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2025 樸・珠玉作品集

2025 樸・珠玉作品集 (入会日の新しい順) たたまるる初富士の縞君がほほ 恩田侑布子(写俳) - 巻頭言 -  21世紀のクォーターを迎えた樸は一国主義の風潮の逆をゆけました。  日本とインド二拠点の従来のズーム句会に、ニューヨークとパリから新人が参加してくれたのです。二、三十代の若者たちの頼もしい笑顔も弾けています。私は仲間との出会いに感謝し、掌のなかのすべてをお伝えしたいと願っています。  樸ズーム句会は自宅の暮らしの場から即座に四カ国の句友と繋がれます。匿名で選句し、句会で作者がわかれば、特性に添ったアドバイスを差し上げます。句会あとの第二部は、芭蕉の紀行文を学んだり、俳句時評をしたりする文化サロンです。目標の三十三観音の会はいまだしですが、熱意と質の高さは揺るぎません。こぢんまりした文藝コミュニティーは純粋で自由闊達な俳句談義ができる場です。言葉のふたときの晩餐会のよろこびは国境を超えます。  一方で、国際秩序や人権理念は崩壊に拍車がかかっています。進歩は兵器テクノロジーにのみあざやか。武器大国は目の前の人参を追って、地球の未来を食い潰し、ジェノサイドを恥じません。ホモサピエンスは凶暴化しています。  現実から目を逸らさず、自分にできることは何か。人間とは何なのか。三百六十度開かれた微塵の俳句から大きな世界に向き合いましょう。今年も新たな出会いを求めて、一息の詩に共感し合いましょう。 樸代表 恩田侑布子   小南善彦   旅先で我がふる里のお湯自慢   冬晴れの歩道にはずむランドセル   嵐去り川滔々と花筏 時空を超えて五感に迫る俳句の世界  写真と俳句の違いは、想像の余白の広さではないでしょうか。 写真から受けとる感動は、瞬間を捉えた感動です。それに対して俳句は、場所や時間を自由に行き来し、光や音、匂いや温度、さらには目に見えない気配までも、読み手一人一人に感じさせてくれます。17文字の楽しさと苦しさ(笑)を、これからたっぷり味わってゆきたいと思います。   川崎拓音   精霊飛蝗追ひかけた父も母も   人はひとわすれてあゆむ芒原   冬夕焼旅びと還す比叡山 文學の地、文藝の空 入会してまだ間もないころの句会。どうしても都合があわず遅れての参加になった。それでおずおずと申しでて、句会の終わりに先生に<補習>をしていただいた。個別指導できもちがおおきくなっていたのか、なりゆきで先生と文學談義をした。 「最終的には自分の文學を極めたいです!」とわたし。 「いいじゃん!」と先生。 言い尽くせないよろこびがあった。きもちがおおきくなりながら、実は、文學という言葉を口にすることにすこし緊張していたからだ。 読む者の心を動かす何らかのしくみを具えた記述——そのしくみを解き明かそうとする営みが「文學」であると大学時代にならった。文學の地から見あげる文藝の空は、あまりにも自由でおおきかった。かたや、文學者たらんとする自分自身の心を動かす記述を、自分自身で残してもみたかった。文學と文藝の果てしない往還は、空気がやけに薄く感じる。寒さに羽を震わせどうしたものかと立ち往生していた矢先、恩田侑布子という師に出会えた。こころからうれしくおもう。   橋本辰美   雲の峰貴方の居所捜し当つ   稲妻のつながり落つる河口かな   南蛮や未知より無知の懐かしき 清見潟  23年3月に「楽しい俳句」を、また戻ってくるつもりで退室して以来、3年ぶりの出戻り新人として、晴れてzoom句会主体の樸に入会できたことが小さくない体験でした。一回一回の句会を大切にしながら、師匠と連衆に認めてもらえるように句作に励み、批評性と情趣の間を揺れながらも自句を追求していけるように努めていきたいと思います。   佐藤麻里子   白ビール迷はぬ女同志なり   淵碧き砦裸のピカソかな   揚花火鉄の貴婦人張り合ひし 自己の更新としての俳句 2014年、ドゥマゴ文学賞受賞作『余白の祭』が著者・恩田侑布子をフランスに送り出したことが、私の俳人との出会いだった。全くの門外漢の私は会食の拙い通訳でご一緒し、著書にノックアウトされ、その後パリや静岡で再会し親しくさせていただいた。ただそれ以外俳句とは無縁のまま、11年を経た今年、ようやく機が熟したのだ。 句会の合間の先生のおしゃべりはヒントに満ちている。先日独り言のように、「俳句は難しいので油断するとちょっと前の自分に戻ってしまう」。先生でさえも!?「日々新しい自分にしていかなければ」と。 自己の更新。それが私も七転八倒してもやり続けたいこと。 「ささやかでも、おのれの殻や、時代の旧態を破ろうとする、日々更新の自由なこころこそ、本来の俳句のはず」(『余白の祭』p.115)。 それはきっと俳句だけでなく、芸術とは本来そういうこと。 さて、来年は時間不足を言い訳にせず、いかに自由な心で作句に励み、自己を更新し再生しつづけられるか。   小住英之   地ビールを二本空港泊の窓   満塁や灼くるシンバル灼くれど撲つ   病室の鎖骨に月のありあまり 癖 なにか大事なことを決めるとき、「あまり検討しない」癖が私にはあります。しかし私は不思議とこの癖に助けられてきました。 例えば、大学生のとき座学だけで「皮膚科医になろう」と決めた私は、その研究室にすぐに通い始めました。九年後、私はその研究でなんとか博士号を取得し、今の職を得ました。あのとき実習・研修開始を待たずに皮膚科に決めてよかったと思います。 俳句を始めて半年で古田秀さんの「大学」を読み、樸俳句会を知りました。ホームページを見て、ある種直感的に樸で勉強したいと思い、仲間に迎えていただきました。あのとき樸に飛び込まなければ、ここまで俳句に熱中することもなかったように思います。 これからも一歩ずつ、俳句の道を学んでいきたいと思います。今後もご指導お願いいたします。   馬場先智明   ⼩春⽇や部屋にやすらふ⺟の⾻   ⼋⼗年焼⿃の串抜くやうに   仮名千年語り万年寒昴 「似て非なるもの」に魅せられて 「俳句と編集とは、似て⾮なるものです」と、恩⽥先⽣はキッパリ。編集の世界に半世紀近く棲息してきた⾝には沁み⼊るような⾔葉でした。句歴⼀年で感じたのは、俳句には「達⼈」や「極意」という⾔い⽅がよく似合うなぁ…ということ。芸や美の道を極めることに魂を注いで倦むことのない⼈たちの世界。武芸、茶道、将棋…のような型や厳格なルールに則った世界。極めてこそ⾒えてくるものを追い求める少数者が泰然と⾝を寄せ合う世界。芭蕉から恩⽥先⽣はもちろん近現代俳⼈までの句を渉猟しては嘆息する⽇々でした。⽚や私のかかずらってきた編集の世界。⾔葉(⽇本語)を道具⽴てとする点は同じですが、あくまでも⾔葉は「情報」。編集者の仕事は、外から掻き集めた情報の順列組合せを専らとして新奇を創出する知的作業。⾔葉はいつでも外からやってくるものでした。⾔葉を道具として扱ってしまうのは、編集者の宿痾みたいなものです。対して⽂学(俳句)の⾔葉は、⾝体の内側から時間をかけてゆっくり滲み出てくるもの。この⼀年の成果は、その宿痾を⾃覚できたことかもしれません。来年はその⾃覚から出発して「⾮なる」俳句の奥深さに少しでも近づいていきたいと願っています。樸連衆の皆様には、編集(+短歌)という「似て⾮なる」お隣から珍獣が⼀匹迷い込んできたと、広い⼼で⾒守っていただければ幸いです。   山本綾子   餅つきの空つく音あり郷の庭   羊水のたしかな鼓動しゅろの花   短夜や眸句集とミントティー 俳句のある暮らし  恩田先生に師事して三年目の今年。そろそろ「初心者だから」の常套句は通用しなくなってきた。  そんな中、俳句に触れる時間を少しでも増やせればと、樸句会投句の他に先生が選者を務める静岡新聞読者文芸への投句を自分に課した。  毎月最終火曜日。家まで待てずコンビニの駐車場で、購入した新聞を広げる。そんな自分を、少し離れたところからもう一人の自分が面白がって眺めている。  日々の忙しさ、日常の平坦さ、過去に負った傷さえも、俳句をつくることで、より豊かなものとなっていく。自分を支える「俳句」という柱は年々太く育っている。   星野光慶   聖五月ぐさりとキャパのレンズかな   「源氏供養」闇に佇む冬の星   まろき背にとどめし秋や無著像 浮かび上がる時間  ロバート・キャパという人物はいない。アンドレ・フリードマンとゲルダ・タローが撮影したそれぞれの作品をこの架空の写真家に託したにすぎない。  作品を見る側は、アンドレとゲルダのどちらが撮影したものか見分けることは難しいだろう。しかし、もし撮影者が明かされたら、両者の世界の見かたの違いがぼんやりと浮かび上がってくるのではないか。  ひとつの作品には匿名と個がせめぎあっている。  俳句もこれに似ている。無名の句が私の前に並び、作者が種明かしされると「人柄が出ている」と妙に納得してしまう。そのひとが見た景色が、ことばというレンズ越しに立ち上がる。  無名性と有名性が反転する有機的な時間が句会だとしたら。そのあとには、寂しく賑やかな無名の作品が残される。   長倉尚世   ほそき手の床より賀状たのまるる   枇杷たわわ廃車置き場の水たまり   柊の花や卒寿の退院す 伝えたいこと  今年五年も迷っていた声帯の手術をした。  きっかけは母の耳である。話しかけてもスッと前を素通りして行くのに驚いた。聞こえていないんだ……そう云えば、孫との会話にも、あまり入って来なくなっている。 元々私は話すのが苦手。自分の思っていることを伝えるのが下手くそで、母ともそんなにおしゃべりをしてこなかったが、このまま話ができなくなるのは寂しいと思ったから。  手術後一週間は声を出すことを禁じられた。その間筆談をしていたが、そのもどかしさの中で、ふと手話を覚えようと思った。そして退院後、早速手話サークルに入会。 日常のささやかな場面で、誰かの役に立てたらいいと思う。   成松聡美   春の暮真子の煮つけは反り返る   木香薔薇あふれんばかり死者の庭   猟銃等講習会場泥長靴 神主のいないお社  この拙文を書いているのは年の暮、新年拝賀式準備の最中だ。榊や神饌、振舞い用の酒や汁物の手配で忙しい。私の住む村の小さなお社には神官がいない。拝賀式の一切は氏子総代と当番組の組長たる我が家が差配する。この一年、負担の重さに怒りが治まらない夜もあったし、地域を盛り上げるとは何か議論になる場面もあった。だがご近所と協力して御神燈を張替えたり、紙垂や御飾りを手作りしたりと楽しい経験も少なくなかった。当然これらは俳句の種となり、習作帳には神事や神の字が入る季語が多くなった。神社のお世話は来年も続く。神主のいないお社の句は、もう少し増えそうだ。   坂井則之   龍天に昇る昼夜を真つ二つ   白菜を割る音絶えて十余年   庖丁の切れ味試しトマト切る        初の句は3月に先生の添削を頂戴した後のものです。句の勢いがこんなに改善されるかと、つくづく思いました。 あと二つは[シルシ]程度。2句目は当人の含意と先生の鑑賞とが異なりました。叙述の拙さの表れです。 新聞記事が本拠だった私は、意図を明瞭に伝えるという意識が先に立ちます。そこに、理に落ちてはいけないという何度も頂戴したご教示を思い出し。散文人間は苦戦しています。 今の私は、たとえFBへの投稿でも幾らでも推敲を考えます。新聞紙面を読んで気になることがあれば校閲の後輩に指摘して、検討を依頼しています。ですが、自分の五七五では突き詰めるまで考えることができない己。韻文としての良否の判断ができないのです。 そもそもこの道に入って良かったのかと思いつつ、ウロウロの日がずっと続いています。   生きてゐるたれも初乗り地球船 恩田侑布子(写俳)   岸裕之   寒声や師匠口ぐせ「間は魔なり」   春光を睨むや龍の天井絵   見はるかす白馬三山花こぶし 来年の目標  今年を振り返ると、正月の句会でいきなり特選をいただき、続いて春先は、なんとか入選を何句かいただきました。そこで、気をよくして、今年から始まった町内の年寄り90代一人、80代二人、70代一人メンバーによる麻雀に力を注ごうと思い立ちました。というのは、麻雀は50年やそこら、やって無かったので、すっかりやり方を忘れていたせいか、勝てません。麻雀には実力の他、運という要素もありますが、勝てません。やはり負けるのは悔しい。で、PC麻雀ゲームなどを使って訓練しました。そのせいか、なんとか勝てるようになってきました。ところが、夏から秋にかけて俳句においては、無点句のオンパレードでした。だから今年の三句は前半のものだけです。私は句集を作ろうとか、賞を貰おうなど思いません。気のおけない仲間と俳句談義したり、そこに酒が入ればなお良い程度のスタンスです。従って来年の目標は年間バランス良く選をいただくにとどめます。   小松浩   夏蝶の影轢くサイクリングロード   日盛りの影もたれあふ交差点   人類に聖なる夜と聖戦と むずかしいことをやさしく 樸のメンバーも20人を超えて賑やかになった。句会というのはやはり素晴らしい場だ。投句作品からは、歩んできた道のりや、どんなことに喜びや悲しみを感じる人なのかが、くっきり浮かんでくる。共通しているのは、一人一人の他者への目線の優しさ、誠実な暮らしぶりである。 俳句は、それぞれの人生観や価値観を、理屈ではなくモノを通して、17音に乗せることに魅力があると思う。できれば、今の時代や社会に対して感じていることを、五七五に託して表現してみたい。それも、日常生活で使っている普通の言葉で、「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく」と言っていた井上ひさしさんのように。   活洲みな子   吾の歌に母の輪唱桜の実   天上の母はすこやか樟若葉   青空に挑むじやんけん花こぶし 日向ぼこ付箋だらけの句集抱き  ミニマリストではないけれど、ホテルのようにシンプルな生活空間に憧れる。退職後、仕事がらみの大量の本をまずは処分し、好きだった小説や全集も手放した。ホテルライクな生活にあと一歩(?)というところで、句集を手にする愉しみと出会ってしまった。おかげで棚はまた本で溢れ始めている。  好きな句集は付箋だらけだ。世界観がわからず付箋のつかない句集もある。けれども一句一句に俳人の心が宿っているので、大切に扱っている。年末に加わった三冊の句集。陽だまりでのんびり愉しむ時間が…あるといいなあ。   益田隆久   暮れてなほ弾む句会や花こぶし   パレットへ囀りの色溶きにけり   踏まれたる下萌の香の高くあり 句友の秀句への共感  樸の仲間の俳句の中で、自分の一部にすらなっていて瞬間的に言える特別な俳句が三つある。   (1)八橋にかかるしらなみ半夏生     前島裕子   (2)父母は芽花流しの向かう岸      活洲みな子   (3)花すゝき欠航に日の差し来たる     古田秀 (1)前島さんの俳句は、恩田先生と自分の特選が初めて一致した句で非常に嬉しかった。「目で見て美しく声に出して美しい俳句。」と感想を書いた覚えがある。今でも自分の理想とする俳句だ。 (2)活洲さんの俳句は、年月が経つとともにじわじわとその良さが増していく燻銀のような俳句だと思う。そこには、時間というものへの愛おしささへ感じることができる。 (3)古田さんの俳句。この透明感はどこから来るのだろう?余計な修飾を付けたしたくなりがちだが、この句にはそのような自我が無い。雑味が無く透明感と清々しさが気持ちよい。  このような俳句に出会い誦する時、この句会を選んで良かったと思う。   古田秀   スケートボード蔓薔薇すれすれに蛇行   露の世の薬局あかりジムあかり   クリスマスツリーの蔭や守衛室 グーグルマップはすごい  昔から地図を見るのが好きで、油断しているといつまでも眺めてしまう。実験の合間の待ち時間など、他にやることはたくさんあるがついついグーグルマップをひらいて仮想旅行をしてしまう。最近はグーグルマップの精度があがり、ユーザーの興味のありそうな施設を優先して表示するようになった。地点間の所要時間の計算も正確で、渋滞の起きやすい時間帯なども表示してくれる。2025年は日帰りドライブ吟行や二泊三日のドライブ旅行を何回か計画し友人を巻きこんだが、そのときのスケジュールもほとんどグーグルマップのみで作成した。もはや仕事中にグーグルマップを眺めていれば、頭の中で旅程が勝手に組み上がるレベルになっている。まだまだ行きたいところがたくさんあるので、2026年もグーグルマップを眺めて過ごしたい。   金森三夢   亀鳴くや巴御前の吐息のせ   滴りや手拭浸し首に巻く   肌寒や鉄錆びあまた歩道橋 ケガの功名  年男の今年。まさか一年の三分の一を病院のベッド上で過ごすとは……  「滴り」と云う季語を求め山道を彷徨っての不首尾。古稀を迎え三年で二度の全身麻酔のオペはきつかった。腎臓癌、世界一周クルーズ、そして圧迫骨折。一年おきの天国と地獄。死を見つめ、異郷での悦楽、痺れと激痛との格闘、いつも人生の良き伴侶である俳句と愚妻が寄り添ってくれた。  たび重なる入院と病院食のおかげで体重は学生時代に戻り、血糖値は正常値。糖尿の担当医に「ケガの功名」と大笑いされた。  さて来年はどんな年になるのだろう?!人生は甘渋苦。来年こそ休会なしで呆け防止の句会に励みたいものである。   前島裕子   床の間に祖母てづくりの手毬かな   お薄点てゆがむ玻璃ごし花吹雪   黙しゐて母のかたはら緑さす 年には勝てぬ  今年も残すところわずか、振り返らざるをえない年でした。 身体には自信があったのですが、後期高齢者を前にして、帯状疱疹、歯の根元の炎症から唇がはれあがってしまった。どちらも大事にはいたらず、春の吟行会には参加できたのですが医者通いを余儀なくされた。  寝込むことはなかったのですが、身体がすっきりせず完治まで半年ぐらいかかった。年には勝てぬことを痛感。  来年は身体に充分留意し、自分に納得できる句が一句でもできるよう学んでいきたい。   見原万智子   ヒヤシンス登校しない子の瓶も   どうだんの衣広げり巴塚   クリスマス会話ロボット待たせをり おあいにく  おさとはたいそうな器量よしで、小学校もろくに行っていないが夫の古い教科書で漢字を覚え、両手足の指を使って鶴亀算ができたという。  昔のこととて婚家側の一方的な理由で離縁され、二年。島田の帯祭りの時分でもあったろうか、大井川の橋の真ん中でばったり元の夫に再会してしまった。  ひとこと「…どうだ、元気か?…」と男は聞いてきた。  ややあって「ふんっ、これから佳い人に会いにいくところだよっ」と言うが早いか、おさとはその場を走り去った。決して振り返るまい。  それからほどなく、おさとは再婚した。  後年、私は何度となくこの話を母から聞かされた。そのたびに「ひいおばあちゃんはデートの約束なんか無くて、会いたかったのは目の前にいた元のご亭主だよね?」と私が言い、母は満足げに頷くのだった。おさとに顔立ちも性格もそっくりだった母は、「いい女はツンで通さなければ。デレるなどもっての外」と信じ込んでいたふしがある。  あいにく私はすべてにおいて父親似。ツンデレすら気恥ずかしい。いつもデレデレで、しのいできた。   猪狩みき   雪華積むフロントグラス小さき首都   縦横に鳥の動線冬木立   地形図の尾根と谷なり白菜買ふ ことば  新聞でみかけた本のタイトル『群れから逸れて生きるための自学自習法』に惹かれ、向坂くじらという人を知った。詩人で小説家で自身で国語塾もしている人だという。「ことば」の捉え方、感覚がおもしろく、その作品を追っているところ。といって、彼女の「詩」はよくわからず、エッセイと小説を楽しんでいる。私はたいてい「詩」がわからない。「詩がある(ない)」ということが句会で話題になるたびにびくっとしている。   海野二美   船渡の山火事鎮圧   待ちわびし山林消火龍天に   飛機乱気流掌中の林檎の香 樸の未来  樸の構成員もずいぶん変わってまいりました。若き才能、またパリにニューヨークとワールドワイドに……。少数精鋭ではありますが、樸のこれからは楽しみですね。また私の大好きな文学講座も始まり、学生気分で勉強させていただけるのでありがたいです。編集や会計、また幹事等に惜しみなく励んでくださる皆様、本当にありがとうございます。樸の会員の方々のことは盟友と思っております。  俳句文学における絆は強し!  恩田侑布子万歳!   AIの無性生殖去年今年 恩田侑布子(写俳)

