「2018」タグアーカイブ

3月16日 句会報告

20180316-1 樸句会報

平成30年3月16日 樸句会報【第45号】 駿府城公園の桜のつぼみが大きく膨らんだ昼下がり、3月2回目の句会が行われました。 入選1句、原石賞3句、△2句、シルシ8句でした。 兼題は「菜飯」と「風」です。 (◎ 特選 〇 入選 【原】原石 △ 入選とシルシの中間 ゝシルシ ・ シルシと無印の中間)   〇春一番お別れといふ選択肢              萩倉 誠 合評では、 「春一番は一見幸先の良さそうなイメージの言葉だが、あの猛烈な風に当たるとそういう選択肢も浮かんでくるのかもしれない」 「“お別れ”は死別のことなのではないか。死を受け入れるというような」 という感想が聞かれました。 恩田侑布子は、 「季語の“春一番”の次に何が来るかと思うや、破局という選択肢が待っているという。意外性が面白い。お別れではなく、“お別れといふ選択肢”が待つといういい方に含みがある。年に一度しか吹かない春疾風に、このままいっしょに天空に吹き飛ばされてしまいたいのに、そうはいかない。醒めて“お別れしましょう”といいあう。だが、“春一番”の鮮烈な風に煽られた記憶は消えない。消えてほしくない。青春性の熱を秘めた句である」 と述べました。      【原】一角獣空に漂い春愁い              西垣 譲 合評では、 「一角獣=乙女、メルヘンチックなイメージの句」 「空の雲の形が一角獣に見えたのだろう。春の愁い、気だるさを一角獣と取り合わせたのが面白い」 「一角獣と春愁いが即きすぎ」 という感想・意見が出ました。 恩田侑布子は、 「一角獣はユニコーンで、普段は凶暴だが処女(聖母マリア)に会うとおとなしくなるという。パリのクリュニー美術館にある15世紀のタピストリーは有名で、キリスト教とケルト文化の混淆に、私も時を忘れて見入ったことがある。近代ではフロベールの小説やリルケの詩が名高い。この句は中七までは青春性に溢れ素晴らしい。もしかしたら一角獣は、永遠の至純なるものに憧れる作者そのひとではなかろうか。俳句の魅力にこういうロマンチシズムもあることを忘れたくない。ただし季語を替えたい。  一角獣空にただよふ遅日かな こうすれば句柄が大きくならないか」 と講評し、添削しました。           【原】風呂敷に春日包みて友見舞う             石原あゆみ 合評では 「中七が生きていて、情景もよくわかる」 「“春日を包む”という比喩が利いている」 という感想が出ました。 恩田は、 「中七に詩の飛躍があり、やさしい思いも伝わってくる。ただし、言葉がごちゃついている。友までは言わなくていい。  風呂敷に春日包みて見舞ひけり こうすることで、一句は普遍性を得るのではないか」 と講評し、添削しました。           【原】春の雁異国の少女がレジを打つ              萩倉 誠 本日の最高点句でした。 合評では、 「最近コンビニなどでレジ打ちする外国の少女を見る。帰りたくても帰れない少女と発つ雁が対照的だ」 「遠くを飛ぶ雁と、日常でレジ打つ外国の少女の遠近感が良い」 「中七が字余りなのが気になる」 という感想が出ました。 恩田は、 「日本は、少子高齢化による働き手の不足への対策が遅れ、コンビニも飲食店も外人の労働者が増えた。中七の字余りをすっきりさせたい。“春の雁”という季語もまだ座りがいまいちなので  鳥ぐもり異国の少女レジを打つ または  外つ国の少女レジ打つ鳥ぐもり としたいところ」 と講評し、添削しました。        [後記] 今回は特選句がありませんでしたが、磨けば光る原石賞が三句ありました。自分ではブラッシュアップして出したつもりでも、選句者の目に触れることで「その手があったか!」と驚くことが、よい学びにつながる気がします。 次回の兼題は「音」と当季雑詠です。    (山田とも恵)       

