石になってしまった。「真新しい」という句頭に思いが溢れる。おりしも白御影と思われる石に若葉のかげがさしている。墓石になった父が、地中から自分を励ましてくれるようだ。「生きているうちはしっかり前を見て歩きなさいよ」。原句は、「真新し」の終止形で上五に切れが生じ、中七の「ぼせきに」も軽い一呼吸があり、リズムがややたどたどしい。「真新しき」と打ち出したいが字余りになるので、上五は「真新まつさらな」として感動の焦点を絞り、「ぼせき」は「はかいし」とやわらかい調べにしたい。悲しみが言外に伝わるとともに作者の決意が感じられてくる。   【添削例】真新なちちの墓石緑さす       【原石賞】スマホおす付け爪のゆび薄暑光                前島裕子 【恩田侑布子評・添削】  現代の若い女性は爪先に凝る人が多い。ネイルアートや付け爪まで。それをスマホと取り合わせた動きのある光景がいい。ただし、「おす」は鈍い感じ。「すべる」にすれば、上滑りの生の在り方まで暗に感じられ、現代人の表層的な生の哀しみも微かににじむ。   【添削例】スマホすべる付け爪のゆび薄暑光       【原石賞】黒々と命名の「郎」の柏餅               都築しづ子 【恩田侑布子評・添削】  生まれてまず子供に名前をつける。この時の高揚感は生涯忘れられないもの。うやうやしく墨を摺り、真っ白な奉書紙にその名を大きく記す。親になった確かな感慨が迫る。原句はこうしたゆたかな内容に、のんべんだらりとしたリズムがそぐわずもったいない。「黒々と」ではマジックペンもあり得る。墨書であることを打ち出せばさらに格調が生まれよう。   【添削例】命名の「郎」の墨痕柏餅     【後記】  Zoom句会は毎回、参加者の一人か二人に小さな機械トラブルがありますが、「PCを買い替えた」「これを買い足した」とのご報告が相次ぎました。すっかり安定したという報告の方もあり、少しずつ安心しています。句会は、先生から「今回は好句が多かった」とのお言葉で、お点を頂戴した者も嬉しかったことでした。  私事ですが、坂井は東京で務めた新聞の後の地元紙での勤務も期限となり、ほぼ隠棲の身になりました。今後とも一層、よろしくお願いします。 (坂井則之) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 5月21日 樸俳句会 兼題は「卯波」「蜥蜴」「新樹」です。 特選1句、入選1句、原石賞4句を紹介します。             ◎ 特選  卯波立つ廃炉作業の発電所            猪狩みき 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「卯波」をご覧ください。             ↑         クリックしてください       ○入選  碌山の≪女≫漆黒新樹光                岸裕之 【恩田侑布子評】  長野県の碌山記念館は新樹の木立に包まれている。天井のステンドグラスから緑のひかりがさす。安曇野を生地とする夭折の彫刻家、荻原守衛(号・碌山)の代表作にして遺作「女」は、作者自身の、叶うはずもなかった片恋に発した、憧憬と懊悩を体現している。裸婦の漆黒の肌に移ろってやまない初夏の碧いひかりに魅せられる。       【原石賞】囀りに絢爛湧きぬ身内かな               見原万智子 【恩田侑布子評・添削】  「囀り」は春の季語で、五月下旬の句会投句には不適切。とはいえ、発想にめざましい詩がある。自然のなかで春鳥の豊潤な囀りに包まれていると、わが身の裡からも「絢爛」たるものが湧き立ってくるようだ。原句は中七の「湧きぬ」で切れ、囀りと自分の身とが分断されてしまった。句末の切字「かな」もはたらいていない。沸き立つ思いは一挙に書き下ろすべき。   【添削例】囀りに身の絢爛の湧き立ちぬ       【原石賞】寄せ返す頭痛卯の花腐しかな                古田秀 【恩田侑布子評・添削】  新緑は美しいが、神経の繊細なひとにはつらい時期でもある。朝から頭痛が寄せては返す波のよう。卯の花腐しの雨も降っていて、やるせない。暖かくなったとはいえ、足元や首筋は若葉寒である。