
2023年12月23日 樸句会特選句 警笛に長き尾ひれや熊渡る 小松浩 警笛の音を魚類のような「長き尾ひれ」と捉えた感性が抜群。にわかに北国の冷たい空気が迫ってくる。しかも句末の「熊渡る」と響いて、人間界を尻目に、熊が悠々と北の大地を歩いてゆく姿が髣髴とする。なんという夜の寒さか。熊が、アイヌの人たちにとって、神の使いであることも納得されるのである。 (選 ・鑑賞 恩田侑布子)
樸の佳句を、季節のうつろいにあわせた並び順で鑑賞していきます。世界を胸いっぱい呼吸し、また感じながら散歩するように、楽しんでいただけましたら幸いです。
2023年12月9日 樸句会特選句 テレビとは嵌め殺し窓ガザの冬 古田秀 テレビはなんでも写す。親し気に見知らぬ人が出てくるものと思っていた。でも、今度ばかりは違った。ハマスの200人殺人に対して、イスラエルがガザの人々を16000人も早や殺戮してしまった。しかも封鎖された狭い空間に押し込められたパレスチナ人は、飢渇させられ、子どもまで数千人も殺されている。まさか、今世紀にこのような非人道的なことが、という切迫した思いが溢れる。テレビはなんでも見えるようで、1ミリも開かない窓だったのだ。「嵌め殺し」という詩の発見の措辞が、現実に起こっている殺戮現場につながり、心胆を寒からしめる。 (選 ・鑑賞 恩田侑布子)
2023年10月21日 樸句会特選句 露の玉点字の句碑に目をとづる 益田隆久 地水庭園に茶室瓢亭が建つ玉露の里の入り口には、町内に生まれた村越化石の句碑がある。石彫家、杉村孝の思いのこもった大岩の亀裂は、母が子を抱えるようにも、子が母と引き裂かれる悲しみのようにも見える。〈望郷の目覚む八十八夜かな 化石〉と彫られた側面には、ステンレスの大きな鋲が打たれている。全盲となった作者が帰郷した時、みずから読んでもらえるようにという点字の俳句である。 その金属の丸い頭を「露の玉」と言い切ったことで、鋲はたちまち宇宙を映す水玉に変容する。ハンセン病のため十六歳で故郷を去らねばならなかった化石の思い。見渡す山並も川音も何百年も変わらないのに、化石も、石彫家も、やがてまたわれわれも、露の玉さながらこの世をこぼれ落ちてゆく。まぶたの裏の思いは深い。 (選 ・鑑賞 恩田侑布子)
2023年10月21日 樸句会特選句 大龍勢龍の鱗は里に降り 活洲みな子 日本三大龍勢の一つが五年ぶりに開催された。芭蕉の句、〈梅若菜鞠子の宿のとろろ汁〉の西隣の宿が岡部。旅籠だった「柏屋」から朝比奈川を車で数分遡れば玉露の里に出る。稲穂を収穫したての真昼の刈田に、思い思いの桟敷を広げ、連ごとに丹精をこめた龍勢花火をみんなで見物し、天空の技を競い合う。ガンタと呼ばれるロケット部に花火や落下傘など曲物を詰め、山裾から伐った竹に火薬を詰めて推進力とする。十数メートルの尾を持つ竹幹が、みるみる秋天を駆け登り、工夫の曲物を青空に花のように散らするさまは壮観である。 この句はまず「大龍勢」と祭全体を息太く打ち出し、次いで空中に弾ける花火やパラシュートや紙吹雪を龍の「鱗」と見立てたところ、技アリである。龍の鱗が、群衆の頭上にも家々にも、きらきらと降り注いでいるよ。谷あいの里に暮らす老若男女を丸ごと祝福する作者の慈愛にも包まれてしまう。 (選 ・鑑賞 恩田侑布子)