4月13日 句会報告

2025年4月13日 樸句会報 【第151号】

 2025年春の吟行は、恩田代表が「恩田侑布子の名句鑑賞」を連載し、会員の毎月の佳句が恩田の鑑賞付きで掲載されているご縁から、SNSアプリ「俳句てふてふ」代表兼編集長 今井竜様のご後援を得て、芭蕉がこよなく愛した近江(大津市)へ、泊まりがけで出かけました。
 琵琶湖線膳所駅に集合し、最初に参詣したのは木曾義仲の胴塚と芭蕉の墓所が並ぶ義仲寺。池から上がってきた石亀が駘蕩と歩む姿が、これから始まる旅の案内役のように見えました。
 近江野菜をふんだんに使ったランチを大急ぎで戴いてから堅田へ移動。出迎えてくださった今井様に、若き日の一休和尚が修養を積んだ祥瑞寺、琵琶湖に臨む満月寺浮御堂等をご案内頂きました。
 この日は次第に風雨が強まり肌寒いほどでしたが、湖畔のカフェで身も心も温まり、かつて水上交通の要衝として栄えた街並みの散策を続けました。そして国指定の名勝 居初氏庭園へ。滋賀県観光協会の特別なお取り計らいで、園内の書院 天然図画亭の茶室で句会が催されました。素早くメモを取る恩田代表や観察に集中する連衆の熱意に力をもらい、吟行2回目の筆者も何とか五句出句という課題をクリアしました。
 夕方からは比叡山の麓にある生源寺日吉大社・山王祭を拝観しました。大津在住の連衆が「今夜の神輿振りは見逃せませんよ」と教えてくれたとおり、豪壮な神事に魅了されました。
 興奮冷めやらぬまま下山した我々を、今井様がご自宅へ迎え入れてくださり、湖岸に打ち寄せる波音を聞きながら夕餉を囲むという贅沢この上ない一夜を過ごしました。
 打って変わって快晴の二日目。漁船に乗り込み、雁の群れ飛ぶ琵琶湖クルーズを満喫し、解散後は各自思い思いの名所旧跡へ足を伸ばしました。
 連衆の一人が「素材がありすぎてかえって急には俳句が読めない」と呟いた今回の旅。感動はしばし醸成され、27日のzoom句会でも近江を詠んだ句がたくさん出されました。
 旅程の企画、二日間のご案内役、さらに宴のご準備までもお世話になった今井様に、参加者一同厚く御礼申し上げます。
 
 特選1句、入選3句を紹介します。
 

花の雲あの世の人ともやひつゝ    恩田侑布子(写俳)
 

◎ 特選
亀鳴くや巴御前の吐息のせ
             金森三夢

特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「亀鳴く」をご覧ください。

クリックしてください
 

○ 入選
 どうだんの衣広げり巴塚
               見原万智子

【恩田侑布子評】

満天星の花が咲けば春もたけなわです。義仲寺の木曾義仲の宝篋印塔の傍には小さな自然石の巴塚があり、その上に満天星が覆いかぶさるように枝を広げ、ほころびかけていました。まどやかに剪定された植栽を巴の「衣」と見立てたあでやかさ。小袖を涼やかに広げた巴の颯爽たる風姿が浮かび、最高点句でした。作者は、「満天星」の漢字は、勇猛な巴御前には艶やかすぎると思ったのでしょう。ただ、「どうだんの花」なら間違いなく季語ですが、「どうだん」では「同団の衣」と読まれる心配もあり曖昧です。吟行句の難しいところ。
 

○ 入選
 走り根へ春愁の雨たたきけり
               益田隆久

【恩田侑布子評】

京都駅から膳所までは傘要らずでしたが、堅田は雨。町並みの落ち着いた水郷のたたずまいを傘越しに眺めて歩きます。満開の桜が雨に散りそめ、内湖にはちらほらと花筏。若き日の一休の修行寺を足早やに、浮御堂へ松の緑をくぐった後、「俳句てふてふ」代表の今井竜さんのご厚意で天然図画亭の庭園を散策し、茶室にて句会を。どこの何の木かわからなくても、仲間同士、次の場所へとはやる心に、まさに「春愁の雨たたきけり」。黒々とした走り根が見えてきます。
 