原句は、「寄せ返す」が、やや辿々しい。「さざなみの」とすれば、「卯の花」の細やかな白い花ともひびき、愛誦性も増しそうだ。   【添削例】さざなみの頭痛卯の花腐しかな        【原石賞】緑蔭に水滴の兎と居れり                益田隆久 【恩田侑布子評・添削】  山居の新緑の木立に文房四宝の白兎の水滴。美しい光景である。とはいえ、内容は詩、読み下すと散文。句末の「居れり」は取ってつけたよう。つまり、原句は「緑蔭に水滴の兎」。ここまでで見事に完成した短詩、あるいは短律になっている。個人的には短律もいいと思うが、作者が定型の俳句にしたいなら、さらに「水滴の兎」の焦点を絞りたい。   【添削例】緑蔭にみみたて水滴の兎       【原石賞】沖の卯波海道の名はストロベリー               都築しづ子 【恩田侑布子評・添削】  言わんとするところは面白い。原句の「海道の名はストロベリー」は説明っぽいので、いっそ、ひと塊の固有名詞、「ストロベリー海道」にしてしまおう。いちごの赤い色の点在と、白い卯波とが引き立て合い、調べも軽快になる。   【添削例】ストロベリー海道よする卯波かな      

4月2日 句会報告

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2023年4月2日 樸句会報 【第127号】  新型コロナウイルスの流行以来、夏雲システムやZoomを駆使してリモートで会の継続を図ってきた樸ですが、4月1回目の句会はついにみんなで吟行することが叶いました。静岡駅に集合し藁科川をさかのぼること45分ほど、山峡の大川エリアでの吟行です。坂ノ上の薬師堂や、茶畑の上をそよぐ栃沢のしだれ桜、さらに山奥へ行き春椎茸の榾場や山葵園を見学しました。その土地と直に心を交わすような季語体験はもちろん、こだわりの十割蕎麦や「深澤清馥」というお茶の奥深い味わい、夕食の山菜御膳や焼き椎茸など食事も素敵で、目も耳も舌も大満足の会となりました。  特選5句、入選3句を紹介します。         ◎ 特選  在の春啜る十割蕎麦固め            海野二美 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「春」をご覧ください。             ↑         クリックしてください       ◎ 特選  お薬師様見下ろす村に花吹雪            海野二美 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「花吹雪」をご覧ください。             ↑         クリックしてください       ◎ 特選  しめ縄の低き鳥居に春の風            猪狩みき 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「春の風」をご覧ください。             ↑         クリックしてください       ◎ 特選  うぐひすや渦を幾重に木魚の目            古田秀 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「鶯」をご覧ください。             ↑         クリックしてください       ◎ 特選  花朧坂の上なる目の薬師            天野智美 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「花朧」をご覧ください。             ↑         クリックしてください       ○入選  菜の花や家々ささふ野面積                前島裕子 【恩田侑布子評】  飯田龍太は、「傾斜がきついのか、石垣を積んで平地を確保しなければ家が建たない」小黒坂に住み、「俳句は野面積の石垣に似ている」と看破した。野面積みは国土の七割が山間地のわが国になくてはならない擁壁と地固めの伝統技法である。作者は「菜の花や」と、まどかなひかりの黄色を画面いちめんに散りばめて、石工の力量だけで自然石を積み上げる工法こそ「家々」を支えているのだという。