「2026年」タグアーカイブ

2月15日 句会報告特別編

シマエナガ 写真:松王正浩 (北海道大学 大学院理学研究院 教授 (科学哲学)) 影ひとつくださいといふ雪女 恩田侑布子『はだかむし』   ホテルの天候気温計 塩一つまみ冬晴のきのふけふ 恩田侑布子『夢洗ひ』(写俳)    松王かをりさんと、 「幻日」主宰、石川青狼さんと同人のみなさまに囲まれて。 十年の約さいはてへ飛ぶ真冬 恩田侑布子(写俳)   −15℃の釧路に行ってきました。   昔から日本一美しい生き物と信じてきた丹頂鶴との出会いを、札幌在住の松王かをり・政浩ご夫妻さまが叶えてくださいました。ご自宅から車で遠路、吹雪の日高山地を越えて釧路空港までお出迎えいただき、翌日、暁闇から鶴の眠る川のほとりで羽ばたきを待ちました。鶴居村では何もかも忘れて丹頂の声を聞いていました。ホワイトアウトをいくたびも抜けて摩周湖の畔に立ち、標茶(しべちゃ)では、ホルスタインの帽子を被った町民の笑顔に手を振られて釧網鉄道に乗車。だるまストーブ車輌で日本最大の湿原を走り抜けると、釧路では俳誌「幻日」の皆さまの温かなお出迎えが。さっそく炉端焼き発祥の地ならでは、九十二歳の媼が焼いてくれる名物店に招じられ、海の幸を頬張りイカルイベに咽が蕩けました。翌朝は句会で盛り上がったあと、昭和天皇がおかわりを所望したというこっくりしたお蕎麦をご馳走になりました。啄木の港文舘を訪ね、世界三大夕日と謳われる河口の寒落暉を橋の上から堪能。空港までお見送りいただき、心からのおもてなしをお受けしました。  北海道の雪原と釧路の詩情にシラフで酔い痴れた私です。  忘れられない冬の旅をご案内いただいた松王かをりご夫妻様と、「幻日」石川青狼社中のみなさまに心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。恩田侑布子 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 2026年2月15日 Zoom句会から  2月の2回の句会に挟まれた週は全国的な寒波で、滅多に雪が降らない藤沢にも静岡にも、うっすらと積もるくらいに雪が降りました。同時に行われた、政策の議論も追いつかないまま人気投票と化した選挙では、珍しく期日前投票が大混雑。投票率が数ポイント上昇したことは数少ない意味のあることだったかもしれません。その翌週のZoom句会の日はすっかりあたたかく、河津町では河津桜の見ごろ宣言も出ています。新規入会の方も迎え、大盛り上がりの会となりました。  2月15日の句会の兼題は「春疾風」「はこべ」。特選1句、入選1句、原石賞2句、その他に評価の高かった2句を紹介します。   ◎ 特選 春疾風ワゴンの古書の箔ひかる              古田秀 特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「春疾風」をご覧ください。 ↑ クリックしてください ○ 入選  薄氷の下に戦禍が透けてをり                馬場先智明 【恩田侑布子評】 池や水槽に張った薄氷は春先ならではの詩情があるものです。ところがこの句は、その儚い春氷の下に、禍々しい戦争の影をいち早く感知しています。ウクライナもガザもベネズエラも、遠い海彼のことではない。この一枚の薄い結氷の下に戦争が息を窺っているのだというのです。「透けてをり」の措辞が、底暗い時代の到来を肌に感じさせて不気味です。   【原石賞】リベラルの旗襤褸ぼろぼろと春疾風               馬場先智明 【恩田侑布子評・添削】 民主主義社会はリベラルな言論の自由によって支えられて来ました。ところが、トランプのG2発言が象徴するように、世界は一挙に大国の利害を優先させるあられもない弱肉強食時代に突入しています。このままでもなかなかいい俳句ですが、中七に切れを作れば、さらにラ行の音律の効いたインパクトある句になりましょう。不自然なルビも要らなくなり句姿もスッキリします。 【添削例】リベラルの旗は襤褸や春疾風   【原石賞】ホワイトハウス裸木をほしいまま             小住英之 【恩田侑布子評・添削】 驚くほどユニークな時事俳句です。トランプでなく、「ホワイトハウス」といったことで、「裸木」の群れとともにシュールな一枚の絵画が構成されました。