全国俳誌協会第4回新人賞 授賞式に寄せて 全国俳誌協会第4回新人賞を受賞した樸の古田秀の授賞式が10月30日、東京都内でありました。授賞式には樸代表の恩田侑布子も出席し、多くの俳句関係者らが古田の受賞を祝いました。正賞の古田とともに、準賞、特別賞、選者賞の受賞者七名は、十九歳から三十代後半までの若者で会場は華やかな雰囲気に包まれました。 併せて、「俳誌の現在と未来を語る」シンポジウムも開催されました。登壇者は選者の鴇田智哉氏・堀田季何氏・神野紗希氏に、『俳句』編集長の石川一郎氏、同協会長の秋尾敏氏という豪華メンバーで、「紙」の俳誌の保存性と信頼性の高さを改めて評価する声で一致しました。俳句文庫鳴弦文庫館長でもある秋尾会長に、「恩田さんのところの樸はWeb誌のみでやっていて驚きです。全国で他にそういう会があるでしょうか」と会場で紹介され、喜ぶべきか、悩みました。 『俳壇』・『俳句四季』の編集長に、「芭蕉記念館」館長も来席され、白熱の議論は大いに盛り上がりました。 二次会は田町駅近くの居酒屋に大勢でなだれ込み、高校生をはじめとする若い情熱ある俳句作者たちと忌憚なく俳句談義に花を咲かせ、幸せが倍増しました。改めて、おめでとうございます! (恩田侑布子) 古田秀の正賞受賞作品「大学」15句を掲載いたします。 大学 水差しの影にも水位昼寝覚 さくらんぼ暫し噛まずにゐたりけり 母をらぬ部屋はあかるし髪洗ふ 実験棟から門までの夕立かな 水槽に水平線のなき晩夏 桃の皮ずるりと剥けて夜の汽笛 秋黴雨ひとりにひとつ椅子と窓 消火器の函に錆吹く蜻蛉かな 木は鳥の鳥は木の名を秋の暮 初雪やからからせんべい割れば毬 歌は火の熾るに似たりクリスマス 搭乗を待つまどろみや冬帽子 パブの灯の途切れたるより吹雪の野 焼きそばの焦げかうばしき初詣 大学や焔のごとき冬木の芽
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恩田侑布子講演レポート(第46回現代俳句講座 10/29 ゆいの森あらかわ)
演題 『渾沌の恋人ラマン 北斎の波、芭蕉の興』より、名句そぞろ歩き ◇主催:現代俳句協会 共催:荒川区 ◇日時:2022年10月29日(土)13:30~16:45 ◇会場:ゆいの森あらかわ「ゆいの森ホール」 ◇講師:「軸」代表・秋尾 敏、「樸」代表・恩田侑布子 10月29日(土)、東京都荒川区のゆいの森あらかわ・ゆいの森ホールで現代俳句協会主催の第46回現代俳句講座が開かれ、樸俳句会代表・恩田侑布子が「『渾沌の恋人(ラマン) 北斎の波、芭蕉の興』より、名句そぞろ歩き」と題して講演しました。 当初は9月24日の予定が、静岡にも大きな被害をもたらした台風で中止となり、延期されていた講演です。一転して素晴らしい秋晴れとなったこの日は、首都圏を中心に俳句愛好者や恩田ファンらがたくさん聴講し、「俳句は目に見えないもの、耳に聞こえないものに思いをはせる」という恩田のメッセージを心に留める1日となりました。 「興」と「入れ子」という説で日本文学に新たな地平を切り開いた恩田の近著『渾沌の恋人』は、各紙誌の書評で高く評価されていますが、開会挨拶に立った現代俳句協会の中村和弘会長も「日本文学をグローバルな視点で体系的に分析・集約した本であり、感動した。文体が素晴らしく、小説を読むようで思わず引き込まれた」と賛辞を送りました。恩田は、全身を揺さぶられた高校時代の名句との邂逅などに触れながら、「歳はとっても俳句はやまぬ、やまぬはずだよ先がない」の都々逸で会場を笑わせ、なごやかな空気の中で講演は進みました。 近著の内容に沿ったこの日の講演は、芭蕉、蕪村に始まり北斎の浮世絵、中国の詩経、フレーザーの金枝篇、タイラーのアニミズム、ピカソのキュビスムに至るまで、古今東西縦横無尽の視点から文学としての俳句の奥深さを再発見する旅、とでも言うべきものでした。聴き手にとってはまさに豊潤なひとときで、本を読んだ人は著者と俳句の魅力を再確認でき、未読の人は手にとってすぐ読んでみたくなったことでしょう。 とりわけ、恩田が「雲の峯幾つ崩(くづれ)て月の山」をはじめとする芭蕉や蕪村らの名句や若い時から心酔してきた蒲原の詩「茉莉花(まつりか)」を、ゆっくりと歌うように詠みあげる場面では、上質の朗読劇を聴くような心地よさが会場を包みました。俳句を始めて3年になるという聴衆の女性からは「ああ、俳句ってやっぱり詩なんだな、と感動しました」という声が寄せられました。あっという間の1時間余りでした。 恩田に先立って、「軸」主宰の秋尾敏氏が「桜井梅室の系譜—知られざる十九世紀俳句史」をテーマに講演し、軽妙な語り口で楽しませました。 (樸編集長 小松浩)