発想、表現ともに手堅い俳句だ。       ○入選  御仏のかひなのうちや花万朶                益田隆久 【恩田侑布子評】  花が咲き満ちると誰れしもそぞろに花の木に惹かれてゆく。大枝垂れ桜が天を覆えば、ことのほかの光景。栃沢吟行会での作者は、ほかの人が山葵沢や春椎茸のホダ場へ散策に行く間も、じっと大枝垂れ桜の下に腰を据えて、時を忘れたように句帳を広げていた。きっと「御仏のかひなのうち」に抱かれていたのだろう。法悦に近い陶酔美がある。       ○入選  なけなしの春子守りて犬吠ゆる                岸裕之 【恩田侑布子評】  一週間前にはびっしりと春椎茸がホダ木についていたのに、吟行当日は収穫後の原木が虚脱したように林立するばかり。目をさらにして探すと、ホダ場の隅に小さな春子がかろうじて幾つか見つかった。それを「なけなしの春子」といったのが愉快。がっかりしたわたしたちは、番犬にまで吠えられた。飼い主に忠実に躾られた犬は一見さんをドロボー扱いしたのだった。作者は「小唄」の名取りでもある乙な趣味人。滑稽味が躍如としている。       【後記】  今回は特選が5句も出るという豊穣な句会でした。何よりも、日ごろは画面越しの皆さんと同じ場所を歩き、それぞれに自然と出会い句作する体験は非常に楽しいものでした。また、吟行はその場で上手く作れなくても、後から思い返してふいに良い句ができることもあります。今回で言えば山里の清浄な空気の中で感じたものが、言語化される前の層として無意識の中に堆積していくのでしょうか。早くも次回が楽しみです。 (古田秀) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 4月16日 樸俳句会 兼題は「蜃気楼」「海雲」「竹の秋」です。 入選2句、原石賞4句を紹介します。       ○入選  燕来るシャッター開かぬ時計店                益田隆久 【恩田侑布子評】  どこもかしこも、日本の地方の駅周辺はシャッター街になりました。まさに衰退国家の現代詠です。昔は店内のたくさんの時計と燕が同時に時を刻んでいたのに、もう、時計店はシャッターさえ開きません。       ○入選  酢もづくの小鉢に海の遠さかな                小松浩 【恩田侑布子評】  目の前の「もづく酢」を「小鉢」まで焦点を絞って、手のひらに乗るかわいいサイズにしておいて、一挙に「海」の大きさと「遠さ」、遥かな感じがくるところ、対比の効いた巧みな空間構成です。しかも、うそいつわりのない実感に打たれます。長らく海辺で遊びくつろいだことのない、日々の労働に疲れた肉体の影を感じます。       【原石賞】天金に乱の付箋や夕桜                田中泥炭 【恩田侑布子評・添削】  天金の書に、付箋を何枚も斜めに貼ったところを「乱の付箋」としたところ、黒澤明監督の「乱」ではありませんが戦を連想してしまい、「夕桜」のもったりとした本意とずれます。「乱」ではなく「乱るゝ」と和語にし、季語もひらがなで柔らかくしたほうが、この句の元々もっていた唯美空間が生き生きと呼吸を始めます。   【添削例】天金に乱るゝ付箋夕ざくら       【原石賞】回覧板一軒飛ばす竹の秋                島田淳 【恩田侑布子評・添削】  実感はあります。でも、なぜという疑問が残りませんか。人は住んでいるけれど何か理由があって飛ばしたのか。それとも住んでいた方が、老人施設に入られたか、亡くなられたからか。とにかく「一軒」では曖昧すぎます。すっきり「空家」にすると、元の句のスピード感がよりイキイキして、竹の秋のへんに明るい空虚感が引き立ちます。   【添削例】回覧板空家を飛ばす竹の秋        【原石賞】もずく酢や昭和を生きし老ひ未いまだ                上村正明 【恩田侑布子評・添削】  誰にも読める漢字にルビを振るのはご法度です。「老ひ」は間違い。「老い」です。でも、内容は面白い角度から攻めています。ただ助詞一字で句を殺してしまいました。「し」の過去形だとヨボヨボなのに強がっているようにみえます。「て」にすれば、途端に季語の「もずく酢」が生きてくるから不思議です。   【添削例】もづく酢や昭和を生きて老い未だ       【原石賞】沢登り桃源郷あり幣辛夷しでこぶし                林彰 【恩田侑布子評・添削】  桃源郷を恋う句は世に多くありますが、蕪村の「桃源の路次の細さよ冬籠り」のように消極的な姿勢の句がほとんどです。これは「幣辛夷」の可憐でいながら清烈な春先の空気感をよく受けとめています。そこに今まで見たこともないアクティブな桃源郷への恋歌が生まれました。新味があります。   【添削例】しでこぶし桃源郷へ沢登り      