世界の政治権力の象徴のホワイトハウスが、葉も花もないすっかんピンの裸木たちに「オレさまのいうことを聞けー」と服従を強いているこのカリカチュアは、ただいまの現実であるだけに、うらさびしい絵にとどまらず、心胆を寒からしめます。ただし、内容が内容なだけに、正統的な五七五の調べではやさしすぎます。安定感のある定型を脱臼させたいです。あえて字足らずにすることで、民主主義のちゃぶ台を自らひっくり返した「ホワイトハウス」が強調され、寒さがよりリアルに感じられる現代俳句の秀句になります。 【添削例】ホワイトハウス裸木ほしいまま   【その他にも、いい句がありました。】    首都高を鷲摑みして春疾風               小松浩 首都高速をつつがなく隙間なく走る車列が、突然の春荒れの風に「鷲摑み」されて、まるでトミカのミニカーさながら。一瞬現実感覚を失う都市生活者の虚の時間が活写されています。   【後記】  AIの衝撃と進化が社会のあらゆる面で取りざたされて久しく、人間の表現欲求と生成AIとのせめぎあいは現代芸術においてしばらくホットなテーマであり続けるでしょう。一方で、これからのAIの性能進化の競争は、数学や情報学の理論のブラッシュアップではなく、レアアースとエネルギーの奪い合いであるとも言われています。人間が自転車を漕いで発電しAIに俳句を作らせる日がやがて来るのでしょうか。人間性だけはゼロサムではないと信じていますが……  (古田秀) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) ==================== 2026年2月1日 Zoom句会から 兼題は二月、水仙。 入選2句、原石賞2句、その他に評価の高かった2句を紹介します。   ○ 入選  いつの間に僕から俺へ春隣                成松聡美 【恩田侑布子評】 「ボクのもの」「ボクはね」と言っていた少年が、いつからか周りもそれと気づかぬうちに「俺」を主語にするようになります。「いつの間に」だろう、と思っている自然体に好感が持てます。そうしていよいよ「春隣」。四季の巡りに歩調を合わせ、人生の春を迎える若者の初々しい姿が目に浮かびます。人生の花を存分に咲かせる季節が目路に入ってきたのです。音韻もアイウエオ行が満遍なく使われて華やか。これからの青々とした航路が広がるようです。   ○ 入選  白猫の炎のやうに跳び二月                長倉尚世 【恩田侑布子評】 猫の一瞬の跳躍に「二月」の到来を感受した鋭い感性がひかります。「しろねこのほむらのやうに」は、体重のある猫が空気のように軽やか。炎は幻視でしょう。塀の上にさっとまぼろしの白炎が飛びうつった瞬時、春寒料峭の気配が身に迫ります。   【原石賞】深海のごときジーンズ二月かな               川崎拓音 【恩田侑布子評・添削】 インディゴブルーのジーンズを「深海」と喩えた思い切りの良さが手柄です。もったいないのは下五。「二月かな」では街行く人のファッションのスケッチに止まります。せっかく深海のようなジーンズなのですから、穿かなくてどうしますか。脚を通せば一本筋が通り、早春の姿勢もシャンとします。 【添削例】深海のごときジーンズ穿く二月   【原石賞】ひだまりや水仙向くは西東               海野二美 【恩田侑布子評・添削】 写生眼のはたらいた句です。群生する水仙は一斉に花開きますが、よく見れば向きはてんでんバラバラです。その把握は素晴らしい。それを作者は「向くは西東」と表現しました。ちょっと説明っぽくありませんか。意味は変わらなくても言葉遣いは俳句という詩の品位を左右します。くっきりと景が目に見える措辞を使いましょう。 【添削例】ひだまりや水仙西むき東むき   【そのほかにもいい句があります。】   水鳥や光の渦に姿なし               小南善彦 いままで浮かんでいた水鳥が水中にスッと潜ったたまゆらの水面の景です。冬日をはじく同心円の水輪を「光の渦」と捉えたことで、渦の中心のかき消えた不在感が一瞬鮮明に印象されました。  寒風に平和問ふビラ老党員               小松浩 首相の意向で、あれよと衆議院議員が解散され、選挙に突入しました。新顔も多い多党時代の議会制民主主義にはたっぷりとした論戦の時間が必要ですが、選挙期間は戦後最短の12日間です。高市政権は防衛力の抜本的強化を唱え、平和憲法は風前の灯。SNSの時代に、手渡しで「ビラ」を配る「老党員」が「寒風」に吹き曝されています。人事でない実感のある句です。 血管のしなやかにあれ冬銀河  恩田侑布子 『夢洗ひ』(写俳)

