3月17日 句会報告

2024年3月17日 樸句会報 【第138号】

 彼岸の入り、春うららかな昼下がり、副教材が要らないほどの大収穫と恩田侑布子が絶賛する句会となりました。兼題は「麗か」「春の波」「浅利」、特選1句、入選3句、原石賞3句をご紹介します。

経緯(ゆくたて)もなきふみつゞり春の雪

経緯ゆくたてもなきふみつゞり春の雪 恩田侑布子(写俳)

◎ 特選
      澤瀉屋     
 千回の宙乗りの果て春夕焼
             前島裕子

特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「春夕焼」をご覧ください。
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○入選
 芽柳の雨垂れを見る一つ傘
               活洲みな子

【恩田侑布子評】

 「芽柳」だけで充分みずみずしいですが「芽柳の雨垂れ」はいっそう清らか。相合傘を「一つ傘」と言ったことで、透明感のある恋の句になりました。寄り添う二人が眼差しまで合わせて、芽吹いたばかりの柳の先に垂れる雨しづくの一粒をみつめています。鏑木清方の「築地明石町」に描かれた女人。その若かりし日の一コマを垣間見る心地がします。

○入選
 暗がりに殺す息あり浅蜊桶
                小松浩

【恩田侑布子評】

 海水ほどの塩気の水に浸け、外し蓋をして砂を吐かせます。その暗がりを想いやっているのです。柔らかな肌色の身を貝からイキイキと伸ばすもの。潮を吹くもの。でもそれはみんな殺さなければならない息です。殺して食べるために、いましばらく生かしている後ろ暗さ。生きるために殺生戒を犯す、春陰ならではの一つの思いが刻まれました。

○入選
 あさり吐く砂粒ほどのみそかごと
               成松聡美

【恩田侑布子評】

 浅蜊が蓋の下でザラザラした細かい砂つぶを音もなく吐いています。なんだか私の誰にも言えない秘密みたいだわ。一句の前半と後半で主体がねじれ入れ替わり、砂を吐く浅蜊と自分が一体化したよさ。

【原石賞】麗かや譲る日の来たワンピース
              見原万智子

【恩田侑布子評・添削】

 作者ご自慢のワンピースドレスでしょう。奮発して買ったか作らせたか、刺繍や細やかなレースの部分があったりして、贅を凝らした逸品です。少し派手になったかしらと娘に譲るところで、娘がよろこんで着てくれる満足感が「麗か」です。原句は「来た」で勇ましくなってしまいましたので、ドレッシーなワンピースに合わせ、調子をすこし可愛くしましょう。

【添削例】うららかや譲る日来るワンピース

   

【原石賞】泳げない母の見てゐた春の波
              見原万智子

【恩田侑布子評・添削】

 泳ぎが不得手で、海に水着で入ったことがない母。その母が眩しそうに春の波をいつまでも見つめていたあの日の記憶。どこか不器用で、そのぶんしとやかでおもいきりやさしかった母。母恋の情が自然に溢れた素直な俳句です。「泳げない」という否定形ではなく、はっきりと具象化しましょう。そうすることで俳句は勁く、味わいゆたかになります。この句の場合は「母の見てゐし春の波」と文語歴史的仮名遣いにする必要はないでしょう。発想自体が、口語現代仮名遣いだからです。

【添削例】かなづちの母の見ていた春の波

   

【原石賞】空のむかふ溶かして寄せ来春の波
                佐藤錦子

【恩田侑布子評・添削】

 海辺または大きな湖のほとりに出かけて、よく「春の波」を見つめ、季語と真っ向勝負した俳句です。春の波を見つめていると、ひとりでに空の向こうの沖に心を誘われます。原句で、一つだけ気になるところは中七のせせこましさです。溶かし、寄せる、来る、と三つもの動詞が畳み掛けられ、特に「来(く)」の固い音で、「春の波」の長閑さが半減してしまいました。ここは素直に「溶かして寄する」にすれば、おおらかな秀句になります。

【添削例】空のむかふ溶かして寄する春の波

【後記】
 今回の句会では声に出しての推敲、「舌頭に千転」することの重要性と、俳句には調べが大切ということが再確認できました。特選、入選の句はどれも、その作者にしか詠めない作者らしさが光る句でした。季語の温かさが句を広げたスケールの大きな句、透明感が溢れる瑞々しく眼差しにロマンを感じさせる句、語感が良く春ならではの句、季語とまっこう勝負した詩情溢れる句などなど・・・。原石賞の添削でも一文字に拘ることの大切さを改めて痛感する、実り多き心躍る句会となりました。次回の兼題は手強いものばかりですが、逃げることなくチャレンジしたいものです。

 (金森三夢) 

(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

長汀やいづら海牛睡るらむ

長汀やいづら海牛睡るらむ 恩田侑布子(写俳)

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3月3日 樸俳句会
兼題は「朧月」「耕す」「菠薐草」です。
特選1句、入選3句、原石賞1句を紹介します。

◎ 特選
 書き込みに若き日のわれ朧月
             小松浩

特選句の恩田鑑賞はあらき歳時記「朧月」をご覧ください。
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○入選
      岩手県立図書館     
 雪解しづく青邨句集繙けり
               前島裕子

【恩田侑布子評】

 山口青邨の句集を青邨のふるさとでもあり、作者のふるさとでもある岩手県立図書館で読んでいます。窓辺にポトッポトッときらめく雪解しづく。早春の透明な光は、鉱物学者でもあった青邨の佇まいに通い、その廉潔な人柄まで偲ばせます。前書きはなくても自立できる俳句です。「雪解しづく」は、山口青邨の魂に捧げられた慎ましい供物であり、清楚な詩(うた)をうたい続けるようです。

○入選
 男女にも友情有りや朧月
               金森三夢

【恩田侑布子評】

 果たして「男女にも友情」というものがあるのだろうか、と「朧月」に問いかけています。そのつけ味が面白い。作者の心は、すでに半分は恋に傾いているのかもしれません。そう想像させるところが危うげで、ロマンチックです。春の朧月のやさしさにふさわしい問いかけでしょう。

○入選
 月おぼろ話し足りなきことばかり
               田中優美子

【恩田侑布子評】

 もっともっと話していたかったのに、時間が来てさようならをします。帰り道、あれも話したかった、これも聞いてみたかったと、相手との歓談を思い返します。中天にはなんとも馥郁とした朧月がかかって。「月おぼろ」「足り」「ばかり」のR音の脚韻がリズミカルで、調べの美しい俳句です。「話し足りない」といいつつ、二人の心はすでに、霞む春月のひかりのなかにやさしく溶け合っているのではありませんか。 

【原石賞】耕すや吾が幸四五歩四方なり
                佐藤錦子

【恩田侑布子評・添削】

 「耕」に正面から迫った独自色のある句です。わずか二、三坪の土地でも、鋤だけで耕すのはたいへんな手間ひまを要します。それを「我が幸」といったのが出色。ただ、「や」「なり」の切れ字の重なりは気になるところです。そこで、句のキモの「吾が幸」を、漢字をひらいて柔らかくした上で、倒置法によって強調すると、さらに生き生きします。

【添削例】耕すや四五歩四方のわが幸を

春愁やはんこのやうな象の足

春愁やはんこのやうな象の足 恩田侑布子(写俳)

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