2月5日 句会報告

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2023年2月5日 樸句会報 【第125号】  新暦3月にあたる如月という和風月名の由来は「衣更着」厳しい寒さに備え重ね着をする季節という説、陽気が更に来る月だからという「気更来」説、春に向け草木が生え始めるからという「生更木」説などがある様です。俳句に親しみ歳時記と睨めっこしていると色々、面白い発見があります。2月1回目の句会の兼題は「牡蠣」「早梅」「蒲団」です。全国各地から豪雪の便りが届く中、今回も丁々発止の熱いZOOM句会となりました。  入選2句、原石賞3句を紹介します。         ○入選  ぽつてりと月を宿せる真牡蠣かな                古田秀 【恩田侑布子評】  大粒の生牡蠣。その透明感のある乳白色の腹に「月」をみたのは素晴らしい発見です。一物仕立ての俳句ならではの印象の鮮明さも魅力です。ただ私ならば、やわらかな生牡蠣の量感がより伝わるように、「ぽつてりと月やどしたる真牡蠣かな」としそうです。       ○入選  牡蠣フライ妻と一男一女居て                都築しづ子 【恩田侑布子評】  一見「ただごと俳句」ですが、案外そうでもありません。「牡蠣フライ」に「妻と一男一女」を取り合わせた境涯俳句です。これは自祝の俳句。幸福感の吐露です。あとほんの少しでスノビズムに陥りそうな土俵際にかろうじて踏みとどまったのは、季語の「牡蠣フライ」が衣の中にふくよかなエロティシズムを湛えているからです。そこがじつにユニーク。男性の俳句とばかり思っていましたので、作者を知って驚きました。天晴れです、都築しづ子さん。       【原石賞】転居の日蒲団最後に包みけり                島田淳 【恩田侑布子評・添削】  引越しの荷物をトラックに積みこむとき、最後に「蒲団」を包んだことだよ、というところに実直な詩情があります。今まで何年か過ごしてきた家で、馴染んできたもろもろの日常の肌合いがまるごと季語の「蒲団」に託されると素晴らしい俳句になります。座五を季語+切字の「かな」で詠嘆し、「転居の日」という状況説明を端的に「引越」にしてみましょう。 【添削例】引越の最後に包む布団かな        【原石賞】相応しく冷え早梅に触染めぬ               田中泥炭 【恩田侑布子評・添削】  しっかりと早梅を見て、そのいのちを感受している作者の真摯な努力に感心しました。そこから「相応しく冷え」という物我一如の感に至ったのは見事というほかありません。自分自身が早梅と同じように冷えて似つかわしい存在になったとは、非凡な感性です。ただ「染めぬ」はしつこくないですか。上五をひらき、下五を「初めぬ」とし、早梅の精と息を交わすようにしたいです。   【添削例】ふさはしく冷え早梅にふれ初めり          【原石賞】一望の君住む街や冬の梅               活洲みな子 【恩田侑布子評・添削】  小高い丘の上から初恋の人の住む町並みを眺めているのでしょうか。言葉の順序を逆にするだけで、自然で奥ゆかしい恋の思いがひそむいい俳句になります。近景の「冬の梅」が切なく香ります。 【添削例】冬の梅君住む街を一望に       【後記】  今回の句会では俳句は「凝縮」の美、「抑制の詩」という事が再確認できました。一番大切なものは言わぬが花です。愚生は毎回、季題に振り回されておりますが、4月に予定されている吟行句会では、何とか自分だけの春を見つけたいと念じております。 (金森三夢) 今回は、◎特選0句、○入選2句、原石賞3句、△4句、✓シルシ4句、・9句でした。 (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 2月22日 樸俳句会 兼題は「余寒」「春雷」「椿」です。 入選1句、原石賞2句を紹介します。       ○入選  シャンデリア真下の席の余寒かな                古田秀 【恩田侑布子評】  洋館でしょうか。ホテルでしょうか。何かの集まりで大きな部屋の中央とおぼしきシャンデリアの真下へ案内されました。瓔珞のように垂れ下がるガラスの一片一片がキラキラと頭上にかがやいています。瞬時、身に刺さるような寒さ。初春の「余寒」は、「冴え返る」や「春寒」に近い季語ですが、微妙に違います。わけもなく瞬時に身に迫る寒さです。「席」まで焦点を絞ったことで、白い卓布までありありと見え、余寒の身体感覚が緊張感をもって伝わります。きっと会話も建前だけがゆき交ったことでしょう。       【原石賞】大津波あとに一山椿あり                小松浩 【恩田侑布子評・添削】  三・一一の凄まじい津波です。原句は「大津波あとに一山/椿あり」と、中七に切れがあります。一山と椿が寸断され、目の前には一輪の紅椿しかないように感じられます。助詞一字を入れ替えるだけで情景は一変します。 【添削例】大津波あと一山の椿かな   「津波がくるぞー」「津波だー」無我夢中でかけ上り、眼下を押し揺るがした大津波が退いてふと我にかえると、山肌に無数の椿が咲き揺らいでいます。藪椿は照葉樹林文化帯を象徴する花木で日本原産。父祖たちが縄文時代から親しんできた椿が、命からがらここまで上った人を見守っていました。静もりのあとの椿の慟哭。        【原石賞】春寒やモノクロームへ終列車                益田隆久 【恩田侑布子評・添削】  作者は大切な人を見送った情景を描きたかったそうです。それで「モノクロームへ終列車」とし、闇「へ」の方向性を持たせたとのこと。物語を五七五に込めすぎると、季語のはたらきが弱まります。助詞一字を変え、色彩感のない終電車がホームにすっと入ってきた刹那の「春寒」にすれば、余韻が深まります。 【添削例】春寒やモノクロームの終列車     

1月25日 句会報告

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2023年1月25日 樸句会報 【第124号】   恩田先生の新しい句集『はだかむし』。ゆっくり、嚙み砕くように拝読しました。特に「山繭」の章に感動いたしました。    起ち上がる雲は密男みそかを夏の山  明るく力強いエロス・・こんな密男なら女はひれ伏すしかありません。恩田侑布子という俳人の凄みを感じ、背筋がぞくっとしました。  兼題は「冬籠」「寒鴉」「枯尾花」です。特選1句、入選2句、原石賞4句を紹介します。 ◎ 特選  冬ごもり硯にとかす鐘のおと            益田隆久 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「冬籠」をご覧ください。             ↑         クリックしてください     ○入選  寒鴉父と娘は又口喧嘩                都築しづ子 【恩田侑布子評】  K音6音がけたたましいカラスの声のようです。我ながら親子のどうしようもない成り行きと、その末の近ごろの関係を心寒く思っています。それらが生き生きと実直に寒鴉の季語に託されました。一句を読み下すスピード感が冬の空気や風の寒さまで思わせます。       ○入選  道迷ふたびあらはるるうさぎかな                芹沢雄太郎 【恩田侑布子評】  ひらがなの多用が夢魔の境を行き来するようで効果的です。メルヘンチックなようでいて、少し不気味な持ち味の句です。「うさぎ」は行く先を知っているのでしょうか。それとも、ますます迷わせるだけでしょうか。富士山の麓、御殿場で過ごした少年時代の原体験でしょうか。『不思議の国のアリス』の世界が背景に匂います。       