1月18日 句会報告

2026年1月18日 樸句会報 【第159号】  年改まり、一月十一日と一並びの日に樸ズーム初句会が開催されました。翌週十八日には静岡市にて新年会を兼ねた対面句会が賑やかに催され、年の始めから数多くの佳句、秀句が披露されました。  十八日の兼題は「風花」「水鳥」。  入選三句、原石賞一句、その他に評価の高かったニ句を、紹介します。   活きてある産湯の井(大応国師)戸よ初山河    恩田侑布子(写俳)   ○ 入選  風花や山には山の雲の陰                橋本辰美 【恩田侑布子評】 「あっ、風花」と思って見上げると、雲からなのか青空からなのか、繊細なひかりとともに風花がこぼれて来ます。近くの山を見やると、まだ晴れ間の残る山の上に雲が浮かび、その影がくすんだふかみどりの山肌に落ちています。雲と風と日のひかりが定めなく行き交う日本の冬の美しさ。静岡平野にたまさかに降る風花に浮かれない、しずかな写生眼が効いています。   ○ 入選  おつかいやひとつおまけの寒たまご                長倉尚世 【恩田侑布子評】 子どものころは、親にいわれて近所によくお使いに行ったものです。この句は、「あ、うっかりしてた。卵がないと、ホットケーキができないわ」とでも母にいわれた子どもでしょうか。近所の養鶏農家かよろず屋でしょう。買い物籠に卵をすくもごと入れてもらうとき「お利口さんだから」と、産みたて卵をおまけされたうれしさ。ひらかな表記の柔らかさにリズムが弾んでいます。漢字の「寒」一字に、冬の透き通る日も感じられます。昭和の光景となったなつかしさ。   ○ 入選  言の葉におもし付けたし冬の風                星野光慶 【恩田侑布子評】 これほど言葉が軽んじられる時代もないでしょう。作者は憤っています。この間まではSNSに群がる匿名市民の言葉の軽さをやれやれと思いましたが、それでは済まなくなりました。世界の帝王を自認するらしきトランプ大統領の放言と脅し文句は止まるところを知りません。言葉を虐待するものは、人権も侵害することを如実に感じさせられる日々です。「おもし付けたし」の措辞にはプロパガンダにはない重みがあります。果たして「冬の風」に春は来るのでしょうか。   【原石賞】湖畔の湯われもまどろみ浮寝鳥               金森三夢 【恩田侑布子評・添削】 湖のほとりの露天風呂でしょう。湯船から湖上の水鳥たちを見張るかすことができます。温かい温泉に四肢を伸ばしながら、つれづれにみずからの越し方行く末を思います。私もあの浮寝鳥とほんとうは変わらないんだな。どこから来てどこへゆくのか。内容がいいのに、「湖畔の湯/われもまどろみ/浮寝鳥」と三段切れは残念です。上五ではっきり切りましょう。中七を「む」の連体形にすれば、「まどろむ浮寝鳥」とひとかたまりになり、茫茫たる漂泊の思いへさそう余韻が生まれます。 【添削例】湖畔の湯われもまどろむ浮寝鳥   【その他に評価が高かったのは次の二句です。】   焼骨は塵とも光とも 風花               古田秀  冬日など届かぬ摩天楼の底               小住英之 【後記】  新年会は幹事お二人の細やかな心配りと大活躍により、福引あり、合唱ありの楽しい集いとなりました。特筆すべきは岸裕之氏の小唄披露と益田隆久氏のスピーチでしょう。岸氏の芸達者ぶりに大いに驚くと共に、小唄とはこんなにも風情あるものかと感嘆。益田氏の「良き句友があれば俳句は続けられる」というメッセージに、一同深く頷きました。  私自身、益田氏のお話の中にあった「俳句を止めたくなる三年目」なのですが、幸いにも「止めよう」と思うことなく、楽しいばかりで三年が過ぎようとしています。これも恩田先生の熱血指導と樸の皆様の暖かい笑顔あればこそ。まさしく人に恵まれる幸福をしみじみ感じた新年会でした。  (成松聡美) (句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です) 地平線やはらかにして恵方かな    恩田侑布子(写俳) ==================== 1月11日 樸俳句会 兼題は御降、鏡餅。 入選5句、原石賞1句、その他に評価の高かった二句を紹介します。   ○ 入選  紙垂を折る半紙ざらりと去年今年                成松聡美 【恩田侑布子評】 町内で氏神様の年用意をしたときの感触が新年になって、ふと蘇ります。神棚や三宝に垂らす紙垂を折っていた時、和紙の手触りにはっとしたのです。コピー用紙はツルツルですが、和紙はぼうっとひかりがにじみ、微細な隙間が指の腹になつかしいもの。「ざらりと」の擬音語は、現代人が失って顧みなくなってしまった手触りや肌合いの深さを問いかけて来ます。   ○ 入選  御降りに濡れたし土へ還りたし                川崎拓音 【恩田侑布子評】 正月ののんびりした昼間にお湿りの雨が音もなく降っています。暖房の室内に居ながら、なんとなく歳の初めの雨に触れてみたくなり、あてどもなく、こんな静かな真冬、土に自然に還ってゆけたらいいなあと思います。太古から続いてきたあめつちに赤子のように甘えているのです。死の前にある老いや病を超えて、一息に正月の土になりたいと願うのは、あまりに天地が静まり返っているからでしょう。「たし」のリフレインによる後半の転換が効いています。   ○ 入選  畳のない家よ硝子の鏡餅                成松聡美 【恩田侑布子評】 六畳間や八畳間の炬燵に寝そべった記憶は遠く、どの家もエアコン完備のフローリングのリビングに変わりました。つきたての大きな鏡餅こそ和風建築の正月の象徴だったかもしれません、青畳にも、餅粉をまとう鏡餅にも、手触りというものがまといついていました。すべすべした床の上のボードにガラス細工の鏡餅の飾りものを置く時、失われたふくよかな手触りの世界が脳裏をよぎります。   ○ 入選  東京の灯はみな去年の忘れもの                古田秀 【恩田侑布子評】 大晦日の夜が更けて、新年に変わった瞬間、カーテンを開けると、東京の街にはまだ無数の明りが灯っています。それをことごとく「去年の忘れもの」と感じたところに詩の発見があります。林立する高層ビルもみな過去に造られたもの。未来を手繰り寄せることはない遺失物なのだという閃きが吐息になり、実があります。   ○ 入選  御降の髪へ踵へ襷つぐ                長倉尚世 【恩田侑布子評】 二日と三日の箱根駅伝でしょう。私も一度、箱根山中で応援したことがありました。山坂の上に走者の頭が現れるや、ぐんぐんと近づいて来、わが動体視力の鈍さを笑うかのように、一瞬で背中を見せて駆け去っていきます。その全力疾走に比して、この「御降」は、なんとゆるやかにしめやかに辺りを濡らしていることでしょう。烏の濡れ羽色になった髪と、引き締まった踵の若さが見えて来ます。   【原石賞】七草をそらんじる若かりし母               佐藤麻里子 【恩田侑布子評・添削】 せり、なずな、ごぎょう、はこべら、仏の座、すずな、すずしろ、と薺粥の七種を空でいいながら、家族のために薺粥を炊いてくれる母はステキな自慢の母です。ただ、句跨りが効果的ではなく、もたつきになっているのが残念です。五七五の定型に調べるだけで、リズムが歯切れ良く弾み、その日、その場の幸せな家族の食卓が目の前にくっきりと甦ります。 【添削例】七草をそらんじる母若かりし   【その他に評価が高かったのは次の二句です。】   耕耘機五日の土のかがやけり               前島裕子 「鍬始」や「農始」の季語をつかわず、「五日の土」に焦点を当てた手柄。腐葉土や牛糞など、有機肥料たっぷりの黒々とした土の艶が思い浮かびます。耕耘機の音も頼もしく聞こえてきます。  御降や京に茶粥の古暖簾               小松浩 茶粥は奈良。そう思っていた私は古いのかもしれません。京都の老舗も茶粥を出すようです。もっとも「御降や奈良に茶粥の古暖簾」ならば、句も古臭くなったことでしょう。「京」だからこそ、季語がしっとりとした新年の祝意を帯び、濃やかなひかりとかげを帯びたのでした。 くろかみのうねりをひろふかるたかな  恩田侑布子(写俳)

2026年1月号から1年間、角川『俳句』の合評鼎談に恩田侑布子が登場します

樸代表の恩田侑布子が、角川『俳句』の好評連載「合評鼎談」の新メンバーに決まりました。 2026年1月号から1年間、能村研三さん、小野あらたさん、恩田の3人で、主な掲載句についてたっぷりと語り尽くします。 1月号は12月25日(木)発売です。どうぞご期待ください。 『俳句』2026年1月号のご購入はこちらから