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12月4日 句会報告

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2022年12月4日 樸句会報 【第123号】  近くの市立図書館に子どもたちの選んだ今年の漢字が掲示されていました。第1位は「楽」、第2位は「友」。様々な規制が少し緩んだだけなのに…コロナ禍が子どもたちにどれだけ多くの我慢を強いていたかを痛感しました。  今年4回目のZoom句会、兼題は「鴨」「冬紅葉」「大根」です。入選4句、原石賞6句を紹介します。 ○入選  戒名は父の来し方冬銀河                前島裕子 【恩田侑布子評】  戒名に刻まれているのはわずか数文字です。でもそこには父の一生が凝縮されています。戦中、戦後の筆舌に尽くしがたい災禍を生き抜いて、母と力を合わせて作者兄弟を育ててくれたなんとも慈愛深い父親像が浮かびます。荘厳な冬銀河の中に刻まれるのがふさわしい威厳のあるそして誰よりも愛しい戒名です。     ○入選  日向ぼこ付箋だらけの句集抱き                活洲みな子 【恩田侑布子評】  日向ぼっこしているとのんびりうつらうつらしかかるものですが、なんと作者は「付箋」をいっぱいつけた「句集」を抱いています。俳句に日々向き合う真摯さが香ります。よく味わってみると、「日向ぼこ付箋だらけの文庫抱き」では到底味わえない広やかさがじわじわ染み出してきませんか。付箋を貼られた俳句一つ一つ、が、それぞれの空間と時間を持って待っていて、眠りからこの世へ呼び覚ましてくれる人を待っているよう。なんと豊かな作者と読者との交歓の姿、温かな俳句人生でしょうか。       ○入選  大根の熱き中まで透きとほる                小松浩 【恩田侑布子評】  ふろふき大根、またはあっさりと白味魚などと炊き合わせた旨味の濃い白い大根を思います。面取りされたまんまるな輪切りのなつかしさ。三センチはあろうかという厚さは中心まで熱々で透きとほっています。ごく卑近な食べ物である大根の炊いたんに玲瓏の感を抱いたところ、句姿が美しい。一物仕立ての俳句は至難なのに、素直な実感がじわりときて美味しそうです。これ見よがしでない俳句を初心で作れるとは大したものです。       ○入選  抜糸後の痺れまじまじ冬紅葉                見原万智子 【恩田侑布子評】  「まじまじ」は 日本国語大辞典によると第一義は眠れないさまですが、第三に、「ひるまないではっきりと言ったり見つめたり見きわめようとしたりする様を表す語」があります。術後の麻酔が覚め、しばらく続いた痛みが引くと、今度は皮膚のひきつれたような「痺れ」が気になり出します。作者は気にならなくなる日まで、まずはこの痺れを前向きに受け止めていこうと決意します。冬紅葉の木立を歩きながら、わが人生が冬へ向かってゆくこれも一つの序章、華やかな紅葉の日々なのだと自分に「まじまじと」脳神経の覚醒を言い聞かせているのです。季語の冬紅葉がよく響く凛とした俳句です。さらに、これが「術後の痺れまじまじと冬紅葉」と書かれていたら文句ない特選句でした。       【原石賞】冬花火大往生の父たたふ                前島裕子 【恩田侑布子評・添削】  俳句の表現を云々する前に、立派なお父様の一生とご家族の愛情に脱帽します。日記なら「たたふ」でいいです。素晴らしい子の親への愛情です。俳句表現として練り上げるならば、 【添削例】遠き冬花火大往生の父 句跨りの音律に敬愛と悲しみを込めましょう。        【原石賞】温もりのきえてゆく父冬紅葉               前島裕子 【恩田侑布子評・添削】  終焉を迎えた父と冬紅葉の配合の句です。取り合わせではなく、終焉の姿を冬紅葉そのもの結晶化して差し上げたらいかがでしょうか。   【添削例】温もりのきえゆける父冬紅葉          【原石賞】葉も皮も大根づくし素浪人               見原万智子 【恩田侑布子評・添削】  内容に共感します。なかなかいいです。ただ「も」「も」の畳み掛けと「づくし」はくどすぎませんか。 【添削例】葉と皮の大根づくし素浪人 こうすると「素浪人」の措辞が効いて、脱俗の風流が感じられる素晴らしい俳句になります。       【原石賞】ロケット打ち上がる空よ大根抜く               益田隆久 【恩田侑布子評・添削】  内容には大いに共感しますが、リズムが悪いです。「打ち上がる空/大根抜く」と中七は名詞句で切れを作ると調子がよくなるばかりか、景もはっきり見えるようになり、冬の壮快感が出ませんか。 【添削例】ロケットの打ち上がる空大根抜く          【原石賞】国引や波は冬日をたゝみ込み               古田秀 【恩田侑布子評・添削】  島根に「国来、国来」と新羅の国の一端を大山を杭にして綱で引っぱった『出雲国風土記』に記された神話があり、国引きの伝説が残っています。弓ヶ浜から眺めた海でしょうか。その神のおおらかな国引き神話は掻き消え、近頃は隣国と冷ややかな感情が行き来しています。その現状を憂えるクリティシズム躍如たる句でもあります。「たゝみ込み」という複合動詞がやや説明的なので、畳みたりの連体形にして余白を残しましょう。 【添削例】国引や波は冬日をたゝんだる        【原石賞】影に添ふ冬の灯や紅鶴フラミンゴ               田中泥炭 【恩田侑布子評・添削】  ユニークな把握において今回随一の句です。作者は面白い感性を持っています。調べをととのえると幻想性が増しそうです。 【添削例】紅鶴ふらみんご冬ともしびに添ふる影    でも、これがもしも私の俳句なら「は」行の音韻を生かして、さらに幻想的にしてみたいです。   ひとかげに添ふる冬灯やふらみんご     ...