3月4日 句会報告と特選句

20180304 句会報用1

平成30年3月4日 樸句会報【第44号】 彌生三月第1回。少し窓を開け、春風を呼び込んでの句会です。 特選2句、入選2句、△3句、シルシ8句という実りゆたかな会でした。 兼題は「踏青」と「蒲公英」です。 特選句と入選句を紹介します。 (◎ 特選 〇 入選 【原】原石 △ 入選とシルシの中間 ゝシルシ ・ シルシと無印の中間) ◎合格や不合格あり春一番             久保田利昭 ◎「ヤバイ」ほろ酔いの 掌(て)が触れ春ぞめく              萩倉 誠 (下記、恩田侑布子の特選句鑑賞へ)          〇蒲公英を跨ぎ花一匁かな             芹沢雄太郎 合評では、 「かわいらしい句。思い出かな?こういう句は大好きです」 「かわいい。“花一匁”にノスタルジアが感じられる」 「うまくまとまってはいる。“跨ぎ”がもっと能動的であれば採りましたが」 「あちこちに咲いているたんぽぽは“跨ぐ”には小さすぎませんか?子どもの歩幅と一致しないような気がして・・」 などの感想が述べられました。 恩田侑布子は、 「一読して、たんぽぽと花いちもんめは即きすぎかとも思った。でも花いちもんめの歌を思い出すと、“あの子がほしいあの子じゃわからん”と、浪のように手をつないで歌いながら、鮮やかな黄の蒲公英をひょいとまたぎ越す子どもの無邪気さが感じられた。子ども時代の余燼がまだ身のうちに残っていなければつくれない俳句。若草と蒲公英。その上にゆれる赤いスカートや半ズボンの戯れは春日の幸福感そのもの」 と講評しました。      〇犬矢来こえて行くべし猫の恋               林 彰 合評では、 「“犬矢来”ってなんですか」 「市内では見かけないですね。よく言葉を知っている作者ですね」 との質問や感想。 恩田侑布子は、 「“矢来”は遺らいであり、追い払う囲い。竹や丸たんぼを荒く縦横に組んでつくるもので“駒寄せ”と同義。犬のションベンよけ、埃よけともされ、最近は和風建築の装飾化している。この“犬矢来”という死語になりかけた措辞を活かした手柄。しかも犬なんかに負けるんじゃないぜ、猫の恋よ、の思いも入ったところに俳諧がある」 と講評しました。 投句の講評の中で、今回の兼題について例句の紹介と鑑賞が恩田侑布子からありました。  来し方に悔いなき青を踏みにけり              安住 敦  たんぽぽや長江濁るとこしなへ              山口青邨  蒲公英のかたさや海の日も一輪             中村草田男   [後記] 本日は「静岡マラソン」の日。走り終えたランナーたちとすれ違いましたが、みな爽やかな感じ。達成感・充実感があるのでしょう。句会のあとの連衆も同じような表情をしているのかもしれません。 次回兼題は「菜飯」と「“風”を入れた一句」です。 (山本正幸)    特選    合格や不合格あり春一番                      久保田利昭  大方のひとにとって人生の始めの頃の喜び哀しみは受験にまつわることが多い。同じクラスでいつも軽口を叩きあっては笑いこけていた友人が、高校受験や大学受験で一朝にして合格者と不合格者の烙印を押されてしまう。それを春一番の吹き荒れる様に重ねた。この春一番はまさにこれから二番三番とかぎりなく展開する嵐の道のりを暗示する。それが合格やの「や」であり不合格「あり」である。が、いずれにせよまばゆさを増す春のきらめきのなかのこと。泣いても笑っても船出してゆく。さあこれからが本番だよと作者は懐深くエールを送る。  特選  「ヤバイ」ほろ酔いの 掌(て)が触れ春ぞめく                 萩倉  誠  独白をうまく取り入れた冒険句。句跨りだが十七音に収めた。ほろ酔いの掌は思わずどこに触れたのか。手と手かしら?もしかしたら胸元にタッチ?「ヤバイ」。よこしまな関係になりそう。一瞬のたじろぎ、期待、春情。交錯する感情が生き生きと伝わってきて面白い。なんといっても座五の「春ぞめく」が出色。①群がり浮かれて騒ぐ。②遊郭をひやかして浮かれ歩く。の辞書にある語義に身体感覚が吹き込まれ、それこそザワザワ身内からうごめくよう。                                (選句・鑑賞 恩田侑布子)                       

