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1月25日 句会報告

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2023年1月25日 樸句会報 【第124号】   恩田先生の新しい句集『はだかむし』。ゆっくり、嚙み砕くように拝読しました。特に「山繭」の章に感動いたしました。    起ち上がる雲は密男みそかを夏の山  明るく力強いエロス・・こんな密男なら女はひれ伏すしかありません。恩田侑布子という俳人の凄みを感じ、背筋がぞくっとしました。  兼題は「冬籠」「寒鴉」「枯尾花」です。特選1句、入選2句、原石賞4句を紹介します。 ◎ 特選  冬ごもり硯にとかす鐘のおと            益田隆久 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「冬籠」をご覧ください。             ↑         クリックしてください     ○入選  寒鴉父と娘は又口喧嘩                都築しづ子 【恩田侑布子評】  K音6音がけたたましいカラスの声のようです。我ながら親子のどうしようもない成り行きと、その末の近ごろの関係を心寒く思っています。それらが生き生きと実直に寒鴉の季語に託されました。一句を読み下すスピード感が冬の空気や風の寒さまで思わせます。       ○入選  道迷ふたびあらはるるうさぎかな                芹沢雄太郎 【恩田侑布子評】  ひらがなの多用が夢魔の境を行き来するようで効果的です。メルヘンチックなようでいて、少し不気味な持ち味の句です。「うさぎ」は行く先を知っているのでしょうか。それとも、ますます迷わせるだけでしょうか。富士山の麓、御殿場で過ごした少年時代の原体験でしょうか。『不思議の国のアリス』の世界が背景に匂います。       【原石賞】寒鴉引揚船の忘れ物                海野二美 【恩田侑布子評・添削】  敗戦直後の情景を掬い上げたユニークな俳句です。侵略した大陸から命からがら日本に向かって引き揚げる船。港から離れようとするとき、寒鴉だけが喚くように鳴き立てます。あるいは寡黙に埠頭に立ち尽くします。このままでも悪くはないですが、「謂い応せて」しまった「忘れ物」の措辞を推敲すれば素晴らしい句になるでしょう。一例ですが、 【添削例】寒鴉引揚船に喚き翔つ        【原石賞】滑舌のわろわろしたる冬籠               田中泥炭 【恩田侑布子評・添削】  「わろわろ」は出色の擬態語です。ただ、このままでは中七までの十二音が季語の修飾になります。「の」に格助詞の切れを持たせ、リズムにも滑稽感をにじませると、非常にユニークな特選句になります。   【添削例】滑舌のはやわろわろと冬籠          【原石賞】花豆のふつふつ眠く冬籠               古田秀 【恩田侑布子評・添削】  トロ火の鍋に「ふつふつ」と花豆が煮含まってゆく擬音語が効果的です。ただ「眠く冬籠」とつなげてしまったのが惜しまれます。花豆と冬籠だけを漢字にして目立たせ、あとはひらがなでねむたくやさしくしましょう。中七を「ねむし」と切れば、冬の閑けさがひろがります。。 【添削例】花豆のふつふつねむし冬籠       【原石賞】枯尾花と自らを呼ぶ佳人かな               金森三夢 【恩田侑布子評・添削】  捻った句です。俳味があります。ただし季語がありません。人の喩えで、しかも自称「枯尾花」ですから、どこにも本当の枯尾花が存在しないのです。「枯れ尾花」があって、そのほとりで「私もそうよ」という情景にすれば面白い句になります。作者はこの佳人にどうも惚れかけています。 【添削例】枯尾花わたしのことといふ佳人     ...