あらき歳時記 冬の海

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2022年12月21日 樸句会特選句  鑑真の翳む眼や冬の海                     金森三夢  唐朝の高僧は、数度に及ぶ難破や弟子たちの離反など、死線をさまよう苦難を乗り超えて、本朝に仏教者のふみ行うべき戒律を伝えた。その労苦を思いやる気持ちが「翳む眼や」の措辞に結晶している。光を失ってゆく鑑真和上の眼の翳りの底に白い波濤をあげる冬の海が時空を超えていま、我々の胸にも迫ってくる。芭蕉の名句、「若葉して御目の雫拭はばや」が入れ子になっていて味わい深い。                         (選 ・鑑賞   恩田侑布子)

10月9日 句会報告

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2022年10月9日 樸句会報 【第121号】 今回は樸俳句会にとって2度目のzoom句会でした。初めてzoom句会に挑戦した前回(9月4日)より滑らかに進めることができました。静岡県外や外国の参加者も出入り自由のグローバルなzoom句会、じかに顔を合わせて場の空気感を味わいながら楽しむリアル句会、どちらにも良さがありますね。コロナ禍の思わぬ副産物ではありますが、こうしたハイブリッド型が新しい時代の句会のかたちになっていく中、樸はその先頭に立っているのかもしれません。なんとなく浮き立つそんな気分を反映してか、今回は入選句はない代わりに特選句が3つも出るという、華やぐ会になりました。 兼題は「後の月(十三夜)」「烏瓜」「荻(荻の声・荻の風・荻原)」です。 特選3句を紹介します。 ◎ 特選  しやうがねぇ父の口真似十三夜             見原万智子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「十三夜」をご覧ください。             ↑         クリックしてください   ◎ 特選  道聞けば暗きを指され烏瓜               古田秀 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「烏瓜」をご覧ください。             ↑         クリックしてください     ◎ 特選  荻の声水面に銀の波紋寄せ              金森三夢 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「荻」をご覧ください。             ↑         クリックしてください         今回の例句が恩田によって紹介されました。     遠ざかりゆく下駄の音十三夜               久保田万太郎    目つむれば蔵王権現後の月                阿波野青畝    麻薬うてば十三夜月遁走す                 石田波郷    掌の温み移れば捨てて烏瓜               岡本眸『冬』    虹の根や暮行くまゝの荻の声         士朗(江戸中期、名古屋の医者)      空山へ板一枚を荻の橋                  原石鼎     【後記】 9月から樸に加えてもらった新参者ですが、千葉県在住にもかかわらずzoomのおかげで既に2度も句会に参加できて、とてもありがたいと思っています。 ずいぶん前のこと、ある雑誌で英国在住のピアニスト内田光子さんが、自分にとっての日本語は『おくのほそ道』が読めさえすれば十分、という趣旨のことをおっしゃっていました。それを読んだ時は、ドイツ語や英語が生活言語となった世界的音楽家が母国語である日本語の調べを芭蕉に聴くなんて、すてきな話だなと思っただけでした。それが、自分も恐る恐る俳句を作り始め、樸の句会に参加することで、内田さんのあの時の言葉がよみがえってきたのです。俳句という韻文が持つ象徴性と、洗練されたピアノの響きには、共通するものがあるということでしょうか。自分の感動を他者に伝えようとする時、それを韻律に乗せる最もふさわしい器、すなわち言葉や音を、俳人も音楽家も命をかけて模索しているのでしょう。俳句を作る人にはあたりまえのことかもしれませんが、たったひとつの文字が句の印象やリズムをがらりと変えてしまうということを、今回の句会で強く感じました。  句会とは、素晴らしいコミュニケーションの場ですね。互いに尊重しあいながら、自分の心の中の思いを率直に吐き出せる貴重な空間を、これからも大事にしていきたいと思います。句会の白熱する討議に夢中で、合評を記す余裕がありませんでした。ここまでお読み頂いた貴方様も、次はぜひ、樸のZoom句会をご体験ください。(小松浩) ...