2月23日 句会報告

20180223 句会報用

平成30年2月23日 樸句会報【第43号】 如月第2回の句会です。 投句の結果は、入選1句、△5句、シルシ6句。 兼題は「寒明」と「春炬燵」です。 入選は当季雑詠の句でした。 (◎ 特選 〇 入選 【原】原石 △ 入選とシルシの中間 ゝシルシ ・ シルシと無印の中間) 〇冬桜スマホにこぼす想ひかな             萩倉 誠 この句を採ったのは恩田侑布子のみでした。 合評では、 「“こぼす想ひ”は技巧的だが、いかにも、という句」 「“冬桜”と“スマホ”の取り合わせはいい」 「最初は採った。“こぼす”は良かったけど、“想ひ”がチョット・・」 「高校生なら得意になってつくるような句」 といささか辛口批評も混じりました。 恩田侑布子は、 「斬新です。“こぼす”はいいと思う。“スマホ”という現代の流行アイテムを使った風俗俳句であるが、きわめてリリカル。スマホと冬桜の季語の取り合わせが秀逸。スマホの画面に指先で打つ一字一字がはらはらと花びらのように散っていく幻想。でも恋する人には読んでもらえないかもしれないという切ない心が感じられる。冬桜に実らぬ恋を象徴させた」 と講評し、「もし推敲するならば」と次のように添削しました。  冬桜スマホに想ひこぼしけり 「“想ひかな”だと片思いの気持ちに陶酔したままだが、こうすることによって淋しさが嫌味でなくなるのでは」 と問いかけました。     投句の講評の中で、今回の兼題について例句の紹介と鑑賞が恩田侑布子からありました。  川波の手がひらひらと寒明くる              飯田蛇笏  寒明けの日の光りつゝ水溜り            久保田万太郎  春炬燵あかりをつけてもらひけり            久保田万太郎  ぜいたくは今夜かぎりの春炬燵            久保田万太郎 [後記] 今回の句会で恩田侑布子が強調したのは、「ストーリー(あらすじ)を作ってはダメ」ということでした。物語的になってしまうと「余白」は生まれないとのことです。恩田の評論集『余白の祭』を再読したいと思います。 また、蛇笏の漢文脈と万太郎の和文脈を対比させての解説もとても興味深く聴いた筆者です。 次回兼題は「踏青」と「蒲公英」です。(山本正幸)

樸俳句会 会員募集中です

句会へのお誘い-1 20180310

樸俳句会は毎月第1日曜、第4水曜日に開催しております。 日曜と水曜の午後のひとときを恩田侑布子と一緒に俳句を楽しみませんか? 新会員募集中です。平日お仕事や学業で忙しい若い方大歓迎! 句会は、投句作品の合評と恩田侑布子による講評のほか、名句鑑賞、注目の句集の紹介など多彩な内容です。 雰囲気は、なごやか、ほんわか、にこやか、のびやか、そして時に熱い! 楽しく自由な樸の仲間があなたを心よりお待ちしています。 【樸(あらき)俳句会】 日 時  毎月 第1日曜日・第4水曜日          13:30~16:30 会 場  静岡市葵区東草深町3−6 アイセル21   ※ 月1回のみの参加も可能です。 ※入会はこちらにメールでお願いいたします。