【原石賞】寒鴉引揚船の忘れ物                海野二美 【恩田侑布子評・添削】  敗戦直後の情景を掬い上げたユニークな俳句です。侵略した大陸から命からがら日本に向かって引き揚げる船。港から離れようとするとき、寒鴉だけが喚くように鳴き立てます。あるいは寡黙に埠頭に立ち尽くします。このままでも悪くはないですが、「謂い応せて」しまった「忘れ物」の措辞を推敲すれば素晴らしい句になるでしょう。一例ですが、 【添削例】寒鴉引揚船に喚き翔つ        【原石賞】滑舌のわろわろしたる冬籠               田中泥炭 【恩田侑布子評・添削】  「わろわろ」は出色の擬態語です。ただ、このままでは中七までの十二音が季語の修飾になります。「の」に格助詞の切れを持たせ、リズムにも滑稽感をにじませると、非常にユニークな特選句になります。   【添削例】滑舌のはやわろわろと冬籠          【原石賞】花豆のふつふつ眠く冬籠               古田秀 【恩田侑布子評・添削】  トロ火の鍋に「ふつふつ」と花豆が煮含まってゆく擬音語が効果的です。ただ「眠く冬籠」とつなげてしまったのが惜しまれます。花豆と冬籠だけを漢字にして目立たせ、あとはひらがなでねむたくやさしくしましょう。中七を「ねむし」と切れば、冬の閑けさがひろがります。。 【添削例】花豆のふつふつねむし冬籠       【原石賞】枯尾花と自らを呼ぶ佳人かな               金森三夢 【恩田侑布子評・添削】  捻った句です。俳味があります。ただし季語がありません。人の喩えで、しかも自称「枯尾花」ですから、どこにも本当の枯尾花が存在しないのです。「枯れ尾花」があって、そのほとりで「私もそうよ」という情景にすれば面白い句になります。作者はこの佳人にどうも惚れかけています。 【添削例】枯尾花わたしのことといふ佳人     ...

あらき歳時記 冬籠

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2023年1月25日 樸句会特選句  冬ごもり硯にとかす鐘のおと                     益田隆久  山寺でつく鐘の音を、作者は硯の陸で墨を磨りながら聞いています。漆黒の濃墨が硯海の水に放たれてひろがりゆくさまに、おりしも梵鐘の余韻が重なり、それを「硯に溶かす」と感じたところ、じつに素晴らしい感性です。山寺は明六つ暮六つと鐘を突くことが多いので、きっとこれは、時の経つのも忘れて書に親しんでいた作者に聞きとめられた夕鐘でしょう。明窓浄几のこころもちのゆたかさ。                         (選 ・鑑賞   恩田侑布子)

12月4日 句会報告

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2022年12月4日 樸句会報 【第123号】  近くの市立図書館に子どもたちの選んだ今年の漢字が掲示されていました。第1位は「楽」、第2位は「友」。様々な規制が少し緩んだだけなのに…コロナ禍が子どもたちにどれだけ多くの我慢を強いていたかを痛感しました。  今年4回目のZoom句会、兼題は「鴨」「冬紅葉」「大根」です。入選4句、原石賞6句を紹介します。 ○入選  戒名は父の来し方冬銀河                前島裕子 【恩田侑布子評】  戒名に刻まれているのはわずか数文字です。でもそこには父の一生が凝縮されています。戦中、戦後の筆舌に尽くしがたい災禍を生き抜いて、母と力を合わせて作者兄弟を育ててくれたなんとも慈愛深い父親像が浮かびます。荘厳な冬銀河の中に刻まれるのがふさわしい威厳のあるそして誰よりも愛しい戒名です。     ○入選  日向ぼこ付箋だらけの句集抱き                活洲みな子 【恩田侑布子評】  日向ぼっこしているとのんびりうつらうつらしかかるものですが、なんと作者は「付箋」をいっぱいつけた「句集」を抱いています。俳句に日々向き合う真摯さが香ります。よく味わってみると、「日向ぼこ付箋だらけの文庫抱き」では到底味わえない広やかさがじわじわ染み出してきませんか。付箋を貼られた俳句一つ一つ、が、それぞれの空間と時間を持って待っていて、眠りからこの世へ呼び覚ましてくれる人を待っているよう。