あらき歳時記 荻

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2022年10月9日 樸句会特選句  荻の声水面に銀の波紋寄せ                     金森三夢  ついこの間まで水面は楽しげな水色だった。気づけば秋のひかりに銀色に変わっている。さわさわ荻をゆする風のせいだろうか。秋はこうして澄む水とともにやって来る。もう川波に手足を浸けて戯れる日は来ない。風を聴くだけ。波は溌剌と流れず、ことごとくちぢれるような波紋である。下五をもし「波の寄せ」としたら短歌の尻尾が残った。ひとえに「波紋」で俳諧になった。しかも新古今の美を凝縮して。                         (選 ・鑑賞   恩田侑布子)

7月27日 句会報告

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2022年7月27日 樸句会報 【第118号】 今回の兼題は「炎天」「冷奴」「噴水」――残念ながら、リモート句会となりました。依然としてCOVIDー19という重荷を負わされており、ついシジフォスの神話を思い起こします。ゼウス神をも欺いた狡猾な彼は、大石を山頂へ押し上げる刑罰を永遠に繰り返させられました。人類もさらに長期にわたってこの辛苦に耐えねばならないのでしょうか。そんな中、リモートではあっても、俳句の紡ぎ出す無限の世界に浸れることは、この上もない幸せです。 特選2句、入選2句、原石賞2句を紹介します。 ◎ 特選  炎天や糞転がしの糞いびつ             芹沢雄太郎 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「炎天」をご覧ください。             ↑         クリックしてください   ◎ 特選  寄港地の噴水へ手をかざしけり              田村千春 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「噴水」をご覧ください。             ↑         クリックしてください   ○入選  菜園の薬味を選りて冷奴                金森三夢 【恩田侑布子評】 家庭菜園に精を出している。冷奴の時こそ、まかしとき!本領発揮だ。葱にしようか、青紫蘇もいいな。裏庭にまわれば、そろそろ茗荷も出ているかも。読者にいろいろ想像させてくれる楽しさがある。想像しているうちにひとりでに読み手は作者の暮らしの涼味を味わう。冷奴が食卓をはみ出し清廉な生活まで感じさせる。季語の見事な働きである。 【合評】 丹精の暮らし方がしのばれる。 「選りて」の措辞に菜園の豊かさと料理への心遣いが表現されています。   ○入選  湿布貼る肩のあらはや冷奴                古田秀 【恩田侑布子評】 肉体労働者の夕餉だ。父は木綿のランニングシャツ一枚になってあぐらをかいている。背中から見ると、サロンパス(トクホンという商品もあった)を、何枚もベタベタ痛い方の肩に貼っている。その肩は子どもの目からは、赤銅色に日に焼けてガッチリとたくましい。「でも、やっぱり痛いのかな」。ちょっと心配しながらも、たのしい遅めの夕飯が始まる。冷奴には生姜や細葱や鰹の削り節がたっぷり盛られていよう。晩酌も一本つくのだろう。昭和のなつかしい茶の間、電球と畳の匂いまでしてくる。 【合評】 口当たりの良い冷奴の涼し気な白さにほっと一息つく、肉体労働者の汗と笑顔が見えて来る。       【原】炎天下駆けぬく子らの呵々大笑               望月克郎 【恩田侑布子評・添削】 老いは感じないという人でも、炎天に立たされると参ってしまう。その点、子どもらは別の人種のよう。楽しみさえあれば水を得た魚のように笑いながら平気で走ってゆく。この句は「呵々大笑」という禅的な措辞をあどけない子らの笑い声に援用したのが出色。「炎天」と「呵々大笑」は相性がいい。が、画竜点睛を欠く一点がある。それが為に、途端に「呵々大笑」が空々しく浮いてしまった一字は、「下」である。「炎天下」でもね、という粘りが急に出てしまうのだ。粘りから離れ、カラリと「呵々大笑」しよう。切字一字で世界が変わる。 【改】炎天や駆けぬく子らの呵々大笑       【原】営業車まで噴水のひかり来る               古田秀 【恩田侑布子評・添削】 営業車と噴水の取り合わせは新味がある。ただしこのままでは、「まで」「来る」が説明っぽい。こんな時こそ切字の出番。「来る」を削り、噴水の白いひかりと涼しさが一挙に感じられるようにする。もう一つのやり方はもう少しカメラアイを絞って「まで」「来る」を両方消してしまう。 【改】営業車まで噴水のひかりかな    営業の車窓へ噴水のひかり 【合評】 少し離れた駐車場まで、噴水に揺れる光が届いている。炎天下の仕事で一休みしている人に噴水の涼が届いている様を上手く表現しています。   【後記】 入選句の「菜園の薬味」とは何の植物かと、会員が推理をはたらかせていました。また、前回の入選句「どの向きの風も捉へて三尺寝」には、昼寝に纏わるあれやこれやに座が盛り上がりました。暑中に涼を求める、小さな幸せこそが大きな幸せ。日本人は順応力に長けており、様々な工夫をもって、灼熱の時期も何とか笑顔で乗り切ってきました。分冊の歳時記のうち「夏」が最も厚いのも、わかる気がします。 (田村千春) ...