2018年花祭4月8日 恩田侑布子講演会(東京)のお誘い

20180408 東京 講演会

 おかげさまで、伊丹市での桂信子賞受賞記念講演に思いがけないご好評を頂き、「ぜひ東京でも」と黒田杏子先生(桂信子賞選考委員)よりお誘いを受け、以下のように藍生俳句会の皆さまのお力添えによって再演させていただく運びとなりました。  講演内容は、フランス3都市で好評を博した講演の東京初演となります。  お忙しいところ恐縮ですが、ご光来いただければ幸甚に存じます。                  恩田侑布子 演題 「花と富士 日本の美と時間のパラドクス」 講師 恩田侑布子     俳句朗読と、パワーポイントによる講演 と き 平成30年4月8日(日) 15時〜16時半頃 ところ 文京シビックセンター3階 会議室      〒112-0003         東京都文京区春日1丁目16-21      東京メトロ後楽園駅・        丸ノ内線(4a・5番出口)        南北線(5番出口) 徒歩1分       都営地下鉄春日駅三田線・大江戸線       (文京シビックセンター連絡口)        徒歩1分      JR総武線水道橋駅東口 徒歩9分 主 催  「藍生」俳句会(黒田杏子主宰)   聴講料   一般無料 ◯ おんだ・ゆうこ プロフィール 昭和31年静岡市生まれ。俳人・文芸評論家。2013年芸術評論『余白の祭』で第23回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。翌年1月パリ日本文化会館での記念講演「感情の華 恋と俳句」が好評を博す。同12月、パリ日本文化会館客員教授として再渡仏。コレージュ・ド・フランスでの講演「俳句・他者への開け」、リヨン第Ⅲ大学・エクスマルセイユ大学・パリ日本文化会館での講演「花の俳句 日本の美と時間のパラドクス」が熱く迎えられる。2016年度芸術選奨文部科学大臣賞を句集『夢洗ひ』で受賞。2017年現代俳句協会賞、2018年桂信子賞を受賞。他句集に『イワンの馬鹿の恋』『振り返る馬』『空塵秘抄』。「樸(あらき)」代表。現代俳句協会賞選考委員。日本文藝家協会会員、国際俳句交流協会会員。