12月4日 句会報告

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2022年12月4日 樸句会報 【第123号】  近くの市立図書館に子どもたちの選んだ今年の漢字が掲示されていました。第1位は「楽」、第2位は「友」。様々な規制が少し緩んだだけなのに…コロナ禍が子どもたちにどれだけ多くの我慢を強いていたかを痛感しました。  今年4回目のZoom句会、兼題は「鴨」「冬紅葉」「大根」です。入選4句、原石賞6句を紹介します。 ○入選  戒名は父の来し方冬銀河                前島裕子 【恩田侑布子評】  戒名に刻まれているのはわずか数文字です。でもそこには父の一生が凝縮されています。戦中、戦後の筆舌に尽くしがたい災禍を生き抜いて、母と力を合わせて作者兄弟を育ててくれたなんとも慈愛深い父親像が浮かびます。荘厳な冬銀河の中に刻まれるのがふさわしい威厳のあるそして誰よりも愛しい戒名です。     ○入選  日向ぼこ付箋だらけの句集抱き                活洲みな子 【恩田侑布子評】  日向ぼっこしているとのんびりうつらうつらしかかるものですが、なんと作者は「付箋」をいっぱいつけた「句集」を抱いています。俳句に日々向き合う真摯さが香ります。よく味わってみると、「日向ぼこ付箋だらけの文庫抱き」では到底味わえない広やかさがじわじわ染み出してきませんか。付箋を貼られた俳句一つ一つ、が、それぞれの空間と時間を持って待っていて、眠りからこの世へ呼び覚ましてくれる人を待っているよう。なんと豊かな作者と読者との交歓の姿、温かな俳句人生でしょうか。       ○入選  大根の熱き中まで透きとほる                小松浩 【恩田侑布子評】  ふろふき大根、またはあっさりと白味魚などと炊き合わせた旨味の濃い白い大根を思います。面取りされたまんまるな輪切りのなつかしさ。三センチはあろうかという厚さは中心まで熱々で透きとほっています。ごく卑近な食べ物である大根の炊いたんに玲瓏の感を抱いたところ、句姿が美しい。一物仕立ての俳句は至難なのに、素直な実感がじわりときて美味しそうです。これ見よがしでない俳句を初心で作れるとは大したものです。       ○入選  抜糸後の痺れまじまじ冬紅葉                見原万智子 【恩田侑布子評】  「まじまじ」は 日本国語大辞典によると第一義は眠れないさまですが、第三に、「ひるまないではっきりと言ったり見つめたり見きわめようとしたりする様を表す語」があります。術後の麻酔が覚め、しばらく続いた痛みが引くと、今度は皮膚のひきつれたような「痺れ」が気になり出します。作者は気にならなくなる日まで、まずはこの痺れを前向きに受け止めていこうと決意します。冬紅葉の木立を歩きながら、わが人生が冬へ向かってゆくこれも一つの序章、華やかな紅葉の日々なのだと自分に「まじまじと」脳神経の覚醒を言い聞かせているのです。季語の冬紅葉がよく響く凛とした俳句です。さらに、これが「術後の痺れまじまじと冬紅葉」と書かれていたら文句ない特選句でした。       【原石賞】冬花火大往生の父たたふ                前島裕子 【恩田侑布子評・添削】  俳句の表現を云々する前に、立派なお父様の一生とご家族の愛情に脱帽します。日記なら「たたふ」でいいです。素晴らしい子の親への愛情です。俳句表現として練り上げるならば、 【添削例】遠き冬花火大往生の父 句跨りの音律に敬愛と悲しみを込めましょう。        【原石賞】温もりのきえてゆく父冬紅葉               前島裕子 【恩田侑布子評・添削】  終焉を迎えた父と冬紅葉の配合の句です。取り合わせではなく、終焉の姿を冬紅葉そのもの結晶化して差し上げたらいかがでしょうか。   【添削例】温もりのきえゆける父冬紅葉          【原石賞】葉も皮も大根づくし素浪人               見原万智子 【恩田侑布子評・添削】  内容に共感します。なかなかいいです。ただ「も」「も」の畳み掛けと「づくし」はくどすぎませんか。 【添削例】葉と皮の大根づくし素浪人 こうすると「素浪人」の措辞が効いて、脱俗の風流が感じられる素晴らしい俳句になります。       【原石賞】ロケット打ち上がる空よ大根抜く               益田隆久 【恩田侑布子評・添削】  内容には大いに共感しますが、リズムが悪いです。「打ち上がる空/大根抜く」と中七は名詞句で切れを作ると調子がよくなるばかりか、景もはっきり見えるようになり、冬の壮快感が出ませんか。 【添削例】ロケットの打ち上がる空大根抜く          【原石賞】国引や波は冬日をたゝみ込み               古田秀 【恩田侑布子評・添削】  島根に「国来、国来」と新羅の国の一端を大山を杭にして綱で引っぱった『出雲国風土記』に記された神話があり、国引きの伝説が残っています。弓ヶ浜から眺めた海でしょうか。その神のおおらかな国引き神話は掻き消え、近頃は隣国と冷ややかな感情が行き来しています。その現状を憂えるクリティシズム躍如たる句でもあります。「たゝみ込み」という複合動詞がやや説明的なので、畳みたりの連体形にして余白を残しましょう。 【添削例】国引や波は冬日をたゝんだる        【原石賞】影に添ふ冬の灯や紅鶴フラミンゴ               田中泥炭 【恩田侑布子評・添削】  ユニークな把握において今回随一の句です。作者は面白い感性を持っています。調べをととのえると幻想性が増しそうです。 【添削例】紅鶴ふらみんご冬ともしびに添ふる影    でも、これがもしも私の俳句なら「は」行の音韻を生かして、さらに幻想的にしてみたいです。   ひとかげに添ふる冬灯やふらみんご     ...