2月6日 句会報告

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2022年2月6日 樸句会報 【第113号】 オミクロン株の急速な感染拡大にともない、2月の樸俳句会は夏雲システムを利用したリモートでの開催となりました。コロナ禍の中、家に籠っていると鬱々としてしまいますが、外に出れば梅が咲き、目白がみどりの礫となって目の前をよぎります。季節は確実に春になっているのに、いまだ人類の精神は真冬のただなかにあるような日々です。 兼題は「氷」「追儺」「室咲」です。 特選句1句、入選句4句、原石賞1句を紹介します。 ◎ 特選  首元の皺震はする追儺かな             芹沢雄太郎 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「追儺」をご覧ください。             ↑         クリックしてください   ○入選  雪掻きの苦なきマンション父と母                前島裕子 【恩田侑布子評】 何十年間も冬は雪掻きの労苦と共にあった両親が、今は老いてマンション住まいに。ようやく雪掻きの苦役から解放されました。安堵感とともに、昔の一軒家での家族の暮らしぶりや、雪の朝、若かりし父母が元気に立ち働いていた声など、こもごもが望郷の思いに呼び起されます。北国の暖かなマンションの一室に、皺深くなった父母が夫婦雛のように福々しく鎮座しているのが目に見えるようです。「苦なきマンション」に雪国の実感があふれます。     ○入選  パリパリと氷砕いて最徐行                望月克郎 【恩田侑布子評】 スノータイヤを履いた車が厳冬の朝、凍結した道路や薄く氷の張った山道を進んでゆくところ。中七の「パリパリと氷砕いて」までの歯切れの良さ、フレッシュな若々しさから下五が一転する面白さ。「最徐行」の慎重さが一句に実直な生命感を注入しています。地味な句柄ですが、臨場感いっぱいでユニークな俳句。     ○入選  室の花会へばいつもの口答へ               芹沢雄太郎 【恩田侑布子評】 温室栽培の「室の花」に暗示されているのは、両親・祖父母に大事にされて大きくなったお嬢さん、お坊ちゃんでしょう。中国の一人っ子政策で長じた青年もこんな感じでしょうか。親元にたまに帰って来れば、すぐさま口答え。一人で大きくなったと勘違いしているようです。てっきり子や孫を詠んだ句と思ったら、なんと作者は三十代の若者。自分を客観視して「室の花」と自嘲しているのでした。そこにこの句のシャープな切れ味があります。 【合評】 ぬくぬくした環境は人の甘えを誘いますね。甘えもあって、つい大切な人に口答えしてしまう光景が思い浮かびました。そのあとに少し後悔してしまうところも。     ○入選  割れ残る氷探しつ通学路               島田 淳 【恩田侑布子評】 暖国の小学生の冬の登校路が活写されました。静岡は氷の張ること自体が珍しいので、子どもたちはもし、氷が通学路に張っていようものなら、われ先に乗ったり、砕いたりして快哉を叫んだものでした。欠片でもいいからと、キョロキョロ氷を探す小学生のまなざしが、中七の「探しつ」に込められ、イキイキした子ども時代の実感があります。 【合評】 小学生の登校時を思い出します。60年近く前は、人が乗っても割れない氷がありました。「割れ残る氷」を探したということは、ずっと後の世代の方なのですね。 水たまりに氷が張っていれば踏んで遊ぶのが小学生というもの。わざわざ「探し」てまで氷を割りたがるのが可愛らしく、面白いです。     【原】打ち砕く氷や告白を終へて               芹沢雄太郎 【恩田侑布子評・添削】 若者ならではのやり場のない思いと力の鬱屈を同時に感じます。「終へて」で終えない方がいいでしょう(笑)。語順を替えて、 【改】告白を終へて氷を打ち砕く こうするとやり場のなさが力強い余韻となって残ります。