○ 入選
 花冷や芭蕉に男色のうはさ
               古田秀

【恩田侑布子評】

芭蕉は名古屋の若い米穀商だった杜国を終生愛し、その夭折を惜しみました。晩年の『嵯峨日記』でも、夢に見て「涕泣して覚ム」といい、みずからそれを性的妄想の「念夢」と名づけています。拙著『渾沌の恋人 北斎の波 芭蕉の興』冒頭にあるので、膳所駅近くのイタリアンでも、芭蕉のホモセクシャルが皆の話題になりました。合評では「噂に止まらないでしょ」という声が聞こえました。一理ありますが、俳句では「花冷や」が一句全体に響くため、「うはさ」くらいに措辞を抑えるほうが美しいのです。
 

【後記】
 今回、帰りの新幹線の中ですぐにでもまた旅に出たいと思っている自分に気づきました。出不精だった筆者にもようやく「道祖神の招き」が届いたようです。
 恩田代表から、筆者の句は吟行の場を離れるとやや映像を喚起しないかも、という指導を受けました。対照的に、今日の吟行で我々が見たものとしてはこの表現しかない、と評価された、他の連衆の句もありました。その吟行を離れても普遍的な説得力を持つと評されたのが特選句「亀鳴く」です。
 家からどのくらい離れたら旅と言い得るのでしょうか? 旅に出れば作句の骨法その一「グリップ力」が強化され、いつか普遍性を持つ句を詠めるでしょうか? あぁ、そう言えば……窓外の夜景が明るさを増し、ずいぶん武蔵国へ戻ってきたと感じながら、筆者は『星を見る人』の一節を思い出していました。

 人生は歩行だ。舞踊でも飛翔でもない。ましてや湯につかることでもない。駅へいつもの道を歩く。川のほとりを散歩する。見知らぬ遠い町を旅して歩く。そのとき、現実の風景と同時に感情の風景のなかもいっしょに歩いている。わたしたちの人生の同伴者はつねに感情である。(恩田侑布子著『星を見る人 日本語、どん底からの反転』p8、2023年 春秋社)

 (見原万智子)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

ふところは天上大風やまざくら    恩田侑布子(写俳)
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4月27日 樸俳句会
兼題は凧、藤。
入選1句、原石賞3句を紹介します。

○ 入選
 国境無き空へ帰らむいかのぼり
               益田隆久

【恩田侑布子評】

「国境無き」の措辞からは「国境なき医師団」が連想されると同時に、世界各地の戦乱が思われてきます。前者は、一九七一年にフランスの医師やジャーナリストが設立し、一九九九年にノーベル平和賞を受賞した国際的な医療団体です。後者の戦火はやむどころか激しさを増しています。ロシアはウクライナの首都キーウまで爆撃し、イスラエルはガザで、罪もない子どもを17400人以上も殺しています。この句は、なぜ人は国境線を引き、領土のために人を殺すのかと問いかけます。「国境無き空へ帰」ろうとする凧は、純真な童心をもつ生身の作者の顔を想像させます。
 

【原石賞】畳みたる帆を花過の枕とす
              古田秀

【恩田侑布子評・添削】

帆を畳んで枕にできるのは、きっとヨットを持っているおしゃれな作者でしょう。それを「花過の枕とす」るとは、ますますロマンチックです。ただ、七五五の頭でっかちなリズムが気になります。五七五の定型のうつくしい調べこそ、一句の内容に相応しいはずです。次のように語順を変えれば、花時に乗ったヨットの残像が、今なお胸の底の海か湖を、水脈を引いてすうっと滑っていくようではありませんか。

【添削例】花過のたたみたる帆を枕とす
 

【原石賞】天の凧追う子のわれも風となる
              馬場先智明

【恩田侑布子評・添削】

子どもの凧が大空高く舞い上がりました、風に乗ってぐいぐい引っ張る「天の凧」をおさな子が一心に追いかけてゆくのを、父であるわれも追ってゆきます。その時、ああ私は「風」だと思う瞬間のなんたる気持ちの良さ。気宇の大きな俳句です。惜しいのは「追う子のわれも」の中七のまだるっこさです。この句は真っ二つにスパッと真ん中に切れを入れた方が良くなります。切ることで、親子の関係がイキイキした秀句になります。

【添削例】天の凧追ふ吾子われも風となる
 

【原石賞】薄茶汲むゆがむ玻璃ごし花吹雪
              前島裕子

【恩田侑布子評・添削】

「薄茶」といっているので、「濃茶」と対になった、茶の湯の場面を思います。しかし「湯を汲む」といい「薄茶点つ」はいっても、「薄茶汲む」とは耳なれません。「ゆがむ玻璃ごし花吹雪」の十二音のフレーズは、あたかも谷崎潤一郎の『細雪』のように美しいシーンです。いまの工場生産ではない、明治か大正の板硝子は、わずかに景色の歪むところに味わいがあります。そのレトロな硝子を透かしてみる「花吹雪」だからたまりません。広間で茶筅を静かに振る気張らないシーンにすれば、いっそう優美さが匂います。

【添削例】お薄点てゆがむ玻璃ごし花吹雪
 

天心のふかさなりけり松の芯     恩田侑布子(写俳)

2024 樸・珠玉作品集

2024 樸・珠玉作品集 (入会日順)

ひらかれてあり初富士のまそかがみ 恩田侑布子(写俳)
- 巻頭言 -
 昭和百年の年頭に、樸の一年間の成果をお披露目できる幸せを思います。作品を発表してくださるのは、月二回の歯に衣きせない拙評に耐えて作品を磨いてこられたかけがえのない俳句の同士です。今回初めて、お一人お一人の熱意にお応えすべく、個人評をお書きしました。俳句の百態の持ち味をお楽しみいただければ幸いです。樸は三十三観音の会を目指しています。俳句と鑑賞に共感してくださる方がいらしたら、どうぞいつでもお仲間になってください。初心者を歓迎いたします。
樸代表 恩田侑布子
海野⼆美

  遠足の上級生の手の湿り

  異常気象をエネルギーにか百日紅

  釈迦守るごと沙羅の実のとんがりぬ

地球で逢えました!
 私が触れた恩⽥先⽣の最初の俳句は
   柳絮とぶ地球でお逢ひしましたね
でした。何と句柄の⼤きなおおらかな俳句かと感動したことを覚えています。しかし恩⽥侑布⼦という俳⼈の奥深さは、知れば知るほど深淵で幅広く、よくも素晴らしい⽂学者を師に持ったものと我が⾝の幸運を思わずにはいられません。などと思っているとは思えないほど、普段はずけずけとため⼝をきいてはいますが・・(笑)
 私は句集を出すことも、投稿して腕試しをする気も全くありせんが、俳句は⼤好きです。今回の被災での⾟い⽇々も、どれだけ俳句に⽀えられたか分かりません。これからも⾃分なりの⾃分らしい俳句を詠み続けて⾏こうと思っています。

吟行の女王
 海野二美さんは吟行になると水を得た魚のようにイキイキした俳句を詠まれる。素直さと伸びやかさが大空の下で解放されるらしい。静岡市の古刹洞慶院の秋の会で「沙羅の実」の姿を〈釈迦守るごと〉と即吟されたのには驚いた。そのしなやかな俳句眼は、隣家からの類焼という災難に見舞われても、心折れず着実に乗り越える力を彼女に与えた。
 拙句「柳絮とぶ地球でお逢ひしましたね」を愛誦していてくれたことを初めて知った。まさに心友である。
恩田侑布子
芹沢雄太郎

  ソーダ水越しに種馬あらはるる

  サンダルを履かずサンダル売り歩く

  鍋に塩振つてガンジー誕生日

時間がかかる俳句/時間をかける俳句
私にとっての俳句は、自己の心の中も含めた、「今・ここ」で起こっていることを掬い取る行為だと考えています。
たしかに掬い取る行為そのものは一瞬で出来るはずなのですが、私が掬い取る行為へと至るまでには、随分と時間がかかります。
来年からは「時間がかかる俳句」の魅力も忘れることなく、「時間をかける俳句」へとシフトし、俳句によって耕せる時間をより豊かにしていきたいです。

インドで拓く俳句の新天地
 学生時代から多様な民族の建築に魅せられ、世界を放浪し視野を拡げてきた芹沢雄太郎さんの膂力に瞠目し続けている。彼がご家族五人で御殿場を出郷し、三十代半ばで東京を本社にもつ建設大手に再就職し、インドの大都市で巨大プロジェクトの現場監督を任されるまでを樸代表として身近に見聞きしてこられた幸せを思う。盆暮れもない責任重大な仕事をこなしながら投句を欠かさない胆力にも脱帽している。昨夏久々に帰国した北海道で得た、〈ソーダ水越しに種馬あらはるる〉の一句には驚倒させられた。インドの大地のあざやかな色彩と力動感がはやくも俳人雄太郎の骨肉と化している。句柄の勁さ大きさは、この世代で一頭地を抜く。本邦初のインド句集の誕生を首を長くして待っている。
恩田侑布子
猪狩みき

  姉妹してイソギンチャクをつぼまする

  高原の蜻蛉われらの在らぬごと

  わからなさ抱へ続けて春夜かな

抱えつづけるものは?
 本を読むのは⼩さいときから好きだったが、いつからか⽂芸は⾃分に向かないものと感じるようになっていた。恩⽥先⽣の『余⽩の祭』を読んで、なぜか俳句をやってみようと思い⽴って今⽇に⾄る。詩⼼とは? 季語の持つ⼒は? ⾃分の作りたい俳句とは?・・・いろいろなことが⾃分の中でだんだん曖昧になり,その曖昧さが今までになく増した今年だった。その曖昧さを解消することに向かうエネルギーを来年はもちたいと思う。簡単にわかったと思うことは避けながら。

大きな視座を持つ
 福島浜通りにふるさとを持つ猪狩みきさんは、教育畑で世界を股にかけて青少年を育成された大変な読書家でもある。したがって投句作品は、予想をいい意味で裏切ってくれる。ええっ、この句の作者なの、とよく驚かされるのである。〈イソギンチャクをつぼまする〉姉妹の句には少女時代の豊饒な自然体験が噴き出し、生のエロスの領域にも新たに踏み出そうとしていて、今後が頼もしい。
恩田侑布子
林 彰

  狼の交はす遠吠え共和国

  空中停止(ホバリング)八丁蜻蛉千里眼

  フェラーリと競ふdB(デシベル)セミの声

奇想の俳⼈を⽬指して
今年の作品で、敢えて、評価されなかった3句です。
「狼」は、かつて4年を過ごした、北⽶の合衆国の昨今を詠んだもの、南⻄部では、よくコヨーテをみかけました。
他の2句は、対象の⼤⼩のギャップを詠んだものです。

名古屋の羅漢さん
 どんな俳句を作られるかも予想がつかないし、林さんからどんな反応が来るかも予想がつかない。短パンにTシャツで新幹線に乗って来られる飄々とした方。私としては行雲流水の白雲を見上げるここちだ。精神科医であるだけに、人のこころの諸相に対して柔軟なのだろう。それはご自身のこころに対しても。だから、句幅が広い。そのユニークな句境を一冊の本にまとめられるまで伴走させて頂くのが楽しみである。
恩田侑布子
見原万智子

  節くれた祖父の手に入る夕螢

  ソーダ水いつか会へると思ふ嘘

  穭田の真中の墓やははの里

さびしいのがお好き
 汚家(おうち)になる前にと始めた書類整理が、かなりキツい。封印していた過去は実績とは言い難いものばかり。何ひとつ成し遂げないで歳をとった……そもそも何をするために生まれてきたんだっけ?
 投句の締切りが迫ってきた。いまの気分を文字にしても、誰が読みたい? ん? 始めに読み手ありきは、おかしいな。いや、俳句は読んでもらって完成する。せめて「あかるさびしく」作れないか…そう、作る。
 あ!「何をするために生まれてきたのか?」じゃなくて、「いまどう生きたいのか?」なのか!