なんと豊かな作者と読者との交歓の姿、温かな俳句人生でしょうか。       ○入選  大根の熱き中まで透きとほる                小松浩 【恩田侑布子評】  ふろふき大根、またはあっさりと白味魚などと炊き合わせた旨味の濃い白い大根を思います。面取りされたまんまるな輪切りのなつかしさ。三センチはあろうかという厚さは中心まで熱々で透きとほっています。ごく卑近な食べ物である大根の炊いたんに玲瓏の感を抱いたところ、句姿が美しい。一物仕立ての俳句は至難なのに、素直な実感がじわりときて美味しそうです。これ見よがしでない俳句を初心で作れるとは大したものです。       ○入選  抜糸後の痺れまじまじ冬紅葉                見原万智子 【恩田侑布子評】  「まじまじ」は 日本国語大辞典によると第一義は眠れないさまですが、第三に、「ひるまないではっきりと言ったり見つめたり見きわめようとしたりする様を表す語」があります。術後の麻酔が覚め、しばらく続いた痛みが引くと、今度は皮膚のひきつれたような「痺れ」が気になり出します。作者は気にならなくなる日まで、まずはこの痺れを前向きに受け止めていこうと決意します。冬紅葉の木立を歩きながら、わが人生が冬へ向かってゆくこれも一つの序章、華やかな紅葉の日々なのだと自分に「まじまじと」脳神経の覚醒を言い聞かせているのです。季語の冬紅葉がよく響く凛とした俳句です。さらに、これが「術後の痺れまじまじと冬紅葉」と書かれていたら文句ない特選句でした。       【原石賞】冬花火大往生の父たたふ                前島裕子 【恩田侑布子評・添削】  俳句の表現を云々する前に、立派なお父様の一生とご家族の愛情に脱帽します。日記なら「たたふ」でいいです。素晴らしい子の親への愛情です。俳句表現として練り上げるならば、 【添削例】遠き冬花火大往生の父 句跨りの音律に敬愛と悲しみを込めましょう。        【原石賞】温もりのきえてゆく父冬紅葉               前島裕子 【恩田侑布子評・添削】  終焉を迎えた父と冬紅葉の配合の句です。取り合わせではなく、終焉の姿を冬紅葉そのもの結晶化して差し上げたらいかがでしょうか。   【添削例】温もりのきえゆける父冬紅葉          【原石賞】葉も皮も大根づくし素浪人               見原万智子 【恩田侑布子評・添削】  内容に共感します。なかなかいいです。ただ「も」「も」の畳み掛けと「づくし」はくどすぎませんか。 【添削例】葉と皮の大根づくし素浪人 こうすると「素浪人」の措辞が効いて、脱俗の風流が感じられる素晴らしい俳句になります。       【原石賞】ロケット打ち上がる空よ大根抜く               益田隆久 【恩田侑布子評・添削】  内容には大いに共感しますが、リズムが悪いです。「打ち上がる空/大根抜く」と中七は名詞句で切れを作ると調子がよくなるばかりか、景もはっきり見えるようになり、冬の壮快感が出ませんか。 【添削例】ロケットの打ち上がる空大根抜く          【原石賞】国引や波は冬日をたゝみ込み               古田秀 【恩田侑布子評・添削】  島根に「国来、国来」と新羅の国の一端を大山を杭にして綱で引っぱった『出雲国風土記』に記された神話があり、国引きの伝説が残っています。弓ヶ浜から眺めた海でしょうか。その神のおおらかな国引き神話は掻き消え、近頃は隣国と冷ややかな感情が行き来しています。その現状を憂えるクリティシズム躍如たる句でもあります。「たゝみ込み」という複合動詞がやや説明的なので、畳みたりの連体形にして余白を残しましょう。 【添削例】国引や波は冬日をたゝんだる        【原石賞】影に添ふ冬の灯や紅鶴フラミンゴ               田中泥炭 【恩田侑布子評・添削】  ユニークな把握において今回随一の句です。作者は面白い感性を持っています。調べをととのえると幻想性が増しそうです。 【添削例】紅鶴ふらみんご冬ともしびに添ふる影    でも、これがもしも私の俳句なら「は」行の音韻を生かして、さらに幻想的にしてみたいです。   ひとかげに添ふる冬灯やふらみんご     ...