しかも打ち砕かれた氷の鋭いバラバラの光までもが見えてきそうです。             【後記】 3月9日に本年度の芸術選奨が発表され、堀田季何さんの第四詩歌集『人類の午後』が文部科学大臣新人賞を受賞しました。受賞作の中の一句<戦争と戦争の間の朧かな>は、戦争を人類史に永続するものと捉え、平和はその狭間に仄かに点在するものだという、人類世界の本質を深く抉るような句。ロシアによるウクライナ侵攻のニュースが連日取りざたされている中、平和を希求する言葉を持ち続けることの大切さを思い知らされます。(古田秀)   今回は、◎特選1句、○入選4句、原石賞1句、△5句、✓シルシ8句、・7句でした。 (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ============================= 2月23日 樸俳句会  兼題は「バレンタインデー」「白魚」「蕗の薹」です。 特選2句、入選2句、原石賞2句を紹介します。 ◎ 特選  からり、さくり、はらり、蕗の薹揚がる               林 彰 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「蕗の薹」をご覧ください。             ↑         クリックしてください     ◎ 特選  蕗の薹姉の天婦羅母の味              金森三夢 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「蕗の薹」をご覧ください。             ↑         クリックしてください    ○入選  バレンタイン忘れて過ぎる安けさよ                望月克郎 【恩田侑布子評】  少年時代からバレンタインは、ドキドキしたり、うれしかったり、淋しかったり、めんどうだったり。まあ、今となっては、ドタバタ劇のようなもの。そんなことにはもう煩わされない。「忘れて過ぎる安けさよ」に、いい歳を重ねたものだ、という自足の思いが滲みます。言えそうでいえないセリフは大人の俳味。さらにいえば、文人の余裕が仄見えます。   ○入選  鶏を煮る火加減バレンタインデー                 古田秀 【恩田侑布子評】 チョコレートを異性に贈る「バレンタインデー」に、「火加減」を気遣って「鶏を煮」ていることに、まず意外性があります。チョコレートの他に、こってりした骨付き肉のワイン煮やトマトソース煮をいそいそと作って、やがて仲睦まじい晩餐が始まるのでしょう。勤めを終えた恋人が今にもマンションのドアを叩きそう。俳句の重層性を持つ大人の句です。作者はきっと恋愛の達人でしょう。    【原】飯場にて女湯は無し蕗の薹               見原万智子 【恩田侑布子評・添削】  「飯場」は鉱山やダムや橋などの長期工事現場に設けられた合宿所。そうした人里離れた労働現場に咲く蕗の薹の情景には手垢がついていません。しかもそこには「女湯」がない、という内容も、蕗の薹を引き立てて清らかです。素材の選定で群を抜いた句です。惜しいたった一つの弱点は「にて」。のっけから説明臭が出てしまいました。この句の内容である早春の山間の男だけの空間の清しさを出すには、助詞一字変えるだけでOKです。 【改】飯場には女湯は無し蕗の薹            【原】飲むやうに食ふ白魚の一頭身               塩谷ひろの 【恩田侑布子評・添削】 「白魚の一頭身」は素晴らしい発見。そのとおり、白魚の胴体にはくびれも節もありません。「一頭身」によって、言外に黒い二つの眼も印象されます。惜しむらくは、五七六の字余りがリズムをもたつかせて終わることです。ここは定型の調べに乗せて、すっきりとうたい、勢いをつけましょう。喉を通ってゆくのが感じられる特選句になります。 【改】しらうをの一頭身を呑み下す      