心優しく、頼り甲斐大の妹
 見原万智子さんは、樸編集委員の屋台骨をずっと担ってきてくださった。その前には拙著『渾沌の恋人』と『星を見る人』のおうち校正の、三人寄れば文殊の知恵でいらした(坂井さんと島田さんも)。高校の後輩ということもあり、ついついご厚意に甘えてしまう。あまりにも正直でうそがないから安心していい気になる。私は悪い先輩だ。心の清らかな人の常で、自慢我慢の煩悩がない。でも、自分の俳句に自信を持つのは善法欲の一つと思う。本年の収穫三句も万人の胸に響く普遍性がある。〈夕螢〉が〈節くれた祖父の手に入る〉のを静かに見届ける眼差しはしみじみと優しい。どの句にも万智子さんの人間性の証明がある。文は人なり。俳句もまた。卑下されず、自信さえお持ちになれば本格俳人として大成する資質を備えている。
恩田侑布子
 
島田 淳

少年時代との対話
 昨年は句会参加どころか後半は投句もままならなかった。平日は朝から夜まで仕事。日曜日は家人と一緒にイベントに出店。毎日チャンバラに明け暮れているようなものである。これでは季節を感じるどころの話ではない。ところで、過去に恩田先生に取っていただいた愚句を思い返すと、少年時代の経験に想を得たものが少なくない。これは、その当時が多感な年齢だったという理由だけではないように思っている。それに加えて、時間の経過と人生経験の蓄積により、自分の当時の喜怒哀楽が他者のそれと響き合うように熟成されたからではないだろうか。恩田先生の著書の言葉を借りれば「全人的な『垂鉛』の深みからゆらぎ出ることばは、意味以前の共通の地下水脈で万人につながろうとする」(『星を見る人』四十頁)。故郷・静岡に向かう新幹線の車窓は目まぐるしく景色を変える。しかし、遠く見る富士山はその姿を変えず、人々に様々な感興を呼び起こす。自分の少年時代と対話し、自分の心の奥底に測深器を真っすぐ垂らす事は、自分の中の富士山を見つめる事なのかも知れない。目の前の現象の散文的な「意味」に拘泥せず、俳句を通じて「共通の地下水脈」を探り当てられるよう精進したい。

 
前島裕子

  雪解しづく青邨句集繙けり

         澤瀉屋   
  千回の宙乗りの果て春夕焼

  帰りぎは「またきて」と母白木槿

吟行句会
 zoom 中心の句会になって久しい樸句会、年四回リアル句会が行われる。その内の二回は吟行句会で、今春は東京に出かけ浅草から隅田川を下り浜離宮へ、そして新橋で親睦会。
秋は静岡の洞慶院と杓子庵で行われました。
 画面での仲間とリアルにおしゃべりしながらの、吟行句会は楽しく新鮮でした。次回の吟行句会はどこなのか。外へでるのも楽しいのですが、みなさんにお会いできるのがいいのです。

仁の俳句は孝行から
 岩手県の長寿のご両親のもとに毎月新幹線で通われ、何くれと孝養を尽くしてこられた。その姿と俳句に接し、人倫の基本は親孝行にあることを教えていただいた。百歳近い円かなご両親との長い縁は、わが境遇とは反対だが、前島裕子さんの俳句によって心温まる擬似体験をさせてもらい不思議に癒されている。いい俳句は羨望という低い感情を引き起こさず、成り代わりあう安らぎを与えてくれる。雪国で長じた方の感性の清らかさは〈雪解しづく〉にも凛と応える。歌舞伎にも詳しく、季語の斡旋が盤石。これは地に足がついた俳人格である。
恩田侑布子
金森三夢

  獅子舞に灘の菰樽嚙ませけり

  立葵スカイツリーと背比べ

  うぐいすもち都々逸唸り頬ばりぬ

世界地図⼀筆書きし雪の富⼠
 昨年の夏に癌の⼿術をしました。術後の経過は順調です。そんなこともあり、⾏けるうちにと、三か⽉半で⾚道を四回巡るという冥途の⼟産クルーズに出かけ、何とか無事帰還しました。
 出発前は海外詠にチャレンジと⼤⾵呂敷を広げておりましたが、短期間で季節が夏、春、夏、春、夏、秋、冬、秋、夏そして冬と⽬まぐるしく不規則変化したため、季節感覚が⾒事にぶっ壊れました。今年も半年しか句会に参加しておりません。連衆各位の珠⽟作品集の⽟に傷のような句で⼤変恐縮ですが、末席を汚します。

情に厚くて料理上手
 静岡高校四年先輩の⾦森三夢さんはとにかく面倒見のいい親切な方。昭和生まれの静岡市民なら知らぬ人のない「美濃屋」本店のご子息。若い頃から文学を愛好され、はやばやと生前葬で散文集も配られた。この分でいくと、お元気に第二の生前葬では第一句集を配られるはず。〈スカイツリーと背⽐べ〉する立葵のけなげさは三夢さんの目に掬いとられたもの。「男はつらいよ」に何十回何百回も親しまれ、俳句にもどこか寅さんの温もりが感じられる。
恩田侑布子
古田秀

  街棄つるやうに遠足出発す

  ぼうたんや達磨大師の上睨み

  ギターの音川面に溶けて爆心地

美術館
 俳句を始めて美術館に行くことが多くなった。今年のベストは東京都現代美術館で開催された「日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション」。作品を通して感じられる思想の熱量や創作にかけた時間において、質・量ともに圧倒された。転職して生活はよりハードになりそうだが、来年も展覧会や旅行にでかけたい。他者の精神と出会うことの感動をもっと掘り下げていきたい。

ドラマチックな充実の年
 古田秀さんが樸に入ってこられた初対面の情景はいまもまぶたにくっきりと刻まれている。スマートな切れ味鋭い秀才の面持ちに、なにか尋常ならざるものを感じた。それが、まだ四年足らずで現実のものとなり、驚くほかない。わずか一年半目に、文學の森の「北斗賞」准賞をものしたと思ったら、翌年は全国俳誌協会第4回新人賞を射止め、昨冬には「俳壇賞」候補作で、すごいと喜んでいたら、年末にはなんと、「北斗賞」正賞の吉報に接した。打てばひびく感能力の上に大変な努力家でもある。創薬研究職の多忙にありながら、樸句会は皆勤賞といっていい。知的でソリッドな句が得意だったが、ここへ来て〈ぼうたんや達磨大師の上睨み〉のような大人の風格のある句もできるようになった。長足の進歩に、益々将来の俳壇を担う期待大である。
恩田侑布子
益田隆久

  滴りや月は地球のひとりつこ

  鬼の子へ背中どちらと風の問ふ

  マリンバの着信音や水澄めり

毎日の定点観測
 12 月 20 日午前 6 時 48 分。
石廊崎の先端から日の出。新島と神津島がくっきり。海上に雲一つ無い朝は 365 日、1 日あるか無いか。
365 日欠かさずこの場所、時間にいるからこそ出会える瞬間。
蓮華寺池公園古墳 28 基の丘。標高 110 メートル。
暁を見ながらのラジオ体操。一緒に平日は 7 人。土日は 14 人。
名前は知らなくとも皆友達のような感覚がある。
毎日同じ人に同じ時刻に坂道ですれ違う。挨拶を交わしつつ。
山だからだろうか。この連帯感。人だけで無く、木々、鳥、虫にも。
 草々の呼びかはしつつ枯れてゆく  相生垣瓜人
 頂上や殊に野菊の吹かれ居り      原 石鼎
 恋ともちがふ紅葉の岸をともにして  飯島晴子

不思議な持ち味の俳句
 温和な人柄に鋭い感受性を潜め、半分とはいわないが、四ぶんの一くらいは仙人である。岩や草の〈滴り〉の小さな雫から、一足飛びに〈地球のひとりつこ〉としての〈月〉を思うとは常人ではない。時々、この人には自然に幻視の瞬間も訪れるのであろう。蓑虫が 本当に小さな〈鬼の子〉に思われてくる。益田隆久さんの句の不思議な持ち味は、朝なさな若王子古墳群の地霊を吸収するところにもたらされていることを知った。長い時間のスパンを視野に俳句鑑賞や評論にも、今年は挑戦を始めていただきたい。
恩田侑布子
 

のし餅やしなり据ゑたる柾の板 恩田侑布子(写俳)
活洲みな⼦

  千百段昇りきりたる淑気かな

  獅子舞に噛まれしと児のよく喋る

  もういいかい風船一つ残されて

季語の世界
 私は季語が好きなのかも…しれない。暖かな部屋で、カフェオレなんか飲みながら⼤歳時記をひもとく時間は⾄福だ。辞書のような解説や古典の説明が多い中、読み物のように季語の世界が広がる⽂章の解説者もいる。だから、[飯⽥⿓太][⼭⽥みづえ]などの名前に出合うと、そこから句を作りたいなあと思う。
 令和6年も樸で素敵な季語の世界を楽しませてもらった。その中で最新のお気に⼊りは、
師の「月光のうらがへしても⿊き髪」。 ⾊っぽいもの。

あらきの姉
 活洲みな子さんは誰からも信望の篤い方。そのゆたかな人間性にわたしも人一倍信を置いている。長年、教育者として培われてこられた慈愛が、定年後の今、地域での弛みない福祉活動とともに、俳句にも向いておられることは誠に頼もしい。昨年『俳壇』に、樸を代表して七句を発表された。〈獅⼦舞に噛まれ〉て興奮している童心の清らかさはそのままみな子さんの笑顔を思わせ楽しくなる。静岡の人らしい謙遜家でおいでだが、対外的にもどしどしご活躍いただきたい。
恩田侑布子
小松 浩

  鯛焼のしつぽの温みほどの恋

  象徴といふ五体あり建国日

  帰国便釣瓶落しの祖国かな

キョンキョン
 キョンキョンこと小泉今日子さんが、演出家の久世光彦さんから「芝居も文章も、うまさの先には、あまり広い世界はありません」と言われたことを今も大事にしている、と話す記事を読んだ。俳句も一緒かな、と思った。上手に詠みたいと表現に工夫を凝らし、とりあえず型通りの句ができたとしても、そこで終わり。作者の内側から溢れる詩の感動の力が欠けていたら、誰の心にも残らない。古本屋で手にした饗庭孝男さんの本には「思いつきで俳句は詠めない」とあった。人生に対する自分の態度と詠む対象が、いかに深く共鳴しあうか。新年は、作句の前に自分の生き方を見つめ直したい。

都会のミステリアス
 二〇二二年八月六日の毎日新聞で拙著『渾沌の恋人 北斎の波、芭蕉の興』は、渡辺保氏の「斬新な日本文化論」という身に余る書評に浴した。小松浩さんはそれで初めて恩田を知り、翌月はやばやと樸の仲間になってくれた。何と、当年三月まで毎日新聞主筆をお務めだったという。組織ととんと無縁の私は、入会この方の二年四ヶ月、静かな驚きを与えられてきた。三大新聞の現場トップといえば、デスクの上の上。デスク風だっておっかないだろうに、なんともソフトで生真面目。「チッチとサリー」のサリーみたいだ。私はステータスに遠慮のない人間で、ずけずけ批評する。高校生みたいにZoomの向こうで必死にノートを取られる。「三年はがまんしてください」とほざいたのが今は恥ずかしい。みるみる俳句の骨法を習得され〈鯛焼きの〉ペーソスあふれる恋の句から、天皇の〈五体〉を通して日本文化に迫り、定型の韻律に没落する〈祖国〉まで憂えるようになられた。樸編集長を二年務めていただいたのは出来過ぎで、某大学の理事で多忙を極めるいまや、精力的に投句を欠かさないことにも脱帽。よくできるなあと、もはやミステリアス。
恩田侑布子
 
中山湖望子

  鮎天や上司の語りほろ苦く

  獅子舞の鈴の音届け能登の海

  玄月や薬師の湖(うみ)の水澄まむ
 

岸裕之

  家中の蛇口磨きて春うらら

  火矢浴びて手筒花火の仁王立ち

  ラ・フランス初体験の裸婦写生

《今思ふこと》の続き
昨年のこの欄に、⾃分は代々の漆塗り職⼈を継がなかった負い⽬で、せめて俳句は職⼈の美学である「粋」な俳句でも作ろうと書いてしまった。結果今年は⼀句もそれを果たしてない。なぜ、⾊々考えた。で、「粋」な俳句を作ろうなんてことが野暮なはなしだと気がついた。「粋」は結果であり、⼈様が判断するものである。作ろうとしてつくるものでなく、できちゃった位が良いところだ。⾼点句もそうじゃないのかな。だから、宝くじに当たりたけりゃ、当たるとお⾦が貯まっちゃって困るという⼼境になったら、買いなさいと進めている。

