9月8日 句会報告と特選句

令和元年 9月8日 樸句会報【第76号】

9月1回目。台風15号が静岡に上陸する気配を感じながらの句会となりました。
句会冒頭に、2020年版「戸田書店カレンダーノート」に樸の連衆の句が掲載されることが恩田より発表され、掲載一句一句に対する恩田からの熱い選評と、戸田書店先代社長夫人・戸田聰子さんの思い出が語られました。
兼題は、「月」と「爽やか」です。
 
特選句、入選句及び△1句を紹介します。

20190908 句会報用-1
                   photo by 侑布子

 

◎特選                      
  人類へ月の兎に近よるな
                林  彰
 
 生まれて初めて聞いた神話は、アマテラスでも海幸山幸でもなかった。
「お月さまにはうさぎがいて、おもちをついているんだよ」
 幼いころはよく酒屋へお醤油を買いに行くお使いをさせられた。往きはカラの一升瓶が帰りはずっしり重い。赤ちゃんを胸に抱くようにして帰ったものだ。その時、幼ごころに長い道のりのおともはお月さまであった。夜道の心細さに「出た出た月が、まあるいまあるいまんまるい、ぼーんのような月が」と歌えば、うさぎがはねた。もううさぎさん、後ろに行っちゃったかな。見上げるたびに、月から白い長い耳がこぼれそう。いつまでたってもついてくるのが不思議でならなかった。
 二〇一九年の年頭に中国は月の裏側に人工衛星を着陸させた。九月にはインドの探査機が月の南極に着陸寸前。すでに五〇年前、アメリカ人が月を踏んだ。テレビ画面に写る月はまるで砂漠のように見えた。
 中国神話では月には蟾蜍に化した嫦娥が住んでいる。神話は古代人の迷妄のしるしだとする考えもある。しかし、月の満ち欠けに再生を祈り不老不死を願った心性は、人間が死から免れない以上、現代人にもよくわかる。
 掲句は月にではなく、「月の兎に近よるな」という。この差は大きい。
 「わたしたちのなかに住む清らかなものを、知識と技術で滅ぼしてくれるな」
 仰がれる時、月の兎はかがやかしい白をもってはね遊ぶ。          (選 ・鑑賞   恩田侑布子)

 
 

○入選
 月白やマジシャンは先づカード切る
               田村千春
 
 「月白」という美しい季語を、まだ俳句を始めてまもない作者は歳時記に発見し、たちどころに過去のある記憶がよみがえったという。手品を始める白い長い指が一束のカードを繚乱と歯切れよく切り始める。これから始まる魔法の空間の先触れのように。月はいま、銀の湖のように山窪の空を明るませている。まもなく中秋の名月が上がる。その前のときめくような、どこかものさびしいようなたまゆらの時間に、あやかしの十指が澄み切った時間の開幕を告げる面白さ。     (恩田侑布子)
 
 
 

20190908 句会報用-2
                     photo by 侑布子

○入選
 袖まくり路上ピアノの爽やかに
               田村千春
 
 最近のテレビに、世界の各都市の駅のコンコースにピアノを置いて、自然発生的に繰り広げられる市民の演奏を紹介する番組がある。この句は「袖まくり」がいい。この初句で、ふだんから弾いている音楽家でも音大生でもないことがはっきり想像される。純粋に楽しみでピアノを弾くひとである。長袖になったばかりの秋服の袖をまくる。ちょっと久しぶり。「さあ」という心はやり。素朴な生活者の顔がそこに表れ、まさに爽やか。袖をまくる仕草はどこかカワイイ。    (恩田侑布子)

 
 
 
 今回、特選と入選が奇しくも、名古屋市在住の精神科医と藤枝市在住の内科医という医師ふたりに占められた。俳句は文科系だけのものでないという良い証拠。もっとも文化系・理科系という旧概念から脱して、自由に往還し反響し合っていくところに日本と俳句の未来が開けるように思う。(恩田侑布子)
 
 
 
 △ 爽やかやトレモロこぼす名無し指
             村松なつを
 
 合評では、プロではなく、アマチュアギター奏者が屋外で楽しく演奏している感じがする。薬指ではなく名無し指としたところにアマチュアの名もなき演奏家のイメージを重ねたのではないか。などという意見が挙がりました。
 作者によると、「爽やか」という季語を「爽やかに」と使いたくなかったそうです。また、この句で演奏している楽器はギターではなくフルートであり、フルートではトレモロのことをトリルとも表現するとのこと。それを聞いた恩田は

 フルートのトリルさはやか名無し指

と添削し、映像がさらに鮮やかに浮かび上がりました。
(芹沢雄太郎)
 
 
 
 今回、恩田より兼題「月」「爽やか」の例句の紹介がありました。その中で恩田は、俳句における「月」という季語の重要性と、「爽やか」という季語の作句の難しさを語りました。
連衆の共感を集めたのは次の句です。

 やはらかき身を月光の中に容れ
               桂 信子

 道なりに来なさい月の川なりに
              恩田侑布子

 過ちは過ちとして爽やかに
               高浜虚子

 爽やかに第一石をうちおろす
               山口青邨

 
 
 
[後記]
 今回は恩田と連衆の選がほとんど重なりませんでした。限られた選句の時間の中で、どれだけ相手の句を読み込めるのかが問われます。
「俳句は、作者と読者の一人二役を楽しめる興奮の場であり、表現の喜びと共感の喜びがある」と恩田は言います。(※)
選句も作句と同等に修練を積んでいかねばと改めて思わされました。
次回の兼題は「音楽に関係した句」「秋刀魚」です。(芹沢雄太郎)
 
(※)恩田は5月10日開催の静岡高校教育講演会でも同様のことを述べています。  講演会のページへ
 
 
 今回は、特選1句、入選2句、△2句、ゝシルシ5句、・11句でした。 
(◎ 特選 〇 入選 【原】原石 △ 入選とシルシの中間
ゝシルシ ・ シルシと無印の中間)

20190908 句会報用-3
                     photo by 侑布子

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です