あらき歳時記 蕗の薹

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2022年2月23日 樸句会特選句   からり、さくり、はらり、蕗の薹揚がる                    林 彰  蕗の薹の摘みたてを、薄く衣を絡めて、さあっと揚げます。天ぷら油から揚げる菜箸の先の質感を、「からり、さくり、はらり、」と、オノマトペの三連続で表現しました。図らずも「らり、り、らり、る」とR音の軽やかな音律が脚韻効果をあげ、蕗の薹の軽いはかなさ、スプリングエフェメラルのうすみどりを、目の前にありありと映し出します。最後の「はらり」は、よく出ました。熱々をさくっと食めば、ほろ苦い甘みが鼻腔いっぱいに広がりそう。                         (選 ・鑑賞   恩田侑布子)   2022年2月23日 樸句会特選句    蕗の薹姉の天婦羅母の味                    金森三夢  たしかな手ごたえを持つ俳句です。余分なことは何もいいません。端的に、「蕗の薹」「姉の天婦羅」「母の味」と、名詞句をぽんぽんぽんと三つ重ねただけ。それが堅実な家族の味わいをかもしています。亡き母の揚げてくれたふきのとうのおいしさが、ありありと読者の胸にも迫ります。そしてその春先の口福を亡き母に代わって、今度はやさしいお姉さんが自分のために揚げてくれます。なんと愛情に満ちた家族でしょう。母と姉と自分のあいだに共有された、なんというあたたかく丁寧に生きられた時間でしょうか。                         (選 ・鑑賞   恩田侑布子)