慈眼と炯眼
 傘寿にして俳句の門を叩かれた。初心とおっしゃる。暦年齢よりずっとお若いお姿。いち早く存在感を示されたのは合評である。豊富な人生経験が熟成され、言葉の端々まで香ばしい。どうしたらそんな洒脱な心境に至れるのかといつも思う。あせらずあわてず、粋がらずか。飛んだ句も作られ、驚かされることもあるが、ちかごろは実直で独自の味わいが出てきた。慈眼に見守られながら、私は彼の目を畏れている。
恩田侑布子
坂井則之

  孝足らず過ぎていま悔ゆ敬老日

  二度わらしの母を誘ひて庭花火

  令和とやコンビニおでん楽しみて

初心者の苦闘続く
樸に加えて戴いて2年目でしたが、相変わらず苦闘しています。
先生から再三ご指摘いただいたこと[頭の中が散文支配である]が、どうにも直りません。見たもの・聞いたことからの想像が膨らまず、日常や追憶を不出来に語る域を出られていません。
もっと大きな柄の句が詠めるように。先生の句を見習って、と思いますが、道遠しの感が大であること変わりません…

脱皮する妙境
 散文思考から抜けられないとはご謙遜。たしかに最初の一年半はどうなるかと興味津々だった。国会図書館や朝日新聞本社の校閲という超お堅い職業人としての論理的思考から、恩田のどこへも飛んでゆくいい加減さを教唆して果たしてよかったのか、悪道に引き込んだのか。唆されて今回、二年目後半の三句にはすでに、坂井則之という俳人の刻印が捺されるようになった。これはすごいこと。小器用な人間が逆立ちしたってできないことだ。どの句にも実直さ、心のしんじつがあふれ、胸を打たれる。御母堂の看取りのために東京本社を早期退職され故郷に帰られたのに〈孝足らず過ぎていま悔ゆ〉とは。〈二度わらしの母を誘ひて〉された庭花火のひかりと闇は、俳句という詩そのものの地べたの懐かしさに満ちる。
恩田侑布子
成松聡美

  浅利吐く砂粒ほどのみそかごと

  はうれん草湯掻く間に決める明日のこと

  問診票レ点と秋思にて埋める

枕上
 良いアイデアが出る場所は「三上」だと言うが、皆様はどうだろう。私の場合、季語に出会うのは犬の散歩で、十七音が浮かぶのは庭仕事の最中と決まっている。ただ、枕の上は確かにある。明け方、不意に目が覚める。慌てて言葉が逃げて行かぬよう、何度も反芻し、指を折って音を数える。
 早朝の目覚めは、現役の頃にもよくあった。大抵は役所の監査や重要なプレゼンの前だが、句作で飛び起きるのは仕事に追いつめられる感覚とは異なる。もっと伸びやかで、楽しい驚きだ。暁のひらめきの大半は夢の切れ端に過ぎず、句として成り立つことは殆どないが、生業でもないことで布団を蹴って起き上がるのは、存外悪くない。

発想の飛躍と現代性
 成松聡美さんはとても個性的な方。奇抜な発想と、強い感受力でインパクトのある俳句をつくる。まだ入会して一年だが、みるみる腕を上げて、入選句や高点句が集中する回まである。天性の閃きを大切に、独りよがりにならない句をつくれば、どこまでも伸びてゆかれるだろう。〈はうれん草湯掻く間に決める明日〉は、細見綾子の「春の雪青菜をゆでてゐたる間も」のいかにも日本の理想的な女性らしさの身振りを吹っ飛ばして爽快。
恩田侑布子
長倉尚世

  テトラポッド一つに一羽冬鷗

  愛想なきパン屋の主春の雲

  投げ銭の帽子の歪み秋の暮

俳句を始めた理由
 コロナ禍に鬱鬱としていた頃、追い打ちをかけるように声が出なくなった。
そんなある日、バス停でバスを待っていると、突然俳句が降ってきた。
   バスを待つ等間隔や秋の暮
すぐに書店で俳句入門の本を買い求め、独学で二年ほど俳句を作っていたが、当たり前に行き詰まって
恩田先生の門をたたいた。樸に入れていただいて、ちょうど1年になる。
あれ以来、俳句は降って来ない。一句作るのにあきれるほど時間がかかる。
それでも、これからも俳句を続けていきたいと思う。

俳句眼と語感の鋭さ
 二十年務めたSBS学苑「楽しい俳句」講座の最終年に入会された三羽烏のお一人。それぞれに頼もしいが、長倉尚世さんはものと対峙する観察眼が半端ではない。聞くと、「小半日見ていました」という答えが返ってくることもある。独学期間を含め、まだ三年なのに、一字一句を揺るがせにしない句を作られる。〈投げ銭の帽子の歪み秋の暮〉は静岡市の一大イベント大道芸を素材にするが、よくもあの騒々しさの中で、この詞藻のしじまに届いたものよと感心する。じっくり腹を据えて取り組まれるのは大器の証拠。
恩田侑布子
星野光慶

  ビル風の奥底に聴く笹鳴よ

  うつくしき数式の果て原爆忌

  生も死も満ちし本棚秋の蝉

芽吹きの瞬間
 生涯一編集者の松岡正剛は、三浦梅園の「一即一一」の考えを重視していた。「一」には “そのもの”(one)とそれに触発された“もうひとつの一”(another)が潜在しているのであり、その another から one に眼差しを向けることが重要なのだという。この眼差しから新たな世界像が立ち上がってくる。
私の本棚には生者と死者の生がうごめいている。松岡さんの訃報に接し、彼そのものである著作の数々を another になった眼差しを感じながら読んでいる。

 近江ARSが機縁となり、今年の初めから俳句を始めてみた。
駄句しか読めない私にとって、選句とは、するのもされるのも恐ろしいものだが、一句にはたくさんの another があることに気付くことはできた。まずは作者の目があり、そこに選者たちの様々な世界観や視線が投げかけられ、重なり、その一句は新たな装いを見せる。そんな芽吹きの瞬間に立ち会うのは面白い。

読書の果実を結晶させる刻
 星野光慶さんとは冬の長浜、近江ARSのあったかい湯気の立つお汁粉会場で出会った。城下町の夜道を駅まで歩いて、息子世代の今時めずらしい好青年と思った。素直でやさしい。そのデリケートで透明な感性は〈ビル風の奥底に〉笹鳴を聴き澄ます。松岡正剛さんの元で「守破花伝」まで学び卒えた勉強家でもある。私は彼のしなやかな俳句の将来性も高く買うが、俳句評論にも大いに期待する。選句時のリアルを上記のように、作者の目と、選者たちの「様々な世界観や視線が投げかけられ」ることで生まれる「新たな装いを見せる芽吹きの瞬間」と捉えられる人は稀少だ。すでに詩人のたましいが震えている。
恩田侑布子
山本綾子

  君くれしボタンを吊りて星月夜

  剥く音のよこで噛む音長十郎

  水澄むやさんさ太鼓の天に舞ふ

日々
 当たり前のようにある日常をいかに大切に過ごすか。人生の指針と決めている。
昨年始めた俳句。誰に語るでもなく温めた思いが十七音となって自分を離れる。
「恩田侑布子の弟子である」。いつか胸を張って言えることを新たな目標に加え、これからも日々を愛でていこう。

蒼穹の歌が聞こえる
 山本綾子さんはSBS学苑「楽しい俳句」講座を閉じる直前に巡り会った三羽烏の最年少。作品にも表情にもまだ少女の煌めきが残っている。その詩性のまぶしさは春先の青空を思 わせる。初恋の君がくれた〈ボタンを吊りて星月夜〉のボタンは、聖樹の星よりも清らか。句会での合評も、綾子さんの評は言葉にツヤとひかりがある。水の綺麗な長泉町のお生まれだからだろうか。一生俳句を続ける覚悟を表明してくれた。綾子さんの俳句の達成を見守れるよう健康でいたいという励みをもらった。
恩田侑布子
馬場先智明

  秋深き一夜一生の夢を見し

  帰り花生きるに遠慮がいるものか

  冬の虹階をゆく御魂かな

ジャーナリストは俳句が苦手?
 もちろん例外はいる。けれどジャーナリストが俳句に向かないというご指摘には深く頷く。仕事柄、彼らは絶えず世の中の動向や変化を見逃さないように高感度アンテナを張っていないと飯の種にありつけない。古今集序にある「人の心を種として」ではなく、「世間の出来事を種」として言葉を捜す悲しき売文業なのだ。つまり“他人事”で生きている。それが身についてしまえば、自分の内側から湧き上がってくる声も聞こえなくなってしまう。わかってはいるけれど、ジャーナリストになり損ねたという残心はなかなか消えてくれない。

短歌の滋養を俳句に止揚せよ
 馬場先智明さんは早稲田オープンカレッジの「初めての楽しい俳句」講座夏学期で初めてお会いした。 拙著『星を見る人』を高田馬場の芳林堂で立ち読みし、止められず買って帰り、都内で仲間と読書会をしていたと恩田を泣かせることを言ってくださり、講座生の自己紹介できわめて印象鮮やかだった。ワンクール卒えるやさっそく樸に入られた。早稲田文学部の同学年とあって、気兼ねがない。ただ短歌と並行で Zoom句会は半分だけ出席。そこをなんとか全出席されたい。短歌は青春の文学。俳句は「東海道のひと筋を知った」老成の文学。〈冬の虹階をゆく御魂かな〉の虚実混淆のやや短歌的まなこのとらえたリリシズムを俳句の燻銀に変えられたら大成の可能性は広がるだろう。
恩田侑布子
 
都築しづ子

  痛む身の杖の先にも菫かな

  喪帰りやなんじゃもんじゃの白に座し

  身ごもりて強き眼差し聖五月
 
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※ 提出期限に間に合わなかった作品には恩田代表の個人評はありません。

ひとりぼち日向ぼこりの味がする 恩田侑布子(写俳)

3月17日 句会報告

経緯(ゆくたて)もなきふみつゞり春の雪

2024年3月17日 樸句会報 【第138号】
 彼岸の入り、春うららかな昼下がり、副教材が要らないほどの大収穫と恩田侑布子が絶賛する句会となりました。兼題は「麗か」「春の波」「浅利」、特選1句、入選3句、原石賞3句をご紹介します。

◎ 特選
      澤瀉屋     
 千回の宙乗りの果て春夕焼
             前島裕子
特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「春夕焼」をご覧ください。
            ↑
        クリックしてください
○入選
 芽柳の雨垂れを見る一つ傘
               活洲みな子
【恩田侑布子評】
 「芽柳」だけで充分みずみずしいですが「芽柳の雨垂れ」はいっそう清らか。相合傘を「一つ傘」と言ったことで、透明感のある恋の句になりました。寄り添う二人が眼差しまで合わせて、芽吹いたばかりの柳の先に垂れる雨しづくの一粒をみつめています。鏑木清方の「築地明石町」に描かれた女人。その若かりし日の一コマを垣間見る心地がします。
○入選
 暗がりに殺す息あり浅蜊桶
                小松浩
【恩田侑布子評】
 海水ほどの塩気の水に浸け、外し蓋をして砂を吐かせます。その暗がりを想いやっているのです。柔らかな肌色の身を貝からイキイキと伸ばすもの。潮を吹くもの。でもそれはみんな殺さなければならない息です。殺して食べるために、いましばらく生かしている後ろ暗さ。生きるために殺生戒を犯す、春陰ならではの一つの思いが刻まれました。
○入選
 あさり吐く砂粒ほどのみそかごと
               成松聡美
【恩田侑布子評】
 浅蜊が蓋の下でザラザラした細かい砂つぶを音もなく吐いています。なんだか私の誰にも言えない秘密みたいだわ。一句の前半と後半で主体がねじれ入れ替わり、砂を吐く浅蜊と自分が一体化したよさ。
【原石賞】麗かや譲る日の来たワンピース
              見原万智子
【恩田侑布子評・添削】
 作者ご自慢のワンピースドレスでしょう。奮発して買ったか作らせたか、刺繍や細やかなレースの部分があったりして、贅を凝らした逸品です。少し派手になったかしらと娘に譲るところで、娘がよろこんで着てくれる満足感が「麗か」です。原句は「来た」で勇ましくなってしまいましたので、ドレッシーなワンピースに合わせ、調子をすこし可愛くしましょう。
【添削例】うららかや譲る日来るワンピース
   
