photo by 侑布子 2024年11月3日 樸句会特選句 投げ銭の帽子の歪み秋の暮 長倉尚世 大道芸に投げ銭はつきもの。当たり前の光景を当たり前でなくしたのは、ひとえに「帽子の歪み」です。くたびれた庇帽が目に浮かびます。いびつになった帽子の形に芸人の渡世の日々が偲ばれます。足早に迫る秋のたそがれの中、残光を浴びる帽子の縁の歪みを切り出してきた鮮度。リアルな臨場感を残す俳句です。 (選・鑑賞 恩田侑布子)
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10月20日 句会報告
2024年10月20日 樸句会報 【第145号】
10月20日静岡市の西、藁科地区にある洞慶院・見性寺・中勘助記念館をめぐる吟行句会が行われました。
「俳句にあいにくの雨はない」と聞きますが、そんな気持ちになる余裕もなく、当日、時折強く降る雨と風に、雨女を黙って幹事を引き受けたせいかしらん、とわが身を恨み、お昼に注文の天ざるを温かいお蕎麦に替えて頂いたのでした。
特選1句、入選1句、原石賞1句を紹介します。
◎ 特選
身に入むや一灯に足る杓子庵
活洲みな子
特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「身に入む」をご覧ください。
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○ 入選
釈迦守るごと沙羅の実のとんがりぬ
海野二美
【恩田侑布子評】
静岡市の古刹、洞慶院の吟行で生まれた句です。伽藍を過ぎた奥手の小川添いいに黄葉した姫沙羅が二、三本。秋のうらぶれた姿は初めてでしたが、よく見ると宝珠の先に針を突き刺したような実がついています。作者はそれを即座に、「釈迦守る」眷属に見立て、針を「とんがりぬ」と剽げた口語調で勢い付かせました。釈迦の涅槃を見守った沙羅双樹の故事にかよう姫沙羅の実の健気さがイキイキと感じられます。
【原石賞】自然薯や遠忌の客と隣りつつ
古田秀
【恩田侑布子評・添削】
洞慶院の駐車場は、玄関に「自然薯、調理しています」の紙を貼り出す蕎麦屋の前です。吟行句会の全員が自然薯蕎麦を注文しました。作者はつられて「自然薯や」としましたが、「自然薯」は山から掘った薯で、道の駅などの売店を想像させ、「遠忌の客」との関係が曖昧になります。遠忌客と隣り合って蕎麦を啜った情景にすれば、山寺門前にある蕎麦屋の晩秋の気配が立ち上がります。
【添削例】とろろ蕎麦遠忌の客と隣りつつ
【後記】
初めての吟行句会でした。
普段の句作に使う時間を考えると、数時間で3句なんて・・と心配でたまらず、句会場の予約のついでに、洞慶院で事前に俳句を作ってしまおう!と一人で内緒の吟行をしました。
ところが、後ろめたい気持ちでものを見るせいか、全く俳句ができません。結局、当日軽いパニックに陥りながら、数だけは三句を投句しました。
1.対象(感動)を掴む
2.対象(感動)の掘り下げ
3.対象(感動)を表現するための言葉選び
これは、10/6のzoom句会で、恩田先生が俳句を作る時の三つのポイントとして、お話してくださったことです。
当日にはすっかり忘れてしまって、あわあわするばかりでした。
次の吟行句会の時には、短時間で三つのポイントを押さえることができるように、少しは成長をしていたいと思いました。
最後になりましたが、山本さんと幹事を務めさせていただき、恩田先生はじめ皆様のアドバイスとご協力で、吟行句会が無事に終えられたこと、お礼申し上げます。
ありがとうございました。
(長倉尚世)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)
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10月6日 樸俳句会
兼題は水澄む、敗荷。
特選1句、入選2句、原石賞1句を紹介します。
◎ 特選
鍋に塩振つてガンジー誕生日
芹沢雄太郎
特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「ガンジー誕生日」をご覧ください。
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○ 入選
零れ萩はせを巡礼鳴海宿
林彰
【恩田侑布子評】