4月4日 句会報告

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2021年4月4日 樸句会報【第103号】 2021年卯月の句会は、久しぶりのリアル句会でした。本日は「静岡まつり」の最終日。祭りの終わりを告げる花火の音が開け放した窓から入ってきて、最初は春雷かと思いました。 兼題は「あたたか」「柳の芽」「物種蒔く」です。 入選3句、原石賞3句を紹介します。 ○入選  湖出づる川のさざめき柳の芽               猪狩みき 【恩田侑布子評】 湖のひとところから水が流れ出し、川になって流れるところです。たっぷりした湖から狭い川幅に入り込み、流速がまし、水音も高まるようすを「湖出づる川のさざめき」と端的に捉え、そこに柳の芽がしだれて、水につくかつかないかというところ。映像的センスが抜群です。みずほとりに生まれ出る春の清らかな勢いがまさにさざめいて。 あとから聞くと、琵琶湖を訪ねられたとのこと。吟行句がこんなに生き生きとまとめられるのは素晴らしい! 【合評】 湖から川になろうとしている。柳の芽と川のさざめきが響きます。 諏訪湖から天竜川に出るところを見たことがあります。よく見る風景かもしれない。 「湖」では大きすぎませんか? 一読、「きれいだね」で終わってしまいました。     ○入選  あたたかし肩揉む爪の短さよ               海野二美 【恩田侑布子評】 爪を伸ばしてあざやかなマニキュアを塗った指は女性ならではの美しさです。でも、そんな手で肩を揉んでほしいとは思いません。むしろ深爪なくらいの十指が肩揉みやマッサージにはふさわしい。指先のまるさと、指の腹から伝わる力に、あたたかな春光があふれます。座五の「短さよ」に、揉んでくれる人の日頃の家事の甲斐甲斐しさも偲ばれます。「俳句は旦暮の詩」といった岡本眸さんの名言を思い出しました。二段切れですが、もしも「あたたかに」とつなげたらこの句の実直さはこわれてしまいます。まさか、長年のマニキュアが美しく印象的だった二美さんの句とは思いませんでした。ご母堂の介護のために爪を短くされたそうです。心身も部屋の空気もみな暖か。     ○入選  職辞せる妻の小皺のあたたかし               金森三夢 【恩田侑布子評】 今月で、長らく働いてきたお勤めを辞める妻。世の中に出て働くのはなにかと摩擦が多く、心身ともに疲れるもの。お疲れ様。ご苦労さんでしたという、夫からの感謝と労いのやさしさがあふれています。大ジワや深い皺でなくてよかった。「小皺」が愛らしく素晴らしい。愛情がここに通っています。人生の記念になる一句です。 【合評】 「職辞せる妻」に爽やかさを感じました。二人で家計を支えてきた。妻の小皺が頼もしく宝物のように思っている作者がいます。 長年暮らした歳月が感じられる。妻に対するねぎらいの情があらわれています。 「職辞せる」で切れるのではないか?自分が仕事を辞めたと取れる。妻の小皺を羨ましく感じているのでは? 自分のことなら「職辞して」になると思います。     【原】物種撒く終の棲家と決めし日に                益田隆久 【恩田侑布子評】   「物種蒔く」と歳時記の本題にあり、私もそれに倣って出題しましたが、ふつう俳句にするときは、具体的な植物の名前を据えて「あさがほ蒔く」とか、「鶏頭蒔く」とか、「牛蒡蒔く」「花種を蒔く」とかするほうがいいです。また、「撒く」は「水を撒く」のマクです。十七音しかない俳句なので誤字脱字には十分注意しましょう。 【改】あさがほ蒔く終の棲家と決めし日に    なら、「終わりの始まり」が印象的な奥行きのある入選句になります。 【合評】 「種」が持っているのは「終わり」と「始まり」。ここが自分の終わりの家だという感慨がある一方、何かの始まりでもあるということを「種」に託しているのだと思います。     【原】春陰のブロック塀で消す煙草                芹沢雄太郎   【恩田侑布子評】 急速にマイナーな存在になりつつある愛煙家が、人の家を訪問する直前にタバコの火をブロック塀で消すとは、ありそうでなかなか気付かない面白い光景です。「春陰」の季語に、春の薄暗い物陰と心理的な陰翳がかさなって奥行きがあります。惜しいのは「で」です。   【改】春陰のブロック塀に消す煙草  こうすると一字の違いとはいえ、春陰の季語が生きて来ます。句格が上がり入選句になります。 【合評】 この方は紳士で、普段はこういうことはしないのですが、春で自律神経が乱れ、イライラが募ってついやってしまったのでしょう。 ドラマ性が感じられる怪しげな句。ブロック塀の陰で何かアクションをおこすタイミングをはかっているのではないか。 「春陰」「ブロック塀」「煙草」でアンモラルな感じが出ている。     