注目の一冊・小川楓子『ことり』
10月9日 句会報告
2022年10月9日 樸句会報 【第121号】 今回は樸俳句会にとって2度目のzoom句会でした。初めてzoom句会に挑戦した前回(9月4日)より滑らかに進めることができました。静岡県外や外国の参加者も出入り自由のグローバルなzoom句会、じかに顔を合わせて場の空気感を味わいながら楽しむリアル句会、どちらにも良さがありますね。コロナ禍の思わぬ副産物ではありますが、こうしたハイブリッド型が新しい時代の句会のかたちになっていく中、樸はその先頭に立っているのかもしれません。なんとなく浮き立つそんな気分を反映してか、今回は入選句はない代わりに特選句が3つも出るという、華やぐ会になりました。 兼題は「後の月(十三夜)」「烏瓜」「荻(荻の声・荻の風・荻原)」です。 特選3句を紹介します。 ◎ 特選 しやうがねぇ父の口真似十三夜 見原万智子 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「十三夜」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ◎ 特選 道聞けば暗きを指され烏瓜 古田秀 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「烏瓜」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ◎ 特選 荻の声水面に銀の波紋寄せ 金森三夢 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「荻」をご覧ください。 ↑ クリックしてください 今回の例句が恩田によって紹介されました。 遠ざかりゆく下駄の音十三夜 久保田万太郎 目つむれば蔵王権現後の月 阿波野青畝 麻薬うてば十三夜月遁走す 石田波郷 掌の温み移れば捨てて烏瓜 岡本眸『冬』 虹の根や暮行くまゝの荻の声 士朗(江戸中期、名古屋の医者) 空山へ板一枚を荻の橋 原石鼎 【後記】 9月から樸に加えてもらった新参者ですが、千葉県在住にもかかわらずzoomのおかげで既に2度も句会に参加できて、とてもありがたいと思っています。 ずいぶん前のこと、ある雑誌で英国在住のピアニスト内田光子さんが、自分にとっての日本語は『おくのほそ道』が読めさえすれば十分、という趣旨のことをおっしゃっていました。それを読んだ時は、ドイツ語や英語が生活言語となった世界的音楽家が母国語である日本語の調べを芭蕉に聴くなんて、すてきな話だなと思っただけでした。それが、自分も恐る恐る俳句を作り始め、樸の句会に参加することで、内田さんのあの時の言葉がよみがえってきたのです。俳句という韻文が持つ象徴性と、洗練されたピアノの響きには、共通するものがあるということでしょうか。自分の感動を他者に伝えようとする時、それを韻律に乗せる最もふさわしい器、すなわち言葉や音を、俳人も音楽家も命をかけて模索しているのでしょう。俳句を作る人にはあたりまえのことかもしれませんが、たったひとつの文字が句の印象やリズムをがらりと変えてしまうということを、今回の句会で強く感じました。 句会とは、素晴らしいコミュニケーションの場ですね。互いに尊重しあいながら、自分の心の中の思いを率直に吐き出せる貴重な空間を、これからも大事にしていきたいと思います。句会の白熱する討議に夢中で、合評を記す余裕がありませんでした。ここまでお読み頂いた貴方様も、次はぜひ、樸のZoom句会をご体験ください。(小松浩) ...