11月6日 句会報告

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2022年11月6日 樸句会報 【第122号】  ZOOM句会も3回目。参加者もこの形にだいぶ慣れてスムーズに句会が進むようになりました。兼題は「露霜」「文化の日」「唐辛子」。合評を交わすうちに、晩秋の空気をより感じられるようになった時間でした。  入選2句(2句とも同作者!)、原石賞5句を紹介します。 ○入選  露霜を掠めて速きジョガーかな                小松浩 【恩田侑布子評】  ゆっくりと朝の散歩道を歩いていると、背後からザッザッザッとジョギングの人に追い抜かれた。道端の草に置いた露霜など、意に介さない軽快なフットワーク。なんという速さ。たちまち取り残される。夜毎の露霜に磨かれた蓼の葉は色づき、芒はそそけてわら色だ。走る人には見えないものを、これからはじっくりと味わっていこうと思う作者である。   ○入選  古書市の裸電球文化の日                小松浩 【恩田侑布子評】  神保町では文化の日を挟む旬日、古書市が開かれる。毎年楽しみにしている作者は、収まらぬコロナ禍をついて出かけた。永年馴染んだ書肆から書肆を回っていると、あっという間に日が暮れた。店前からあふれた露店に裸電球が点りはじめる。まだまだ見たいものがある。  調べものもニュースも、あらゆる情報を電子画面から得る時代にあって、昭和の紙の文化への哀惜は深い。仮設の電線に宙吊りになった裸電球が、失われてゆくアナログ文化を象徴し、2022年の文化の日を確かに17音に定着させた。地味だが手堅い句である。     【原石賞】天を突く小さな大志鷹の爪               活洲みな子 【恩田侑布子評・添削】  畑の鷹の爪をよく見て、そこから掴んだ詩の弾丸は素晴らしい。表現上の瑕疵は「小さな大志」という中七にある。また「天」を目にみえる晩秋の高空にできれば、さらに句柄が大きくなる。 【添削例】蒼天を突くこころざし鷹の爪           【原石賞】露霜を摘まんで今朝は始まれり                望月克郎 【恩田侑布子評・添削】  露霜といえば、見るものであったり、踏んだり、歩くものであったりと相場が決まっている。この句がユニークなのは、かがみ込んで摘まんで、しかもそこから今日を始めたこと。「今朝は始まれり」ではやや他人事っぽいので、さらに主体的にしてみたい。 【添削例】露霜を摘まんで今日を始めたり      【原石賞】小さき露となりても消えぬ母心               海野二美 【恩田侑布子評・添削】  目の前の露となって、母の心が語りかけてくるとする感受が素晴らしい。でも、露といえば小さいものだし、「なりても」少しくどい。そこで、それらを省略し、「消えぬ」という否定形を「います」と顕在化してみたい。 【添削例】露となりそこに坐すや母ごゝろ          【原石賞】爪先で大地を掴み秋の雨               芹沢雄太郎 【恩田侑布子評・添削】  一読、インドの大地に降る秋の雨を想像した。そこに裸足同然に立つ人の姿も。「爪先」は女性的なので「足指」と力強くしたい。「大地を掴み」はひっくり返すと切れがはっきりする。 【添削例】足指で掴む大地や秋の雨          【原石賞】秋風や掌の色みな同じ               芹沢雄太郎 【恩田侑布子評・添削】  白、黄色、黒という皮膚の色の差はてのひらにはないという発見が出色。そこに斡旋した「秋風」をさらに一句全体に響かせるためには季語以外をひらがなにしたい。そうすると、地球上に隈なく秋風が吹き渡り、人類の手のひらや身体がひとしなみに草のようにそよぎ出すのでは。 【添削例】秋風やてのひらのいろみなおなじ          【後記】  「文化の日」という兼題は、とても難しい題でした。「文化」という語の抽象性のせいでしょうか。合評中に「文化、福祉、愛というような言葉には”はりぼて感“を感じてしまう」という発言があったのがとても印象に残っています。その語に”はりぼて感”を感じさせないような、実のある、実感のある使い方を見つけることが必要なのですね。抽象語を好み、使いたがる私には大きな宿題です。 (猪狩みき) ...