【原石賞】泳げない母の見てゐた春の波
              見原万智子
【恩田侑布子評・添削】
 泳ぎが不得手で、海に水着で入ったことがない母。その母が眩しそうに春の波をいつまでも見つめていたあの日の記憶。どこか不器用で、そのぶんしとやかでおもいきりやさしかった母。母恋の情が自然に溢れた素直な俳句です。「泳げない」という否定形ではなく、はっきりと具象化しましょう。そうすることで俳句は勁く、味わいゆたかになります。この句の場合は「母の見てゐし春の波」と文語歴史的仮名遣いにする必要はないでしょう。発想自体が、口語現代仮名遣いだからです。
【添削例】かなづちの母の見ていた春の波
   
【原石賞】空のむかふ溶かして寄せ来春の波
                佐藤錦子
【恩田侑布子評・添削】
 海辺または大きな湖のほとりに出かけて、よく「春の波」を見つめ、季語と真っ向勝負した俳句です。春の波を見つめていると、ひとりでに空の向こうの沖に心を誘われます。原句で、一つだけ気になるところは中七のせせこましさです。溶かし、寄せる、来る、と三つもの動詞が畳み掛けられ、特に「来(く)」の固い音で、「春の波」の長閑さが半減してしまいました。ここは素直に「溶かして寄する」にすれば、おおらかな秀句になります。
【添削例】空のむかふ溶かして寄する春の波
【後記】
 今回の句会では声に出しての推敲、「舌頭に千転」することの重要性と、俳句には調べが大切ということが再確認できました。特選、入選の句はどれも、その作者にしか詠めない作者らしさが光る句でした。季語の温かさが句を広げたスケールの大きな句、透明感が溢れる瑞々しく眼差しにロマンを感じさせる句、語感が良く春ならではの句、季語とまっこう勝負した詩情溢れる句などなど・・・。原石賞の添削でも一文字に拘ることの大切さを改めて痛感する、実り多き心躍る句会となりました。次回の兼題は手強いものばかりですが、逃げることなくチャレンジしたいものです。
 (金森三夢) 
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

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3月3日 樸俳句会
兼題は「朧月」「耕す」「菠薐草」です。
特選1句、入選3句、原石賞1句を紹介します。
◎ 特選
 書き込みに若き日のわれ朧月
             小松浩
特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「朧月」をご覧ください。
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○入選
      岩手県立図書館     
 雪解しづく青邨句集繙けり
               前島裕子
【恩田侑布子評】
 山口青邨の句集を青邨のふるさとでもあり、作者のふるさとでもある岩手県立図書館で読んでいます。窓辺にポトッポトッときらめく雪解しづく。早春の透明な光は、鉱物学者でもあった青邨の佇まいに通い、その廉潔な人柄まで偲ばせます。前書きはなくても自立できる俳句です。「雪解しづく」は、山口青邨の魂に捧げられた慎ましい供物であり、清楚な詩(うた)をうたい続けるようです。
○入選
 男女にも友情有りや朧月
               金森三夢
【恩田侑布子評】
 果たして「男女にも友情」というものがあるのだろうか、と「朧月」に問いかけています。そのつけ味が面白い。作者の心は、すでに半分は恋に傾いているのかもしれません。そう想像させるところが危うげで、ロマンチックです。春の朧月のやさしさにふさわしい問いかけでしょう。
○入選
 月おぼろ話し足りなきことばかり
               田中優美子
【恩田侑布子評】
 もっともっと話していたかったのに、時間が来てさようならをします。帰り道、あれも話したかった、これも聞いてみたかったと、相手との歓談を思い返します。中天にはなんとも馥郁とした朧月がかかって。「月おぼろ」「足り」「ばかり」のR音の脚韻がリズミカルで、調べの美しい俳句です。「話し足りない」といいつつ、二人の心はすでに、霞む春月のひかりのなかにやさしく溶け合っているのではありませんか。 
【原石賞】耕すや吾が幸四五歩四方なり
                佐藤錦子
【恩田侑布子評・添削】
 「耕」に正面から迫った独自色のある句です。わずか二、三坪の土地でも、鋤だけで耕すのはたいへんな手間ひまを要します。それを「我が幸」といったのが出色。ただ、「や」「なり」の切れ字の重なりは気になるところです。そこで、句のキモの「吾が幸」を、漢字をひらいて柔らかくした上で、倒置法によって強調すると、さらに生き生きします。
【添削例】耕すや四五歩四方のわが幸を

2023 樸・珠玉作品集

誰も隠しもつ冬麗のふくらはぎ

2023 樸・珠玉作品集 (五十音順)  

 
いつぽんの草木

 俳句というゆたかな山に登ろうとするとき、一人では薮に突っ込んだり、ふもとの出湯に浸かりっぱなしになったりしがちです。私は、それぞれの脚力を信じて、「俳句山岳ガイド」をさせていただいております。
 「樸」はしらき。山から伐り出した原木です。何にでもなれる可能性のかたまりです。樸の連衆は、生い育った環境、精一杯努めている仕事や家庭、愛好する書物や芸術、そうしたみずからの豊穣の根もとを踏まえて、たったいま出会う風光と火花を散らし、一句をひと茎の草花やいっぽんの木のように、大空の下に立たせようとします。
 樸から生まれた俳句が、まだ見ぬやさしい人に迎えられ、ほのかなぬくもりでつながれますように。今年も胸ときめかせ、深い山に登ることができますように。恩田侑布子(2024年1月15日)
 
 
 
 天野智美

  花朧坂の上なる目の薬師

  べつたりと妖怪背負ふ酷暑かな

  秋の苔弱き光をこはさぬやう

《二年ぶりに樸に復帰して》  
 好きなことや逃げ場はたくさんあればあるほどいいというが、家族の問題に振り回され不安を感じない日がないこの一年、なんとかこちら側に踏みとどまっていられたのは、俳句が知らず知らずのうちに足首を掴んでいてくれたからかもしれない。樸に復帰しなかったら、ささやかでも心震わせてくれるものにこんなに目を向けられただろうか。綱を投げてくれた俳句と樸に感謝を。

  
 猪狩みき

  しめ縄の低き鳥居に春の風

  卯波立つ廃炉作業の発電所

  楡新樹望みを抱くといふ勇気

《興味のありか》  
 植物や動物の兼題が出るたびに、自分が動植物にほとんど興味を持たずに生きてきたことをつくづく思い知らされる。海も山もごく近い田舎に育ったのに、なぜかそうなのだ。(例外は「木」。木の姿かたちと木の奏でる音が好きで興味あり。)俳句の楽しみを増やすためにも、動植物と、もっと親しくつきあえたらいい。と同時に、これまで自分が興味をもって向かい合ってきたもの、ことを俳句につなげられたら、とも思っている。
 
 
 
 活洲みな子

  父母は茅花流しの向かう岸

  読み耽る昭和日本史虫の闇

  枇杷の花いつか一人となる家族

《旅と私》  
 私はよく旅をする。所々に拠点を置いて、ゆったりと旅をするのが好きだ。俳句を学ぶようになり、旅の楽しみがさらに広がった。九州では祖母山の雄大さと神聖な雰囲気に息をのみ、東北では何もない淋代の浜に佇んで句に想いを馳せた。四国遍路の難所二十一番札所へ向かうロープウェイからは、修験の場である山々を眼下に見て、場所は違えどなぜか「葛城の山懐に寝釈迦かな(青畝)」の句が頭を離れなかった。
 それでも私は、旅行中は句を作らない。目の前にある今を百パーセント楽しむのが私の遊びの流儀…なぁんて、まだまだ未熟者ということですが。
 
 
 
 海野二美

  在の春すする十割そば固め

  お薬師様見下ろす村に花吹雪

  長旅の蝶の夢かや藤袴

《強さとは・・》  
 皆様にお見舞いいただきました類焼から4カ月。穏やかに元気に過ごしてまいりましたが、食欲も出て抜け毛も収まって来た3カ月過ぎた頃から、感情が元通りに癒えて来たせいなのか、悔しく悲しく、酷く落ち込んでおりました。しかし、くよくよしていても一日、明るくしていても一日と自分を励まし続け、何とか立ち直りました。まだまだ落ち着かない日々が続きますが、これからも自分の強さを信じ、前に進もうと思っています。隣りにはいつも俳句を携えながら・・。

 
 
 金森三夢

  鑑真の翳む眼や冬の海

  枯れ尾花わたしのことといふ佳人

  ヤングケアラー菜の花の土手見つめたる

《出戻り致します》  
 「出戻りは三文の価値なし」と言われます。愚生恥ずかしながら新年より句会に戻らせて戴きます。
 八月の手術前から『永遠』の二文字が出来損ないの心と頭に浮遊しています。青空を見つめながら「この空をネアンデルタール人も眺めていたのか? 私の死後の未来人も・・・」。少しずつ肩慣らしするつもりです。ウォーミング・ダウンになりませぬよう、何卒宜しくお願い致します。

  
 岸裕之

  五月雨の垂直に落つ摩天楼

  碌山の≪女≫漆黒新樹光

  病葉の猩々みだれ舞ふ水面

《今思ふこと》  
 私の先祖は秀忠・家光の久能山東照宮、静岡浅間神社造営の際、全国から優秀な職人を集め、気候が良いので、住み着いた漆塗りの職人の末裔と伝わってます。私で八代目ですが、初代は町奴でもあり、眉間に傷があり、岸権次郎こと「向こう傷の権さん」といったそうな。この権さん、坊さんの女関係のトラブルを纏めて一人だけ戒名が良いと伝わっている。で、職人を継がなかった負い目があるので、せめて俳句は職人の美学である「粋」な俳句でも作ろうと今思いました次第です。

 
 小松 浩

  酢もづくの小鉢に海の遠さかな

  銀漢や調律終へし小ホール

  警笛に長き尾ひれや熊渡る

《大リーグボール養成ギブス》  
 入会して1年余、たくさん基本を教わった。「知識で作るな」「報告句や説明句はだめ」「季語の本意を大切に」「時間の経過ではなく一瞬を詠む」「気持ちをモノに託せ」云々、云々。いちいち照合しながら俳句を作ろうとすると、大リーグボール養成ギブス(ご存知ない方は「巨人の星」「星飛雄馬」で検索を)をはめたようで、頭はギクシャク、指先はがんじがらめになってしまう。かといってこれらを脇に置けば、やっぱり駄句しかできない。
 心を自由に飛翔させ、それでいて基本のしっかり染み込んだ句。そういうものをいつか作れたらいいなあ。

 
 
 坂井則之

  家継げり障子洗ひも知らぬまま

  二親の去りし我が家に帰省せり

  あし鍛ふいま一度富士登らんと

《初心者の苦弁》  
 2023年春から参加させていただきました。
 その暫く前、恩田先生の一つ前の評論集(2022年刊)の校正をお手伝いさせて戴いてからのご縁でした。
(私は先生の高校の4年後輩に当たります)
 今は年金給付を待つ隠退者ですが、現役時代の殆どは新聞社で編集部門、原稿内容や紙面を点検する校閲の現場にいました。経験がご著書のお役に立てたならとても光栄なことだと思ったことでした。
 いま[樸]に入れて戴いた後、俳句とも言えないものしか書けていません。先生から「(お前は)頭が散文支配になっている。俳句にはそれと異なる韻文の感覚が要る」との叱責を、何度頂戴したか判りません。句会でも、先生からお点を戴けたものは幾つもありません。我が身を省み、先の厳しさ感が拭えないのが現状です。[自選]は、お点を辛うじて頂戴できたものから挙げさせて戴きました。(先生添削あり)

 
 佐藤錦子

  蜜月も悲嘆も誰も往く銀河

  秋うらら桂花の菓子を頬張れば

  疵あまた無骨な柚子よ宛名書く

《旅の途中》  
 歩く旅が好きだ。歩けば元気。そう信じ背中を突き飛ばし自分を外へと送り出す。パルシェの講座もばしんと背を叩き今春より受講のち樸の会員に加えて頂いた。出会いに恵まれ有難く思う。
 句会では、分からない用語が行き交う。感覚をどう掴み自家薬籠中のものとするか。苦悶が始まったところだ。
 歩く旅なら3日目あたり、足裏にまめの出来た頃。今しばらくはその痛い足で歩み続けようと思う。
 樸の皆さまどうぞよろしくお願い致します。