あらき歳時記 荻
あらき歳時記 十三夜
2022年10月9日 樸句会特選句 しやうがねぇ父の口真似十三夜 見原万智子 努力してもどうしようもないことがある。「しょうがねぇ」。ふとつぶやいて、そっくり父の口真似だと気づく。亡き父も何度もそう呟いていたものだ。ありありと耳によみがえる口調が、しっくり腹落ちし我がことになってしまったしょうもなさ。かすかな泣き笑い。十三夜は、はなやかな中秋の名月とはまるで違う。中天高く、地上には影さえ降りてこないように思われる。「口癖」ではなく「口真似」としたことで、一挙に昔日がこの今とつながり、奥行きのある俳味を醸した。後の月の冷ややかさと、つぶやく体の温みとが絶妙の取り合わせ。 (選 ・鑑賞 恩田侑布子)
あらき歳時記 烏瓜
2022年10月9日 樸句会特選句 道聞けば暗きを指され烏瓜 古田秀 谷間の集落だろうか。目当ての場所を道端の人に聞くと、「この奥だよ」と指差して教えてくれた。みれば山肌の迫る切り通し。烏瓜がゆうらり一つ垂れている。早くも山すそには夕闇が迫って。谷間の薄い秋夕焼を一身に凝らせたような烏瓜の朱。夏の夜には純白のレースをひろげていたのに、なぜお前はそんなにも変わってしまえるのか。作者には焦燥感があるらしい。このままでは「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」(『論語』里仁)の逆になるかもしれない。不安感が、黒く沈んでゆく山の闇を背にした烏瓜になまなましいほどの存在感を与えている。 (選 ・鑑賞 恩田侑布子)
9月4日 句会報告
2022年9月4日 樸句会報 【第120号】 今回は樸はじめてのzoom句会となりました。普段静岡で行われているリアル句会に来ることができない県外の会員はもとより、インドから参加される方もおり、画面上は一気ににぎやかに!新入会員おふたりとも初の顔合わせとなりました。まるでリアル句会さながらの臨場感に、場は大いに盛り上がりました。 兼題は「秋灯」「芒」「葡萄」です。 特選1句、入選1句、原石賞3句を紹介します。 ◎特選 花すゝき欠航に日の差し来たる 古田秀 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「花芒」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ○入選 病中のことは語らずマスカット 活洲みな子 【恩田侑布子評】 闘病中、もしかしたら入院中、作者には体の不調がいろいろとあった。痛みや、慣れない検査の不安や、初めての処置の不快感など。でもこうして愛する家族とともに、あるいは気の置けない友とともに、かがやくようなマスカットをつまんでいる。しずかな日常。いまここにある幸せ。 【原】 群れてなほ自立す葡萄の粒のごと 小松浩 【恩田侑布子評・添削】 言わんとするところはいい。表現に理屈っぽさが残っているのは、作者自身、まだ心情を整理し切れていないから。一見、群れているようにみえるが、黒葡萄は一粒づつ自立している。その気づき、小さな発見を活かしたい。「群れてなほ」は俳句以前の舞台裏に潜めよう。 【改】 一粒の自立たわわや黒葡萄 【改】 自立とや粒々辛苦黒ぶだう 【原】 ぐるぐると小さき手の描く葡萄粒 猪狩みき 【恩田侑布子評・添削】 くったくなく一心にクレヨンで葡萄を描く子ども。そこから生まれてくる葡萄のダイナミズム。情景にポエジーがある。しかし、このままでは中七の小さい指先の印象と季語の粒がやや即きすぎ。そこで。 【改】 ぐるぐるとをさな描くや黒ぶだう 【原】 深刻なことはさらりと花薄 活洲みな子 【恩田侑布子評・添削】 「さらりと花薄」のフレーズは素晴らしい。「深刻なこと」は抽象的。自分自身に引きつけて詠みたい。直近の深刻なことかもしれないが、作者の境遇を存知しないので、ここでの添削は、生い立ちの不遇を窺わせる表現にしてみた。 【改】 幼少の身の上さらり花すゝき また、今回の例句が恩田によって紹介されました。 秋灯を明うせよ秋灯を明うせよ 星野立子 白川西入ル秋灯の暖簾かな 恩田侑布子 たよるとはたよらるゝとは芒かな 久保田万太郎 新宮の町を貫く芒かな 杉浦圭祐 わが恋は芒のほかに告げざりし 恩田侑布子 葡萄食ふ一語一語の如くにて 中村草田男 【後記】 夏雲システムとzoomのおかげで遠隔地にいながらにして臨場感たっぷりの句会ができるようになりました。物理的距離を越えて顔を見ながら会話できるというのは想像以上に良いものですね。これからの“ニューノーマル”な句会のかたちにも思えました。テクノロジーの進歩は人間関係を希薄にもしましたが、繋ぎ止めもしてくれました。不確実性・予測不可能性がますます高まる現代において、社会の表層を漂うように点在する私たちが感動と内省を繰り返して詠んでいく言葉こそが互いを舫う紐帯になるのかもしれません。 (古田秀) ...