10月9日 句会報告

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2022年10月9日 樸句会報 【第121号】 今回は樸俳句会にとって2度目のzoom句会でした。初めてzoom句会に挑戦した前回(9月4日)より滑らかに進めることができました。静岡県外や外国の参加者も出入り自由のグローバルなzoom句会、じかに顔を合わせて場の空気感を味わいながら楽しむリアル句会、どちらにも良さがありますね。コロナ禍の思わぬ副産物ではありますが、こうしたハイブリッド型が新しい時代の句会のかたちになっていく中、樸はその先頭に立っているのかもしれません。なんとなく浮き立つそんな気分を反映してか、今回は入選句はない代わりに特選句が3つも出るという、華やぐ会になりました。 兼題は「後の月(十三夜)」「烏瓜」「荻(荻の声・荻の風・荻原)」です。 特選3句を紹介します。 ◎ 特選  しやうがねぇ父の口真似十三夜             見原万智子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「十三夜」をご覧ください。             ↑         クリックしてください   ◎ 特選  道聞けば暗きを指され烏瓜               古田秀 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「烏瓜」をご覧ください。             ↑         クリックしてください     ◎ 特選  荻の声水面に銀の波紋寄せ              金森三夢 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「荻」をご覧ください。             ↑         クリックしてください         今回の例句が恩田によって紹介されました。     遠ざかりゆく下駄の音十三夜               久保田万太郎    目つむれば蔵王権現後の月                阿波野青畝    麻薬うてば十三夜月遁走す                 石田波郷    掌の温み移れば捨てて烏瓜               岡本眸『冬』    虹の根や暮行くまゝの荻の声         士朗(江戸中期、名古屋の医者)      空山へ板一枚を荻の橋                  原石鼎     【後記】 9月から樸に加えてもらった新参者ですが、千葉県在住にもかかわらずzoomのおかげで既に2度も句会に参加できて、とてもありがたいと思っています。 ずいぶん前のこと、ある雑誌で英国在住のピアニスト内田光子さんが、自分にとっての日本語は『おくのほそ道』が読めさえすれば十分、という趣旨のことをおっしゃっていました。それを読んだ時は、ドイツ語や英語が生活言語となった世界的音楽家が母国語である日本語の調べを芭蕉に聴くなんて、すてきな話だなと思っただけでした。それが、自分も恐る恐る俳句を作り始め、樸の句会に参加することで、内田さんのあの時の言葉がよみがえってきたのです。俳句という韻文が持つ象徴性と、洗練されたピアノの響きには、共通するものがあるということでしょうか。自分の感動を他者に伝えようとする時、それを韻律に乗せる最もふさわしい器、すなわち言葉や音を、俳人も音楽家も命をかけて模索しているのでしょう。俳句を作る人にはあたりまえのことかもしれませんが、たったひとつの文字が句の印象やリズムをがらりと変えてしまうということを、今回の句会で強く感じました。  句会とは、素晴らしいコミュニケーションの場ですね。互いに尊重しあいながら、自分の心の中の思いを率直に吐き出せる貴重な空間を、これからも大事にしていきたいと思います。句会の白熱する討議に夢中で、合評を記す余裕がありませんでした。ここまでお読み頂いた貴方様も、次はぜひ、樸のZoom句会をご体験ください。(小松浩) ...

