12月8日 句会報告

令和元年12月8日 樸句会報【第82号】

12月最初の句会。兼題は「冬の月」と「鰤」です。

入選4句と原石賞2句を紹介します。

20191208 句会報1

photo by 侑布子  

○入選
 鰤さばく迷ひなき手に漁の傷
              見原万智子

大きな鰤をなんのためらいもなく手馴れた手順で三枚に下ろしてゆく漁師。包丁さばきの手を追っていて、ハッとした。肉の盛り上がった大きなキズ痕があるのだ。胸を衝かれた瞬間のこころの動きがそのまま五七五の措辞の運びになった。調べも潔い。逃げ隠れできない一つ甲板の上で来る日も来る日も大海原と対峙する漁業。荒々しい労働の過酷さが、句末の一字「傷」に刻印され、雄々しい海の男が堂々と立ち上がって来る。

(恩田侑布子)

今回の最高点句でした。
合評では、「漁師の姿が浮かんでくる」「屋外で露骨に作業している光景。潔く、小気味よく包丁が動いている」「“傷”より“疵”にしたほうが良いのでは?」「いや、“疵”だと文学趣味的になってしまう」
などの感想・意見がありました。

(芹沢雄太郎)

 
 
○入選
 短日の切株に腰おろしけり
              芹沢雄太郎
 
やれやれと切株に腰を下ろして息をつくと、ふっと冷たい気配を背中に感じた。この前まで木が広げていた葉叢はあとかたもなく、頭上はすーすーの冬空である。日はすでに西に傾き、夕刻まで幾ばくもない。いのちを断たれた木に座って疲れを癒やしている自分はいったい誰れなのか。切株になるのは木ばかりではないぞと、そぞろに思われてきたのである。  (恩田侑布子)
 
 
○入選
    多磨全生園
 寒林を隔て車道のさんざめき
               天野智美
 
東京都東村山市にあるハンセン病患者を収容する施設の奥はだだっ広い寒林であった。冬木の林を隔てて、車がひっきりなしにゆきかう車道と色とりどりの町並みがある。かつて病人を「らい病」と呼んで虐げ差別した長い歳月があった。痛恨の歴史をうち忘れたような消費社会の世俗の賑わいを「さんざめき」と捉えた感性がいい。〈望郷の丘てふ盛土冬の月〉も対の句。言葉をうばわれた人々のかけがえない歳月に思いを寄せる智美さんの共感能力に敬服する。 (恩田侑布子)
 
恩田だけが採った句でした。

 
 
○入選
 立読める安吾の文庫開戦日
               山本正幸
 
坂口安吾は終戦直後の『堕落論』で一躍有名になった無頼派作家。これはエッセー「人間喜劇」にある世界単一国家の夢かもしれない。七十八年前の今日、大東亜戦争という名のもとに狂気の戦争を自らおっぱじめた日本。作者は書店の文庫コーナーでささっと斜め読みして間もなく立ち去る。開戦日であることの痛恨をこの店内のだれが思っているだろうか。 (恩田侑布子)

合評では、「安吾が好きなので採りました。文学的に反戦を表している」「本屋での光景が浮かびました」「“立読める”という気楽な表現が良い」など様々な感想、意見が飛び交いました。
 (芹沢雄太郎)
 
 
 
【原】アフガンの地に冬の月如何に照る
              樋口千鶴子

中村哲さん(一九四六年〜二〇一九年十二月四日)の非業の死は、遠い巨大な地震の報のように内心を震撼させた。だれも真似の出来ない四〇年の菩薩行は銃弾をもって贖われた。純粋な善行が凶刃に嘲笑われる二一世紀になってゆくのだろうか。千鶴子さんのまっすぐな気持ちが下五の「如何に照る」にこめられた。切なくなる。有季の俳句は季語に感情が託せるといい。

【改】如何に照るアフガンの地や冬の月

こうすると、白い寒月が荒漠の地にかかる。冬の月が語りだすのである。 (恩田侑布子)

合評では、「中村哲さんの時事句、追悼句として、怒りや悲しみが伝わってくる」などの意見があがりました。 (芹沢雄太郎)
 
 
【原】もう逢へぬ寒月射せる白き額
               山本正幸

当「樸」は恋句を詠む人が多くてうれしい。百になっても臆することなくつくってほしい。恋は感情の華だから。ところでこの句は、寒月の下での忘れ得ぬ別れ。原句のままだと中七のリズムがもたつきやや説明的。

【改】もう逢へぬなり寒月の白き額

こうすると、いとしいひとの白い額が寒月光に浮かぶ。いま、わたしのてのひらを待つかのように。  (恩田侑布子)
 
 
今回の兼題についての例句が恩田によって板書されました。

 同じ湯にしづみて寒の月明り
               飯田龍太

 石山の石のみ高し冬の月
               巌谷小波

 酔へば酔語いよいよ尖る冬の月
               楠本憲吉

 蒼天に立山のぞく鰤起し
               加藤春彦

 鰤裂きし刃もて吹雪の沖を指す
               木内彰志

 寒鰤は虹一筋を身にかざる
               山口青邨

 
 
注目の句集として、堤保徳『姥百合の実 』(2019年9月 現代俳句協会) から恩田が抽出した二十一句が紹介されました。
連衆の共感を集めたのは次の句です。

 燈台はいつも青年月見草

 胸の火に窯の火応ふ冬北斗

 月光や男盛りのごと冬木

 吾に息合はす土偶や桜の夜

 死してより遊ぶ琥珀の中の蟻

堤保徳『姥百合の実 』からの抽出句については こちら

[後記]
今回は11名の連衆が集まりました。その中に注目の句集の堤さんとの知り合いがおり、お話を聞くことで句の背景が鮮やかになった気がしました。句の鑑賞では、作者のバックグラウンドをどこまで想像できるかも重要だと感じました。また、今回の入選句で多磨全生園を訪れた際の句がありましたが、その句の作者は自身の社会的関心に基づいて実際の地を訪れ、句にするということをよく行っており、作者の行動力と、それによって生まれる句の力強さに驚かされます。人間が社会的・歴史的存在である以上、日常詠だけでなく、そういった句も積極的に詠んで行きたいと考えさせられました。 (芹沢雄太郎)

次回兼題は、「山眠る」と「枯野」です。

今回は、○入選4句、原石賞2句、△8句、ゝシルシ6句、・3句でした。
(句会での評価はきめこまやかな6段階 ◎ ◯ 原石 △ ゝ ・ です)

20191208 句会報2

photo by 侑布子  

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