芭蕉が『笈の小文』の前半で詠んだ、〈星崎の闇を見よとや鳴く千鳥〉には「鳴海にとまりて」の前書があります。芭蕉が伊良子の保美に流された杜国を訪ねる序章として、闇と星と千鳥の声が幻想的な句です。その鳴海を作者が訪ねました。名詞句を畳み掛けた句は三枚の絵を次々に重ねてゆくよう。ことに上五の「零れ萩」に杜国との儚い恋を暗示するあわれが添います。芭蕉を一人の「巡礼」と捉えたところも出色。芭蕉への遠い唱和として、艶のある俳句になっています。
○ 入選
水澄むやさんさ太鼓の天に舞ふ
山本綾子
【恩田侑布子評】
「さんさ」は岩手県各地に伝わるはやしことば。岩手の盛岡や遠野に伝わる盆踊りが「さんさ踊り」。田んぼの水路も川の流れも清く、お囃子に乗って胸に担ぐ「さんさ太鼓」を打ち鳴らします。「天に舞ふ」の下五で一気に、祭り太鼓の響く秋空に、色とりどりの帯の翻る陸奥に拉しさられるのは私だけではないでしょう。澄み渡る秋の風土詠です。
【原石賞】秋霖や瓦礫の中に春樹の本
活洲みな子
【恩田侑布子評・添削】
目の付けどころが素晴らしく、「秋」と「春」の対照的な取り合わせも効いています。日本各地が地震や洪水の災害に見舞われ、能登の洪水と土石流は、元日の大地震に次ぐ自然の猛威に胸が潰れました。災害後にも絶え間なく降る秋雨と、崩壊家屋の隙間に覗いている村上春樹のデリケートな非日常を含む世界が印象的です。やや説明的な「中に」を直しましょう。
【添削例】秋霖や瓦礫にまざる春樹の本
7月21日 句会報告
2024年7月21日 樸句会報 【第142号】
連日全国一の最高気温を記録し続ける静岡県。そんな時期に静岡市内の小料理屋にてリアル句会を開催しました。句会後は懇親会もあり、静岡の夜を皆で楽しみました。
兼題は「ソーダ水」「風鈴」。特選1句、入選4句を紹介します。
◎ 特選
ソーダ水越しに種馬あらはるる
芹沢雄太郎
特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「ソーダ水」をご覧ください。
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○ 入選
明易の羽ひらきたり人工衛星サテライト
古田秀
【恩田侑布子評】
日本が開発している宇宙太陽光発電をする静止衛星でしょう。宇宙空間に進出した現代の科学技術を「短夜」の季語で詠んだところが斬新です。太陽光パネルの展開を、「羽ひらきたり」とした詩的措辞もなだらかで無理がありません。ア母音七回の多用と頭韻が広々と澄んだ調べをもたらし、未来への希望を感じさせて軽快。今どきめずらしい向日的な句です。
○ 入選
風鈴の途切れとぎれの添寝かな
活洲みな子
【恩田侑布子評】
ふだんの暮らしから俳句を掬いとった素顔の良さがあります。まだ幼いお子さん、またはお孫さんをお昼寝させるための添い寝でしょう。寝かせつけるために横になっているのに、子どもの甘い香りと風鈴の澄んだ音色に、ついうつらうつらしてしまいます。夢とうつつの境に聞こえるこの風鈴のなんという涼しさ、ゆたかさ。
○ 入選
ソーダ水いつか会へると思ふ嘘
見原万智子
【恩田侑布子評】
目の前の「ソーダ水」を飲みながら、そういえば昔、こんなソーダ水を二人で飲みながら、男が「いつかまた会えるよ。会おうね」と言ったことを思い出します。自分でもなんとなく「いつか会える」ように思ってきたけれど、ちっとも会えない。会わない。そうか。嘘だったんだと気づいた瞬間、炭酸が喉を心地よく刺激して通り過ぎるのです。
○ 入選
頬杖の星占とソーダ水
長倉尚世
【恩田侑布子評】
頬杖をついてすることに、星占いを読むこととソーダ水を飲むことは、ピッタリすぎるくらいピッタリです。自分のささやかな未来をくつろいで占い、甘く爽やかなソーダ水に癒される夏の午後のしあわせ。宇宙のあまたの星の一つに偶然生まれ、今こうして生きていること。ちょっとロマンチックな思いのよぎる涼しさ。
【後記】
筆者にとって数年ぶり?のリアル句会への参加でした。恩田先生や句友たちの変わらぬ姿に安心しつつ、新たにお会いした句友たちから新鮮な刺激を受け、俳句へ向き合うエネルギーをたくさん頂くことが出来ました。
リアル句会でこそ得られるパワーがあることを、改めて実感しました。
(芹沢雄太郎)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)