【寄稿】恩田侑布子さんの俳句朗読

静高校関東同窓会報 20180123

  恩田侑布子さんの俳句朗読               川面忠男  角川の「俳句」1月号には恩田侑布子さんが昨年11月、東京・駒場の日本近代文学館で俳句を朗読したという記事も載っている。この朗読会は、恩田さんが同じ静岡高校出身ということから静高の関東同窓会報を編集している八牧浩行さん(時事通信社の元常務・編集局長)から案内をいただいて聴きに行った。近代文学館では「声のライブラリー」として朗読会を開いているが、俳句は初めての試みだという。  恩田さんが朗読した作品は第一句集「イワンの馬鹿の恋」から10句、第二句集「振り返る馬」から11句、第三句集「空塵秘抄」から10句、第四句集「夢洗ひ」から17句などだった。  「夢洗ひ」は第67回芸術選奨・文部科学大臣賞、2017年の現代俳句協会賞をそれぞれ受賞した作品である。  私が師事している長嶺千晶さんは俳人協会の幹事だが、現代俳句協会の会員でもある。そこで昨年末の句会で「恩田侑布子さんを知っていますか」と訊ねた。「よく知っていますよ。一緒に句会をしたこともあります」という返事。「恩田さんの俳句の朗読を聴きました」と言ったところ「どんな感じですか」と問われた。「切れ、というより間ですね」と答えた。  「夢洗ひ」からの最初に朗読したのは「しろがねの/露の揉みあふ三千大千世界」という句だった。恩田さんは「しろがねの―――」と言って間を置き、中7と下5に続けた。「三千大千世界」は「みちおほち」と読んだ。仏教用語で宇宙を意味するようだ。仏教や古典の知識がないとできない作品であろう。  3句目の「こないとこでなにいうてんねん/冬の沼」は上6、中8の破調だが、声に出して読まれると流れるように聞こえる。大阪弁が効いているのだろう。俳句は詩であり、理屈を言う必要はないが、私なりにイメージしたことがある。  「こないとこ」は「冬の沼」だが、私はこの句から大阪のある風景を思い出した。高1の時に在校した府立池田高校は阪急宝塚線石橋駅から北に向かった丘の上にある。昭和31年頃は下校の道から沼を越えた遠くに大阪大学の北校が見えた。沼のこちら側は冬、阪大の方が春というイメージだ。志望校は阪大ではなく京大だったが、淡い憧れで「紅燃ゆる丘の花」という旧制三高寮歌を歌いたかったのだ。しかし、春は遠いと感じ、事実そのようになった。「なにいうてんねん」という声が聞こえる。  7句目の「富士浮かせ草木蟲魚/初茜」は静岡育ちの恩田さんらしい作と感じたが、同じ静岡出身でもこうは詠めない。元日の朝日に輝く富士山は何度も見たが、草木蟲魚までは想起しなかった。草木蟲魚、つまり命あるものまで初茜を賛歌していると感じるのは非凡な詩人ならではのことだ。魚の一字で初茜に光る駿河湾までイメージする大きな景の句である。  10句目の「告げざる愛/地にこぼしつつ泉汲む」は、「泉汲む」という措辞が句に力を与えていると思った。「告げざる愛―――」と読み上げた時、テーマが愛であるとわかる。「地にこぼしつつ」でその愛が空しくなると知るが、直ぐに「泉汲む」と再び愛を求める心を詠んだと受けとめた。  この句から中村草田男の「終生まぶしきもの女人ぞと泉奏づ」という句を連想した。草田男には泉辺の句が他にもある。泉は愛が生まれたり再生したりといったことを象徴する言葉のように感じる。  「夢洗ひ」に続き最後は<ショパンの「雨だれ」CD・四句集ミックス>と題して8句を朗読した。2句目の「吊橋の真ん中で逢ふさくらの夜」はフランス語にも訳して読んだ。残念ながらフランス語がわからないので音楽のように聴いただけだ。6句目の「三つ編みの/髪の根つよし原爆忌」の朗読は終わると床に伏した。恩田さんの俳句の朗読は単に読むだけでなく声は緩急自在、身振り手振りの変化に富む。聴き手を楽しませるサービス精神の表れであろうか。              ◇  この後、文化功労者となった高橋睦郎さんが自作の俳句を朗読、続いて詩人の伊藤比呂美さんの司会で恩田さんと高橋さんの対談になった。それらが終了した後、八牧さんが私を恩田さんに紹介してくれた。「私も静高から早稲田」、「そうですか!」と面識していただいた。そしてロビーで句集「夢洗ひ」(角川文化振興財団)と「振り返る馬」(思潮社)を買いサインしてもらった。  「夢洗ひ」の表紙裏には「ころがりし桃の中から東歌」、「振り返る馬」には「道なりに来なさい月の川なりに」とペン書きされた。  東歌は万葉集に載っている歌であろう。都の貴族ではなく東国の民衆の歌である。恋人や妻を想う歌、父母を慕う歌、労働の歌などだ。私が好きな東歌の一つが「父母も花にもがもや。草枕旅は行くとも 棒(ささ)ごて行かむ」。父母が花であってくれたら手に提げ持って行けるのに、と防人となる若者が筑紫に行く途中に親を偲ぶ歌である。「月の川なりに」は「来なさい」と言われ、行った先にどんな世界が現れるのか。そんなことを想像させる句である。  恩田さんから「樸(あらき)俳句会のHPをお手すきの時、ご覧ください。静高OBも数名いて、こじんまり楽しくやっております」というメールをいただいた。樸は静岡市の恩田さんが代表の俳句会だ。時々アクセスし選句と講評を読んでいる。楽しそうな会である。         (2018・1・14) 日本近代文学館における朗読会についてはこちら