あらき歳時記 十三夜

十三夜1

2022年10月9日 樸句会特選句  しやうがねぇ父の口真似十三夜                   見原万智子  努力してもどうしようもないことがある。「しょうがねぇ」。ふとつぶやいて、そっくり父の口真似だと気づく。亡き父も何度もそう呟いていたものだ。ありありと耳によみがえる口調が、しっくり腹落ちし我がことになってしまったしょうもなさ。かすかな泣き笑い。十三夜は、はなやかな中秋の名月とはまるで違う。中天高く、地上には影さえ降りてこないように思われる。「口癖」ではなく「口真似」としたことで、一挙に昔日がこの今とつながり、奥行きのある俳味を醸した。後の月の冷ややかさと、つぶやく体の温みとが絶妙の取り合わせ。                         (選 ・鑑賞   恩田侑布子)

8月24日 句会報告

八月句会報_上2_松林から

2022年8月24日 樸句会報 【第119号】 今回の兼題は「残暑」「流星」「白粉花」――今回は念願のリアル句会で、さらに恩田より今回1名、次回1名、計2名の新入会員のお知らせがありました。新しい息吹のちからで、ますます句会が熱を帯びてくる気配がします。そのおかげもあってか、特選・入選・原石賞が生まれる豊作の句会となりました。 特選2句、入選1句、原石賞3句を紹介します。 ◎ 特選  初戀のホルマリン漬あり残暑             見原万智子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「残暑」をご覧ください。             ↑         クリックしてください   ◎ 特選  斎場へ友と白粉花の土手              島田 淳 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「白粉花」をご覧ください。             ↑         クリックしてください   ○入選  点滴をはづせぬ母の残暑かな                猪狩みき 【恩田侑布子評】 入院して日が浅いわけではないことを季語が語っている。長い夏のあいだじゅうじっと入院生活を耐えてきたのに、秋になっても、法師蝉が鳴いても、まだ刺さっている点滴の管。母の痩せた身体に食い入っている針を今すぐはずし、手足をゆったり伸ばしてお風呂に入れてあげたい。しかし、食が細っているのか、「はづせぬ母の残暑」。共感を禁じ得ない句である。 【合評】 もどかしさ、鬱陶しさが季語と響き合います。         【原】逢坂はゆくもかえるも星流る               益田隆久 【恩田侑布子評・添削】 百人一首の「これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関  蝉丸」の本歌取りの句。惜しいことに「は」でいっぺんに理屈の句になってしまった。しかも句末の動詞で句が流れる。流さず、一句を立ち上がらせたい。 【改】逢坂やゆくもかへるも流れ星           【原】残暑をゆく壊れし天秤のやうに                古田秀 【恩田侑布子評・添削】 上五の字余りと句跨りは疲れた心身の表現だろうか。気持ちはわかるが、このままでは破調の句頭だけが目立ち、中七以下せっかくの詩性が押さえつけられてしまう。「残暑」の中をえっちらおっちら「壊れし天秤のやうに」ゆく、よるべない思いと肉体感覚は素直なリズムに乗せ、臍下丹田に重心をおきたい。残暑が逝くのと、残暑の中を自分が行くのと、ダブルイメージになればさらに面白い。 【改】残暑ゆく壊れし天秤のやうに 【合評】 うだるような残暑の中を辛そうに歩いている自分(もしくは他人)の姿を「壊れし天秤」と表現したのが新鮮です。        【原】同じこと聞き返す父いわし雲               前島裕子 【恩田侑布子評・添削】 晩年の笠智衆を思い出す。少しほどけて来ていても、どことなく憎めないいい感じの父である。「聞き返す」は「同じこと」なので、少しつよめた措辞にすると調べも良くなり、すっきりと「いわし雲」が目に浮かんでくる。 【改】一つこと聞き返す父いわし雲 【合評】 人生の終盤を迎えた父親。同じことを何度も聞き、何度も話しているように見える。それは父がその都度大事だと思った事を新たに問い、噛みしめているのかも知れない。      また、今回の例句が恩田によってホワイトボードに記されました。       残暑    秋暑し癒えなんとして胃の病               夏目漱石    口紅の玉虫いろに残暑かな               飯田蛇笏       佐渡にて               膳殘暑皿かずばかり竝びけり             久保田万太郎         流星    星のとぶもの音もなし芋の上             阿波野青畝    流星や扉と思ふ男の背   恩田侑布子『イワンの馬鹿の恋』         白粉花・おしろい    おしろいや屑屋が戻る行きどまり               佐藤和村    おしろいのはなにかくれてははをまつ      恩田侑布子『振り返る馬』 【後記】 筆者は現在インドに在住しており長らくリアル句会には参加できていません。ですがこうやって月に2度、会員の俳句をじっくりと読むことで、ある意味家族以上に近い存在に思えてくるから不思議です。インドで生活しながら、そんな俳句の力をしみじみと感じています。 (芹沢雄太郎) ...

