10月30日 句会報告

令和元年10月30日 樸句会報【第79号】
 
10月2回目の句会です。晴天の秋の午後、連衆が集いました。
兼題は「小鳥」と「釣瓶落し」。

入選句と原石賞4句を紹介します。

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                     photo by 侑布子

  
○入選
 秋麗や手にしつくりと志戸呂焼
               前島裕子
 
志戸呂焼は遠州七窯の一つ。静岡県で最も歴史のふかい焼物である。この茶陶の魅力に取りつかれて私自身、二十代の数年間は毎日陶芸修行にいそしんだ。
遠州の「きれいさび」といわれるが、秋の野や、星の夜を思わせる釉景色と手取りのふわりとした温雅さを特徴とする。その志戸呂の持ち味が端的にやさしく表現された。
志戸呂の静かな鉄釉は秋の澄んだ午後にこそふさわしかろう。民芸のようなぼこぼこした厚手でもなければ、志野の艾土のような肉感でもない、「しつくりと」した手取りが、秋麗の青空と響く。
じつはこの句は草の戸「志戸呂・心齋窯」への贈答句。挨拶句なるものは、やや予定調和の気味があってこそ安らげる。よくはたらいている季語「秋麗」は最高の贈答である。(恩田侑布子)
 

 
 
【原】被災地の釣瓶落しや泥の床
               松井誠司

【改】被災地は釣瓶落しや泥の床
 
なまなましい現場感がある。とてもテレビでみて作ったとは思えない。案の定、作者の実家が長野市穂保で、救援に駆けつけた実体験の作であった。原句のままでも、充分とまどいと悲しさが感じられる。ただ、「の」を「は」へ一字変えるだけで、いっそう天災の無情さと天地の運行の非情さ、対する人間の非力が際立ち、句柄が大きくなると思うが、いかが。(恩田侑布子)

合評では、「ここのところ水害が続いています。泥を落としても落としても家の掃除や片づけが終わらない。“釣瓶落し”に被災者の気持ちまで出ている」と共感の声がありました。
(山本正幸)

 
 
【原】かさね塗る柿渋釣瓶落しかな
               前島裕子
 
【改】羽目に塗る柿渋釣瓶落しかな
 
柿渋と釣瓶落しの配合のセンスに瞠目した。惜しいのは「かさね塗る」の上五。どこでなにを塗っているかさっぱりわからない。そこで、田舎家の古い板羽目を塗っているところとしてみた。歳月に洗われ木目の立った板張りの壁に、茶と弁柄のあいの子のような柿渋が重なり、釣瓶落としの闇が迫り来る。色彩の交響に日本の秋の美が感じられよう。(恩田侑布子)

合評では、
「この季語を知ったとき“柿渋”をすぐ連想しました」
「今まさに塗っているところですね。重ねて塗る度に色が味わい深くなっていく。季語と即き過ぎかとも思ったが、イメージはピッタリだ」
「時間を忘れて塗っている。夕日の最後の色とよく合っている」
「“釣瓶落し”は今の子どもたちには分からない。“柿渋”も知らないかもしれません。なんか趣味的な感じのする句です」
など感想、意見が飛び交いました。(山本正幸)

 
 
【原】草食むは祈りのかたち秋落日
               天野智美
 
【改】草食むは祈りのかたち秋没日いりひ

放牧の牛でもいいし、草食性の昆虫でもいい。草を黙々と一心に食べている姿を、「祈りのかたち」とみたところに詩の発見がある。あとで作者に聞いたら、アイルランドに暮らしていた頃、バスの中から見た羊の放牧風景とのこと。なるほど彼の地はいっそう日暮れが早かろう。
惜しいのは下五「秋落日」の字余りによるリズムのもたつきである。素直に「秋没日」として定型の調べに乗せれば、いっそう祈りも清らかになろう。羊のまるいシルエットも淡い影絵のように見えてくる。(恩田侑布子)

 
 
【原】釣瓶落し豆腐屋の笛うら返る
              村松なつを
 
【改】釣瓶落し豆腐屋の笛うら返り
 
豆腐屋が金色のラッパを吹いて自転車でやって来たのは、記憶では三〇年も前のこと。いまはもっぱら箱バン形の軽トラックで、自動スピーカーになってしまった。
それはともかく、この句のよさは、釣瓶落しに豆腐屋の笛の音色がぴいーと半音裏返って聞える独特のもの哀しさにある。小品スケッチとして味のある俳句なので、ここは終止形にしないほうがいい。たった一字「うら返り」とするだけで、にわかに夕闇の余情がひろがり、澄んだ高いラッパの音が尾を引くのである。(恩田侑布子) 

合評では、「近所に軽トラでテープを流しながら豆腐を売りに来る。笛の音が裏返るのだから、作者のところへはきっと自転車で来るのだろう。早く売り切って家に帰りたいという思いと“釣瓶落し”が響き合っています」との感想が聞かれました。(山本正幸)

 
 
注目の句集として、大石恒夫句集『石一つ 』(2019年9月  本阿弥書店刊) から恩田が抽出した十四句が紹介されました。
連衆の共感を集めたのは次の句です。

 老いと言う純情もあり冬の蝶

   祝 大隅良典氏ノーベル医学賞受賞
 細胞に死ぬプログラム秋うらら

 春の夜の筆圧勁き女文字

 自分史を書くなら冬木芽吹く頃

 蕗の雨御意と頷くばかりなり

(おおいし・つねお)
1928年静岡市生まれ。2009年 静岡駿府ライオンズクラブ俳句会入会。2013年 85歳にて外科医ほぼ引退。現代俳句協会通信添削講座入会。塩野谷仁氏に師事。「遊牧」会友。18年同人。2019年 現代俳句協会会員。 
※ 静岡市葵区鷹匠 大石外科胃腸科医院 元外科医 静岡高校61期。
 
 
  
[後記]
句会を終わって外に出ればまさに“釣瓶落し”でした。駿府城公園の周りや中心市街には11月1日から始まる「大道芸ワールドカップin静岡」を告知するポスターがあちらこちらに。
今回の句会で胸に落ちたのは、豆腐屋の句をめぐる「立句」と「平句」についての恩田の解説です。俳句の全てがいわゆる「立句」を目指す必要はない。内容と容れものが合っているかが問題で、「平句」での表現が相応しい事柄もあることを学びました。同列に論じることはできませんが、作曲においても「調性」の選択が作品を決定づけるようです。
 
次回兼題は、「立冬」と「ラグビー」です。  (山本正幸)
 
今回は、入選1句、原石賞4句、△4句、✓6句、・3句でした。
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)
 

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                     photo by 侑布子

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