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7月7日 樸俳句会
兼題は滴り、蚊。
入選2句、原石賞4句を紹介します。
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6月16日 句会報告
2024年6月16日 樸句会報 【第141号】
六月は八日に東京吟行(浅草~隅田川~浜離宮)、十六日にZOOM句会。吟行はゲスト二名も加わって大変賑やかで楽しい催しとなったものの、残念ながら入選句なしという結果に。十六日は吟行から日数のない中、入選四句、原石賞一句が選ばれました。兼題は「鮎」そして「蛍」。吟行で着想を得たと思われる句も散見され、バラエティに富んだ五十八句が集まりました。
○ 入選
鮎天や上司の語りほろ苦く
中山湖望子
【恩田侑布子評】
稚鮎は塩焼きにできないので天ぷらにする。頭も腸も丸ごと食されて美味。はらわたのほろ苦い美味さが、乙な小料理屋での少し気のはる上司との会話を想像させる。上司みずからが体験してきた、宮仕えの気苦労や失敗譚が、婉曲表現で作者への諌めに重なってくる。その微妙な上下関係の人間の立場と感情が「鮎天や」の季語と切れによって無理なく表現されている。
○ 入選
節くれた祖父の手に入る夕螢
見原万智子
【恩田侑布子評】
手中の螢をうたった句としては山口誓子の「螢獲て少年の指みどりなり」が名高い。「みどりなり」とうたわれた少年の六十年後のような俳句。「節くれた」の措辞に血が通って温か。誓子は「獲て」で、主体的。こちらは「手に入る」と受身なのも、老いた心の柔らかさが自然に感じられる。まだ更け切っていない夕べの螢のやさしい手触りが伝わってくる。
○ 入選
万緑や大社造は屋根の反り
林彰
【恩田侑布子評】
大社造といえば、出雲大社が名高いが、国宝で日本最古のそれは、松江市街から緑濃い南に入った神魂(かもす)神社である。鳥居から本殿に至る擦り減った石段の鄙びた感じがじつにいい。山ふところに包まれて鎮座する切妻屋根の裾の抑制されたアウトカーブが奥ゆかしい。掲句によって、一人尋ねた昔日の光景の中へ、たちどころに招じこまれた。神奈備山と神籬(ひもろぎ)の織りなす万緑は、栩葺のやわらかく荘厳な屋根の「反り」と相まって、イザナミノミコトの神話時代へと想いを誘う。古建築と日本の風土への堂々たる讃歌。
○ 入選
大皿をすべりて鮎のかさならず
長倉尚世
【恩田侑布子評】
鮎の月光色の薄皮がカリッと炭火に香ばしく焼かれ、大皿に供されたのであろう。この皿は清流を連想させる青磁かもしれない。「すべりて」で、鮎の軽やかさが、「かさならず」で、その姿の美しさが際立った。大皿と鮎のみを漢字表記としたことで、清らかな川のほとりの涼風が吹きかよってくる。
【原石賞】応答なき骨董店の夏暖簾
長倉尚世
【恩田侑布子評・添削】
「ごめんください」。さっきから奥へ向かって何度か声をかけている。が、ちっとも返事のない骨董店の「夏暖簾」が印象的。店主が席を外すのだから、そうそう高価な時代物は並んでいなかろう。かといって、ただの我楽多屋でもない。染付の小皿や、澄泥硯が朱漆の函に収まっていたり。小味の利いた品々が、麻の暖簾の陰に微睡んでいそう。「応答なき」は宇宙船のようで遠すぎる。「応(いらへ)なき」が静かで涼しい。
【添削例】応なき骨董店の夏暖簾
【後記】
今月の兼題「蛍」は、夏を代表する人気季語の一つではないでしょうか。有名句の多い難敵とも言えます。作句前、自分の愛誦句帖を見直して深々と嘆息。これは素敵、心に届くと思って書き付けた蛍の句の多くが、現在の私には陳腐でありふれた十七音に見えるのです。句作を始めて僅か一年ほど、ものの見方感じ方はこれほど短期間に劇的な変化を遂げるのかと苦笑いするしかありません。自分は何を求めて、どんな十七音を表現したいと望んでいるのか。躓きながらの試行錯誤は、まだまだ続きそうです。
(成松聡美)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)
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6月8日(土)の吟行会にゲスト参加された川面忠男様が、ご自身のブログで当日の様子をレポートしてくださいました。
ぜひご覧ください↓東京吟行会のレポートが届きました!