あらき歳時記 残暑

ホルマリン漬

2022年8月24日 樸句会特選句   初戀のホルマリン漬あり残暑                   見原万智子  もしも「ホルマリン漬の初恋残暑かな」だったら、どうなったか。初恋の標本というやや鬱陶しい思い出に過ぎなくなった。「初戀のホルマリン漬」はいい。生き返らない永遠がざんこくなほどに保障されている。しかも座五に置かれた残暑が重くひびく。若き日のかがやかしい実質が永く保存され、しかも西日のさす八月の標本室。読みとれる心情は単純ではない。ありありと容は残り、それを隔てるホルマリンも液体とガラス瓶。作者だけが生身。しかも秋暑しである。                         (選 ・鑑賞   恩田侑布子)

あらき歳時記 蝙蝠

母の恋・紫

   2022年8月7日 樸句会特選句    母の恋父は知りたり蚊喰鳥                   見原万智子  家族の中で完結しない恋愛感情はできれば知りたくないもの。父母のよその異性への恋を子が知ることは気持ちの良いものではない。ましてや父が母の別の男性との恋を知っていて、それを子が理解しているとは複雑だ。俳句を生かすも殺すも助詞助動詞のはたらきである。この句の「は」と「たり」は渋い。父に知られていることに、まだ母は勘づいていないよう。完了の助動詞「たり」で切れ、もう一歩も後に引けない。「知ってしまったのだよ」という含意がこもる。止めに置かれた「蚊喰鳥」は蝙蝠よりも細かく隠微に蠢き羽ばたく。その不気味な感触。  いうまでもなく俳句という詩である。作者のご両親は比翼の鳥。御母堂は遺影の前で三度の食事を召し上がる。いい俳句は必ずしも公序良俗から生まれるというわけではない。                 (選 ・鑑賞   恩田侑布子)  