 
 島田 淳

  花南天兄にないしょの素甘かな

  引越の最後に包む布団かな

  菜の花の果てを見つけて人心地

《鑑賞という名の対話》  
 恩田代表の鑑賞文を読むと、自分では思いもしなかった指摘にギクッとすることがある。
愚句に対しても、他の方の句に対しても、作者すら自覚出来ていなかった意味や思いを掬い取って、より明確な表現で提示してくれる。
 それは、『渾沌の恋人(ラマン)』や『久保田万太郎俳句集』でも見られたものであり、句だけでなく社会的背景や境遇にまで気を配った鑑賞である。
最初の句では、慎ましく地味な南天の花と庶民的な菓子である素甘、それをこっそり食べる小さな背徳が響き合う様を鑑賞文の中で描き出していただいた。
 「お兄さんばっかりずるい!」という被害感情を常に秘めている末っ子の気分を、句の中から見事に掬い取ってくださった。
 二番目の句は、愚句「転居の日蒲団最後に包みけり」を恩田代表が直してくださった。布団を包むという動作ではなく、梱包された布団そのものにフォーカスを当てることで、引越準備が完了したことをより明らかに示している。「うむ、準備完了」と言う自分の感慨が甦るようである。
 最後の句は、愚句をそのまま掲句とした。恩田代表には、添削例として「菜の花の果てに来りぬ人心地」と直していただいた。
 これは、俳句の問題ではなく人生観の問題なのだろう。延々と続く菜の花畑の果てらしきものが見えたくらいで気を抜いてはいけないという戒めなのかと受け止めた。果てまで辿り着いて初めて、ある意味病的なモノトーンの世界から人間らしい生の実感を取り戻せるのかも知れない。
 私が定年を迎えるのは、来年の夏である。 
 
 
 
 芹沢雄太郎

  春の鳥五体投地の背に肩に

  磔の案山子の頭ココナッツ

  道迷ふたびあらはるるうさぎかな 

《インドのひかり/日本のひかり》  
 インドで暮らし始めてもう少しで2年になります。季節を二回廻ったことで、だんだんとインドの微妙なひかりの移ろいと、日本のひかりとの違いを感じるようになってきました。今年はそのひかりをこの手で掬い取り、句という形にとどめてみたいです。
 

 
 田中泥炭

  人類に忘却の銅羅水海月

  耳鳴のいつでも聴けて稲の花

  隠沼にあすを誘ふ栗の花

《実戦の年に》  
 普段色々な事を考えているはずだが、いざ書くとなると全く思いつかない。そこで昨年は何を…と覗いてみると「書く前に措定される意味や内容を捨てず如何にそこから自由な空白地帯を精神的に持てるかが勝負だ」と書いていた。なんと肩に力の入った内容だと我ながら思うが、この内容を今でも信頼できるのは良い事だろう。来年は実践の年にしたい

 
 
 都築しづ子

  切り貼りは手鞠のかたち障子貼る

  初夏やタンクトップにビーズ植う

  牡蠣フライ妻と一男一女居て
 
《師の事 樸句会の事》  
 いつも思う事だが 師の選評により句に新しい世界が生まれる。平凡な句に詩が生まれる。こんな師にめぐり会えた幸運に感謝、感謝である。
 そして、樸の会員の皆様の感性溢れる句に老体は打ちのめされる。しかし、しかし、私はまだ俳句をあきらめられ無い。病と折り合いをつけながら 此れからも作句を続けたい・・・。
 この文を記しているうちになんだか元気になってきた!

 
 中山湖望子

  鴨鍋や湖北の風が鼻を刺す

  夏の月うさぎも湖上走りけり

  仏壇に手合わす子らや柏餅

《俳句〜日本という方法の神髄》  
 俳句は手ごわい。ゴーリ合理で進めてきた私はグローバル資本主義とコンプライアンスに絡まった社会にどう考えても行き詰まってしまい、辿り着いた一つが俳句だ。
 観察、見立て、連想や影向などを駆使しようとするのだがまったく心が固まってしまってイメージが動かない。散文になったりくっつきすぎたり、ぽちょんすら一つも付かない句会のなんと多いことか。そのたび感性の無さに、言語表現の貧相さに呆れてしまうのだが、石の上にも3年。五感で取り込んだ電気信号が通う脳内ニューロンの新たな回路ができるまでは粘り続ける覚悟です。

    
 成松聡美

  柚子青し手帳今日より新しく

  きれぎれに防災無線山眠る

  鍋焼吹く映画の話そつちのけ
 
《初心者を楽しむ》  
 句集などめくったことすらなかった私が、ふと思い立って俳句を学び始めて九か月。樸に入会して三か月。現在、自分がどちらを向いているかも不確かな迷路にいる。何事にも始まりと終わりがあり、この頼りなさもいずれ消えてしまうのだとすれば、今は『初めて』を存分に満喫したい。初学者ゆえに許される無知や無作法をくぐり抜けた先に何が待っているのかは知らない。ただ、少しずつ増えていく本棚の句集や月二回の句会が生活の句読点になりつつあるのは確かだ。初心者である自分を面白がりながら、行けるところまでのろのろ走ろう。そう決めている。

 
 林彰

     最高裁「諫早湾開門せず」   
  海苔炙る有明海を解き放て

  沢登り桃源郷あり幣辛夷

  深く吸ひゆっくりと吐く去年今年
 

 
 古田秀

  シャンデリア真下の席の余寒かな

  うぐひすや渦を幾重に木魚の目

  テレビとは嵌め殺し窓ガザの冬

《融》  
 冬の初めに金沢へ旅行に行った。輪島漆芸美術館で出会った鵜飼康平さんの『融』に目を奪われた。真柏の湾曲した枝に朱の髹漆を施し、異なる質感が融けあいながらも互いに存在を強めている。俳句は徹頭徹尾言葉しかないから、どんなモノでも提示して操作可能だ。その一方でモノを強く存在せしめている俳句がどれほどあるだろう。来年もそんな俳句を希求したい。
 
 
 
 前島裕子

  菜の花や家々ささふ野面積

  スマホすべる付爪のゆび薄暑光 
 
       岡部町、大龍勢     
  先駆けの子らの口上天高し

《外にとびだそう》  
 私の干支、卯年も残すところわずか。
 少しはとびはねようとしたのですが、思うようにはいかないものです。
 Zoom中心の句会でしたが、吟行会が春と秋二回行なわれた。大空の下、ゆったりとよく観、想像をふくらませて、作句。句会でしか会ったことのない仲間と、自然のなかでの交流。いい時間を過ごすことができました。
 コロナも一段落した様子、家にこもっていないで、外にとびだし新しい発見をしよう。

 
 益田隆久

  露の玉点字の句碑に目をとづる

  空蝉はゆびきり拳万の記憶

  冬ごもり硯にとかす鐘のおと

《村越化石さんの原稿用紙》  
 藤枝市蓮華寺池公園の文学館に、村越化石さんの手書きの原稿が展示されている。
 既に両目共失明していた。原稿用紙の升目を決してはみ出さない。一文字ごとに正確に丁寧に書かれている。見ていて泣きたい気持ちになる。一つ一つの文字に命が宿っている。俳人とは文字を大切にする人ではないか。永田耕衣さんは、労災事故で右手を損傷し左手で書いていた。棟方志功画伯は絵に入れる文字は永田耕衣さんに頼んだ。上手い下手を超越した何かを感じたのだろうか。村越化石さんの手書きの原稿を見てそのことを思い出した。

 
 見原万智子

  フライパン買はむ極暑の誕生日

  形見分くすつからかんの菊日和

  星なき夜熊よりも身を寄せ合はす

《穴があったら入りたい》  
 涙が出るほど心が動いた誰かとの会話を俳句にしたとする。しばらくして季語が動くと気づく。だが、会話した季節の季語なので大切にしたい。
 しばらくしてまた気づく。相手は話を切り出すまで何ヶ月も前、別の季節の頃から逡巡していたかもしれない。長い間、季節があってないような気持ちだったかもしれないではないか。最初の涙は心が動いたことへの自己陶酔? 
 穴があったら入りたいが、俳句に出会わなかったら、自分は恥ずかしい奴だと気づきもしなかった。

 
 
 上村正明

  もづく酢や昭和を生きて老い未だ

  紙兜脱ぎて休戦柏餅

       手術宣告     
  長々と俎上にのせん生身魂

   
 上村正明さんは二〇二三年角川「俳句」三月号の恩田作品に共感され、「少しでも高みを目指したい、少しでも「俳句の三福」を味わってみたい」と、同月十九日入会。八月二〇日までめきめき腕を上げられ、闊達な座談でも周囲を魅了しました。腹部大動脈瘤の手術から回復されることなく、最後の句会から旬日にして他界されたとは言葉を失います。
 これから菖蒲の節句が来るたび、仲良し兄弟が紙兜と紙太刀を放って「柏餅」の葉を剥がす勢いを想像し、思わず微笑むことでしょう。墨痕あざやかに八十六年を生き切られた最晩年の俳縁に感謝し、深悼を捧げます。       (樸代表 恩田侑布子)

  
    
後記
 樸会員による2023年の自選3句集をお届けします。1年間、恩田代表の厳しくも愛情あふれる指導を受け、それぞれの感性や人生観などを踏まえた、俳句に対する向き合い方のうかがえる作品集になりました。(自選3句の後のエッセーは昨年末時点で書かれたものです)。
 俳句は世界一短い詩と言われます。この十七音に想いを込めようと四苦八苦していると、ふと、短歌の三十一文字がなんと長いことか、と驚く自分がいます。もちろん短歌も十分に短いのですが、言葉を極限まで削る俳句が、そんな不思議な感覚をもたらすのでしょう。饒舌で大袈裟で無意味な言葉が大手を振って歩いている喧騒の時代に、最小限の言葉で最大限の世界を生み出す俳句の素晴らしさを、今年も樸俳句会で体験していきたいものです。
                          (小松)

 

3月5日 句会報告

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2023年3月5日 樸句会報 【第126号】

 1年の区切りはいつ?と考えると、お正月より3月、4月が相応しい気がします。卒業、入学、転勤、退職、新社会人。たくさんの別れと出会いが、冬から春への季節替わりとともに、再出発にふさわしい雰囲気を生み出してくれるからでしょうか。樸にもさらに新しい会員の方々が加わり、春爛漫。4月吟行会をステップに、完成した規約の下で、恩田代表と樸の仲間が理想とする俳句の会へといっそう邁進していきたいものです。
 兼題は「山笑ふ」「春の鳥」「菜の花」。特選1句、原石賞5句を紹介します。

 

 
 
 
◎ 特選
 春の鳥五体投地の背に肩に
           芹沢雄太郎

特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「春の鳥」をご覧ください。
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【原石賞】菜の花の果てを見つけて人心地
               島田淳

【恩田侑布子評・添削】

 いちめんのなのはな いちめんのなのはな が七行続き、かすかなるむぎぶえ いちめんのなのはな で、詩の一聯が終わる山村暮鳥の詩を思い出します。
 たしかに一見明るい「菜の花」ですが、あぶら臭い匂いと、黄と緑葉の対比に、繊細な作者はふっとひかりの牢獄めくものを感じたのかもしれません。「菜の花の果て」に「人心地」を見つけたのは詩の発見です。ただ、中七で「見つけ」たよと手の内を明かしてしまったことは惜しまれます。

【添削例】菜の花の果てに来りぬ人心地
 
 
  
【原石賞】もふ泣くなもふ菜の花を摘みにゆけ
              見原万智子

【恩田侑布子評・添削】

 歴史的仮名遣いを選んだ方は、投句する前に、面倒くさがらず辞書に当たって、自分の表記が正しいか、いちいち確かめてみましょう。「もふ」は古文では「思ふ」になります。正しい表記にすると、春のひかりに肉親の情が溶けあう素晴らしい俳句になります。
 
【添削例】もう泣くなもう菜の花を摘みにゆけ
  
  
  
【原石賞】ヤングケアラア菜の花の群れ見つめをり
              金森三夢

【恩田侑布子評・添削】

 菜の花は通常は一本では咲かないので「群れ」は言わでもがなの措辞です。代わりに場所を入れると句が締まります。「畦」でも放心のさまは表せますが、「土手」とすることで、健気なヤングケアラーの家庭内に立ち塞がる鬱屈と、堤防の向こうの緩やかな川の流れまでが想像されてきます。
 
【添削例】ヤングケアラー菜の花の土手見つめたる
 
 
 
【原石賞】潮風ビル風菜の花に揉みあへり
              古田秀

【恩田侑布子評・添削】

 言わんとするところは面白いです。ただなんとかしたいのは、字面と調べのごちゃつき感です。たった漢字一字を変えるだけで、都会の海浜部の春風を活写でき、水上都市、東京が浮かび上がります。
 
【添削例】海風ビル風菜の花に揉みあへり
 
 
 