【原】柳の芽くぐりくぐりて車椅子                山本正幸 【恩田侑布子評】 さみどりの柳の芽を空からのやさしいすだれのように思って、車椅子を押す人と乗る人が、ともに頰を輝かせている情景が目に浮かびます。このままでもなかなかの俳句ですが、「芽」と「て」で調べが小休止するのが惜しまれます。   【改】芽柳をくぐりくぐるや車椅子  こうされると一層リズミカルになって、かろやかな春のよろこびがにじみ出ませんか。 【合評】 外に出たかった気持ちがよくあらわれています。一人で乗っているのでしょうか。車椅子は案外安全な乗り物なんです。 いろいろな事を「くぐりくぐりて」ワタシは爺さんになっちゃいました。     句会冒頭、本日の兼題の例句が恩田によって板書されました。 物種蒔く  あさがほを蒔く日神より賜ひし日               久保田万太郎  子に蒔かせたる花種の名を忘れ               安住 敦  死なば入る大地に罌粟を蒔きにけり               野見山朱鳥 暖か  暖かや飴の中から桃太郎               川端茅舎  あたたかな二人の吾子を分け通る               中村草田男  あたたかに灰をふるへる手もとかな               久保田万太郎 柳の芽  退屈なガソリンガール柳の芽               富安風生  柳の芽雨また白きものまじへ               久保田万太郎     合評と講評の後、角川『俳句』4月号に掲載された恩田侑布子特別作品21句「天心」を読みました。 連衆の共感を集めたのは次の句です。下部に連衆の評の一部を掲載しました。    身のうちに炎(ほむら)立つこゑ寒牡丹  虚無僧の網目のなかも花あかり  ふらここの無垢板やせて春の月    やすらげる紙にのる文字春しぐれ    花の雲あの世の人ともやひつゝ 作者の今の心境や生き方を反映している句が多いように感じました。(全体) 私には何のことか分からず情景の浮かばない句もいくつかありましたが、全体的に調べやリズムがよく気持ちよく読めました。(全体) 感覚をはっきり的確に言葉に出している。寒牡丹のあざやかな色をフィルターから外へ取り出す手際のあざやかさ。(寒牡丹の句) 虚無僧すら幻惑されてしまう花なんですね。(虚無僧の句) ふらここに長い歳月を感じます。おおぜいの子どもたちが乗って遊んだのでしょう。静止している一枚の木の板をいま春の月が静かに照らしています。(ふらここの句) 地上にあるものと空の月。季語がふたつですが、逆にそれによって情景がよく見えます。季重なりに必然性があると思いました。(ふらここの句)  [後記] 本日の句会で、投句のひとつに顕われた「マイナス感情」をめぐって、句作のありかたについての議論になり、恩田は「あらゆる感情に付き合っていくのが文学です」と述べました。 たしかに、句を読んでいて今まで味わったことのないような感情に驚くことがあります。いや、本当は未知なのではなく、自分の中で忘れたり隠されたりしていたものが俳句の力によって呼び起こされたのでしょう。たった十七音でそれができるとは!  (山本正幸)   今回は、○入選3句、原石賞3句、△5句、ゝシルシ10句でした。 (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ●樸俳句会ではリモート会員(若干名)を募集しています。ネット(夏雲システム)を利用して全国どこからでも、投句・選句・選評ができます。投句に対して恩田侑布子が講評・添削をいたします。 リモート会員として入会ご希望の方はこちら   ============================  4月28日 樸俳句会 入選句を紹介します。 ○入選  円陣解く野球少年春疾風               山本正幸    【恩田侑布子評】 五七五の展開の小気味好さ。とくに上五の「円陣解く」と下五の「春疾風」がよく響き合い、一句は大きな時空に開放されます。小学生の男の子たちでしょう。地域の名監督(・・・)が率いる野球団に入って休日の朝から練習に励んでいます。ときどき、よその学区の野球団と他流試合もあります。これはその草野球の開始前。グラウンド中央に全員集合!お揃いのユニフォームで不揃いの背丈が仲良くスクラムを組み、「行くぞ!」の一声で、かけ足でポジションへ散ってゆきます。場外には、下の子を遊ばせながら見守っている父や母や祖母がいます。誰もが青空にヒットの快音を期待しながら、そこは、なかなか。三振やファールが続いたり、たまに川原のやぶ草に飛込む場外ホームランが出たり。以後は春疾風。少年はたちまち青年になり、父になり、疾風怒濤の生涯が待ち構えています。〈竹馬やいろはにほへとちりぢりに〉の万太郎は、ひらがなのやさしさ。正幸さんの作品は、漢字のいさぎよさと言えそうです。