5月8日 句会報告

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2022年5月8日 樸句会報 【第116号】 ゴールデンウィーク後半は好天続き、駿府城公園を彩る木々の目映さに句会への期待がふくらみます。今回の兼題は「初夏」「柏餅」「薔薇」――これらを耀わせるのもまた新緑ですが、風土によって「みどり」のイメージには揺れが生じ得ます。さらに、その時の心持ちにより、感じ方は変わってくるでしょう。まず自らの心に映る色をみつめることが、季節の息吹を捉え、体験や実感を作品として結実させる大切な一歩になると思いました。 入選句、原石賞の一句ずつを紹介します。 ○入選  睡蓮をよけ水牛の浸かりをり                芹沢雄太郎 【恩田侑布子評】 まさに正統的インド詠。睡蓮と水牛が共生している大空と水と大地の匂いがします。日本ではとてもできない句。「をり」の措辞はおうおうにしてたるみをもたらしますが、ここでは水牛の体躯の量感と存在感を表して盤石です。作者自身の野生味も充分に発揮されています。 【合評】 大きな景色。睡蓮をよけるのがまさか「水牛」とは。一気に意識が異国へと飛ばされる。 芹沢さんの句でしょう。私もかつては仕事でインドを旅していました。睡蓮と来れば、北インドのルンビニ辺りを思い出します。   【原】初夏や青菜でくるむ握り飯               都築しづ子 【恩田侑布子評・添削】 塩漬けした青菜を広げてご飯を包む、シンプルな青と白の握り飯と、「初夏」の季語の颯爽とした健康感とが映発します。ただ一つ惜しいのは、「さあ、野山に出かけるぞ」という意気込みが、中七の「で」でくじけ、濁ってしまうことです。この一音を透き通らせましょう。 【改】初夏や青菜にくるむ握り飯 【合評】 いかにも美味しそう。 菜漬け(冬の季語)でくるむ熊野のめはりずしが浮かぶ。また「青菜」を春の季語としてとっている歳時記もあり、人によっては冬や春の句のほうがしっくり来るかもしれない。   今回の例句が恩田によってホワイトボードに記されました。     初夏・初夏(はつなつ)  酔うて候鋲の如くに星座は初夏               楠本憲吉  はつなつの日蓮杉の匂いかな               夏石番矢    薔薇・薔薇(さうび)  風きよし薔薇咲くとよりほぐれそめ             久保田万太郎  星わかし薔薇のつぼみの一つづゝ             久保田万太郎  薄暮、微雨、而(しか)して薔薇(さうび)白きかな             久保田万太郎  まどろみにけり薔薇園に鉄の椅子              恩田侑布子  サンダルの紐喰ひ込んで薔薇の園              恩田侑布子  夜の薔薇指に弾いて帰らんか              恩田侑布子  瞑りても渦なすものを薔薇とよぶ              恩田侑布子 【後記】 句会に参加するうち、選句眼がだんだん磨かれてきたような気がします。とはいえ自分の句となると未だにわかりません。とりあえず気に入りの句を出し、師や句友に披露する喜びに浸っていたのですが、それだけで満足してはいけないという思いはありました。先月、その師匠による評論集『渾沌の恋人(ラマン)』が上梓されたことは僥倖でした。日本人の美意識の淵源を示す芸術作品と共に、究極の俳句が挙げられているから。その中に、芭蕉の次の名句があります。    馬ぼく/\我をゑに見る夏野哉 「夏野」というのも「新緑」と同様、さまざまなイメージで詠まれている季語。これもとびきりユニークな作品といえます。学者の考証によれば、実は画賛の句であったとのこと。しかし、オノマトペに「蹄の音や馬上に揺れる動きを感じさせるリアルな身体感覚の裏打ち」を見出した恩田は、「草いきれの夏野をゆく田夫に自己を投影したところにあたたかな俳味がある」と述べ、先入観なしにこの句への解釈を加えており、共感を覚えました。俳聖は目線を低くしながら、のちの世の私たちに「夏野」の本意を伝えてくれたのですね。これから青々と広がる野に佇むたび、芭蕉翁の姿をさがしてしまう予感がします。                      (田村千春) 今回は、入選1句、原石賞1句、△2句、ゝ6句、・12句でした。 (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) =============================  5月25日 入選句紹介   ○入選  麻酔からとろり卯の花腐しかな             見原万智子 【恩田侑布子評】 麻酔から醒めて手術室から病室に戻ったところでしょうか。やれやれ無事に終わったなと安堵する一方で、身体にメスが入ったあとの微熱感や気だるさ。昨日も一昨日も降っていた雨が今も音もなく振りこめています。病窓から遠い垣根には白い花が咲いているような、いないような。ぼわわっと雨に煙っています。わけもなく茂りゆく新緑と、病にかかわる人間の時間とが、「とろり」の措辞でごく自然に卯の花につながれます。物憂い時間の谷間に、飛沫を思わせる白く粒立つ花が、雨の銀鈍色と緑の中に浮かび上がり、切字の「かな」をやさしく響かせています。