【原石賞】仕送りのこれが終わりと花菜道
              活洲みな子

【恩田侑布子評・添削】

 学生時代の終わりでしょう。親からしたら長い仕送りの日々が、子としてはあっけなく終わるもの。子の立場から詠んだ句として、放り出されることの不安と解放感を口語の「これつきり」に託してみましょう。しばらく倹約しないとやっていけないけど、まあなんとかなるさ、という朗らかな現実肯定のにじむ俳句になります。

【添削例】仕送りのこれつきりよと花菜道
 
 
 
【後記】
 春は兼題の季語も、どこかのんびり穏やかなものが多いように感じました。この季語というもの、そこに包まれる様々なイメージをたった一語で語ることができるものなのですね。俳句の専門用語で言えば「本意」「本情」。いくら調べやリズムが整っていても、季語が1句のなかで孤立して見えるような俳句は良い俳句ではない———。それが少しわかりかけてきただけでも、この半年の悪戦苦闘は無駄ではなかったかな、と思っています。前途遼遠ではありますが…。
(小松浩)

今回は、◎特選1句、○入選0句、原石賞5句、△4句、✓シルシ5句、・9句でした。
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

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3月19日 樸俳句会
兼題は「霞」「海苔」「雉」です。
入選1句、原石賞2句を紹介します。
 
 
 
○入選
 選挙カーにはか鎮まり雉走る
               山田とも恵

【恩田侑布子評】

 山村にやってきた市議か町議の選挙カーでしょう。まばらな人家に向かって名前を連呼していた大声が突然途切れます。オヤッ。鍬の手を止めると、トトトトツ。赤い頭に深緑の羽をかがやかせ、大きな雉が道をよぎってゆきます。「桃太郎」に出てくる国鳥は不変でも、日本は少子社会で衰退の一途。十年もせずに、この谷も廃村になりかねません。日本固有種の雉の羽が春を鮮やかに印象させ、思わず見惚れた放心の春昼。面白くて、やがてそのあとが怖くなります。
 
 
 
【原石賞】海苔炙る有明海を解き放て
               林彰

【恩田侑布子評・添削】

 諫早湾の開門問題は地元漁業者のみならず、全国民の長年の関心事でした。このたび、最高裁の「開けない」判決を知った作者は義憤を覚えています。ただ、原句は勇ましすぎます。俳句はプロパガンダでもスローガンでもありません。作者のせっかくの切実な思いを生かすには、語調は逆に静める方がいいのです。鎮めて祈りのかたちにしましょう。

【添削例】有明海解き放てよと海苔炙る
 
 
 
【原石賞】板海苔や波わかつよにはさみ入れ
               山田とも恵

【恩田侑布子評・添削】

 照り、コク、香りの揃った上等の海苔でしょう。手にとってつぶさに見ると、細かい繊維はたしかに夜の海原を思わせ、下半分のひらかな表記もさざなみのようです。そこに料理鋏を入れる。それだけのことですが、「波わかつよに」に詩の発見があります。上五を「や」の切字で切っているので、終止形にするとさらに句が引き緊まります。

【添削例】板海苔や波わかつよにはさみ入る 

 
 

1月25日 句会報告

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2023年1月25日 樸句会報 【第124号】

  恩田先生の新しい句集『はだかむし』。ゆっくり、嚙み砕くように拝読しました。特に「山繭」の章に感動いたしました。

   起ち上がる雲は密男みそかを夏の山

 明るく力強いエロス・・こんな密男なら女はひれ伏すしかありません。恩田侑布子という俳人の凄みを感じ、背筋がぞくっとしました。

 兼題は「冬籠」「寒鴉」「枯尾花」です。特選1句、入選2句、原石賞4句を紹介します。

◎ 特選
 冬ごもり硯にとかす鐘のおと
           益田隆久

特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「冬籠」をご覧ください。
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○入選
 寒鴉父と娘は又口喧嘩
               都築しづ子

【恩田侑布子評】

 K音6音がけたたましいカラスの声のようです。我ながら親子のどうしようもない成り行きと、その末の近ごろの関係を心寒く思っています。それらが生き生きと実直に寒鴉の季語に託されました。一句を読み下すスピード感が冬の空気や風の寒さまで思わせます。
 
 
 
○入選
 道迷ふたびあらはるるうさぎかな
               芹沢雄太郎

【恩田侑布子評】

 ひらがなの多用が夢魔の境を行き来するようで効果的です。メルヘンチックなようでいて、少し不気味な持ち味の句です。「うさぎ」は行く先を知っているのでしょうか。それとも、ますます迷わせるだけでしょうか。富士山の麓、御殿場で過ごした少年時代の原体験でしょうか。『不思議の国のアリス』の世界が背景に匂います。
 
 
 
【原石賞】寒鴉引揚船の忘れ物
               海野二美

【恩田侑布子評・添削】

 敗戦直後の情景を掬い上げたユニークな俳句です。侵略した大陸から命からがら日本に向かって引き揚げる船。港から離れようとするとき、寒鴉だけが喚くように鳴き立てます。あるいは寡黙に埠頭に立ち尽くします。このままでも悪くはないですが、「謂い応せて」しまった「忘れ物」の措辞を推敲すれば素晴らしい句になるでしょう。一例ですが、

【添削例】寒鴉引揚船に喚き翔つ
 
 
  
【原石賞】滑舌のわろわろしたる冬籠
              田中泥炭

【恩田侑布子評・添削】

 「わろわろ」は出色の擬態語です。ただ、このままでは中七までの十二音が季語の修飾になります。「の」に格助詞の切れを持たせ、リズムにも滑稽感をにじませると、非常にユニークな特選句になります。
 
【添削例】滑舌のはやわろわろと冬籠
  
  
  
【原石賞】花豆のふつふつ眠く冬籠
              古田秀

【恩田侑布子評・添削】

 トロ火の鍋に「ふつふつ」と花豆が煮含まってゆく擬音語が効果的です。ただ「眠く冬籠」とつなげてしまったのが惜しまれます。花豆と冬籠だけを漢字にして目立たせ、あとはひらがなでねむたくやさしくしましょう。中七を「ねむし」と切れば、冬の閑けさがひろがります。。

【添削例】花豆のふつふつねむし冬籠
 
 
 
【原石賞】枯尾花と自らを呼ぶ佳人かな
              金森三夢

【恩田侑布子評・添削】

 捻った句です。俳味があります。ただし季語がありません。人の喩えで、しかも自称「枯尾花」ですから、どこにも本当の枯尾花が存在しないのです。「枯れ尾花」があって、そのほとりで「私もそうよ」という情景にすれば面白い句になります。作者はこの佳人にどうも惚れかけています。

【添削例】枯尾花わたしのことといふ佳人
 
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12月4日 句会報告

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2022年12月4日 樸句会報 【第123号】

 近くの市立図書館に子どもたちの選んだ今年の漢字が掲示されていました。第1位は「楽」、第2位は「友」。様々な規制が少し緩んだだけなのに…コロナ禍が子どもたちにどれだけ多くの我慢を強いていたかを痛感しました。
 今年4回目のZoom句会、兼題は「鴨」「冬紅葉」「大根」です。入選4句、原石賞6句を紹介します。

○入選
 戒名は父の来し方冬銀河
               前島裕子

【恩田侑布子評】

 戒名に刻まれているのはわずか数文字です。でもそこには父の一生が凝縮されています。戦中、戦後の筆舌に尽くしがたい災禍を生き抜いて、母と力を合わせて作者兄弟を育ててくれたなんとも慈愛深い父親像が浮かびます。荘厳な冬銀河の中に刻まれるのがふさわしい威厳のあるそして誰よりも愛しい戒名です。
 

 
○入選
 日向ぼこ付箋だらけの句集抱き
               活洲みな子

【恩田侑布子評】

 日向ぼっこしているとのんびりうつらうつらしかかるものですが、なんと作者は「付箋」をいっぱいつけた「句集」を抱いています。俳句に日々向き合う真摯さが香ります。よく味わってみると、「日向ぼこ付箋だらけの文庫抱き」では到底味わえない広やかさがじわじわ染み出してきませんか。付箋を貼られた俳句一つ一つ、が、それぞれの空間と時間を持って待っていて、眠りからこの世へ呼び覚ましてくれる人を待っているよう。なんと豊かな作者と読者との交歓の姿、温かな俳句人生でしょうか。
 
 
 
○入選
 大根の熱き中まで透きとほる
               小松浩

【恩田侑布子評】

 ふろふき大根、またはあっさりと白味魚などと炊き合わせた旨味の濃い白い大根を思います。面取りされたまんまるな輪切りのなつかしさ。三センチはあろうかという厚さは中心まで熱々で透きとほっています。ごく卑近な食べ物である大根の炊いたんに玲瓏の感を抱いたところ、句姿が美しい。一物仕立ての俳句は至難なのに、素直な実感がじわりときて美味しそうです。これ見よがしでない俳句を初心で作れるとは大したものです。
 
 
 
○入選
 抜糸後の痺れまじまじ冬紅葉
               見原万智子

【恩田侑布子評】

 「まじまじ」は 日本国語大辞典によると第一義は眠れないさまですが、第三に、「ひるまないではっきりと言ったり見つめたり見きわめようとしたりする様を表す語」があります。術後の麻酔が覚め、しばらく続いた痛みが引くと、今度は皮膚のひきつれたような「痺れ」が気になり出します。作者は気にならなくなる日まで、まずはこの痺れを前向きに受け止めていこうと決意します。冬紅葉の木立を歩きながら、わが人生が冬へ向かってゆくこれも一つの序章、華やかな紅葉の日々なのだと自分に「まじまじと」脳神経の覚醒を言い聞かせているのです。季語の冬紅葉がよく響く凛とした俳句です。さらに、これが「術後の痺れまじまじと冬紅葉」と書かれていたら文句ない特選句でした。
 
 
 
【原石賞】冬花火大往生の父たたふ
               前島裕子

【恩田侑布子評・添削】

 俳句の表現を云々する前に、立派なお父様の一生とご家族の愛情に脱帽します。日記なら「たたふ」でいいです。素晴らしい子の親への愛情です。俳句表現として練り上げるならば、

【添削例】遠き冬花火大往生の父

句跨りの音律に敬愛と悲しみを込めましょう。
 
 
  
【原石賞】温もりのきえてゆく父冬紅葉
              前島裕子

【恩田侑布子評・添削】

 終焉を迎えた父と冬紅葉の配合の句です。取り合わせではなく、終焉の姿を冬紅葉そのもの結晶化して差し上げたらいかがでしょうか。
 
【添削例】温もりのきえゆける父冬紅葉
  
  
  
【原石賞】葉も皮も大根づくし素浪人
              見原万智子

【恩田侑布子評・添削】

 内容に共感します。なかなかいいです。ただ「も」「も」の畳み掛けと「づくし」はくどすぎませんか。

【添削例】葉と皮の大根づくし素浪人

こうすると「素浪人」の措辞が効いて、脱俗の風流が感じられる素晴らしい俳句になります。
 
 
 
【原石賞】ロケット打ち上がる空よ大根抜く
              益田隆久

【恩田侑布子評・添削】

 内容には大いに共感しますが、リズムが悪いです。「打ち上がる空/大根抜く」と中七は名詞句で切れを作ると調子がよくなるばかりか、景もはっきり見えるようになり、冬の壮快感が出ませんか。

【添削例】ロケットの打ち上がる空大根抜く
  
  
  
【原石賞】国引や波は冬日をたゝみ込み
              古田秀

【恩田侑布子評・添削】

 島根に「国来、国来」と新羅の国の一端を大山を杭にして綱で引っぱった『出雲国風土記』に記された神話があり、国引きの伝説が残っています。弓ヶ浜から眺めた海でしょうか。その神のおおらかな国引き神話は掻き消え、近頃は隣国と冷ややかな感情が行き来しています。その現状を憂えるクリティシズム躍如たる句でもあります。「たゝみ込み」という複合動詞がやや説明的なので、畳みたりの連体形にして余白を残しましょう。

【添削例】国引や波は冬日をたゝんだる
  
 
 
【原石賞】影に添ふ冬の灯や紅鶴フラミンゴ
              田中泥炭

【恩田侑布子評・添削】

 ユニークな把握において今回随一の句です。作者は面白い感性を持っています。調べをととのえると幻想性が増しそうです。

【添削例】紅鶴ふらみんご冬ともしびに添ふる影 
 
でも、これがもしも私の俳句なら「は」行の音韻を生かして、さらに幻想的にしてみたいです。
 
ひとかげに添ふる冬灯やふらみんご
 
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