4月7日 句会報告
2024年4月7日 樸句会報 【第139号】
4月7日は静岡では丁度桜が満開で、句会も花の下一杯やりながらといきたいところだが、案の定参加者がいつもより少なく残念でした。というのは、俳句は一方的に作るのでなく、作者と鑑賞者が一句独特の魅力です。省略とか余白は、より鑑賞者の自由な解釈ができるためのツールとしてあるのではないでしょうか。今まで句会において何気ない良句が、鑑賞というフィルターを通して、名句へと旅立っていくのを目の当たりにしました。ここに、投句だけでなく、句会に参加すべき意義があるのでないでしょうか。
今回の兼題は「鴉の巣」「古草」「花」です。入選4句を紹介します。
○入選
ファインダー花冷の都市無音なり
古田秀
【恩田侑布子評】
高階からカメラのファインダーを覗くと、「花冷の都市」は思わぬ静まりようです。まるで無人都市のよう。にわかに現実とVRが溶け合い、すべての肌触りが遠ざかります。薄い灰色と桜色の雨もよいの都市そのものが非日常の空間としてデジタル画素の網に浮かび上がるハードボイルドな都会詠です。
○入選
春雨か微睡のなか聴く霧笛
星野光慶
【恩田侑布子評】
「霧笛」なので、大きな港湾の近くの住まいが想像されます。うつらうつらした心地よい「微睡のなか」で、外国船の霧笛が遠く聞こえ、その潤みようから、ああ外は「春雨」が降っているのかなと思います。この上五の「か」の切れ字、よく出ました。しかも自然です。「や」なら平凡な句になったものを、「か」の問いかけの一字が救っています。音楽的にも「か」行の脚韻の効果が、春雨のしっとりしていながら、そこはかとなく明るい春光を句全体ににじませています。
○入選
古草や読み続けゐる文庫本
猪狩みき
【恩田侑布子評】
「古草」の季語の本意を深く自分のものとした実直な俳句です。古草は春になっても野山や空き地に残り、誰にも顧みられなくなりますが、一年前には芽吹きも成長もあり、緑の葉の茂みもありました。花も咲かせました。今は、色の抜けた柔らかなわら色の光を投げかけるばかり。「読み続けゐる文庫本」はきっと古典でしょう。なんべん繙いても、前には気づけなかった角度から新しい泉が湧いてきます。人間の精神の財産は一人ひとりの真摯な感受があって、初めて継承され生かされてゆくのだと、静かに襟を正される思いがする俳句です。
○入選
痛む身の杖の先にも菫かな
都築しづ子
【恩田侑布子評】
「痛む身」をおして、春先の日光を全身に浴びようと、杖で歩かれる前向きの作者です。ふと、「杖の先に」すみれをみつけた瞬間のよろこび。足元からやさしく励まされる春ならではの光景のたしかさ。「杖と作者の身体はもはや一体と化しているようだ」という優れた鑑賞が句会でありました。
【後記】
私は昨年の秋あたりから、意識して選句に力を入れております。動機となったのは、いつも投句の際作った複数句から三句を選ぶのに苦労しているからです。自分の句の優劣も判らぬものが、ひと様の句を批評するなんておこがましいと思ったからです。たまたま恩田代表の「選句に力を注げよ」の檄に乗っかり、これはこれでよかったのですが、判定を代表の選句を正として照らし合わせると、惨たる現状に我ながら呆れかえります。で、他の人も似たかよったかだとの捨て台詞を封印して、「名句を作る近道は選句を磨くにあり」との言葉を信じ、もう少し真剣に取り組もうと思います。また、句作において伸びしろは期待できませんが、鑑賞において、若い方の飛躍の一助になるかも知れないという期待は持っています。
(岸 裕之)
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)
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4月21日 樸俳句会
兼題は「春の雲 」「遠足 」「磯巾着 」です。
特選2句、入選4句を紹介します。
◎ 特選
姉妹してイソギンチャクをつぼまする
猪狩みき
特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「磯巾着」をご覧ください。
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◎ 特選
街棄つるやうに遠足出発す
古田秀
特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「遠足」をご覧ください。
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○入選
遠足のキリンの舌のかく長き
小松浩
【恩田侑布子評】
麒麟は動物園でもひときわ印象的な美しい動物。その舌に魅入られていつまでも見惚れている子ども心が端的に表現されています。キリンというカタカナ表記が童心にふさわしく、その長い灰色の舌への驚きと、食べられて次々消えてゆく葉っぱの不思議さが伝わってきます。童心をつねに養っていないとつくれない俳句です。
○入選
春の雲水子地蔵のまるい頬 ...