【寄稿】俳人・恩田侑布子さんのこと   

静岡市の写真 20180123

樸俳句会ホームページは、開かれたHP俳誌として、会員にとどまらず、外からのご寄稿を歓迎しております。 今回は、代表・恩田侑布子の高校・大学の先輩でもある川面忠男氏がブログの転載をご了承くださいましたので、掲載させていただきます。川面様、厚くお礼申し上げます。   俳人・恩田侑布子さんのこと                 川面忠男                俳人の恩田侑布子(おんだ・ゆうこ)さんが昨年はひときわ脚光を浴びた。朝日新聞の俳句時評を担当しているが、2017年は句集「夢洗ひ」で芸術選奨文部科学大臣賞、現代俳句協会賞を受賞したのだ。  恩田さんは静岡高校、早稲田大学の私の後輩になる。静岡高校の同窓会、「静中・静高関東同窓会」が会報を発行しているが、その「静中・静高関東同窓会会報」が昨年12月に送られてきた。その中に恩田さんの「俳句と出会った静高時代」と題した寄稿文が載っている。これを読んで私はいささか衝撃を受けた。  <昼休みの図書館でも、参考書に向かう先輩たちを尻目に、書架の『原始仏典』を読み耽っていた。蝋燭の火を吹き消す如しという「涅槃」と、生きているいのちの「刹那滅」とに悩み続けた。夜ごと、小説・哲学書・老荘から俳句へ、乱読書の密林はいたずらに繁りまさった。>  こう述べて「身にしむや亡妻の櫛を閨に踏む」(蕪村)、「滞る血のかなしさを硝子に頒つ(林田紀音夫)、「会えば兄弟(はらから)ひぐらしの声林立す」(中村草田男)、「落葉踏んで人道念を全うす」(飯田蛇笏)の4句を挙げている。そして各句について感動の体験を語っている。草田男の句を例に見よう。  <「会えば」は、ストンと腹落ちした。川が大好きで、よく泳ぐ藁科川や笹間川の青い淵に、帰り際はひぐらしの声が降りそそいでいたから。生きながらえれば、いつか魂のはらからに逢える日が来るだろうか。浄福を告げたわたるまぼろしのひぐらしにあこがれた。>  私も授業が自由時間となる土曜日は図書室を利用したが、参考書に目を通すのが精いっぱいで、恩田さんのように文学の洗礼は受けなかった。  「静中・静高関東同窓会会報」の編集人である八牧浩行さんが私に恩田さんを紹介してくれたことから「月に5回の句会に出ています」などとメールを送り「素晴らしいですね。私は月に3回」などと返信をいただいたが、汗顔の至りである。詩人としての資質が劣ることは言うまでもないが、文学的体験の時間と量が圧倒的に少ない。これはどうやっても追いつかない。恩田さんを俳句の大先輩と思うことにしよう。  まず「俳句」1月号に載っている恩田さんの「切れ――他者への開け」と題した文章が参考になる。 <俳句の核心は、書かれていない余白にあります。余白を生むのはこの「切れ」です。(略)小論では、切れによって生じる余白が他者への大いなる開けであり、俳句という文芸の世界詩としての可能性であることを微力ながら提示したいと思います。> それに続く文を繰り返し読んでいるところである。            (2018・1・13)

戸田書店カレンダーに樸の句が掲載されています

2018ノートカレンダー

2018戸田書店オリジナルノートカレンダーに樸俳句会員の作品が掲載されています。 (戸田書店さんは静岡県静岡市に本店があり、全国に30店舗以上展開しています。ノートカレンダーは各店舗で無料で貰うことができます) (選・恩田侑布子) 1月 富士浮かせ草木虫魚初茜              恩田侑布子  2月 街路樹のまだ影薄き余寒かな              久保田利昭 3月 朝日入る一膳飯屋わかめ汁               佐藤宣雄 〃  割れ易き父の爪切る春の昼               森田 薫 4月 昼酒の蕎麦屋に長居柳の芽               伊藤重之 〃  妻と子は動物園へ春障子               西垣 譲 5月 仏間にも母の面影大牡丹               塚本敏正 〃  口笛を鋤きこむ父の夏畑              大井佐久矢 6月 風立ちて竹林にはか夏日影               松井誠司 7月 アリランの国まで架けよ虹の橋               杉山雅子 〃  パラソルを廻しつゝ約束の時              樋口千鶴子  8月 貝風鈴カウンセリング始まれり               山本正幸 9月 哲学を打ち消す夜半のすいつちよん              山田とも恵 10月 秋うらら窓に一列指人形               戸田聰子  11月 通されし仏間の脇のからすうり              藤田まゆみ 12月  ディラン問ふ 「How do you feel」(どんな気分)と枯野道                萩倉 誠 〃  鍋帽子かぶせて待つや大みそか               原木裕子